ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

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「舐めたマネしやがって……」

 

やむなく経緯を説明したところ、剣士の若者は開口一番にそう呟いた。

 

自分を抑えている。私は彼の様子を見てそう感じた。

おそらく誰でもその結論に行き着くだろう。表情は一見して穏やかだが顔色はどことなく赤黒く、ご丁寧に額には青筋まで浮かべている。

これで彼の怒りを感じ取れぬ者がいたなら、今すぐ頭の医者にかかった方がいい。

 

「そいつ、どうする気だよ」

 

若者は私に訊ねつつ立ち上がった。

見下ろす彼の鋭い視線が、私の目の奥の内心をも見透かさんばかりに射抜く。「まさか逃がすつもりじゃなかったよな?」

 

「ははっ、まさか」

 

私は棒読み気味に返した。しかし彼はすでに私の方を見ておらず、裏切り者の男と向き合っていた。

背負った太刀(皮剥ぎ盗賊の首領から頂戴したもの。かなりの業物(メイトウ)らしい)を掴もうとしたが、思い直したように手を下に滑らせ、腰のナイフに手をかける。

 

「万が一にも逃がすわけにはいかねえ。足の健を切る。構わねえよな?」

 

激情を理性で抑えた冷たい声に、私は即答することができなかった。

おそらく彼は私の半分も生きていないが、それでもくぐり抜けた場数と覚悟の重さは比にならない。一つ一つの言動や立ち振る舞いから、そうした貫禄の違いが滲むものだ。

 

しかし剣士の若者が動く前に、少年が素早く彼の手首を掴んでいた。

 

「待って。まだ肝心なことを訊いてないよ」

 

「これ以上何を訊くってんだ……?」

 

声こそ荒げていないが、明らかに若者は凄んでいた。

にも関わらず、少年に怯む様子はない。単に度胸があるというより、彼のことを信頼しているがゆえの平静に見える。

少なくとも少年の瞳からは、そうした親愛の情がありありと感じられた。

 

「チッ」

 

血気盛んな若者は舌を打ち、ナイフから手を離して背を向けた。少年は彼の腕に軽く触れたあと、縛られた男に近づいていく。

 

「どうして自分の村だけでなく、盗賊たちにも情報を教えたの?」

 

男の猿轡を外しながら、少年は問いを投げかけた。

彼は口ごもり、視線を彷徨わせるが、太刀を強く握る若者が視界に入ったのだろう。観念したように言葉を紡ぐ。

 

「同盟を……組んでいるんだ」

 

「何だと?」

 

私は思わず一歩前に出ていた。

聞き捨てならない話だ。ニヤニヤしながら傍観に徹していたヘッドショットさえ、がらりと表情を変える。

 

「どことどこの同盟だい?」

 

彼女の問いに、男は今度は間を置かずに答えた。

 

「我々カルトの村と、皮剥ぎ盗賊の残党たち、スケルトン盗賊に、グラスパイレーツ、スカベンジャー……それくらいだったと思う」

 

「有象無象どもが徒党を組んだってわけか」

 

そう言って剣士の若者は歯ぎしりした。

「他はともかく、スケルトン盗賊はそれなりの規模だけどね」とヘッドショットが補足を加える。

 

私はこのとき、まあずいぶんと色々な野盗がいるものだなあと他人事のように感心していた。

当初想定していたよりも話が大きくなりすぎたので、半ば現実逃避に近い思考である。

 

同盟……同盟か。

学のない盗賊風情が、一丁前に賢ぶったものだ。ごろつきはごろつきらしく、ただ本能のままに潰し合っていれば良いものを。

いつかの赤い月夜の日のように、強者同士が共倒れになってくれれば何の文句もない。

 

少年は少し躊躇ったあと、「同盟の目的は?」と質問した。返ってきた答えは、概ね予想通りのものだった。

 

「もちろんここの食糧が狙いだ。あと……ある程度の打撃も与えたいらしい」

 

「どうして?」

 

「それは、その……あんたたちは最近、大きくなりすぎたから……」

 

尻すぼみな男の言葉に、少年はきょとんと私の方を見た。

そんな目で見られても困る。私に何を期待してるんだ。

ヘッドショットはフフッと笑みを洩らし、私の代わりに話し出す。

 

「まあ、一理あるよ。アイソケット(奴隷商)からちょっかい出されることもなくなったし、リーバー盗賊団も壊滅した。あんたがバラモンを倒したって噂まで広がってるよ、ノーフェイス」

 

私はこのとき、自分の口があんぐり開いたことをはっきりと覚えている。「バカな……」

 

「別に不思議じゃないだろう。状況的にそういう誤解は生まれるさ」

 

「私がノーフェイスだといつから……?」

 

「ああぁ、そっちかい??」

 

ヘッドショットは呆れたように肩を落とし、この場の皆を指すように腕を大きく振ってみせる。

 

「んなもんとっくの昔に全員が知ってるよ。むしろ隠してるつもりだったのが驚きだ」

 

「しかし、私は……」

 

「顔が変わった、かい? 確かに多少老けちゃいるけど、親からもらった目鼻立ちってのはそう簡単に変わりゃしないさ」

 

彼女はそこまで言ってから顎に手をやり、「そうか。確かにあんた、自分から名乗ったことは一度もなかったね。そりゃ手配書の名前なんて言うわけないか」と勝手に納得していた。

 

私はおそらく呆然とした、あるいはこれ以上ないくらい間抜けな顔で一同を見渡した。

ヘッドショットはまだ呆れており、剣士の若者は尊敬の眼差しをこちらに向けている(賞金首を尊敬するな)。少年は相変わらずきょとんとしており、縛られている男はまだ私を怖がっているように見える。

