ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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某魔人探偵漫画にドハマりしたり、課題などに振り回されたり、特別試験の展開どうしようと頭を悩ませたり、別な単発ネタを書いてたりしてたらいつの間にかこんなに時間が経ってしまっていました…

それでもなんとかこうして投稿できて一安心です。暴力事件はこれで終了となります。一之瀬がこれまで以上にぶっ壊れますので、ご注意を。


神崎隆二の再考

Bクラスの参謀となって、一之瀬と共に中間対策の勉強会を主導している時に悪原が過去問を発見したという報告を聞いて驚かされたりしながらも中間で全教科満点をとることに成功し、さらにBクラスが四クラスの中で一番の好成績を納めることができたり。

一之瀬を牽制したり、俺と悪原と綾小路の三人の間に新たに椎名ひよりというCクラスの女子生徒が加わったり、綾小路と椎名の距離を縮めようという悪原のおせっかいに少しながら手を貸したり。そんなことをしているうちにあっという間に七月となった。

が、なぜかポイントが振り込まれていないことに誰もが動揺を隠せていなかった。

 

俺も不思議に思っていたが、ホームルームで星乃宮先生が事情を説明したことで全てを理解した。

 

「みんなおはよー!まず最初に、ポイントが振り込まれてないことについて説明するね。実は悪原くんがDクラスの生徒に殴られたって事件が特別棟で起きちゃったんだけど、そこをたまたま一之瀬さんが目撃してたから訴え出たの。けど、悪原くんも加害者の子も、一之瀬さんもみんな証言が微妙に異なってて、すぐには解決しそうにないんだよー。だから審議が終わるまでポイントは振り込まれないことをわかってほしいな。それと、もし一之瀬さんの他に目撃者がいたら名乗り出てほしいな」

 

俺は自然と顔を顰めてしまっていた。そんなことがあったのか…どうりで、悪原がいないわけだ。しかもその場に一之瀬までいただと?なんてことだ…

 

先生が目撃者はいないかと聞くが、誰も名乗り出ないことから一之瀬以外に目撃者はいなかったのだろう。

誰もいないと判断した先生は話をさっと終わらせ、最近暑いから体調管理に気をつけてね、と言い残してホームルームを終了させた。

 

話が終わった途端、一之瀬の周りに大量にクラスメイトが集まっていった。こういう例えはあまり良くないが、まるで街灯に吸い寄せられる蛾を彷彿とさせる光景だった。

生徒たちが聞くのは当然、事件について。そして一之瀬は珍しく厳しい表情で、

 

「九郎くんは悪くない!悪いのは全部Dクラスの方だよ!」

 

と何度も言うものだから、クラスメイトたちは完全にDクラスを敵視するようになったようだ。正直なところ被害者が悪原だというから一之瀬の証言は私怨が混ざっているのではと、俺は少し疑わしく思っていたが今は確かめようがなかった。

 

休み時間になるといつも通り綾小路がやってきた。やはり事件のことについて、正確には悪原についての話がしたかったようだ。

ちなみに一之瀬のせいでクラスメイトのほとんどがDクラスを敵視しているとはいったが、綾小路はその対象ではない。むしろ綾小路に同情する声も聞こえてきたほどである。俺はその事実に内心ほっとした。友人に敵意を向けられていい気分になどなるはずがない。

 

とにかく放課後悪原の部屋を訪ねよう、ということで話はまとまった。その後の授業はあまり身が入らなかった。

 

そして待ちに待った放課後。俺は綾小路と合流して、少しコンビニに寄り道して適当なお菓子やスイーツなどを買って悪原の部屋へ向かったのだが、ここで少し問題が起きたのである。

 

「九郎くーん、お見舞いに来たんだよー。開けてよ、ねえ。手料理も持ってきたから、早く出てきてほしいなー」

 

ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん、と、インターホンを連打しながら扉をノックし続ける、我らがBクラスのリーダー──、一之瀬が何故かそこにいた。

 

「……何してるんだ?一之瀬」

 

ごく自然とその思いを口にした。一之瀬は俺たちの存在に今気づいたのか、こっちを見て、不満そうに眉を八の字にした。

 

