お詫びデートの後。
俺は自分の部屋で布団に包まりながら、一之瀬への想いを整理していた。
まず考えるべきは、一之瀬の想いに今の今までどうして気付けなかったのかという点だ。
前世で全然モテなかったというのもあるけど、一番の理由は綾小路を意識し過ぎていたことだと思う。
当たり前だが、綾小路と今世の俺は見た目も性格も考え方も全然違う。そのため、原作で綾小路に恋心を抱いていた一之瀬が、俺に惚れる可能性はほぼないと思っていた。
加えて言うと、気づかぬうちに一之瀬のことを『崇拝』していたという理由もある。太陽の化身だの女神だの、一之瀬のことを神格化するような考え方を無意識に行なっていた。
そういった理由から、一之瀬ほどの存在が俺を好きになってくれるはずがないという思考に陥っていたのかも知れない。
「まさか、某赤髪ツインテのような状態になっていたとは……」
よう実の2年生編から登場する美少女無罪パイレーツ、
彼女が綾小路を崇拝していたように、俺もいつの間にか一之瀬のことを崇拝していたのだろう。
ともあれ、昨日の一件が夢じゃなければ、一之瀬と両想いになれたことは事実!
「俺から告白すればすぐ付き合ってもらえるのではないか?」という考えが何度も頭の中をよぎるが、そんなことをするつもりはない。
一之瀬が納得できない状態で付き合ったとしても、その不満が原因ですぐ別れましたーとかなったら嫌だ。
そう考えると、特別試験では一之瀬の成長を見守るという意味でもサポートに徹した方がいいだろう。無闇に原作知識で無双して、自分には釣り合わない存在だと卑屈になられたら困る。
もちろん、培った学力と身体能力を出し惜しみするつもりはない。実は大したことのない人だったと、一之瀬から愛想を尽かされるのも嫌だ。
「結局のところ、俺がやることは当初の予定と変わらないな」
そう呟きながら寝不足の脳に喝を入れると、前世でよう実を読んでいる時に考えていた
あの可能性が実現できれば、一之瀬を爆発的に成長させることができるかも知れない。
ただ、それを今すぐに実現させることは難しい。その機会が訪れた時に改めて実行するか考える形でいいだろう。
「あ、そういえば今日って……」
午後の時間割を思い出した俺は急いで支度を済ませ、ウキウキ気分で一之瀬と一緒に登校した。
◇
揺れる水面。見学者席に座る幾人かの生徒。女子の着替えが終わるのをソワソワしながら待つ海パン姿の男達。
男性諸君、お待たせしました。待ちに待った水泳授業の始まりだ!
徹夜明けでお世辞にも万全とは言えない体調だが、この日のために体は仕上げてあるので問題は一切ない!
「水瀬の筋肉すげーな!」
「うわぁ、バッキバキだ」
そう騒ぐのは、Bクラスの二大ムードメーカーである柴田と渡辺だ。
二人はプールサイドで腕を組む俺の肉体をまじまじと見ている。ふっ、モテる男は辛いぜ(前世から彼女いたことないけど……)。
「言っておくが、これはただの見せ
「な、なんかよくわかんないけど、気合入ってるな!」
「お、おぉ〜。なんか凄いな」
ちょっと引かれた気がする。いや、きっと気のせいだろう!
「やーやー楽しそうだね〜。なんの話してたの?」
「い、一之瀬っ……!?」
一之瀬が俺の顔を覗き込みながら声をかけてきた。
ふっ、ふつくしい……!
指定水着姿の一之瀬は挿絵やフィギュアで見たことがあるけど、やはり実物は比較にならないほどの破壊力だ。
寝不足の疲れが一瞬でバーストストリームした。
「水瀬の筋肉が凄いって話をしてたんだよ」
柴田が俺の体を指差しながら言う。
「にゃっ!?……ほ、ホントに凄い筋肉ですにゃ〜」
「おおお、おう……」
変な口調になった一之瀬が、目を輝かせながら俺の上腕三頭筋外側頭をさすってきた。
思わず
「帆波ちゃんって意外と大胆なんだねぇ〜」
心の中で闇水瀬と殴り合っていると、網倉がニヤニヤしながら一之瀬に話しかけた。
「にゃ?大胆?」
「うん。だって……」
そう言って、網倉が一之瀬に何かを耳打ちする。
「……っ!?」
飛び上がるように驚いた一之瀬が、網倉の後ろに隠れるように身を伏せた。
腕をさわさわしていたことを指摘されたのかな?
