龍園さんTUEEEEEE回と言っても過言ではないです。
この世で最も強い力は振り切れた暴力である
龍園翔という名を与えられ生を受けた俺がその結論に達したのは、小学生時代のことだった。遠足で蛇が現れ、周りの誰もが恐怖するなか俺はその蛇を撲殺した。
俺には理解できなかった。周りの奴らは、蛇を見て顔を青くしたり耳障りな悲鳴を上げたりしていたが、その理由が全く理解できなかったのだ。
何がそんなに恐ろしいのだろうかと。俺にはその『恐怖』が、パンくずほども理解できなかった。
そして俺は、この蛇の命を奪った時に『屈服させる快感』に目覚めた。
暴力の強さと、相手を跪かせる快感を知った。俺の原点とも呼べるこの出来事は内にも外にも敵を大勢作ることになった。疎まれ、後ろ指を指され、嫌われ者としての道を歩むことが決定された。もっとも、俺にとっては屈服させることができる機会がどんどん転がり込んでくるのでむしろ好都合であったが。
使えそうな奴や反抗的な奴は暴力で叩きのめして駒に変え、そんな俺を倒そうとする奴を返り討ちにし続けるうち、自然と殴り合いの喧嘩が日常茶飯事になっていった。
その頃になると他校に攻め込むことも珍しくなくなっていた。
常に勝ち続けてきたわけじゃない。敵対勢力の連中に徒党を組まれ、大勢に囲まれ殴られ蹴られのリンチに遭ったことも少なくない。立ち上がることも困難なほどの、抗いようのない暴力に晒されてこっちが跪かされたことも一度や二度じゃない。
だが、だ。俺は暴力の嵐を受けている最中でも、『どうやってこいつらに勝利するか』『復讐するか』ただそれだけしか考えなかった。『恐怖』など、微塵もなかった。
俺は単なる暴力だけでなく、策謀で敵を陥れることを学んだ。その新たな手段を存分に利用し、俺はどんな奴が相手でも最後は必ず勝利してきた。一度こちらに屈辱を与えてきた奴相手に、より大きな屈辱を与えて屈服させる快感は何物にも変えがたいものだった。
誰もが俺の前にひれ伏した。その頃になると『本物の実力者とは、比類なき暴力の持ち主』だという自論も不動のものになっていた。
しかし…それは俺に歯向かうものがいなくなったことを意味する。刺激の少ない毎日に退屈を覚え始め、俺は歯ごたえのある敵を求めるようになり、ますます他校への攻勢を強め、遠征にも出かけるようになっていった。
──ある日、陥落寸前だった敵校が突然息を吹き返した。
その時俺は遠征で不在だった。部隊を管理させていた部下に『失敗した』と連絡を受けた時、特に何も思うことはなかった。片手間で落とそうとしていた場所だったから、失敗しても大したことではないと。
とはいえ、だ。そこまでは順調にいっていたのに、いきなりこちらが劣勢になるのは不思議な話でもある。もしや、近頃その名を轟かせている宝泉とかいう奴の勢力が横槍でも入れてきたのか。そう思っていた直後の報告に……
『転校生だというたったひとりの男に、壊滅させられた』
久々の、高揚を感じた。
聞けば、その時出張っていた部下たちは全員病院送りにされたらしい。適当に編成させたとはいえ群れればそれなりの力にもなる連中だったのだが…
どうやら、その転校生とやらは並のウデじゃないようだ。雑兵をぶつけても、送り込むたびにこちらの戦力が削られていくだけだろう。
俺は自ら出向くことに決めた。屈服させ甲斐のある、一度や二度噛み付くぐらいじゃ全く相手にされないような、そんな強敵を…いつも通りに、叶わぬ願いと知りながらも期待して──
「……テメェが大将か」
──ついに、巡り逢った。
そいつは、すでに戦闘不能になっていた部下どもの山の前でぽつんと佇んでいて。
血に濡れた拳。
返り血がこびりついたシャツ。
何者も寄せつけぬような刺々しい髪。
影に溶けそうな青い毛先。
仮にも同年代とは思えないガタイ。
おそらくは、俺に近しいタイプの人間。それが初めて野郎のツラを拝んだ時の印象だった。
「そういうテメェは例の転校生だな?ハッ、流石に他の雑魚とは違うみてぇだな」
「お褒めに預かり吐き気がするぜ。ブッ殺すぞ」
「言ってくれるじゃあねえか。……しっかしやってくれたなあ、おい。てめえのせいでこっちの戦力は無駄に削れるし計画も一部見直しだ」
「ザマァねえな。そのまま部下ごと野垂れ死ね」
「それはできねえ相談だ。この落とし前はキッチリつけてもらわねえとなあ」
「やれるもんならやってみろ。三途の川までなら面倒見てやっからよォ」
