原作との矛盾点はお許しを。
すなわち、ミミックと判定された宝箱の内の1%はミミックでは無い。
つまり充分な試行回数を重ねれば、判定ミミックでもいつか必ず本物の宝箱に出会える訳である。
そして永遠とも呼べる寿命を持つエルフにとって、確率を収束させる回数の試行など容易い事だ。
それを実行する物好きなエルフが何人いるかはともかく。
そんな、希少種のエルフの中でも更に希少……いや
そしてダンジョン内を
2人の出会いは魔王討伐に決して欠かせなかった、人類にとっての福音。
しかし同時に極小数……正確には2名……にとっては、出会ってはいけない2人が出会ってしまったと恨み言を吐かずにはいられない心境にさせられた事が幾たびも……そう、幾たびも起きた呪われた出会いでもあった。
◇◆◇
「暗いよー! 怖いよー!」
今日も今日とて、フリーレンの絶叫がダンジョン内に
『はあ……これで何度目ですか』
『確か160と2度目だな』
ハイターの小さく呟かれたボヤきに、アイゼンがこれも小声で答える。
1回や2回なら
「大丈夫かいフリーレン」
「うああぁぁぁ……やめて引っ張んないでぇぇ……押し込むの押し込むの。オエッてなるからぁ~」
ミミックに噛まれた時は引っ張るより押し込む、というのはハイターがヒンメルに教えた事だが、ヒンメルは今でも毎回、まずフリーレンの足を引っ張る。
そしてフリーレンも毎回怒らずにコツを説明し直す。
どう見てもヒンメルはこのやり取りを楽しんでいる。
フリーレンの方はきっと説明した事を毎回忘れている。
人とエルフの違いはこんな所にも表われる。
永遠の時を生きるエルフにとって、いちいち瑣末な事を記憶していては頭がパンクする。
だからどうでもいい記憶はさっさと忘れてしまう。
……これほど頻繁なら大事な事だと思うのだが、そこもまた人とエルフの価値観の違いだ。
押し込むとミミックがオエッとなるコツは大事な記憶だが、説明した相手がそれを忘れているというのはどうでもいい。
また説明すればいい事だからだ。
ある意味、
冷たいのではなく、心を摩耗させずに生きるために自然に身に染みついた思考法だ。
まあそれはともかく、宝箱=ミミックが見つかる
ハイターとアイゼンが無感動になったとしても誰も責められまい。
◇◆◇
「ふふ~ん!」
ドヤ顔、見事なドヤ顔だ。
数え間違いでなければ235度目。
とうとうミミック判定の宝箱から宝物……レア魔導書が出た。
確率1%にしては随分オーバーしているが、これぐらいは統計上珍しくもない。
そしてフリーレンにとっては全く苦にならない試行回数だ。
約2名にとっては地獄の様な繰り返しだったが。
一度ハイターがアイゼンに「あなたも長命種ですしそれ程大した事では無いのですかね」と尋ねたが、沈黙と、なんとも言えない微妙な表情が返ってきたのみだった。
「で、その魔導書に書かれている魔法はなんだい、フリーレン」
「ちょっと待って……ふむふむ……ほおほお……」
ちょっと(ちょっと?)変わり者のエルフはカビ臭い紙面に鼻を擦り付けんばかりに顔を近づけ文字を解読しようと集中する。
フリーレンにとっては至福の一瞬、ヒンメルにとっては魔導書に夢中なフリーレンの姿を眺める数刻の幸せ、ハイターとアイゼンにとっては人生の意味を問いただされる長い長い忍耐の時。
ようやく(エルフにとっては瞬きする間)判明したのか、フリーレンはニンマリと満足げな笑みを浮かべながら顔を上げた。
「これはなかなか凄いぞ。どうやら今は滅んだ古代文明の魔法を翻訳して書き記したものらしい。その名も《誰も知らない遠くから誰も知らないものを1つ持ってくる魔法》だ!」
「なんだいそれ……?」
「凄いんだか凄く無いんだかいまいちピンときませんね」
「くだらん」
「この価値が分からないとは嘆かわしいね。つまり私達にとって全く未知の道具なり生き物なりが目の前に現れるという事だぞ。ひょっとしたらそれは魔王を一撃で倒すようなとんでもない武器かもしれない!」
