ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

9 / 20

五月の投稿サボっちゃったんでちょっと早めに書きました。
なんか意外と見てくれる人が多いんで感謝です。



8

 

 岩場を抜けて岸壁の向こうに辿り着いたとき、リーバー盗賊団は驚くほど静かに私を出迎えた。

屈強な男たちは武器に手をかけることすらせず、無言でこちらを眺めていたのだ。

 

だが彼らの姿を一目見た瞬間、私の背筋にさらに冷たく、重苦しいものがのしかかった心地がした。

思っていたよりも数が多い。五十か、それ以上。おまけに雑魚ではなく、精鋭揃いだ。立ち方だけでもそれが窺えた。

連合首都を守護する侍の部隊を以てしても、殲滅には手間取るに違いない。

 

「なかなか肝が据わっているじゃないか」

 

そう呟いて笑うのは彼らの首魁、バラモンである。

手配書に書かれていた通りの風貌だったため、一目で彼と分かった。

 

2メートルは悠に超える(3メートルに届くかもしれない)化け物地味た巨体に、鋭く精悍な顔つき。王冠を思わせる天を突くような数本の角。

生まれながらの戦士とされるシェク人のなかでもとびきりの豪傑、かつ狡猾で残忍な男と噂されている。

南東最高戦力の一角。この地獄のような世界において、最も顔を合わせたくない者のうちの一人だ。

 

バラモンは手下たちを振り返り、「この者で間違いないな?」と確認をとっていた。彼らの一人が頷くと、改めて私の方に向き直る。

 

「ようこそ兄弟。見当はついていると思うが、私がリーバーの王だ」

 

両腕を広げて微笑むバラモンに、私は間を置かずに返した。「村を攻撃しないでもらいたい」

 

「ほう?」

 

「多少の作物ならくれてやる」

 

私の言葉に、バラモンは苦笑する。「どうやら我々の間には大きな誤解があるようだ」

 

「なに?」

 

「作物に興味はない。……いや、まったくないわけではないが、今回は別の要件だ」

 

「何の用だ」

 

「勧誘だよ」

 

彼は両腕を広げたまま、友好的な笑みを崩さず告げた。「我々と家族にならないか、ノーフェイス」

 

「……家族?」

 

私はオウムのように言葉を返した。「ノーフェイスとは誰だ?」と続けそうになったが、思い留まった。

手配書に書かれた私の名前であると、途中で思い出したからだ。

 

「熱き志を共にする同志だ。兄弟と言い換えても良い」

 

言いながら、バラモンはゆっくりとこちらに歩み寄る。しかし私が反射的に後ずさると、それ以上は近づいてこなかった。

 

「恐れることはない。我々は家族になれる」

 

「何故だ? どうして私なんだ?」

 

私の問いに、彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 

「お前は我々に強さを見せた。それに、その半生にも実に興味を注がれる。……都市連合に恨みがあるのだろう?」

 

このときのバラモンの言葉に、私の胸の内が確かに揺さぶられたのを白状せねばなるまい。

私は視線を逸らし、「いや……」と否定を洩らした。だがどうやら彼にはお見通しのようで、笑みがさらに深まる。

 

「分かるぞ。連中は恐ろしい悪魔だ。弱者をとことん追い詰め、奴隷にし、最後はボロ雑巾のように捨ててしまう。弱者を庇う者も、同様に地に堕とされるのだ」

 

「お前たちは違うと言うのか?」

 

私らしくもない、相手を挑発するニュアンスのある問いだった。無教養な山賊風情に少しでも胸の内を覗かれた悔しさがあったせいかもしれない。

私の言葉にも、バラモンは特に表情を変えることなく続けた。

 

「無論だとも。我々は家族なのだ。誰も見捨てはしない」

 

「子どもを誘拐して痛めつけて洗脳すると聞いてるぞ。よくそんな綺麗事が言えるな」

 

私は吐き捨てるように返した。

このときの私は本当にどうかしていた。交渉に来たのだから相手のご機嫌取りに終始すべきなのに、挑発に挑発を重ねる始末だ。命惜しさに十年以上もガットに引きこもっていた奴のセリフとは思えない。

 

そもそもさっきから綺麗事をほざいているのは私の方だ。

この世は地獄。組織をまとめて生き残るためならば、洗脳教育だって立派な手段だろう。

 

そもそも心理学の観点から言えば、洗脳と教育に違いなど無い。学校教育にだって体罰やそれに近しい脅迫的な刷り込みはあるし、それすら禁止になればそもそもの教育という概念すら破綻する。