「あ、神崎くん…綾小路くんも。えっと私、九郎くんのお見舞いに来たんだけど、開けてくれなくて…」

 

「そうか。手土産は俺たちから渡しておくから、お前はもう帰ってくれ」

 

「にゃんでえ!?」

 

当たり前だ。お前がいつまでもここにいたら悪原はずっと閉じこもらざるを得なくなる。そう思ったが流石にそれを口にしたら面倒なことになりそうなので黙っておく。

一之瀬は徹底抗戦でもしそうな雰囲気だったが、

 

「少し考えてみろ一之瀬。悪原も健全な男子高校生だからな、女子にはあまり見られたくないものもあるかもしれないだろう」

 

と、俺は説得を試みた。正直これは後から悪原に笑顔で詰められそうだが、普段奴も俺にあれこれ押し付けているのだから今回ぐらいこんなことをしたって構わないだろう。

ともかくこの説得は一之瀬にも響くものはあったのか、

 

「うーん……わかったよ。明日どんな様子だったか教えてね。あ、それとこれ、渡しておいてほしいな」

 

そう言って一之瀬は綾小路に割と大きいタッパーを袋ごと手渡し、少し名残惜しそうにしながらも意外なほどにあっさりと去って行った。

 

一之瀬の姿が完全に見えなくなったのを確かめて、インターホンを鳴らす。悪原はすぐに出てきた。

 

「おう、おまえら。助かった」

 

「出なくてよかったのか?」

 

「いいんだよ、あいつ一度居座ると長いんだ」

 

何も知らない綾小路の疑問にそれらしく答えた悪原の手招きに従い、部屋に入る。相変わらず部屋の中は片付いていた。

 

「怪我ってそれか。思ったほどひどくはないな」

 

「そうだろ!?おまえもそう思うよな!?本当は今日も出るつもりだったのに、休まされたんだよ」

 

大袈裟なんだよあいつ、と不機嫌そうに悪原はそっぽを向いた。確かに左頬に湿布が一枚貼ってあるだけで、間違いなく怪我ではあるが休むほどかと言われたらそうでもないように思う。

 

「あ、一之瀬がこれを渡してほしいって言ってたぞ」

 

綾小路が料理の詰まった例のタッパーを取り出すが、

 

「いや、いい。それは…そうだな、清隆。お前が食っちまえ」

 

一瞬それに眉を顰めた悪原は全てを綾小路に押し付けることにしたようだ。食べるという発想はないらしい。綾小路にやると言ったのは、きっと捨てるのは流石にもったいないと思ったからだろう。…流石に毒味役を押し付けたわけではあるまい。

 

「いいのか?」

 

「いいんだよ、見舞いに来た礼だと思っとけ」

 

「そうか、じゃあ遠慮なくもらおう。神崎もどうだ?」

 

「いや、遠慮しておく」

 

「神崎もか。こんなに美味しそうなのに」

 

タッパーの中に綺麗に詰められた料理と俺を交互に見て、綾小路は不思議そうに言った。すまないな、綾小路。一之瀬のあの一面を知っていなかったら、俺もそれを食べていたかもしれない。

そうして箸を持ってきた綾小路はこの場で早めの夕飯にすることにしたようだ。

 

料理を口に運ぶ度に、

 

「うん、美味い。これも美味い」

 

うましうましと感想をいちいち聞かせてくれる綾小路の様子が妙に微笑ましく、穏やかな気持ちになった。…料理の中に変なものは入ってなかったようで、一安心だ。

そうして一之瀬の手料理は彼女の本来の予定とは異なり、全て綾小路の胃袋に収められる結果となった。

 

「ふう、ご馳走様。でも本当によかったのか?」

 

「再確認が遅すぎるぞ綾小路…遠慮しなくていいと悪原も言っていただろう?気にするな」

 

食べ終わってから『よかったのか?』と訊かれても困る…

 

「ふああ、何だか眠くなってきた……なあ九郎、オレはもう今日ここで寝ることにするから。おやすみ」

 

「はあっ!?バカ!寝るなら外泊届出して着替え持ってきてからにしろっ!こら!!起きなさい清隆っ!!」

 

