時間軸的にかなり無理やりですが、そこはパロSSという事でご容赦を。
それはまだザインがフリーレン達と行動を共にし、吹雪で足止めをくらっていた村での事。
フリーレンは村の老魔術師の元で魔法談義に花を咲かせ、フェルンは色々と一行の世話をしてくれている雑貨屋の中年夫婦の家でお茶会をしている。なんでもそこのおばさんが作るドーナツが絶品らしい。
普段ならザインもまだ日の高い内……吹雪が続いているのであくまでもそういう時間帯という事だが……から酒場でクダを巻いているのだが、今日は生憎と酒場が臨時休業だ。
仕方ないので、長逗留している宿屋の一室で黙々と筋トレしているシュタルクのそばにしゃがみ、壁にもたれ足を投げ出し紫煙をくゆらせながらボーッと見物している。
シュタルクが腕立て伏せをしながら回数を数えている。
「1899、1900、1901……」
『なんかもう数字がおかしいよな……』
フェルンがドン引きするのも無理はない。
本人は相変わらず自己評価が低いが、フィジカルも戦闘技術も超一級レベルだ。
まあ、自信の無さがちゃんと鍛錬に繋がっているメンタルこそが実は一番の長所だと思うが。
それはともかく。
こうやって筋トレを眺めているだけなのも退屈だ。
「暇だなー。な~シュタルク、なんか面白い話ねーのかよ」
「1908、1909、もう無いよ。1910……」
なんのかんの言っても男同士、女性陣……特にフェルンよりは心理的に気楽に付き合え、色んなくだらないだべり話もしてきた。
しかし元々話が上手い訳でも無く記憶力に優れてもいないシュタルクのネタはとうに尽きている。
「1920、そんな事言うなら、1921、ザインこそなんか1922、話してくれよ。1923、筋トレの気晴らしになるし1924」
「なんだ、そんなに俺のモテエピソードが聞きたいのか?」
「1930、1931、いや、いい、1932……」
「…………」
「1965、1966、1967……」
再びしばらく、淡々と腕立て回数を数えるシュタルクの声だけが響く。
「ふあ~っ……そういやさあ……」
「1989、1990……なんだよ。1991……」
「フェルンってドーナツ好きだよなあ。なんであんなに好きなんだ?」
「!」
ピタッとシュタルクの動きが止まる。
「いや分かるよ、女の子は甘い物が好きだって。でもそれにしたって執着し過ぎてないか?」
「…………それを……聞くのか」
「ん? なんか知ってるのか?」
話す事が何も無いのでふと頭に浮かんだどうでもいい疑問を何も考えず口に出しただけだが、シュタルクは意外なほど強く反応した。
ザインは少し前のめりに興味を示すが、シュタルクは話し始めず腕立ての姿勢のまま、何か思い詰めた様な顔で床を見つめている。
「なんだよ、知ってんならもったいつけんなよぉ」
「……この事を話したら命が危ないかもしれない。それでも聞くか?」
「おっ、いいねえ。シュタルクがそんな思わせぶりな言い方するとは思わなかったぜ。なんか面白い理由があるのか?」
「いや、本当に冗談じゃ済まないんだ。誓ってくれ。この話は絶対他人に漏らさないと。聞いたらすぐに忘れるんだ。」
「分かった分かった誓うよ。神様に誓うよ。俺は司祭なんだぜ? 秘密を守るのはお手のものさ」
「……後悔しないな?」
「しないしない、した事もない」
ザインは実を言えばこの段階で微かな違和感……或いは嫌な予感はあったのだが、あまりにも暇な為、潜在意識が知らせる大切な警告を好奇心でかき消してしまった。
人は時に愚かさに身を任せてしまうものなのだ。
「……フェルンはまたドーナツ食べに行ってるんだよな? まだ当分帰って来ないんだよな?」
「ああ……いつも通りならもう2、3時間は帰って来ないんじゃないか? フリーレンはもっと遅いかもな」
「…………分かった」
シュタルクは軽く息を吐くと、腕立てを止めザインの横に座り、顔を上げ
シュタルクはなぜ話してしまったのか。
筋トレのやり過ぎで脳に血が回らなくなり正しい判断が出来なくなっていたのか。
いやそれも理性を無視する最後の一押しではあったのかもしれないが、やはりそれ以上に抱える秘密を誰かに少し背負って欲しかったのだろう。
