限界までに引き絞った弓のような緊張感が全身に伸し掛かってくる。
険悪。それ以外の言葉が見当たらないほど、ポルナレフとアヴドゥルの間に流れる空気は最悪だった。
妹の死の原因、両手とも右手の男に襲われたポルナレフは仇討ちへ向かおうとしていた。
復讐に燃える彼は側から見ても冷静とは言い難い。アヴドゥルが落ち着けと声をかけたが、ポルナレフは意に介さず、言い合いをして出ていってしまった。
ポルナレフの妹は尊厳を踏みにじられた上で殺されたようだし、ああも激情に駆られるのも仕方がないことなのかもしれない。
それはそれとして心配である。
ポルナレフの位置わかるよ?追跡しよっか?厳しい表情をしているアヴドゥルに尋ねるが、彼は首を横に振った。
「いや……いい。自分の足で出ていった、それが奴の選択なのだろう」
そう?まあそれでいいならいいけどさ……。
いや全然良くないやんけ。
次の目的地に向かうための足を調達するまでの時間。アヴドゥルが一人で動いたため後をつけてみれば──
何ということでしょう。ポルナレフが去った方角に向かっていくではありませんか。
さっきの問答なんだったの?「いや……いい」じゃないじゃん。心配して探しにきちゃってるじゃん。
も〜、一人で探すなよ。水臭いな〜。手伝うって。
「いや、これは……」
背後から声をかけた私に肩を跳ねさせて、アヴドゥルはしどろもどろに口を動かした。
いいよいいよ。もう何も言わなくても分かってるって。こういう時こそ私の能力を使うべきだしね。
「……」
アヴドゥルは口を噤み、黙り込んでしまった。
全く、めんどくさい男たちだ。やれやれだぜ。
お、いたいた。意外と離れてなかったな。
遠目に見えるポルナレフの姿に、足を動かす速度が早まる。通りは人がごった返していて、中々思うように進めない。しかし、気のせいだろうか。ポルナレフを中心に人集りができているような気がする。
人を掻き分けて進むと、ポルナレフが一人の男と対峙している姿が目に入った。
状況を把握する暇もなく銃声が響く。テンガロンハットを被った男の手には銃が握られていて、その銃口の先はポルナレフへと向けられていた。
「ポルナレフ!」
何が起こったか分からなかった。ただ、アヴドゥルがポルナレフへと体当たりをしたことで、男の攻撃がポルナレフへ当たらなかった、ということだけ理解できた。
「
それに、と男がこちらを一瞥する。一歩後退すると、地面の砂利が靴底と擦れて音が鳴った。
「女にコイツを使いたくはなかったが……ま、仕方ない」
銃口がこちらへ向いた。距離は十メートルもない。銃声が鳴る。
顔から数センチの距離で火花が散り、炎が舞った。
「グッ……」
銃を撃った男の苦しそうな声と、どさりと地面に何かが倒れる音が耳に届く。
眼前を包んでいた炎が消え、視界が晴れる。
「アヴドゥルさん!」
アヴドゥルの眉間からは、真っ赤な液体が流れ出していた。花京院が叫び、倒れた彼の元へと走る。私はその場に縛り付けられたように動けないでいた。
「早く彼に治療を!」
花京院の怒鳴るような叫びに、ようやく体が動くようになった。意識しなければ縺れてしまいそうな足を動かして、アヴドゥルの側へとしゃがむ。
傷跡は塞がった。けれど、アヴドゥルは目を覚さない。
「そんな……」
花京院が彼の手首に指を当て、顔を歪める。
「両方殺れればそれが一番だったが……奴の炎を無くせただけで釣りがくるぜ」
額に汗を流しながら、男が笑みを浮かべた。
***
ガタガタと揺れる車の中で、花京院がポルナレフに肘鉄を決めた。仲直りの握手というには凶悪すぎるが、突っ込む気にもなれなかった。
額と鼻から血を流しているポルナレフを治療する。自身を庇い死んだアヴドゥルのためにも、生きるために戦うと口にするポルナレフの瞳には、何としてでもJ・ガイルを殺すという執念が薄れていた。
「……君は、大丈夫かい?」
花京院が心配そうな声色でこちらに尋ねてきた。
私?全然大丈夫である。……アヴドゥルが庇ってくれたしね。
そう伝えると、彼は僅かに目を見張り、視線を逸らした。
それよりも、である。J・ガイルを倒すなら対策を講じる必要があるだろう。
私にはよく見えなかったが、対峙したポルナレフなら彼のスタンドにも見当がつくのでは?
「あ、ああ……奴は鏡の中の世界を移動している、と俺は思う」
J・ガイルのスタンドについて、あーでもないこーでもないと花京院とポルナレフが話し合っているのを他所に、私はアヴドゥルのことを考えていた。
私のせいだ、と思った。ホル・ホースが撃った弾丸は二発。一発目はポルナレフ、二発目は私を狙ったもので。
アヴドゥルが当たったのは一発目の弾丸。だが、彼のスタンドであれば容易く対処が出来たであろう──私に放たれた弾丸を止める、などしなければ。
目頭が熱くなる。運転席と助手席に座る二人にバレないように目を瞑った。
冷静で、スタンドに対しての造詣も深く、彼自身のスタンドも強力、仲間内で頭脳とも言える役割を果たしていた彼が犠牲になるほど、私の命に価値はあったのだろうか。
そのようなことをぐるぐると考えていると、ドンッと音が響いて体が浮き、天と地が回るような感覚がした。
急ブレーキによって上下が逆になった車から這い出る。
私じゃなきゃ死んでたぞ……。
すぐ側に花京院もポルナレフもいる。割れたガラスで切ったのか、至る所から血を流していた。
彼らの治療をするために体を起こそうとすると、ポルナレフに引っ張られ、岩の陰へと放り込まれた。
いってぇ!