真面目に言っているのかふざけているのかわからないがとにかく悪原は寝転がった綾小路を叩き起こし、先述の通り外泊届を出して着替えを持ってくるまで戻ってくるなと蹴り出した。最近、綾小路は遠慮がなくなってきているというか、甘えたになっているような気がするな。

 

「神崎も泊まるか?」

 

「いや、俺はいい。それより…本当にいいのか?何もしなくても」

 

いいのか?とは、もちろん暴力事件についてだ。

被害者と加害者と目撃者で証言が微妙に異なっていると先生は言っていたが、そうなると確実に学校によって審議が開かれるだろう。

綾小路が一之瀬の手料理をガツガツと食べていた間にDクラスを叩くか叩かないか、何かしら調査をしておこうか、ということを俺と悪原は話し合っていたのだが、悪原は『何もしなくていい』と言ったのだ。

 

「いいんだよ。弁護人にも立候補しなくていい」

 

「しかし……、………いや、わかった。お前がそう言うなら、従おう」

 

一之瀬と二人になるんだぞ、と言おうと思ったがそんな簡単なことに悪原が気づいていないはずはない。一之瀬と二人になってしまうことを踏まえた上で、俺に何もしなくていいと言ったのだ。

俺が悪原の負担を増やしたくないから一之瀬に注意を向けているのと同じように、悪原も俺に負担をかけたくはないと思ってくれているのか。

その真意は読心術など持っていない俺に到底わかるはずもなかったが、なんとなくそう思った。

 

俺は泊まる気はなかったのでそのまま帰ったが、翌日悪原から『一之瀬を追い返す時に言っていたあの台詞についてお話があります』というメールが届き、軽く現実逃避したくなってしまったのはまた別の話だ。

 

そしていよいよ審議当日。俺と綾小路はなぜかついてくると言い出した椎名を加えた三人で悪原の部屋の合鍵を購入した。言っておくが俺は反対した。しかし、購入可能だというなら学校側も想定していたということ、後ろめたいことなど何もないと言い張った綾小路に押し切られてしまったんだ。どちらかと言えば中立だった椎名も最終的に綾小路の言い分に乗ってしまった。俺は暴走機関車を止めることができなかったのだ。

しかもズカズカと部屋に押し入った綾小路はテーブルに出しっぱなしになっていたチョコパイを勝手に食べてしまった。俺はこの時点で今後綾小路が悪原の手によってどんな目に遭おうと助けないことに決めた。

椎名はやはり読書。どうせ本を読むのなら図書館に行けばよいだろうに、と思ったが本人曰く『友達の家で本を読むのもまた別な趣がある』らしい。俺も読書は好きだが、これは正直よくわからない感性である。

 

審議を終え、帰ってきた悪原は唖然としていた…そしてあいつが綾小路に報復を行うことを決意したのは置いておき、問題は審議の方だ。残念ながら結論は出なかったらしい。一之瀬が虚偽証言を繰り返したことにより、それを悪原が度々訂正するということが繰り返され延長戦にもつれ込んでしまったとのことだ。

その後料理を手伝う気などさらさらない綾小路と椎名が夕飯をねだり始めたことにより、夕食の用意に付き合わされた俺は明日どうするかを考えて…すぐにやるべきことを見出す。

 

当然、一之瀬に話を聞きに行くに決まっている。

 

Bクラスのサブリーダー的立場として、Dクラスを叩ける絶好の機会であることはもちろん承知しているつもりだ。しかし、おそらくだが…一之瀬は、この暴力事件をダシにして悪原との距離を縮めようと考えている。自分は悪原にとって役に立つ存在であると示せるいい機会だと考えているのではないかと、俺はそう予想している。

悪原は正直めんどくさい性格だが(個人的にはそれを悪いものだとは思っていない)、根は間違いなく優しい…いや、まだまだ長い付き合いではないが、接しているうちに薄々察してはいた。

悪原は『自分の実力には自信がある』が、『自分の存在を重要なものだとは思っていない』ように見える。要するに変なところで自己肯定感が低いのだ。しかしそれがどうという話ではないしなぜそんな性格になったのかも今は関係ない。