単純な話、言っても分からぬ馬鹿には痛みを以て教えるしかない。そして広義の意味で馬鹿とは、無垢な子どもも含まれる。

 

そう心から思っているはずなのに、口から出る言葉は恥ずかしくなるような青臭いものばかりなのだ。

 

「否定はしない。我々の洗礼は、血と痛みを伴うものだ」

 

激昂して前に出ようとした手下たちを腕で抑え、バラモンは穏やかに話し続ける。

 

「私とて愛する者たちを痛めつけるのは辛い。だがそれを乗り越えたとき、家族の絆はより強固となるのだ」

 

私の口はまた勝手に、何か愚かな挑発をしようとしていたらしい。それを手で制し、バラモンは続ける。

 

「お前が我々に敵意を向ける理由は分かっている。恋人の件だろう」

 

彼の言葉に、私は己の耳を疑って一瞬固まった。

何のことだ。私に恋人などいない。誰のことを言っている?

 

とっさに麻痺しかけた頭を回して思い至ったのは、あの復讐者の女の存在だった。

彼女はたびたびこっそりと村を抜け出し、人気の無いところで私と会っている。無論、剣術指導のためなのだが、傍から見ればそういう誤解も生まれるかもしれない。

 

「罪を濯ぐ機会を私にくれないか」

 

重々しい口調で呟くと、バラモンは無言で踵を返した。道を空けるようにリーバーたちが左右に分かれると、彼らによって隠されていたものが明らかになる。

 

それは猿轡と手錠をかけられ、地に両膝をついた三人の男たちだった。グリーンランド人が二人、スコーチランド人が一人。

装備を剥かれたらしく、ほとんど裸同然だ。他に取り立てて特徴もない。どこにでもいそうな人相の悪い三人組である。

 

連中の捕虜にしか見えないし、実際そうなのだろうと思ったが、私の憶測は外れていた。

 

「この者たちも私の家族だ」

 

バラモンは彼らの傍らに立ち、悲しげに目を伏せる。

 

「だが、重大な裏切りを犯した。一年ほど前、私の許可無くある農家を襲撃した。ほとんど皆殺しにしたのだ。……生き延びたのは、お前の恋人ただ一人」

 

私はギョッとしてもう一度男たちの顔を見た。

コイツらか。コイツらが、あの女の仇なのか。

直接の復讐は果たしたと彼女は言っていたが、実は犯人は複数いたということなのだろう。

彼らの体つきは他の者たち同様に屈強であったが、バラモンが隣にいるので気の毒なほど貧相に見える。

 

「弱者の命を無為に奪うのは我らの理念に反する。しかし彼らはそれをしてしまった。己の欲望を満たすためだけに。両親を卑怯にも後ろから刺し、残った彼女とその弟をさんざん乱暴したのだ」

 

言い終わるや、バラモンは夜空を仰いだ。

そのとき偶然雲が晴れ、月明かりが彼の横顔をくっきりと照らし出す。

その目からはおそらく演技ではない、大粒の涙が零れ落ちていた。

 

「ああ、何と悍ましい。到底赦されることではない。罪には罰が必要だ。だが如何なる罰であろうと、この者たちの罪は贖えまい」

 

バラモンは怒りと悲しみで滅茶苦茶に歪んだ顔を男たちに向けた。彼の手はプルプルと震えながらも這いずるように動き、背に負った大剣の柄を握りしめる。

 

「彼らは死ななければならない。だが、どうせ死ぬのなら、せめて私の手で終わらせてはくれまいか」

 

さっきの威勢はどこへやら、私は口を開くことができなかった。

私の返答を待たずして、彼の大剣が背の留具から外される。月の光を受けたそれは、血と錆に塗れた分厚い刀身を悍ましげに輝かせた。

 

「案ずるな。私たちは、家族(リーバー)だ」

 

高々と掲げた剣を振り下ろす直前、バラモンは男たちに寄り添い、耳元で囁いた。

恐怖に目を見開いていた彼らであったが(当然である。見ていただけの私もかなり怖かった)、この言葉を聞いた直後、少し安堵した表情で目を閉じたように見えた。

 

空を裂く恐ろしげな轟音とともに、三人の首がまったく同時に胴体から離れて地面に落ちる。

リーバーたちは厳かに沈黙し、ただ彼らの亡骸を見つめるだけだった。

 