「ククク……そいつはこっちの台詞だぜ。…名乗りな、名前ぐらいは覚えておいてやるよ」
「悪原九郎。テメェはなんだ糞ロン毛」
「俺は龍園。んじゃ死ね!!!」
──いつも通りの突貫。避けられることを想定した上での右ストレート。
それを奴は……同じように、右ストレートで迎撃。
拳と拳が激突し、……しかし勝負にさえならなかった。
それはまるで、鉄の塊とぶつかったような──、
次の瞬間、俺は宙に打ち上がっていた。
その原因が、野郎の右アッパーだということを理解する前に………俺は意識を失った。
…これが、悪原との出会いだった。
気がつくと、俺は病院にいた。悪原は俺を沈めたあとに救急車を呼んだらしい。
……不思議と、そこまで不快ではなかった。不快と言えば確かに不快だが、これまでの退屈を破壊してくれそうな男が現れたことへの喜び、そして期待がそれに勝った。
それから俺は悪原を徹底的にマークするようにした。奴の動きを雑魚どもに見張らせ、隙を見ては絡みに行った。何度も、何度でも、悪原に噛みついた。その度に殴られ蹴られて地面を舐める羽目になり、時にはその辺の石や棒を武器にして立ち向かい、部下に不意打ちさせてからのリンチに持ち込もうともした。
が、悪原には勝てなかった。奴の強さは俺の予想を超えていた。攻撃を当てれば当てるほどに奴は逆上して攻勢を強め、まさしく暴力ひとつで押し切り、最後にはなどという枕詞をつける必要もないほどあっさりと、血みどろの勝利を掴み取っていた。
どこの漫画のキャラクターだ、と文句を言いたくなるくらいには理不尽だったし、強かった。
罠を仕掛けてもダメだった。引っかかっても仕留め切れずに逃してしまうか、最悪返り討ち。おまけに仕掛けるたびに見抜かれるようになっていき、今ではちっとも掛かりゃしない。挙げ句の果てには何が狙いだったか一字一句違わず的中させるような真似までしてきやがった。その腹立たしいパフォーマンスをされた日以降、俺は悪原に搦手は無意味だと気づいた。
数で押し潰すのも失敗した。なんかの特殊部隊にでも属していたのかって思うほど奴は一対多の戦闘に慣れていた。おまけに部下どもを盾に突っ込んでくるわ、足もとが倒れた雑魚どもで埋まって動きづらくなるなど、悪原を数で押そうとしてもデメリットしかなかった。
打てる手は全て打った。だが奴は腕も立ち頭も切れた。なんともめちゃくちゃな野郎だった。
そして悪原の名は急速に広まっていっていた。そりゃあ、俺に目をつけられて未だ無事なんだし噂を聞きつけてやって来た他校の番長格を次々ぶちのめしていたのだから名が上がって当たり前だが。
そして奴の名が広まる度、悪評が轟く度に奴の下に抗争に巻き込まれた雑魚どもが逃げ込んで行った。さながら難民のようで、少しだけ笑えた。
悪原自身に勢力を立ち上げる意思や名を上げようという気はないようだったが、それでも手を出されれば過剰なまでにやり返した。奴に喧嘩を打ったバカは、漏れなく最低でも二、三本骨をへし折られて病院送りになった。
返り血に拳がどれほど塗れても、奴は顔色ひとつ変えずただただ敵を叩きのめして行った。
そうして悪原についた異名が、『冷血悪魔』。
まったく大層な異名だと思うだろう。だが、この異名で奴のことを呼んでやるとたちまち機嫌を悪くする。俺としてはいいネタが手に入り気分は良かった。まあ、あまりからかいすぎると急所攻撃が増えるので程々にしないといけないが。
悪原に喧嘩を売った連中はそのほとんどがたった一度の交戦で自信も、プライドも、積み上げてきたもの全てを砕かれる。圧倒的な暴力によってだ。中には未だ病院から出てこれない奴もいる。
悪魔に喧嘩を売って今なお健在の人間は、自然と俺一人だけになっていた。
奴が悪魔の名で恐れられ始めた時期、俺は遠征をやめて時間帯関係なく単独での襲撃を仕掛けるという手段で悪原を倒そうと試みていた。それは意外にも上手くいった。夜、路地裏から突然攻撃を仕掛けた俺に悪原は対応が間に合わず倒れた。
すぐに立ち上がった奴と殴り合いが始まったが、先手を取ったのが効いたかほとんど引き分けのような形で戦いは終わった。俺は戦いの結果脚の骨に皹が入ったため、しばらく松葉杖と行動を共にする羽目になった。
だが、この闇討ち作戦には確かな手応えを感じた。…可能ならば真正面から屈服させてやりたかった。あれほどの男を自らの力で跪かせることができれば、どれほどの優越感、快感を得られることか。
