DIOを探し、屋敷の奥へと進む承太郎達の前に現れた男は、会ったことはないがよく知っている相手だった。
「ああ、承太郎。会いたかったぞ。その忌々しい瞳が妹にそっくりだ」
端正な顔立ちを邪悪に歪ませ、笑う男の口から出た妹という単語に、誰よりも先に承太郎が反応した。スタンドで、常人であれば反応できない速度で男の顔面に拳を叩き込んだ──はずだった。承太郎の目が見開かれる。確実に捉えたと思った拳は空を切っていた。
「妹は兄を信じ、兄は妹を想う。素晴らしい兄妹愛だなァ?このDIO、柄にもなく感動すら覚えるぞ」
承太郎の背後に立ったDIOは、乾いた拍手を二、三度響かせた。
「中々愉快だったなあ。あの女が無様に命乞いする姿は……承太郎、お前にあの女の死に様を見せてやれなかったことは本当に残念だ」
鼻で笑うDIOに、承太郎の眉間の皺が更に深くなる。アヴドゥルが「落ち着け、挑発だ」と承太郎の肩を叩いた。
分かっている。承太郎とて理解している。DIOの話には何一つ信憑性などないことを。本当にあのバカを殺したのであれば、亡骸の一つでも持ってきているだろう。それに、承太郎達の腕には少女から巻きつけられた花があった。
DIOの話は嘘だと断定できる。だが、気に食わないものは気に食わない。妹の死を語られて、不快にならないはずがない。既に承太郎の怒りのボルテージは最高潮に達している。
DIOと承太郎達の戦闘は、静かに始まった。
おかしい。
承太郎の感じた疑念は戦いが長引く程深まっていく。未だ詳細が不明なDIOの攻撃を、既に何度も受けているはずの体には傷一つ見当たらない。それが意味するところは、少女の──妹のスタンドが発動しているということで。
かのスタンドは確かに負傷を肩代わりするものであるが、それは一度きりだ。花が枯れればそこで終わりの、言わば使い切りの能力。
そのはずだが、承太郎を含め五人と一匹は彼女のスタンドに回復され続けている。
「何故お前達は倒れない?」
不可解そうに顔を顰めるDIOさえもこの状況を把握しかねているようだった。
DIOは己と己のスタンドが、この世のスタンド使いの誰よりも優れていることを理解していた。体さえ馴染めば、世界の頂点として君臨することさえ可能だと。
DIOのスタンドは時を止める。時間が停止した中で唯一動けるDIOを、他の者は知覚することができない。DIOにとって止まった者を始末することは赤子の手を捻る様に容易な事である。体を潰せばいい。心臓を抉ればいい。頸動脈を切ればいい。無抵抗の人間を殺す事ほど簡単なことはない。
故にそうした。DIOに敵対した愚か者は何が起きたか分からぬまま死んでいく、はずだった。
だが、時を止め、心臓を抉っても、腹に穴を開けても倒れない承太郎達に、DIOの焦りが増していく。
「なっ……」
DIOが攻撃を加え、時を進めた瞬間承太郎の手首に巻きついていた植物が枯れた。萎れた花から小さな種が落ち、再び花を咲かせる。
確かに承太郎達は傷を負っている。手遅れな傷を。だが、止めていた時を進めた瞬間、何らかの力によって傷が全て治っていた。
「肉体が、脳が、死を理解する前に治しているというのか!?」
部下や信者の報告により、愚か者の中に治癒の能力を持つスタンド使いがいることは把握していた。先程対面した少女の顔が思い浮かぶ。
ジョースターの血統はどこまで己を邪魔すれば気が済むのか。DIOの額に青筋が浮かんだ。
だが、承太郎達が倒れない絡繰は分かった。スタンドはともかく本体は何の力もない凡愚である。早々に始末しようと、再び時を止め、DIOが少女と対面した場に向かおうと地を蹴ったその時、
「あいつの所には行かせねえ」
「!?」
背後から現れたスタープラチナの拳がDIOの体へと直撃した。
「散々好き勝手してくれたようだな」
