「き、君はさっきの……」
「あ、まずは自己紹介からだねっ。えっと、私は
「お、俺は
「よろしくね。水瀬くんっ」
激しい動揺を必死に隠しながら、自然な笑みで挨拶を交わした。
びっくりした。完全に油断していた。
校門に興奮し過ぎて石ころモードを無意識に解除していたらしい。
まさか櫛田から声をかけてくれるとは……一之瀬と過ごした日々がなければ、まともに会話なんて出来なかったかも知れない。
「あの、さっきはお婆さんに席を譲ってくれてありがとね」
「お礼を言われることじゃないから気にしないでくれ。むしろ、もっと早く手を挙げるべきだった。ごめん」
「ううん。座る席を確保できてたのに、それを譲るなんて簡単に出来ることじゃないよ。車内の空気的にも、言い出しづらかったと思うし……」
「それを言うなら率先してお婆さんを助けてた櫛田さんのほうが凄いだろ。あんなに人がいる中でみんなに声を掛けられるなんて、普通ならできないことだ。素直に尊敬した」
今の言葉は全て本心だ。
櫛田の本性を知っているからこそ、自分を偽りながら先ほどのような行動ができる点は純粋に尊敬できる。
いくら人から好かれたいと思っていても、彼女のような努力は簡単にはできない。そのため、よう実ヒロインの中でも櫛田のことは結構好きだった。むしろ、本性を知ってから好きになったまである。
ただ、綾小路と堀北を執拗に退学させようとしてた点はめちゃくちゃ怖かったけどな。
「そんな急に褒められると、ちょっと照れちゃうね。あははっ」
人差し指で頬をかきながら、少しだけ顔を赤らめて櫛田は笑った。
動作もいちいち可愛いな。本性を知ってても騙されるわ。
「あっ、良かったら一緒に校舎まで行かない?もっと水瀬くんのことが知りたいんだけど、だめかな?」
胸部装甲が当たりそうな距離まで詰め寄ってきた櫛田が、顔を覗き込みながらそう提案してきた。
こんな頼まれ方をしたら断る選択肢なんてない。もうドキがムネムネです。
「も、もちろんいいぞ」
「ありがとう水瀬くん。それじゃあ行こっか」
「おう」
櫛田と他愛もない話を続けながら、校舎に向かって歩を進めた。
「……ん?」
「どうしたの?」
あれ?何か忘れてる気がする……。
そう思いながら何気なく前方を見ると、綾小路と堀北が校舎に入っていく姿が見えた……あ!しくじった!!
堀北の『ちょっと』という一言から始まる校門前での二人のやり取りを聞き逃してしまった!
俺と櫛田が話している最中に、二人は会話を済ませたのだろう。
ぐぬぬっ。まさか、二人の物語が始まるきっかけとも言える会話を聞き逃してしまうなんて……ショックがでかい。
「あの、水瀬くん。大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫、少し考え事をしていただけだ。心配させてごめん」
「ううん、全然大丈夫だよ。新しい学校での生活って不安だよね」
新生活への不安で考え込んでしまったと勝手に勘違いしてくれたようだ。
優しい子や。本心かは分からないけど、心が癒される。
とりあえず、重要イベントを見逃したことは非常に残念だが、櫛田との関係を築けたのでこの場は良しとしよう。
そもそも、全てのイベントに立ち会うなんてことは不可能だったため、諦めるという選択はどこかでする必要があった。
そう考えると、今回二人のやり取りを見逃したことは気持ちを切り替える良いきっかけだったかも知れない。ポジティブシンキングだ。これで良かったのだ。
「ありがとな、櫛田さん」
「えっ、なにが?」
「ちょっと感謝を言いたくなっただけだ」
「そうなんだ。あははっ、水瀬くんって面白い人だね」
そんな雑談を続けながら櫛田と一緒に歩いていると、生徒が集まっている場所が見えてきた。
どうやら、クラス名簿が張り出されているようだ。
「あ、私Dクラスだ」
櫛田が早速自分の名前を見つけたようで、指を差しながらそう報告してきた。
そんな櫛田に「そうか」と笑顔で返しながら、とある2つの事柄を確認する。
「……38、39、40。なるほど、1クラス40人。原作準拠か」
誰にも聞こえない声でそう呟いた。
まず確認したことは、各クラスの人数だ。
よう実は原作だと1クラス40人だが、アニメでは25人で描かれている。
作画コストや演出の問題で仕方ないのかもしれないが、特別試験やプライベートポイントの総量にも大きく関わってくる問題なため、名簿で1クラス40人となっていることに少し安心した。
この世界のよう実は原作通りの流れで進む可能性が高そうだ。
「Aクラス、葛城、神室、鬼頭……Bクラス、網倉、安藤、一之瀬……」
次に確認したことは、原作で名前が登場していた人物とその配属クラスだ。
記憶にある限りの名前とクラス名簿を照らし合わせてみたが、今のところ変わっている点はない。
俺の介入によって一之瀬が半年間引きこもるという過去はなくなったため、一之瀬がAクラス入りして代わりに誰かがBクラスに行くという展開も考えていたが……そんなことにはならなかったようだ。
原作通りなのでむしろ安心したが、ちょっと不思議だ。
「あ、水瀬くんとは違うクラスみたいだね……」
「あぁ、残念ながら同じクラスではなかったな」
櫛田の言葉にそう答えつつも、心の中ではあまり残念には思っていなかった。
なぜなら、俺は一之瀬と同じBクラスだったからだ!
櫛田には悪いが、今すぐ小躍りしたいほど嬉しい。まさか、一之瀬とまた一緒のクラスになれるとは思わなかった。
「えっ……み、水瀬、くん?」
「……っ!」
直後。聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
勢いよく振り向くと、そこにはストロベリーブロンドの長髪を靡かせる美しい少女が立っていた。
彼女の顔を見ると、うっすらと涙を滲ませた目でこちらを見ている。
その目を見た瞬間。電話や手紙で定期的に連絡を取っておくべきだったと、深く後悔した。
自分を鍛え直すために外界から隔絶された山奥でしばらく生活していたのだが、連絡を取ろうと思えばできないことはなかった。
2ヶ月ちょっとの別れだと伝えてはいたが、彼女にとってもその期間は辛いものだったのかもしれない。
「一之瀬……」
まずは挨拶か?いや、謝罪からだろうか?
再会した時に何を話すか考えてはいたが、いざ目の前にすると全て忘れてしまった。
彼女のほうも何か口にしようとしているが、うまく言葉にできない様子だ。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後。再会した時に伝えるつもりだった言葉を思い出し、口を開いた。
「久しぶり一之瀬。会いたかった」
「……っ!」
目に涙を浮かべた一之瀬が、俺の言葉に答えるよう口を開いた。
「久しぶり、水瀬くん。私も、ずっとずっと会いたかった!」
満面の笑みを浮かべた一之瀬が駆け寄ってくる。
直後。背後からスッと現れた櫛田が俺の顔を覗き込みながら声をかけてきた。
「水瀬くんのお知り合い?」
俺の隣に現れた櫛田の姿を見た瞬間。一之瀬の動きがピタリと止まり……目のハイライトが消えた。
櫛田も好きなんですよねぇ。2年生編8巻は最高。