大魔族の彼は人生を謳歌する   作:HIIRAGISHIYU

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046 受け継がれた技

 

 

 

────半月後。

 

「今日も対人訓練をしようか」

 

 朝一番。

 レノストの一言で、シュタルクの地獄の一日が始まる。

 

「はいはい……」

 

 どこか投げやりな返事。

 

 半月前なら考えられないほど、気の抜けた声だった。

 もっとも、それだけこの修行にも慣れてきたということでもある。

 

 最初の七日は、ただ走るだけだった。

 

 結界の外へ出れば息が上がる。肺は焼けるように痛み、足は鉛のように重くなる。何度も地面に膝をつき、その度に荒い呼吸を繰り返した。

 

 走って、倒れて、また走る。それだけの繰り返し。

 何度倒れたか、もう覚えていない。

 

 それでもレノストは、修行を止めなかった。

 

「休憩は五分ぐらい取ろうか。終わったら続きね」

 

 その一言だけ。

 

 励ますでもなく、急かすでもなく。

 ただ当たり前のように次を促してくる。

 

(こいつは魔族じゃなくて、鬼だ)

 

 なんて心の中で思ったりもした。

 だが、その修行は決して根性論ではなかった。

 

 呼吸の仕方。

 力の抜き方。

 身体へ酸素を効率よく巡らせるための動き。

 

 苦しさの原因を一つずつ潰しながら、少しずつ身体を慣らしていく。

 

 

 そして七日目。

 シュタルクは、ある程度この環境に順応し始めていた。

 

 もちろん、万全とは言えない。地上と同じように動けるわけでもない。それでも、最初のように数十歩で足が止まることはなくなっていた。

 

「……もうここまで動けるようになるとはのう」

 

 木の枝へ寝転がっていた小町が、珍しく目を丸くしてそう呟いた。

 レノストもまた、少しだけ驚いたようにシュタルクを見ていた。

 

「いや、これはすごいね」

 

「そうなのか?」

 

「普通なら、まだ走れるどころじゃないからのう」

 

 レノストは納得したように頷く。

 

「知っているつもりだったけど……君、肉体面に関しては天賦の才があるよ」

 

「そ、そうか?」

 

 褒められることに慣れていないシュタルクは、少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

 ただ、それでも苦しいものは苦しい。

 

 毎日筋肉痛だし、朝起きる度に身体中が悲鳴を上げている。

 才能なんて言葉より、「もう休ませてくれ」の方がずっとしっくりくる。

 

 だが、身体は確かに変わっていた。

 

 それからさらに数日。

 走るだけだった修行は、少しずつ形を変えていった。

 

 結界の外を走ることが当たり前になり。

 重い斧を振るっても息は乱れにくくなった。

 

 そして修行は、そこからさらに厳しさを増した。

 

 走り、筋力を鍛える。

 木剣と交える対人訓練。

 

 レノストは容赦なく叩きのめしてくる。

 だが、その度に必ず理由を教えてくれた。

 

「防御は上手い。でも受けることを前提にしすぎてる」

「もっと避けることを覚えた方がいい、今は君の周りに守らなければならない仲間はいないよ」

「武器だけを見ちゃ駄目だ。拳も、肘も、膝も、頭も、全身が武器なんだよ」

 

 その助言は、驚くほど的確だった。

 言われた通りに意識を変えるだけで、身体の動きが少しずつ変わっていく。

 

 厳しいし、容赦もない。

 それでもシュタルクには、半月の間で一つだけ分かったことがあった。

 

 レノストは、決して無茶だけはさせない。

 

 限界を見極め、倒れる前に止める。

 危険な癖を見つければ、その日のうちに直させる。

 

 それは勝つためというより、生き残るための戦い方だった。

 

 レノストの狙いは、シュタルクを強くさせたいだけではない。

 

 ────正確には生き残らせたいのだ。

 

 だからこそ、甘さがない。

 だからこそ、一つ一つの指摘に無駄がない。

 

(……面倒見はいいんだよな)

 

 斧を肩へ担ぎ直し、シュタルクは小さく息を吐く。

 

(だから余計にタチが悪い………このクソジジイ)

 

 もちろん、口には出さない。

 出したところで、きっとあの魔族には笑って受け流されるだけだと、この半月でよく分かっているのだから。

 

「さて」

 

 レノストが木剣を肩に担ぐ。

 

「今日は、現時点でシュタルクが出せる一番強い一撃を見せてほしい」

 

「一番強い一撃?」

 

「うん。受けるから、遠慮なく来ていいよ」

 

 その言葉に、シュタルクは斧を握る手に力を込めた。

 

