ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

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 あの若い女は意外としょうもないが、少年が傍にいれば大丈夫だろう。

農村は本来よそ者を歓迎しない。しかし、彼らは気に入られているようだ。

若く素直で前科もなさそうな二人なら、確かに私が村人でも親切にする。

 

 

 

 

 彼らにもはや助けは必要あるまい。むしろ私などいない方がいい。そう判断し、私は一人でテックハンターの街へと向かった。

少年をアウトランドに連れていってやる約束だったが、あの女を助けると言い出したのは彼の方だ。文句を言われる筋合いはあるまい。

 

それに、そろそろバックパックの中のガラクタが重たくなってきた。

盗まれるのが心配で常に持ち歩いているのが良くないのだろう。構造はよく分からないが鉄の塊なので、重いのも当然である。

 

 

 

 

 ガットのキャンプに置き手紙を残し、アウトランドに旅立った私だが、道程の半分も行かぬうちにトラブルに遭遇した。

私に落ち度があったわけではない。周囲への警戒は怠らなかった。しかし彼らは突然、音もなく現れたのだ。

 

クラブ・レイダー。前述したアウトランド最強勢力のリーバー盗賊団に拮抗しうる、ジャイアントクラブ(文字通り大きなカニ。大きいものは攻城兵器並みのサイズとパワーを誇る)の群れを従えた武装集団である。

彼らは崖の上で腕を組み、威風堂々と私を見下ろしていた。

 

私は死を覚悟したが、崖から軽やかに滑り降りてきた一人の男は口を開くなり、「お前にはカニマスターの素質がある」とワケの分からないことを言ってきた。

目を白黒させる私に、男は背中の籠から幼体のクラブを抱き上げると、問答無用で押しつけてきた。

凄まじいドヤ顔とともに「カニであれ」と囁くと、クラブレイダーたちは颯爽と去っていった。

 

私はクラブの赤ちゃんを抱えたまま、途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 その場で鍋にしようかとも考えたが、奴らが何処かで見ているかもしれない。仕方が無いので連れていくことにした。

 

カニは横にしか歩けない、というのは固定観念だったようで、普通に前歩きでついてくる。

しかしながら、足が遅い。小さな段差などにもいちいちもたつくため、結局抱えて移動する方が速かった。幸いまだ体は軽いが、お荷物には違いない。

 

私はクラブレイダーたちに呪いの言葉を吐きながら、不毛の谷を抜け、旧時代の見上げるほど巨大な遺構(用途不明。ガットの海岸に流れ着いたアレは明らかに船だったが、こっちは見当もつかない。蜘蛛のような脚を数本地面に突き立てている)の横を通り過ぎ、間もなくテックハンターたちの街、ブラックスクラッチに辿り着いた。

 

 

 

 

 ブラックスクラッチは旧時代の遺構をそのまま利用した街であり、その中心部には道中見かけた物に負けず劣らず巨大な鉄塔(『通信施設』だとする説が有力らしいが、そもそもその言葉の意味も分からない)が鎮座している。

 

予想していた通り、スクラップ品はそれなりの額で売れた。

店の主は「これはAIコアと呼ばれるもので、思考する機械の脳みその代わりになる」とか「この電子版には書物数万冊分の情報が入っている」とか色々喋っていたが、私は話半分に聞き流していた。

 

旧時代の謎を解き明かそうとするテックハンターの情熱には敬意を表する。しかしながら、彼らの調査の多くは仮説や推論に基づいたものであり、言ってみれば大して根拠のない、作り話のようなものだ。

 

加えて、私たちの遠い先祖が今より遥かに進んだ文明を持っていたというのは、俄には信じがたい。

もし彼らが私たちより賢かったなら、世界がこうなっているのはおかしいはずだ。こんな夢も希望もない、どこまでも不毛の荒野と砂漠が広がる死の土地になっているのはおかしいはずだ。人々は常に飢え、少ない食糧を弱者同士で奪い合うこの現状はおかしいはずだ。

世界はもっと有意義で、光に溢れた場所であって然るべきだろう。

 

結論はただ一つ。我々の祖先は我々と同じか、それ以上にアホだったのだ。

どんなに素晴らしい道具を使いこなしたとて、サルがサルである事実に変わりは無い。

便利な道具に囲われて何不自由なく暮らす愚か者たちを「高度な文明」と呼べるなら、私だって神を名乗れるだろう。

 

 

 

 

 必要な物資や食糧を買い込むと、私はその街を早々に立ち去った。

背中に背負える籠も購入したので、物資を詰め込んだあとに上から子ガニも放り込んだ。抱えて移動するよりはマシだろう。いざというとき両手が使えるというのは、これ以上無いほどの利点だ。

 

ただ帰りの道中、ずっと後ろでポリポリポリポリ音がしているのが気になったので、籠を下ろして覗いてみた。

カニが食糧を囓っている音だった。

 

