ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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男の友情もいいですが、幼馴染のことを忘れてはいけません
今回は悪原と一之瀬が仲直りする平和回です。なんか無駄に長くなってしまいました。そして悪原のめんどくさい性格に磨きがかかりました。

それにしても、依存系ヤンデレはいいですね。そう思いませんか?私は思います。

坂柳、綾小路、悪原、一之瀬の四人もとい幼馴染軍団のドット絵を描いてみました。かなりデフォルメしています。

【挿絵表示】



悪原九郎の転換

清隆、神崎と夏休みの予定を話し合っていたところ、突然清隆が職員室に呼び出されてしまった上に神崎も私用があるらしくどこかへ行ってしまったので久々に一人で適当にふらふら歩き回っていたら、名前も所属クラスも知らんツインテールの気弱そうな女子生徒と曲がり角で正面衝突してしまうという事故が起きてしまった。打ちどころが悪かったと言うべきか運が悪かったと言うべきか、女子生徒が手に持っていたカメラが壊れてしまったらしいので弁償しようと思ったんだが、すぐに逃げられてしまい俺はちょっぴり傷ついた。

 

そりゃよ…人相が悪いのはわかってるよ俺だって。中学時代とかちょっと視線がかち合っただけで喧嘩売られることもあったしさ。だからあの女子生徒は悪くないんだ、何も。

 

……泣けるぜ。

 

そんなこともありながら再審議めんどくせー、一之瀬ふざけんなー、過去を忘れて生きろバカヤロー、と思っていたところに親友が脅迫されたなんてニュースが飛び込んできて、正直本気でキレそうだった。

 

腹いせに俺はBクラスをAにのし上げることに決めた。そんでもって進級前に2000万稼いで清隆をこっちへ堂々と持ってってやると決めた。

神崎から暗に一之瀬とのことを言われたが、今それはどうでもいい。友達が困っているのに、自分の都合があるから助けないなんて選択肢、ありえないだろう?

 

神崎は俺のことを気にしているようだが、俺の方こそあいつのことが気になってる。『私用』とか言ってたが、確実に何かあったはずだ。

妙に首元へ手をやっていたりしていたし…まあ、そのことは正直あまり考えたくはない。とりあえずクラス闘争に関すること以外では一之瀬にあまり近づかないよう言っておこう。

 

清隆をウチへ引きずり込み、クラスをAに上げることを決意した翌日。一之瀬が訴えを取り下げたと聞いて、俺は『ラッキー!』と『何があった?』の二つの感想で頭が埋め尽くされた。あんなにDクラスに報いを受けさせると意気込んでいたのに、いきなり取り下げるなんて不自然にも程がある。

脅されでもしたと考えるのが自然だろうが、なら今度はどんな脅迫ネタを掴まれてしまったのかが気になってくる。…予想がつかないこともないが、考えたくねえな。

 

ホームルームの後、当然といえば当然だが一之瀬の周りにクラスメイトがめちゃくちゃ集っていた。しかし一之瀬は力なく謝るばかりで、なぜ訴えを取り下げたのかを答えようとはしなかった。みんなはそれを見て、次第に訴えの取り下げについて問いただすよりも一之瀬を元気付ける方向へシフトしていった。

ひどく痛々しい幼馴染の姿が、いやに印象に残った。

 

 

放課後。今にもバランスを崩して倒れるんじゃないかと思うぐらい、ふらついた足取りで一之瀬は俺の近くに来た。

 

「ごめん…九郎くん。ちょっとだけでいいから…」

 

「……いい、行くぞ。神崎、清隆に伝えといてくれ」

 

「…わかった」

 

何を求めているのかはすぐに察しがついた。普段なら適当にあしらっていたが、こんな状態では流石に放っておけない。かなり注目を集めているし、神崎に伝言を頼み、了承したのを確かめてさっさと移動する。

 

「……ごめんなさい」

 

人気のない場所を選び、近くのベンチに一之瀬を座らせようとしたが腰をかける様子はなく、つっ立ったまま謝ってくる。震えを帯びたその声は涙の海に沈んでいるようだった。

 

「私…また失敗した」

 

「…あー、何があったかは言わなくていい。とりあえず、今回はあっちが上手だったってことで」

 

「ごめんなさい……」

 

「……いや、だからいいって」

 

「ごめんなさい!もう、もう失敗しないから!間違えないから!!他の誰よりも君の力になるから!!役に立つから!!ほんとになんでもするから……全部あげるから…」

 

「…だから…お願い、捨てないで…」

 

今にも消えてしまいそうな声で一之瀬は全身をガタガタ震わせながら抱きついてきて、顔を(うず)めた。尋常じゃない怯えぶりだ。

ちょっと前の俺なら『捨てるも何もおまえは俺の所有物じゃねえだろ、このバカが!』とでも吐き捨てた後に突き飛ばしていただろうが、生憎今はそうもいかず、俺は静かに口を一の字に固く結んだ。

 

俺はこいつのことをあまりにも見誤っていた。

 

告白されたあの日、俺の存在は生活するにあたって欠かせないのだ、とこいつは言った。俺はそれを一時的な感情に流された…気の迷い、もしくは昂ったテンションから出た言葉でしかないと思っていた。

俺に対するこいつの想いも、諦めかけていたところに再会してしまったから、気持ちが再燃した結果だと。

 

だが違った。こいつは冗談抜きで、本当に俺がいないとダメらしい。

 

俺はその事実に、鎖でがんじがらめに縛られたような気分になった。

一般的な男子高校生なら、スタイルも性格も顔も良い完璧美少女に依存されれば優越感やらなんやらで大変に嬉しいのかもしれないが、俺は違った。それはまるで一瞬の激情に身を任せて相手を階段から突き落としてしまった後に冷静さを取り戻して自分がしでかしたことの重大さ、深刻さを理解した時のような……そんな怖気と寒気を感じた。

 

 

……なぜこんなことになった?

 

 

こいつがこうなったのは、誰のせいだ。

 

 

……俺のせい?

 

 

俺は……幼馴染(一之瀬)に、こんな表情()をしてほしかったのか?

 

 

…違う。俺は…ただ、関係を切りたかっただけだ。

 

 

──わかっていたはずだ、幼馴染は納得なんてしていないと。

 

 

…しょうがない、だろ。俺にとってこいつは、かけがえのない人でもなんでもなかったんだ。こいつ以外にいなかったから、こいつの隣にいるしかなかったんだ。今なら清隆や神崎の方がよっぽど…

 

 

──だからと言って、あんな切り捨て方が許されると思うのか?

