ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

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サブタイトル毎回考えるの死ぬほど面倒くさいと思ってたんで数字だけにしてみたんですが、なんか素朴で良い感じですね。もう一生これでいいよ。



3

 

 私は赤いボロの切れ端を緩く頭に巻き、ボサボサの長い髪を抑えた。お洒落というよりは、額から目元近くまで覆うことで人相を分かりづらくするのが目的だ。

本気で顔を隠すなら口元にも巻くべきだが、それだと野盗にしか見えず、かえって怪しまれるだろう。

 

ガラクタの入ったバックパックを背負うと、少年に声をかける。

彼は翡翠色の浅瀬で水浴びをしており、シャツとズボンの汚れも揉み洗いで熱心に落としていた。「綺麗好きだな」と言うと、「おじさんもやった方がいいよ。少し臭い」と返される。

 

少しというのはずいぶんオブラートに包んだ言い方だ。実のところ、だいぶ臭いはずである。何せここ数年、服はもちろん身体などまともに洗っていなかった。

 

 

 

 

 

 そうして準備を整えアウトランドに足を踏み入れた私たちは、ある人物に出会った。否、出会ったというより、見つけたという言い方が正しい。

黒い肌に銀色の髪がくっきりと映える、私と同じスコーチランダーの若い女だ。

 

控えめに言って、彼女は酷い状態だった。

身につけた衣服は血に塗れ、おまけにところどころ引き裂かれている。おそらく打撲の痕であろう腫れ上がった顔に、側頭部からは出血もしていた。片足は明らかに骨折しており、這いずっている途中で力尽きたのか、地面にうつ伏せで倒れている。

だが極めつけは、その右腕だろう。肩から肘にかけての真ん中辺りから先が、さっぱりとなくなっていた。よほど鋭い剣筋で断たれたのだろう。切断面は綺麗だった。そんなものあまり視界に入れたくなかったが。

 

私はもう手遅れだと思った。彼女の這いずった黒々とした血の跡が、地面に長く続いていたからだ。

何より、死にかけの女などいちいち助けていたらキリがない。弱い者から死ぬ。残酷だが、この世界はそう言う場所だ。

 

だが、少年は彼女に素早く駆け寄ると、止血の処置を始めた。そしてその身体をどうにか担ぎ上げると(さすが男の子と言うべきか)、近くの村まで運ぼうと言い出したのである。

 

以前の私なら放っておけと言っただろう。しかし残念ながら、そのときの私には余裕があった。少年が足を引っ張ることがない分、索敵以外のことに時間を割くことができていたのだ。

それに、彼の強い意志の込もった目に見つめられると、首を縦に振るしかなかった。

 

 

 

 

 

 お人好しはお人好しを呼ぶのだろうか。農村に入るなり、住民の一人が治療の場として小屋を貸してくれた。私たちはお礼を言い、中の思っていたよりは清潔そうなベッドの上に女を寝かせた。

 

治療の大半は少年が行った。おそらく父親に習ったのだろう。私はほとんど見ているだけだった。その手際の良さを見るに、どうやら医者の真似事は今回が初めてではないらしい。

 

ともかく、治療は成功した。親切な住民が医薬品(消毒薬と痛み止め、それに包帯くらいだが、十分にありがたかった)と清潔な水を分けてくれたことも大きい。

 

正直に言って、私は諦めていた。

あの出血量では長くは保たない。彼女は私たち以上に痩せていたし、体力も残っているように見えなかった。気の毒だが治療中に死ぬだろうと高をくくっていた。

 

ところが私の予想に反し、彼女は治療に耐えるどころか、半日後には目を覚ましていた。驚いた。一体どこにそんな生命力があるというのか。

 

起き上がった女と目があったとき、私はその答えを見つけた気がした。その宝石のような深紅の瞳には、憎悪の影があった。それはまぎれもなく復讐者の目だった。

何のことはない。彼女は死ぬことを自身に許さなかった。それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 そのときその場には、たまたま私しかいなかった。若い女はベッドから出ようとしたが、私が止めた。無理に動いて傷が開けば再び出血し、そうなったら今度こそ命はない。

彼女は私に礼を言った。感情を感じさせない、冷たい声だった。

表情にも生気が感じられず、まるで亡霊のようだ。苦労して助けてやったはずなのに(苦労したのは私ではないが)、すっかり死人気取りだ。

 

聞いたところによると、家族の仇である盗賊を追ってこの地までやって来たという。

何とか仇を見つけて殺したまではいいが、その仲間たちに半殺しにされたらしい。何とか逃げおおせたが、血を流しすぎて意識を失ったということだ。

 

私は疑問に思って訊ねた。「君は戦いを知っているように見えない。どうやって仇を殺したのか」と。

 

そのとき彼女の口元に浮かんだ、鋭い笑みが今でも忘れられない。獰猛で爛々たる瞳と剥き出した鋭い犬歯は、まるで飢えた狼のようだった。

彼女は口を開きかけたが、たまたま戸口に現れた少年が視界に入った瞬間、怯んだように口をつぐむ。

私はその一連の仕草を見て、彼女が言わんとしていたことを察してしまった。要するに、子どもに聞かせるのは憚れる手段ということだ。

 

まったく吐き気がする。この女にも虫唾が走るが、彼女にそこまでさせる盗賊の方にも怒りを覚えた。唯一の安心は、そいつがすでに死んでいるということだけだ。

 

あとは、馬鹿な質問をしてしまった私自身にも失望していた。都市連合から去ったときは、もうこれ以上自分に失望することはないだろうと思っていたのに。

 

