ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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チョロインぶりを発揮させすぎたかもしれません。それでも私は幸せな綾小路くんを見たいのです(反省なし)



綾小路清隆の感激

何度でも言うぞ。オレは青春を満喫している。遊んでばっかりで飽きないのかと思うかもしれないが、次々と新しいことにチャレンジしていくから、ただ遊んでるばかりでもマンネリ化しないのだ。

クラスの勉強会などの都合上どうしても神崎は来れなかったりすることはあるし、ひよりはアクティブなタイプじゃないからいないことも多いのは少し残念だが。

 

とにかくオレは、外の世界に存在する無数のアクティビティにどっぷり浸かっていた。そしてそれをやる時に友達がいるというのもまた嬉しい。

 

それなのに…平穏は長く続かなかった。

 

 

暴力事件審議の翌日。オレは形だけ真面目に授業をダラダラ受けて、休み時間はBクラスで過ごすといういつも通りの時間を送っていた。その最中、非日常がやってくる。

 

『一年Dクラス綾小路清隆、職員室まで』

 

「……ん?」

 

「ははは、お呼び出しだぜ清隆。何やらかしたんだ?」

 

「いや何もしてないからな」

 

「まあ行けばわかるだろう。ところで今日俺は用があるから付き合えん」

 

「マジか。清隆も裁判所に呼び出されちまったし、今日は独りで適当にふらつこうかな」

 

「だから何もしてないからな?」

 

職員室を裁判所とは酷い言い草だ。それを言うなら生徒会室の方が裁判所みたいなものじゃないのか。

珍しく三人バラバラになり、オレは何もわからないまま職員室へ向かう。本当に職員室へ呼び出されるような心当たりがなかったからだ。

 

「急に呼び出して一体何の用ですか、茶柱先生。呼ばれた理由が全くわからないんですけど」

 

「中で話す」

 

相変わらずクールな雰囲気の茶柱先生はそっけなくそう言って、指導室へオレを招き入れた。

何気に普段見ることすらない部屋に入ることができるこの状況をちょっとだけ楽しいと感じたオレだが、それも後で跡形もなく吹き飛ぶことになる。

 

「指導室、と聞くとイメージが悪いかもしれないが…ここは都合がいい。なぜなら、監視の目がないからだ。個人のプライバシーに関する話をすることが多いからこその配慮だ」

 

何を言い出してるんだ、この人は。

 

「はぁ……それで話ってなんです?友達と夏休みの予定を立てるのに忙しいんですが」

 

そう、先程までオレは九郎や神崎と一緒に夏休みをどう過ごすかの計画を話し合っていたのだ。長期休みということは、すなわちやりたい放題じゃないか。

明日のことをほとんど気にせず夜遅くまで好きなだけ遊び倒すか、緻密に組んだスケジュールに従って無駄なくあらゆるお楽しみを網羅しつつシーズン限定のイベントを楽しんでいくか。やれることがたくさんあるせいで、流石に意見が割れたりもした。今週いっぱいはこの話し合いで放課後が潰れそうだが、そもそも『夏休み、どう過ごす?』と話をしているだけでもう楽しすぎるのだ。

一日経つごとに、夏休み開始日が迫るたびにカレンダーの日付にバツマークをつけてニヤニヤしてると言えば、オレがどれだけ遊びたい放題の長期休みを、親友たちと迎える虹色の青春を楽しみにしているか、その一端だけでも伝わるはずだ。

 

それをいきなり邪魔されて、今のオレは割と気分が悪い。

 

「……友達、か。お前が悪原九郎と仲良くしていると聞いた時は、全く意外だったぞ」

 

「…それ、どういう意味です?」

 

なんだかバカにされた気がして、先生をジトっと睨む。

 

「入学生は全員それまでの経歴を洗われている。中でも悪原九郎は協調性の低い男だとされていた。面接で見られた他者への関心の薄さも、それまでの人生でまともな付き合いのある人間は一之瀬帆波ただひとりだけだったことからも、我々教師はそう認識していた」

 

「…さらには高い暴力性も見受けられていた。まあ、実際に生活しているところを見ていると、とてもそんな攻撃的な男には見えなかったが…とにかく、成績と授業態度以外は不良生徒と言ってもいい悪原に加え、実直で責任感も強く優秀な能力を持つ神崎隆二と、お前が仲良くしていることが驚きだった」

 