 

 

…許されるなんて思っていない。俺はたいてい悪役だった。だからあの時も、これ以上ないぐらいの憎まれ役を演じてやったんだ。後悔なんて何も…

 

 

──なぜ話し合おうと思わなかった?いきなり一方的に距離を取られて、それに納得できないのは当たり前だろうが。

 

 

…だって、それは、あいつのことだから、ゴネるだろ。もう、潮時だっただけだ…

 

 

──そうだとしても、話し合いを最初から放棄していい理由にはならない。一之瀬の気持ちを、無視していいなんてことはない。

 

 

………。

 

 

──考え直せ。おまえ(自分)は本当に、幼馴染にこんな顔をしてほしかったのか?

 

 

………

 

……、…違う。

 

 

俺は………逃げたのか。一之瀬から。

 

 

この学校に入学してからも。逃げていた。

 

告白までされても、逃げ続けていた。

 

 

──いつまでも逃げられると思うな。自らの選択の結果に、向き合う時は必ず来る。

 

 

消し去ったつもりでも。忘れ去ったとしても。そもそも記憶さえしていなかったとしても。

過去は確かにそこに在り、必ず今の自分に多大な影響を及ぼすのだと、実感する。

 

……そして、俺がするべきこと。やらねばならないこと。しなければいけないこと。

 

それは贖罪だ。

 

自分がすべきことは、罪を償うこと。ただそれひとつに尽きる。

 

一之瀬は、たぶん、もうダメだ。もうこいつは、戻れない。おそらく、いや、ほぼ確実に、一之瀬はこの先ずっと、俺の影に囚われたままだ。

 

だから、幼馴染を()()してしまった俺は、その罪を一生かけて償わなければならない。

 

それ以外に、俺に許された(未来)はない。一之瀬のことを忘れる道はもちろん、清隆たちと馬鹿みたいに遊んで笑いあう道も、死んで逃げる道さえも許されていないだろう。

 

 

「………一之瀬」

 

震えながら泣きじゃくる幼馴染の背に、ガラス細工を扱うときのように慎重に、右手を回す。それだけで、ガタガタ震えていた一之瀬の体が、ピタリと止まった。

 

「俺が、悪かった。全部…俺の責任だ」

 

もう、好きだとか嫌いだとか、そんな感情は関係ないのだ。しなくてはいけないのだから。果たさないといけない義務に、納得などする必要はない。ただ、それをするしかないのだから。そうでなければ…俺は存在している意味がない。

 

「……ううん、ちがう、ちがうんだよ九郎くん。悪いのは、私の方…」

 

顔を埋めたまま、一之瀬は涙ぐんだ声でそう言う。

 

「………憎いの……何もできなくて、何しても君に迷惑ばかりかける結果になって、挙げ句の果てに君のことを忘れようとした、最低な私が」

 

「殺してやりたいぐらい、憎たらしいの……」

 

「…………そうか……」

 

一之瀬の顔がある位置から、じっとりと、布が湿っていく生温かい感覚が広がっていく。それに侵食されるように、自分の心の中がぐずぐずになっていく。

…坂柳はあの時俺を自分と同じ天才だと言った。神崎や清隆からもそう言われたことはある。だが、その認識は間違っている。俺は天才じゃない。

もし俺が本当に天才だったなら……こんな状況、起きてもないはずじゃないのか。

 

「…ごめんな。………ごめん」

 

謝罪しても無意味なのはわかってる。こいつをここまで歪ませてしまった罪悪感。それによってもたらされるのは肌をジリジリと焼かれるような不快感。その全ては自業自得なのだ。

 

「…謝らないで……君には、今までたくさん救ってもらったから…謝らなきゃいけないのは、私の方だから…」

 

──俺に、救ってもらった?

何を言ってるのかわからない。…確かに、助けたことはある。ストーカーやら、力づくで関係を迫るゴミやら、そういう連中から一之瀬を助けたことは、確かに何度もある。

だが、救ってもらったとは、なんなんだ。

 

「君がいてくれるだけで…ただ隣にいてくれただけで、私は幸せだったの。それだけで、救われてたの。引きこもって、やっとそれに気づいたんだ」

 

「……救われてたの、か…?」

 

「うん。そうだよ…?あの日、私たちが初めて喧嘩したあの日から……ずっと私は救われていたんだよ……」

 

「…………そん、な、ことが?……そうだったのか?…それじゃあ」

 

 

一之瀬は、おかしくなんてなかったのか?

 

 

一年半も引きこもって、その間ずっと俺に恋し続けていることが、俺には到底理解できなかった。おかしいやつ、変なやつ、気持ち悪いやつ、などなど好き放題に心の中でこき下ろしていたが。

 

 

おかしいのは、俺の方だったのか?

 

 

「だからね。今度は私が、九郎くんを助けたいの。今回は失敗しちゃったけれど……それでも君の力になりたいの…」

 

「聞きたいことがあったら、私に聞いてよ。この世のどんなものより綺麗になるから、私を見てよ。人肌が恋しいなら、私がいるから遠慮しないでよ」

 

「私の全部を、君にあげるから…九郎くんさえいれば、もう何もいらないから…」

 

「だから………ね?」

 

 

……いや、気をしっかり持て。思考がズレ始めている。今こんな話はどうでもいいことだ。この間に考えるべきなのは、これからのことだ。

…とはいえそれもすでに結論は出ているが。

 

 

罪を償え

 

 

本当はわかっていたんだ。あのやり方はあまりにも極端すぎたということぐらい。俺は自分の認識からも逃げた。見て見ぬふりをして、忘れ去った。再会してもなお、全てを無かったことにしようとしていた。

 

そのツケを高校生になった今、払わなくてはならなくなった。

 

こいつを放置すれば何をしでかすかわからない。現に神崎が一之瀬から攻撃を受けたのだから。…憶測ではあるが、信憑性は高い。頻りに首元を気にしていて、いつもピシッと着こなしていた制服がすこし乱れていて…そして、暴力事件の訴えの取り下げ。それらをまとめて考えれば…身の毛もよだつような、ゾッとするような、最悪な答えが出てくる。

 

最も重要なことは、その『最悪な答え』は俺自身の愚行によってもたらされたものだということ。

 

だから…何度でも、何度でも俺は俺を責める。いつまでも、いつまでも俺は悔い続ける。

 

──罪は償わなくてはならない。たとえそれが一生をかけても、命を捧げても償えないものなのだとしても。だからと言って、逃げるなんて選択は決して許されることではないのだ。

 

「…………一之瀬」

 

「なぁに?」

 

一之瀬の頭を左手でそっと掴み、少し押しのける。不安と恐怖に塗れた瞳が俺の顔を捉える。左手を頬へ移して、その目から滲み滴る涙を親指で拭い、彼女に、そして自分に言い聞かせるように伝える。

 

「俺はおまえを、捨てない」

 