つまりだ、一之瀬は少々歪ではあるが悪原へ抱いている気持ち自体は純粋なものだ。今は拒んでいても、次第に悪原が絆される可能性がある。その時に一之瀬が今とそう変わらない精神状態なら…二人はおそらく破滅の道を歩むことになる。具体的な根拠があるわけではないが、そう確信させるだけのものが一之瀬と悪原にはある。

 

友人としてそんな未来など受け入れ難いのは言うまでもない。

 

そして一之瀬も、まあ、確かに良い人だ。完璧善人とまでは言わないし悪原さえ関わってこなければという前提は今も変わらないが、あの時に感じた異常なオーラなど全て俺の被害妄想だったのではとさえ思えるぐらいには、クラスメイト一人一人に親身に接して、寄り添って、自分のことのように悩み考えていた。勉強会に参加していてよくわかった。

そうして俺は一つの仮説を立てた。おそらく一之瀬はこれまで欲望を表に出したことがないか、ほとんど抱いてこなかったのではないかと。

彼女の心に存在する欲望の全てが、悪原に対して集中しているのではないかと…

 

もし欲望のコントロールがうまくできていない結果がアレだとしたら、もしかすると、どうにかなる可能性もあるのではないか?

あの時からそれなりに時間も経った。改めて考えてみたら、意外とそのような案も浮かんできたわけだ。

…念のために言っておくが、俺は一之瀬のことが嫌いなわけではない。ただ、友人(悪原)に対して何かよくないものをもたらしそうだったから、間に割って入って邪魔し続けてきたわけだ。それが杞憂であったなら、どうにかなりそうだというならば、二人の仲介役になるのも吝かでない。

とはいえ、具体的にどうするのだと訊かれてもまだ答えられない。悪原の今後の出方次第としか言いようがない。もし、悪原がほんのわずかでも譲歩するのなら、俺も一之瀬の邪魔をし続けるのではなく、もう少し話を聞いてもいいのでは、と、そう思えてきたのだ。

 

 

「──待たせちゃった?神崎くん」

 

だから、こうして一之瀬と再び相対するというのは…彼女がどうしたいのかを見定めるためでもある。

 

 

「いいや」

 

「そっか。それで、話って何かな?」

 

「審議についてだ」

 

そう言った瞬間に、彼女の雰囲気が少し変わったのを感じた。

 

「お前が虚偽証言を繰り返して、それを悪原が訂正しての繰り返しで延長になったと聞いた」

 

「そうだね。それの何が悪いのかな?」

 

……いやにあっさりと認めたな。

そして、虚偽証言に関して罪悪感のようなものは全くないらしい。だがここまではまだいい。

 

「私たちは何も悪くない。悪いのは全部Dクラス(あっち)の方なんだから」

 

「それは、俺も重々承知している」

 

はっきり言ってDクラスを叩くこと自体には賛成である。いくら五月時点でクラスポイントがゼロだった最低クラスとはいえ、今後俺たちにとって強力な敵にならないなんて言い切れるわけがない。

誇れる友人の一人である綾小路はDクラス所属だが、奴はAクラスの特権に興味がないと言っていたし、プライベートポイントの方も無料商品などを活用しているので枯渇するなんてことは三年生頃の話になりそうである。さらに言えばそもそもクラス闘争に大した関心を持っていない。

綾小路に遠慮する必要がない以上、Bクラスとしての立場から見ても、個人的な立場から見ても、Dクラスを叩かない理由はない。

 

「じゃあ、なんで私を呼び出したの?」

 

「お前のやっていることは、悪原にとっては迷惑でしかないということを伝えるためだ」

 

そう言ってやった瞬間、一之瀬の空気が、あの時と同じ、暗く、歪で、しかしストレートなものに変化した。これを直に受けるのは二度目だが、初回と違い覚悟ができていた分それほど圧されはしなかった。…にしてもこの急激な変わりようは不気味だが…

 

「……それ、九郎くんがそう言ってたのかな?」

 

薄暗い瞳で、睨みつけるように一之瀬が言う。

 

「お前のしていることを迷惑だとは直接には言っていなかった、が。少なくとも一之瀬、お前のことを鬱陶しがっていたぞ」

 

