ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

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九月の投稿をサボっていたのと、感想返信でうっかり本話の内容を三割くらいネタバレしてしまったので早めに投稿します。



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 指摘されて気づいたことだが、どうもビープは支配種(プリンス)ではないらしい。頭部が縦に細長く角張っているのは労役種(ワーカードローン)と呼ばれ、面長ながら丸みを帯び、人に近い形状の頭蓋を持つものが支配種であるとのことだ。

つまり私の奴隷ハイブは支配種、少年の舌なしハイブは兵隊種(ソルジャードローン)、ビープは労役種。こうして並べると、綺麗に三種に分かれた形となる(おそらく宣教者は支配種だったのだろう)。

 

面倒くさい。どうして私が昆虫人間に詳しくなければいけないんだ。そんな細かい見分けなどつくものか。そもそもこれを知っていて私の人生に何の得があるのだ。

 

 

 

 

 

 それはともかく、ビープの話(訊いてもないのにずっとペラペラ喋っていた)から判明した事実がいくつかある。

 

まず彼は逃亡奴隷の類ではなく、シェク王国付近に拠点を持つ冒険者の一味であるということだ。

こいつの言動からはちょっと信じられないが、合点がいかないと言えば嘘になる。なにせ彼の斥候義足は高級品であり、加えて用途も限定されるからだ。

荒野の野盗や猛獣、ひいては遺跡を守る機械蜘蛛(アイアンスパイダー)を華麗に躱し、身を潜め、やり過ごす。今の世でそれ以上の使い道はあるまい(軍用としては強度に問題がある)。

 

服がボロボロで装備のない理由については、彼の口からは何も出なかった。

だが、語られずとも見当がつく。おそらく……いや間違いなく、ガットが近道と踏んで強行に縦断してきたのだろう。

そこで我らが愛する首長竜(ビークシング)たちの歓迎を受け、どうにか命だけは拾ってここまで辿り着いたのだ。顔についたままの青い泥がその証左である。

 

そして本当に驚いた話はこれだった。

なんとこのビープ、例の少年の仲間だというのだ。そればかりか彼らの何人かいるリーダー格の一人が、他ならぬ少年なのだという。

 

 

 

 

 

 おかしいとは思っていた。故郷を離れてすぐここまでやってきたにしては、彼はあまりにも旅慣れていた(危険を避けることは苦手なようだが)。医術の造詣も深いようだし、何より……あの剣の冴え。リーバーとの戦闘で見せた神業だ。

音速にも迫る鉄の矢に刃を合わせるばかりかあまつさえ叩き落とし、愛刀に刃こぼれ一つ生じさせないその技量。父親が侍だと言っていたが、亡き父から継いだセンスだけでは説明がつくまい。実戦で死線をくぐることによって得られる圧倒的な経験値が必要だ。

……いや、訂正しよう。如何なる理由であれ、あの神業の説明にはならない。武器でボルトを弾くなど、普通に考えればあり得ないのだ。

 

出自に関しては、本人に嘘を言っていた自覚はないのだろう。実際、嘘はついていない。詐欺で無一文になったという話は本当だろうし、ガットが開拓初心者におすすめの地と嘯かれ(死んでしまえクズども)ここまでやってきたのも事実だろう。

ただ……ここからは推測になるが、おそらく最初に向かった方向が私とは違った。南ではなく、西を目指したのだ。

 

都市連合の北西の荒野には、なけなしの領土をめぐり、今なお拝火の教国と鎬を削る紛争地帯(バスト)がある。毎年多くの兵士がそこで命を落としており、おそらく少年の父もそこで亡くなったのだ。尊敬する父が最期に刀を振るった場所を見たいと思うのは至極当然ではないか。

そこから先は定かではない。拝火の教国の領地に迷い込んだか、緩衝地帯(ボーダーゾーン)からシェクの国に入ったか。パターンはいくらか思いつくが、その辺りはさして重要ではあるまい。

 

少年に関して最も重要なのは、その出生だ。父は侍兵だと本人は言っていたが、間違いなくただの一兵卒ではあるまい。そう言い切る根拠は、彼がアイソケットに奴隷として連れて行かれた際にあっさり解放されたばかりか、奴隷主に「農村に手を出さない」という約束を取り付けた(根拠があるわけではないが、そう考えるといろいろと合点がいく)点にある。

 

 

 

 

 

 読者諸君を刺激したくないため記述を避けていたが、アイソケットの支配者は奴隷マスターグランテ。トレーダーズギルドと密接な繋がりを持つ大貴族だ。

彼は奴隷市場の長らしく強欲で残忍、冷酷とされているが、無論それだけでは大奴隷主など務まらない。都市連合南端の流通ルートを一手に仕切るその手腕は有能という言葉では片付かず、貴族内でも多いに恐れられ、同時に敬われている人物だ。これは眉唾だが、連合の悪鬼(アイゴア)を動かす権限を持っているとの噂もある。

そんな男と対等に話をするなど、たかが一兵士の倅には無理だろう。何らかの懇意か、それに見合うだけの立場が必要となるはずだ。

 

そこでもう一つ、少年の正体を暴く最後のピースがある。

数年前、連合と教国との激戦地で一人の将校が戦死した。前線を下げる際に自ら殿(しんがり)となり、結果見事な討ち死にを果たしたらしい。

その死に様からも分かる通り、方々からの信頼と人望篤く、最期の瞬間までそれらを裏切らなかった男だ。現皇帝や高名な貴族たちの護衛及び剣術指南にも携わっていたという、本物の武人である。

しかし結局その首は敵の手に渡ってしまった。彼の部下たちは死に物狂いで追跡したが、取り戻せたのは白鞘に紺の布が巻かれた、一振りの打刀のみだったという。

 