 この半月────走って、鍛えて、叩きのめされて。

 その全てをぶつけるつもりで、深く息を吸う。

 

「……いくぞ」

 

「うん」

 

 レノストは穏やかに頷いた。

 

 シュタルクは大きく踏み込む。

 足裏が地面を噛み、腰が沈む。

 

 全身の力を一本の軌道へ乗せる。

 

 斧が振り上がる。

 

 それは、かつてアイゼンが古き戦士から受け継ぎ、シュタルクに渡った大技だった。

 

 力任せではない。

 踏み込み、腰、肩、腕。

 

 身体の全てを一つに繋げ、ただ前へと叩き込む一撃。

 

「───“威国”ッ!!」

 

 空気が裂けた。

 轟音と共に、斧が振り抜かれる。

 

 レノストは木剣で受け流そうとした。

 

 だが、その瞬間。

 

「……っ」

 

 彼の表情が、初めて変わった。

 受け止めた木剣がわずかに軋む。

 

 踏み込み。

 

 軌道。

 

 力の乗せ方。

 

 それは、知っているものだった。

 

 ────何故なら。

 

「……その技」

 

 小さく漏れた声。

 シュタルクは斧を下ろし、息を整えながら首を傾げる。

 

「知ってるのか?」

 

 レノストはすぐには答えなかった。

 その視線は、シュタルクではなく、もっと遠くを見ていた。

 

 遥か昔。

 千年以上前の記憶。

 

 焼け落ちた村。

 煙の臭い。

 

 瓦礫のそばで震えていた、一人の少年。

 

『兄ちゃん……俺、強くなりたい。生きたいんだ』

 

 レノストは、その少年を連れて旅をした。

 まだ転移魔法を習得する前。

 

 エーヴィヒの墓を掃除し、帰るまでの長い道中。

 たった二年ほどの旅だった。

 

 身を守る技を教えた。

 

 野営を教えた。

 

 魔物から逃げる方法を教えた。

 

 人を見る目を教えた。

 

 何より、生き残るための戦い方を教えた。

 

 旅の終わり。

 少年はもう、一人で歩けるだけの強さを得ていた。

 

『オレはここまで。ここからは、自分の足で歩いていくことになる』

 

 ────頑張ってね。

 

 そう言って別れた。

 その少年がどう生きたのか、レノストは知らない。

 

 だが今。

 目の前で、同じ軌跡が振るわれていた。

(……そうか。繋いでいたんだな)

 

 二年という短い旅。

 生きるためだけに教えたロマンは、長い年月を越えて、今も誰かの手に残っていた。

 

「レノスト?」

 

 シュタルクの声で、レノストは我に返る。

 

「ああ、ごめん」

 

 レノストは小さく笑った。

 

「少し、昔を思い出してただけだよ」

 

 その表情は、どこか懐かしそうだった。

 

 シュタルクには、その意味までは分からない。

 だが、いつもの軽い笑みとは違うことだけは分かった。

 

「その技、アイゼンさんに?」

 

「ああ。師匠に教わった」

 

「そっか」

 

 レノストは静かに頷く。

 

「いい技だね」

 

「……そうか?」

 

「うん。とてもいい技だ」

 

 そう言って、レノストは木剣を構え直した。

 

「じゃあ、もう一回」

 

「え?」

 

「今の一撃、悪くなかった。でも腰の入り方が少し浅い。あと踏み込みの時に肩へ力が入りすぎてる」

 

「いや、今いい雰囲気だっただろ!?」

 

「いい雰囲気と修行は別だよ」

 

 小町が木の上で腹を抱えて笑う。

 

「くくっ……やはり容赦ないのう」

 

 シュタルクは引きつった笑みを浮かべながら、斧を構え直した。

 

(やっぱりこのクソジジイ……容赦ねぇ)

 

 だが、不思議とそこまで嫌ではなかった。

 この修行の先に、自分がまだ知らない強さがある。

 

 それだけは、半月の間で嫌というほど分かっていたからだ。

 

 

 




────修行後

「今日はここまで」
「……終わったぁ」

 シュタルクはその場へ大の字になって倒れ込んだ。

「情けないのう」

 木の枝から小町が飛び降りる。

「妾など、その程度では倒れなんだぞ」
「嘘つけ……」
「嘘じゃ」
「…………」
「おい」

 レノストは思わず吹き出した。

「仲良くなったね、二人とも」

「誰がこいつと!」「誰が小僧と!」

 二人の声が綺麗に重なる。
 その様子を見て、レノストはどこか嬉しそうに笑った。


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