ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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番外編ではネタ全振りのお話だけでなく、本編で書けなかった話なども載せていきたいなと思っています。

今回は審議回です。


悪原九郎の歎声

七月某日。生徒会室。

 

「ではこれより、今週水曜日に発生した暴力事件について審議を執り行います。議長は私、生徒会会長、堀北学。進行は生徒会書記、橘茜が務めます」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

堀北学会長の宣言で、話し合いが始まった。

 

(こんなに事を大きくしやがって…………)

 

俺はジトリと横の幼馴染を睨みつけるが、こういう時に限ってこいつは気づかない。

 

そもそもなぜこうなったのか。それは少し前に遡る。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

中間が終わった後、俺は一之瀬に呼び出された。しかもクソ暑いという悪名が轟いている特別棟に。ポイントはもうもらったんだし無視してもよかったんだが、やたら真剣な様子だったもんだから俺もちゃんと応えないと駄目かなあ、と思ってしまった。ああそうだよ、俺はバカだ。

一之瀬のことは嫌い…なのに、心の中では情がまだ存在している。嫌悪と罪悪感が同居しているのはなかなか奇妙なものだ。人間とは全く難儀な生き物である。

 

とはいえなんだかんだと後悔はしていた。だって本当に暑いんだぜここ。タオル持ってくりゃよかった…と俺はここに来たことも含めて、呼び出しに応じることに決めた先刻の自分を蹴飛ばしてやりたくなった。しかも一之瀬まだ来てないし…

 

そうしてしばらく待っていたのだが、俺は十秒ごとに苛立ちを増していた。

 

(………遅い!!)

 

暑さのせいで時間感覚がおかしく、というか我慢弱くなっているのもなくはないだろうが、にしたって遅い。呼び出しの際に伝えられた時間よりかなり遅れている。

とはいえ思いっきり遅刻されているのに、あいつの身に何かあったのかという思考も同時に浮き上がってきてまた微妙な気分になる。

しかし一之瀬が約束を破る人間でないのは客観的に見ても明らかであり、何かしら足止めをくらっていると考えるのは当然。それはそれとして評価は落とさせてもらおう。

 

せめて遅刻連絡ぐらい入れてこいよアホが……と思ったが、そうだあいつとは連絡先交換なんてしてないんだった。

なんか知らんが最近神崎は一之瀬に注意を払ってるみたいだし、神崎から一之瀬に俺の連絡先が漏れることも考えられない。清隆は単に関わる機会が少ない。

悉く間抜けを晒してるな、俺…

 

ところが、もう帰っても良いんじゃないかなと思っていたところに、思わぬ来客が参上したのである。

 

「……あぁ?」

 

「ん?」

 

視線をやると、そこにはあの時の赤髪バカがいた。名前は…知らんな。

俺を見るその顔はしかめ面だった。

 

「てめえ、確かBクラスの野郎だったな。何でここにいんだ、また嫌味でも言いにきたのかよ」

 

「何故ここにいるのかだと?それはこっちのセリフだ不良品。とっとと失せろ」

 

「あんだと!?」

 

暑さと待たされていたことへの苛立ちもあり、ついつい悪口を紡いでしまう。まあそれらがなかったとしてもこの言われ方じゃ買い言葉で返してたけど。

 

「今回は見逃してやるからもう消えろ。お呼びじゃねーんだよ。泣かされたくないんなら一刻も早く自分のお部屋でママの写真に縋りつきながらカワイイふかふか毛布にくるまって震えてることだな」

 

「テメェ!!」

 

「ハッ!なんだぁ?おい。まさか俺と戦ろうってのか?さびしんぼちゃんよ」

 

拳を固めて今にも殴りかかってきそうな単細胞を嘲り笑い、さらなる挑発を重ねる。

 

「上等だコラ!!Bクラスだからっていい気になってんじゃねえぞクソ野郎!!」

 

そう言ってついに拳を振りかぶりながらこっちに向かってくる。本当にこいつは頭が足りない。特別棟に監視カメラがないのはもう把握済みだが念のため、コカす程度で済ましてやろう。あまり直接的にボコると暴力が発覚する恐れがある。

 

そう思っていたところに、突然第三者の声が割り込んできた。

 

「ごめん九郎くん!遅れちゃ……え?」

 

 

