大魔族の彼は人生を謳歌する   作:HIIRAGISHIYU

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お久しぶりです。少し時間に余裕ができたので、久しぶりに執筆しました。
間が空いてしまった分、至らないところがあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。



043 静かな歓迎

 

 三人の門番に迎えられたフリーレン一行は天空魔道図書館そのものへと足を踏み入れる………ことはなかった。

 

「まずは、こちらへどうぞ」

 

 先に立った早坂が手を差し伸べた先には、図書館に隣接する石造りの屋敷が佇んでいた。

 

 夕陽を背に受けて赤く染まったその外壁は、白い蔦が絡む緑の回廊と古風なアーチの庭に囲まれ、静けさの中にどこか温もりのある佇まいをしていた。

 

「……図書館じゃないのか」

 

 シュタルクがぽつりと呟き、フェルンも困惑気味に眉を寄せる。

 

 まるで肩透かしを食らったような気配が一行に漂う中、早坂は落ち着いた口調で応じた。

 

「レノスト様より、“まずはくつろいでいただきたい”との命を預かっております」

 

 その声は穏やかだったが、逆らいがたい力を帯びていた。背後に立つジブリールは口を開かず、ただ静かに頷く。その双眸は、何かを見通すような深い沈黙を湛えていた。

 

 そして小町は────

 

「妾は一目見れたから昼寝してくるのじゃ。歓迎はお主らの仕事じゃろ、早坂」

 

 ふわり、と。猫のようなしなやかな動きで屋敷の屋根へと跳ね上がると、三本の尻尾を揺らして、陽だまりの中へと姿を消した。

 

 気まぐれで、自由奔放。そんな印象を彼女に抱いた三者。

 

「……あれが彼女なりの歓迎なんでしょうか」

 

 フェルンが不思議そうに尋ねると、早坂は小さく首を振り、わずかに困ったような笑みを浮かべる。

 

「本日は……小町様もご機嫌斜めのようですから」

 

「も?」

 

 フリーレンが何気なくその言葉に反応したが、早坂はそれ以上何も語らなかった。ただ、静かに扉を開けると、温かな空気がこちらへと流れ込んできた。

 

 石造りの屋敷の中は、外見に反して実に柔らかな空間だった。

 

 光沢を失いつつも丁寧に磨かれた木の床、角が擦れた柱、天井から吊るされた薬草の束。どこか懐かしい草木の香りが鼻をかすめる。

 

 だが────その懐かしさを吹き飛ばすものが、すぐ目に飛び込んできた。

 

「………………」

 

「…………何ですか、これ」

 

 一同の視線が、ある一点へ自然と吸い寄せられる。

 

 そこには、見事な和紙の掛け軸が掲げられていた。光の加減でわずかに煌めくその表面には、力強い墨文字が一文字ずつ、堂々と刻まれている。

 

『フェルン一級魔法使い選抜試験、合格おめでとう!』

 

 余白の美、などという概念は微塵もない。まるで勢い任せに書き殴られたようでいて、やたらと達筆。しかも、よく見ると金粉があしらわれている。どう考えても手間がかかっている。

 

 フェルンは掛け軸を見上げたまま、数秒ほど固まっていた。視線を逸らすわけでもなく、照れるでもなく。ただ、明らかに困っている。

 

「……アホなんですか?」

 

 静かに、けれどはっきりとそう呟いた声は、屋敷に妙な余韻を残した。

 

「いや、なんか……すごい気合入ってないか?」

 

 シュタルクが半笑いで言いながら、思わず目を逸らす。

 

「……まさか、あいつが?」

 

 フリーレンが小さくため息をついた、その瞬間だった。

 

「やっと来たか……お祝いの準備はとっくに済んでいるぞ」

 

 姿を現したのは、例の魔族──レノストだった。

 

 何気ない口ぶりでそう言いながらも、その表情にはわずかな緊張と期待が滲んでいた。軽く首を傾けたその視線は、まっすぐフェルンへと向けられている。フェルンは何も言わずに視線を返すが、言葉を紡ぐには至らなかった。

 

「……まあ、立ち話も何だからね。入ってくれ。お茶も用意してあるから」

 

 そう言いながら、レノストはくるりと踵を返して廊下を進む。彼に従うようにして、フリーレンたちは屋敷の奥へと足を踏み入れていった。

 

 やがて案内された応接間は、石造りの外観からは想像もつかぬほど温かな空間だった。壁には古い絵画や地図が並び、棚には年代も様式もまちまちな魔導具が無造作に並べられている。だが、どれも奇妙なことに、しっかりと埃が払われ、磨かれていた。生活感のある空気が、そこには確かにあった。

 

「……本当に、ここに住んでるんだな」

 

 思わずこぼれたシュタルクの声は、半ば独り言に近かった。魔族の住処と言えば、もっと冷たく、殺伐とした空間を想像していたのだろう。だがここには、そんな気配はない。

 

「座ってくれ。ジブリール、早坂。お茶を頼む」

 

「かしこまりました」

 

「了解いたしました、レノスト様」

 

 二人のゴーレムが静かに頭を下げ、入れ替わるように部屋を出ていく。ジブリールの退室前、フェルンへと向けた一瞬の視線には、何かを見通すような光が宿っていた。

 

 気まずい沈黙が、一瞬だけ応接間を支配した。

 

 それを破ったのは、やはりレノストだった。

 

「いやあ、驚いただろ。あの掛け軸。オレが書いたんだ」

 

「……頭が痛くなりました」

 

 フェルンの即答に、シュタルクが噴き出しそうになるのをこらえて唇を噛む。フリーレンは目を伏せたまま、ただ視線は棚の魔道具の方向へと向けていた。

 

