【悲報】全然大丈夫じゃなかった【墜落】
寝ていたはずの花京院が暴れて、操縦桿が狂ってしまったようだ。機体は不安定な軌道を描き、一時は持ち直したと思ったが、椰子の木にぶつかってどこかも分からない砂上に不時着した。
広い砂漠で半壊したセスナを前に立ちつくす。全員無傷であることが奇跡だ。生きててすごい。
花京院は呆然とした表情を浮かべ、膝を抱えていた。何故自分が暴れたかも分かっていない様子である。
過ぎたものは仕方ない。親元を離れた学生が一ヶ月近く命を狙われ続けているのだから、無意識に暴れてしまってもおかしくないだろう。まあ、花京院の場合それだけではないだろうが。
制服の袖に隠れている花京院の腕を見つめる。思い詰めている彼が私の視線に気づくことはなかった。
日が暮れ、野営の準備をすることになった。
祖父が手際良く夕食の準備を行い、私達の食事とは別に赤ん坊の食事も用意してくれたようで、ポルナレフが赤ん坊用の食事を味見している。早く食べさせてやれよ。
突然、赤ん坊の鳴き声が響く。視線を向けると、花京院が赤ん坊を抱いていた。泣いてしまった赤ん坊を宥めるように祖父が花京院から赤ん坊を取り上げる。
セスナでの暴挙に加え、挙動のおかしい花京院に懐疑の視線が集まっていく。
そして、遂に花京院は「BABY STAND」と彫られている腕を見せて、赤ん坊がスタンド使いだと主張し始めた。
「……」
雷に打たれたような表情をしているポルナレフ、祖父、兄。そんな彼らの反応を見て、花京院は自身の発言が彼らにどう受け取られるのかに気づいたらしい。
見る見るうちに青ざめていく花京院の側により、肩に手を置く。
私は花京院を信じるぜ。
「な、何っ!お前までおかしくなっちまったのか……」
おっと、勘違いしないでくれ。何も理由なく花京院の意見に賛成しているわけではない。
さあ、この腕をとくとご覧じろ!
そう言って花京院の「BABY STAND」と彫られている腕をとって掲げる。
「……それは、さっき見たぜ?」
ポルナレフが可哀想な子を見る目で見てきた。
違うって。天丼な訳じゃないよ。これが証拠になるんだ。
私のスタンドが発動したら察知できるということは皆知っているはずだ。もし花京院が錯乱してこの傷をつけたとしてもだ。私はそれが分かる。
「そりゃあ花京院が文字を彫る前に傷つけるなりなんなりしたんだろう」
いいや違うね!
何故なら、花京院に植えた花が枯れたのはセスナに乗っていたとき。彼は暴れてはいたが、刃物の類は手にしていなかった。この目で見たので間違いない。
けれど私の花は使われていたし、彼の腕には血が滴っていた。この意味が分かるだろ?
「まさか……」
そう、既に私達はスタンドによって攻撃を受けているのである!
「な、何ィーッ!?」
真実は、いつも一つ!
人差し指を天に向け、決め台詞を叫ぶ。
……決まった。
視線を落とすとぽかんと口を開ける彼らが目に入る。何だか居た堪れなくなって天へと向けていた指をそっと下ろした。
あと何年か先の名台詞だから……。くそう、なんて虚しいんだ。ネタに反応してくれる人がいないのは、悲しすぎる。
しゃがんで地面に「の」の字を書いていじけていると、「そのスタンド使いはどこにいるんだ」と祖父が立ち上がった。
その赤ん坊なんじゃない。知らんけど。
「……急に静かになるなよ。どうしたんだ?」
いや、私もなんで花京院が赤ん坊を怪しんでるのかは分からないし……彼から説明を受けてくれ。
視線を送ると、瞬きをしていた花京院がはっと目を見開き口を開いた。
花京院も気付かぬうちに彫られていた「赤ん坊」「スタンド」という言葉。目覚めた時の違和感。セスナでの暴挙。寝ているうちにスタンドによって攻撃を受けている、と彼は推測したようだ。
さらに、花京院は赤ん坊がサソリを相手取っていた場面を見たらしい。今は見当たらないサソリはどこかに隠しているのだろう、とも。
それは……流石にクロだろ……。
先程口を開こうとしなかったのはそういうことか?と疑念の視線が赤ん坊へと集まる。きゅるん、と瞳を丸くしている赤ん坊の表情は無垢そのものだが──よし、ここは私に任せてもらおう。
手についた砂を払って赤ん坊の前へと進む。ガシッと赤ん坊の体を掴み、こしょこしょと指全体を動かした。
全員が無言の中、赤ん坊をくすぐる。なんともシュールな絵になっているとは思うが、割と必死だ。
暫く虚無の時間が続いたが、ついに耐えきれなくなったのか赤ん坊が口をうっすらと開く。そのわずかにできた隙間に指を突っ込み、中にある物体を引き摺り出した。
……マジか。
本当にサソリだった。
間違って食べた、とは思えないサイズである。
花京院の言葉が真実であったという衝撃と、スタンド使いの赤ん坊という事実に沈黙が広がる。
まあ、スタンド使いの赤ん坊がいるのはまあ良しとしよう。オランウータンもスタンド使いだったし、可能性としてはなくない。だが、その赤ん坊を仲間にするDIOは一体なんなんだ?人手不足なのか?