……遅えんだよ、馬鹿野郎

 

ここで思わずよそ見してしまったのが致命的なミスとなった。赤髪バカも今更拳を止められるわけがない。俺は本来避けるつもりでいたが、この時よそ見してしまったことによってタイミングを逃してしまい、反射的にガードしようとするも、間に合わず。そのまま綺麗にストレートが俺の左頬に決まったのである。

 

「ゔぐっ……!」

 

やべ、思ったよりこいつパワーがあった。一応倒れるまではいかず咄嗟に踏ん張って堪えたが、相手のパワーを見誤ったのは事実。俺も鈍ったかなとぼんやり思う。

そして追撃は来なかった。一之瀬がいるから。流石にこいつも第三者の目の前で暴力を振るうほどアホではないようだった。

 

ほんのわずかな沈黙の後、俺の鯖に幼馴染が一目散に駆け寄ってきた。

 

「く、九郎くん大丈夫っ!?ねえ!!」

 

うるさい…耳の奥がガンガンする…

それとどさくさ紛れにベタベタ触ってくるんじゃない…顔もそんな近づける必要ないだろ……

 

顔を触りまくってくる一之瀬の手を払いのけ、俺は本心から自己嫌悪した。

一応元気ではあるとわかったのか、それともまた別の感情か、一之瀬はわずかに傷ついたような顔を見せた直後に立ち上がり、陰を落とした目で赤髪バカを睨みつけた。

 

「……なにしてるの」

 

「っ……そ、そいつの方が先に…」

 

「何してるのって聞いてるのがわからない!!?」

 

事の原因を説明しようとした赤髪バカに激しい怒りを込めて怒鳴りつける一之瀬。俺は思わず耳を塞ぐ……あの時の怒鳴り声より数段デカい。特別棟どころか校舎の方にまで届いてんじゃないのかと思えてしまうぐらいは、迫力があった。

 

「本当…最低っ!!私の幼馴染に手出して…何もないなんて思わないで!!!」

 

赤髪が一之瀬の気迫にたじろいている。無理もない。俺もちょっと引いてるから。

 

「一之瀬、やめろ」

 

「九郎くん…なんで?あんな人にまで優しくしなくたっていいじゃん…!!」

 

「ほっときゃいいんだよ、さっさとずらかるぞ」

 

「……イヤだよ。どうせまた君は自分一人で背負おうとしてるんでしょ…?」

 

チッ、見抜いてやがる。内心で毒づく。

だが当然だろ。俺が挑発しなけりゃこいつは多少悪態ついて、俺はそれを無視して話は終わったはず。つまり、全ては俺が悪い。だから俺は悪者として扱われるべきで、そうすることでこの件を迅速に終わらせるべきだろう。

 

「よく聞けバカ。原因は俺だ。おまえは余計なことせず黙って……」

 

「九郎くん、嘘なんかつかなくたっていいんだよ。どうせ彼が君の友達を侮辱するようなことを言ったんでしょ?()()神崎くんと綾小路くんが私のポジションにいるんだもんね」

 

「……聞け、って言葉の意味を知らないのか?もう一度だけ言う、原因は──」

 

「あの人だよね。嘘つかないでよ、君が理由もなしに喧嘩なんかするわけないんだから。あの時、みたいに……!」

 

少しだけこちらを見た一之瀬は悲痛な面持ちですぐ目を逸らし、また向き直る。

 

「……九郎くん。保健室行こっか」

 

「はあ?行かなくていいだろこんな程度の…」

 

「行くったら行くの!!!……君も、覚悟しててよ…!」

 

でかい声で俺の意思を無視した一之瀬が赤髪を睨みつけた後、俺はガッシ!と思ったよりも強い力で腕を掴まれて引っ張り上げられた。

このままでは力づくで引き摺られていってしまいそうだと思った俺は仕方なく保健室行きを受け入れ、渋々一之瀬と共に保健室へ行った。去り際に赤髪バカがポカンとしていたのを見て、少し申し訳なく思った。

保健室にいた星乃宮先生──そういえば保健医だったな──と思いつつ診てもらったが、やはり湿布を貼る必要がある程度のものでしかなく、大したダメージではなかった。歯が折れたとかそんなんならともかく…大袈裟である。

 

「大事に至らなくてよかったよ…もう…」

 

「だから言っただろ」

 

「九郎くんはもっと自分のことを大切にしてよっ…それと先生!九郎くんを殴った人を訴えたいんですがいいですよね!?」

 

「おい何言ってる?」

 

悲しそうに言ってきた直後、態度を急変させて先生にくってかかる一之瀬の情緒が不安だ…

いや、しかしそんなことよりも。訴えるだと?何を言ってるんだこいつは?