「……だから何なの。あっちが悪いことをしたのは事実なんだよ!?私がどうとかそんなこと今はどうでも──」

 

「そして一之瀬。もっとも気になっているのは、この事件で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

 

これだ。この質問が、今回呼び出した理由だ。一之瀬がああも怒りを露わにしたのは、悪原が被害者だったからなのか、そうではないのか。その答えを聞き出したかったのだ。

 

そして、一之瀬の顔は、明らかに嫌そうに歪んだ。ぎり、と歯が擦れる音が聞こえた気がした。

 

「お前は悪原に見直してほしいんだろう?最初は身近に居るだけで充分だったのかもしれないが、時間が経つにつれ焦り始めたんだろう。卒業後もずっとこのままの関係性なのではないかと。だからお前は少しでも悪原(被害者)から評価されるために、虚偽の証言までして徹底的にDクラス(加害者)を叩こうとしているのでは…と、俺は考えている」

 

一之瀬は根本的にまっすぐな人間だ。もちろん冗談で嘘をつくぐらいのことはあるだろうが、審議という厳粛な場で真実を偽るなど、彼女の性格を思えば考えにくいことである。

しかし、一之瀬が虚偽証言をしたという純然たる事実が今この現実に有る。これが意味することは、『私は決して裏切らず、あなたを決して傷つけず、いつでも味方であり、何より役に立つ存在だ』『あなたのためなら、多少曲がったことだってやってのける』と、一之瀬が悪原にアピールするためにやった可能性が非常に高い、ということ。

一之瀬が抱いている悪原への恋心と、過去に二人の間に起きた何かがその可能性の現実味を大きく増幅させているのだ。

 

「…そんなこと、ない。Bクラスの仲間が殴られたのなら、誰だろうと関係ない…」

 

「いいや、ある。お前は明らかに悪原を贔屓している。あの時手渡された手料理がいい証拠だ。いくら苦楽を共にする同じクラスの仲間だからと言って、手料理だけならまだしもケチャップや具材を使ってハートマークを描くわけはない」

 

苦虫を噛み潰したような顔でぎりりと反論してくる一之瀬の言葉をすぐに否定する。

 

「それは、早く元気になってほしいと思ってっ」

 

「そうか。一之瀬。お前は誰にでも愛を振り撒くわけか。博愛主義と言えば聞こえはいいが、女子ならともかく男子相手では痴情のもつれに発展しかねないぞ。すぐに辞めることを勧める」

 

「………」

 

「それと、休み時間や放課後の度に悪原に話しかけるのもやめるべきだ。だいぶ勘繰られているぞ。何、悪原のことは気にするな。俺と綾小路がいるんだからな」

 

「もうお前は悪原のことばかり気にする必要なんかないんだ。奴のことは俺たちに任せてくれ。悪原だって、お前が話しかけてこなくなってもさほど気にしないだろうし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──」

 

 

「ふざけないでっ!!!!!」

 

 

──ドカン、と。

 

鼓膜自体を、鈍器で殴られたかのような衝撃。

 

それは、人間はここまで大きな声を出せるのか、と、逆に感心できる余裕が生まれるほどの。

 

「取り消して!!今すぐに!!!」

 

「今言ったことの、全部ッッ!!!今、すぐ!!!!」

 

一之瀬の本心を無理矢理にでも引き出すため、あえてこのように滅茶苦茶なことを言ってみたわけだが。果たして効果はあったな……ありすぎるぐらいなのは、嬉しくない展開だ。

おそらくは何かの地雷に触れたのだろうが、事はまだ済んでいない。一之瀬が放つオーラの圧力が増していく中、俺は己を強く保ち、真っ直ぐに立ち向かう。

 

「断る。今述べたのは、悪原に対するお前の振る舞い方や態度を客観的に見て感じた、俺の率直な感想だ」

 

「違う…!私には、九郎くんしかいない……!!!」

 

「現実を見ろ、一之瀬。お前には仲間がいるだろう。悪原ひとりだけに望みの全てを押し付けるな」

 

「違う違うちがう!!!そんなことしてない!!!」

 