「もしくは私達を一瞬で銅像に変えてしまう異界の化け物かも知れませんね」
「その可能性もあり得る」
「いや否定しろよ」
思わず丁寧語を忘れて突っ込むハイター。
「……とにかくそんな何が起こるか分からない危険な……っておーい!?」
「◯×?? t∂℃@∀……」
ハイターのツッコミと忠告を全く悪気なく無視したフリーレンは、その魔導書を片手になんの躊躇いもなくその場で未知の呪文を唱え始める。
『何やってくれてんのこの魔法バカエルフ!』と焦るハイター。
ニコニコと優しげな笑みを浮かべ『未知の呪文を浮き浮き唱えるフリーレンはなんて素敵なんだ』と恋する男のお花畑思考全開で見惚れているヒンメル。
『俺の斧が通用する相手ならいいがな』もうなんか好きにしてくれ、と達観しているアイゼン。
三者三様の目線と想いに包まれながらフリーレンが呪文を唱え終えると、勇者一行の前の地面に不可思議な魔法陣が描かれ、その中心に眩い光と共に何かが現れた。
◇◆◇
「……で、なんだろうねこれ」
「不思議な素材の板……ですかね」
「簡単に破壊出来そうだな」
「壊さないでよアイゼン」
結果として現れたものは魔物でも(恐らく)武器でも無い小さく薄い長方形の板だった。
長い辺がちょうどフリーレンの手首から中指の先ぐらい、短い辺がその半分といったところか。
全体の色は黒曜石のような
ちなみにハイターだけは
「危なくないかい、フリーレン」
その板に手を伸ばすエルフに勇者が一応警告するが、あまり緊張感が無い。
本能的にだが、3人とも危険を感じていない。
「ふむ……なんかしっくりきて馴染む感じだね。重さもちょうど良い。これはこうやって手に持つのが正しい気がするよ。それにしても不思議な素材だね。物凄く滑らかだ。こんなの見た事無いよ。確かに魔法は正しく働いたみたいだ。ふむ……この出っ張りはなんだろう。穴も空いてるな。ガラス面の反対には……おお~!? この左隅の丸い3つのレンズ、とんでもない精密さだぞ! こんなの王都でも見た事無い。けれどなんでこんなものが付いてるんだ? メガネ……じゃないだろうし……ふむ……」
フリーレンは興味津々で謎の黒い板を裏返したり軽く突いたり撫で回したりして調べる。
「だ、大丈夫ですかねえ」
扉外から小さな声でハイターが危惧するが、謎の板に夢中なフリーレンの耳には全く届かない。
「うん……やっぱりこの出っ張りが怪しいなぁ……ポチッとな」
そう呟きながら片側側面の出っ張りを押してみる。
「……」
何が起きるか少し緊張しながら見守る3人。
少しの
「「「おお」」」
思わず勇者一行から声が上がる。
更にその記号が消えると、続いて板ガラスの中に何やら角の丸い四角い印が6×4で整然と並んで現れた。
それぞれが目にも鮮やかな色合いとデザインをしているが、それは1000年を生きたフリーレンをして未だかって一度も見た事が無い異質な文字……もしくは記号だった。
「何かは分からないけど、美しいな。ひょっとしてこれは芸術品の類じゃないのかい、フリーレン」
「う~ん……それにしてはなにか、機能的なものを感じるんだよね。この四角い印一つ一つになにか意味……メッセージが込められている気がする。それにこれ、魔力は感じないけど、なにか別の力が作用してるみたいだ。その力でガラス面全体が光っているのかな」
「別の力……ですか。神や精霊の御力でもなく?」
遠くからハイターが尋ねる。
「うん、多分違うと思うよ。微か……物凄~く微弱な雷の様な……うーん、よく分からないな。とにかくとても興味深い代物だよ、これは」
「で、なにに使うものなんだ? 強いのか?」
「強いって。アイゼンが望む様な強さでは無いと思うよ。でもそうだね、魔法がそうであるように、強さは腕力だけじゃないから。ひょっとしたら強力な武器になるものかも知れないよ。分かんないけど」
「結局あなたにも何も分からないのですね」
「む」