だが欲をかいてはいけないと己に言い聞かせ、俺はこれまで以上に悪原の動きを見張り、全くランダムなタイミングで奴に襲撃を仕掛けるようにした。
それを続けていると、ただでさえ凶悪なツラをしていた悪原の顔は日に日に歪んでいった。間違いなく俺の襲撃というストレスのせいだろう。アイツがバカ真面目に授業を受けてる時でも、通学に使っている駅でもいつでもどこでも絡んで喧嘩を売ってやったからな。これでストレスを感じねえ奴はいねえだろう。
全てが順調だった。近いうち奴は俺に屈服する……悪魔ですら俺は従えることができる…そう信じていた。
ある日の夜道、悪原の方から奇襲を仕掛けてきた。情けないことに油断しきっていた俺は一方的に叩きのめされた。それはいっそ笑い話にさえなりそうなほど、清々しいくらいにボコられた。結果、俺は全身打撲で入院するハメになった。
「いい加減しつっけぇんだよ死ねええ!!!龍園ン!!!」
病室に閉じ込められている間、そんな掛け声と共に飛んできたアイツの拳が忘れられなかった。
退院すると、重用している部下の一人が『龍園さん…悪原に拘るのは、もう…』そこまで言ったところで俺はそいつを殴り倒した。諦めろと?たかだか病院送りにされた程度のことでか。
そんなことは俺のプライドが許さない。
見せしめとして例の部下にはじっくりと焼きを入れてやり、俺は悪原に奇襲を仕掛ける作戦を続けた。もちろん春でも夏でも秋でもだ。奴の事情など知ったことではない。
近頃宝泉とかいう奴の勢力が伸びてきているのは鬱陶しいが、どうせ悪原と比べればカスだ。部下どもを多少送り込み小競り合いさせるぐらいで済ませておけばいい。
だが、悪原への闇討ちも今までのようにはいかなかった。奴も対応してくるようになったのもあるが、それ以上に厄介なのが俺と同じことをやり始めたことだ。俺を狙う奴は掃いて捨てるほどいたが、悪原に完全にターゲットにされたという事実は何よりも俺を高揚させた。それでこそ返り討ちのし甲斐があるってもんだ。
四六時中襲撃してくるわけではないが、それでも少なくとも土日は全く気の休まらない時間へ変わった。変装したり、影に潜んだり、急襲したり、ゴミ箱の中で待ち伏せしたり…俺も悪原もあらゆる手を尽くして互いの油断を狙った。コンビニ店員に扮したこともあるが…あの時は三徹してたからな。今思い返すと流石にあれは意味がわからねえ。不意打ち自体はこれまでにないほどうまくいったが二度とやらねえと心に決めた。
そうしてこの闇討ち合戦は長いこと続き、悪原との対戦回数は数えてこそいないが、それでも200はくだらないはずだ。そのうち半分以上がこの闇討ち合戦だ。
しかしハッキリ言ってこの争いは大したものは産まなかった。得られたのはせいぜい自分の気配を消すスキルと、周囲の気配を探るスキルぐらいだ。おかげで悪原以外から不意を突かれることはもう完全になくなったが、有用といえば有用なもののあれだけ戦って得られたものがこれだけと思うと涙がちょちょぎれそうだったぜ。
だが…たまにではあるが、悪原と戦わず話をしたこともある。ほとんどがお互い疲れ切った、休憩時間に出会したのがきっかけだ。この一時的な休戦は話し合って決めたわけでもなんでもない。ただお互い手を出さないだけだ。暗黙の了解なんて知ったこっちゃないが、得がないなら喧嘩を売る意味もない。
そしてそこから知ったのは、俺が思っていたよりこいつは凶暴でないという……か、意外と礼儀を弁えているってところだ。こっちから喧嘩を仕掛けなければ自分も手を出す気はないらしい……ただ俺相手に関しては、疲れてさえいなければ、のようだがな。
俺自身が最も意外に思っているが、悪原との会話は存外悪くなかった。部下どもから徴収した税でラーメン屋に行ったり、カラオケに行きお互い耳元で
ある日炭酸と騙し…というよりも無理矢理に酒を飲ませてみたが、その時はなかなか面白いことになった。一之瀬とかいう幼馴染らしい女のことや、悪原が過去に起こした暴力事件の話は、まあ興味深かった。
楽しませてもらったぜ、と酔いが覚めた悪原に言ってやったら記憶が残っていたのか顔を真っ赤にして『死ね!』の二文字と共にその鉄拳を繰り出してきたため俺はその時だけは逃げに徹した。
ある日、悪原が宝泉勢力の本拠地…宝泉がいる学校へ殴り込みをかけたと部下から報告を受けた俺はすぐにかき集められるだけ部下を招集し強襲を仕掛けた。その情報が寝耳に水だったのは否定できない。
