知らない天井である。
目が覚めて真っ先に視界に入ったのは白い天井で、寝ぼけた頭にその言葉が浮かんだ。
思わずシンジくんになるくらい、見覚えのない天井であった。
見知らぬ部屋で目覚めたら絶対言っておきたい言葉No.1を言えて満足である。
……ついでに逃げちゃダメだごっこもしとくか。
体を起こして目をキツく閉じ、息を吸い込む。逃げ──「っ、起きたのかい?」……なんてこった。
兄と花京院が部屋の扉を開けて入ってきて、私のシンジくんごっこはあえなく中止となってしまう。私の遊びを止めた張本人は驚きの表情を浮かべ、暫くその場に突っ立っている。
どうした、入れよ。
「あ、ああ……」
別に私の部屋でも何でもないが、近くにパイプ椅子があったので座るように勧める。
というか、ここどこ?
「病院だよ」
Oh!Hospital!だから点滴が腕に刺さってるのか。……いや、何で?
「気絶したことは覚えているかい?」
花京院が当身って言いながら当身してきたことは私の中でかなりの衝撃だったので、それはもうバッチリ覚えている。
「あれから一日経ってるんだ」
嘘だあ。
目が覚めて良かったよと笑う花京院は、安堵の表情を浮かべている。え、本当に丸一日寝てたの?兄に視線を送ってそう尋ねると、頷かれた。マジか。
「医師の診断では体のどこにも異常はないって言われていたけど、中々目を覚まさなかったから、ジョースターさんも大層心配していたよ」
そりゃ悪いことした。後で謝っとこ。
頰を掻いて、ふと気づく。あの敵スタンドはどうなったのだろうか。
「倒したよ。承太郎とイギーが」
ほう、イギーが。助っ人というだけあって、ちゃんと強いんだ。まあ倒せたんなら良かった。
「ジョースターさんたちは買い出しだ。後で来ると思うよ。僕たちだけ先に来たんだ」
祖父たちが来次第、退院手続きをするらしい。時間もないというのに、足を止めさせてしまって申し訳ない。
「お前……次はあんなことするんじゃあねえぜ」
今まで無言を保っていた兄が、突然口を開いた。
あんなこととは。続くであろう兄の言葉を待つが、口を閉ざしてしまった兄は、ただ私を見つめるだけだった。
あのぉ……口で喋ってくれませんか……?
私たちの間に言わなくても伝わる双子の神秘なぞ無いのだ。言いたいことがあるんなら、その口を、動かせッ!!
私vs兄の睨み合い。間に座る花京院が困った表情で、無言の攻防を見つめている。
溜息をつく。先に折れたのは私だった。まあ確かに考えなしの行動だったことは否めない。
反省してまーす。次はやりませーん。
しらっとそう伝える。兄は納得いかなそうな表情を浮かべていたが、兄も私がこれ以上聞かないと分かったのだろう。嘆息すると、先ほどまで発していた威圧感を緩めた。だから喋れっての。
「目が覚めたのか〜ッ!」
沈黙を破るように病室の扉が開く音と、次いで祖父の感極まった声が室内へと響く。私たちの視線は扉を開けた主、祖父へと集まっていた。後ろにはアヴドゥルとポルナレフもいる。買い出しとやらは終わったようだ。
体を起こしている私を一目見て、祖父は両手を広げて駆け寄ってきた。そのまま力強く抱きしめてきたので、私も祖父の背に腕を回す。
心配かけてごめんね。でもここは病院だぜ、おじいちゃん。
「……おいジジイ。どこも悪くなかったとは言え、そいつはまだ患者だ」
咎めるように祖父を呼ぶ兄に、ひらひらと片手を振る。点滴が効いたので元気百倍、なので何も心配には及ばない。力瘤を作って私元気ですアピールをすると、花京院が点滴に興味を示した。
「へえ、点滴って本当に効果あるんだ」
うん、花京院も刺してみる?
「いや、それはちょっと……」
「食べ物分け合うみたいに言うなよ」
確かに〜!不衛生だったね!