どうやら危険は無さそうだとまた部屋に入ってきたハイターの茶々にフリーレンは頬を膨らませる。
「……そう、1000年生きたって私の知らない事なんていっぱいあるよ。でも未知があるからこそ探究は楽しいんだよ。特に魔法はね」
「フリーレンは本当に魔法が好きだね」
「ほどほどだよ……で、これはつまり、未知の世界の魔道具じゃ無いかと思うんだ。私達と系統が違うから魔力を感じないだけで。使い方が分かれば良いんだけど……」
そう呟きながら、なんとなく四角い記号の一つに人差し指を当ててみる。
するとまた画面が変化して、異国の横文字らしきものがズラッと表示された。
「ほお……四角い記号を押すと更にまた別の画に変わるのですか。という事は、他の記号を押すとこれとは違う画が出てくるのかもしれませんね」
「これ……ひょっとして人の名前が並んでるのか?」
「確かに、いかにも人の名前っぽい感じだね」
さらにその名前らしきものをタッチしてみるとまた画が変わり、また色んな文字や記号が表れる。
「なるほど……階層構造になっているのか。魔法の構造式でもそういう概念はあるけれど、面白いね」
そう呟きながら、フリーレンはまた適当に記号の一つを押してみる。
トゥルルルル トゥルルルル
「うわっ?」
「なんの音だい、これ」
「その板から出てますね」
「魔物の唸り声か?」
「いやこれは……なんというか、なにか呼んでる音のような気がする。ほら、主人がベルを鳴らして召使を呼ぶみたいな。そういうメッセージ性のある音のような感じがするよ。それにほら、この出てきた緑の記号。これを押せって事じゃないかな」
ピッ
カチャ
《……◯@/?──×y1k……?》
「「「「!?」」」」
黒い板から人の声が流れ、一同は息を呑む。
《✗@^^m・? _^((……9#……》
「フリーレン、これは……」
「うん……異界の言葉……なのかな?」
そうヒンメルに
そしてそのまま、声を掛けてみる。なんとなく、そうするのが正しい気がしたのだ。
「あなたは、誰?」
《? 山✗□──7、れ?》
言葉は分からないが、声の雰囲気からしてどうやらこちらの声が向こう? に届いているらしい。
「私の言っている事、分かる?」
《>草n\\どn00──? ^^》
「おーい、もしもーし」
『『『もしもーし?』』』
フリーレンが発した、聞いた事の無い単語に三人が首を傾げる。
《jx.。@^──ープツッ》
「声が聞こえなくなった……。意味はさっぱりだったよ。私が全く知らない言語形態だったね」
「そうか……ところでフリーレン、もしもーしってどういう意味だい?」
「? なにそれ?」
「……いや、なんでもない」
どうやら無意識に言っていたらしい。
「結局、今の声はなんだったんだい?」
「分からない……。ただ、なんだろう、どこかとの繋がりを感じた。そしてそれが途切れた。……ひょっとすると、魔法で引き寄せて暫くの間は、引き寄せた場所との繋がりが残っていたのかもしれない。惜しいな……ひょっとしたら異界の人間と交流出来るチャンスだったのかもしれないのに」
「途切れて幸いですよ。どんな人類だったかなんて分かりゃしない。ひょっとしたら魔族や魔王より恐ろしくて残忍な怪物だったかもしれないじゃないですか。例えば一撃で王都クラスの都市を死滅させて何百年も人が住めない地にしてしまう邪悪な兵器を何十万発も持ってお互い争い合ってるような」
「なにその具体的な例え。ハイターって意外に想像力あるね。まあさすがにそれは
「あなたに子供っぽいと言われたくありませんね。とても1000年生きてるとは思えないほど、子供のように軽率で無計画です」
「む」
「まあまあ2人共。それでフリーレン、繋がりが切れたという事は、もうその魔道具は意味の無いものになってしまったのかい?」
「……いいや、ヒンメルも見てたように幾つもある記号の一つの機能が切れたに過ぎないと思う。他の記号にもきっと何か意味があるはずだよ。まあでも、ひとまず迷宮を出ようか」
後編に続く