俺が悪役になるのが気に入らないのだとしても、今回は『まあどっちも悪かったってことで…』と、個人間でお互い謝り合えば済む話だったのに、訴えられでもしたら話が大きくなってややこしいことになるじゃねえか。

 

「悪原くんの傷は殴られたからって言ってたね。それが本当なら訴えられるよ」

 

「それは今すぐでも!?」

 

「ま、まあ大丈夫だけど…」

 

「先生、こいつの言うことは無視してください。俺は訴える気はないです」

 

「九郎くんはちょっと黙ってて!!これは犯罪なんだから見逃しちゃダメだよっ!!先生、すぐにお願いします」

 

「わ、わかったよ。とりあえずこの場で事件の詳細や加害者のことを教えてくれるかな?」

 

鼻息荒く詰め寄ってくる一之瀬に先生は若干押し込まれつつも、話だけは聞くようだ。俺は気が進まないんだが。

そうして先生はメモを取り出し、一之瀬による説明が始まる。

 

「はい。加害者の名前は知りませんが、赤い髪で体格もいい男子で、Dクラスの生徒です。以前図書館でCクラスの生徒と揉めていたところを見たことがあります」

 

「ふんふん、サエちゃんとこの生徒か、なるほどね。でもその子はともかく、一之瀬さんや悪原くんはなんで特別棟にいたの?」

 

「今日私は九郎くんとクラス間闘争について話したいことがあったんですが、誰かに聞かれる可能性を避けたいと思って特別棟で話をすることにしたんです。でも途中でCクラスの龍園くんに絡まれて足止めされちゃって…待ち合わせの時間に遅刻しちゃって、急いで向かったらその男子生徒が無防備な九郎くんを殴ったところを見たんです!」

 

……龍園、だと?

何を吹き込まれたのか非常に気になるが、次は俺の番だ。今はそっちを考えよう。

 

「そっか…一之瀬さんは目撃者ってことね。被害者の悪原くんの意見も聞きたいな」

 

「一之瀬の証言は概ね正しいですが一部間違っているところがあります。まず無防備というところですが、俺は結果的にくらいはしたものの身構えはしていたので無防備とは言えないかと。それと喧嘩の原因は俺にあって、「嘘です先生!」引っ込んでろ一之瀬。……繰り返しますが、原因は俺です。過度な挑発の結果殴られたというだけで、全て自業自得だと考えています」

 

「悪原くん自身は訴えたくはない、っていうことかな?」

 

「どちらかと言えば…、もちろん謝罪はしますが、それは個人間でのものにとどめたいと考「ダメだよ九郎くん!」うるっせえなあ!!いちいち割り込んでくんな!!「だって!!」だってじゃねえ黙ってろ!!」

 

「はいはい、喧嘩はほどほどにね!とりあえず、一之瀬さんは訴えるんだね?」

 

「はい!大好きな人を殴られたままで黙ってなんかいられません!」

 

「ちょっと待ってください先生?訴えるという方向に話が進んでいるように思えるんですけど」

 

一之瀬の余計な言葉に嫌気が刺しながらも流れがおかしな方に向かっているのを見逃さず指摘する。おかしいでしょうが被害者が訴えないと言ってるのにこれは。元凶とはいえ被害者であるはずの俺の意思はどこにいった?

