顔のいい女にちょっかいを掛けるため女装してデスゲームをします 作:空色
蜜羽という少女は単独で行動したいと言ったため、蜜羽を除いた八人でぐるりと一周回ったのだが、やはり、孤島だった。 島の大きさは、外周を回っても、一時間で一周できるぐらい。あの砂浜以外は、どこもかしこも木々で覆われている。外周だけでなく林の中も探し回ったのだが、あのコテージのほかに建造物は発見できず、人工物らしきものも、ゲームの映像を届けるための監視カメラを除き、見つからなかった。プレイヤーたちは空手でビーチに戻った。 すでに、日が沈みかけていた。
「あ!おつかれさまです、みなさん」
そのようにプレイヤーたちを出迎えたのは蜜羽だった。ひと泳ぎしてきた直後らしく、浮き輪を肩から下げ、全体的に濡れていた。砂浜に、水滴が点々と続いている。
自主的に探索に参加せず、情報も得ていない彼女に対して文句を言う気力は藍里たちにはなかったのでスルーした。
「水着のまま、寝なきゃいけないんでしょうか」
身を縮めて藍里は言う。
「いくら布団を被ったとしても、このままでは寒いですよ」
「着替えはなかったですねー」
蜜羽が答える。
「追加の毛布と、替えの水着はたくさんありましたけれど。お洋服は一枚もありませんでした」
ないだろうな、と幽鬼は思う。ゲームの衣装以外に、衣類が用意されているわけがない。替えの水着はたくさんあるそうだから、永世の着ているガウンや、古詠の半纏など、比較的布面積の多い衣装をほかのプレイヤーから借りるぐらいが、防寒対策としてできることのせいぜいだろう。 明日の朝、今日と同じく古詠のコテージに集合することを約束し、その日は解散となった。プレイヤーたちは、それぞれのコテージに戻った。
「何で当たり前のように私の部屋にいるんですか?」
「幽鬼がかわいいから?」
「何ですか、守ってくれるんですか?」
幽鬼は、確かに自身にとっての重要な人物だが、ゲーム中に幽鬼に優先的に手を貸すことはありえない。
転生特典にて判明した情報をタダで教えることはないし、敵対関係となれば普通に敵対する。
ただし、取引という体で価値のある情報の提供を行うのであれば、それには答えるし、ただ一つの例外として幽鬼が殺されそうになっている場合に関しては助けに入ると決めている。
敵対している場合、なるべく殺さないように幽鬼とは距離を取る。
彼のスタンスは幽鬼も理解していた。
幻音は予備のパーカーを幽霊に投げてソファーに横になる。
「君が僕を説得できるならね」
「冗談です。お帰りはそちらですよ」
幽鬼はコテージの扉を見て、それをロックするものがないことに、気づいた。このコテージには、鍵がかからない。与えられる力のままに、扉は開閉する。
それは、いつ誰が忍び込んできてもおかしくないということだ。
幽鬼はコテージを見渡す。今朝見たのと同じ配置で、同じだけの家具があった。そのうちのひとつ、五段重ねの立派なタンスに幽鬼は目をつけると、両手で抱えてそれを持ち上げた。そして、扉の前にまで運んだ。バリケードだった。具体的な脅威を想定していたわけではないが、念のためだ。水着のまま寝ることはできても、鍵のかからない部屋で眠れるほど、幽鬼は無神経ではない。この扉は外開きなので、つっかえにはならず、障害物としての機能しか期待できないのだが、それでもないよりは確実にマシだった。
「え、僕帰れなくない?」
「ソファーで寝てください」
「!?」
それは泊まっていけと?
