綾小路清隆の初めての友達/神崎隆二の関心
綾小路清隆の初めての友達
「よう」
いきなり声をかけられた。あまりにも唐突だった。ハンカチを落としたとか、手持ちの荷物から何かこぼれたとか、そういういかにも話しかけられそうなことへの心当たりもなく、まず自分に声をかけてきたのだと気づくのにも時間がかかった。
「おいっ!」と二度声をかけられ、少し周りを見回すと一人のなんかガラの悪そうな男子生徒が明らかにこちらに目を向けているのを見つけた。
「もしかして、オレのことか?」
自分で自分を指差してみる。そうすると、男子生徒は呆れたように半目でジトっと見抜いてきた。
「おまえ以外に誰がいるんだよ……」
確かに、見てみるとこの辺りは少し人が少ない。加えてオレとこの男子生徒の物理的距離はそれほど離れていないが、周りは何メートルかぱらぱらと距離がある。
「悪い。気づかなかった。話しかけられるような理由が思い浮かばなかったからな」
「はは、確かにそうだな。おまえから見りゃ俺は不審者だ」
正直に気づかなかったことを少しの言い訳と共に白状すると、男子生徒はそのガラの悪そうな見た目とは裏腹に、意外にも明るく笑ってくれた上に軽い冗談まで言ってくれた。はっきり言ってチンピラに絡まれたかと思って最初は不安だったが、思ったよりフレンドリーなやつなのかもしれない。オレは高校生活初めての会話が悪くないものになりそうなことに少しばかりの安堵をし、今後への期待を膨らませた。
「なぜオレに話しかけてきたんだ?」
「この中じゃ、おまえが一番話しかけやすかったからな。せっかくの高校デビューなのにロケットスタートミスってぼっちに大変身なんてのはおまえもお断りだろ」
「ロケットスタートを狙わずに堅実にいけばよかったんじゃないのか」
「……おまえ、頭がいいな」
「いや、普通にお前のやり方はリスキーな気がするんだが……」
いつの間にか男子生徒とオレは隣に並んで喋りながら歩いていた。初めて会うのに、自分でも驚くぐらいスムーズに言葉を返せる。見た目に似合わない気さくな感じが、オレの緊張をほぐしてくれたのかもしれないな。もしくは、友達になれるかもしれないという期待がテンションを上げているという可能性も考えられる。
「お、見えてきたな」
「クラス分けか」
そうこうしているうちに、新入生のクラス分け表があるところが見えてきた。当然だがかなり人だかりができている。ここでオレは、そういえばこいつの名前まだ聞いてないなと思ったところに男子生徒の方から「そういやまだ名乗ってなかったな」と自己紹介してきてくれた。
「俺は悪原九郎。おまえは?」
「悪原九郎か。オレは綾小路清隆だ」
「綾小路清隆……覚えたぜ。これから三年間よろしくな。連絡先交換しねーか?」
「いいのか?」
思ってもない申し出。むしろこっちから連絡先を聞いてみようか、でも断られたら怖いな、なんて思っていたところにこの言葉だ。内心オレは大いに興奮していた。
「いいぜ。……俺たちもう、友達でいいだろ」
言葉にすると少し照れくさいのか、ちょっとだけ目を逸らしつつも悪原はそう言ってくれた。それに対するオレの答えは、当然すでに決まっている。
「ああ。初めての友達がお前でよかった。こちらこそ、三年間よろしく頼む」
「おう」
白い壁。白い床。白い家具。白い服。…白紙の答案用紙。今までずっと白ばかり見て、白の世界で育ってきた俺にとって、その初めての友達は、あまりにも鮮烈で。最高の友人になってくれるだろうと、オレはこの学校に入学してよかったと、まだ自分のクラスさえ知らないのに感謝するのだった。
……この後オレが、自分はDクラスで九郎はBクラスという厳しい現実に肩を落としたのは、言うまでもないだろう。九郎は昼休みや放課後会えばいいと言ってくれたが……。
……しかし、少し気になることがあった。
どこのクラスに配属されたか確認している時に……九郎から、強いプレッシャーを感じた。それは……殺気のような。
神崎隆二の関心
俺がクラスに入ってまず一番に関心を寄せたのは、悪原九郎という男だった。
最初のホームルームの時間までになるべく余裕を持って間に合うよう早めに来たはいいが、思ったより早く着いてしまった。しかも教室内には俺の他に誰もいなかった。
