どうもこんにちは、かつてないほどの張り詰めた空気感と気まずさで死んでしまいそうなレノストです。
廊下の足音すら遠のき、かすかな魔法燭の滴る音だけが耳に残る。そんな異様な静寂が周囲を支配している。
現在、三次試験を私物化しすぎだと言われたオレは一週間、ゼーリエのお世話係を押し付けられている。部屋の温度が妙に低く感じられ、心臓の鼓動が速まるのを手のひらで確かめながら書いている次第だ。
普段、ゼーリエのお世話は早坂が担当しているのだが────完全に早坂がゼーリエの従者になってしまっている。いつからだっただろうか、うちの早坂が寝取られたのは………遠い昔のことすぎて思い出せない………?
待て、五百年前くらいだったから比較的最近じゃないか。今すぐにでも早坂を屋敷に戻すか。
いや、早坂もゼーリエのお世話を楽しんでいる。急に降ろすのも酷か。屋敷の管理はジブリールとサボってはいるが用心棒代わりにもなる小町がいる。正直、二人だけでも十分。それについ最近にアウラというペットも迎え入れたし、大丈夫か。
………うん。
さて、そろそろ現実逃避はやめて目の前の状況に集中するか。
可愛らしいエルフことフリーレンがオレに殺気を叩きつけてくるのは一旦無視して、隣を見るとゼーリエは肩を小刻みに震わせながら笑っている。唇の端が緩み、琥珀色の瞳が細められている。
この手元にあるコーヒーをぶっかけてやろうか。
でも、正直なところオレが何を言ってもフリーレンにとってはマイナスになる。まず魔族という時点でマイナス100ポイント、さらにこれまでの出会い方で怪しさマイナス1000ポイント追加。
うん、これ無理じゃね?
クソッ、なんでオレはあんなカッコつけてしまったんだ。そのせいでフリーレンからの印象最悪じゃないか。
やはり表舞台で活動できることに興奮し過ぎていたのだろうか、それともアウラを確保することができて長年停滞していた魂の研究が進んだせいだろうか。はたまた、その両方か。
今はフリーレンという主人公かつ、ゼーリエ以外の久しぶりに心踊る魔法使いとの戦いで落ち着くことができたが、また一つ黒歴史が増えてしまった。
ていうか、早くなんとかゼーリエさんが説明してくれないとオレがこの空気感で死んでいまいそうなんですが。
そう思って、隣を見るとゼーリエさんはまだ肩を震わせて笑っている。いつまで笑ってんだよ。
流石に限界なので、鼓動の速まりを必死に押さえ、オレは念話でゼーリエさんに頼んだ。
(ゼーリエさん、そろそろこの空気感どうにかしてくれませんかね)
(フッ、私はもう少しお前の痴態を見るのも面白いのだがな)
(ほら、今開発している魔法が完成したら一番最初にゼーリエに見せるからさ)
オレがそう言うと、ゼーリエは顔を上げて琥珀色の瞳にオレの顔が映る。その視線は厳しさと何か温かなものが交じっている。
(それはフリーレンとの戦いで私が邪魔した時に放とうとしていたものか?)
(そうそう、あれ実はまだ未完成でね)
(………本当に私が“一番“なんだろうな?)
ゼーリエの声には含みがあり、揺らめく魔法燭の炎がその言葉に反応して影を踊らせる。
(え、うん。だからそう言ってるよ?)
(………追加条件として、また私とも戦ってもらうぞ)
(オッケー、もう何でもいいから早く弁明してッ!)
ゼーリエはわずかに頷き、魔力の波紋が床に浮かぶ。
今なお、こんな感じで念話で喋りながらゼーリエと見つめ合っていると、なんかさっきからフリーレンの殺気はさらに鋭くなり、オレの肩を押し潰さんばかりだ。
(フンッ、その言葉忘れるなよ)
そう言って、ゼーリエさんは念話を切る。念話を切ると同時に室内の静寂が戻り、再び足音だけが響いた。
どうやらオレはゼーリエさんとの交渉に成功したらしい。
それにしても追加条件として戦って欲しいだなんて。最近、やってなかったから溜まっていたのかな?