 

 

 

 

 若い女の復讐はまだ終わっていなかった。直接家族に手をかけた盗賊だけでなく、その仲間たちをも皆殺しにしたいようだ。

 

気持ちは分からなくはなかったが、私は止めた。盗賊たちの特徴を聞くに、彼女の敵はおそらく『リーバー盗賊団』だ。

旧文明の遺物などから剥ぎ取ったスクラップを鎧として纏い、メンバーの大半は一流の戦士。生まれながらの戦士と名高いシェク人も多く属しているという。アウトランド最強の勢力と言っても過言ではない。

 

私は知る限りの彼らの恐ろしい話を聞かせて諦めさせようとしたが、それがマズかった。女の紅い瞳に宿る殺気は、ますます輝きを増していた。

しまった。敵が強ければ強いほど燃えるタイプか。そう気づいたときには、すでに手遅れだった。

 

彼女は私の腰に下げた長剣を見て、戦い方を教えてくれと懇願してきた。私は断ったが、「礼なら何でもする」と言って私の手を握ってきた。

 

私はその手を振り払い、「まともに歩けるようになってから言え!」と吐き捨て、小屋から立ち去った。

 

激しい怒りが自身のうちに湧き上がっていた。だが、果たして何に対する怒りなのかは分からなかった。正直に言うと、今もまだ分かっていない。

 

 

 

 

 

 私はしばらくその女には近寄らなかったが、少年は熱心に看病を続けていたらしい。できるだけ彼女に寄り添い、話しかけ続けていた。

私は村からは距離を置いていた(常駐している憲兵の目を怖れたためである)が、少年は農作業などを手伝う傍ら、彼女と寝食を共にしていたようだ。

 

私は余計な詮索はしない主義だが、少年があの女にそこまでする理由が気になった。それで彼が私のキャンプ(ガットの丘の上にある岩陰に場所を移した)に久しぶりに訊ねてきたとき、さり気なくそのことについて訊ねた。

 

少年は少し俯いてから、顔を上げて答えた。「心が傷ついて辛いときは、誰かが傍にいてあげなきゃいけない」と。

 

私は首を傾げるしかなかった。まあ、理屈としては分かるが、今ひとつピンとこない。

だが若い女に会いに行ってみると、その言葉の意味が分かった。

 

彼女は少年に、心からの笑顔を見せていた。

ギラついた瞳の光は今や失せ(今にして思えば上手く隠しているだけだったのかもしれない)、骨が浮き出たような身体にも徐々に肉がついてきた。少年の働きに感謝した農民たちが、ときどき食べ物を分けてくれるおかげだろう。

まだまともに歩けはしないものの、彼女は明らかに真人間に近づいているようだった。飢えた狼から、狩猟犬くらいにはなった気がする。

 

 

 

 

 

 そして彼女の心身の健康は、もう一つの変化をもたらした。

元々器量は良かったのだろうが、体調が回復してからはさらに磨きがかかった。顔の腫れが引き、痩けた頬もマシになると、顔立ちの良さが際だつようになる。

 

整った目鼻立ちと、形の良いふっくらとした唇。胸には張りが戻り、若い女の魅力を存分に周囲に知らしめることになった。

農民の女性たちが彼女の傷んだ髪を整えて結ってやると、連合貴族の愛人と言われてもぎりぎり信じられるまでになった。

 

そうなると、今の今までベタベタ接していた少年が、彼女と少々距離を置くようになった。

まあ気持ちは分かる。あの年頃なら無理もない。ちょうど多感になり始めた時期だろう。いくら大人ぶっていようが隠せないものもある。

 

だが、それがあまり良くなかった。ようやく健康を取り戻しかけていたかに見えた女が、再び何やら落ち込みだした。

慌てた少年が距離感を戻すと、彼女はまた回復し始めたのだ。

 

これは推測だが、おそらくあの女の亡くした家族には弟か妹がいたんだろう(後に分かるが弟がいたらしい)。もしくは子犬かもしれない。

私は復讐の鬼です通してくださいみたいに振る舞っておきながら、意外としょうもない女だ。

だが正直言ってこの辺りの流れは、傍から見ている分にはけっこう面白かった。

 

 

 

 

 

 そしてある日、ふと自分の顔をエメラルドグリーンの水面に映して見たとき、ある事実に気づいた。私の顔つきにも、明らかな変化があったのだ。

伸び放題の髪や髭はそのままだが、幾分若返ったように見える。何より、死んだ魚のような目に、少しばかり光が戻っている気がした。

 

そういえば、と私は少年と暮らした一週間を思い出す。彼はいつも私の傍におり、片時も離れることがなかった。寝るときですらである。

父親を亡くしたばかりできっと寂しいのだろうと解釈していた。だが、どうにも私は誤解していたらしい。

 

つまり、慰められていたのは……守られていたのは、おそらく私の方だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 





登場人物紹介
『復讐者の女』
黒い肌に白髪。歳は二十代前半。ガリガリだがちょっと太ったら美人に化けた。髪はややくせっ毛気味で、本人は手入れをサボりたがる。
宿屋やバーなどでたまに出現する『復讐者』(だったと思うたぶん)というNPCをイメージ。筆者の環境ではいつもスコーチランダーの女になるが、内部データ的に種族とかはランダムらしい。
復讐者系クーデレお姉さん。少年とセットでおねショタが捗るが、残念ながらおっさんが邪魔である。どっか行け(二度目の追放)
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