畜生め。それはお前の餌じゃない。

私は腹立ち紛れにカニとカニが囓っていた携帯食糧を外に放り捨てた。

カニは食糧をハサミで器用に拾うと、私の後ろをのんびりついてきた。帰り道はほとんど下り坂なので、彼の足が遅れることはなかった。

 

 

 

 

 帰り道にはもう一つトラブルがあった。リーバー盗賊団に出くわしたのである。盗賊たちは行商人のキャラバンを制圧し、戦利品を物色していた。

 

キャラバンには当然、商人や積荷を護衛する者たちが付いている。だが、多少腕が立つ者がいたところで、荒野で長年経験を積んだリーバーたちには敵わない。

彼らは揃って縄で縛られ、何処かへ連れていかれるところだった。

 

リーバー盗賊団の本拠地はアッシュランドの手前にある。

拉致された者たちはそこで拷問を受け、調教、洗脳、訓練という過程を経たのち、新たなリーバーとして生まれ変わるのだ。勇猛で野蛮、残忍にして恐れを知らない、敵の血を求めて荒野を彷徨う狂戦士に。

 

 

 

 

 私は岩陰に隠れて様子を見ていた。静観を決め込むつもりだった。

連れていかれた者たちは気の毒だが、命を奪われないだけマシである。生きてさえいれば、脱走するチャンスはいくらでもあるからだ。少なくとも手足をもがれ、生きたまま貪り食われるよりかは人道的だろう。

 

そんなことを考えていたとき、ふと足下に視線を移し、そこにさっきまでいたはずのカニがいないことに気づいた。

周囲を見渡すと、何故かヤツは捕らわれた商人とその護衛たちにのそのそと近づいているところだった。

 

何をやっているんだあの畜生は。もう知るか。捕まってカニ鍋にでもされてしまえ。

そう思ったが、リーバーの一人が彼に気づくと、表情鋭く叫んだのだ。

 

「カニがいる! クラブレイダーが近くにいるぞ!!」

 

「何だと?!」

 

「警戒しろ!」

 

盗賊たちは口々に叫び、一度は納めていた武器を抜き放つ。

 

私は舌打ちしたい気分だった。こうなればもう、見つかるのは時間の問題だ。あとは逃げるか、戦うしかない。

だが逃げるとなると、カニはもちろん、荷物も置いていかねばならなくなる。逃げ足が遅れる程度には物資を買い込んでいたからだ。

 

私はいざとなれば機転が利く方だとは思うが、逃げ足の速さには自信がない。加えて最近は運動不足で、重荷を背負って長い距離を走ることなど不可能だった。

 

私は注意深く敵の人数を数える。

八人か。うち三人は護衛たちとの戦いで負傷している。それを差し引いても五人。普通ならまず勝ち目はない。

 

逃げを選択したいところだが、冷静に観察すると、盗賊たちが皆若いことに気づいた。よく見れば、体格も武骨なスクラップの鎧を着こなせていない程度には貧相である。

先ほど経験を積んだリーバーには敵わないと言ったが、彼らは経験を積んでいないリーバーなのではないか。そうでなければ、数人の商人の護衛程度に負傷者を出すはずがない。

 

私は目を細めて敵を睨み、次に自分の荷物を一瞥した。敵の強さと、自分の命、そしてこの先数週間分の食糧を天秤にかけていた。

 

そして次の瞬間、私は岩陰から飛び出し、一番近くにいた盗賊の後頭部を素手で殴りつけていた。不意打ちすれば、ノーリスクで敵の数を減らせる。

 

盗賊は声を上げる間もなく気絶した。そいつが地面に倒れる前に抱きかかえ、岩陰に引きずり込む。

よし、これで残るは七人。幸い連中は、まだ私に気づいていない。幸先の良いスタートだ。

 

私は盗賊の手足をロープで縛ってから、二人目に忍び足で向かっていった。そいつも仲間たちから離れ、一人で崖のそばに立っている。

どうにか気づかれることなく接近すると、両の拳を組んでハンマーを作り、敵の頭部めがけて振り下ろす。

 

「痛っ!」

 

命中はした。だが、世の中そう上手く事は運ばないものだ。

 

その男はシェク人であり、そしてシェク人の肌は岩のように頑強な外骨格に包まれていることをすっかり忘れていた。私のヤワな拳で衝撃が通るはずがない。

暗殺術に長けたものなら、岩人間だろうが鉄人間だろうが素手で意識を奪えるのだろうが、残念ながら私は素人だった。

痛みに叫んだのは、無論私の方である。

 

「敵がいたぞ! 何だこのおっさん!?」

 

若いシェクはわめきながら剣を両手で振り回し、猛然とこちらに向かってきた。

分厚い片刃の刀身を持つ、重量のある鉈剣だ。まともに受ければこちらの剣か腕、どちらかが折れてしまう。

 