 

「うん?訴えるのはもう決定事項だよ?」

 

「なんで!?」

 

なんで!?心の底からそう思ったよ。なんでだよ本当に。

と思っていたら、急に先生は真剣な顔つきになって説明し始めた。

 

「いい?悪原くん。さっき一之瀬さんは『犯罪なんだから見逃すことはできない』って言ったけど、まさにその通りなの。仮に君が度の過ぎた挑発をしたとしても、直接手を出した加害者側が悪いのは確実。悪原くんが自分の間違いを悔いているのは伝わるよ。でも、それで明らかな暴力を見逃して、相手がつけ上がらないなんて言い切れないでしょ?」

 

「それは、そうですが……」

 

星乃宮先生は普段おちゃらけた雰囲気のくせに、今はやたら大人っぽく話をしてくるもんだから、ついそれに呑まれてしまう。

言ってることも説得力があって、言葉に詰まる。横で一之瀬がバカみたいにうんうん頷いているのがかなり目障りだが今は無視する。

 

「それに、暴力行為があったと発覚した時点で問題になるのは避けられないよ。当然こっちもこういうことには厳しいからね。もちろん被害者の意思は尊重されるけど、事件の目撃者がいてしかもその人が訴え出たいっていうなら学校側も無視はできないんだよ」

 

詰みじゃねえか。もはや笑い話である。

ただ、横の一之瀬がクソほど満足そうな顔してるのがこれ以上ないほど頭に来るんだが。こいつ殴ったら有耶無耶になったりしないかな。ダメだろうなどうせ。

 

「……ところで、確認しておきたいんだけど…結局どっちの証言が正しいのかな?」

 

「嘘ついてるのは一之瀬の方ですね」

 

「嘘をついてるのは九郎くんです!」

 

「いい加減虚偽証言すんのはやめろや嘘之瀬」

 

「九郎くんこそ何であんな人庇うの!?どうせ恩を仇で返してくるって決まってるのに…!」

 

「………うん、ありがとう二人とも。そこは加害者から聞くことにするよ…」

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

とまあ、これが今回話し合いの場が設けられるに至った経緯である。それと思ったより審議が開かれるのが早くて正直困っている。…要するに大体一之瀬が悪い。もちろん全ての元凶は俺だというのは忘れてないが。

 

「それでは、事件の概要を説明します」

 

生徒会書記、橘先輩が資料をもとに説明を始める。

 

「今週水曜日、被害者の悪原くんは特別棟で一之瀬さんと待ち合わせをしていたところ、小宮さんたちに呼び出されて来たという須藤くんと遭遇。悪原くんの方から挑発したのち口論になり、殴り合いが始まった瞬間に一之瀬さんが来て、結果的に自分だけが殴られて終わることになった。と供述しています」

 

説明の内容が自分が言った通りのもので安堵する。流石に堀北会長が仕切ってるならその辺はしっかりしているか。これは両成敗で終わりそうだな。

 

「須藤くん、これは事実ですか?」

 

橘先輩の確認に、須藤は(そういえば今名前を知ったな…)少し俯き言いにくそうにしながらも口を開いた。

 

「いや、…ほとんどは、あってる…合ってます。けど、先に喧嘩を売ったのは俺の方です。だから、悪原の方から喧嘩を売ったってのは、間違いだ…です」

 

……は?

 

こいつ何言ってるんだ?

 

……。

 

はっはっは。どうやら、俺の耳はあの時一之瀬の怒鳴り声のせいでおかしくなったらしい。まさか相手を庇うような証言が出るはずがないからなあ。

 

「…須藤くんはこう言っていますが、悪原くんは何か反論はありますか?」

 

「はい。実際は先に挑発したのはこちらの方です」

 

やっぱりあいつそう証言したのかよ!!何でだよマジで!!そんなキャラじゃなかっただろうが!!

これはまさかDクラス側の弁護人である堀北妹が何かやりやがったか?いや、本来追い詰められる側のDクラスの立場からすればそんなことをする理由がない。ならばこの動きは堀北妹も想定外なのか。だめだ、情報が足りねえ。

 

両者の意見は食い違っているが、どっちも『悪いのはこっちだ』と言っているのが妙ちきりんなことである。相手が悪いと言い合うのは定番だが、まさかの庇い合いは堀北会長とて予想外であろう。橘先輩もちょっと困惑してるような様子だしな。

 

「…両者の意見が食い違っていますね。これでは目撃者である一之瀬さんの証言で判断するしかありません。一之瀬さん、説明をお願いします」

 

「はい」

 

橘先輩が説明を促すと、一之瀬は真剣な顔は保ちつつも自信満々で立ち上がった。その様子にDクラス…正確には須藤と堀北妹がやや緊張しているようだ。俺も一之瀬の虚偽証言を訂正するためにも、一言も聞き逃さないように集中する。

 

「事件当日、私は九郎くんとクラス間闘争について話し合いをしたく特別棟で待ち合わせをしていました。ですが少し足止めを受けて待ち合わせの時間に遅刻してしまって、急いで向かったところ無防備な九郎くんを須藤くんが一方的に殴りつけていたのを見たんです」

 

思わず『おい!』と言いそうになってしまった。こいつ…やっぱり虚偽証言しやがった!この場で、こんな堂々と!全て真実です、と言わんばかりの顔で!