仕方がないので自分の席を探して座り、時間になるまで本を読んで暇を潰すことにした。
時間が経つにつれクラスメイトが続々とやって来るのは認識していたが、俺は読書を優先した。ある一人のコミュニケーション能力が高い女子生徒がすでに人気者の地位を確立しつつあるのはわかっていたが、関わる気はなかった。人付き合いが苦手なわけではない。しかし好きでも得意でもない。たぶんあの女子生徒は率先して自己紹介でも開催してくれるだろう。その時に無難にやり過ごせばいい。俺はそう考えて、ずっと読書に耽っていた。
そしてホームルームの時間になった。チャイムによって意識を現実に引き戻された俺は顔を上げる。本をしまって間もなく扉が開かれ担任の教師がやってきた。
「はいはーい!ホームルームの時間だよ!全員……揃ってるね、うんうんうん!」
妙にテンションが高いな、と思いつつ担任の自己紹介に耳を傾ける。先生は黒板に名前を書いて、こちらに向き直る。
「みんな、はじめまして!私がこのBクラスの担任、星乃宮知恵だよ!役割は保険医で基本保健室にいるから、みんなと会うのは朝と帰りのホームルームぐらいになるけどよろしくね!学校生活での悩みはもちろん、恋のお悩み相談なんかも先生常に受け付けてるよ!」
最後に少し余計なことを言いつつも星乃宮と名乗った担任の先生は気持ちのいい笑顔で自己紹介を終え、さっと資料を取り出して前の人から後ろに配るよう指示をする。
「これから一時間後に入学式が始まるけれど、その前にこの学校独自の特殊なルールについて説明するね!資料は合格通知と一緒にもらってると思うけど念の為におさらいするからね〜」
資料が全員に行き届いたのを確認すると、先生が説明を始める。俺も話は聞きつつ資料を先読みしていくが、内容はすでに先生が言っていた通り合格通知と共に届いたものと同じだった。
改めてまとめると、まずクラス替えはない。席替えはわからないが。さらにもうひとつ、寮での学校生活の義務化。そして最後に、警察が介入するような事件が起きたり、救急車を呼ばなくてはならないなどの非常時を除き、外部との連絡はいかなる理由があろうとも許可されないこと。また卒業するか退学するまでは学校の外に出ることも許されない。
注意すべき点はこれぐらいか。
「じゃあ次に、今から配る学生証について説明するよ!これは身分証明になるのと同時に、中に入ってるポイントを消費することで学校の施設の利用、売店でのお買い物ができたりするよ。欲しいものはポイントさえ出せば買えちゃうわけだね!当たり前だけどこのポイントは使えば減っちゃうから、無駄遣いして一文無しにならないよう気をつけてね」
今度は先生が直接一人ずつ手渡ししていく。学生証とは言ったが、よくあるカードの形ではなくスマートフォンのような形だ。それにポイントという名の電子マネーを利用することで生活していくようである。学生証でもあり財布でもあるわけか。肌身離さず持っておくべきアイテムになりそうだ。
「使い方は定期券とかと同じで、施設の受付やレジにある機械にこの学生証をかざせば使用できるよ。このポイントは1ポイントにつき1円と同じ価値で、毎月の初めに必ず追加分が振り込まれるようになってるからね!新入生のみんなにはまず平等に10万ポイントが振り込まれてるはずだからよく確かめておいてね。万が一ポイントがない子がいたらすぐ申し出ること!」
つまり俺たちはいきなり10万円を渡されたということか?周囲も、俺自身も額の大きさに驚きつつ操作して確認してみると、俺の名前と一緒にポイント残高が表示される。
『神崎隆二 100000ppt』
ppt?ポイントならptじゃないのか?と引っかかりを覚えた。これを無視してはいけない気がした。
クラス内のざわめきがある程度落ち着いてくると、先生はからかうような笑顔で口を開く。
「額の大きさにびっくりしたかな?この学校に入学できただけでも、みんなにはそれだけの可能性と価値があるって判断されたんだよ。でも、そのぶん期待も大きいということはちゃんと覚えておいてね」