だが疑問に思うこともあった。なぜ悪原は宝泉勢力の本拠地に単身で乗り込んでいったのか。
しかしそれは本人に聞けば解決する、とその場は疑問を脇へ追いやった。少々不本意な形だがここで宝泉と決着をつけるのも悪くなかったからな。
だが、到着した頃には全てが終わっていた。
あちこちに倒れて呻いていたのは宝泉勢力の連中。勢力の本拠地なだけありここに配備されていたコイツらは決して雑魚というほどでもないのは見てわかったが、もちろん悪原に敵うわけはなかった。そんなことはこの光景を見なくてもわかっていたことだがな。
…とはいえ…凄まじい数だった。悪魔の拳に打ち倒された連中は、ざっと見ても100人は超えていた。
バキバキに割れた窓、皹の入っている壁の下でオネンネしている宝泉勢力の雑魚、あらぬ方向へ捻じ曲がった腕や脚を抑えて苦しみ喘いでいる敗者たち。激戦の後というよりは、単に邪魔だったからぶっ飛ばされた、ようにしか見えなかった。嵐が通った後のようと表現する方が適切だったな。
倒れている雑魚どもは道標のように、俺たちを激戦の跡地へ導いてくれた。
……認めたくはないが、絶句した。言葉が出なかった。
立っていたのは悪原。奴の前に仰向けに倒れているゴリラは散々噂に聞いてきた宝泉だろう。
だが、勝者である悪原の姿はまさに壮絶だった。
頭からは血が噴き出ていて、右脇腹には割とシャレにならないぐらいにはデカいナイフがブッ刺さっていたままだった。特にそこからの出血がひどく、はっきり言ってついに死んだのかとさえ思った。思わされた。
少し離れたところに鉄バットが転がっていた。おそらくあれで頭をカチ割られたか。ナイフに関しては……いくらなんでも出血が酷すぎる。宝泉の最後の悪足掻きというわけでもなさそうだ。まさかと思うがブッ刺さったまま戦闘続行してたんじゃねえだろうな…
その時ぐりん、と悪原が首を曲げてこっちを向いた。
顔面左半分は頭から流れる血で覆われ赤く染まっており、白目を剥いたその目は明らかに正気ではなかった。さながら幽鬼、といったとこか。その姿は命を捨てて勝利をもぎ取ったようにしか見えなかった。
部下どもは悪魔と呼ばれたその男の姿に、小さく悲鳴をあげた。普段なら情けねえと吐き捨てているところだが、今回ばかりは無理もない。俺ですら目を逸らしたくなったんだ。繰り広げられた戦いの過激さを当事者でもない俺たちが容易に想像できる程度には、惨い有様だったからな。
俺はすぐさま部下に救急車を呼ばせた。病院に担ぎ込まれる悪魔の姿を見て俺は心の中で、死ぬんじゃねえぞ、と、我ながららしくもなく感傷的な気持ちで呟いた。
…ああ、後からやってきた宝泉勢力の増援はその場で掃除しておいたとだけ言っておけば充分だよなぁ?
山場は超えたとのことで奴のいる病室に訪れると、そこで一人の女が眠っている悪原の手を握りながら泣いていた。
黒い髪ながら毛先だけは青いこと、そして悪原を見るその目、何者であるかなどわかりきっていた。それでも何者かと問うと、女は悪原の母親だと名乗った。
悪原はずいぶんと親に愛されているらしい。こっちの親はとっくに俺を見放しているからな。俺がいつどこで死のうと気にも留めないだろう。部下どもの家庭環境も同じようなもんだ。
それに比べて、悪原母はナイフをブッ刺され頭をカチ割られた息子の身を案じて涙を流していた。実に美しい家族愛だな?腹の底から笑いが込み上がってくるぜ。
それはさておき、悪原母は俺に、息子と友達なのかと訊いてきた。馬鹿げた質問だ。俺が友達に見えるのか?と逆に訊き返してやると、悲しげに俯いて『そう…、ごめんね』とだけ言い、何を思ったか俺の横を通り過ぎて病室から出て行った。その目は真っ赤だった。おそらく、ずっと泣きっぱなしだったのだろう。まあそんなことは知ったことじゃないが、この場から消えてくれたことに感謝はしてやった。
俺は椅子に座り、眠っている悪原を観察した。その寝顔はだらしない、というよりギリギリで命を繋いでいるように見えた。
今までこの俺を散々返り討ちにしてくれやがった男が、宝泉とかいうカスみたいな後輩の手でこんな無様を晒している現実が腹立たしかった。
悪原を跪かせるのはこの俺だ。ゴリラはお呼びじゃあねえ。
そんなことを思っていると、悪原が目覚めた。
「…なんで寝起きにてめえのツラを拝まなきゃならねえんだ」