これが話し合い中でなかったらどついてるわ。とりあえず訂正のために手を挙げる。

 

「失礼します、今の証言の一部を訂正してもよろしいですか?」

 

「許可する」

 

堀北会長の許可を得た俺は軽く咳払いし、説明する。

 

「無防備という点は一之瀬の脚色です。攻撃が来ることはわかっていたので身構えていました」

 

横の一之瀬が『なんで!?』と表情で訴えてきたのを横目で睨みつけ、視線を戻す。

…まあ正直押し切ってもいいだろってのはわかる。よくわかる。須藤のことだって申し訳ないとは思うがあいつにも多少非はあっただろとも思う。

ただし。ほぼ確実にありえないと言っていいが、万が一。もしも一之瀬の証言が誇張されたものだったとバレた場合こちらの心象は最悪になるだろう。そもそも名乗り出た目撃者が被害者と同じクラスって時点で証言内容に多少なりとも疑惑が発生してもおかしくない。

もちろん特別棟までの道にある監視カメラに一之瀬の姿は映っていただろうし、おそらく須藤もその場に一之瀬がいたことは認めたはずだが、被害者と目撃者がたまたま同じクラスだったのをいいことに結託して相手クラスを一方的にボコってしまおうと画策していると思われても不思議ではない。

 

…それもほとんどは言い訳みたいなもんだけど。最大の理由は一之瀬の思い通りに事が運ぶのが気に入らん、それだけに尽きる。たとえ議論が泥沼化しようがこいつに良い思いをさせたくはない。一番避けたかった議論がもう始まってしまった以上、できるのは一之瀬へ嫌がらせすることだけだ。

 

「失礼します。質問してもよろしいですか」

 

そんなことを思っていたら、今度は堀北妹が挙手した。何を訊くつもりだ?

 

「許可する」

 

「須藤くんはCクラスの生徒に呼び出されて特別棟に向かい、そこで悪原くんと鉢合わせたそうですが、そのCクラスの生徒に話は伺ったのですか?呼び出したというなら事件の一部始終を目撃していてもおかしくないのではありませんか?」

 

ああ、やっぱりそこ気になるよな。あからさまなぐらいに不自然だもんなあ。俺も気になる。

特に、一之瀬が龍園に足止めをくらっていたってこともあるしな。

 

「もちろん調査はした。だが呼び出した小宮は突然下痢になってしまい特別棟に行くことはできなかったそうだ。須藤の連絡先は知らないので行くことができないと伝えられなかったと言っていた。この日特別棟へ小宮が近づいていないことはすでに確認済みだ」

 

…へえ、突然の下痢か。勘づいてはいたがやはり今回の事件は龍園の野郎の策だな。

どうせ停学になったらクラスポイントがどれぐらいマイナスになるかとかを調べるためにやったんだろう。それとどの程度なら学校が動くか動かないかを見定めるため。

あいつなら部下に対して突然の下痢ぐらい簡単に起こさせるだろうし…ちょっと待て。あいつは俺と一之瀬が特別棟にいることを知っていたのか?そうだとしたら一体どこからその情報を?

いや…流石に入学して三ヶ月程度、いくらCクラスの王として君臨しているといえどあいつの情報網もそこまで広くはないはず。とすれば、計画の急変更…か?

