波乱万丈な船旅も終わり、シンガポールに入国した。
チェックインの手続きを祖父が行い、ホテルの部屋割りは、祖父とアヴドゥル、兄と花京院、ポルナレフ、そして私と付いてきた少女。まあ当然だよね、みたいな部屋割りである。
祖父から部屋のキーを貰い、与えられた部屋へと向かう。
「……」
き、気まずい。無言で付いてくる少女へと肩越しに視線をやる。子どもの接し方とか分かんないよ、困ったな。
外国の子どもでも通じそうな話題を探している間に、部屋へと着いてしまった。扉を開けると、少女はするりと中に入り、近くの椅子に荷物を置いた。
圧倒的無言っ!他人との沈黙が苦になるタイプの私には耐えがたい苦痛……っ!
ねー彼女、何歳?どこ住み?てかラインやってる?お父さんは迎えに来てる?いつ会うの?
「うるさいな!ほっとけよ!」
意を決して少女と交流を図ろうとしたのだが、失敗したらしい。少女はつんと横を向いて外に出て行ってしまった。あんまり遠くに行っちゃだめだよ~!変な人が襲ってくるからね~!
「……ついてくんなよな!」
べ、と舌を出して扉の奥へと消えた少女に、肩を竦める。はねっかえりというか何というか。兄といい、年頃の少年少女は刺々しいなあ。……やれやれだぜ。
ベッドに寝転がると、自身が考えている以上に疲れが溜まっていたのか、瞼が落ちてくる。時間はあるし、ひと眠りしてもいいかもしれない、と襲い掛かる睡魔に身を委ねようとして――失敗した。
上体を起こし、脱ぎ捨てた靴に足を入れる。紐が解けているが、今はそんなこと気にしてられない。
ポルナレフが、危ない!
「喧しい!」
私が泊まる部屋から一番近い兄と花京院の部屋の扉をガンガンと叩く。数秒後、しかめっ面の兄が小言を言いながら扉を開けて出てきた。後ろには、不思議そうにこちらを窺っている花京院が。
ごめんって。でもそれどころじゃないんだよ。ポルナレフに植え付けた花が使われたんだって!きっと今、攻撃を受けている!
「何?」
眉を寄せ、一気に真剣な表情になった兄と花京院は、すぐさま廊下に出るとポルナレフの部屋に向かって走り始めた。
「「ポルナレフ!」」
兄が扉を蹴破るように開ける。視界に飛び込んだのは脚がなくなり、傾いたベッド。何かがあったとしか言いようがない光景。
「お前ら、後ろだ!」
ベッドと床の間からポルナレフの叫び声が聞こえる。
「
振り向くよりも先に花京院のスタンドが背後に忍び寄っていた不気味な人形の四肢を捉え、
「
兄のスタンドが人形を破壊した。
敵に反撃を与える隙のない何という無駄のない連携……!とてもじゃないが出会って数日だとは思えない。ブラボー!ブラボー!!
スタンディングオベーションである。彼らを讃えるために拍手を送った。
「おい、馬鹿なことやってないで手伝え」
うっす。
磔になっていたポルナレフの拘束を解き、彼の上に乗っかっているベッド──何故ベッドが乗っていて無事なのだろうか──を退かす。救出されて床に直に座ったポルナレフは頭を下げた。
「助かった、礼を言う」
「構わないさ。君の危険を知らせてくれたのは彼女だしね」
花京院の言葉にポルナレフの視線が私に向いた。
まあね。知らせただけで特に何もしてないけど。何だったらポルナレフの重石になってたベッドを移動させることさえ手伝っていない。スタンドがあるとはいえ私の腕力は人並み程度なので。
「そうか……重ねて礼を言おう。君のスタンドがなきゃ俺の足の肉は裂けていた」
いいってことよ。仲間だしね。
……というか肉が裂けるってかなり痛いのでは?勝手に足の肉が裂けるところを想像して身震いする。背中にぞくぞくとしたものが走った。
散らばった家具やらを片付けていると、祖父とアヴドゥルがやってきた。
「お前らここにいたのか、誰も電話に出んわけじゃい」
しゃがんで木の破片を拾う私たちを見て、何をしとるんじゃお前らは……と祖父が嘆息した。
どしたん?なんかあった?
