頰を滴る雨水をはっきりと感じ取れる。
仰向けで地面に倒れ、顔を叩く雨を、白く濁った雲空を無機質に見つめる。
右足、右手、左腕、左脇腹の感覚がない。
赤い血が地面に染み渡り、血溜まりができる。
死がすぐそこまで迫って来ているような気配がする。
死神の鎌が首を捉えているような感覚。
「…最近の角付きにしてはまぁまぁだった」
ふと少女の声が耳に入る。
泥を踏む足音と共に段々と近寄ってくる様子が瞳に映る。
彼女が近づくたびにハッキリと感じる強者のみが発することのできるオーラ、圧のようなものが体を押し潰さんと襲ってくる。
「今ここで殺さなければ将来色々と厄介なことになりそうだ」
こちらに手を向けて魔力を圧縮させて高密度にしているのが見える。
オレは今、目の前でトドメを刺してくる相手を知っている。
当然、さっきまで戦っていたので知っているのは当たり前なのだが、そういうことではない。
オレはこの目の前の彼女と初めて相対するより前から知っていたのだ。
それも未来の姿を。
好戦的で苛烈な性格でドライな一面があり、まさしく傲岸不遜といった人物。
だが今まで取った全ての弟子を記憶するなど冷淡さとはかけ離れた一面も持ち合わせている不器用なエルフ。
腰まで届くほど長い金髪が目に入り、そして何より目を引いたのは特徴的な尖った長い耳。
口元を三日月のように歪め、まるでこちらを嘲笑っているかのような表情をしたエルフの少女────ゼーリエがこちらを見ていた。
さっきまでオレは歴史上のほぼ全ての魔法を網羅し、生ける魔導書と呼ばれる彼女と命を賭けて戦い、そしてオレは負けた。
魔力量ではそれほど大差はなかった。だがその他の要素、魔力制御、多種多様な魔法の数々によって追い詰められ、彼女にかすり傷程度しか負わせることができなかった。
誰がどう見ても完全な敗北。完敗である。
悔しい、無念、嫉妬、そんな感情すら湧き出てこない。
すごくスッキリとした気分である。
「……」
ゼーリエの掌に集まる高密度の魔力の塊が打ち出される。
それをオレは成す術もなく直で受けて体が崩壊する。体が黒い霧のようなものへと変わっていく。
そしてオレはその様子を冷静に見ていた。
…ん? なぜ死にかけているのに冷静で見ていられるのかって?
それは当然、オレは本当に死にかけているわけではないからだ。
現在、10km先にオレの容姿と瓜二つの分身体が死んでいる様子を見つめていた。
「やっぱりゼーリエは強いなー。さすがは生ける魔導書だ」
だが違和感がある。あのゼーリエがオレに気づいた様子がない。
まぁ当然、姿を透明にしたり、魔力を制限したりと、ありとあらゆる対策を施しているがここまで気づいてない様子だと逆にわざと気づいていないふりをしているのか勘繰ってしまいそうだ。
「ゼーリエもまだ成長していないってことか? まぁ、オレの知るゼーリエって遥か未来のものだからな」
その後、しばらく様子見してオレの分身体が消滅したのを確認して、ゼーリエが去ったのを見届けてオレは帰路についた。