「第四次試験の内容は、大魔法使いゼーリエによる面接です」
ファルシュの声が静まりかえった廊下に柔らかく響いた。魔法燭のほのかな灯りが大理石の床に揺れる中、受験者たちは顔を見合わせる。
大陸魔法協会北部支部の一室前に並ぶ十数名の魔法使い。先の試験で激闘を繰り広げた面々も、今は肩の力を抜き、ちらりとほほ笑む者、深呼吸を繰り返す者など、それぞれに“平和的な試験”に胸をなで下ろしていた。
その中に、ひときわ凛とした佇まいで立つフリーレンの姿がある。彼女の純白のマントは静かにそよぎ、瞳には探究心とわずかな警戒が混ざっている。
「そう来たか。ゼーリエは私とフェルンを受からせる気はないね」
フリーレンの声は低く、しかし確信に満ちていた。その言葉に、隣のフェルンは眉をひそめる。
ふいに心に浮かんだ疑問に、フェルンの胸が小さくざわつく。足元の絨毯がふわりと柔らかく沈み、周囲の魔法燭の灯りがまるで問いかけるようにちらついた。
「お知り合いですか?」
フェルンの問いかけに、フリーレンはわずかに肩をすくめ答える。
「昔のね。たぶん直感で合格者を選ぶつもりだろうね。でもゼーリエの直感はいつも正しい………だけど、今回は聞かなければいけないことができた」
フリーレンは冷たい石の床を踏みしめながら、大きな木製の扉を見つめる。扉の彫刻は古の魔法陣を模しており、その縁から淡い魔力の残響が漏れている。彼女の心拍が静かに速くなる。
(ゼーリエがなぜ、あいつの存在を許しているのかを確かめないとね)
決意を秘めた眼差しが扉の中央の金具に吸い寄せられる。金具には小さな紋章石がはめ込まれ、ゼーリエの気配を室内に留めているかのようだった。
◇◆◇◆◇◆
四次試験の面接のトップバッターであるカンネは、重厚な木製の扉に触れ、そのひんやりとした冷気を感じながらゆっくりと開けた。扉が軋む音が廊下の魔法燭の静かな揺らめきをかき消し、室内の空気が一瞬だけ張りつめる。
視界に入るのは、豪奢な花壇にうずくまり、指先で花弁を愛おしげに撫でるゼーリエの姿。その隣では、三次試験を仕切った特別一級魔法使いレノストが、魔力で浮かせたカップに揺れる黒いコーヒーを何食わぬ顔で注いでいた。
花の甘い香りと、コーヒーのほろ苦い匂いが不思議に混ざり合い、重厚な木の床に反響する足音が緊張感をいっそう高める。
カンネは頬に熱を感じながら、震える声で何とか口を開いた。
「あの………」
だが、その勇気は冷たい刃のように切り捨てられる。
「不合格だ。帰れ」
ゼーリエの言葉は無機質な判事の宣告のように響き、室内の温度が一気に下がったかのようだった。カンネの背筋を走る寒気。
困惑と悔しさが胸を締めつける。唇を噛んで理由を問おうとしたが、言葉は飲み込まれたままだった。
それでもカンネは食い下がる。
「理由を聞いてもいい?」
手のひらにじんわりと汗が滲む。ゼーリエはゆっくりと顔を上げ、琥珀色の瞳でカンネを一瞥した。
「今もお前は私の魔力に恐怖を感じている。自分の身の丈がよくわかっているんだ」
彼女の声は静かだが、その一言にカンネの胸中で鼓動が跳ねる。ゼーリエはそっと花壇の花を撫でる指先を止めず、さらに続ける。
「一級魔法使いになった自分の姿がイメージできていないだろ。魔法の世界ではイメージできないものは実現できない。基礎の基礎だ。帰れ」
花弁がそっと揺れ、その影がカンネの目に揺らめいた。カンネは深く息を吸い込み、ゆっくりと頷いて扉を閉めた。
────その後も、ゼーリエは予定調和のように、ドゥンスト、ラオフェン、シャルフ、エーレを次々と不合格にしていった。