完全にフリーズした幻音を横目に、幽鬼は夕食にとりかかった。昼に約一名飲み食いしていたやつがいたおかげで、冷蔵庫の中身を幽鬼は知っていた。ぎっしりと詰められていたのは、ラムネと、たこ焼きや焼きそばをはじめとする、ビーチにお似合いな食品たち。冷蔵庫の上にはレンジが置いてあって、プラスチックの容器ごと温めても大丈夫であることは確認済みだった。
食事を済ませ二人は就寝した。
幻音は誰かに呼ばれた気がして、目を覚ました。ぐるりと首を巡らせて、状況を確認する。
ソファーから身を起こす。すると、幽霊のような少女がソファーから転げ落ちた。
「………痛い」
淡々とした声で抗議しつつ、灰色の髪の少女が床の上で座り込む。ベッドではなく何故か幻音の上で寝ていたらしかった。
「あー、妙に暖かいと思ったら幽鬼が布団になってたのか………
!??????何でベッドからソファーに移ってるんだ?」
「寒かったので」
当たり前のようにベットで二度寝をたくらむ幽鬼はノック音を聞いた。
幽鬼は視線を送って幻音とふたりでバリケードをずらし扉を開ける。そこには藍里がいた。
彼女は、息を切らしていた。頬が紅潮している。風邪をひいているのでないとすれば、幽鬼のコテージまで全力疾走してきたのだろうか。疾走してきたのだとすれば、それはなぜだろうか。
あからさまにほっとした様子で、「おはようございます」と藍里は言った。その後、幻音を見て相変わらずですねと苦笑いを溢す。
「それ、扉の前に置いてたんですか?」
彼女の視線が、幻音よりも奥に向かった。バリケードの任を解かれたタンスを見ていた。
「うん、まあ、警戒しとこうと思って」
幽鬼は答える。
「……ファインプレーかもしれませんよ、それ」
「え?」
「とにかく、来てください」
藍里は幽鬼の手をつかみ、引いた。体重が前に寄っていくのを感じながら、幽鬼は言う。
「え、待って、支度がまだ……」
「あとにしてください」
引っ張られる幽鬼を見ながら幻音が笑った。
「寝癖を気にする推しも素晴らしい」
そして永世のコテージの前に行くと幽鬼、幻音、藍里を除く5人がそこにいた。
空気が張り詰めているのを幽鬼は感じた。プレイヤーは全員──あの蜜羽でさえも多少は──真面目な顔をしていた。
「もしかしたら、
「無事でよかったです」
藍里は言う。見たくもないものを我慢して見ているかのようないつもの顔を、彼女は取り戻していた。
「………部屋に何がある?」
「自分の眼で確認しな」
そう言われて部屋を覗くと、幽鬼は驚愕で目を見開き幻音は少しだけ目を細めた。
部屋中、白いもこもこで覆われていた。
ぬいぐるみを破いたかのような、泡風呂をひっくり返したかのような、人工降雪機を全力で回したみたいなありさまだった。
部屋の中央に置かれたテーブルの上に、
より正確にいえば、彼女の頭部と胴体部分だった。手足は周囲にばらまかれていた。比較的はっきりと形を残していたので、それらを見つけるのに幽鬼は苦労しなかった。
「王道を好むなら邪道に踏み込むのはナンセンスだって教えるべきだったな………」
誰にも聞こえない声でつぶやいたその言葉を、ただ一人だけ聞いていた。
〈学習〉。永世というプレイヤーの強みは、それに尽きる。他人から、過去から、教訓を得て次につなげる。物事をうまく運ぼうとする取り組みにおいて、自分で試行錯誤するよりも、他人のそれを閲覧することに、永世の興味は向いていた。興味だけでなく、学習能力という意味でも、すばらしく秀でていた。ただの一度の失敗も許されないこのゲームにおいて、それはまさしく、王道の真ん中を行く素質だった。彼女が師事を乞うた九十五回のプレイヤー、白士は、そんな永世にとって最高の教材だった。生存戦略の第一として、永世は彼女のすべてを真似た。彼女から受けた指導は言わずもがな、普段の立ち振る舞いや、さる筋から入手した過去のゲームの映像──あの〈キャンドルウッズ〉を含むすべてのゲームも、教材とした。
最高の教材は白士だったが、永世の認識する最強は幻音だ。永世の10回目のゲームで出会った幻音は鮮烈だった。幻音にとって17回目のゲーム。対立型のゲームであり、脱出型でもあった。
