ようこそ一之瀬と過ごす夢のような日々へ   作:ざったなっつ

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5話「一之瀬。実は俺……」

 

 

 デパートでの一件から数日が経った頃。

 一之瀬は母親と学校からアルバイトの許可を得ることに成功した。

 

 その時の流れを一之瀬が教えてくれたのだが、どうやら、ヘアピンを万引きしようとしたことを正直に母親に話したらしい。

 その結果、怒られるどころか「苦労をかけてごめんね」と逆に謝られてしまい、抱き合いながら2人で涙を流したそうだ。

 やっぱり、一之瀬はどこまでも優しい子なんだな。前世の時点でも相当好きだったが、そのエピソードを聞いて益々好きになってしまった。

 

 そんな出来事を乗り越えて始まった一之瀬とのアルバイト生活は、控えめに言って超最高だ。

 生徒会の定例会がある日はバイトに来れないようだが、他の日はほぼ毎日シフトを入れている。そのため、週に3日以上は一緒にチラシの折り込みや夕刊配達を頑張っている。

 余談だが、一之瀬が所属していた陸上部の3年は既に引退している時期のため、部活動による時間の縛りはないそうだ。

 

「水瀬くん。一緒に帰ろー」

「おう。よろこんで」

 

 そういえば、一之瀬がバイトを始めてから一緒に下校することも多くなった。

 同じバイト先へ向かうので当然ではあるが、それによってちょっとした問題も起きている。

 

「水瀬くんってもしかして、一之瀬さんと付き合ってるの?」

「付き合ってないよ」

「えっ!そ、そうなんだ。お似合いだから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」

「残念ながらただの友達だよ。一之瀬の迷惑になるから、そういう噂はやめてね」

 

 こんなやり取りが一日に何度もあるのだ。最近は同級生だけでなく、下級生からも同じ質問をされる。

 影薄モブを演じていた俺がこの世界でもトップクラスに可愛い美少女と一緒に帰宅するようになったことで、みんなの注目を過剰に集めてしまったのだろう。

 学校全体に俺達が付き合っているという噂が流れていた。

 

 もちろん、このことは一之瀬にも相談したのだが——

 

「み、水瀬くんは、私とそういう噂が流れるのって……いや、かな?」

「ぜ、全然いやじゃないぞ。むしろ光栄だ」

「ふ、ふーん。そっかそっか……にゃはは、よかった〜」

「ごふっ……!」

 

——花が咲いたような笑顔で照れられるという強烈な一撃をもらってしまい、一瞬意識が飛びかけた。

 次の一撃を耐える自信はなかったため、「こ、この話はお互いに気にしないようにしよう」と言い、この時はすぐに話を終わらせた。

 

 

 

 

 そんな出来事から1ヶ月が過ぎ、バイト先の一之瀬の様子はというと……なにも心配する必要がないほど見事に馴染んでいた。

 

 仕事覚えは早く、責任感もあり、容姿端麗で人柄も良い。そんな彼女が職場の人達に気に入られないはずなどなく、すでに配達所では欠かせない存在となっている。

 

「最初はこんな可愛いお嬢ちゃんが働けるのか心配だったけど、一之瀬ちゃんがバイトに来てくれてホントに助かってるよ。ありがとね」

「そんな、私なんてまだまだですよ」

「そんなことないよ。働き口に困ったらウチに来な。いつでも歓迎するからね」

「ありがとうございます!その時はよろしくお願いします」

 

 バイト先のボスを務めるおばちゃんからベテラン配達員のおっちゃんまで、職場の全員がすでに一之瀬の虜だ。

 実の娘を見るような優しい目で、全員が一之瀬のことを見守っている。

 もちろん、俺も一之瀬の虜になっている一人だ。前世からずっと虜なため、経歴(キャリア)はここにいる誰よりも長いぞ!

 

「水瀬くん、そんなに考え込んでどうしたの?」

「いや。一之瀬への思いはここにいる誰よりも強いのだと、改めて確信しただけだ」

「うにゃっ!?」

 

 うにゃっ?……だと?

