DIOの居場所を探ってエジプトの市内を練り歩く中、ポルナレフが突然「誰かに見られている気がする」と鋭い目つきで呟いた。
「それなら僕の法皇の緑で」
探ってみようか、と花京院が言い切る前に、ポルナレフはいらないとばかりに手を振って後方へその誰かとやらを探しに行ってしまった。花京院は肩をすくめ、アヴドゥルが仕方なさそうに溜息をついた。
暫くの間、ポルナレフを待っていたのだが、中々帰ってこない。流石に時間がかかりすぎていると不審に思い、皆でポルナレフが向かった先へと赴く。曲がり角を曲がると、ポルナレフがそこにいた。壁に寄りかかってこちらを見ている。不審人物を探しに行ったのではなかったのか。
誰もいない通路で肩ドンの姿勢をとり、ぎこちなく笑っているポルナレフ。一体どうしたのだろう。
「ちょいと催したもんでなあ〜……小便だよ」
ヘハハ、と笑っているが、あんなにトイレに拘っていた男が立ちションなんてするのだろうか。
疑問が湧き始める。すると、ポルナレフは壁に寄りかかったまま、その壁を舐め始めた。いや、舐めているのではない。左側に舌をめいいっぱい伸ばしているだけだ。……何故?
ご乱心かな?
「長旅で心が疲れてしまったのでは?」
ここぞとばかりに花京院が呟く。砂漠でポルナレフに言われたことを根に持っていたようだ。
ポルナレフは花京院の言葉に否定も肯定もせず、ただひたすら左側へと舌を動かしている。あんなに舌を突き出して、顔が攣らないのだろうか。
「ま……そういうわけだからちょっくら先に行ってくれ……」
そう言いながらも、更に舌を伸ばすポルナレフは、顔芸の極地へと至ろうとしている。
なんかやっぱりおかしいって。
隣に立っている花京院の腕をつつき、わずかに背伸びをする。私が耳打ちした内容に、花京院は「なるほど」と頷き、誰にも気づかれぬようにスタンドの触手を伸ばし始めた。
十数秒後、ポルナレフの背後から「ギャッ」と叫び声が上がる。顔を見合わせてポルナレフの背後に回ると、一人の男が触手に拘束されていた。
「クソッ、離せ!」
アヴドゥルの仇だ!生きていたのか。
確か……名前はホル・ホース。カウボーイのような格好をした男は、J・ガイルが敗れたと分かるや否や一目散に逃げ出したはずだ。また相対するとは思わなかった。
ポルナレフから聞いた話から考えると、彼は単独行動を起こしそうにないが、自棄になったのだろうか。
「そこの箱の中にも奴の仲間がいやがるぜ!」
なるほど。新たな仲間を引き連れてリベンジに来た、と。
兄が箱に近寄り、蹴飛ばした。小気味いい音を立てながら宙に舞う箱。視線を下げると、両手で頭を覆うようにして、蹲る少年がいた。
子どもじゃん……。
やはりDIOの陣営は人不足なのだろうか。
「おい、テメェら! そこの男をこっちに渡せ!」
どうするよ……という空気が流れ始めた所に、男の大声が響き、音の主に視線が向けられる。
二人の男が、どすどすと足音を立てて近寄ってきた。「そこの男」という言葉と共に向けられた指先はホル・ホースを指している。
「その糞野郎に俺の耳が吹っ飛ばされたんだよ!」
男の耳にはガーゼが貼られ、治療が施されている。
酷いことしやがるな。
「とっちめてやらねぇと俺の気が済まねェんだよ〜!」
唾を飛ばし、額に青筋を浮かべる男。頭に血が上っているようだ。
しかし、一般人がスタンド使いに敵うわけがない。男にホル・ホースの身柄を渡したところで、むしろ男の方の身が危険である。
絶対やめといた方がいいよ。
「うるせえ! 俺に刃向かうんじゃねえッ!!」
男は掛けられる制止の声をものともせず、こちらに向かってきた。
え、何で私──痛っ。
とすっ、と衝撃が伝わる。男が振り回し、その手からすっぽ抜けたナイフが私の胸部にぶっ刺さっていた。水を打ったように場が静まり返り、全員の視線が刺さっているナイフへと向く。
「何しやがる……!」
男の襟首を掴み兄が凄んでいる中、私は祖父と一緒にわたわたと慌てふためいた。
え、何これ。どうしよう。どうすればいい!?