一之瀬にならいつでも触ってもらって構わないけど、今回は闇水瀬が優勢だったので正直助かった。網倉先生には助けられてばかりだ。
それから何人かのクラスメイトが合流し、みんなで雑談を続けていると——
「よーし、お前ら集合しろ!」
——マッチョ体育教師が集合をかけ、授業が始まった。
「泳ぎが苦手な奴もいるだろうが、泳げるようになっておけば必ず後で役に立つ。
匂わせてるなぁ〜と思いながら体育教師の説明を聞き終え、準備体操も無事に終わった。
その後は全員が軽くひと泳ぎし、それを見た体育教師が声を上げる。
「早速だが、これから競争をする。男女別50M自由型だ」
「おおっ!」
「競争って、マジか……」
運動神経抜群の柴田は喜んでいるが、渡辺は自信がないのか乗り気ではなさそうだ。
「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。一番遅かった奴には、逆に補習を受けさせるから覚悟しろよ」
柴田のように泳ぎに自信がある生徒は歓声を上げ、渡辺のように自信がない生徒は悲鳴を上げている。
もちろん、俺は歓声側だ!
たかが5000ポイント、されど5000ポイント。このポイントによって今後誰かの退学を防げる可能性だってある。故に、このポイントは誰にも渡さんぞ!
「おっと、言い忘れていたが……水瀬、お前は参加禁止だ。脇で見学してていいぞ」
「えっ……?な、なぜですか!?泳ぎには自信があります!」
予想外の参加禁止宣告を受けたが、5000ポイントのために引くわけにはいかない。
「それは知っている。だから禁止なんだ」
詳しく聞くと、先生はすでに俺の実力を把握しているようで、普通の生徒では勝負にならないと考え参加禁止を宣告したそうだ。
実は先日。水泳部へ見学に行った際にラッセンも真っ青になるほどの泳ぎを披露したのだが、先生はそれを見ていたらしい。
「でもポイントが……」
「お前には無条件で5000ポイントをやる。だから大人しく見学してろ」
「あ、それなら了解です」
嬉しいことに、何の苦労もなく5000ポイントが手に入った。それどころか、見学だけでいいというおまけ付きだ。
一部のクラスメイトが羨ましそうな目でこちらを見てくるが、何も奢るつもりはない。このポイントはクラスのための貯金に回します。
「5人ずつ泳いでもらい、タイムの早かった上位5人で決勝をやる。まずは女子からだ。最初のメンバーはスタート位置に並んでくれ」
原作通り、まずは女子の記録測定が始まった。
どうやら五十音順で泳ぐようで、第1レースには我が恩師である網倉麻子や、Bクラスで一番豊満な胸部装甲を持つと言われている
プールサイドにいる男子のほとんどは瞳孔ガン開きで彼女達の姿を網膜に焼き付けようとしており、女子達はゴミを見るような目でその不届き者共を睨んでいた。
うん、色々と凄まじい光景だ。
とりあえず、俺も一之瀬の姿を網膜に焼き付けるとするか。
「帆波ちゃーん!がんばって〜!ほらほら、水瀬くんも一緒に帆波ちゃんの応援しよっ、ねっ」
瞳孔ガン開きで一之瀬を見ていると、青髪の女子生徒が俺に話しかけながら隣に座ってきた。
彼女はBクラス屈指のフレンドリー美少女、
ありがたいフリだ。全力でノらせてもらうぜ!