「歓迎の意、ってやつだよ。ほら、オレも“試験官”だったからな。ちょっと遊びすぎたけどな。それに……」

 

 そこでレノストはフェルンへと視線を向け、少しだけ表情を和らげる。

 

「君は、オレの予想を超えてきた。ゼーリエを驚愕させた女性ってのは歴史的な偉業だからね」

 

 その言葉に、フリーレンの眉がぴくりと動く。だが、何も言わなかった。ただ静かに、その発言の意図を測るようにレノストの横顔を見つめていた。

 

「……別に、こんなことで取り入ろうとは思ってない。ただな……」

 

 レノストは言葉を切り、ソファの背にもたれて大きく息を吐く。その姿には、少しばかり疲れがにじんでいた。

 

「せっかく君達と仲良くなれるチャンスが訪れたんだ。祝うのは当然だろ?」

 

 その言葉は冗談めいていたが、どこか本音が混じっていた。

 沈黙が、再び訪れる。だが先ほどとは違い、少しだけ空気が柔らかい。

 

 そのとき、控えめな足音と共に扉が再び開いた。

 

「レノスト様、お茶をお持ちしました」

 

 早坂が静かに部屋へ入り、両手に持った盆をテーブルへと置く。

 そこには、湯気を立てる湯呑と、簡素な菓子が丁寧に並べられていた。

 

「……どうぞ」

 

 早坂が静かに頭を下げ、湯気の立つ湯呑を一人ずつ配っていく。

 陶器に触れた瞬間、ほのかに温度が伝わり、指先に心地よい熱が残った。

 

 フリーレンは一瞬だけ躊躇した後、警戒を解かぬまま、ゆっくりと口をつける。

 

 ────苦味は控えめで、後味が柔らかい。

 舌の奥に、草木の香りが静かに広がっていく。

 

「……美味しい」

 

 ぽつりと漏れたフェルンの声に、シュタルクも頷いた。

 

「変なクセがなくて飲みやすいな」

 

 レノストは軽く肩をすくめる。

 

「だろ。その茶葉、うちの畑で作ったやつだよ」

 

「……畑?」

 

 フェルンが思わず聞き返す。

 

「あなたが?」

 

「研究ばかりしていると頭が煮詰まる。気分転換の一環だよ」

 

 レノストは特に誇るでもなく、当然のことのように言った。

 

 それきり、彼はそれ以上語らなかった。

 農法の話も、効能の説明もない。

 

 ただ事実として、ここで茶が出され、それが美味しいというだけだった。

 

 応接間に、しばし穏やかな沈黙が落ちる。

 湯呑を置く音が、静かに重なった。

 

 誰もが口を開かなかったが、それで十分だった。

 茶は美味しく、毒もなかった。ただ、それだけの事実が共有される。

 

 フリーレンは、湯気の消えかけた湯呑から手を離すと、再び視線を窓の外へ向けた。

 夕暮れの空を背に、白い塔が変わらずそこにある。

 

 ────いや、先ほどより、少し近く感じられた。

 

 レノストはその様子を一瞥し、小さく息を吐いた。

 

「……気になるか?」

 

 フリーレンに問う。

 

「じゃあ、図書館を見に行こうか。これ以上ここにいても、落ち着かないだろ」

 

 フリーレンは否定しなかった。

 

 ただ、静かに立ち上がる。

 

 それを見て、フェルンとシュタルクも続いた。

 言葉は必要なかった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 レノストはそう言って扉へ向かう。

 先導するというより、ただ歩き出しただけだった。

 

 屋敷を出ると、空気が変わった。

 

 天脈竜の背を伝う、微かな鼓動。

 足元から伝わる、脈打つような魔力の流れ。

 

 白い塔は、もはや遠景ではない。

 

 扉の前に立った瞬間、フリーレンははっきりと感じた。

 ────これは、ただの建築物ではない。

 

 重厚な扉が、音もなく開く。

 

 中に広がっていたのは、想像を遥かに超える空間だった。

 

 高く、果てが見えない天井。

 何層にも積み上げられた書架。

 宙に浮かぶ魔法陣と、それを繋ぐ光の文字列。

 

 書物だけではない。

 魔導具、術式、未発見の理論、過去に禁忌とされた研究。

 

 知識そのものが、空間として存在していた。

 

「………………」

 

 フリーレンの呼吸が、わずかに速くなる。

 

 目が泳ぎ、足が止まり、次の瞬間には、書架の方へと歩き出していた。

 

「……これは……」

 

 言葉にならない感嘆が、喉の奥から漏れる。

 

「……すごいですね」

 

 フェルンも、思わず息を呑んでいた。

 理論的に理解しようとする思考が、圧倒的な情報量に追いつかない。

 

 シュタルクは、そんな二人の様子を見て苦笑する。

 

「うわ……完全に目の色変わってるぞ」

 

 フリーレンは、ふと立ち止まり、ぽつりと呟いた。

 

「……ここに、二百年くらい住もうかしら」

 

 その場の空気が、一瞬だけ静止した。

 シュタルクは肩をすくめる。

 

「いや、長ぇよ」

 

 フェルンは一拍置いてから、静かに首を振った。

 

「……一ヶ月ですよ、フリーレン様」

 

 フリーレンは少しだけ考え込むような顔をして、それから不服そうに頷いた。

 

「……仕方ないね」

 

 その様子を、レノストは何も言わずに見ていた。

 口元に、わずかな笑みを浮かべながら。

 

 




長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
更新が止まっている間も「続き待ってます」とコメントをいただき、本当に励みになりました。ありがとうございます。
次回の更新は未定ですが、またお付き合いいただけたら嬉しいです。
コメントはいつも励みになっており、執筆の大きなモチベーションになっています。

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