私はおねショタ派だ
ポルナレフの連絡が途絶えた。
しおりでも挟めそうなほど眉間に深い皺を寄せた兄に、缶の中のコーンを取ろうとしていた私の手が止まる。
ジョースター家の因縁であるDIOを倒して数年経ち、私達は平穏を享受していた──と言うわけでもなく。
エジプトから発掘された適性のある人間をスタンド使いにするらしい弓と矢が何者かによって持ち出されたらしい。DIOのように悪意を持った者がスタンドという強力な力を手にすれば、平穏は再び壊れる。それを阻止するために、打倒DIOの面々が再び顔を合わせ、世界中を探し回っていたのだが。
どうやらポルナレフとの連絡が取れなくなったようだ。
「花で追跡できるか?」
「ポルナレフに会ったの、一ヶ月前だよ。そもそも日本にいない時点で無理」
いくら私のスタンドが遠距離型だとしても、海を越えてまで作用しない。兄もそれは分かっているはずだが。
多分、一応聞いてみただけなのだろう。大してがっかりした様子もなく、兄は「そうか」と頷いた。だが依然として険しい顔つきは変わらない。
あまりにも深い皺。疲れ切った管理職を思わせる兄の眉間に、思わず持っていた缶のプルタブをそっと挟む。兄はプルタブを皺に食い込ませたまま、「ふざけてんのか?」と言いそうな表情で私を睨んだ。
「ふざけてんのか?」
「和ませてあげようと思って」
「……」
「いでっ」
眉間からプルタブを引っこ抜いた兄は指を弾いて私の額へと飛ばした。
そんなこんなで、イタリアへ来た。ポルナレフが消息不明という情報が無ければ楽しい旅行になっただろうが、今回は観光気分ではいられない。
「いいか、お前は余計な事をするな」
「うん」
「いいか、余計な事をするな」
「……うん」
「余計な、事を、するな」
「そんなに繰り返さなくても聞こえてるよ、オニーチャン」
何度も念を押すように同じ言葉を繰り返す兄から重圧を感じる。妹相手に出す空気じゃない。そこまで信用がないのか。心当たりはあるので、藪をつつかないように口を閉じる。兄の後ろで花京院が苦笑いしているが、兄を止めないあたり彼も私を信用してないのだろう。失礼しちゃうぜ。
よいこのお返事を繰り返す事数分。ようやく気が済んだのか、兄は花京院と共にポルナレフの捜索へ向かった。私はお留守番である。祖父が何年か前に買ったというアパートの一室で、ぼんやりと天井を見上げる。
駄々を捏ねてついてきたのに、現地まで来てお留守番とは。ポルナレフ捜索に私が加わる事を兄は日本にいる時から反対していた。幼児も真っ青の駄々に駄々を重ね、頭痛が痛いみたいな顔をした兄から「ついてくるだけなら、いい」という言葉を引き出した私だが、流石に現地捜索までは許されなかった。
もうここまで来たら一緒にいた方が安全だと思うんですがねぇ……。そう説得するも兄は頑として首を縦に振らなかった。なので私が出来る事と言えば、比較的治安の良いこの地域で観光することだけである。兄と花京院が出かけて数日は経つ。マジで私だけがただ観光しに来た人になってしまってる。
おいおい、承太郎そりゃねーぜと私の中のポルナレフが兄へ文句を言っている。その通りだ、もっと言ってやってくれと頷くも、私の中の承太郎くんは腕を組んで押し黙ったままである。実際にはこの場に兄もポルナレフもいない。暇を持て余した故の妄想である。待っている身というものがこんなに辛いものだとは思わなかった。
いかん。本格的に思考力が落ちてきた。ソファに預けていた体を起こし、立ち上がる。気分転換に散歩でも行こう。
この辺を歩くだけなら、そう危険な事も起きないだろう。
と、思っていたのだが。
「……」
数メートル先には血だらけの、男が転がっていた。ときおり、血が混じった息を吐く男の顔は真っ青である。少し薄暗い路地裏とはいえ、真昼間から非常にバイオレンスである。イタリアって治安悪いんだな。犬も歩けば棒に当たると言うが、犬も流石にこんな状況は想定していないだろう。血塗れで倒れる人間。日本では中々目にしない光景。男に意識があるかどうかも分からないので、下手に移動も出来ない。
とりあえず、と茎を動かし探る。周囲に人影はない。
「あのー……大丈夫ですか……」
どう考えても大丈夫ではないだろうが、一応尋ねてみる。男はゆっくりと瞬きをしたが、視界がはっきりしていないようで焦点は合っていなかった。
いや、これどうしようか。助けるにもなんだか面倒ごとに巻き込まれそうだ。血だらけの男を拠点に運んで治療した、なんて兄と花京院にバレれば後の展開は言うまでもないだろう。かといってこのまま見捨てるのも、気分が悪い。あと数分したら死にそうだし。
うーん、と腕を組んで悩むこと数秒。お天道様が出ている時間から血みどろで地面に倒れ伏しているのだ。どう考えても厄介事を抱えているに違いない。
ただでさえ、消息不明のポルナレフという問題を抱えているのに、これ以上厄介事を抱え込むのはどうなのだろう。それも、同行者に相談なく、私の一存で。
難しい問題だ、と目を細めて男を見つめる。微かに動いた男の指先が、地面をひっかいた。
「……」
うん、まあ……カンダタだって蜘蛛を助けたわけだし、死にかけの人間を助けたって問題ないだろう。
ソファの上で眠っている男を目の前に、私は「兄達があと数日は帰ってきませんように」と天に祈りを捧げていた。これから起こる面倒くささと人命を比べたら、流石に後者に天秤が傾く。例え、それで兄達に詰められたとしても、私は間違った事はしてない!