「すぅ〜……一之瀬ぇええーー!!がんばれぇぇええええーー!!!」
「「「「「っ!!!」」」」」
鍛え上げた肺活量を使い、ありったけの想いと声量を込めたエールを一之瀬に送った。
小橋を含めた周囲のクラスメイトが驚いた表情で耳を押さえているため、やり過ぎたと一瞬後悔したが——
「ありがとー!頑張るねー!!」
——一之瀬はぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しそうに手を振ってくれた。
喜んでもらえたなら良かった。でも、心の中の闇水瀬もぴょんぴょんしそうだったので、色々と揺れている一之瀬からそっと目を逸らす。
余談だが、一之瀬の胸部装甲に釘付けになっていた幾人かの不届き者共は、白波を中心とした女子達に監視カメラの死角へ呼び出され、この時の記憶を失ったらしい。
「あ、網倉ー!がんばれー!」
「安藤ー!がんばってなー!」
俺に触発されたのか、渡辺と柴田を始めとしたクラスメイトも口々に第1レースのメンバーを応援し始めた。
というか柴田!原作では一之瀬狙いだったけど、今は安藤狙いなのか?確か、原作の2年生編3巻に安藤が柴田に恋しているという情報があったような……いや、これ以上は野暮だな。優しく見守るとしよう。
「よーい、スタート!」
そう考えていると、マッチョ先生の合図で女子の記録測定が始まった。
安藤が圧倒的泳力を見せつけたり、一之瀬が予想以上の粘りを見せたりと、見どころ満載の戦いだったが……割愛!
女子の優勝は水泳部の子に決まった。
その後は男子の部が始まったのだが、出番を終えた女子達が俺のもとに詰め寄ってきたことで色々とヤバかった。
一之瀬が周囲の女子を牽制するように密着してきたり、その感触で墓地へ送ったはずの闇水瀬が蘇生したり、白波が見たことのない表情でこちらを睨んできたりと、とにかくヤバかった。
ただ、女子達が詰め寄ってきた理由は一之瀬をからかうためだったようで、白波以外の女子達の雰囲気はほのぼのとしていた。
ちなみに、男子の部は柴田が2位という大健闘を見せたが、優勝は水泳部の生徒だったようだ。見てなくてごめんね。
ただ、先ほどのお礼とばかりに網倉と安藤が渡辺と柴田にエールを送っていたため、彼らは非常に満足そうだった。ご馳走様です!
◇
そんなこんなで時間は過ぎ去り、あっという間に5月最初の登校日を迎えた。
その間にも、綾小路やズッコケ三人組と一緒に遊んだり、一之瀬や櫛田と一緒に遊んだり、池から櫛田へのアピールを手伝ってくれと言われて断ったり、色々あったけど……割愛!
とても充実した日々だったとだけ言っておこう。
そういえば、今朝の登校時に一之瀬が「にゃはは〜。みんなに話した通り、支給されるポイント減っちゃってたね〜」と言っていたが、動揺していた俺は「そ、そうだにゃ〜」という猫語で返してしまい、いじられたと思った一之瀬から猫パンチのご褒美をいただいた。
そんな一幕もありつつ、教室に着いた俺はプライベートポイントについて静かに考える。
計算が間違っていなければ、今月振り込まれていたポイントは原作でBクラスがもらえていたポイントと全然違った。
いや、俺という異分子がいるせいで変わるとは思ってたけど、まさかあんなに変わるとは……後でこの状況を整理する必要がありそうだ。
そう思っていると、超ご機嫌な様子の星之宮先生が心をぴょんぴょんさせながら教室に入ってきた。
「はいはーい。みんなちゅーもーく!いやぁ、ほんっとにみんなは優秀な生徒だね!」
ホームルームが始まると、星之宮先生がこの1ヶ月間の俺達の生活態度をこれ以上ないほど褒めてくれた。
一之瀬のもとに駆け寄ってハグまでしてやがる。
((ウ、ウラヤマシィ……!))
白波と心の声が重なった気がした。
そして一通り賞賛を送り終えると、星之宮先生はクラスポイント(cp)の説明をしながら白い厚手の紙を黒板に貼り付けた。
「これが各クラスの成績表よ〜」
「……っ!?」
Bクラスの数値は振り込まれたプライベートポイントで把握していたが、まさかこんなことになっていたとは……。
Aクラス:960cp
Bクラス:900cp
Cクラス:550cp
Dクラス:50cp
黒板に貼り出された成績表には、原作とは異なる数字ばかりが並んでいた。
め、めちゃくちゃだぁああ!!