…九郎に、暴力性があるだと?…確かに口は悪いが…そんな奴だとはとても思えない。

他人に関心が薄いのはなんとなく想像がつく。オレから見ても九郎の実力は規格外だ。テストで満点を取ることなんて当たり前みたいだし、なぜか尾行してくる一之瀬の存在を、背後を振り向くこともなく簡単に察知したりもする。そもそもSシステムやクラス分け法則の看破もある。

あれほど極端に高い能力の持ち主では、話の合う人間と巡り会うこと自体が少ないのだろう。唯一交流があったという一之瀬も中間で満点を取ったりしていたしな。さらに彼女は人を惹きつける才能がある。Bクラスでの百パーセントと言ってもいいほどの支持率がそれを物語っている。一之瀬に対する文句や不満の声なんかたったの一言も聞いたことがないし…あ、九郎は別だが。

自惚れかもしれないが、九郎にとって、神崎やオレの存在は幸運だったのかもしれない。

 

…いや…しかしだ、考えてみれば、オレはあいつの過去を何も知らないのか。

この学校の中でオレの過去を知る者が坂柳以外にいないように、九郎の過去を知っている者も一之瀬以外にはオレが知る限りは他に存在しない。

それにだ。なぜ九郎が最初はオレや神崎としか関わりを持とうとしなかったのかもわからない。コミュニケーション能力に問題があるようには見えないし、能力の高い生徒を見定めた結果と考えても違和感が残る。それこそ坂柳とかいるじゃないか。オレは関わりたくないが。

オレにとってあいつは自慢の親友だが、一方でオレはあいつの何を理解しているのだろうか。そう思うと、なんだか胸の奥がチクチクするような、不快な感覚に襲われた。

 

「まあそれはいい。これから話すのは、私の身の上話だ」

 

そうして先生はやや目を伏せ、自らの過去について語り始めた。

 

先生は元々この学校の生徒で、しかもオレと同じDクラスだったらしい。だが、ある失敗をしてしまったためにAクラスに上がることは叶わず、今でもAクラス昇格を夢に思っているのだという。

そして、今回こそ夢を叶えたく、そのためにはオレの力が必要なのだと語った。

 

正直言ってかなりどうでもいい話だ。先生も昔この学校に通っていたというところは少し面白かったが、残りはまるで興味をそそられない。

が、その後信じられないセリフを耳にし、オレは一瞬ポカンとしてしまう。

 

「数日前、ある男が学校に接触してきた。その男はこう言っていた……綾小路清隆を直ちに退学させろ、と」

 

──ある男、とは言うが。そんな要求を突きつけてくる人間など、この世にひとりしかいない。尤も、あの男が直接ここに出向いてきたのかはわからないが…。

 

「…その人が誰だか知りませんが……自分で言うのもなんですけど、成績も良くて問題行動もしてない生徒を無理やり退学にさせるなんて不可能でしょう」

 

すっとぼけつつも、オレは冷静で在るよう意識しながら言葉を紡ぐ。

ここは政府が力を入れている学校。いくら各方にツテがあろうあの男でも、手出しなどそうそうできないはずだと見込んでオレはここにやってきたのだ。

 

「もちろんだ。この学校の生徒はルールによって守られている」

 

先生もそう頷き──、

 

「だが、問題行動を起こせば話は別だ」

 

「いじめ、盗み、カンニング……お前の意思は関係ない。私がそうだと判断すれば、全て現実になる」

 

「これは取引だ、綾小路。お前は私のためにAクラスを目指す。そして私はお前を守るために全面的にフォローする」

 

「つまり、Aクラスを目指すか。もしくは退学するか……だ」

 

 

………。

 

……?

 

………、

 

 

 

 

 

オレはホワイトルームで、普通の人間が一生のうちに学ぶことをすでに学習し終えている。いや、それ以上の知識さえ持っていると言ってもいいだろう。英語はもちろん中国語やロシア語など、一般的に名の知れている国の言葉は全てわかるし、流暢に会話もできる。

 

なのに、おかしい。

 

今、何を言われたのか、わからない。

 

薄々、勘づいてはいたはずなのに…

 

目の前の人間が使っている言葉は、日本語だ。そのはずなんだ。

 

日本語とは、今オレが存在している場所を国土として管理する国家である、日本国の公用語であり…

 

オレも…九郎や神崎も…誰もが当たり前に、日常的に使うコトバだ。

 

それなのに…なぜオレは理解することができないんだろう。

 

 

…落ち着け。荒れ狂う精神を落ち着けろ。冷静に、まとめるんだ。考えるんだ。

 