…藪をつついて蛇を出す、という言葉があるが、今回出てきたのは蛇どころではないな。もっと暗く、どろどろしていて、誰だって眉を顰める…そういう不気味なものだ。

ヒステリックに喚く一之瀬は、憎しみさえこもったような目で俺を睨みつけてくる。

 

「何なのさ……神崎くん。君は、何なの」

 

「綾小路くんはまだいいよ……けどさぁ、神崎くんの方はどう考えても私に対して悪意があるよね!!!」

 

「私のことも!!!九郎くんのことも!!!何も知らないくせに!!!!いきなり横から出てきて私の生き甲斐を目の前で奪って私に見せつけて!!!!」

 

「いつもいつも邪魔してきて!!近くにいようとするだけで私を不審者みたいに扱って!!!そうやって九郎くんを独り占めして楽しい?満足!?──それはよかったねえっっ!!!!!」

 

答えてもないのに一之瀬は勝手に怒って暴れている。しかしまあ俺も自らの行いを振り返ってみれば、怒られて当然だとは思う。流石に対応が極端すぎた。…今回もだがな。

 

ともかく、一之瀬の本心はほとんど引き出せたはずだと思う。だがまだだ。まだ、『殴られたのが悪原でなかったなら…』の件は解決していない。

 

「落ち着いたか?では教えてもらうぞ。結局一之瀬、お前は本当に、被害者が悪原じゃなくても嘘をつくまでに怒ったか?」

 

ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐きながらこちらを睨みつけてくる一之瀬。そしてついに、半ばヤケクソのような態度で彼女は言う。

 

「……そうだよっ、殴られたのが九郎くんだったから、私はあれだけ怒ったのっ!!!悪い!?」

 

やっと答えてくれたか。

 

「何も不都合なんかないでしょ!?あっちが悪いのは変わらないしBクラスのみんなもDクラスを叩くのに賛成してる!!私は私で九郎くんに暴力を振るった分の仕返しもできる!!!それでいいじゃん……だから君は、引っ込んでてよ!!」

 

「…そうだな」

 

引っ込んでろというのはともかく一之瀬の主張自体には正当性がある。結局Dクラスが悪いのは事実なのだし。俺も一之瀬がこれほどまでに怒る理由を知りたかっただけだから、この話はもう終わりだ。

 

──あとは、彼女の爆発力がどれほどのものなのか。心の奥底にあるものが表れ出た時どうなるのかを、確かめるだけ。

 

 

「……一之瀬。お前は悪原に手料理を渡そうとしていたな」

 

「……それが何なの」

 

そのために、確実に一之瀬を激昂させるであろう、我ながら最低な嘘をつく。

 

 

「あの後あれは俺が捨てた。」

 

 

──ガッ!!

 

覚悟はしていたはず。

 

だというのに一瞬、状況の理解ができなかった。

 

 

…まさか、一之瀬が人の胸ぐらを掴むとは。

 

 

「…………ちょっとさあ。調子に乗りすぎじゃないかな」

 

打って変わって、今度は冷静な声色に変化した。しかしその声はあまりにも冷たかった。それはどこまでも平坦でただただ真っ白な世界に放り出されたような孤独感と恐怖感を与えてきた。

普段の一之瀬からは考えられない、まるで別人格に変わったかのような、敵意に満ちた低い声が、この場の空気をも急速に冷やしていく。まるで特別棟全体が冷凍庫にでも早変わりしたかのようだ。

 

「人のことをバカにするのも、そろそろいい加減にしようね」

 

目に光がない、なんてものではない。これはもう…闇だ。一之瀬の心内にある様々な色が、感情がめちゃくちゃに混ざり混ざってぐちゃぐちゃに凝り固まっていて、こちらまでそのドス黒い色の渦に引き摺り込まれそうになる。それはブラックホールのようだったし、もっと概念的な何かのようでもあり……とにかく俺には、理解の及ばぬものだった。

 

「君を片付けたら次は龍園くんかな……なーんか、九郎くんのこと狙ってくるみたいだし」

 

「綾小路くんは、まあ、いいか。悪気はないみたいだし坂柳さんのこともあるもんね」

 

言葉が出ない俺に、一之瀬はにっこりと微笑んだ。

 