 危ない危ない。また意識が飛びかけた。

 一之瀬から不意に放たれる可愛さの暴力は本当に恐ろしい。

 

 

 

 

 さらに月日は流れて……。

 一之瀬の家で夕食をご馳走してもらったり、妹ちゃんがハグをしてきて一之瀬の目のハイライトが消えたり、一之瀬のお母様と一緒にクリスマスケーキを作ったり、一之瀬がうちの両親に秒で気に入られて溺愛されるといったイベントもあったが……割愛!

 

 いずれ機会があれば語るとしよう。

 

 だが、あえて一つ語るとすれば、バイトを辞めた時の話だろうか。

 ヘアピン代が貯まった一之瀬はすぐに立て替えた代金を返してくれたのだが、少し貯金もしたいとのことで、返済後もしばらくバイトを続けていた。

 もちろん俺も一緒にだ。一之瀬のバイト姿を目に焼き付けたいという不純な動機だが、仕事はしっかりこなした。

 しかし、受験を控えた中学生がいつまでもバイトを続けるというのは難しく、年が明ける前に俺と一之瀬はバイトを辞めることが決定。

 その時のバイト先の様子は、まさに阿鼻叫喚だった。

 

 男女関係なくほとんどの職員が一之瀬の前で列になって並び、「今までありがとう。これからも頑張ってね」と泣きながら声を掛け、握手をして去っていく。

 アイドルの引退最後の握手会のような状況になっていた。

 

 ちなみに、俺の握手会にも何人か並んでくれた。おばちゃんばかりだったが、「一之瀬ちゃんにしっかりと面倒見てもらうんだよ」「一之瀬ちゃんに愛想つかされないよう頑張んな!」というありがたいお言葉を頂戴した。

 

 

 

 

 そんな平穏な日々もあっという間に過ぎ去り、気がつけば1月。

 ほとんどの生徒が進路を決め、新たな世界に旅立つ準備を始めている中。ちょこっと親の権力を振りかざして一之瀬の状況を調べてみた。すると、一之瀬は無事に高育への推薦を手に入れていた。

 

 よかった、本当によかった!

 俺の介入で一之瀬が引きこもらないストーリーとなったため、高育への推薦をもらえるか心配だったが……それは杞憂に終わった。

 一之瀬は学費の問題で進学するかをずっと悩んでおり、一度はバイト先だった新聞配達所に勤めようと本気で考えていたようだ。しかし、彼女ほど優秀な生徒が進学しないのは勿体ないと考えた学校側が高育への推薦を提案。

 一之瀬は原作の流れ通り、高育に通うことが決まった。

 

 ただ、一つだけ問題があった。

 

 再び親の権力を振りかざして調べてみたところ、うちの中学校にある高育への推薦枠は一人分しかなかったのだ。

 高育は受験で生徒を受け入れるフリをしているが、実際は中学校からの推薦がなければ入れない。

 一之瀬が高育に行けなくなるため、うちの中学校の推薦枠を俺が使うという選択肢は論外。そうなると、俺が高育へ行くには推薦枠がまだ残っている別の中学校に転校する必要があった。

 もう1月……本来の推薦なら手遅れかもしれないが、高育への推薦は表向きには秘匿されている。まだ間に合う可能性は高い。

 

 そう考えてからの行動は早かった。

 両親に頼み込んで推薦枠の余っている中学校とそこにいる3年生の名簿を入手してもらい、原作に名前が出てきた生徒のいる学校は転校先候補から除外。本来高育に通うはずだった名前のないモブキャラには悪いが、推薦枠を手に入れるために条件を満たした中学校への転入手続きを速攻で済ませた。

 推薦枠が一人分しかないと判明してから、わずか3日間の出来事だった。

 

 そんな怒涛の72時間を乗り越えた俺は今、中学校の屋上に一之瀬を呼び出していた。

 

「みみみ、水瀬くん。ど、どうしても伝えたいことって……なに、かな?」

 

 寒空の下。一之瀬が僅かに頬を赤らめながら、上目遣いでそう聞いてきた。

 可愛いすぎる。このまま持ち帰ってしまいたいという衝動に駆られるが、理性を奮い立たせてその衝動を叩き潰し、伝えたかった言葉を口にする。

 

「一之瀬。実は俺……」

「う、うん」

「……明日転校するんだ」

「……えっ?」

 

 一之瀬はしばらく放心したあと……目のハイライトが消えた。

 

 






 次のお話で中学編は終了でございます。
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