言った。宣言した。これで、今日から贖罪の日々が始まるのだ。

 

「………本当?」

 

「……ああ、約束する」

 

「……そっか…そっかぁ……えへ、えへへ」

 

腑抜けたような笑い声を上げた一之瀬は、頬に当てられている俺の左手に自分の右手を重ね合わせ、うっとりとした表情を浮かべた。

 

「これからずっと、一緒にいようね。もうどこにも…行かないで」

 

「…ずっとってのは、難しい要求だな」

 

「そう?でも、いいよ。私を捨てないって、独りにしないって約束してくれるなら、今はそれでいいから…」

 

そう言って一之瀬は俺の背中へ回していた腕を徐々に徐々に上げていき、首周りに絡めてとろんとした瞳を浮かべそのまま顔を近づけてきた…が

 

「しないからな」

 

俺は頬に添えたままだった左手に力を入れて押し退けた。一之瀬は不満そうに口を尖らせる。…流石に節度は守りたいんだ、俺も。

 

「…いけず」

 

「付き合ってもないんだから、ふしだらな真似はしねえよ」

 

「じゃあ、付き合おうよ」

 

「え、嫌だ…」

 

「なんで?」

 

うわっ、と声が出そうになったのをなんとかこらえる。今の声色は正直びっくりした。というか怖かった。

 

「…俺は、おまえを恋愛対象として見たことがない。だから、おまえの想いには応えられない」

 

「私は、君がいてくれるならそれでいいのに」

 

「それじゃ、付き合わなくても同じじゃねえか」

 

「お試しで付き合うのもダメ?」

 

「ダメだな。そんな不誠実なことはしたくない」

 

「……………わかったよ。君はそういう人だもんね。誰より優しくて、自分に対して厳しくて……だから、今はこのままでいいよ。今は、ね」

 

最後にものすごい含みを持たせてきたところは若干不安だったが、とりあえず落ち着いたようで一安心か。

一之瀬はまた、俺の体へ顔を埋めた。ただし今度は、世界で一番と言ってもいいほど満足げな笑顔を浮かべながら。

 

「ふふ。ふふふ…今日から私たち、また仲良しになれるんだぁ。」

 

一之瀬にとって今日は、きっと記念すべき日になるのだろう。

俺にとっては、過去の罪を暴かれ、その罪を償うための罰を与えられた日になるが。

 

「九郎くん」

 

「ん……?」

 

「だぁい好き。愛してる」

 

そう言ってより一層強い力で抱きしめてくる幼馴染の背中に、俺はゆっくりと手を回して、無言で彼女の想いに応える。

…そうするしか俺にはなかったのだ。

 

心底幸せそうに、ようやく救われたと言わんばかりに涙を拭う幼馴染を見て俺は、

 

 

──いつか、この罪なき幼馴染を、()から解放してくれるような人間が現れることを、祈るばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「一之瀬…」

 

 

「どうしたの?九郎くん」

 

 

「これまで避けてたのは悪かったと思うよ俺も」

 

 

「そうだね、私すごく寂しかったなあ。毎晩枕を涙で濡らしてさ」

 

 

「それはほんと悪かったよ…でもな、それはそれだと思うんだよ」

 

 

「どういうこと?」

 

 

 

「急激的に距離縮めすぎだろって言ってんだよ!!!!!」

 

 

 

俺の怒鳴り声が教室に轟く。それはクラスメイトたちの喧騒を簡単にかき消すほどの、我ながらデカい声だったが、すでに俺と一之瀬はこのクラス内で注目の的となっていたので人目を引いてしまうといった心配はいらない。クソがよ!

 

今俺は椅子に座っているのだが、そこに斜め後ろから一之瀬がしなだれかかっているのだ。ご丁寧に首に腕まで回して、肩に顎を乗せて。お互いに向き合えば、鼻先がぶつかるどころか唇が重なってしまいそうだ。

 

「そう?昔からこんな感じだったしいいじゃん」

 

「昔って小学校ん時だろうが!!俺たちゃもう高校生!!!小学生の頃の常識は通用しねえ!!!わかるか?わかれよ!

 

TPOを弁えろというかなんというか、俺が言えたことじゃないのはわかってるけども、もっと考えて行動してほしい。つい昨日までの俺たちの関係を、周りの人間が受け取っていた印象を考えてみろ。

明らかに年頃の男女の、しかも友達の距離感じゃないだろう。

 

「そうかもだけど、それも私たちが付き合ったら問題じゃなくなると思うんだよね。どう?」

 

「付き合いません」

 

「なんで!?」

 

「昨日言っただろうが!ああ言い方を変えてやる、嫌々選ばれて付き合えて嬉しいか?」

 

「うー……」

 

「うーじゃない」

 

「うーうー!」

 

「そのうーうー言うのをやめろ!あと叩くな!」

 

癇癪起こしてバシバシ叩いてきてガキかよこいつは!地味に痛えし!

ああもう、と俺は席を立つ。

 

「あ、九郎くん、どこ行くの?」

 

「トイレだっての………、…なんだよその目は。信じられねえってか?」

 

「本当はこっそり抜け出すつもりなんじゃないの…?」

 

「は?地球人が理解できる言語で喋ってくれ」

 

「私を置いて、他の女の子と浮気するんでしょ!?そして部屋に連れ込んであんなことやこんなこと…!!」

 

「あまりわたしを怒らせないでくださいね、一之瀬さん」

 

「………ご……ゴメンなさい……」

 

そうして俺は一之瀬から解放された。疲れるわ。

これからあんな時間が続くのかと思うと気が滅入る…いやいや、自分が選んだ道なんだから…。そう何度も自分に言い聞かせて、気を取り直す。

 

用を足して教室に戻ると、一之瀬の周りにクラスメイトがわらわらと集っていた。まあいつもの光景である。

 

「うん、いつか絶対九郎くんを振り向かせてみせるから!」

 

「おい」

 

「にゃっっ!!!?」

 

 

うるせえ!!!!!

い、今のは本気で耳がおかしくなるかと思った…この俺の鼓膜がイカれかけたんだぞ…!

柴田と白波を見ろ!俺より距離が近かったせいで鼓膜がやられたのだろう、ピクリとも動かなくなってるぞ!

 

「おまえ、何喋ってた」

 

「え?えっと、私と九郎くんの関係についてだよ!?」

 

「いらんこと言ってねえだろうな……」

 

「言ってない!言ってないからね!!」

 

「…………まあ、ボロが出るまではそういうことにしといてやるか……」

 

「言ってないってばーー!」

 

あたふたする一之瀬だが…なんでこんなに近寄ってくるんだろうか。目の前でフンフンフンディフェンス*1でもされてるようだ。…なんだか昔を思い出すな…。

 

「一之瀬と九郎は仲良しなんだな」

 

まだ移籍もしてないのにすっかりBクラスに馴染みきってる清隆が他人事のようにそう言う。いや実際他人事なんだろう。こいつッ…!自分は蚊帳の外だからって余裕かました澄まし顔見せつけやがってッ…!