開口一番にそうほざいたこいつを思わず蹴り飛ばしそうになったが、それはベッドの足を蹴ることで発散した。とはいえ俺だって寝起きに悪原のツラなんざ拝みたくねえな。起きたはずなのに悪夢じゃねえか。
てめえの母親がさっきまでいたことを伝えると、悪原は天井を見上げて小さなため息を吐いた。あの愛情深いお母様を大切にしてやれよ、と言ってやったら『うるせえ』とだけ返された。その表情は窺えなかったが、声に悪感情は感じられなかった。
本題である『なぜ宝泉を潰したのか』を問うと、『脅迫を受けた』からだと答えた。どんな脅迫だったかを訊いてみると、『母親を誘拐したから手出されたくなきゃこっち来い』という置き手紙があったらしい。
なるほどな…と、俺は納得した。仲良し親子なこいつらに、そういう手段はよく効くことだろう。ついでに家の中は荒らされまくっていたとも悪原は言った。
家の中を荒らすことで自宅で犯罪が起きたと悪原に認識させ、一時的に判断力を奪ったところに置き手紙を見せることでさらに冷静さを欠かせるという作戦だったってとこか。まあ悪くはないが、仕掛ける相手を間違えたとしか言いようがねえな。
悪原の襲撃を予期して部下を集め、鉄バットやナイフなど武器も用意して宝泉は万全を期したのだろうが、いざ待望の悪魔が襲撃してきたら部下ども諸共コテンパンにぶちのめされて病院送りにされるという結末を迎えた。相討ちのような形だったとはいえ、大頭である宝泉が陥落した以上奴の勢力はこれからどんどん縮小していくだろう。もう無駄な小競り合いも、横槍が入ることもなくなるか。……宝泉の失脚に乗じて虫が湧いてきそうではあるが、どうせその宝泉に怯えていた腰抜けどもだ。気にするほどのことじゃねえ。
そして宝泉が潰されたことにより、俺はここらで悪原に喧嘩を売りながら生き残っている唯一の人間となった。復帰後の宝泉の行動にもよるが……この事実は勢力拡大にあたって大きな強みになるだろう。この抗争で俺は大きく得をした。漁夫の利とはこのことだな。
しかし俺にとっても意外だった事実として、悪原母の誘拐はガチだったらしい。宝泉の暴れっぷりは耳にタコができるほど聞いてきたが、そこまでやるか。宝泉は俺以上に手段を選ばない、というより躊躇のない、ブレーキのぶっ壊れたイカレヤロウだったようだ。
ああ、そういえば、ナイフが刺さったまま戦ったのか?と、小さな疑問をぶつけてみたら『それがなんだよ』と返された。
……ブレーキのぶっ壊れたイカレヤロウなのは、悪原も同じだったようだ。異常者に囲まれてる俺は可哀想だろ?
悪原が退院してからは平和だった。俺から見て平和なのであって、雑魚どもから見れば相変わらず荒れた時間だったろうがな。
悪原との喧嘩は続いていた。ここまできたらむしろ日課のようにも思えて、奴の入院中どうもムズムズしていたからな。しかし部下どもを殴るんじゃ解決しないんだから始末が悪いったらありゃしなかったぜ。
『悪魔』という異名も、言い得て妙だなと思わされた。
だが前までのようにはいかなかった。悪原が強くなっていたからだ。人間の脳は体が壊れないよう力にリミッターをかけているというが、宝泉との戦闘でそのリミッターが故障したのか知らねえが、一段と力強くなっていた。
実際リンゴを渡してみたら、あっさりと握りつぶしやがった。
そんな馬鹿力で殴る蹴るしてくるもんだから、嫌でも強くならざるを得なかった。努力は嫌いだが努力無しに勝てるほど悪原は生ぬるい相手じゃねえ。
だがそんな日も長くは続かなかった。そもそも悪原が宝泉勢力を壊滅させたのが十二月だ。そこから入退院だから、悪魔と喧嘩に明け暮れることのできる時間は少なかった。
そう、俺たちは進学した。
だがクラス分けを確かめた時、悪原の名があった時は実に愉快だった。あの野郎、俺には『どこか適当なところに入る』と言ってたくせにな。適当に入るところじゃあねえぞここは。
クラスが違っていたのもむしろ好都合だった。同じクラスじゃ面白くない。罰則や監視の目をかいくぐっての暴力で奴と戦う方が燃えるからな。俺はヌルゲーは趣味じゃねえ。
さらに嬉しいことに、この学校自体きな臭かった。それはSシステムの説明などを受けてからより顕著になった。
クラスの雑魚どもは毎月10万ゲットなんて解釈してヘラヘラしているが、俺に言わせりゃ馬鹿中の馬鹿だ。国主導の学校だぜ。そんなうまい話があるか?