取引。商業行為としての意味と、お互いの利益のために妥協し合い双方納得した上で約束事をすることの二通りの意味を持つ。

先生とその教え子という関係を考えれば、今回の場合は後者だ…普通、取引という言葉を用いるような関係でないことはこの際無視する。

 

そして取引の内容。オレはAクラスを目指す代わりに、先生から無理矢理に退学させられることだけは勘弁してもらえる。

 

Aクラスを目指すということ。それはクラス闘争に積極的に参加し、他クラスの生徒を蹴落とすこと。罠にかけ、屈服させ、敗北を叩きつけ、精神的にダメージを与えることになる。

 

九郎ひとりに限るなら、まだいい。だってあいつは、クラス闘争に興味がないんだから。しかし、神崎は。一之瀬は。Bクラスの生徒たちは。あいつらは、みんなで力を合わせ、協力し合い、Aクラスへ上がって卒業することを目標にしている。

 

オレがAクラスを目指すということは、彼らと敵対するということを意味する。

 

ではAクラスを目指さないなら?そうなると、オレは先生によって濡れ衣を着せられ、退学することになる。そうして再び、ただただ白いあの狭くて無機質な部屋に閉じ込められる。

九郎とも、神崎とも、ひよりたちとも、…もはや会うことも、顔を見ることさえ叶わなくなるだろう。

 

なぜオレはこんな選択を突きつけられているのだろうか。根本的な原因は、あの男であるが。それをネタにオレを脅迫しているのは、誰だ。

 

 

「オレを脅しているんですか」

 

 

オレの体のはずなのに、殺意が漏れ出るのを止められない。

 

…殺気じゃない。殺意だ。

 

相手を精神的に揺さぶり、屈服させるための殺気ではない。

相手をこの世から消してしまいたいとする、殺そうとする意思だ。

 

そうだ。ここは監視の目がないと言っていた。この生き物自らがそう言っていた。

ならば、()()()()()が起きても、オレは容疑こそかかれど、事故は事故なのだから、殺人事件でもなんでもない、ただの不幸な事故でしかないのだから、オレは疑われたところで、大丈夫だ。

もちろん、それでおしまいではないだろう。オレを疑いの目で見る者が現れるだろう。恐怖する者も出るだろう。そういう人間たちの存在は、どうやっても消せないだろう。

 

でも大丈夫だ。だってオレには、親友がいるのだから。

 

 

オレの目の前にいる生物は、オレの様子に、恐怖しているようだ。

 

隠そうと努力はしているだろう。実際、その辺の奴らにその心境を見定めることはできないように思う。

だが、ホワイトルームで何よりも観察眼を鍛えられたオレの前では、全く無駄なことだ。

 

 

そうしてオレは───

 

 

 

 

 

 

 

 

────結局、その場は従うことにした。

 

すんでのところで理性が勝利した。ここでこいつを消すと、後から厄介なことになる可能性の方が大きいと。

 

正直、自分でも意外だったんだ。確かに九郎たちと過ごす時間は限りなく楽しく、そのどれもが記憶に残るものであるが、にしたって…ここまでモヤモヤとした気持ちでどちらを選択すべきか、頭を悩ませることになるとは。以前までのオレならば何の躊躇いもなく自分のためにAクラスを目指すことを選んだろう。ほんの数ヶ月前のオレが、今のオレを見たら…どう思うんだろうか?

 

Aクラスを目指すため、Bクラスと敵対するか。それとも、無実の罪で退学するか。

 

条件的には多くの人間が前者を選ぶだろう。さっきも言ったように以前のオレだって、そうしたはずだ。

でも…この学校に来て、九郎たちと過ごす中で少しずつ見つけることができた、心の中にある自分の感情が…なかなか納得しない。

 

…この感情は、何と言うのだろう…

 

オレは悩みに悩み、そして一つの純然たる事実を思い出す。

 

──親友たちに、相談してみよう

 

自分の愚鈍さに腹が立つ。茶柱を消すかどうか選択しようとしていたあの瞬間、オレは確かに親友たちの存在があるからあのような手段を思いついたんじゃないか。『弱み』を持つということは、こういうことなのだと理解する。我ながら情けなかったが……一方で、弱みを持つようになったことへの後悔は微塵もなかった。

 

オレを含めてたった四人のグループチャットにメールを送った。相談したいことがある、と。すぐに二つの既読がついて、二つの返事が返ってきた。オレの部屋の前で、待っていると。二人は何があったのかを聞いてはこなかった。ただ、力になるということを簡潔に伝えてくれた。