「…ああ、大丈夫だよ、神崎くん。私は君にも誰にも暴力なんかしないよ。そもそも私が君に力で勝てるとは思えないしね」

 

 

「ただ消えてもらうだけだから。」

 

 

笑顔とは本来敵意を示すものである、というような言葉をどこかで聞いたことがある。それが事実であるのかどうかは知らない。だが、今の一之瀬の笑顔は、その言葉が正しいものであるかのように思えてくる…思わせてくるものであった。

 

「君みたいなのがいたら…九郎くんが腐っちゃうよ」

 

暴力は振るわないと一之瀬は言った。俺に消えてもらうとも言ったがそれを叶えるための具体的な手段も明かしてはいない。

だが、少なくとも俺を消すというそれを躊躇いもなく実行し、そして確実に成し遂げるだろうという確信を持たせるものが今の一之瀬には確かにあった。とにかく不気味だった。悍ましいほどの寒気に襲われているのにもかかわらず、汗が全く止まらない。

 

だが、程度の差はあれど──この感覚は経験済みだ。

 

確かに恐ろしい、が、まだ俺の精神はそう揺らいでいない。冷静にものを考えることができるだけの余裕は残っている。それを無駄にはしない。

 

「…俺が寄生虫に等しい存在なのはわかっているつもりだ。だが一之瀬、お前こそ悪原の奴を腐らせる害悪だと言わせてもらう!」

 

「……は?」

 

一之瀬が間抜けな声を漏らす。俺はその間に一気に畳み掛ける。

 

「お前たち二人の間に何があったのかは知らない。しかし、お前の態度を見ている限り原因はお前の方にありそうだとしか思えない!」

 

「今日ここでお前の本音を聞いてハッキリした。お前は自分の都合しか考えていない。過去の過ちを償うためなどと言えば聞こえはいいが、結局は自分のためだ!それも自己満足ですらない…お前はあいつのことを、自分の欲望を満たすための、便利な道具としか見ていないのだろう!」

 

「………」

 

「………」

 

 

「…………」

 

 

 

「さっき言ったよね」

 

 

 

「人のことをバカにするのも、いい加減にしようってさ!!!」

 

 

今度は、胸ぐらじゃ済まない。俺の首に、その手がかけられる。

壁にドンと押し付けられて、反射的に呻き声が出た。

 

「ぐっ……!!」

 

「私相手なら何言っても反撃されないって思った!!?残念だったね!!もう二度と、そんな口利けないようにしてあげるよ……ッ!!!」

 

「大丈夫、心配しなくても後から君の仲間が来るから寂しくないよ!!九郎くんに近づく害虫は………私が全部始末してやるっ!!!!」

 

まずい、予想が甘すぎた。一之瀬の…抑圧されてきた欲望の爆発力を、侮っていた。

このままでは、本当に──ッ!

 

 

 

「そこまでよ」

 

 

 

何者かの声がかかる。見ると、物陰から凛とした女子生徒が現れた。勉強会の時に見かけたことがある……彼女は確か…Dクラスの…

 

「…………堀北さん、だよね。何の用?」

 

一之瀬がギロリと堀北を睨むが、彼女はまるで平然とした様子で携帯を突き出す。何を言いたいのかは明白であった。ギリ、と一之瀬の歯軋りが聞こえた…その顔は親の仇でも見るような形相で、別人と言われても納得できるほどだ。

 

「まずは彼から手を離しなさい。言っておくけれどあなたに拒否権はないわ」

 

強い口調で堀北は一之瀬へ要求を飲ませる。一之瀬は心の底から不服そうであったが、しぶしぶ手を離してくれた。…正直助かった。小さく、ほっとため息をつく。

 

「私が何故ここにいるのかはわかりきってるはず。長話をする気はないから単刀直入に言わせてもらうわ、今日中にDクラス(私たち)に対する訴えを取り下げなさい」

 

「………」

 

──誰でも予想できる要求だった。だがこれが通れば悪原としてはラッキーであろう。俺も、この要求に対して反対意見など一切ない。

堀北の要求に対し無言を貫く一之瀬だったが、

 

「私はあなたに拒否権はない、と言ったはずよ。同じことを二度言わせないでくれる?」

 