DIOの目が見開かれる。確かに、時を止めた。そのはずだ。しかし承太郎は、奴のスタンドは止めた時の中で動いて、こちらを見据えているではないか。それが意味するものは一つしかない。
「何故だ……何故、お前がその力を持っているッ!?」
「……今分かったぜ。お前はこの世から消えるべきだ、とな」
DIOの叫びに承太郎は学帽の鍔を持ち上げる。承太郎はDIOの問いに答えることはなかったが、DIOはこの世で唯一己に対抗できる人間が今、この瞬間に生まれたことを理解した。
DIOの肉体が太陽の下で焼かれ、灰となっていく。
「終わった、のか……?」
灰となり風に乗って、跡形もなく消えた空間を見つめジョセフが呟いた。
勝利を喜ぶ間もなく、示し合わせた様に承太郎達の足は屋敷へと向かう。屋敷に取り残された少女を迎えに行かなければ。この時の全員の思いは完全に揃っていた。
「これ、は……」
屋敷へと駆け込んだ彼らの目には緑が飛び込んできた。フェンスや廃屋の壁面に這うつる性植物のような光景が、室内で広がっている。壁だけではなく床さえも緑で覆われ、足の踏み場がない状態だ。誰かが唾を飲み込む音が響く。異様な光景だった。
「DIOに与していたスタンド使いの能力でしょうか……」
「あ、ああ。慎重に行った方がいいな」
花京院が口を開き、ポルナレフが頷く。二人の表情は晴れない。己の発言が的外れであること花京院は確信していたし、ポルナレフはこの状況が誰によって引き起こされているか無意識に理解していた。
ただ、そうであってくれという願望が口から出ただけだ。もし、この床も壁も天井も覆い尽くす植物が彼らが考えるスタンドによるものだとしたら、それはスタンド使いの身に何かあった証明にしかならないのだから。
知らずのうちに息を殺しながら、五人と一匹が屋敷の中を歩く。誰一人言葉を発することはなかった。
そうして、彼らは目当ての人物を見つけた。
170センチに届かない程の大きさの物体が壁にもたれるように佇んでいる。細い茎が何十、何百にも重なって絡み合い、一本の太い茎の様になり、そのうちの何十の茎は四方八方に伸びて、屋敷中を覆っていた。
「一体どうなってんだよ……」
ポルナレフの困惑の言葉は全員の心を代弁していた。
「ジョースターさん。この植物は、彼女ですか?」
「……恐らく、な。全く、こんな姿になってまで治さんくても良かったというのに」
ジョセフの瞳が潤む。小さく溢された声には確かに悲痛の音が入っており、ジョセフの言葉を聞いた三人は、静かに瞳を伏せた。
静かに植物と成り果てた妹の姿を観察していた承太郎は、つかつかと少女に近寄り、壁に這っていた茎の一部を掴んだ。
「DIOは倒した。誰も死んでねえ。
ざわりと葉が揺れる音が響いた。
「なっ!」
「茎が、動いている……?」
床を覆っていた茎が承太郎達の足を避ける様に動き、茎の塊へと戻っていく。
数分の時間をかけて、屋敷を覆っていた茎や葉は何もなかったかのように綺麗さっぱり消え、ただ茎の塊だけが残った。うんともすんとも言わなくなってしまった茎の塊に、承太郎は学帽の鍔を下げる。
「……運べってことか?相変わらず我儘な女だ」
やれやれだぜ、と嘆息した少年は茎の塊をひょいと抱えた。承太郎の行動に誰よりも慌てたのはジョセフである。
「あっコラ!承太郎!雑に扱ってはいかん!」
「花と同じくらい丁重に扱ってるぜ。それよりもジジイ、救急車でも呼んでおくんだな」
すたすたと足音を鳴らして、屋敷の外へと向かう承太郎をジョセフが追いかける。残された三人と一匹は顔を見合わせ、一人は肩をすくめ、一人はぽかんと口を開け、一人は微笑み、一匹は鼻を鳴らし、二人の後を追った。
ラスボス戦までついていったのに戦わないオリ主がいるらしいよ(豆しば)