もういっその事開き直ってやればいいのだ。兄達が私を一人にしたんだから、厄介事を持ってきたんだぞ~と煽ってやればいい。
人の命は何事にも代えがたいからね。例え、この行いのせいで兄が般若を背負ったとしても………………やっぱり、やめとけばよかったかも。
男は私の茎でぐるぐる巻きになっている。一応の保険だ。男が起きた時に私を刺客と思って襲ってくるとか、万が一が起きないとも限らない。もしもの時はこれで動きを止めさせてもらおうと思っていた。
思っていたのだが、どうやら見通しが甘かったらしい。
「なんだァ、この茎」
男が目を覚まし、「ギャア」と叫んだ。私が。
さ、寒い!?エジプトで鷹のスタンドで氷漬けになったとき並みに寒い!凍えて床に倒れ、地上に打ち上げられた魚のように蠢く私を、男は怪訝な目で見ていた。
不信感と殺意と警戒を滲ませた視線で私を睨む男に、私は奮える唇を気合で動かし、なんとか状況を伝えた。話し終える頃には私はすっかり凍え、男の目には不信感と殺意と警戒と、少しの呆れが混じっていた。
「と、とにかく、貴方はまだ本調子、じゃない、ので……」
全快するにはもうちょっとかかるんじゃないかな、と伝える。何せ路地裏に倒れていた男は血の池を作っていたし、腕とか足とかも折れていた。あえて全ては治さないようにしたので、完治とまではいっていないはずだ。
「ま、出てくのも、ここにぃるのも、自由、だけど……」
ガチガチと歯を鳴らす私を男はじっと見つめ、やがて視線を逸らした。ふっと寒さが消える。震えが止まった。どうやら許されたっぽい。
ふう、と息を吐く。危ない危ない。凍死するところだった。
私の茎も見えていたようだし、そもそも凍らせていたし、男は十中八九スタンド使いだろう。
スタンド使いの男が血みどろで倒れていた。
もうどう考えても厄介事の匂いしかしない。とんだ疫病神を招いてしまったかもしれない。般若を背負う兄の顔が脳裏に浮かぶ。助けの糸が垂らされる事はなさそうだ。
男を連れ込んで──と言うと語弊があるが、ともかく男を運んでから一日が経った。どうやら危ない職業に就いてそうな輩を家に招いてしまったようだが、不幸中の幸いはまだ兄達が帰っていないことである。
兄と花京院が帰る前に、男には迅速に拠点から出ていってほしい。勝手に家に運んできた者が言う事ではないが、いやほんとにもう帰ってほしい。出来れば今すぐにでも。人の命と兄の般若だったら前者を取るが、好き好んで兄に般若を出現させたいわけではないので。
勿論、「兄の般若が怖い」以外にも理由はある。
恐らくこの男、ジョジョに出てくる人間なのだ。
昨晩の事である。買い物から帰った私が入口の扉を開こうとドアノブに手をかけ、捻った瞬間、
「ナメやがってあの男、超イラつくぜぇ〜〜〜!!!」
ドアの隙間から男の叫びと共に、ぼこすか柔らかい物を殴る音が聞こえたのである。
私の物ではないが、クッションを殴るのはやめて欲しい。中の綿が萎んでしまう。
というか、初めて見た時から何となく疑問は抱いていたが、今の叫びで確信した。やはり、この人──
BSS*1にブチギレてた人では?