まぁ何にせよ、この後のことはゼーリエに任せれば大丈夫だろう。オレはコーヒーをリラックスして飲み干し、ほろ苦さが舌先を甘く包み込み、胸の緊張がほんの少しだけ解けた。
◇◆◇◆◇◆
廊下の魔法燭が静かに燃え尽きかけ、残り火が揺らめく中、人知れずレノストとゼーリエの交渉が終わり、室内にはかすかな残響だけが漂っていた。石畳の床には、魔力の残響で淡い波紋が広がっている。
その中で、いつの間にか現れていた古びた木製のテーブルに肘をつき、完全にリラックスしてコーヒーを嗜むレノストの姿があった。
コーヒーの湯気が冷たい空気にふわりと漂い、ほのかな苦みの香りが室内に柔らかく満ちる。
フリーレンは影のように静かにその様子を見つめる。彼女の胸の鼓動が高鳴り、冷たい石床から伝わる振動が足裏を震わせた。
魔族をこよなく憎む彼女が、その油断しきった姿を見逃すはずもなく、『
レノストはゆっくりとコーヒーカップを置き、宙を仰ぐ。窓外の光が差し込み、彼のシルエットを銀縁に浮かび上がらせる。
(流石はフランメの弟子。弟子は師匠に似るものなのかね)
脳裏に浮かぶのは、かつてフリーレンの師匠が同じように攻撃したときの光景だった。
レノストの戦闘姿勢は微動だにせず、魔力の気配すら凍りついている。絶体絶命のはずが、彼の顔色は何一つとして変わっていない。
なぜなら、後のことはゼーリエに任せればよいと、深く信じているからだ。
そして、その信用に、信頼にゼーリエが応えなかったことはない。
壁の隅に据えられた魔法燭の炎が一閃揺れ、ゼーリエの防御魔法がすっと発動した。結界が空間を裂き、フリーレンの攻撃は宙で砕け散る。
フリーレンの瞳に映るのは、レノストの死んだ姿ではなく、青白い光に照らされた無傷の姿だった。
まさか相手が魔族という意味でも、性格的な意味でもゼーリエに妨害されるとは思っていなかったフリーレンは問いかける。
「どういうつもり、ゼーリエはそこの魔族を“庇う“の?」
フリーレンの声が凍てつくように響く。
その言葉のどれかが神経を逆撫でしたのか、ゼーリエはわずかに不機嫌そうな気配を滲ませながらも、レノストとの約束を果たすために言葉を紡ぐ。
「“庇う“、それは違うぞ、フリーレン。庇うとは弱者に向けて放つ言葉だ。私は一度たりともレノストを庇ったことはない」
淡い魔力の残響が、天井を淡く照らす。
ゼーリエはゆっくりと花壇の縁に手を置き、指先で花弁を撫でたまま答える。その所作に、室内の甘い花の香りが一層濃く立ち上った。
そして、ゼーリエの声には確かな意志が宿り、影が壁を駆け上るように揺れた。
「こいつは魔法が大好きで、どこかいつも抜けている癖に、頼りになり、どこにでもいる普通の
その瞬間、フリーレンの心臓が跳ね、視界の端が揺らいだ。魔族を友人と言ったこと、それもあるが何より、あのゼーリエが────
(ゼーリエが素直にそんなことを言うなんて)
どこか子供みたいな人と、素直になれない人と評価していたフリーレンにとってゼーリエの口から放たれた言葉は驚愕すべきことだった。
それこそ、天地がひっくり返るほどの衝撃。重苦しい空気がふっと引き伸ばされ、ゼーリエの言葉だけが静かに残った。
そしてあり得ないと思っているが、フリーレンの脳裏によぎるのは魔法による洗────
「私は洗脳されていない。わかっているだろ、フリーレン。この私が洗脳などというチンケな魔法如きに遅れをとるはずがないと」
思考が完結する前にゼーリエの言葉により遮られるフリーレン。そして、ゼーリエの絶対の自信ある言葉にそれもそうだと考えるフリーレン。
フリーレンにとって最強の魔法使いとは目の前にいるゼーリエである。実際にレノストと戦い、その強さの底すら見通せなくても、ゼーリエの方が強い魔法使いであると言うイメージはそう簡単に剥がれない。
だからこそ納得するしかなかった。ゼーリエの普通の
レノストは無防備にもテーブルに肘をつき、どこから取り出したのか、口元にクッキーを運んだ。砕ける音すら小鳥のさえずりのように柔らかく、魔族特有の冷徹さや驕り、油断、そして死臭すら、その所作から微塵も感じられない。
フリーレンはそんな光景を、少し距離を置いて見つめていた。どこまでも暖かく、包み込んでくれるようなオーラをリラックスしきった彼からは感じ取れる。これが本来の彼の姿なのだろうと、自然とフリーレンは理解した。
背後の石壁に反射する魔法燭の揺らめく光が、彼女の眉間の緊張を際立たせる。
(だが、魔族は………)
それでも、フリーレンの心に根付く魔族への憎悪、嫌悪を取り除くことは至難である。その気配を捉えたのか、ゼーリエは立ち上がり、ゆったりとした足取りでフリーレンのそばまで歩み寄った。
「フリーレン、こいつと仲良くするとメリットがあるぞ」
「メリット?」
ゼーリエの声は低く、しかし柔らかい。部屋の空気が一瞬だけ温かくなるのを、フリーレンは感じ取った。
「あぁ、フランメもよく、こいつの図書館を利用していた。何だかんだ、あいつも懐いていたんだろう」
ゼーリエはそっと指先で花の縁を撫で、淡い花の香りを吸い込むように目を細めた。
「先生が? それに図書館ってなに?」
「あぁ、こいつは伝説で語られる全ての魔法が記された天空を飛ぶ図書館────」
その言葉が放たれると同時に、室内の魔法燭が一斉に揺れ、影が本棚や石壁をなめるように動いた。フリーレンの瞳が大きく見開かれ、胸が高鳴る。
「全ての魔法使いが目指す場所────天空の魔道図書館の主だ」
ゼーリエの声音が重なり、宙に浮かぶ埃の粒子が金色に輝く。フリーレンはゆっくりと息を吐き、フランメの話とその言葉にフリーレンはレノストを一人の
その様子を見ていたレノストはコーヒーの苦みが甘い余韻に変わり、クッキーをひとつ口に放り込みながら思った。
(フリーレン、チョロ過ぎない?)
その声は聞こえないはずだが、三者の間に微かな笑いの波紋を広げた。
────ゼーリエからの信頼は、今日もまた、心が温かった。
ゼーリエさんのキャラクターは、ベジータさんをほんの少し乙女チックにしたようなイメージで描いています。書いているうちに私自身もそう感じるほどでした。
そして、最後にお知らせです。先日より新作小説を公開しております。舞台は『ブルーアーカイブ』、そこに『暗殺教室』の初代死神"に"憑依転生した男の物語を展開中です。まだ話数は少なめですが、ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ下記のリンクから作品ページへ足をお運びください。お気に入り登録・評価・ブックマークをいただけると、執筆の大きな励みになります。よろしくお願いいたします!
https://syosetu.org/novel/373972/