先程までの会話を全て見聞きし、おそらく一部始終を携帯にしっかりと証拠として残しておいた堀北の前では、全くの無意味であった。この場において、堀北こそが絶対の支配者だった。今の彼女に逆らうなど不可能だと、子供でもわかる。

 

「黙っていればなんとかなるとでも思っているのかしら。ま、黙っていたいならそうしていなさい。その結果、()()()()悪原くんにこの映像が渡らないとも限らないけれどね」

 

「………!!」

 

絶対の余裕をもって、堀北が鼻を鳴らす。一之瀬にとって、先ほどまでの自分の醜態が収められた映像が悪原に見られてしまう、だなんてものは考え得る限り最悪の脅し文句であるに違いない。相手が俺だったというのも痛いだろう。

 

少なくとも今回、一之瀬はどんなに屈辱的であろうとも堀北に服従するしかないのだ。

 

「安心しなさい、この脅迫は今回限りよ。要求を飲むなら、この場で動画も録音も削除する。ありがたいでしょう?あなたがこんな人だとは思っていなかったけれど、知性だけは残ってることを願うわ」

 

毒舌を混ぜつつも堀北が提示した条件に俺は内心敵ながら『本気で言っているのか?』と驚愕していた。これほどの脅迫ネタはこの先絶対に手に入らないと言ってもいいだろう。効力だって抜群のはずだ。今回の件をチラつかせれば、それだけで一之瀬はこの先永遠に堀北の傀儡となるだろうに。

 

「…わかったよ。言うことを聞くから、それを消して」

 

そうして当然とも言えるが、一之瀬は要求を飲んだ。

異様な空気感の中、堀北は無感情な目で携帯を操作する。おそらく先ほど掴んだ証拠を消しているのだろう。

 

「……削除したわ。さっさと取り下げに行ってくれるかしら」

 

「………」

 

一之瀬は最後まで堀北を睨んだまま、悔しそうにこの場から去っていった。彼女の気配が消えた途端、どっと疲れが押し寄せてきて膝に手をつけてしまう。

 

「はぁあ……」

 

「大変なのね、あなたも」

 

「……まあな」

 

完全に他人事といった口調。同情しているようには思えなかったが、淡白な態度が今はむしろありがたかった。

ただ、一つ聞きたいことがある。立ち去る前に、俺は彼女へ声をかけた。

 

「堀北…だったな」

 

「何?」

 

「なぜせっかく手に入れた脅迫ネタをあっさり消したんだ?あれだけで、お前は今後俺たちに対して有利な立場でい続けることができたはず」

 

「…仮にも敵のあなたからそんなこと言われるとはね」

 

Bクラスも一枚岩ではないとわかって幸運だったわ、と堀北は呆れたように呟いた。そうしてこちらに向き直り、その理由を告げる。

 

「理由は簡単よ。彼女、どうかしているもの。刺されるなんてまっぴらよ」

 

「……ふっ、ふふ、確かにな」

 

それは、あまりにも尤もな理由だった。実際、先ほどまでの一之瀬なら躊躇なしに刺しに行ったって不思議ではない。なるほど、そういうことだったんだなと俺は心底から納得したのだった。

 

「…感謝する、堀北。本当に助かった」

 

「助かったのはこっちの方よ。あなたのおかげで訴えを取り下げさせることができたんだから」

 

「礼として50万ほど支払いたいと思っている。どうだ?」

 

「…………くれると言うなら、ありがたくいただくわ」

 

そうして俺は感謝を込めて50万ポイントを堀北へ送金した。正直こうも素直に受け取ってもらえるとは少し予想外だったが、おそらくDクラスという立場からすれば、Aクラスへの下剋上を狙うためにもなりふり構ってはいられないところもあるのだろうな。

 

予想外にもDクラスは強敵になりそうだとわかったことだし、今日は色々と学びの多い一日だった……

 

 

 

 

 

ところが、今日という日はまだ終わっていなかった。

 

 

「結論から言うが、オレは茶柱に脅されてる」

 

 

いつになく暗い雰囲気で綾小路が告白する。

その話に、俺も悪原も自分の耳を疑った。暴力事件の次は、脅迫か……

 

 




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