「ジョースターさん……どうする?」
広がった沈黙を破ったのはポルナレフだった。眉を寄せ、困惑の表情で祖父の意見を仰ぐ彼に、祖父は腕を組んで唸る。赤ん坊の対処に困っているのだろう。
うん、流石に赤ん坊を殺すわけにはいかないもんな。老いていようが若かろうが命の価値は同じはずだが、やはり生まれて間もない命を絶やすことはしたくないし、誰かがそんなことをする所も見たくない。
全員で頭を悩ませる。中々いい案が浮かばない。赤ん坊は諦めたのか目を閉じて眠りについていた。
「……DIOの差し向けた刺客と言ってもこの若さならまだやり直せるじゃろう」
そうだよねえ……。
「傷つけずに済む方法はないでしょうか?」
「うーむ……」
私たちに手を出さなくなる、ひいてはDIOと組むのをやめるということを暴力なしで確約させる。
中々難しい問題である。
そもそも赤ん坊にどれだけ言葉が通じるかも分からない。
うーん────あっ。
兄にこっちへ来いというジェスチャーを送る。怪訝な表情を浮かべつつも、近くに来た兄の耳へ口を近づけた。
スタープラチナでさぁ、やって欲しいことがあるんだけど──どう?できそう?
「……ああ」
首を傾げて尋ねると、間はあったが是、と返ってきた。流石である。
それじゃあよろしく。
頷いた兄を確認してその場に座る。他の3人からの困惑の視線が突き刺さるが、まあ見とけって。兄をな。
皆の視線が集まる中、赤ん坊の両脇を兄のスタンドの両手が抱えて持ち上げる。その動きによって赤ん坊は目を覚ましたようで、ほぎゃほぎゃと泣き始めた。
──次の瞬間、赤ん坊が真上に飛んだ。
「な、何をしとるんじゃ、承太郎!」
「……」
見上げるほどに上空へ飛び、一瞬止まって、地面へと落ちてくる赤ん坊は目を見開いて固まっていた。自身の身に何が起きたか理解できなかったのだろう。
このままでは地面と衝突してしまうが、その前にスタープラチナが難なくキャッチする。祖父たちがほっと息を吐いた音が耳に届いた。
「……」
無言の兄が更にスタープラチナで赤ん坊を上空へ打ち上げて、地面へと衝突する前にキャッチし、また打ち上げ、キャッチし……。何度もその行為を繰り返す。
「……どうしちまったんだ、承太郎は」
瞬きを繰り返すポルナレフに、叱ってるんだよと伝える。子どもが悪いことをしたら叱る。やり方は違えど万国共通であろう。
まあ少々過激であることは否めないが、あの赤ん坊だってスタンド使いなわけだし、あれくらい刺激がなきゃ効かないだろう。
安全バーなしのフリーフォール。もしくは高すぎる高い高い。大人だってやりたくないはずだ。まあスタープラチナなので億が一にも間違いはないだろうけど。
打ち上げられては落ちていく赤ん坊を眺めていると、隣に花京院が座った。
「ありがとう。僕を信じてくれて」
いいってことよ。というか、よくBABYって彫れたね。彫る前に一回自分を傷つけなければ、縦線がなくなって3ABYになっていただろう。何のこっちゃである。
「……寝ているときの記憶はないけれど、きっと君なら違和感に気づいてくれると考えたんだと思う」
ははは。よせやい。褒めても何も出ないぞ。
「いつかこの借りは返すよ」
お、おぉ。そんな大したことはしてないけど、そこまで言うんなら、まあ期待しとくね。
「ああ、期待してくれ」
そこから十分ほど、私たちは打ち上げられてはキャッチされる赤ん坊と虚無の表情で赤ん坊を打ち上げる兄を眺めていた。