「これが魔法使いとしての高み」
私は小さく息を吐き、震える手で杖の柄を締め直した。二次試験の零落の王墓迷宮で目にした“コピー“のフリーレン様の猛威も衝撃的でしたが、今、自分の師匠が見せるのはそれを軽々と超える次元の技の応酬だ。
森の緑が濃密な息吹を伴ってざわめき、風は耳元で嗚咽するように葉を震わせる。
対峙する二人の魔力は、空気を振動させ、地面の小石を跳ね飛ばすほどだった。
ただの“魔力量”ではない。
一瞬で最適な呪文を選び、最短の詠唱で放つ判断力。そして、杖先の微妙な角度ひとつで軌道を変える技術。
それらすべてを兼ね備えた“高み”が、今まさに此処にある。
胸中に去来するのは、驚嘆と畏怖、そして────諦めにも似た観念だった。
見たことも無い師匠の表情、いつもどれだけ追い詰められても変わらなかった冷静な表情が崩れ、どこか苦しそうに、どこか楽しそうに戦う。
決して私ではここまでの表情を、感情を抱かせることはできなかったであろうもの。
ハイレベル………否、そんな表現すら生温く思えてしまいそうな程の魔法の攻防と駆け引き、一発一発に込められている魔力量は私がどれだけ抵抗しても抗えないほど。
破壊と破壊を紡ぎ、繰り返す魔法のぶつかり合い。
両者がどのような策略を、戦略を駆使して戦っているのかは見当が付かない。
目の前で繰り広げられる、この世界でも頂点に位置する者同士であろう魔法使いの戦いを前に私は自然と杖を下ろし、理解した。
2次試験のように援護射撃をしても無駄であり、ほんの僅かな隙すら晒さないであろう────と。
そして私はまだ弱者であるということを。
私は両者の戦いを目に焼き付けながら、そう思った。
◇◆◇◆◇◆
どうもこんにちは、レノストです。今、オレは大陸魔法協会北部支部の一室に正座させられている。周囲を見渡せば、すぐ隣には協会創始者ゼーリエが威風堂々と腰掛け、その先には初めて顔を合わせる一級魔法使いたち────ゲナウ、ファルシュ、ゼンゼ、そして顔見知りのレルネンの姿がある。
この重々しい空気────床板のきしみすら大きく響く静寂の中、オレはまさに窮地に立たされている。ゼーリエの命令で背筋を伸ばし正座を強いられ、見知らぬ面々の好奇の視線がオレを刺す。顔見知りのレルネンからは、どこか呆れたようなまなざしを浴びせられている。
そんな中、重苦しい気配を破ったのは、ゼーリエの低く鋭い声だった。
「何故、私がここまで出向いたか。理由は分かるか? ゼンゼ」
「………」
ゼンゼは固く唇を閉ざし、視線を床の文様に落としたまま微動だにしない。気まずさが募る沈黙を、ゼーリエは嘲笑うかのように破る。
「だんまりか。都合が悪い時はいつもそうだな。第二次試験の合格者は12名、異例の合格者数だ。多すぎる。全員協力型の試験は大いに結構だ。今の一級魔法使いには協調性がないからな」
その言葉に続いて、ゼーリエはオレの頭を軽くポンポンと叩いた。硬い冠の感触がこめかみをくすぐる。
「面目ありません」
ファルシュが小さく頭を下げると、ゼーリエはそっぽを向いてレルネンの注いだ紅茶を一口含んだ。温かな紅茶の湯気が、静かな室内にほんのりとした香りを残す。
「だがその中にあってはならないほどの実力を持った者がいた」
ゼーリエの言葉に、レルネンは淡々と答える。空になったカップに紅茶を注ぎながら────
「………フリーレン様ですね」
空になったカップに紅茶を注ぎながら答えるレルネン。
「お陰で実力に見合わない者まで大勢合格した。従来通りの第三次試験ではそいつらは全員死ぬことになる………はずだったが、ここにいる馬鹿が介入したせいで試験はめちゃくちゃだ」
ゼーリエは再びオレの頭を叩き、そのまま力強く握る。痛みよりも、その重みが────自分がいかに軽んじられているかを痛感させる。
まぁ、オレがやったことを考えれば仕方がないことなんだけど。
「ゼーリエ、その………」
「お前は黙れ」
「はい………」
オレの言い訳は一瞬で封じられた。
ゼーリエは椅子に深くもたれかかり、足を組み替えながら続ける。
「ゼーリエ様………」
「ゼンゼ、お前が謝る必要はない。すべて、このバカとフリーレンが悪い」
ゼーリエの視線がオレを射抜き、重苦しい空気に包まれる。
「異例には異例を。四次試験を新たに設け、私が担当する。平和的に選別してやる」
そう言い切ったゼーリエにレルネンを除く、一級魔法使いの面々は互いに顔を見合わせ、眉をひそめる。
「三次試験の担当はお前だったな、レルネン。本来だったら三次試験を担当できなかったお前が四次試験を担当すべきだが、異論はないな」
「ゼーリエ様とレノスト様のわがままは、今に始まったことではありませんから」
「うっ………」
レルネンは静かに微笑み、しかしその瞳の奥には確かな覚悟が光っている。オレはその言葉に小さく胸を突かれ、反対にゼーリエは微笑を浮かべる。
「それに私はフリーレン様を試すような器ではありません。ですから、三次試験の担当をレノスト様に譲ったのです。一目見てわかりました。彼女は魔力を制限しています」
そう言った後、レルネンはゼーリエとオレに観察するような視線を向ける。
「絶大な魔力です。ゼーリエ様とレノスト様に匹敵するほどの」
レルネンの声が静かに響き、室内に凛とした空気が戻る。
◇◆◇◆◇◆
尋問めいた会議は終わり、オレとゼーリエは面接室へ向かって廊下を歩いていた。柔らかな魔法燭の光が大理石の床に反射し、二人の影を長く伸ばす。
ふと、オレは先ほどのゼーリエの言葉が胸に引っかかったので、そっと問いかけてみた。
「本当にそう思っているの?」
ゼーリエは足を止めず、肩越しにだけ視線を返す。
「………何がだ」
「さっきの発言。人間の弟子は取るものではないなって」
「………」
沈黙が二人の距離を縮める。廊下の静寂がオレの鼓動を際立たせ、肩が触れ合う距離感で黙々と歩くゼーリエ。
「今更何を言っている。レノスト、お前なら分かるだろ」
ゼーリエの声にはわずかに含みが入った笑いがあった。
「それはもちろん。君とどれぐらい一緒にいたと思っているんだい」
「………ふん」
オレの返事に、ゼーリエは軽く鼻先を鳴らした。
「でも、思いってのは言葉にしないと伝わらないんだよ?」
面接の部屋にたどり着き、オレが部屋の扉を開けてゼーリエが入る。面接室には土のみの小さな花壇が幾つか。ゼーリエは躊躇なく『花畑を出す魔法』を唱え、淡い光とともに色とりどりの花々を咲かせた。
甘い花の香りが静寂の室内を満たし、心の奥までしっとりと侵み込んできた。
「………分かっている」
ゼーリエはそっと花を見つめ、小さく息を吐いて頷いた。
「………本当に不器用だね、ゼーリエ」
「お前も変わらないだろ」
「そうだな」
二人の間に漂うのは、言葉にし尽くせぬ信頼と、ときにぶつかり合うからこそ生まれる絆だった。