顔のいい女にちょっかいを掛けるため女装してデスゲームをします 作:空色
銃声が響く。森に殺意が木霊した。立ち止まってはならなかった。一瞬でも止まれば、狙い撃ちにされるからだ。
幽鬼は必死で駆け抜ける。
まっすぐに走ってもいけなかった。動きを予想されても、狙い撃ちにされるからだ。あるときは遮蔽物を利用し、またあるときはパターンに反する行動を取り、またまたあるときは殺気を嗅ぎ取って紙一重でかわす。
弾丸をかわし続けるという、技術がハウツー化されたら陸上戦の常識が塗り代わりかねないパフォーマンスを、数分間にわたって幽鬼は発揮した。
「あった」
そこには落とし穴があり、穴の中は殺意に溢れているはずだ。
尖らせた竹が、地面に設置されている。
以前、真熊が仕掛けたものだった。彼女の拠点の近くだった。真熊の手を借りようとしている──のではない。彼女はもう、ここにはいないだろう。今ごろはもう救難艇にたどり着いているはずだ。だが、彼女の手がけた作品は残っている。その力を借り受けることはできる。 永世を罠にはめようとしている──のではない。その逆だ。
「おとなしくやられるのはごめんだ!」
幽鬼は、叫んだ。彼女の作戦を端的に伝えてやった。これは賭けだ。もしも永世のクリア条件が、プレイヤー三人以上の〈死亡〉だったなら、この宣言は無意味もいいところである。どうぞご勝手に。数多仕掛けられているトラップのどれかにかかって、幽鬼はゲームオーバー。永世は五十回クリアの称号を獲得する。しかし──〈死亡〉ではなく、〈殺害〉が条件なのだとすれば?
状況は逆転する。永世は、幽鬼が死んでしまわないよう保護しなければならない。獲物が自殺してしまえば、クリア条件を満たせなくなるのだから。
幽鬼の読みでは、永世に〈殺害〉が課せられている可能性はかなり大きい。
幽鬼の足元が陥没した。周囲一メートルほどの地面が、揃って崩れた。予想通り、底に竹槍がびっしりと敷かれていたのを確認できたので、串刺しにならないよう必死に壁にへばりついた。十本の指をすべて土壁に突き刺して、なんとか底にまでは落下せずに済んだ。だが、外から見ればその実情はわからないのだ。
よって永世は、この落とし穴をのぞかなければならない。幽鬼の生死を確認し、もし息があるのなら、死因を〈串刺し〉ではなく〈射殺〉へと塗り替えるために。
土の壁を通じて永世の足音を幽鬼は聞いた。蜘蛛のようにすばやく、なおかつ静かに落とし穴の壁を幽鬼は登った。永世の影が幽鬼にかぶさった。
そのタイミングで幽鬼は飛び出した。そして、銃ではなくマチェットを奪う。予想外に銃ではなく、他の武器を奪われ隙を晒していた彼女を鼻で笑う。
特殊部隊さながらの装備で全身を固めていた永世だったが、唯一ガードの甘かった首に突き刺してやった。永世は倒れたが、それでもなお動いていた。首のマチェットを抜こうとしていたので、幽鬼は彼女に馬乗りになってそれを阻止。両方の拳で交互に殴ってやるのだが、手ごたえをまるで感じられなかった。
「どこが急所だ!この野郎!」
間違った日本語で罵倒しつつも、幽鬼は攻撃を続けた。
「なん、でだっ!お前が何で!!!!!クリア回数も、実力も私が勝っているはずっ!なのに何で!幻音に目をかけられ、師匠からも期待されてるんだ!」
絶叫が響く。殴られ、切り裂かれながらも、怨嗟と反撃を喰らわせる永世の狂気。人体改造を加味しても異常なタフネス。
「私の方が王道を歩いている!私は白士を超えて………」
「知るかッ!」
どちらも傷だらけだ。だが、勝敗は決まっていた。
切り裂いた腹から内蔵を引きずり出した幽霊は、やっと動きを止める。肩で息をしながら、天を仰いで脱力する。