おそらく龍園は小宮という駒ではなく別のやつをひと足先に特別棟に向かわせた。偶然にも無関係な誰かが特別棟にいたという展開を避けるために。そうして特別棟に俺がいることを偶然知り、さらに一之瀬がそこに向かっていることを知って計画を急遽変更。龍園自ら足止めを…いやそうか、小宮より先に特別棟の偵察に向かったのは龍園自身か。そうでなきゃ足止めなんて時間的に無理だし、いくら暑さでバカになっていたとはいえ、俺が偵察者の存在に気づかなかったのもそいつが龍園だったからだと考えれば納得いく。

 

まとめると、まず龍園は元々Dクラスを…正確には須藤を罠に嵌めるつもりだったに違いない。監視カメラのない特別棟に呼び出して、小宮というやつに挑発させて過度な暴力を振るわせて停学処分をくらわせて、自分はそれがどれほどのペナルティとなるかを安全地帯から悠々と確かめる…みたいな計画だったのだろう。

だが奴は念を入れて自ら偵察に出て、結果俺の存在を知った。一之瀬が特別棟を目指していることはおそらく部下から聞いたんだろう。そこで奴は俺たちを利用して須藤を嵌めることにした。

 

俺の挑発癖をあいつはよく知っている。すぐに喧嘩になると踏みつつも須藤より先に一之瀬が俺に接触しては困るので足止めしたんだ。一之瀬とのことは昔うっかり話しちまったからな…おそらく転校後の俺のことでも話したんだろう。そうでなきゃあのバカの足止めはできまい。

 

その後は奴の思惑通り、俺は須藤を挑発し、須藤はそれに乗ってしまい無事暴力。龍園はいいタイミングで話を切り上げ、一之瀬を特別棟へ急行させた。

タイミング次第では俺と須藤が殴り合いを繰り広げててもおかしくはなかったが、仮にそうなっていたとしても一之瀬は悪原を庇うだろう──仕切るのが堀北会長だと知っていたかはわからんが、それでも一之瀬の人望の高さ、発言力を考えれば結果的にDクラスを叩けるのは変わらない──と踏んだ…こんなとこか。

 

この推理を披露してもいいがさらに泥沼化するのは間違いない…やめておくか。俺としては一之瀬に調子乗んなと釘を刺せればそれでいいし。

それと龍園がいたことに気づけなかったのは…俺が間抜けだったからでもあり、龍園が気配を極限まで殺していたからでもあるだろう。

あの頃は闇討ち合戦してたのもあって、俺も龍園も気配隠蔽スキルがバカみたいに上がってしまった。ただ龍園は他校なのに休み時間中に襲撃してくるもんだからなあ…。あの辺の地域は世紀末だったよほんと。そういう俺も文字通り夜の闇に乗じて闇討ち仕掛けてボコったことは何度もあるけど。

 

まあそれはさておき、そんなこんなでその後も当然お互い譲ることはなく。俺は全て自分が悪いと、須藤は自分の方が悪かったと、一之瀬は全て須藤が悪いと主張し続けた。その結果は言うまでもなさそうだが、このままでは話が進まないと判断した堀北会長が再審議を行うと宣言したことにより、その日はお開きとなった。

 

帰り道、一之瀬がぶつぶつとぼやく。

 

「もうっ…九郎くんが私の証言を認めたら済む話なのになんで延長戦にまでもつれ込むのかなぁっ」

 

「バカか?今更引っ込みつかねえよ、大体再審議の時に被害者が目撃者の証言が全て正しかったです、これまで自分が言ってたことは全部間違いでした、なんて急にほざいたらこれ以上ないぐらい怪しいわ。おまえこそ俺の証言を認めたらどうだ?それか、須藤の方のな」

 

「冗談でもそんなこと言わないで。何であんな人の証言を認めなきゃいけないの?」

 

苛立ち混じりに敢えてこいつがムカつきそうなことを言ってやったら、若干の憎悪さえ孕んだ目で睨んできた。一を百にして返された気分だ。

流石に怒りすぎだろ。そこまで気に入らないのか?俺はもうこいつのことがわからん。

 

「庇い合いが起きるぐらいだぞ。あいつも反省はしてるんだろ」

 

「だから?だから何?反省してるなら許さないといけないの?あの人が反省しても君が殴られたのは変わらない。その怪我だって治らない!悪いことは悪いことなんだから償わせないとダメ。違うかな?」

 

「間違いだとは言わんがおまえには言われたくなさすぎるわ」

 

あの時を思い出してみたらどうだ?という言葉は流石に飲み込んだ。

 

「それと今更だがついてくるんじゃねえ。帰れ」

 

「イヤだよ。また九郎くんが襲われたらどうするの」

 

「特別棟ならともかく、こんなところで襲撃する奴があるかバカ!」

 