 

「なか…仲良し…?仲良しか…?俺ら…」

 

「仲良し!!世界一仲良しだからね!!!ちょっと昔はケンカもしちゃったけど、もう仲直りしたから!!!雨降って地固まるだから!!!」

 

「それは聞き捨てなりませんね一之瀬さん。真に世界一仲良しなのはこの坂柳有栖と清隆くんだと天が定めていますから!!」

 

必死に説明する一之瀬のセリフを遮るように突如坂柳が乱入してきた。誰もが呆気に取られる。神崎は宇宙になっているし、清隆は目を逸らしてるし、もはやついていけない。なぜこんなことになってしまったんだ…

 

「ふーん…?いくら坂柳さんでもそのセリフは見過ごせないなぁ…」

 

「それは私とて同じことですよ。私と清隆くんの間にある光の絆を差し置いて、世界一を宣うとは。いくら一之瀬さんが私の大切な友人であっても、今の発言は看過できません…そうでしょう?私の清隆くん(マイ・ディスティニー・フィアンセ)♪」

 

「九郎、今日の放課後は図書館に行かないか?」

 

清隆は坂柳を無視した。賢い。

とりあえず、提案にはOKと答えておく。

 

「ふふっ……私たちの間には言葉など不要。そういうことですね、清隆くん。つまり、あなたは私を愛している…」

 

「おい待て、オレはそんなこと思ってない。全く思ってない。嘘を事実にしようとするのはやめろ」

 

流石にスルーし難い発言だったので清隆が反応してしまう。

 

「それも照れ隠しですね?私にはわかります。目には見えなくとも、あなたと私の間に確かに有る愛が私にあなたの本心を糸電話のように伝えてくれるのですから…」

 

なんだこいつ、無敵か?

何をどう言おうと都合よく解釈してきそうだ。側から聞いてるだけなのに頭痛がしてくる。そして当人である清隆の精神的な疲労感のそれは想像もつかない。

 

「ううっ……す、すごい!!」

 

一之瀬は一之瀬で何をそんなに驚いているのか。わけがわからねえ。アレか?女子ならではのシンパシーみたいなものか?

 

「マジか、綾小路ってあの坂柳と付き合ってるのか?」

 

「やることやってんだな、綾小路…」

 

「クソッ!あんな可愛い子を彼女にしてるなんて羨ましい…!」

 

「待てお前ら。違うからな?オレは坂柳とはほぼ初対面だからな?」

 

坂柳の話を真に受けたクラスメイトたち…主に男子がヒソヒソと声は抑えつつも好き放題言い合う。当然清隆はそれを否定するが、残念ながら連中の認識を訂正できているとは言い難い。かわいそうだ。

 

「がはぁっっ!!!!」

 

「さ、坂柳さん!?!?」

 

うわあびっくりした!!坂柳が吐血した!!?

身体が弱いのはわかってたがここまでのレベルだったとは…いや、真面目に病院行ったほうがいいと思う。色々な意味で。

 

倒れかけた坂柳を一之瀬が支えている。この画だけ切り取れば二人の友情を収めた良場面になりそうだが、実際は両者共に残念美人である。黙ってさえいれば老若男女問わず誰もを虜にしそうだというのに、ままならないものだ。

 

「照れ隠しと言えども、記憶が失われていようとも、何度も否定されれば私とて悲しくなります…それでも私は清隆くんを愛しています。愛とは見返りを求めて与えるものではありませんから…私がそうしたいから」

 

「うっうっ…ぐすん…坂柳さん…!!」

 

なぜか一之瀬が泣いている。主に女子の間で感動ムードが広がっているが、男子の方では清隆に対する嫉妬が膨れ上がってきている。

 

っていうか神崎は何をやって…………あ…胃薬片手に、机に突っ伏している……もはや限界みたいだ…無理をさせすぎたか。すまん。俺はおまえのことを永遠に記憶の片隅にとどめておくだろう。

 

「違う、オレは坂柳なんて知らない、知らない、知らない……」

 

なんてことだ…この状況に耐えられなくなった清隆がロボットに……

クラスの中でも一之瀬ほどではないがクラスメイトをまとめられる程度の発言力を持っている柴田や白波も未だにフリーズしてるし…こんなんじゃもはや収拾はつかんだろう。

 

それもこれも、なんだかんだ面白そうだと傍観していた俺が悪い。全ては俺の判断ミス…。

そして、人は失敗したら責任を取らなくてはならない。

 

ここはもう荒療治でいくしかないと俺は決断する。

 

 

息を大きく吸って、吐いて、もいちど吸って、

 

 

 

 

 

 

「おまえら全員いったん黙れェッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

──世界を停止させ、俺はかつてないほど全力を尽くし、全速力でこの地獄に対処した。

胃薬に魂を売りかけていた神崎を保健室に届け、ロボットになってしまった清隆をカウンセラー椎名の下へ送り、天に召されかけていた坂柳をAクラスの教室へ戻し、一之瀬にヘッドロックを決め、柴田と白波を耳鼻科へ連れて行き、一之瀬にグリグリ攻撃*2をした。

 

神崎……これがおまえの居た世界なのか。今まで迷惑かけてたな。本当にごめん…*3

 

まさかこんな時間が明日も明後日も、三年生になっていても続くことになるのか?

いや、喚くな。自分の選択だ。後悔などする権利はない。そんなことは許されない。

 

 

……………でも、ちょっとくらいの文句は許されてもいいんじゃないかね?