メール送信時点で茶柱の脅迫から時間的には一時間強程度だったが、この決断に至るまでの体感時間は計り知れなかった。

 

オレの心の中にある様々な温かいモノはきっと、あいつらに出会えたから手に入れることができたんだろうな。けれど、人間らしい温かい心を待てたからこそなのか。一昔前の機械的に物事を判断していた自分の精神もまた、簡単に捨てるのはよくないことのように思えた。

 

 

寮に戻り、自分の部屋の前に行く。すでに九郎と神崎がいた。二人も自分の用事があっただろうに、いきなりの呼び出しに応じてくれたことが、心の底から嬉しかった。

だから……退学はしたくないと感じるし、仮に納得してくれるとしても敵対したくないとも感じた。

 

「おー、おかえり」

 

「…ああ」

 

二人とも手を軽く上げ、振ってくれる。その仕草から伝わる歓迎の意。しかし表情をよく見てみると、無視できない程度には濃い、心配の色が見えた。それを見ると、その事実を確かめると、どうしても嬉しくなってしまう。

 

部屋に招き入れ、さっそく話を始める。

 

「結論から言うが、オレは茶柱に脅されてる」

 

そう口にした時、自分の口で紡いだはずの言葉が思ったよりも暗い雰囲気で、それがなんだか情けなくて、自嘲する。

 

「先生に、ある男がオレを退学にするよう伝えに来たと言われた。…先生はオレのことを守ってくれるどころか、Aクラスに上がるよう協力しなければ問題行為をでっち上げて退学にさせると脅迫してきたんだ」

 

神崎は眉を顰め、九郎も…珍しく、険しい表情だ。それでも二人は黙って聞いてくれている。

 

「Aクラスを目指すということは、オレはクラスポイントを稼ぐために行動しなくちゃならないだけじゃなく、お前らと敵対し、蹴落とさないといけないことになる」

 

自分で言っていて気分が悪くなる。胸が締め付けられるような、嫌な感覚に苛まれる。

 

「オレは…お前らと戦いたくない。でも、退学にもなりたくない」

 

「どうすればいいのか…何をしたらいいのか…考えが、うまくまとまらないんだ」

 

自分で言っていて情けない。いくら思考を回しても何も変わらず、いや、考える度に悪化している気がする。何度冷静になろうと努めても浮かぶのは『どうしよう』の五文字だけ。

 

「……おまえはDをAに上げるために力を貸すよう言われたんだよな?」

 

しばし黙っていた九郎がそう問うてきたから、頷いて肯定する。

 

すると、不意に端末を取り出した。おそらく所持ポイントの確認をしているのだろうが、……あ、そういえば…

 

「………1600万…か……よし、決めた」

 

九郎はそう呟いた途端、ものすごく意地悪な笑顔に顔を歪めて、

 

「俺がBクラスをAに上げてやる。そんで、おまえを俺たちのクラスに引き摺り込んでやるよ、遅くとも二年に上がる前にな」

 

──宣言した。しかも最後に、遅くとも進級までにと付け加えて。

 

オレはポカンとしてしまう。頭ではもう理解できているのに、とっくに処理したはずの情報を、何度も反芻してしまう。

 

「……オレを、買い取るのか?」

 

「おうよ。約束だ、必ずおまえを助け出す」

 

「………2000万だぞ。オレのためにそんな…」

 

「2000万?おまえ(親友)のためだぜ、額なんか関係ないね」

 

今のオレは、なんと女々しいことだろう。これが助けてもらう側の人間が取るべき態度か?…でも。

…どうしても。どうしても、喜びを抑えきれなかった。

 

「……ふ、ははははははは!…俺たちがAクラスを目指す理由が、今日新たにもう一つできてしまったな」

 

珍しく神崎が大口を開けて、大きな声で笑った。

 

「しかしお前も意地が悪いな悪原。綾小路を引き込むだけならまだしも、クラスをAに上げるとは。それはDクラスの担任への当てつけだろう?」

 

「たりめーだろ。友達を脅迫するような野郎にムカつかねえ奴がいるか。この俺が、身の程ってのを教えてやる」

 

「だが本当にいいのか?ああ、俺は大賛成だ、反対する理由など何一つない。でも、お前個人の都合は…」

 

「それも今は忘れろ。俺の都合はどうでもいい」

 

その答えは予想済みだったのだろう。神崎は目を閉じて静かに笑った。

 