参加者50人の内40人は逃亡側で10人は追跡側。10階建てのビルの最上階から1階に逃げる逃亡者を追跡側が殺すゲームだった。各階にシャッターが降りており謎を解いてシャッターを開けることで逃げれるシステム。追跡者には拳銃が支給されていた。
幻音と永世は逃亡側だった。一見有利に見えた逃亡側だったが、終盤に差し掛かる頃には5人しか残っていなかった。
謎解きの難易度に比べ、逃亡陣営の脱落者が多かった理由は逃亡者側に1人、裏切り者が混じっていたからである。
初めから追跡側の人間が逃亡側に隠れている。そういうルールだったのだ………最後の階で指示された謎解きは、裏切り者を見つけることだった。ただし、名指しされた裏切り者が間違っていた場合は、全員が殺される。そんなルールでもあり、5人は極限状態に追い込まれていた。証拠も予測材料すらなかったからだ。
ただ1人を除いて。
「では皆さん、ご唱和ください。グッドゲーム!!!!!」
幻音だけは、不敵に微笑み、そして緩慢な動作でそこに置かれていた拳銃を手に取って、一発発砲した。
何のためらいもない発砲だった。
乾いた音が反響し、そしてゲームはクリアされた。
「………裏切り者がわかっていたんですか?」
「いや?勘」
永世はゲーム終了後、無理やり質問を行った。回答は予想外だった。
「は?………間違えていたらどうするつもりだったのですか?」
問いかけた永世に幻音はこう答えた。
「うまくいったじゃん」
鮮烈だった。
初めは参加者の中でも群を抜いて顔がいい少女に熱烈なナンパをする馬鹿だったが印象は変わり、永世は自分では真似できない業に憧れと無関心を抱いた。
そこからしばらく接触はなかった。久々に出会ったこのゲーム初日、古詠から告げられた、ひどく受け入れ難い事実が再び彼を興味の対象に戻した。
古詠。〈キャンドルウッズ〉以前からゲームを続けている、白士の盟友。興味をそそられるなというほうが無理な話だった。ゲーム開始直後、彼女に迎えられて、コテージに案内されたときに永世は尋ねた。我が師匠が、自分のことをどのように評価していたのかを。
「悪い意味での天才」と古詠は答えた。
「頭脳という意味では卓越しているが、だからこそなのか、びっくりするほど変な勘違いをときどきやらかす。一時は成功するが、やがて自分から身を滅ぼすタイプ──だとさ」
「………そうですか」
「そう言えば、お前の他に白士の弟子が参加してたね。白士と幻音が入れ込んでるプレイヤー。名前は幽鬼だったか」
──それを聞いた途端、名状し難いものが、永世の心に生まれた。
「………何故期待されているのですか」
考えるよりも先に言葉が出ていた。そんな永世の動揺など、まるでわからないという調子で古詠は答える。
「幽霊だから、とかなんとか言ってたね。すでにもう死んでるんだから、死ぬわけがないとか……。幻音の入れ込み具合も凄まじいね、私は顔がいい女ならだれでもいいのかと思ってたけど、助けるために躊躇なく左手を斬り落とすほどだ。あの狂人がね」
永世は、言葉を失う。少なくとも十秒は呆然としていただろうか。さすがに動揺を読み取ったのだろう。
「ああ、いや、別に、お前には期待してないってわけじゃあないと思うよ?クリア回数はお前のが上なんだろう?だったら、より多くの期待をかけてるのはお前のはずだよ。幻音だって気まぐれな奴だしね」
慰めにもならないと思った。幽鬼というプレイヤーの能力は、過去のゲームでよく知っていた。センスはそこそこあるが、自分の足元にも及ばないとみなしていた。なのに私の評価が〈破滅型の天才〉で、あいつには〈期待している〉?
それにもっと気に食わないのは、幻音が期待しているということだ。あれだけ人のことを熱烈に口説いておいて。あの時は守ってくれなかったのに。
何故あの〈最強〉に執着されるんだ?何でお前なんだ?
ふざけるな。そんなの、認められるか。呆然としていた心が、ひとつの方向に定まっていく。師匠も幻音もなにもわかっちゃいない。
王道の真ん中を私は進んでいる。これであってる。なにも間違っちゃいない。だからこその五十回クリアで、だからこそ今もこうして、ゲームを有利に進めている。あんな幽霊女に遅れをとることは万に一つもありえない。
私の方があの女より優れてるし、特別なはずだ。あの女をぶっ潰して、それを証明してやる。
そう思いつつ、頭の片隅で幻音が笑った気がした。