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「おまえさ、生徒会に興味ないの?」

 

休日のケヤキモール。俺は一之瀬の一人ファッションショーに延々と付き合わされていた最中、前々から疑問に思っていたことを口にする。その質問に、更衣室から顔だけ覗かせた幼馴染はムッとほんの少しだけ機嫌を悪くする。

 

「それ、デート中に訊くこと?」

 

「この状況をデートって言うのやめてくれよ。思わず自主退学したくなる」

 

「そこまで言う!?」

 

まあ実際のところ、今の俺たち…厳密には一之瀬は俗に言うデートと呼ばれるものにうつつを抜かしているのが現状である。デートとは男女が前もって時間や場所を決め、そこで待ち合わせをして合流し遊びに行くことだ。俺はこの休日前に一之瀬に半ば無理やり約束を取り付けられたため、誠に遺憾ながらデートをしてしまっているということになる。

ただ、このデート自体が退屈で嫌だってわけではない。服選び自体も割と好きなんだが………何とも言いようのない怠さが、俺の気力を致命的に奪っていた。

 

「言う。…それより、興味あんの?ねえの?小中であんな率先して立候補してたじゃねーか」

 

一之瀬は周囲の人間を導く立場になりたがることが多い。必然的に発言力を持つようになり、存在感も強くなりがちだがそこに権力欲や自己顕示欲はないのだろう。単純にお人好しな性格からそう行動しているだけだと俺は思っている。

だから小学校ではクラス委員長に真っ先に立候補したり、中学校でもだが生徒会で積極的に活動していた。

それが高校生になってまるで生徒会に興味を示していないのは、少し不自然に思えた。それだけのことだった。

 

俺の質問にすぐには応じず、着替えを済ませて元の服装に戻った一之瀬は更衣室から出てくるなりサラッと答えた。

 

「興味が全くないってわけじゃないけど……本当に助けたい人をいざという時に限って助けられない生徒会なんて、存在してる意味も所属する意味もわからなくなっただけだよ」

 

「……………………………」

 

 

…聞かなきゃよかったな、と。心に棘が刺さるような感覚を覚えた。

 

 

「そんなことよりねえ九郎くん、どの服が一番よかった?」

 

「全部ダメだわ、ここの服は露出が激しくて見苦しい」

 

「み、みぐるしいって……………」

 

店員さんに聞かれたらどうするの、と一之瀬は焦ったように周りを見回して、自分の心配が杞憂であったことを理解し一安心していた。

一時間以上も試着しまくっていたくせに結局一着も買わなかったことに僅かな罪悪感を抱きながら俺は足早に店を出る。一之瀬も後を小走りで追ってくる。

 

「足早すぎ!ちょっと待ってよ九郎くん!」

 

「おまえが遅いんだろ?」

 

「遅くないもん!」

 

膨れっ面で肩を怒らせる幼馴染。この仕草自体はぶりっ子っぽいというかあざといというか、絶妙に殴りたくなるのだが一之瀬がやった場合は様になるのがちょっとだけ不思議だ。この世の真理は人の性格か、それとも顔なのか。

 

「あ、そういえば九郎くんってさ、肌が出てる服嫌いだよね。なんで?」

 

「言っただろ、見苦しいんだよ」

 

「いや……、…ああ、うん………そっか」

 

諦めたようなその苦笑いがちょっとムカつく。俺は俺なりに答えたのにな。真面目に答えたかと訊かれたらYESとは言えないがね。

ただ結局は自分のファッションなんだから、人様に迷惑をかけない範囲で自由にやればいいと思う。投げやりだが結論はやはりこれだろうな。

 

でも帆波にはもう少し大胆な服を着てもらってもいいな。そして満天の星空の下、二人の影はひとつに重なり永遠の愛を…」

 

「おまえをお星様のひとつに仲間入りさせてやろうか?」

 

「ひぇ、あ、えと、じょ、冗談だよ?………です。はい…」

 

いや…今のは真面目にキショかった。ガチで。ってかどうやってこいつ人の心の中を読んでるんだ?

 

「愛の力、だね」

 

キリッ!とドヤ顔を決めた一之瀬のつむじに右チョップを落とす。

 

「痛い!!」

 

「ザマァ。ところで昼飯なんか希望ある?」

 

「え?なんでもいいよ」

 

涙目になりながらもすぐに返事をするその切り替えの速さにはちょっとだけ敬意を表する。

 

「なんでもいいって言う奴に限ってこの店は嫌だとか気分じゃないとか言ってゴネるんだよなァ」

 

「そ、それは否定できないけど……でも私は!君とご飯を食べられるならなんでもいいよ!本当だよ!!」

 

「んじゃ芋虫でも食ってろ」

 

「流石にそれは嫌だよ!!」

 

こいついちいち大声出して元気だなぁ、とぼんやり思いながら、甘いものが欲しいし喫茶店で昼を済ませようかと考えて、前から興味はあったけど結局行けていなかったあの店に行こうと決めて歩いていたら……見覚えのある女子生徒の後ろ姿が目に入る。だが、なんだあの男は…

 

「そんなにあのコのことが気になる?」

 

ゾッとした。

 

一之瀬は俺が他の女子生徒に注目していると声色を変えてくるのだが、これがかなり怖くて本当嫌だ。下手なホラー映画やコントを見るよりバツグンに冷える……って、今はそれどころじゃない。

 

「一之瀬、すぐに警備員呼べるようにしとけ」

 

「ごまかそうとしてもだめだよ、今は私とデートしてるんだから私だけを見てよ。あんなコより私の方が君のことをずっと」

 

「事件が起きそうだから呼べるようにしろって言ってるのがわからねえのか?」

 

「え?あ、うん…」

 

睨みながら言うと理解してくれたのか、すこしもたつきながらも端末を操作し出した。

…一之瀬の相手をする上で一つ学んだことがある。それは気圧されないことだ。むしろこっちが押し返すぐらいの威勢を持っていないとそのまま潰される。

一之瀬は俗に言う『ヤンデレ』みたいな状態だ。俺も健全な男子高校生ということで、そういうジャンルを漁ったこともある…で、ヤンデレが関わる話ではたいてい主人公が押されがちなのだ。相手の気迫に押されて、言葉に詰まったり、ビビったりする。そういったナヨナヨした態度が、相手が抱いている疑いをより深めさせてしまったり、もっと怒らせてしまう結果を生み出すのだ。と少なくとも俺はそう感じた。

だから、こっちが責めるぐらいの態度でいればやり過ごせるのではないか、と思ったわけだ。そしてそれは、今のところ上手くいっているように感じる…

 

閑話休題。

 

俺はそこそこに気配を殺して路地裏を包む陰へ溶けていく女子生徒と大人の男の後を尾ける。念の為一之瀬には『終わるまでは隠れていろ。警備も呼ぶな』と言いつけておく。絶対に手を出すなよ、と眉間に指先をグリグリ押し付けながら念入りに言い聞かせる。

嫌がっているように見えて顔は笑っている一之瀬が頷いたのを確かめ、二人の様子を窺う。

 

やはり、あの女子生徒は以前俺と正面衝突してカメラが壊れるという悲劇に見舞われた気弱なツインテール女子だ。男の方は知らんが、まあ格好的に考えて店員か。しかしあの男、こうして観察するとやっぱりどうもイヤな感じだ。直感が『行け』とうるさいから従ったが、これは…

 

と、いきなりツインテール女子が何かを地面に投げつけた。形的におそらく手紙か何かか。

 

「も、もうこんなもの送ってこないでください!!迷惑なんです!!」

 

言葉の節々に滲み出ている恐怖。それでも勇気を振り絞って紡いだのだろう言葉には確かな拒絶の意が込められていた。

それを見た男の方は動揺を露わにする。

 