 

そういえば、ブラックドック傭兵団と最初に顔を合わせたとき、その視線が何か妙だとは思っていた。少なくとも無名の浮浪者を見る目つきではない。

私が怒ったフリをしたときも様子がおかしかった。あれは怯えていたのか、とこのとき初めて理解していた。

 

「その男が何者かなんてどうでもいい」

 

美女の皮を被った猛獣の声が、低く部屋の中に反響する。それは縄張りを主張する唸りのような、底冷えする殺気を撒き散らすものだった。

主人の怒りに呼応したのか、機械義手も地に響く駆動音を立てる。

 

「あっちから攻めてくるなら迎え撃てばいい。全員殺してやる」

 

復讐者の女の言葉に、剣士の若者はニヤリと笑った。

「さすがは姐さんだな。俺もそっちに賛成だ」

 

「僕は争いを避けるべきだと思う」

 

少年は悲しそうな顔で口を開いた。「たとえば、作物を分けてあげるのはどう? 今年は豊作だったんだし……」

 

「今となってはそれも難しいね」

 

「どうして?」

 

少年の問いに、ヘッドショットは無表情に告げる。

 

「リーバーの捕虜をうちで大量に引き取ったろ? それで人が増えすぎたのさ。お隣のカルト村だけならともかく、盗賊連中全員を満足させるには到底備蓄が足りないよ」

 

「そっか」

 

俯く少年の肩を、復讐者の女が愛しげに抱きしめた。彼は何か言いたそうに眉をひそめたが、振りほどくことなく私を見る。

 

「何か考えはある?」

 

「……どうかな」

 

私は腕を組んで天井を見上げた。頭の中では、いい加減こんな村見捨てて一人で逃げてしまおうという考えが九割方占めていた。

いつか誰かが言っていた通りだ。クズは何処からともなく、いくらでも湧いてくる。どれだけ問題に対処してもキリがない。

 

そもそも隣にカルトの支配する村があるという話も寝耳に水だ。どうして誰も教えてくれないんだ。どうして問題にしないんだ。

あまりに異常な出来事が多いせいで、カルト教団程度では騒がなくなってしまったのか。こういうのを認知の歪みと言うのだろう。

 

ぐうの音でも上げようかと思っていたそのとき、扉がかすかに開いたのを視界の端に捉え、私は思わず腰の長剣に手をかけた。

 

ドアの取っ手を器用に回して入ってきたのは、お腹を空かせた子ガニだ。彼は戸口の木箱に入れられた携帯食料を一欠片つまむと、扉を閉めて外に出ていった。

 

まったく驚かせてくれる。心臓に悪い。

ほっと息をついた私だったが、そのときふとある考えが頭に浮かんだ。

 

「こちらも同盟を組むのはどうだ。たとえば……クラブレイダーとか」

 

「あいつらとぉ?!」

 

私の提案に、ヘッドショットは素っ頓狂な声を上げた。

 

「悪いことは言わない。やめときな。皮剥ぎ盗賊の方がまだ話が通じるよ」

 

「いや、いい案かも」

 

真剣な表情で考え込む少年。剣士の若者はあからさまに嫌そうにしていたが、少年の顔つきを見て考えを改めたか、横目でヘッドショットに視線を流す。

 

「少なくとも腕は立つ連中だ。そしてそれ以上に……あいつらにはカニがいる」

 

「鍋パーティでもするってのかい?」

 

「おいおい、チビのカニならともかく、メガクラブは相当にヤバいぜ」

 

「マトがデカくなるだけだろう」

 

「アンタまさか知らねえのか?! バラモンを討ち取ったのは……!」

 

彼が声を荒げたところで、少年は突然リュックサックから地図を取り出し、ベッドの上に広げた。ブツブツと何事かを呟きながら指で数カ所を叩き、頷いてから顔を上げる。

 

「クラブレイダーの村に行ってみる」

 

「今からか?」

 

私の慌てた問いに、彼は無言で頷く。

このときの私の心配事は、まさか自分も連れて行かれやしないだろうか、という身勝手なものだった(大体いつもそうだが)。

 

噂に聞く限り、クラブレイダーの拠点はアウトランドの最南東、最も標高が高く険しい山岳地帯に位置している。野生の巨大ガニも多く出没するらしい。律儀に相手をすることもあるまいが、だとしても山登りというだけで幾分骨の折れる話だ。

おまけにこの間のデッドランドへの道のりと同程度か、それ以上の長旅になる。

 

「行くのはいいが、場所は分かるのかよ」

 

「まあ、たぶん……大体」

 

剣士の若者の問いに少年は微妙な答え方をする。彼は額をコツコツと指で叩きつつ地図と睨めっこし、それから何か合点がいったらしく、地図やその他諸々をリュックに詰め始める。

 

「私も行くから、少し時間をくれ」

 

そう言って早足に小屋を出ていく復讐者を見送りつつ、私は恐る恐る少年に訊ねた。「その……私は、ついて行った方がいいのか?」

 

「今回は待ってて」

 

「お、そうか?」

 

「村のことを任せていい?」

 

「あ? ……あ、ああ」

 

私の気の抜けた返事を聞いたのか否か、少年はまとめた荷物を担いで出ていってしまう。

 

このとき私の野生の勘が、何か危険信号に似たものを発していた。何か大変なことが起きるぞ。お前は安請け合いするべきではなかったと、やかましく騒ぎ立てていた。

 

「アンタがいりゃ百人力だな!」

 

「ああ……いや、うん」

 

若者の言葉に、私はまた気の抜けた返事をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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