どうやら俺はクラスメイトに恵まれなかったようだ……なけるぜ。
…ま、頭が弱くても腕っぷしや気合いだけでもあれば最低限の使い道はある。石崎などがその筆頭だが、特にあの黒人。アルベルトとか言ったか、奴は手懐ければ便利な制裁装置になるだろう。見た目の威圧感も、俺がクラスの王となったとき護衛として使うのにちょうどいい。
どうせどいつもこいつも悪原に比べりゃカスなんだ。奴以上に俺を手こずらせられる奴はいねえ。なら、初めから割り切っといた方が無駄にイラつかずに済む。
そういうことでさっそく俺は行動を起こした。まずはSシステムの真相を突き止めるべく校内を観察して回った。監視カメラの数には流石の俺も思わず笑かされた。なんだ、あの数は。刑務所か何かか?絶対に死角など作らないという意思がひしひしと伝わってきたぜ。
それと怪しい上級生。ちょっと『お話』をしてやろうとしても逃げられる。ポイントを出す、と言っても聞かない。何か重大な秘密を隠しているに違いねえし、それがSシステムに関わっているのは間違いねえ……だから俺は、しばらく上級生の情報を集めるべく動いた。
その結果、俺は自分の予感が正しかったと確信した。
上級生の教室の、下級生と比べると明らかに不自然に少ない席。Aクラスの生徒の余裕ぶりと、Dクラスの生徒の諦めたような顔。
そして、南雲とかいう男が二年全体を掌握しているということ。
……これは使えるな。
おそらく上級生は下級生にSシステムの真相を漏らすと退学かなんか、よほど重い処罰がくだるのだろうと俺は睨んだ。それを利用して、上級生からポイントをむしりとるという作戦を立てた。そのために、学年全体を支配する南雲という男を利用する。そんな立場の人間が税制度を導入していないわけはねえ。ひとりひとりからは微々たる金額でも、流石に100人以上もいる人間から徴収し続ければ相当な資金を蓄えているはずだ。金目的で狙うなら最高のターゲットだ。
坂上にも確認はとった。校内のものは何でも買えるというなら、退学取り消しの権利も買える可能性がある…そう訊いてみると、ビンゴだった。2000万払うことで退学の取り消しができるらしい。
2000万よりは少ない額…1000万、理想を言えば…いや、俺が叶えるのは常に理想の結果だ。それぐらいしねえと悪原には勝てねえ。そう、1500万、それぐらいもらっていくとするか。
だが、言うは易く行うは難しとかいう言葉があるように、そんな簡単な話ではないだろう。相手は仮にも学年を支配した男だ。交渉する前に、何か有利な手札を手に入れなければ。
俺はさらに南雲に関わる情報を盗み聞きしたり掲示板などを利用することで収集していった。
女遊びが激しいとか、チャラいとか、生徒会の副会長で次期会長候補とか、現生徒会長に対し事あるごとに勝負を仕掛けているとか…だが最も有益だった情報は、朝比奈とかいう女に弱いらしいというものだ。打つ手はひとつ、俺はしばらく南雲の周囲に張り込んで奴の弱みを握るべく観察を続けた。
一時的に髪を纏めたり黒に染めたり伊達メガネをかけたりなど簡単な変装もしたとはいえ、それでも面白いぐらいにバレなかった。同時に、噂に名高い南雲といえど悪原には及ばないと理解した。
泳がされている可能性もあったが、それでも一度弱みを握ったが最後だ。対して奴が打てる手は少ない。
だが時々視界に入ってくる悪原が気になってしかたねえ。中学時代なら遠慮なく殴りかかりに行ったところだが、ここではそれはできない。好き放題できるほど俺はまだこの学校を理解していない。
それと、悪原と同じクラスの一之瀬って女も気になった。名前が悪原から聞いたものと同じだ。こっちはやたらとその評判が耳に入ってきて少々鬱陶しい。見た目はなるほど良い女だが、中身の方は実際どんなものか。それは追々調べていこう。
とにかく、俺はとうとう南雲が女と密会しているところを激写した。めでたくミッションコンプリートだが、俺はもう一つ保険として、女物の香水を買っておいた。それなりに値段の張るものだ。女というのはこういう匂いに敏感だ。文字通りの『匂わせ』を図るわけだ。
やることは決まった。まず『Sシステム』の真相を知っていることを告げ、それをテメェが漏らしたところを聞いたからだと学校側に報告するぞ、それが嫌なら1500万寄越せ、と脅迫する。生意気にも拒否したり、値下げ交渉に出るようなら事前に掴んでおいた弱みをチラつかせる。おおよそ朝比奈って女の影響力に依存しているが、こんなものだ。
その結果は、言うまでもないだろう。俺は悪原以外に敗北はしねえ。当然、1500万ぶんどってやった。端末に1500万の数字がドンと表示されているのは、なかなか壮観だ。