「なっ!僕の愛の結晶を……なんてことするんだ愛里!!一文字一文字に君への想いを込めて書いてきたのに…!!」

 

…あいつ、アレだな。ストーカーか。

一度だけだが、中学生に上がってから大人のストーカーが出たからわかる。*4そいつと雰囲気がかなり似ているのだ。もちろん見た目ではなく内面の話だ。そのストーカー野郎は俺がボコって大人のプライドも何もかもメタクソにへし折って二度と逆らえないようにしてやったからな。*5*6

 

要するに、我ら人類に対して近寄り難い嫌悪感を否応なしに与えてくるようなゴミ野郎ってことだが……

 

「僕は君を愛してるんだ愛里!一目見た時からずっと好きだった!雷に打たれたような気分だった…運命の出会いとはこのことだったんだって気づいたのさ!もっと君のことを知りたいと思った!君の全てを僕のものにしたいと心の底から思えた!君を潰れるぐらいに強く抱きしめることができたら僕はどんなに幸せだろうかって……」

 

……………誰得だよ、コレ。

(黙っていれば)学年トップクラスの美少女と言える坂柳ですら清隆を前にするとキモくなるというのに、冴えないおっさんの口からこんなセリフが飛び出てきたらそれはもうテロに等しい。耳が腐り落ちそうだ。

現にアイリというらしいあのツインテール女子はもう完全にビビって何も言えなくなっている。無理もない。俺が当事者だったなら、吐き気のあまり呼吸すら困難になっていたに違いない。

 

本来の予定ではもう少し決定的な瞬間を押さえてブチのめすつもりだったが、あまりにもキツイので予定変更だ。即刻こいつを黙らせることに決める。

念の為一之瀬に出てこないよう改めて言いつけて、姿を現すとストーカー野郎はずいぶんマヌケな面を晒した。

 

「よぉオッサン」

 

「あ、悪原くん……!?」

 

「な、なんだ君は!?」

 

鼻息荒くツインテール女子生徒に詰め寄っていたストーカー野郎は想定外であろうギャラリーの存在に意識を奪われ、俺の方に向き直る。

なんでツインテール女子生徒が俺の名前を知ってるのかは後だ。

 

「お楽しみタイムといきたかったんだろうが、そうはいかねえなァ」

 

「こ、これは違っ!あいり、っ彼女が、カメラについて聞きたいことがあるって言ったからで……!」

 

「聞いてもないのに答えてアホだなオッサン。あんた向いてないんじゃねぇか?この人間社会で生きることそのものになぁ」

 

「お、お前っ!!大人に対して、口の利き方がなってないぞ!!」

 

「大人?変な話だ。俺の目の前にいるのは一人のか弱い女子生徒と、発情期のメガネザル一匹だけだぜ」

 

「!!………このッ、……クソガキ……黙れよ…!」

 

「黙れ?おいおいなんて口利いてんだ、こっちは人間様だぜ。身の程を弁えろよゴミ袋」

 

サービスで唾を吐き捨て中指を立ててやると、ストーカー野郎は不意に胸元からナイフを取り出してきた。ツインテール女子生徒が小さく悲鳴を上げたのが耳に届く。

 

じり、とストーカー野郎がにじり寄ってくる。

 

「お前が悪いんだ……っ、僕と、愛里の仲を否定するから…!!」

 

「仲?不思議だな。あんたにはもう右手っていう恋人がいるのに、まさか二股か?流石ゴミ袋だ、人間の常識ってもんが通用しねえ」

 

鼻で笑ってやるとストーカー野郎の不細工な彫刻のような顔が、より激しく歪んだ。

 

「黙れ!!!いい加減に、お前ッ、殺すぞ!!!」

 

「殺すって、ああ。その口臭と体臭で俺を窒息死させようって魂胆か?勘弁してくれよ、お坊さんが悪臭のあまりお経を唱えれなくなっちまうじゃねえか」

 

くいっくいっと手首を曲げて『かかってこいよ』のジェスチャーと、顔を少し上に向けて見下すような体勢で二重に挑発したことがトリガーになったようだ。ぶちり、と理性の糸が切れたストーカー野郎はナイフを持って一心不乱に、まるで落下するような勢いで雄叫びを上げながら俺に突撃してくる。

 

ナイフ自体は別に大きくはない。どうせ携帯用だろう。だが殺傷力は確実に、充分にある。扱う奴がド素人でも人間ひとり殺すぐらいは、容易いはず。それこそすでにターゲットからは外れているのに腰を抜かしてガタガタ震えているツインテール女子のように気弱な人間なら、その切先を向けられるだけで動けなくなってしまうに違いない。

 

しかし、相手がこの俺だったというのがこいつにとって悲劇的な事実になる。……あれよりもっとデカいもんをブッ刺された上であのゴリラ──宝泉の野郎をブチのめしたあの時を思えば、心臓刺されたって勝てる気しかしねえなァ!!

 

猪のように直線的に突進してきたストーカー野郎の横をするりと抜けて、頭…というよりも髪をぐわしと掴んで思い切り引っ張り、一瞬体が浮いた隙に背骨めがけて膝蹴りを叩き込む。

 

「ぎゃああっ!」

 

悲鳴を上げたストーカー野郎が崩れ落ちる。そのまま後頭部に蹴りを入れて顔面から地面に倒してやると、それだけで野郎はもう動かなくなった。

 

「寝てろ、生ゴミ。……一之瀬!警備員呼べ!」

 

「う、うん!」

 

「え?あ、え?えっ?!」

 

混乱しているツインテール女子生徒を置き去りにして一之瀬が通報を入れる。驚くほど早く警備員が現れて、ぶっ倒れていたストーカー野郎をそのまま連行して行った。俺は後で事情聴取を受けなくてはならないだろうが、仕方ない。

しかしまあそれよりも。

 

「よく我慢したな一之瀬。どうせ飛び出してくると思ってたのにな」

 

「あんなに強く言われたら私だってちゃんと従うよ!?…確かに、いろいろ我慢したのはそうだけど」

 

今も腰をぬかしているツインテール女子の方を意味深にチラリと見た一之瀬は指先をいじりながらそう言った。

 

「でも、なんですぐに警備の人を呼ばなかったの?」

 

「いやあ、当事者になれば慰謝料とかもらえるかなと」

 

「そういう理由!?」

 

質問に答えてやると驚かれた。カスみたいな理由なのは認めるがあまり驚かれるのは心外である。しかしだ、俺は清隆を進級までに取り込むためにポイントを稼がなきゃならん。稼げそうならしっかり稼がないと。なるべく早く移籍させるに越したことはないんだから…。

そんなことを思っていると一之瀬は不満そうに目つきを鋭くしてこっちを見てくる。

 

「ポイントが欲しいなら、私が上げるのに…」

 

「自分からATMになろうとするやつ初めて見たわ。ホストかなんかか俺は」

 

「九郎くん?ホストになるなんて私許さないからね?私だけ担当するならともかく」

 

「なるなんてひとっことも言ってません」

 

たまに耳が悪くなる幼馴染の不調はともかく、一之瀬からポイントをいただくというのは確かに悪くはない手段だ。あくまで金稼ぎの手段としては、だが。

やっぱりモラルってもんがあるだろう?