ナイフが刺さった時にできた傷が治ってしまったが故に、生来ナイフが埋まってる人のようになっている。
抜けばいいのかもしれないが、抜いたら血が噴き出さないか!?
「そーっと抜くんじゃ、そーっとな……!」
息を殺して柄を握り、抜こうとした瞬間。蹲っていたはずの少年が私の両足にしがみついた。
想定もしなかった衝撃に、バランスを崩す。砂埃を上げ、倒れた私の名を祖父が悲壮な声で叫んだ。
あ、危ね〜! 何すんだこのガキ!! グーで、殴るぞ!!!
一瞬止まった心臓が思い出したかのように動き始め、背中に冷や汗が伝う。危うくナイフを抜くどころか押し込む所だった。ぞっと鳥肌が立つ。
祖父のスタンドによってぐるぐる巻きにされた少年は、宙吊りにされて項垂れていた。
「で、どうするよ?こいつらは」
襲ってきた一般人を警察に引き渡した後。ポルナレフが吊るされたホル・ホースと少年──ボインゴを顎で指した。
先程の行動で、ボインゴもDIOが差し向けた刺客で間違いないということが分かってしまった。どうやら、彼は一度、彼の兄と共に兄達を殺そうと画策していたらしい――失敗したようだが。ホル・ホースと共に組んでリベンジと言ったところか。
DIOの居場所を聞き出そうにも、二人は決して口を割ろうとしなかった。恐らくどんなに粘っても、DIOのデの字も出てこないだろう。これ以上二人にかける時間を増やすことはできない。
そう結論づけて先に進むことになったのだが、そうなるとホル・ホースとボインゴをどうするのか、という話になってくる。
うーん……可哀そうだがナイル川に捨てよう。
「……ここからはかなり距離があるぞ」
そうか、無理か。なら土に埋めよう。
「生き埋めってことか?恐ろしい事考えるやつだぜ」
ポルナレフがわざとらしく身震いをした。違うっての。動けないように首から下を埋めるんだよ。
「そもそも人の肩が埋まるまで掘るなんて現実的ではないだろう」
花京院が呆れたように肩をすくめた。スタープラチナパイセンがおるやろ! と兄の方へ視線を向ける。兄は明後日の方向へ顔を向けた。裏切りである。
じゃあどうしろって言うんだ。放っておいたらまた仕掛けてくるかもしれないのに。
否定ばかりしてくる男共──主に二名に対して不満を露わにしていると、祖父が宥めるように私の肩を叩いた。
「ならばこうしよう──」
結局、捕らえたホル・ホースとボインゴは、祖父を通じてSPW財団に受け渡すことになった。スタンド使いを一般企業に任せて大丈夫なのかという懸念は、職員の「財団にはスタンド使いについての調査を行う部門がある」という言葉によって解消した。
そんな部門があるのか……秘密結社めいていて、好奇心が頭をもたげる。視界の端で花京院もそわそわとして興味深そうな顔をしていた。
SPW財団……ただの医療系の財団だと思っていたが違うらしい。名前もこの先誕生するであろう某財団と似ているし、SPW財団もそういう感じなのだろうか。都市伝説になって「信じるか信じないかはあなた次第です」とか言われてそうだ。
もう少し話が聞きたかったが、今は別にやらなければいけないことがある。後で祖父に仲介してもらって、そのスタンド部門とやらの話を聞くことにしよう。