今回の件で南雲には完全に目をつけられたろうが、報復はいくらでも受けて立ってやる。格の違いをこれからゆっくり教えていってやろう。
こうして資金は手に入った。次は駒集めだ。当然、クラスの連中を使う。
五月、Sシステムの真相が明かされた。ほとんど予想通りの内容だった。
坂上が教室を出て行った後、動揺している雑魚どもを鎮めるため、俺は教壇に拳を叩きつけた。それだけで大半の奴は黙ったが、口を閉じることを知らない馬鹿はいる。Sシステムの真相を見抜けなかったことを嘲笑い、そんなカスみたいなお前らをAクラスへ俺が導いてやる、と俺の慈悲深さと器の大きさを示したところでまず石崎と小宮、近藤が突っかかってきた。
「いきなり出てきてなんだてめえは!」
「人の名前も覚えられねえのか石崎?まあ喜べよ、そのバカの極みみたいな脳みそでも俺の役に立てるんだからな」
「なんだと──ぶっ!!」
まず顔面に一発。怯んだところに膝蹴り。最後に後頭部へ肘を打ち下ろす。これで石崎は沈黙。ちなみに監視カメラはガムテープで塞いであるので問題ない。後から何か言われるかも知らんが剥がすだけだし弁償にはならないはずだ。
「喚くなよ。クラスポイントが下がった原因は誰なのかわかってんのか?」
「何してんだテメェッ!!」
続いてかかるは小宮と近藤。ふたりがかりならどうにかなると思ったのか?馬鹿が。
飛んでくる拳をサッと避け、ダブルラリアットでまとめて打ち倒す。倒れた二人を蹴っ飛ばすと、女子どもが悲鳴を上げた。鬱陶しいが、今だけの我慢だ。
三人まとめてノックアウトしたところでさらなる挑戦者が現れる。今度は伊吹とかいう女子生徒だ。もちろん、相手が女子だからといって俺は手加減はしねえ。遠慮なく顔面を狙う。右ストレートで倒れた伊吹の頭をグリッと踏みつけたところで、とうとう例の黒人、山田アルベルトが現れた。
「きたか。かかってこいよ」
「
アルベルトの剛腕を避け、脇腹に一発。それほど怯んだ様子はない。そのまま背後に回り込んで背骨のあたりを肘で打つが、やはり大して効いているようには見えない。
まあ、ここまでなら悪原も同じようなもんだ。
俺はアルベルトの股間を思いっきり蹴り上げた。流石にこいつは効いたらしくアルベルトは多少苦悶の声をこぼして膝をつく。その背中を駆け上がって正面に舞い戻り、その頭に左踵落としを決め、次に右足を使って全力で顔面を蹴り上げる。吹っ飛んだアルベルトは仰向けに倒れた。
「俺の勝ちだな」
アルベルトをも倒した俺に怯えるクラスの雑魚どもに、見せつけるように俺は両腕をゆっくり上下に揺らした。
挑戦者を促すが、どうやら俺に刃向かう気概のある奴はこれ以上いないらしい。というよりアルベルトの敗北を目の当たりにして心が折れたか。
「見たか?雑魚ども。お前らは俺の言うことに従えばいい。有能な奴には報酬も出してやる。逆に、足を引っ張ればどうなるか………わかるよな?」
睨みつけてやると、ますます雑魚どもが小さくなる。金田や椎名、時任とかいう奴は比較的マシか。
その間に石崎や伊吹が立ち上がり、凄まじい形相で俺を睨みつけてくるが俺にとってはそよ風みたいなもんだ。
こうして俺はクラスを支配した。といってもこの支配は一時的、これから実績を出してこの独裁体制を盤石なものにしていく。そのためにも、まず例の中間の過去問を雑魚どもに配ってやる。
「こいつを使って勉強しろ。言っておくが、七十点より下の点を取るなんて無様を晒した奴は死刑だぜ?」
驚きと恐怖が入り混じった視線を向けてくる雑魚ども。だがまだ話は終わっていない。
「それと、絶対に余計な揉め事は起こすんじゃねえぞ。特にBクラスとはな」
「…なぜ、Bクラスを強調するのでしょうか?」
挙手をしてから口を開いた金田に俺は内心、度胸はあるらしいと笑った。部下もイエスマンだけでは困る。俺以外にもそれなりに頭の回るやつがいないとな。
「悪原って野郎がいる。髪の毛先が青い不良だ。俺とあいつは
依然として恐怖の色を残している雑魚どもを尻目に、俺は新たな計画を練り始めた。
中間は無事に終わった。七十点を下回った奴もいない。この程度のことぐらいできなきゃ流石に困るが、それは杞憂だったようでまあ一安心といったところだ。
俺が満点を取ったことに雑魚どもは驚愕の目を俺に向けていたが、俺に言わせりゃ答えを覚えるだけのヌルゲーで七十点台というのが理解不能だ。
中間の結果を見ると、悪原のいるBクラスがAクラスをも超えた最高平均点を叩き出していた。性格的にクラス闘争に乗る奴じゃねえはずだが、報酬に釣られたか?