ポルナレフが攻撃を受けた様子を察知した私は、他の4人と共にポルナレフの元へと向かった。ポルナレフはよく一人で襲撃されてることが多いので心配である。
彼の元に辿り着くと、既に一戦終えた後だったようで負傷したポルナレフが遺跡の前に突っ立っていた。
ポルナレフの元へ駆け寄った勢いで、浴びせるように花を植え付けて治療する。
本当、油断も隙もない。
船でエドフに着いた私たちは、二つに別れて行動することになった。先程のポルナレフのように、一人になったところを襲われないためにである。
散髪したいというポルナレフの要望で、床屋に向かうことになった。チョキチョキとポルナレフの髪が切られる様子を兄と二人、並んで眺める。
イヤリング外したらいいのに。お店の人も邪魔じゃないのだろうか。
「構わないっすよー」
懐が広い美容師だ。何となく目についてポルナレフのイヤリングを見つめる。
その視線に気付いたようでポルナレフはニヤリと笑った。
「良いだろこれ、左右でくっつけるとハートになるんだぜ」
エッ!?!?そうなの!?!?
過去一でかい声が出た。ポルナレフはぱちくりと目を瞬かせ、隣に座っていた兄は迷惑そうに眉を顰めた。
「そんな驚くことだったか?」
ポルナレフの問いに頷く。ハートだとは思っておらず、驚いてしまった。何故ポルナレフは恋人同士で買って、別れた時に後悔しそうな代物を自身の両耳につけているのだろうか。
それに、ポルナレフが選ぶには少々少女趣味というか──はっ。
気付いてしまった。もしや、あのイヤリングはポルナレフの妹の形見なのではないだろうか?
妹の骸の前でイヤリングを握りしめながら頬に涙を流すポルナレフを想像してしまい、涙腺が緩む。
ごめん……!チューリップの成り損ないとか思って……!
素敵なイヤリングだな、ポルナレフ!
「お、おう。ありがとな……お前の妹どうしちまったんだ?」
「知らん」
数分後。うとうとしていた私の耳にポルナレフの叫びが届いた。
どうやらポルナレフが倒したはずのアヌビス神とかいうスタンド使いは偽物だったようで、美容師が本物のアヌビス神で、そして、ポルナレフもアヌビス神──かと思えば刀がアヌビス神だったらしい。
何を言ってるか分からねーと思うが、私も分からない。短時間に色々と起こりすぎである。
ともかく今、兄と刀に操られたポルナレフが戦っている。強いスタンドのようで割とキツそうなので助太刀に入ろうとしたら兄から怒られてしまった。曰く、邪魔をするな、らしい。
ポルナレフ──敵のスタンドからも「女、お前は後だ!そこで兄が殺されるところを見てろ!」と言われてしまった。
確かにこの戦いに素人の私が混じったら、目も当てられない惨状になりそうだ。私にできることは何もない……唯一できることといったら応援くらいである。
一度肺の中の空気を吐き切ってから、息を吸う。
がんばえぷいきゅあ〜!あやつられたぽるなれふにまけるな〜!!
さながらニチアサ魔法少女の劇場版を視聴するような勢いで声を張り上げる。生憎ペンライトは持っていなかったので、頭の花を取って代わりにした。ぶんぶんと花を振る私を兄は一瞥したので、さらに熱を込めて叫ぶ。
がんばえ〜〜!!!!!*1
「チッ……」
なんか今舌打ち聞こえた気がするな。まあ気のせいだろう。
応援のおかげで兄はポルナレフを操っていた刀に勝った。さす兄。私もよく頑張った。
お互いの健闘を讃えようと兄に近寄ると、その瞬間、スタープラチナの指が私の額に近づき、弾いた。脳内に除夜の鐘をつくお坊さんの映像が流れた。
きっかり1秒後、私は人目も気にせず叫んでいた。
いってえええええええええええ!!!!!
額を手で押さえて地面をごろごろと転がる。そうして痛みから気を紛らわせ、立ち上がる。こちらに目もくれず先を進む兄の前に回り込んだ。
な、なんて事するんだ……!暴力反対!暴力反対!温厚な私でも怒るぞ!
両手を広げ、そう訴える。すると、兄は人差し指を天に向けた。
何……?お前なんか人差し指で充分だって……?
「1割以下だ」
は?
「スタープラチナが込めた力は1割以下……」
はあ……それで?
「本気を出せば、お前の頭は弾け飛んでいる」
……おお、兄よ。お前はそんな脅しで私が臆するとでも?
「……」
──アヴドゥルと花京院とポルナレフとおじいちゃんに言いつけてやるんだから!バーカ、バーカ!巨漢!肩幅のお化け!厨二病!変な鎖!
粟立った肌を摩り、兄から距離を取って、思いつく限りの悪口を叫ぶ。
くそっ!私は絶対屈しないぞ!