大魔族の彼は人生を謳歌する   作:HIIRAGISHIYU

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028 楔が解かれた大魔族

 

 

 澄み切った青空の下、オレは丘の上に佇んでいた。風が草原を揺らし、どこまでも続く大地の広がりが視界に入る。魔王が討たれ、世界がようやく新しい時代────平和な時代へと進み始めた。

 

 だが、オレの心は静寂の中でざわめいていた。

 

「はぁ……」

 

 その溜息は、風に乗ってすぐに掻き消される。魔王の死を告げる報せが世界中を駆け巡ったのは、記憶に新しい数年前のことだ。それからというもの、オレはその知らせを受け入れるまでに長い時間を要した。

 

 元々知っていた事実、オレがよっぽどのことをしない限り辿り着く未来だったが、いざこの時代まで来ると心の奥底から湧いてくる何かがあった。

 

 

 オレは5000年という年月を生きてきた。前世のことなんて既にもうほとんど覚えていない。転生した当初は、記憶に焼き付いた『葬送のフリーレン』の世界そのままに物語が進むだろうと考えていた。だが、時が経つにつれ、オレの存在がその流れを少しずつ変えていることを自覚した。

 

 そのことに気付いた時のことを、今でも覚えている。

 

 転生当初の時代、オレはただ無意味に時を過ごしていた。魔族としての本能に流されることなく、しかし何かを成し遂げるわけでもない。原作の流れに影響を与えないようにと、漠然と考えていたが、それは単なる自己防衛だったのかもしれない。

 

 しかし、ふと気づいたのだ。オレが存在しているだけで、この世界の歯車が少しずつずれていっていることに。

 

 例えばオレの数少ない友人の一人であるゼーリエ。

 

 原作では全知全能の女神様に最も近い魔法使いとして描かれる彼女は、オレという異物と接することで、その成長が大きく変わった。もともと卓越した魔法の才を持つ彼女が、オレの戦士としての技術を取り入れた結果、魔法だけでなく物理的な戦闘にも対応できる存在へと進化してしまった。

 

 その変化がどれほど大きいものかを考えると、背筋が寒くなることがある。原作での帝国編、ゼーリエ暗殺なんていう無理だろみたいなことが起きるが、今の彼女なら、あんな状況をあっさりと切り抜けてしまうだろう。

 

「……良いことなのか、悪いことなのか」

 

 オレは苦笑する。ゼーリエが強くなったことが、この世界にとってどれほどの影響を及ぼすのか、それは誰にもわからない。だが、彼女の進化を促した原因が自分にある以上、少なからず責任を感じざるを得ないのだ。

 

 それだけではない。他にも、オレが知らぬ間に変えてしまったものが数え切れないほどあるはずだ。魔族たちの間で流れる噂話、滅びた村々の運命、そして原作では存在しなかった新しい魔法――。

 

「こんなはずじゃなかったんだけどな」

 

 思わず独り言を漏らすと、風が草原の緑を揺らし、遠くの木々のざわめきを運んできた。

 

 

 オレの原初の目的は単純だった。

 

 ただ、『葬送のフリーレン』の原作に登場する人物に会うこと。それだけだ。

 

 だが、5000年もの時が経つ中で、その思いは次第に薄れていった。人間の寿命――およそ100年程度の短い生を基準にしていた頃の感覚は、もはや霞のように遠い。

 

「人間の寿命ってのは、やりたいことが程々にできて、でも未練も少しだけ残るくらいのちょうどいい時間だったんだな」

 

 自分で呟いてみて、皮肉にも思えた。転生した当初は、やりたいことのリストを片っ端から叶えるつもりだった。だが、時が経つにつれて、それが無意味に思えてきた。

 

 やがて気付いたのは、オレが生きる理由を追い求めていたということだ。

 

 だからこそ、最初は原作の人物に会うという目標を掲げた。未来に希望を持つための、ただの言い訳だったのかもしれない。

 

 だが、今のオレには別の目的がある。

 

 それは魂の研究という、終わりのないテーマだ。この研究に没頭する中で、原作の人物に会いたいという思いはほとんど消え失せてしまった。

 

「……いや、違うな」

 

 正確には、会いたいという気持ちが一目見るだけでいいという程度に変わったのだ。もう直接会話を交わす必要はない。ただ、彼らが生きている姿を遠目で確認できれば、それでいい。

 

「今の俺には、見れるだけで十分。ゼーリエと友達になっている今の状況の方がおかしいんだから」

 

 欲に駆られ過ぎると自滅するのは人間の歴史が証明している。ようやく歩めるようになった世界を程々に楽しむぐらいでいいのだ。

 

 現状に満足している自分を受け入れながら、オレは心の中で静かに呟いた。そして、魂の研究という終わらないテーマを手に入れた今、オレには新たな目的があった。

 

「アウラ……お前の魔法には、きっとオレの探しているものがある」

 

 アウラ──彼女の魔法は、今やオレの魂の研究において必要不可欠な鍵だ。それがどんな魔法で、どんな力を秘めているのか、まだ完全にはわかっていないが、確信している。この研究を進めるためには、彼女と向き合い、実際に彼女の魔法に触れる必要がある。

 

「確か、アウラが確実にいる時代は……」

 

 勇者ヒンメルの死から28年後。原作の流れでは、その時点でアウラがいるのは確かだ。問題は彼女がどの辺りにいるかだが、グラナト伯爵領──北側諸国にあるその土地なら、アウラが扱う魔法に関する情報を集めるための拠点としては最適だろう。

 

 しかも、今なら原作の登場人物たちが動き出す前の空白の時期だ。アウラが動く前に、オレはその足音を確実に聞き取ることができる。

 

「グラナト伯爵領か……」

 

 あそこは人々が比較的自由に行動している地域だ。アウラのような強力な魔法使いが気配を消すには、その地は理想的だろう。周囲の魔物や冒険者も、オレにとっては好都合だ。もはや、道を選ぶ余地などない。オレの目的のためにアウラを手に入れること、彼女の魔法を解明することだ。

 

 その瞬間、オレは静かに目を閉じた。風が吹き抜け、草原の緑が揺れる音が耳に心地よく響く。だが、その心地よさを感じる間もなく、心は冷徹に次の行動を計画する。オレの今後の人生、いや、魂の研究において、この決断が一番重要なのだ。

 

「フリーレンには申し訳ないけど、アウラを殺させやしない。オレの大事な実験動……友達として回収させていただこう」

 

 決意を新たにしたオレの初舞台の目的地はこうして定まった。

 

 




 
 読者の皆様からいただく感想や誤字のご指摘には、いつも大変助けられています。誤字脱字については、執筆中に注意を払っているつもりではありますが、それでも見落としが出てしまうことがあります。その点を見つけて教えてくださる読者の皆様には、心から感謝申し上げます。

 また、いただいた感想についてもすべて目を通させていただいております。時間の都合で個別に返信することは難しいのですが、感想を読ませていただくたびに執筆の励みとなり、モチベーションの源にもなっています。これからも遠慮なく感想をお寄せいただけると嬉しいです。

 新しい章も楽しんでいただけるよう頑張ってまいりますので、引き続き応援よろしくお願いいたします!
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