一通りケヤキモールを探索し終えた俺と一之瀬は、休憩がてらモール内のカフェに寄っていた。
そして——
「も〜、もーもーもーもーっ!」
「ごめんよ一之瀬、ごめんよぉ……」
「も〜〜〜っ!」
——猫パンチを連打する可愛い牛さんと化した一之瀬を宥めていた。
「屋上でちゃんと話を聞いてなかった私がいけないのかな?かなっ!?」
「……いえ、一之瀬は悪くないです。完全に俺の説明不足です」
「その露骨な敬語の使い方はちょっと嫌かな!」
「わ、悪い……」
あ、後半のセリフ、原作の2年生編10巻の一之瀬と渡辺のやり取りに似てる。
そう思いながら、この状況に至るまでの過程を思い出していた。
遡ること数分前。
カフェで腰を下ろした後。「そういえば、水瀬くんもこの学校を受験してたんだね」と言われ、「えっ、中学の屋上で説明しなかったっけ?」と返したところ、お互いの認識のズレが発覚。
高育を目指すことや少しやる事があってしばらく連絡が取れなくなる事を伝えたと思っていたのだが……あの時放心状態となっていた一之瀬には聞こえていなかったそうだ。
そのため、一之瀬は高育を卒業するまで俺に会えなくなると思っていたらしい。
そして現在。
「私がちゃんと聞いてなかったのが悪いけど、悪いけどっ!」
「ごめんよ一之瀬、ごめんよぉ……」
周囲の生徒達も何事かとこちらに視線を向けてくるが、今は気にする暇などない。一之瀬を宥めることに集中しよう。
あ、一之瀬の頬が膨れてリスみたいになってる。可愛いっ。
「も〜〜〜〜っ!」
そんな余計な考えがバレたのか、一之瀬の猫パンチが激しさを増した。しくじった。
猫パンチのダメージは全くないが、あまりの可愛さに意識が飛びそうになる。
それからさらに数分後。
歯を食いしばってなんとか気絶せずに済んだ俺は、落ち着きを取り戻した一之瀬と会話を再開した。
「ほ、ホントにごめんねっ。混乱して、取り乱しちゃって……」
「もとはといえば俺の説明不足のせいだから、一之瀬が謝る必要はないよ」
「そ、それは違うよっ!私が水瀬くんの話をちゃんと聞いてなかったから……」
「いや、あの時の一之瀬の様子がおかしい事には薄々気付いてたんだ。だから、もっとちゃんと言葉をかけておけばよかったと後悔してる」
「でも……」
本当に俺が悪いだけなのに、それだと一之瀬は納得できないようだ。あっ、それなら——
「——この件は両方悪かったということにして、今度お互いにお詫びをするとかどうだ?」
「お詫び……?」
「例えば、お互いにケヤキモールの行きたい施設を1か所ずつ決めて、それに付き合うとか……」
「行く!絶対行くっ!」
おぉ、良かった。結局のところデートのお誘いなのだが、被せ気味に了承をいただけた。
「しばらくは同じクラスになったみんなとの交流もあって忙しいだろうから、詳しい予定はまた今度決めようか」
「うんっ!」
か、可愛いっ……!
最初は気のせいだと思っていたけど、櫛田と話した後から一之瀬の笑顔や可愛い仕草に磨きがかかっている。原作にそんな描写はなかったけど、実は裏で櫛田から可愛さを学んでいたりしたのかな?