つまりこの10万ポイントは入学祝いと同義ということになるが、それでも俺はいくら国が運営しているからといってこの額はおかしい……いや、国が運営しているからこそおかしいと感じた。しかしその疑問の答えを導き出せない。悶々とした気持ちでいると、
「何か質問はあるかな?ないならホームルームは終わりにするよ〜」
先生がクラス全体を見渡す。誰も手を挙げなかった……と、思いきや、ある一人の生徒が手を挙げた。当然、その生徒に注目が集まる。
……はっきりと言わせてもらうと、素行のよさそうな人間には少し見えなかった。ガタイが良くて、背が高い。髪型はツーブロックで前髪は上げられておりツンツンした印象。髪自体は黒いが毛先はやや暗めの青に染められていて、耳たぶにはピアスをつけている。目つきもあまりよくはない。
だが見た目で軽んじていた俺は、すぐにこの男にその認識を改めさせられることになったのだ。
「君は確か……悪原九郎くんだね。質問は何かな?」
先生がその生徒の名前を口にしたとき、俺の近くに座っている女子生徒……ホームルームまでの空き時間に、すでに人気者となっていたあの女子生徒の雰囲気が変わったのを感じ取った。
悪原、という名の生徒は手を下ろして質問する。
「10万は祝い金と言ってましたが、来月はいくら振り込まれるんです?」
俺はハッとした。バカだと呆れられても仕方ないと思っている。だが、先程までの俺は10万ポイントという数字にばかり意識を向けてしまっていて、来月はどうなのか?という単純な疑問に辿り着けなかったのだ。周囲からも似たような雰囲気が出てくる。
そして悪原の質問を興味深いとでも言いたげに、先生はニヤリと笑った。
「その質問には答えられないかな。ただ、この学校は生徒のことを実力で評価する、とだけ答えておくよ」
「わかりました」
「……他に質問がある子は──」
先生の言葉を遮るように、手を挙げた生徒。その生徒とは、またしても悪原だった。
二度にわたる唯一の挙手。および連続質問に、このクラス全ての人間が注目する。俺も例外ではなかった。悪原の質問の内容が気になって仕方がなかった。その質問に先生がどう答えるかも、一言も聞き逃さないためにも神経を集中させる。
「先ほど先生はこの学校は実力で評価すると言いましたね。10万ポイントのくだりでも、学校側が生徒にそれだけの可能性と価値を見出したとも言ってましたけど?」
「そうだね。何度もしつこいようだけど、この学校は生徒を実力で評価するからね」
「実力で測るんなら当然、優等生と劣等生とで差が出ますよね。国が力を入れてる学校なんですから、生徒にもある程度の基準は求めてるんじゃないですか?もし基準値があるとして……それを下回る生徒が出たらどうなるんです?そいつへのポイントの支給額が減ったりするんですか?それともその瞬間に退学になるんですかね」
俺は雷に打たれたような衝撃を味わった。負け惜しみと受け取られても仕方ないし、自惚れであるかもしれないが、その思考は理解できる。俺だってそこに考えつくぐらいの頭はある、と思っている。
だが悪原という生徒の凄まじいところは、あの短い説明であっという間にそこまで考えつく脳の回転速度だ。俺だって考えつく!と負け惜しみを言うことはできるが、それには時間さえあれば、という前提条件がある。
見た目で悪原という人物を軽んじたことを、俺はこの瞬間まさに猛省させられた。
周りも同じだ。悪原の発言には大いに考えさせられるものがあった。10万ポイント以来の動揺が再び、しかし今度はじわりじわりと広がっていく。
先生を見ると、実に面白そうに笑みを深めていた。その顔で、先生は悪原がいかに優秀であるかを理解したとわかった。
「……残念だけど、その質問にも答えられないよ。二回も質問してくれたのは嬉しいけど、ごめんね」
「いえ、いいです」
「他に質問はあるかな?……いないみたいだね、じゃあホームルームは終わり!入学式までは自由時間だから、好きなように過ごしてね」
質問受付を打ち切り、星乃宮先生は教室を出て行った。悪原も、それきり口を閉じたままだった。そして俺も……悪原九郎という男に、大きな興味が、関心が湧いた。
この学校は実力で生徒を測る。先生が何度も言っていた言葉だ。その実力とは、具体的に何を指すのだろうか。