後に起こる恐怖から、無意識に目を逸らしてでも。
ともかくシュタルクは話し、ザインは聞いてしまった。
過程の思惑がどうであれ、それだけが残された結果だ。
もう変えようのない未来の姿だった。
「これは俺が、当事者であるフリーレンから直接聞いた話だ……」
◇◆◇
シュタルクがパーティ一行に加わり、数ヶ月した頃。
3人は、とある街で通行許可に手間取り逗留が長引いていた。
フェルンは外出している。
どうやらお気に入りの菓子屋が出来たらしく、今日もそこに行っているらしい。
フリーレンも誘われたが、昨日手に入れた民間魔法の魔導書を読み耽りたくて断ったそうだ。
シュタルクは今日のノルマの筋トレを終え、今はストレッチをしている。
師匠であるアイゼンはドワーフだ。
筋肉の質、身体の造りが根本的に違う。
まあ自由落下ならどんな高所からでも平気な、それドワーフとしてもどうなんだろうという化け物と比較してもしょうがないのだろうが。
ともかく人であるシュタルクは、そんな人外と違ってしっかりとこういうケアをしなければならない。
それはアイゼンから習ったものではなく、世話になった村からフリーレン達と共に旅立った後、ある別の村の謎の師匠から習った事だった。
半信半疑だったが確かに身体の調子や柔軟性が良くなったと感じたので続けるようにしている。
謎の師匠の正体は文字通り謎だが、ドワーフではなく同じ人間だからこそ学べる事は確かにあった訳だ。
ただ、まだストレッチのルーティンをうまく確立していないシュタルクは、色々試しながらもちょっと飽きてきた。
「暇だなー。な~フリーレン、なんか面白い話ないのかよ」
「私になにを期待しているの」
「だってめっちゃ長生きしてるんだろ。面白い話の100や200ぐらい持って無いのかよ」
「……民間魔法の面白さ、奥深さなら不眠不休で1年間喋り続ける事だって出来るけど、聞きたい?」
「いや、いいです」
「…………」
「……そういやさ」
「なに」
「フェルンってなんであんなにドーナツ好きなんだ?」
ビクンッ!
途端に魔導書をめくるフリーレンの手が止まり、表情が固くなる。
「? どうかしたのか?」
「それを聞くんだね……?」
「? そんなに変か? いや女の子が甘い物好きだってのは分かるよ。でもフェルンのドーナツ好きはちょっと異常じゃないか?」
「…………」
「まあ……言いたくないんなら良いけどさ。後でフェルンから直接……なっ、なんだよ腕なんか掴んで」
「それだけは止めて」
「え」
「止めて」
「あっ、ああ……」
普段見た事が無いフリーレンの真剣な懇願に、シュタルクも戸惑いながら従った。
なんとなく気まずい空気が流れる。
その沈黙を破ったのは、1000年を越えて生きるエルフだった。
「しょうがない。私も
「……あーやっぱり教えてくれなくて……」
「聞いて」
「はい……」
「これはまだシュタルクと出会う前、私とフェルンの二人で旅してた時の事なんだけど……」
フリーレンはなぜシュタルクに聞いてもらいたかったのか。
なぜ
それはシュタルクが直感した通り、
◇◆◇
僧侶ハイターの死から8ヶ月後。
とある地方の、とある小さな田舎町。
たまたま立ち寄った田舎の割にはなかなか小洒落たお菓子を売る店の、お茶が出来るテラスで。
「フリーレン様、これはなんという食べ物ですか?」
フェルンは真ん中に丸い穴が開いた、表面に砂糖をたっぷり
口元が揚げ油でテラテラと光り、幼いながら少し
「ドーナツだよ。フェルンは初めて食べた?」
「はい……」
「ハイターは食べさせてあげた事が無かったのか。やれやれ、これだから酒飲みは」
実際にはフリーレンが二人の元を訪れてからの年月の方が遥かに長い事を棚に上げ、フェルンの食生活の責任を
というか、その時には酒も辞めていた。
「これは……衝撃です。衝撃の出会いです。この出会いだけでフリーレン様についてきた意味がありました」
「そっ、そう? まあ喜んでもらえたなら良かったけど」
「なんというおいしさでしょう。これを初めて思いついて作った人はきっと偉大な魔法使いだったに違いありません。それも神様の啓示を受けて創造したのに間違いありません」