とりあえず、精神修行は欠かさず行うようにしよう。このままだと一之瀬とまともに会話ができなくなる。
「そういえば、一之瀬は星之宮先生の説明を聞いてどう思った?」
一之瀬の機嫌も直ったところで、よう実恒例の匂わせ説明について聞いてみた。
今の段階で一之瀬がどこまで気付いているのか少し気になったのだ。
「それを聞くっていうことは、やっぱり水瀬くんもおかしいと思ったんだね」
おぉ、さすがは作中トップクラスの洞察力の持ち主。この反応は、やはり違和感に気付いたようだな。
「一之瀬が気付いた事を聞かせてもらってもいいか?」
「うん。まずおかしいなと思ったのは、毎月10万円分のポイントをもらえるって聞いた時かな。10万円って、夕刊配達のアルバイトを100時間くらい頑張ってやっともらえる金額だよ?ただでさえこの学校って授業料を免除してくれてるのに、そんな大金を毎月くれるなんてさすがに都合が良過ぎると思ったの」
す、鋭い。アルバイトの経験がきっかけということは、原作よりも早い段階で気付いているのか?うーむ、わからん。
「あとは、今日見て回ったお店に置いてある無料の商品とか、自動販売機の無料のお水とかもちょっと気になったかな。10万円分もポイントがあれば、寮の水道代とか光熱費とかを払っても半分以下のお金で充分贅沢ができると思う。だから、わざわざ無料の商品を置いてくれる必要はないと思うんだよね。割引き価格でも充分売れると思うから。他にも……」
一之瀬が今日疑問に感じた点を次々と説明してくれた。
驚くことに、一之瀬は敷地内にある無数の監視カメラの存在にも違和感を覚えたらしい。
アルバイトの時に配達先に設置されていた様々な防犯カメラを目にしていたため、廊下や教室にある監視カメラの存在やその異常な数にもすぐ気付いたそうだ。
「す、凄いな。そんなところまで気付いてたのか」
「全然凄くないよ。水瀬くんも監視カメラの違和感に気付いてたんだよね?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「一緒にお店とか回ってる時もカメラの位置を気にしてたから。そうなのかなーって」
わぉ、よく見てらっしゃる。
お店の様子だけじゃなくて俺のことまで観察してたのか。
「学校がそういうことをしている理由は何だと思う?」
答えを言うつもりはないが、少しだけ突っ込んだ質問をしてみた。
単純に、現時点で一之瀬がどこまで考えているのか気になったためだ。
「あくまでも想像でしかないんだけど……」
そう前置きしながら、一之瀬が自分の考えを語った。
ポイントでなんでも購入できるという先生の説明と無料配布の商品から、大量のポイントを必要とする状況が訪れる可能性があること。
毎月支給されるポイントは一定ではなく、なんらかの要因で変動する可能性があること。
クラス替えが3年間ないことから、支給されるポイントの量はクラス単位で決められる可能性があるなど……ほぼ正解のような考察ばかりだった。
しかし、現時点では確信に至る情報がないため、「一人暮らしに慣れてない生徒のために、多めにポイントを支給してるだけだと思うんだけどねー」と言って話を締めくくった。
まさか初日の時点でここまで考えているとは……寮で手渡されるマニュアルを読んで水道代も光熱費も全て無料だということが分かれば、答えに一気に近づきそうな気がする。
そう思いながらも別の話題を振り、その後は会えなかった2ヶ月半の空白を埋めるように他愛もない話を続けた。
外が暗くなってきたので途中でお開きとなったが、まだ互いに話し足りない様子だったため、次回のお詫びデートでまた語り合うとしよう。
ちなみに、この日の俺の夕食はFOO焼きそばだ。綾小路が入学初日に買っていたインスタント食品である。抜かりはないぜ!
◇
翌朝。
一之瀬と一緒に登校する約束をしていたのだが、星之宮先生にどうしても聞きたいことがあるとのことで、一之瀬は朝早くに1人で学校に向かった。
おそらく、寮のマニュアルを読んで疑問を感じたのだろう。クラスポイントの仕組みに気付くのも時間の問題かも知れない。
授業中に一之瀬の様子を伺うと真剣な表情で考え込んでいたため、今は考えをまとめている最中だろうな。
そう思っていたら、いつの間にかお昼休み。
とある計画を実行するために立ち上がると、一之瀬が教室のみんなに声を掛けた。
「一緒に食堂行く人〜!」
みんなの交流の場を早速作ろうとしているのだろう。
一之瀬の声を聞き、わらわらとクラスメイトが集まっていく。
「あれ?水瀬は一緒に行かないのか?」
「悪い、ちょっと用事があるんだ」
声をかけてくれた渡辺にそう返し、俺は