私は腰から長剣を抜き、片手で構えを取った。そして敵の攻撃を身を捻って躱しつつ、その腕を斬りつける。

シェクはうめき声を上げたが、得物を落としはしなかった。さすがはシェク人。生まれながらの戦士と言われる種族だ。彼は傷など知るかとばかりに鉈剣を頭上に構え、大上段から景気良く振り下ろしてくる。

 

一撃で頭蓋をかち割るような一撃を前にして、私は不思議と安堵していた。

振りが遅いし、動きも鈍い。剣に振り回されている。やはりコイツらは経験が浅いのだ。

 

私は再び身をよじって鉈剣の分厚い刃を躱しつつ長剣を振り上げ、シェクの脇の下を刃先に引っ掛けるようにして斬り裂いた。鮮血が吹き出し、彼は苦痛に顔を歪める。

 

片手で剣を振るうサーベル術の利点だ。体幹を大きくずらしつつ、敵を素早く攻撃できる。相手の動きに上手く合わせれば簡単に後の先、つまりカウンターが取れるのだ。

軟弱な貴族の剣など実戦では当てにならないと思っていたが、これでなかなか使い道があるものだ。

 

私は刃を返すと、柄で敵の顎を正確に強打した。シェクが意識を失ったのを確かめると、ほっと息をつく。

しかしそのとき、どこからともなく飛んできたボルトが頭を掠め、ギョッと身をすくませた。

そうだ。仲間を呼ばれていたのをすっかり忘れていた。

私は己のマヌケさに腹を立てつつ、地面を蹴って近くの岩場に滑り込む。

 

「逃げ場はねえぞおっさん!」

 

 「 大人しく出てこいよ! 可愛がってやるぜ!」

 

「ヒャハハハハッ!!」

 

クロスボウを構えた数人のリーバーたちが、こちらに向けて立て続けにボルトを放つ。彼らは互いのリロードの隙をなくすため、交互に撃ち続けていた。狙いは正確とは言えないが、数を撃たれれば精度の粗さなど関係なく厄介だ。

私もクロスボウを持ってはいる。しかし、一対多の撃ち合いで勝てるほどの腕はない。

 

盾にする小さな岩に絶えずボルトがぶつかる音を聞きながら、私は久々に恐怖が湧き上がってくるのを感じた。

一体何をやっているんだ私は。荷物なんて置いて逃げていれば良かった。

欲に駆られた己の選択を、早くも後悔し始めていた。

 

だがそのとき、全く予期せぬことが起きた。拘束されていたはずの護衛たちが武器を手に、側面からリーバーたちに襲いかかったのだ。

リーバーたちは悪態を吐きつつ応戦したが、肉薄された以上、先に近接武器を構えている相手の方が有利だった。棍棒でクロスボウを叩き落とされ、頭を殴られ、袋叩きにされていく。

 

呆気に取られていた私は、ふと視線を横に移した。そこには例の小さなカニがおり、商人たちの縄を自慢のハサミでちょん切っているところだった。

私は心底驚いた。あの畜生、下手をすれば私より賢いではないか。

 

 

 

 

 リーバー盗賊団と行商人たちの戦闘は、一度ついた勝敗が完全に逆転した形で終わった。

商人たちは私に礼を言い、食糧を分けてくれようとしたが、断った。これ以上荷物が増えても困るし、善意で加勢したわけではなかったからだ。

 

それならばと、代わりに彼らはカニに餌をたくさんあげた。

この戦闘の勝敗を分けた英雄だ。当然の報酬だろう。私もそれに関しては文句はなかった。

 

なかったのだが、唯一の誤算は、カニが食いすぎで動けなくなったことだ。倍は重くなったであろうカニを担いでヒイヒイ言いながら私は谷を下り、無事アウトランドから出ることができた。

 

 

 

 

 





登場人物紹介
『カニ』
かに。ジャイアントクラブ。まだ小さい。茹でてないのに甲殻が赤い。
クラブレイダーたちの崇拝対象。私の小説の描写は決して誇張ではなく、むしろナーフしてる。実際アイツらのカニへの愛は常軌を逸している。間違いなく頭がおかしいが、あの世界の住人は基本的に全員頭がおかしいので一周回って平常である。
まあ気持ちは分からなくもない。カニって可愛いよね。俺も小学生のときスーパーで売ってた沢ガニ飼ってたよ。目の前に何か持っていくとハサミで挟んで取りあえず口元に持っていってちょっと囓ってからポイッて捨てるの可愛いよね。アイツら人間個人の見分けはつかないけど大人か子どもかくらいは分かるみたいで、俺が目の前に来たときのテンションがあからさまに低かったのが今思い出すと面白い。
そりゃ餌くれない悪戯好きのガキの相手なんてしたくないよな。

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