 

「まあでも、相手はナイフ持ってたんだし切りつけられるぐらいのことはしてもよかったかもな。あまりにも一方的過ぎて──」

 

「今なんて言ったかもう一度聞かせて?」

 

「…相手はナイフ持ってたんだしもっと気をつけたらよかったかもな」

 

「そうだね!これからはもっと気をつけてよ」

 

今のは失言だった。俺が荒事に慣れてることを一之瀬はよく知っているし、相手がアレだから暴力で黙らせようと打って出たこと自体は問題視していないようだが…まったく余計なことを口走ってしまった。

 

…あ、そういえばナイフと言えば…

 

「一之瀬、おまえあの時に龍園と話をしたんだってな。何聞かされた」

 

「ち、違うよ!?私は君一筋だから!!信じられないなら今日の夜私の部屋で…」

 

「違うのはおまえの思考回路だろ」

 

…こいつもしかしなくても調子に乗っているよな?もちろん身から出た錆なのはわかってるし、ある程度は目を瞑りたいが…あまり度が過ぎるのは困る。清隆に悪影響を及ぼしたらどうしてくれるんだ。

 

もう一度問い直そうとしたらまた別の警備員がやってきた。事情聴取の時間か…

 

「おい、あんた立てるか」

 

「え?あ、う、うん…大丈夫」

 

まだ地面に尻をつけたままのツインテール女子生徒に声をかける。手を差し伸べはしない。そんなことしたら一之瀬がヤバいことになる。そんなに興味ないですよと行動で示すことで嫉妬を抑えないと、このツインテール女子生徒が一之瀬の手によってどんな目に遭わされるか。

 

幸いもう大丈夫なようなので、俺たちは事務所に連れて行かれしばらく事情聴取を受ける羽目になった。ちょうど腹が減っていたし、カツ丼とか出てこないかなと思っていたが出てこなかった。あまり長引かなかったからか?

 

ちなみに慰謝料は無し、というか受け取れない。もちろん一番の被害者であるツインテール女子生徒……佐倉と言うらしい女子はストーカー被害の悪質さもあってそこそこもらえるようだが、これは当然なので特に何も思うことはない。

慰謝料ゼロなのは俺がノーダメージだったせいだろう。思った通り一撃ぐらいくらっとくべきだった。つまり今回完全に俺は骨折り損ということに…いやでも、もしあいつからの攻撃を受けていたら一之瀬がどうなっていたかわからないな。やっぱり避けてよかったかな。

 

最後にやって来た星之宮先生からお小言をもらい、一通りの流れが終わって解放された頃にはもうお昼はとっくに過ぎていた。

 

「はぁーあ、無駄な時間だったぜ」

 

「思ったより長引いちゃったね」

 

「あのカスが虚弱なのが悪ィんだよ、たった二発でくたばりやがって。龍園なら二十発入れてもピンピンしてんのに」

 

「龍園くんってそんなに強いんだ…」

 

そうだな、あいつの一番強いところはしぶといところだよ。そして宝泉のバカはそれ以上だったけどな。あいつは期待を悪い意味で裏切ってくる天才だ。何回『やっとくたばったか』と思った瞬間に立ち上がってきたことやら。

入院中のはずなのに授業中いきなり乗り込んできた時は心底ビビったわ。なんと病室から脱走したらしい。速攻送り返してやったが目がガチでヤバかった。

 

「それで、だ。結局龍園から何を聞いたんだよ」

 

「え?えっとー…転校後の君のことだけど」

 

「…………いらんこと言ってなかったよな?」

 

「その、九郎くんが言う『いらないこと』がどんなことなのか私にはわからないんだけど……あ!傷のことは聞いてないよ」

 

「………そうかい」

 

傷の件はまあ正直、聞いてようが聞いていまいがどうでもいい。はっきり言ってこの傷のことは墓まで持ってくほどの話じゃない。酒で酔ったりしたらむしろ武勇伝として語ってるかもしれんような、そういう話になる。

しかし話す相手は選んだ方がいい、という点は間違いない。特に一之瀬にとっては少しショッキングな内容も含まれているのだから。それを思えばやっぱり──まだ知らないというのなら──こいつには話すべきじゃない。すでに終わった話とはいえ余計な心配をかけさせても悪いしな…

 

「聞いたのは…色々無茶してたってことだけだよ」

 

急に元気をなくした様子で一之瀬は俺の手を握り、少し俯く。

 

「……ごめんね…私のせいで」

 

突然謝ってきて少し動揺するが、痛ましいその謝罪で幼馴染が今何を思っているのかを察する。だからこそ敢えて、ハッキリと言う。

 

「…確かに、転校なんてしなければよかったかもしれねえな。ハッキリ言って…転校して得られたものは暴力だけだった。…転校しないままだったら内申はひでぇことになっただろうが、高卒認定試験なんかもあるし…」

 

なんなら大学に行くっていう道もあった。学費は特待生にでもなりゃあある程度は軽くなるし、なんなら完全にタダになるところもあるらしいしな。死ぬ気で勉強すればなんとかなったかもしれない。

 

そんな俺の言葉を聞いて、一之瀬の手が震え始めた。

 

「…けどな、おまえは悪くないんだ。俺が転校先をもっとよく考えていたら…俺がもっとやり方を考えていたら…。…元を正せば俺の行動が何もかもの原因だからな。自業自得だ」

 

「だから…もうあのことを気に病むのはやめてほしい。俺は…おまえに、そんな顔してほしくねえんだ」

 

一之瀬の顔をくいっと引き寄せて、むりやり目を合わせてそう伝える。正直ものすごく恥ずかしいが必要経費だ。

 

「く、九郎くん。その…」

 

案の定みるみる顔が赤くなっていった一之瀬の視線が泳ぎ始める。アピールが激しい割には変なところでウブというか、なんというか…

 

…変な空気になってしまった。

 

自らの軽率な行動に後悔する。なんだか昨日から後悔ばかりな気がするが、それも何もかも自らの過ちが招いたことだ。思い上がるなよ、と自分に言い聞かせ…

 

 

「彼女とイチャつくなら場所を選んだらどうだ?」

 