「ハァ、ハァ、グッドゲーム」
いつも通りの宣言を行った幽鬼に幻音は呟く。
「お疲れ」
「………見てたんだ」
「まあな」
「ねえ、幻音」
「………何?」
幽鬼は振り返らずに背後に立つ幻音へ問いかけた。その声は鈴を転がすように澄んでいるが内容はあまりに無機質だ。
「永世と私、幻音はどっちに生きていてほしかった?」
それは殺めた者としての懺悔ではない。ただ純粋に、自分という存在の優先順位を確認したいという意図だった。幽鬼はゆっくりと振り返る。 森の木漏れ日に照らされた彼女の肌は透き通るように白く、潤んだ瞳は夜の淵のように深い。
「幽鬼だね」
幻音は即答した。逡巡はない返しだった。
幻音が即答すると、幽鬼の動きがぴたりと止まった。彼女は何も言わない。ただ、安堵したように吐息を漏らすと、吸い寄せられるように幻音の肩に額を預けた。
彼女は幻音のパーカーの裾を指関節が白くなるほどの力で握りしめた。まるで、その答えを物理的に繋ぎ止めておこうとするかのような必死で幼い拒絶。
「でも、惜しいとも思う」
幻音の言葉が途切れ、彼の視線が物言わぬ骸となった少女の方へ向く。その瞳に宿った狂気を誰も見て取れない。
「永世のプレイは王道。だから殺しやすいプレイヤーを狙うべきだった。それが王道であり、合理的だ。感情を優先し倒しにくいベテランプレイヤーを狙った時点で邪道だった。そこでは幽鬼に勝てるはずない」
上目遣いに彼を覗き込む幽鬼の瞳は無表情の彼を写していた。何にしてもこれでこのゲームは終焉を迎えた。
意識が浮上する。ゲームが終わると再度睡眠薬で眠り、車で運ばれる。稀にこうして起きてしまい揺られる感覚を十数分体験することになる。
通常であれば乗車している窓から見える街並みを暇つぶしにできるはずだが、用意周到にアイマスクをされており視界は視界は暗いままである。
「相変わらず、眠りが浅いですね」
幻音のエージェントが話しかけてきた。
「そろそろ、アイマスクとってもいい?」
「いいですよ。まもなく自宅付近に到着予定ですから」
マスクを外し瞳に不満を溜め込んで、前方の運転席を睨む。そこにいたのは黒服にサングラスを掛けている大人だった。かなりハスキーボイスだが、女であろう。
「このアイマスクいる?幽鬼はされてないらしいぞ?」
「幻音さんは眠りが浅いので、必要なんです」
「僕と君の仲だろ」
「プレイヤーとエージェントの仲です」
「えー、僕の正体を知る数少ない人間の癖に」
「………未だにあなたが男だとは信じられません」
「骨格からして男には見えないからね。まあ、半裸になると医学に精通してればわかるだろうけど」
両目に映る街並みは見慣れた光景へ変わっていく。正面に見えてきたのは、近所のスーパーである。
「驚愕していますよ。あなたの身体にも、力にも、未だにあの少女にご執心なことにも」
「………幽鬼のことかな?」
「初めて会ったあなたは他人に興味などなかったでしょうに」
確かに二回目の人生は、生きている実感が希薄だった。死生観がねじ曲がって、愉快な精神状態だった。このゲームに出て、死を予感することで少しマシになったがふわふわしていた。やはり、何かに執着している方がいいのだ。
「目標ってやつが必要なのさ。もしくはこれだっていう趣味。今はそれが幽鬼なんだ」
「黄金という少女はスペアというわけですか?」
その名前を聞いて彼は口角を上げた。黄金とは幽鬼が参加したゲームで命を落とした少女の妹だ。彼は使えると思い彼女を助けたのだ。
「いや、あの子はカンフル剤だ。幽鬼と出会う日が楽しみだよ」