大魔族の彼は人生を謳歌する   作:HIIRAGISHIYU

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030 魂の研究

 

 

 レノストがアウラを連れて立ち去った後、夜風が静かにその身を包み込む。

 

 彼の背中には、かすかに自らの選択に戸惑う影が滲んでいた。しかし、その歩調は揺るぎなく、足元に転がる砂利の音だけが二人の沈黙を埋めていた。

 

 アウラは依然としてレノストの腕に捕らえられているが、その視線は目の前の訪れる筈だった運命を変えた救済者とも新たな支配者とも言える男の背中に注がれていた。彼女は強者であると同時に、敗北というものを知ったことがない。それゆえに感じる不可解な恐怖。

 

 いや、恐怖というより、理解不能な感覚が心を締め付けていた。

 

「……あんた、何者なの?」

 

 ついに彼女は口を開いた。

 

「……」

 

 レノストは一瞬立ち止まり、微かに振り返る。普段の饒舌な自分ではなく、何かを悟られないように沈黙を保つ自分がそこにいた。

 

「余計な詮索はするな。今はそれでいい」

 

 短く返す声には、わずかな照れと苛立ちが混じっていた。それが自らに向けられたものなのか、彼女へのものなのかは、アウラにはわからなかった。

 

 緊張の道中、アウラは不満げに口を尖らせたが、彼の目に宿る冷たさに、それ以上追及するのをやめた。その代わり、意識を周囲に向けた。この男の目的は何なのか。なぜ自分の前に現れたのか。

 

「ねえ、私をどうするつもり?」

 

 レノストは答えなかった。ただ、目の前に広がる道を歩き続ける。砂利道の果てに見えるのは、遠く霞む山々の影と、なぜかいつもより近く感じる夜空にぽつりと瞬く星々だった。

 

「ふん、黙るってことは、ろくでもないことを考えているんでしょうね」

 

 アウラの嘲笑混じりの言葉に、レノストは一瞬眉を寄せた。そして、まるで自分の心を見透かされたかのように、視線をそらす。

 

「……お前に選択肢はない」

 

 その一言だけを残し、再び歩みを進める彼の姿は、アウラにとって理解不能だった。しかし、その後ろ姿には確かに隠しきれない何かが滲んでいる。それは、この場の空気にそぐわない、奇妙な人間らしさだった。

 

 ふとした瞬間、レノストは一人呟いた。

 

「……思ったよりも面倒だな」

 

 アウラには届かない程度の声量だったが、彼自身、その言葉に苦笑いを浮かべていた。本来の自分の実力なら、こんな茶番を続ける必要などない。圧倒的な力でねじ伏せ、目的を達成するだけで済む。しかし、今の彼は無意識に演じていた。

 

 自分が格好をつけすぎていることにも気づいている。それでも、一度見せた「強者」としての姿を崩すわけにはいかない。フリーレンに見せたあの威厳。彼女を凌駕する存在としての風格。それを守り抜くためには、この場でも貫き通すしかないのだ。

 

 だが、その反面、胸の内で赤面している自分がいることもまた事実だった。

 

(……なんで、こんなにカッコつけたんだっけ?)

 

 長年、待ち続けてきた初舞台、初の表の世界への登場。そんな思いがあったからこそ、自分のテンションが少しおかしくなっていたのだろう。

 

 彼は内心、自己嫌悪に近い感情を抱きながらも、それを表情に出さないよう努めた。

 

 

 夜が明け始める頃、二人はようやく静かな洞窟に辿り着いた。ここはエーヴィヒと旅をしていた時代にレノストがかつて隠れ家として利用していた場所の一つであり、魔法陣や結界が施されているため、外界からは容易に見つからない。

 

 できれば屋敷の空間魔法で拡張した地下に幽閉したかったのだが、アウラを連れ帰ることを屋敷の住人には話を通していなかった。

 

 流石に屋敷の主だとしても、そこら辺はちゃんとしないと主人としての格が落ちるというものだろう。

 

 だからひとまずとして、ここの洞窟にアウラの牢屋―――家として利用できるだろうことで連れてきたのだ。

 

 洞窟の中に入ると、アウラは解放された。だが、その場から逃げ出すという選択肢は、彼女の中にはなかった。彼女は既に悟っていた。目の前の男が、いかなる方法をもってしても自分を追い詰める力を持っていることを。

 

「ここは……?」

 

「お前がこれから生きる場所だ」

 

 まぁ、話が通ったら屋敷の地下に行くので少ししか滞在しないが、ちょっとした意地悪である。

 

「生きる場所、ね。ふざけたことを言うじゃない」

 

 アウラは皮肉げに笑ったが、レノストの表情は変わらない。

 

「お前の力……魂に触れるその魔法。それを俺は知りたい。そして、その力を俺の研究に利用させてもらう」

 

 その言葉に、アウラは初めて心底驚いた表情を見せた。

 

「……魂?  何を企んでいるの?」

 

「それを知る必要はない。ただ、お前は俺の目的のために生きる。それが今後の話だ」

 

 レノストの声には揺るぎがなかった。しかし、その裏には複雑な感情が潜んでいた。彼が追い求める魂の研究。それは彼がこの世界に転生した理由を探ることのできる、停滞していた研究を進めるための手段だった。

 

 だが、それを達成するために、彼はこうして一人の魔族を支配しようとしている。その事実に、微かに残っていた人間の心が訴えかけてくる罪悪感を覚えながらも、彼は決してそれを表に出さなかった。

 

 

 アウラは鋭い視線で彼を睨みつけたが、その奥には既に抗えない何かがあることを理解していた。そして、そんな彼女の様子を見て、レノストは小さくため息をついた。

 

「……お前がここで死なずに済んだのは、俺が気まぐれだったからだ。それを忘れるな」

 

 その言葉には、どこか冷たさと優しさが入り混じっていた。

 

「ふん、気まぐれね。なら、その気まぐれとやらを楽しませてもらうわ」

 

 アウラは強がりながらも、その声には微かな震えがあった。

 

 レノストは彼女の言葉には答えず、洞窟の奥に向かって歩き始めた。その背中を見つめるアウラは、次第にその姿に対する恐怖以上の感情を抱き始めていた。それは、彼女自身にも理解できない感情だった。

 

 

 洞窟の奥、彼は一人で考え込んでいた。

 

(……フリーレン。お前は俺をどう見ている?)

 

 彼はふと、フリーレンとの過去の出会いを思い出した。彼女の警戒する目。あれは、自分が異質であることを見抜いている証拠だった。

 

(……仕方ないさ。俺は俺の目的のために動くだけだ)

 

 彼はそう自らに言い聞かせ、再び目を閉じた。そして、これからの計画を練り始める。アウラの力を使い、停滞していた研究を進めるために──。

 

 だが、その奥底には、どこか虚しさのようなものが漂っていた。それは彼自身も気づいていない、彼の人間性の名残だった。

 

 

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