この刀こそ、少年の素性を雄弁に語る最大の証明である。未開の地に引きこもっている私でさえこの噂は耳にしていた。ましてやり手の貴族様なら尚更のことだろう。奴隷からの没収品に混じった形見の刀を見て、さぞかし目を丸くしたに違いない。

 

 

 

 

 

 そうだ。知ろうと思えばいつでも知れた。簡単なことだ。少し考えれば分かったはずなのだ。

それでも私が少年の正体について知らずにいたのは……単純に私が、目を逸らしていたからだ。

どうして目を逸らしていたか。それもまた簡単だ。知りたくなかったからだ。

認めるのも癪だが、私は少年に共感していた。彼も自分と同じで、この世の全てから見放された哀れな負け犬と思い込もうとしていた。そうしなければ耐えられなかったのだ。

 

境遇は同じなのに、私にはもう何もない。対して彼には、亡き父が遺した名誉がある。才能がある。若さがある(幼さとも言い換えられるが)。強い芯がある。人を惹きつける魅力がある。

そしてなにより……私は過去を捨て去った風を装っているが、結局内心では恨み妬みばかり。価値のないはずの過去に囚われている。

しかし少年は違う。彼は何物にも縛られない。彼はただ、ひたすらに前だけを見ている。未来を見ているのだ。

これこそが彼と私の、決定的な違いだ。たとえ父親のコネなどなくとも、彼なら私のようには決してならないだろう。

 

それを認めるわけにはいかなかった。ひとたび認めてしまえば、どうしようもなく惨めな自分を直視することになる。そんな度胸は、このときの私にあるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 しかし私の問題など、周りの者たちにとってはどうでもいいことだ。私にとっても優先すべきものではない。今は内心の葛藤より、物理的な脅威に注視すべきだ。少年から任されてしまった以上、盗賊から村を守る最低限の努力をせねばなるまい。

 

都合のいいことに、ビープはこの件に関して実に協力的だった。近くに仲間を待たせているので、すぐ連れてきてくれると言うのだ。頭数は少ないが、自分と同じくらい頼りになる百戦錬磨の戦士たち、らしい。

このいかにも間抜けそうな昆虫人間と同レベルか。まあ、いないよりはマシだろう。私はそう思い、すぐに連れてくるようにお願いしたが、彼は既に私の返答を待たず走り出していた。

 

驚いたのがこのビープ、なんと来たときと全く同じ道を戻っていった。つまり、ビークシングたちが待ち構える青い浜に飛び込んでいったのだ。

 

行きでさんざん地獄を見たはずなのに、帰りもそこを通るのか?? 呆れるを通り越して感心するばかりだ。

真の馬鹿は、常人には思いつかぬようなことを平気でする。それが時に良い方向に働くことも……まあ、ないこともないだろう。

 

 

 

 

 

 

 それからたった半日ほどで、ビープは友人たちを連れて戻ってきた。どうやら彼らは比較的賢明なようで、ビープと同じ道は選ばなかったらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

少年の仲間を名乗る者たちの数は五人。グリーンランド人が二人、シェク人が二人、そして我らがビープだ。彼は休みなしで往復したのがさすがに堪えたらしく、私たちのずっと後ろをよろよろと遅れてついてきている。

 

「ハルはどこ?」

 

村の門をくぐって早々、グリーンランド人の少女が口を開いた。歳は少年と同じくらい。濃い金色の髪が目を引く、快活そうな(このときは疲れて不機嫌そうな顔をしていた)少女だ。

補足しておくと、ハルとは少年の本名である。

 

「あの子はいないらしいわ。ビープから聞いたでしょう」

 

後ろを歩いていた女のシェクがその問いに答えた。

細くも見事に鍛えられた長身からは、抜き身の名刀のような美麗な鋭さを感じる。しかし顔立ちにはややあどけなさが残り、落ち着きはあるがそれなりに若いのだろうと察せられた。

 

「あいつはいっつもそうよ。人に面倒ばかり押しつけて、自分はトンズラ。……誰かそろそろお灸を据えてやった方がいいんじゃない?」

 

唇を尖らせた少女の言葉に、私は思わず頷きそうになってしまった。少年と彼女は、それなりに付き合いが長いのだろう。でなければこんな的を射た愚痴は出てこまい。

 

「そんなことより……お前ら、周りを見てみろ。フラットスキンでいっぱいだぞ」

 

いかにも強そうで精悍なシェクの男(さすがにバラモンと比べると一回り小さい)が、ぐるりと視線を巡らせてから私に訊ねた。「ここにシェクはいないのか?」

 

「私の知る限り、数名だけだ」

 

「なんとも心細いな。アウトランドの盗賊同盟が押し寄せてくるというのに、か弱いフラットスキンばかりとは」

 

シェクは顔をしかめていたが、すぐにニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「まあいい。この最強の戦士カン様が来た以上、盗賊ごときに好き勝手はさせん。この村は俺のものだ。俺のフラットスキンだ。一人だって奴らにはくれてやらんさ。まとめて守ってやる」

 

「そ、そうか。心強いな」

 

「お前のことも守ってやるぞ」

 

「……ああ、それは是非ともお願いしたい」

 

自称最強の戦士の言葉に、私は心からそう言った。たとえ自惚れ屋の戯言でも、今は何より心強かった。

 

 

 

 

 

 

 





登場人物紹介
『カン』
シェク王国で初期から仲間にできる傭兵。一般的なシェク同様、人間の弱さを見下す発言が目立つが、リクルートの際には思わぬメロいセリフでプレイヤーをキュンッ♡とさせる。「カン 夢小説」でググっても一件もヒットしないのが不思議で仕方がない。
世の夢女子どもは何やってんの? 今こそお前らの存在意義が試されてんだぞ?? 書いてくださいお願いします何でもしますから!
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