吾輩は猫である。
昔、
妾の主様は奇々怪々の御人で、やることなすこと想像が付かない御方。
そんな御方のペット────小町。それが妾であり、主様から賜った大切な名前じゃ。
妾は生まれながらにして高い知能を有していた。じゃが、その高い知能とは裏腹に今では想像ができないほど弱く、地上では今日を生きるのに精一杯な生活をしておった。
今にして思うと高い知能を有していたからこそ、弱者なりの立ち回りをして生き残ることができていたのじゃろう。
そんな水も食料も満足に取れず、飢餓に襲われていたある日、あまりの空腹感のせいか警戒心が疎かになり、空中から狙う鳥型の魔物に気付くことができず、捕まってしまった。
なんとか生まれながらにして所持していた『炎を操る魔法』で撃退したが、落とされた土地は見知らぬ場所。
後に知ることになるが天を駆ける巨大な竜の背中に落ちていたなど、当時の妾は想像することなどできず、足を引き摺りながらも必死に生きようと足掻いていた。
何か生きなければいけない理由があったわけじゃない。ただ、なんとなく生きなければという漠然とした思いだけが妾に生きる活力を与えていたのじゃ。
それから数日が過ぎ、体も精神も限界が迫っていた頃、彼が現れた。
妾の主となるレノスト様じゃ。妾は一目見て確信した────妾はこの御方と出会うために醜くも足掻いて生きてきたのだと。
レノスト様はお優しい御方で、怪我をしていた妾の傷を治してくれた。レノスト様から伝わってくる温かい魔力。見る見るうちに体の傷が治っていく光景は生涯忘れることはないじゃろう。
そして妾は安静のためにレノスト様の屋敷まで連れてこられ、妾は小町の名前を頂きペットとなった。
醜く生に縛りついていた妾に誇りなどない。誰かに飼われるのに不満はなく、それにこんなにも優しい御方が飼い主ならば本望じゃった。
それからの日々は幸せの毎日。食料に困ることはなく、水は主様が生成してくださるので失くなることはない。
心配することが一つもない平和な日々の繰り返しであり、明日のことを、未来のことを考える余裕ができるほどじゃった。
そんな生活を提供してくださった主様は強大な力を持っていて、偉大じゃ。
なのに主様はそれだけの力を持ち得ながらもさらなる力の獲得に貪欲であった。
最初は理解できなかった。じゃが、近くで接しているうちに自ずとわかった。主様もまた、命ある生物じゃったことに。
主様は感情豊かで人間味に溢れておるが、心の奥底のどこかで主様と一線を引いて妾とは別の次元に住む存在として妾は捉えていたのじゃろう。
じゃが違ったのじゃ。主様も最初は弱くて、大切な人が死ねば悲しいし、人を蘇らせることはできないし、真の永遠の命を与えることなどできない。
そんな当たり前のことに気づくのに妾は500年もかかったのじゃ。
あ、今更の話になるじゃろうが、妾は長生きじゃ。獣型の魔物でこれほど長生きなのは異例じゃと、よく年増エルフが言っておったのを耳にしておる。
妾が長生きする理由など妾は知らん。なんだったら妾が聞きたいほどじゃ。
まぁ、妾は主様といつまでも一緒にいたいので共にいられる時間が多いのは好都合というもの。長生きの理由など正直言ってどうでもよく、主様と一緒にいられるのなら何の不満もないのじゃ。
そんな主様にも弱点……いや、この表現は正しくないのう。そう、不満があるのじゃ。
その不満は力を身につける特訓をしてくれるのは有り難いのじゃが、もう少し御慈悲を与えてほしいことじゃ。
主様が施してくれる指導は効率的で、力を身につけたと実感できる素晴らしいものじゃ。じゃがその反面、物凄く厳しいのじゃ、毎回死ぬ思いで特訓しておる。
力を身につけるための特訓は大いに結構、妾も昔は弱く、一人で生きるにはちと厳しかった時代があったのじゃ。
じゃから特訓はこちらから御願いしたい方じゃが、やはり何と言えば良いのやら、はぁ。
まぁ、そこら辺の不満は呑み込もう。しょうがないことじゃと。
正直、今はそんなことを気にしている余裕は妾にはないからのう。
最近は年増エルフが妾の主様に色目を使っておる。
主様は鈍感な方じゃから気付いておらぬが、このままでは妾の主様があんな年だけ取ったエルフに奪われかねん。
アヤツも妾の視線に気づいているのか、偶に見せつけるように主様とベタベタくっついておる。
羨ましい……オホンッ、まぁ、妾は、その程度のことで動揺などはせぬが、じゃが、このままでは不利であることは明白じゃろう。
妾もあのエルフと同じ、人の肉体を手に入れる必要があるじゃろうな。
これでも妾は3000年以上の時を生きた大魔獣、人の肉体など簡単に手に入れてみせるのじゃ。
……ふむふむ、ジブリールが篭っておる図書館で色々と漁っていたら面白いものを見つけたわ。
【生物の進化と人為的な魔物の進化方法】とな。
これは面白くなってきたわ。あの勝ち誇ったかのような表情を寄越す年増エルフよ、今に見ているのじゃ。
妾も更なる力をつけて、主様を虜にしてみせるのじゃ!