オレはオレで……うれしくて、仕方がなかった。

だって、2000万だぞ。ホワイトルームでは金銭なんてただの概念でしかなかったが、少なくとも学生が払うにはあまりにも高額だということぐらいはわかるし、ここでの生活でそれを実感してきた。クラス全体で協力して貯めるならともかく、個人が目指すには相当厳しいものがある。だからオレも、できたらいいなぐらいの考えで、気長にやっていたのに。

九郎は二年に上がる前に、2000万稼ぎ切ってオレを買い取ると言ってみせた。冷静に考えれば、無茶なことだ。

でも…無茶なことだとしても、本人がそれを一番わかってるはずなのに、それでもやってみせると言ってくれたことが、心の底から嬉しかった。

 

それに加えて、BクラスをAクラスに上げると言う。神崎も言っていたように、これはもう完全に茶柱への当てつけでしかない。全く意味がない。オレを買い取ることと、Aクラスを目指すことはイコールじゃない。

しなくてもいいことなのに、九郎はオレのために怒って、それをしようと決意して、やってみせると誓ってくれた。

 

先ほどまでの胸の痛みはもうなかった。代わりに、温かくて名状し難い何かが、オレの心を満たしていった。我慢しようとしても、笑みがこぼれてしまう。

 

先刻までの自分が情けなくて、けれど親友の言葉が嬉しくて、なんだか、ぐちゃぐちゃだ。

 

ここまで人間らしく悩めるなんて思わなかった。これも全て、親友たちのおかげだ。

実際悩みというのは、その内容にもよるだろうが、あまり気分のいいものじゃない。気持ちは不安定になるし、パフォーマンスには影響が出るし、精神的にダメージまで受けてしまうし、容赦なく流れていく時間にさらに追い詰められてしまう。

けれど、そんなに悪いものじゃないなと思える。少なくとも、今のオレなら。

 

「それにしても、2000万か。力になりたいが、自分の残高を見るとどれほど高い壁の前にいるのか思い知らされるな」

 

「んん、今はどれぐらいある?」

 

「約90万だ。諸事情でそれなりの出費があってな…すまん」

 

「いや、いい。俺も一之瀬からぶんどって400万と少しだが、まあなんとかしてみせる」

 

「九郎、オレの分も足してくれ。そうすればオレたちの資金は1000万を超えるはずだ」

 

感傷に浸っている場合じゃない。オレは急いで端末を取り出して、これまで賭け事や自炊、ゼロポイント食材などを利用して貯め込んできた成果を見せる。

 

「……ぶはっ!!700万って!おまえマジかよ!!」

 

「す、すごいな…いつの間にこんなに。一体どうやって…」

 

驚く二人に、これまでオレがこなしてきたことを説明する。二人とも感心したようにため息を漏らした。

 

「なるほどな、賭けか」

 

「ああ、でも最近はちょっとしぶられることが多くてな。稼ぎ悩んでいたところなんだ」

 

あまり無双しすぎないよう心がけていたはずだが、近頃先輩たちからは賭けを拒否されることが増えてきたんだよな。代わりに部活に勧誘されることが増えた。

 

「そりゃあ仕方がない。先輩らだって生活があるんだ、目先の利益に固執して破滅したらマヌケだからな。それに、あまり搾取しようとすると学校側が介入してくる可能性もある」

 

「確かにそうだな…教師たちが生徒同士での賭け事を知らないはずはない。いくら実力至上主義を謳っているとはいえ、限度はあると考えるべきだろう」

 

神崎の意見に、たぶん今からいってもそこまで稼ぐのは難しいだろうな、と九郎が同調する。

 

「じゃあどうする?」

 

「定期試験で満点を取ればボーナスが出る。まずこれは必須だろ」

 

「全教科で50万だったな。仮にオレたち三人全員が満点なら、合計1300万ポイントぐらいになるな」

 

「残り700万…なかなか厳しそうだな」

 

「……最終手段だけどよ、一之瀬に強請るってのも……あ、いや、嘘よ?嘘」

 

神崎の視線に九郎は少し焦ったように両手を上げて白々しく笑った。まあオレとしても無関係な一之瀬に迷惑はかけられないから、本当に最終手段だとしてもそれはあまりやりたくない。

 

「冗談はさておき、これからクラスポイントが大きく動くイベントがあるはずだ。プライベートポイントもそこから稼ぎゃあいい、強請るんじゃあなく結果を出した報酬として要求するならいいだろ?」

 

「それは…いや、ありうるか。そうだな、過去問のこともある。誰も文句は言わないだろう」

 