わざわざ二人で出向くくらいだ。再び刺客が現れたのだろうか、と場が張り詰める。
「うむ、今から呪いのデーボの対策を講じるぞ」
「「「…………」」」
「その呪いのデーボとやらだが、恐らく今倒したぜ」
「何っ!?」
今日も祖父は元気である。
***
呪いのデーボの襲撃から一夜経った。久しぶりにぐっすり眠れた気がする、と壁にかけてある時計を見ると時刻は既に10時を回っている。
おっと……寝過ごしたようだ。隣のベッドで寝ていたはずの少女の姿は既にない。
欠伸を噛み殺しながら顔を洗い、歯を磨き、髪を解いて外出の支度をする。
今日インド行きのチケットを買うと言っていたので、まだ時間はあるだろう。
さて、何をするか……と言っても敵に狙われる危険がある以上、一人での行動は避けた方がいいかな。
何となくベランダに出て、青空を眺めながら仲間の居場所を探っていると、祖父はアヴドゥルとポルナレフ、兄は少女と同じ方角にいるのに、花京院が一人別の方向へと動いていることに気づく。
何をしてるんだこいつは……。
居場所が分かると言っても対象がいる方角が分かる、程度のものなので、実際にどれくらいの距離があるとかはよく分からない。
うーん、まあ花京院の方に向かってみるか。私も一人でいたくないし。
そうと決まれば即行動。
方角を頼りに花京院を探すと、彼はプールサイドのビーチチェアに寝っ転がっていた。
一体何をしているんだ君は……。
「あれ?君も日光浴に来たのかい?」
んなわけ。紫外線はあとで染みができるよ。
「対策はばっちりさ」
さいですか……。
勧められたので隣のビーチチェアに彼と同じように座る。少しの沈黙が流れた。
そういえば花京院だけではなく、アヴドゥルやポルナレフにも言えることだが一対一で話したことはなかった。
えー。この時代の若い子って何話すんだろ。もうちょっと西暦が先に進めば、若者に人気のバズってる動画とかで話が繋げるけどさ。
花京院も困っているのか瞬きの回数が多くなっている。ぼのぼののような汗が飛んでいる光景を錯覚した私は話題を作らんと口を開いた。
そういえばさぁ〜花京院君はさぁ〜この旅、親御さんとかに心配されなかったの〜?
「いや、実は両親には伝えていないんだ」
えっ。
「肉の芽に支配されてた時は記憶が曖昧なんだけど……君たちの学校に向かったときも何も言わずに出てきてしまったから」
だ、ダメじゃん。絶対親御さん心配してるよ。
「うん。でも既に日本を出てしまったし」
それはそうだけどさ。
あー、この時代ってほんと不便だな。前世ならスマホでちゃちゃっと連絡取れるのに!
「……不謹慎だけど、実は少し楽しいんだ」
早くスマホ普及してくれ〜とアメリカに念を送っていると、花京院が照れくさそうに口を開いた。
「僕は元々スタンドが発現していたし、友達とかも作り難くてさ」
スタンド使いでチームを組んで目的を持って旅をしている今の状況に心躍らせているらしい。ホリィさんには申し訳ないけど、と呟く花京院の言葉に嘘は見られない。
確かに周りと違うってのはそれだけで人を孤独にさせる。私のように2回目の人生ならいざ知らず、幼い花京院は他人との差異にどれほど悲しい思いをしてきたのだろうか。
私も楽しんでるよ、と伝えると花京院は少し目を見開いて、微笑んだ。
友達おらんかったって言ってたけど何してたの?読書とか?
しんみりした空気を変えるために、新たな話題を口にすると、花京院は少しずつ視線を逸らしながら「ゲーム、とか」と呟いた。
へー、ゲーム。意外だ。勝手なイメージだがアフタヌーンティー片手に詩集とか読んでそうだと考えていた。何のゲームをするのだろうか。ドラアベ*1とか?
「……!知ってるのかい!?」
それまで視線を泳がしまくっていた花京院が勢いよく私を見る。お、おう。知ってるよ。私もやってるし。
その勢いに若干仰け反りながら答えると、きらりと瞳が輝いた気がした。
そこからの花京院は、まるでマイナージャンルを好む者が同志を見つけたかのような興奮っぷりで、魂からのオタクであるはずの私さえたじろぐ勢いだった。
淀みなく口を動かす花京院の話に真剣に相槌を打つ。彼の気持ちが痛いほどに分かるからだ。
分かる……!分かるぞ……!自分が好きなものを語れないのは辛いよな……!
まさか花京院がそのタイプだとは思わなかったため少々面食らったが、彼の熱いゲーム談義を聞いているうちに他人事とは思えなくなっていた。
「こんなに話せる人は初めてだ!」
だろうな。私もそうだよ。
気づけば私たちは熱い握手を交わし、心の底からお互いのことを友と思えるようになっていた。
あっ。
「どうしたんだい?」
突如として首を捩じ切る勢いで振り向いた私に、花京院が困惑の声を上げた。
兄が……攻撃を受けている!
「何だって!?」
和やかな雰囲気は瞬時に消え去り、示し合わせたかのように同じタイミングで立ち上がった。
結論だけ言おう。兄は全然ぴんぴんしていた。確かに幾許か負傷はしていたが、致命的なものでもなく私のスタンドですぐに治るものばかりだった。
敵は花京院に化けていたらしく、ガワはそっくりだったが中身がクソだったようだ。あまり感情を面に出さない兄が、本物の花京院を見て安堵の表情を浮かべていた姿を見るに、どのような振る舞いをしていたのかが想像できる。
まあ大した怪我もなくて良かったよ。
インド行きの列車に乗り、食事に舌鼓を打っていると兄の残したさくらんぼを花京院が食べたいと言い出した。好物らしい。私のさくらんぼもあげよう。
「いいのかい?」と言う花京院の笑顔は晴れやかである。余程好きなのだろう──
えっ。
何……?その食べ方……?そんな舐める必要ある……?
こわ……近寄らんとこ……。
対クワガタの時に「当身」って言いながら当身する花京院の描写を忘れました。一生の不覚。