重苦しい沈黙が室内を支配し、コーヒーの香りだけが静かに漂う。
そしてある意味、試験の真の山場とも言える人物が、静かに扉の前に立った。
フリーレンは足音を響かせず、まるで空気のように軽やかに扉を押し開けた。彼女の純白のマントが背後でひるがえり、室内の影をさらさらと撫でる。
ゼーリエは顔を上げ、コーヒーカップを隣の彼に預ける。その所作には一瞬のためらいもない。
「フリーレン。お前も一級魔法位になった自分の姿をイメージできていないな。だが他の受験者とは異なる理由だ」
フリーレンの頬に、わずかに戸惑いと挑戦の色が交錯する。瞳がゼーリエをまっすぐに見据えた。
「お前は私が合格を出すとは微塵も思っていない」
「事実でしょ」
静かな応答。室内の魔法燭が一斉に揺れ、二人の間の緊張を映し出す。
ゼーリエは立ち上がると、フリーレンの真正面に進み出た。微かな魔力が指先から漏れ、床の大理石に淡い波紋を描く。
「一度だけチャンスをやる。好きな魔法を言ってみろ」
扉の向こう側から漏れる廊下の足音さえ、二人のやり取りのために止まっているかのようだった。
「花畑を出す魔法」
その問いに間髪立たず答えるフリーレン。しばらくの沈黙が空間を包む。
言い終えた瞬間、フリーレンの心に小さな静寂が訪れた。彼女の言葉には迷いがなく、その覚悟が室内に染み渡る。
「フランメから教わった魔法か。実にくだらない」
ゼーリエの評は冷ややかだが、その声にはどこか含みがあった。
「………ツンデレ」
レノストの小さな呟きと、ゼーリエの手がレノストの頭を軽く叩く音が、重苦しい空気にほんの一瞬のぬくもりを運んだ。
静寂が戻った室内に、三者の呼吸だけが響く。魔法燭の炎はゆらゆらと揺れ、そのたびに三人の影が床に揺曳した。
「不合格────」
ゼーリエの言葉が重く落ちる。しかし次の瞬間、フリーレンは一歩も退かず、静かに眉を寄せて首を振った。胸の奥で鼓動が速まる。自分の感情を押し殺しながらも、心の炎がくすぶるのを感じる。
「ねぇ」
フリーレンの声は低く、だが確固たる響きを帯びていた。言葉の端に潜む怒気が、室内の静寂を再び揺るがす。
ゼーリエの瞳がぱちりと瞬き、彼の肩越しに微かな魔力の波紋が広がった。刹那、周囲の空気が引き締まる。
「なんだ」
ゼーリエの声には薄く苛立ちが混じっていた。
「そいつ、魔族だよね。なんでそいつの存在をゼーリエは許しているの?」
フリーレンの瞳は鋭く輝き、床の影すらも見通すようだった。胸の内で渦巻く憎悪と疑念が、言葉となって吐き出される。
「それも直感で判断したの?」
「………」
ゼーリエは一瞬だけ言葉に詰まり、花壇の花を撫でる手がわずかに止まった。沈黙が長く引き延ばされる。
「………最初は直感だ」
やがてゼーリエは低く呟いた。声には迷いがなく、それ自体が一つの判決のようだった。フリーレンの眉間にしわが寄る。胸に突き刺さる言葉に、熱い血潮が逆流するのを感じた。
魔法燭の炎が一層大きく揺れ、灯芯の先が赤くはじける。影が三人の足元で踊り、不穏な予感を室内に漂わせた。
ゼーリエはそっと花壇の縁に手を置き、花弁の柔らかさを確かめるように指を滑らせた。その隣にいる彼の横顔は、言葉にはできない複雑な感情がちらついている。
フリーレンは一歩踏み出し、声を震わせずに続けた。
「説明してくれないと納得できない」
その言葉に、ゼーリエは初めて瞳を伏せた。石畳に映る影が、二つに分かれる。静かな呼吸の波が、三者の間に新たな緊張を生んでいた。
レノスト:気まずい
ゼーリエ:レノストが気まずそうでおもろい
フリーレン:納得できない