そういえば水泳の授業で夏頃に水泳大会なんかがあるかもしれない、なんて予想していたこともあったな…もう四月の頃が懐かしく思える。

 

さて、オレはオレで茶柱をどうするか考えないといけない。今はとりあえず従ってやっているが、どうせなら弱みを握って逆に脅し返してやりたいところだ…とはいえ、それをやるには時間が足りないし、可能な限り早く2000万ポイントを稼ぎきってクラス移動する以上、やる意味もあまりない。

九郎が言ったように今後クラスポイントが大きく変動するイベントは確実にあるはずだ。そう考える理由はシンプル、定期試験の結果だけでAクラスに到達するのははっきり言って絶対に不可能だからだ。それぞれ在籍する生徒らの基礎学力に差がありすぎるし、何よりこっち(Dクラス)には足手纏い(赤点候補)が何人もいる。いくら堀北たちが勉強会を開催し続けても限界がある。

 

クラスポイントが動く試験…仮称として特別試験と呼ぼう、その特別試験時にある程度の結果を出せばひとまず黙らせることはできそうだな。

だがDクラスの連中に『綾小路は協力者』と思われるのは何が何でも避けたいところだ。取るに足らない奴らに勝手に仲間扱いされて馴れ馴れしくされるほど面白くないことはない。

だが、今は運のいいことに堀北がリーダーとしての立場を確立しつつある。オレは裏で動いて、功績は全て堀北のものにしてしまおう。どうせ移籍するオレにとっては、Dクラスで残した結果はもちろんあいつらが辿る未来など所詮どうでもいい話だ。堀北の成長ぶりだけは面白いが、それもわざわざDクラスから眺める必要は全くないしな。

 

……こうして考えていると、つい先程までのオレは面白いぐらいに冷静さを失っていたんだなと感じる。

 

オレがこんな状態になってしまったのは九郎のせいだな、うん。全くどうしてくれたものか。

 

この学校に来て、本当によかった。かつては与えられたノルマをこなすロボットでしかなかったオレが、心から、確かにそう感じることができたんだ。

 

「…ありがとう」

 

ほんの少し、視界が潤んだことに気づかれないように、赤くなった顔が見られないように、オレは少しだけ頭を伏せた。

 

 

 

 

 

 

さて、そうして友情を深めたあと時が経ち。期末試験を終えたわけだが、二つ印象的な話があった。

 

まず一つは、期末試験の後に迫る夏休みに、学校がオレたち生徒をバカンスへ連れて行ってくれるという話。豪華客船に乗れるだけじゃなく、学校が所有する無人島にも上陸するらしい。夏休みに立てていた計画がだいぶ削られることになったが、とても貴重な体験だろうし船にはいろいろな設備が揃っているらしい。これは純粋に楽しみだ。

まあ、どうせ試験があるんだろうなとは思うが、でもやっぱり楽しみなものは楽しみだ。流石に期間中ぶっ通しで試験をやらされるわけじゃないと思う……というか、そう信じたいな。

 

もう一つは、うん、その、なんともアホな話なんだが……

 

山内が赤点を取ってしまったのだ。

 

オレや高円寺が全教科満点をとってしまったので平均点が引き上がってしまったわけだな。どうでもいいが。

池はギリギリ回避していた。ここで意外だったのは須藤、確かに点こそ危ういラインではあったが、少なくとも四月時点のアレを思えば成長しているのが窺えた。

とにかく山内の不足点は全教科分で合計四点。それを堀北が半ギレしつつも救済に動いたのが少し意外だったし、ちょっと面白かった。

彼女曰く、『人はミスをするもの』『自分も四、五月ごろは愚かだった』『けれどそんな自分をみんな今は認めてくれているのだから、彼にもチャンスは与えられるべきだと思う』とのこと。本当に入学したての頃が嘘のような成長ぶりだが、オレにはわかる。平田の呼びかけがなければ堀北は山内を見捨てていたことを。

 

実際、こればかりは見捨ててもよかったとは思うが、おそらく彼女は自分のリーダーとしての立場を考えて救済に動いたのだろう。クラスの最終方針を決めるのは堀北だが、平田や櫛田の発言力は今も高いからな。二人が認めているからこそ自分は今リーダーとして君臨していられると自己認識できているんだろう。こんなことでクラスメイトからの評価を落とされてはたまったものじゃないしな。

 

とはいえ結局オレには関係のない話だ。実力を出し惜しみはしない。オレには親友がいるんだから……。

 

 




面白い事実:悪原九郎が女性だった場合、綾小路は彼女に心の底から恋をします。
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