 

ば、っと声がした方へ俺たちどちらも顔を向ける。そこに立っていたのは、転校後にできた腐れ縁。

 

 

「…彼女じゃねえんだが。その性根に飽き足らず目ん玉まで腐らせたか?」

 

 

我ながらあまりにも説得力のないセリフだと自嘲する。しかし場の空気がガラリと変わったのはラッキーだ……その原因が、こいつでなかったら尚良かったんだが。

 

 

「その距離感で彼女じゃないとは無理があるぜ。なら何だ?セフレか?ククッ、気もないくせにベタベタに甘やかして罪な野郎だ。また刺されてえのかよ?」

 

 

「嫌なこと思い出させんじゃあねえ。しっかし相ッ変わらず品のねえ野郎だ、ちったあ言葉を選べ。女子の前で言うセリフ(もん)じゃねえだろうってのに、ったくいつまで中坊気分だ」

 

 

「俺に品がねえってよりはテメェがお上品すぎんだよ。『()()』のくせに礼節は重んじて気持ちが悪ィったらありゃしねえ」

 

 

()()で呼ぶな殺すぞ。で?何の用かさっさと言え。……龍園」

 

 

ムカつく面とロン毛を引っ提げて、ふてぶてしく立ちながら殴り倒したくなるセリフを吐きまくる腐れ縁──龍園翔。こいつが俺の前に来た時は、大抵ろくなことが起きないと決まっている。

 

俺の催促に、龍園は獰猛に笑って、口を開き──

 

 

「俺は今1800万ぐらい持ってんだがよ…なァ悪原、俺のクラスに来る気はねぇか?」

 

 

──耳を疑う提案をしてきたのだった。

 

 

*1
某バスケ漫画に出てくるディフェンス技。「フンフンフン」と繰り返し言いながら、腕を目一杯伸ばしてあらゆるコースからのシュートを妨害する。高速で動くので影分身のように何人にも増えているような錯覚を相手に与えられる。なおこの作品で一之瀬や悪原がバスケ部に入る展開はありません。

*2
両の握り拳で相手の側頭部かこめかみを挟み、グリグリとねじ込んで圧迫し攻撃する技。某嵐を呼ぶ幼稚園児が出てくる作品がわかりやすいと思われる。ただし今回はヘッドロックを決めながらやったので片手のみである。

*3
考え事ばかりで心休まる時間が少なかったのは事実だがさすがにここまでひどくはない。

*4
時期的には暴力事件の二、三ヶ月前ほど。ほとんど会話らしい会話もしない頃だったが、ゴミ掃除をするぐらいの情はまだあった。ちなみにこのことを一之瀬は知らないし今後知ることもない。

*5
さらっとノーダメージ撃破を達成している。大の大人が一人の中学生に嘲られながら一方的にボコられるのは相当な屈辱だったと思われる。

*6
この作品の一之瀬は悪原へのアピールのために『みりょく』のステータスが馬鹿みたいに伸びているので周囲の人間の脳を焼きまくっている。厄介男を大量生産しているのはこれが原因。なお、悪原に『みりょく』のステータスは無効である。




キャラ紹介コーナー

一之瀬
ようやく幼馴染と仲直りできて幸せいっぱい。やりとりの全てに懐かしさを感じている。雑に扱われていることさえ楽しい。そして他の女子に目を向けていると嫉妬する。今の目標は下の名前で呼ばせることだ。ちなみに佐倉が自分たちの様子を窺っていたことには気づいており、わざと過去の話を持ち出すことで邪魔しにくい雰囲気を作り、悪原の罪悪感を刺激して拒絶されないようにすることで完璧な『今取り込み中なのわかるよね』フィールドを生成した。結果、佐倉に芽生えかけていた気持ちを発芽前に潰すことに成功。やっとお母さんや妹に顔向けできる。

神崎
一之瀬のことは俺に任せろと悪原から言われて少し肩の荷が降りたものの、坂柳乱入事件で「これも俺がなんとかしなくてはならないのか?」と思った瞬間ついにダウンしてしまった可哀想な人。胃薬に魂を売りかけたがギリギリ生還。とはいえ一之瀬の相手を悪原が受け持ったので気持ちもいくらか軽くなったでしょう。今までよく頑張った、あとは友に任せるんだ。

綾小路
坂柳との関係否定botになってしまったがカウンセラー椎名のおかげで復活。椎名との距離が縮まった気がしてちょっとドキドキ。坂柳に関しては半ば諦めてきている。幼馴染設定や過去の捏造はもうなんでもいいので、せめて「友達として一からやり直させてほしい」とか言ってくれるなら…ギリ…?

椎名
突如届けられた友達の精神状態がヤバかったのでとりあえず一緒に読書した。しかもさりげなく身を寄せ合いながら…!これがカウンセラーのテクなのだ。パーフェクトコミュニケーション

坂柳
何度も綾小路に関係を否定されたことにより一時は命が危うかったものの、盗撮したり残り香を摂取するのではなくちゃんと会話ができたという事実を思い返すことで息を吹き返した。そしてその後、ある人物の失言によってマジギレする。ちなみに実はクラス闘争にはそこまで興味がない。というか綾小路に夢中過ぎてもはやどうでもいいとさえ思っている。リーダーに立候補したのも暇つぶしに過ぎない。はたして原作の坂柳とこの作品の坂柳とでどっちがマシなのか。

悪原
神崎の様子がおかしいところから違和感に気づき、これヤバくね?とガチ焦り。一之瀬と上辺だけは仲直りしているが、内心は罪悪感でめちゃめちゃに縛られており自分を責め続けている拗らせ男。自分は死ねばいいとも思っている。もちろん死後は地獄行きと確信してる。やり取りの全てに懐かしさと罪悪感を覚えている。一之瀬に集中していたので佐倉が見ていたことには気づかなかった。ちなみに一之瀬への扱いが雑なのは、様子を窺いながら接するのはダメだと思ったから。そしてその判断は大正解だったり。

佐倉
お礼を言いたくて陰からこっそり悪原と一之瀬の様子を窺っていたが、結果二人はそういう関係だと見事に勘違い。それがなくても邪魔をするのは憚られる雰囲気だったので静かにその場を後にした。自分の気持ちを理解する前にフラグをへし折られたのでヒロインにはなりません。ただ悪原には感謝してるしお礼をしたいとも思ってる。

柴田&白波
鼓膜は無事。

クラスメイトたち
結局のところ綾小路と坂柳は付き合ってるの?付き合ってないの?

龍園
ついに登場、Cクラスの王。ずっと登場させたかったんですが今回ようやくそれが果たせて一安心。次回、彼視点での過去編と彼の動向を描写して次々回から特別試験に入る予定です。
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