何だっけ……NTR*2が好きだからBSS*3にブチギレしてたんだっけ……あれ、好きなのは違ったっけ……?
名前は覚えていないが、その髪色とキレ方に私の薄らとした記憶が反応していた。思わず拾ってしまった男は、八割くらいの確率でBSS*4にキレている人だと思う。だから、多分、きっと、ジョジョのキャラクターなのだろうが……困ったことに、どこの誰なのか知らないないのである。まあ、ジョジョを碌に知らない私が、男の事を知っていても意味はないと思うが。
例え知っていたとしても、積極的に仲良くなりたいとは思わない。一応、BSS*5は人に好まれているから存在するジャンルなのだから、はなから否定するのは良くないだろう。
BSS*6にガチギレしてる人って字面を見るだけで普通に怖いし。
男がかなりの確率でジョジョのキャラクターだろうと当たりをつけた私は、早急に男に帰って欲しかった。兄達と彼が会ったら、どうなるか分からないからだ。いや、もしかするとここで会う運命なのかもしれないが、私の行動によって彼らが出会うのは、なんか、多分、違う。気がする。
帰ってとお願いするためにも、まず彼に話しかけなければいけない。話のきっかけ……私は彼の地雷がBSS*7であることしか知らないし……性癖の話って人によっては戦争が勃発するからなあ。
私はBSS*8に対して特に何も思っていないから、どんなテンションで話しかければいいものか。
同じレベルでブチギレていたら心を開いてくれるかもしれないが、後になってBSS*9に何とも思っていない事がバレたら「死ね!クソカス!」とか言われて殺されそうだ。
どうすっかなぁ、と先程怒りまくっていた人間とは思えない程落ち着いている男の後頭部をチラ見する。
「帰って」と言ってブチ切られたらどうしよう。
「んだよ」
「……」
視線をやったのは一瞬なのに、彼はぱっと顔を後ろに向けた。恐ろしいほどに感覚が鋭い。警戒と殺意が混ざった瞳に、私は両手を上げながら近づいた。髪先が凍り始めたので、そこで止まって私は腰を下ろした。
こうなったらもう正直に話そう。一応私は男の命を助けた訳だし、少なくとも命は取られないはず。多分、きっと、メイビー。
両手を上げながら正座をして、彼に刺激を与えないように私は口を開いた。
お兄ちゃん達に貴方を連れ込んだことがバレると私が酷い目に遭うので帰ってください、と。
連れ込まれた側の彼にとって、私のお願いは聞くに値しない物だろう。だって彼をここまで運んできたのは私である。
私のエゴで勝手に治療しておいて、困るから帰れとは何事だと言う話だ。
薄らと漂う冷気に、こりゃ駄目かもなと宙を見つめる。
だが、私の諦念を裏切るかのように男は静かに「そうかよ」と呟いた。意外だ。「テメェが連れてきておいて帰れって何様だ〜!?ムカつくぜ!死ね〜!!!!」とか言われて殺されるかと思った。
「頼まれなくたって、すぐに発つつもりだ」
「エッ、そうなの!?」
怖い思いして損した。そんな私の思いが伝わったのか、男は微妙に眉を寄せた。
緊張の反動で、体全身の筋肉が緩む。ついでに口も緩んだのか「そういえば、名前は?」と尋ねてしまった。
「あ゛?」
「……何でもないです」
あまりの凄みにひーん、と顔をしわくちゃにすると男は疲れたように溜息を吐く。いや、溜息吐きたいのは私ですけど。
ともかく、男は兄達が帰る前に拠点から出て行ってくれるようだ。ありがとう、と感激して見送る私に男は何とも言い難い表情で「治療の礼は言っておく」と舌打ち混じりに去って行った。
いやあ良かった良かった。これで兄の般若を召喚しなくても済みそうだ。やっぱり私の行いがいいおかげかな。
尚、数時間後、消し切れなかった血の痕跡を発見され結局般若とポルナレフを背負った兄と完璧な笑みを崩さない花京院にガン詰めされる事になるのだが、この時の私はまだその事を知らないのである。
いちいち注釈がついてるのは元動画のリスペクトです。分かんないにゃ~って方はようつべで「ギアッチョ BSS」で検索してみてね
怒られたら消します(小声)