ようこそ一之瀬と過ごす夢のような日々へ   作:ざったなっつ

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4話「互いの手の温もり」

 

 

 とりあえず落ち着ける場所へと思い、元気のない一之瀬をデパート内にあるカフェに連れてきた。

 

「一之瀬もココアでいいか?」

「あっ、お金……」

「気にしなくていい。ここは奢らせてくれ」

 

 財布を出そうとする一之瀬を手で制止し、二人分のアイスココアを注文した。

 

「はい」

「あ、ありがと……」

「遠慮なく飲んでくれ」

「い、いただきます……」

 

 俺がグラスに口をつけたのを見てから、一之瀬も少し怯えた様子でココアを口にした。

 ココアの糖分が効いたのか、ほんの少しだけ一之瀬の表情が和んだ気がする。

 

「……あ、あのっ」

 

 少しして、一之瀬は意を決した表情で声を発したが、まだ考えが整理できていないようだ。続く言葉が出てこないらしい。

 ここは、俺からパスを出すべきだな。

 

「一之瀬」

「は、はいっ!」

「まだ出会って一週間しか経ってないが、普段の一之瀬を見ているとあんな行動を取る子だとは思えない。だから、何か事情があることは理解している」

「水瀬くん……」

 

 原作でもアニメでも見ておりましたので、事情があることはめちゃくちゃ理解しております。

 そう思いながら言葉を続ける。

 

「一之瀬が良ければでいいんだが、事情を話してみてくれないか?もちろん、話したくなければ無理に話す必要はない」

「……わ、わかった。聞いてくれる、かな」

「ああ。無理せずゆっくりでいいからな」

 

 一之瀬は一呼吸置いてから、ヘアピンを盗ろうとした理由を話し始めた。

 

 母が女手一つで自分と妹を育ててくれていること。

 その母が倒れてしまい、妹の誕生日プレゼントが買えなくなってしまったこと。

 必死にお金をかき集めたけど、妹の欲しがっていたヘアピンを買うお金は集まらなかったこと。

 そして、妹を笑顔にするためだと自分に言い聞かせ、ヘアピンを盗もうとしてしまったこと……。

 

 万引きは未遂に終わったため、今の一之瀬には何の罪もない。

 しかし、全てを話し終えた一之瀬の表情は暗いままだ。まるで、判決を待つ罪人のような顔をしている。

 

 あまりにも痛々しいその表情に胸が締め付けられるが、心の中で喝を入れてすぐに気持ちを切り替える。

 今は一刻も早く、少しでも多く、一之瀬の不安を取り除く必要がある。

 一之瀬の話を聞きながら納得してくれそうな話の流れはすでに作り終えていたため、その方向にうまく誘導するとしよう。

 

「まずそのヘアピンだが、それは俺が勝手に買って勝手にプレゼントしたものだ。だから、一之瀬が代金を気にする必要はない」

「そ、そんなの無理だよ!このお金は絶対に返すからっ!」

 

 そう言ってくる事は予想していた。

 俺としては本当に気にしないで欲しいのだが、一之瀬の性格ならどんな言葉を並べても返すと言って聞かないはずだ。

 

「返すと言っても、アテはあるのか?」

「そ、それは……」

 

 少し意地悪なことを聞いてしまった。

 今の一之瀬に返すアテがないことは、先ほどの説明を聞く前から知っている。

 おそらく、このままだと渡したヘアピン自体を返してくるか、お店に返品しに行こうとするはずだ。

 だからこそ、一之瀬の返答を聞く前に言葉を続けた。

 

「そのプレゼントをタダでもらうことに一之瀬が納得できないのなら、俺が購入代金を立て替えたということにしても構わない。だが、そうなるといつか代金を返してもらう必要がある。そこで提案なんだが……一緒にアルバイトをしてみないか?」

「アルバイト……?」

「そう、アルバイトだ。実は俺、新聞配達のアルバイトをしているんだよ」

 

 転入手続きが完了した翌日。親と学校から許可をもらい、俺は新聞の夕刊を配達するアルバイトを始めていた。

 親と学校には「社会勉強のため」という理由で許可をもらっているが、実際は一之瀬や他のクラスメイトからの遊びの誘いを断る理由として始めたものだ。

 まだ誰にも言ってなかったが、遊びに行けない理由を追求された時の言い訳としてほぼ毎日夕刊を配達している。

 

「親の許可と学校への届出が必要だけど、それさえクリアできればバイト先への紹介は問題ないと思う。どうだ、やってみないか?」

「やる!やってみたい!」

 

 先ほどとは一転して、一之瀬が明るい表情を見せてくれた。

 まだ気持ちの整理はできてないだろうけど、少しは元気になってくれたようだ。

 

「改めて確認するけど、そのヘアピンの購入代金は俺が一時的に立て替えただけだ。支払うことができるようになったら、購入代金は返してもらう。当然だが、利息はなしで返済期限は無期限でいい」

「そ、それはさすがに申し訳ないよ!」

「いや、この条件は飲んでもらう。むしろ、中学生のお金の貸し借りで利息を取ろうとするほうが問題だ。それに、本来はタダでプレゼントする予定だったのに、購入代金を立て替えたという形になるよう俺が譲歩したんだ。利息と返済期限なしという条件は一之瀬が譲歩して受け入れてくれ」

「うぅ……わ、わかった。あまりにも私に都合が良すぎる条件だけど、ありがたく受け入れさせてもらうね」

 

 少し無理矢理な説得だったが、こちらの気持ちを察してすんなりと受け入れてくれた。

 さすが一之瀬だ。空気を読む能力はこの頃から抜群だったんだな。

 

「それじゃあ交渉成立だ。そのヘアピンは完全に一之瀬のものだ。遠慮なく妹さんにプレゼントしてくれ」

 

 そう言いながら右手で握手を求めると、一之瀬は両手で包み込むようにして手を握り返してくれた。

 

「ありがとう水瀬くん。本当に、本当にありがとう……」

 

 話が一段落して緊張の糸が切れたのか、一之瀬は涙を流しながら感謝の言葉を口にした。

 周りのお客さんから「何があったんだ?」という視線を向けられるが、気にせず一之瀬を優しい目で見守る。

 

 一之瀬が泣き止むまでの数分間。俺達は互いの手の温もりを共有した。

 

 






「えぇとその、あれぇ……お、おかしいな。中学編はもっと、スッと終わらすつもりだったのに……」
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