「すまん!だがそんな場合じゃない!」
どうやらポルナレフはJ・ガイルのスタンドの正体を突き止めたらしい。
反射物から反射物へと飛び移る、光のスタンド。それがJ・ガイルのスタンドである。しかし、能力の詳細が分かったとはいえ簡単に攻略できる訳もなく。
事故の音に釣られてきたのだろう現地の少年が事故を起こした私達の心配をして側を離れない。
少年の瞳もまた、反射物で、関係のない一般人の瞳を人質にとったJ・ガイルとの辛く厳しい戦いが始まる──
そんなことはなかった。
ポルナレフの機転によって弱点が割り出されたスタンドは、
街に戻って出くわしたホル・ホースは邪魔が入り、逃してしまったが、母のためにもディオのいるエジプトへ早く向かわなければいけない。ホル・ホースは諦め、先に進むこととなった。
***
ベナレス行きのバスが出発するまであと数時間あるらしい。この炎天下の中、数時間も外にいるのも辛いので、宿で休むことになった。
祖父がいるはずの部屋の扉をノックし、開くと中には兄もいた。四つの翡翠色がこちらを向く。
「どうした?」
首を傾げて尋ねる祖父に教えて欲しいことがあると伝えると、彼は瞬きをした。
「一体、何を……」
バスが来る前にどうしてもアヴドゥルの墓の場所を知っておきたかった。
「それは、……」
「知ってどうする」
言葉に詰まった祖父の代わりに兄が口を開く。この地を発つ前に、彼にちゃんと挨拶をしておきたい。
「……」
アヴドゥルは私のせいで死んだ。だから、謝りたかった。それが、自分の気持ちを軽くさせたいがためだけの行為だとしても。
どうしても、謝りたいのだ。
「な、泣いておるのか?」
誰も泣いてなんかない。雨でも降っているのだろう。
「室内」
一言ぼそりと呟いた兄を睨みつける。
いいから教えてくれ。時間は取らないし、バスが来る前に戻ってくるつもりだ。
「あー、その、アヴドゥルの墓か、うん……」
もごもごと口を動かしている。明朗快活な祖父がここまで口籠るのも珍しい。あー、だとかうー、だとか母音を発する祖父に焦れたのか、兄が一歩前へと進んだ。
「生きてるぜ」
……?
「アヴドゥルは死んでない」
……誰が、何だって?
「だからアヴドゥルは生きている」
はあ??????
三度言っても瞬きを繰り返す私に焦れたのか、兄が嘆息しながら教えてくれた。
どうやらホル・ホースの弾丸はアヴドゥルの眉間を貫かず、掠っただけだったらしい。敵を出し抜くために、離脱したと見せかけて後で合流する手筈になっているとか。他の二人には黙っとけ、と言われて私は開いた口が塞がらなかった。
そ、そういうのは早く言ってよ!ホウ・レン・ソウなんて社会人の基本でしょ!!!!
「すまんのお」
「俺は学生だ」
うっさい!酒も煙草もやってる奴が未成年面すんな!!この不良学生!!!
「言ってることが無茶苦茶だぜ……それより、雨が降ってるようだな?」
ここは室内だよ!
ほんの僅かに口角を上げた兄は、くるりと振り返って部屋の外へと出ていった。祖父もそれに続く。
部屋には私一人取り残され──いや、一人にしてくれたのだろう。
頬に熱い雫が流れて、止まらなくなる。
口の中に入った水はしょっぱくて、悲しくても嬉しくても味は同じだと思うと、なんだかおかしくなって、声を上げて笑った。
目めっちゃ腫れた。ぱんっぱんである。いやこれ絶対泣いたってばれるでしょ。兄と祖父はいいとしても花京院とポルナレフが問題である。会いたくねぇ。
残りの時間で腫れは引きそうにない。いかにも泣きましたみたいな顔で二人に会うのは嫌だな〜と思いながら宿の廊下を歩く。
すると、ばったりポルナレフと出会ってしまった。こういう時に限って……。人生とはままならない。
私の顔を見たポルナレフは目を見開き、数秒視線を泳がせると、私の両肩に両手を置いた。
「アヴドゥルが死んだのはお前のせいじゃない」
……?
やたら真面目な表情のポルナレフに瞬きをする。一体何だろうか。
「俺が馬鹿なことをしなければ、あいつは今でも生きていただろうよ」
な、何?急にどうした?
「……あのお人よしが死んだのは、俺のせいだ」
……あっ、慰めてくれてない!?これ!
途端に胃が重くなり始めた。
恐らく、ポルナレフは私の顔の泣き跡を見て、こんなことを言ってるのだろう。確かに泣いたが、それは安堵とか喜び故のもので。何せ私はもうアヴドゥルが生きていることを知っている。ポルナレフが考えているであろう涙とは真逆の感情から出たものなのだ。しかし、口止めされているため、伝えたくても伝えられない。
もごもごと口を動かす私に、ポルナレフは真剣な表情で「自分を責めるのはよせ」と言ってくれた。
いや、えっと……うん、あの……ありがとね。
「いいってことよ」
その〜……ポルナレフもあんまり自分を責めないでね。
「……ああ」
ポルナレフは少し寂しそうに笑った。
……早く戻ってきてくれ、アヴドゥル!!!
原作との相違点:車が2シーターじゃなくなってる