「いや料理人だと思うよ。いやどっちかと言えば民間に伝わるお菓子が進化したんだろうから、大元は主婦のおばちゃんか誰かが思いついたんじゃないかなあ」
「奇跡です。これは奇跡の食べ物です。
「えー、そこまで?」
「はい、そこまでです。なんという事でしょう。ドーナツは私に新たな世界を切り開いてくれました。世界は広いです。私の知らない事が山ほどあるのでしょう。この世は神秘に満ち溢れています。それを今、心の底から実感しました。」
「あー、うん、それは良かったね。えーっとフェルン、泣く事はないんじゃないかな? ほらほら、鼻も出てる。チーンして、チーン」
「ぷぴーっ」
フリーレンに鼻をかませてもらって変な音が出ている間も、フェルンの手からドーナツが手離される事は無かった。
それがフェルンとドーナツの運命的な出会いだった。
猛烈に感動する少女の姿にフリーレンも嬉しい気持ちになったが、さすがに大袈裟すぎてちょっと引く。
『まあ、これまでが魔法に打ち込みすぎだったしね。甘い物で息抜き出来る様になれば情緒にも良い影響があるかな』
甘かった。
ドーナツだけに。
◇◆◇
僧侶ハイターの死から10ヶ月後。
テクテクテク
ぽよんぽよんぽよん
テクテクテク
ぽよんぽよんぽよん
「……フェルン」
「ふぁい?」
「えっとさ……」
「ふぁい?」
「……いや、なんでもないよ」
可愛らしく小首を傾げるフェルン。
けれど、そのアゴは……。
たぷん。
……どう言ったものだろうか。
この年頃の子は傷つきやすい。
友人から預かった大事な子供の心に傷をつけるのは流石に本意ではない。
しかし……。
ここ数日、ずっと悩み続けてしまった。
いつ切り出そうかと。
『私達結構歩いてるよなあ……いい腹ごなしになってると思うんだけど』
それでも追いつけていないのだ。
ドーナツの
いや、それでも一個や二個ならどうとでもなるだろう。
しかしドーナツの
止められなかった。
あまりにも美味しそうにドーナツを食べるその姿に。
老い先短い老人の質素な食事に慣れた身に、その甘味はあまりにも蠱惑的過ぎたのだ。
今もその手には、さっきの村で買ったドーナツが握られている。
両手に一つずつ。
大事なハイターの杖は背中に担いでいる。
さすがに油まみれの手で触るまで堕ちていないのが救いか。
テクテクテク
ぽよんぽよんぽよん
テクテクテク
ぽよんぽよんぽよん
……実際にそんな足音がしている訳では無い。
けれど自分の足音に比して、フェルンの足音は頭の中でそんな感じに変換されていた。
『だって丸いし』
そう、丸かった。
何がって、フェルンが。
ドーナツも丸いけど。
いやすでにフェルンがドーナツだ。
フェルンとドーナツとの衝撃的かつ運命的な出会いから二ヶ月ほど。
その結果はあまりに如実に、劇的にフェルンの体型に現れていた。
「フェルン」
「ふぁい?」
フェルンの返事がこもっているのは、常に口の中にドーナツの一片が含まれているからだ。
もはや猶予はない。
心を鬼にしなければならなかった。
ここで止めなければ「私太ってないデブよ」とか言い出しかねない。
私が止めなきゃ誰がやる。
『フリーレン、やっぱりあなたは優しい子です』
ハイターの声が聞こえる気がした。
やかましいわ。
フリーレンはフェルンの、甘みに侵略され少しトロンした目をしっかりと見据え、辛く、しかし言わなければならない事を口にした。
「フェルン……ダイエットしよう」
「ふぇ?」
◇◆◇
「そこからの数ヶ月は大変だったよ。フェルンが自分が太ってる事を自覚してショックを受けて、ドーナツを食べる回数が減らさなきゃいけない事に更にショックを受けて、それでも血の滲むような努力でなんとか体型を元に戻すまでね」
「そんな事があったのか……あれっ? でもフェルンって今でも割と丸……」
「シュタルク」
「ん?」
「それ以上いけない」
「あっ、ああ……」
「とにかくフェルンもドーナツの食べ過ぎは良くないと身に沁みて、ある程度節制出来る様になったんだ」
「え!? そっ、そうなの?」
「言いたい事は分かるけど、そうなんだよ」
「そうなんだ……」
「けれど、本当の試練はそれから襲って来たんだ……」
【後編に続く】