すぐ浮かんでくるのは、やはり学力か。体育などもあるから運動能力も問われそうだが、学生に最も求められるものと考えれば学力だろう。もしくは……少ないヒントで具体的な予測を立てる、思考能力…知力が考えられる。
学力か、知力か、この学校の基準でどちらがより正しく、重視されるものなのかはわからないが、それでも『実力』を比べるなら、俺は悪原九郎に大きく劣っていると思う。
クラスメイトに明確な格上、大いに結構。
…面白くなってきた。目指すべき高みがハッキリと見えているのは良いことだ。この学校、色々気になるところはあるが……少なくとも、ここに入学したことを後悔することにはならなさそうだ。
席を立つ。あの女子生徒──確か、一之瀬帆波が自己紹介を提案して一気にクラスの中心人物としての地位を築き大きな発言力を握ったことさえ、気にならない。
悪原九郎がさっさと席を離れどこかへ行こうとしていたことしか、意識にない。一之瀬帆波が、それをどこか歯切れの悪い口ぶりで止めようとしていたのもどうでもいい。今の状況を、自己紹介の順を無視してでも、いち早く、奴との繋がりを得たかった。
奴がいれば、奴との繋がりは、きっと俺を成長させてくれると確信して。
「──すまない。早めに自己紹介を済ませてもいいか」
「え、あ…う、うん。いいよ」
「ありがとう……、悪原!少し待ってほしい」
今まさに教室を出て行こうとしていた悪原を呼び止める。
「……はぁ」
…一之瀬のことをほぼガン無視していたので他人に興味のないタイプの人間かと少し不安だったが、嬉しいことに足を止め、向き直ってさえくれた。自己紹介ぐらいは聞いてくれるらしい。
「俺は神崎隆二だ。勉強は少し自信がある。昔は空手をやっていたから、運動するのも嫌いじゃない。趣味は読書と言ったところだ。……ぜひ、三年間よろしく頼む」
言い終えて頭を下げると、拍手が沸いた。おそらく、悪原は理解しているはず。「三年間よろしく」が、個人に向けられたものであることを。
先程まで一之瀬と悪原が妙な空気を放っていたが、今はそれも消えてなくなった。
そして、悪原が口を開く。
「……俺も先に済ませたいが、いいか」
クラスを見渡し、拒否の雰囲気はないと判断した悪原も自己紹介を始める。
「ありがとな。……ああ、俺は悪原九郎だ。さっきはさっさと出て行こうとして悪かった。神崎と被っちまうが、勉強も自信はあるし運動もまあできる方だと自負してる。趣味は映画鑑賞。特にホラーが好きだな。それと読書と、喫茶店巡りってとこだ。三年間よろしく」
自己紹介を終えた悪原は軽く頭を下げた。また拍手が沸いた。クラスの雰囲気もよいものとなっている。少々ぶっきらぼうな感じではあったが、一之瀬をスルーして出て行こうとした身勝手さを謝罪したところである程度好感を得られたのだろう。(一之瀬のことは今も見向きもしてないので、彼女に対する謝罪は含まれてないというか、雰囲気を悪くしたことに対しての謝罪であるようにも感じられるが)
読書が共通の趣味なのも親近感が湧いてくる。
「じゃ、悪ぃが便所行ってくる」
「……俺も先に済ませてくる」
悪原に続いて俺も教室を出る。肩を軽く回しながら歩く悪原の隣に並ぶ。
「悪原」
「ん、ああ……神崎か。なんか用か?」
「そうだな。……正直言って俺はお前に敬意を表する」
「唐突だなオイ」
正直にものを言うと、悪原は少し笑いながら続きを促した。
「あの質問、特に二つ目。恥ずかしいことだが俺は考えつきもしなかった。あの少ない情報量ですぐにあそこまで思考を回したお前には脱帽する思いだ」
「褒めすぎだぜ。ポイントは出さねえぞ」
純粋な賛辞に慣れていないのか、少し照れているように見える悪原。
「……俺は付き合う人間を選びたいと思う。優れた人間との付き合いによって、自分をより成長させられると思うからだ。だから悪原、俺と友人になってほしい」
簡潔に言い切ると、悪原はしっかりとこちらに顔を向けて、フッと笑った。
「ああ、俺の方から頼みたいとこだったぜ神崎」
こうして俺は、生涯の友となる男と出会えたんだ。それだけで……この学校に入学した価値はあったと思う。
悪原、という苗字は国内に百数十人レベルと、かなり珍しい苗字らしいですね。