「う…しょ、しょうがないじゃん!私、この学校に入学してから九郎くんの部屋に入ったことないんだよ!?」

 

「だからなんだよ」

 

こいつは急にものすごく自然にわけわからんことを言い出すから、逆に自分の方がおかしいのではと不安になってくるのが一之瀬と関わる上で一番嫌になるところだ。

 

「そもそも入ったことなくて当たり前だ。てか入るな」

 

「なんで?将来のために部屋の様子は知っておかないと」

 

「どんな将来だ。とにかく帰れ」

 

「綾小路くんや神崎くんは部屋に招くのに…!」

 

「当たり前だボケ。友達だぞ」

 

「だったら私は幼馴染だよ!?」

 

「消えろ」

 

話にならん。

情に流されすぎたな…と後悔しながら俺は騒ぐ一之瀬を全速力で振り切り、寮の自室へ帰宅した。

 

のだが…

 

「あ、九郎。おかえり。チョコパイが放りっぱなしになっていたからありがたくもらってるぞ」

 

「あ、九郎くん。お邪魔してます」

 

「悪原、帰ったか。とりあえず言っておくが俺は綾小路を止めたが聞き入れてもらえなかった。ここだけはよく理解してほしい」

 

「なんでおまえらいるの?」

 

なぜか部屋に清隆と神崎が、おまけに椎名まで居座っていた。しかも清隆のやつ、お楽しみにしておいたチョコパイを……。

俺はキレた。そして今週中にケヤキモールの売店でデスソースを買うと決意した。それを何に使うかはまだ秘密だ。

とにかくなぜ部屋にいるのかを問う。

 

「知らなかったのか?ポイント出せば合鍵作れるぞ」

 

「うそだろ……」

 

人の部屋だというのにまるで自分の部屋のようにゴロンチョとくつろいでいる清隆にピキりながらも思わず額をおさえてしまった。

 

「まあ、とにかく審議ご苦労だったな。どのような結論になった?」

 

「いや、再審議だ。一之瀬が虚偽証言するもんだから俺が何回も何回も訂正して、話が進まなくてな」

 

「………そうか……」

 

神崎も額をおさえた。清隆はおっさんみたいな寝転び方でテレビを見ており、椎名は…やっぱり読書だな、いつも通りだ。清隆のやつなんかどんどん俗っぽくなってきてねえ…?

 

「ところでなんで椎名までいるんだよ」

 

「?私の存在に何か不都合でもあるのでしょうか?」

 

「いや、おかしいでしょ。ここ男子寮だぞ」

 

「確かに男子が女子寮に午後八時以降に入ることは許可されていませんが、その逆も禁じられていると聞いた覚えはないです」

 

「うわ腹立つ!」

 

「そもそもまだ午後八時じゃないぞ」

 

「黙れ清隆」

 

顔だけこっちに向けながら何変なこと言ってるんだと言わんばかりの調子で指摘してきた清隆を黙らせる。こいつ少しは遠慮というものを知れ。

まともなのは神崎だけだ。

 

「常識人って必要不可欠だよなあ、神崎?」

 

「…だからと言って何でもかんでも俺に押し付けるのは控えてほしい」

 

「ああ、控えるぜ」

 

「……控えるんじゃなく、するな」

 

「急に厳しくなるなよ!!もっと慈悲を見せたらどうだ!?」

 

「ところで九郎、ちょっといいか?オレは腹が減った」

 

空気を読まずに空腹だと言い出す清隆。その言葉でこいつの心の中を理解する。こいつ…

 

「私も夕飯いただきたいです」

 

椎名。なぜお前まで乗ってくるんだよ。しかもセリフ的に俺に料理させる気満々だし手伝う気は完璧にゼロだなこいつら。

もはや俺に残された手はひとつしかない。

 

「神崎、手伝え」

 

「押し付けるなと言ったそばからお前という奴は!」

 

「押し付けてはねえからセーフ!セーフだって!」

 

なんとか神崎を道連れにすることができた俺は適当にハンバーグを振る舞ってその日を終えたのだった。

 

 

…再審議めんどくさいなあ。一之瀬め…

 

 

 




今回開かれた審議は原作より早めになっております。
実はこれまであまり日にちのことは考えていなかったのですが、これからはそうも言ってられなくなりそうですので…がんばります。
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