「私は悲しい。また愛する家族を喪った」

 

背に大剣を納め、バラモンは呟いた。目から頬、頬から顎にかけて涙が伝い、くしゃくしゃに歪んだ顔を奇妙に光らせている。

 

「だがこれで罪は清算された。どうか彼らを赦してやってはくれまいか」

 

「……私が決めることじゃない」

 

気がつけば、私の口はそんな言葉をひねり出していた。すっかり威を削がれていたくせに、強がりのつもりだろうか。

 

この処刑自体、バラモンの狂言の可能性もある。実際に全てを奪われたあの女でさえ、犯人は一人と勘違いしていたのだ。真相は誰にも確かめようがない。

だが犯人たちの表情や周りのリーバーの物言わぬ雰囲気から察するに、おそらく濡れ衣や勘違いではあるまい。少なくとも、彼らなりの誠意を見せたということだ。

 

「我々はただの盗賊ではない、ノーフェイス。我々には大義がある」

 

バラモンは一度だけ涙を拭うと、決意ある表情で言った。

 

「連合の敷く支配と偽りの秩序から民草を解放する。いずれはこの地に生きる者全てが我々の家族、兄弟姉妹となるだろう。そしてそれこそが、真の平等へと繋がるのだ」

 

「フッ」

 

ご高説の途中、私は軽く鼻で笑っていた。おそらく小馬鹿にするような表情で、彼を初めて真っ直ぐ見返した。

 

「真の平等などあるものか。仮にあったところで、そんなものに意味は無い」

 

「なんだと?」

 

さすがに私の極論に合点がいかなかったのだろう。眉根を寄せるバラモンに、私は言葉を続ける。

 

「社会の本質は多様性だ。そして多様性とはヒエラルキーによって構築される。全ての生き物がそうなのだ。人間も例外じゃない。いかに知恵を積んだとて、生物の括りから人は逃れられない」

 

「……」

 

「支配する者、される者、虐げる者、虐げられる者がいるからこそ、多様性があり強固な社会が築かれる。平等などという綺麗事に健全な社会を維持していく力はない。結果として、理想論は世界を破滅に導くだろう」

 

さすがの私にも難解な話をしている自覚はあった。辺境の盗賊風情に社会学が理解できるはずがないと高を括っていたが、バラモンは黙って私の言葉に耳を傾けていた。

私がいったん口を閉じると、彼は呆れたように肩をすくめる。

 

「言いたいことは分からなくもない。だが理想とは夢。夢とは希望だ。希望なき生など、それこそ意味が無い。……そうやって一生を、ただ死んだように生きていくつもりなのか?」

 

「支配などお前たちには無理だ」

 

彼の問いを無視し、私は命知らずにもまくしたてた。

 

「お前たちは単純すぎるし、おまけに狂っている。腐った根が絡み合ったような社会の構造を理解できない。理解できねば、崩せはしない」

 

いよいよ首領の制止も聞かず、次々に武器を抜き始めるリーバーたち。バラモンは何かを悟ったように、深い溜め息をついた。

 

「思っていたよりも重症だな、ノーフェイス。お前には……治療が必要だ」

 

彼は呟くや否や、一歩後ろに下がった。「生かして捕らえろ」

 

「「「「バラモンのために!!!」」」」

 

忠誠の誓いを怒号とともに吐き出し、リーバーたちが突進する。

悪夢のような光景であったが、不思議と私の中の恐怖は薄かった。

 

首領が生かして捕らえろと命じたなら、手下たちは何が何でも私を生かそうとするだろう。命まで奪われないなら安いものだ。ビークシングの群れに比べたら可愛いまである。

 

そういう考えもあったが、何か別の感情が渦巻いていたことの方が大きかった。

それは怒りだ。抑えがたいほどの怒り。

だが果たして何に対する怒りだったのかは、今でもよく分からない。

 

私はいつの間にか腰の長剣を抜き払い、構えをとっていた。

 

 

 

 




登場人物紹介
『バラモン』
リーバー盗賊団の首領。懸賞金50,000Cat。
ステータスオール80~90のガチ強者。
王冠のような角が頭に生えてるとか地の文で言ってたけどゲームで確認したらハゲだった。すいません。
なんか強そうでカリスマがあり思いのほか知的、かつネットリと気色悪いキャラに仕上がった。
ラスボス張れるんじゃね?と一瞬思ったが当初の予定通りにここで死んでもらうことにする。プロットは大事だからね仕方ないね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。