それはさておき、俺は次の計画に動いた。学校から与えられるペナルティの確認だ。
もちろん自分のクラスでやる気はない。他のクラスを利用して、俺はのんびりとボーダーラインを確かめさせてもらう。
そのためにまずDクラスの須藤とかいうバカゴリラを利用する。こいつはバスケ部に入っている。小宮と近藤が同じバスケ部なのでちょうどいい。事あるごとにダル絡みするよう指示して須藤のフラストレーションを高めていき、頃合いを見て特別棟に呼び出させる。
特別棟に監視カメラがないのは確認済みだ。そこで須藤にボコされてもらい、学校に訴え出る。ざっとこんなもんだ。
今のところ計画はうまくいっている……が、須藤を呼び出させたこの土壇場でひとつ、面白い情報を得た。
万が一にも無関係の奴が偶然特別棟に居合わせたら厄介だと考えた俺は、少し早めに特別棟へ自ら足を運んだ。すると悪原がいた。しかも須藤を呼び出させた場所ドンピシャだ。
さらに面白いことに、例の一之瀬って女がこっちに向かってきているという情報が入った。悪原と特別棟で密会すると見て間違いない。これを利用しない手はない。BクラスとDクラスのいざこざにすれば、俺たちCクラスは限りなく無関係な立場になれる。
各クラスの有力者の動きはどんな些細なものでもすぐ報告するよう、雑魚どもに命令しておいた甲斐があった。
俺はすぐに小宮に電話をかけ、下剤を飲むよう命令した。拒否すればどうなるかはすでによく理解している小宮の若干震えた了承の言葉をしっかりと聞いてから電話を切り、俺は一之瀬の邪魔をするべく姿を現した。あのクソ暑い特別棟で悪原がイラついていないわけはない。相手が誰であろうと絶対に挑発から入るだろう。
その結果起きるのは殴り合いだ。
そのためには少し時間を稼ぐ必要があった。俺は一之瀬に悪原のことについて話を振った。すると面白いぐらい簡単に食いついてきやがった。最初は関わる気はないと言わんばかりにこっちを見向きもせず横を通り過ぎたってのにな。
転校後…つまり俺が知っている悪原と、一之瀬が知っている悪原の情報はだいぶ齟齬があった。俺から見りゃあいつは悪魔も同然だが、一之瀬にとっては多少性格に難があるだけの聖人らしい。腹を抱えて笑いそうだったが、なんとなくそれをしたらまずい気がしたのでやめておいた。
頃合いを見て一之瀬を解放する。話を聞くだけ聞いておいて、終わった途端に俺に目もくれず走っていく一之瀬の姿はどこか滑稽で笑いが込み上げてきた。
そして計画は成功した。悪原が反撃をする前に一之瀬が到着したらしく、Bクラスの勝ちは明白だった。
が、なぜか審議は延長。さらに延長から翌日、一之瀬が訴えを取り下げるという謎の行動に出たせいで、暴力沙汰に対して学校が与えるペナルティを確かめるという目的が達成できなくなった。おまけに取り下げの理由もわからず終い。
腹が立ったが迂闊にクラスメイト相手に
だが面白いことがひとつ。少し前にひよりに悪原たちと関わるな、と言っておいたんだが、突然ひよりが300万払うから『他クラスの友人と関わる権利』を寄越せと言ってきた。どこから捻出したか知らないが俺はそれを受け入れた。これで所持金は約1800万となった。
ペナルティの確認はできなかったが、ポイントが増えたのはラッキーだった。
ある日適当にふらついていると、悪原と一之瀬がベタベタといちゃついていた。ちょっとからかってやったらまるで道路にへばりつくゲロを見るような目で俺を見てきやがった。相変わらずひでぇ目つきなようで何よりだぜ。
「俺のクラスに来る気はねえか?」
「寝ぼけてんのか。コンビニ店員になってから一昨日来やがれ」
クラス移籍に関してはただの冗談だったんだが、こいつはそれに対してクソみてえな過去のことを蒸し返してきやがった。一之瀬が頭にクエスチョンマークを浮かべているがテメェは知らなくていいんだよ。
「そう邪険にするなよ。宝泉のバカから助けてやった恩を忘れたのか?」
「チッ、遅れてやってきたくせによく言うぜ。確かにあのままだったら俺は死んでいただろうが、それ以前にやってきたことがチャラになるわけねえだろ」
「チャラにならねえのはお互い様だろ?俺を全身打撲で入院させたのはどこの悪魔だったか……」
「ありゃてめえが悪い。そもそもてめえが絡んでこなけりゃ俺だっておまえとは関わらなかったんだよ」
「そいつは無理な話だ。俺のかわいい部下をボコボコにのしてくれやがって。俺はあいつらの保護者として、加害者を見逃すわけにいかねえからなあ」
「保護者?ハ、ハ、ハッ……しばらく会わないうちに、お笑い芸人にでもなりたくなったのか?だとしたら死ぬほど向いてねえぜ」
言葉を交わすたびに全身の筋肉に力が入っていく。ああ、できることなら今すぐここで決着をつけてやりてえ。たとえ肉がちぎれても、骨が砕けてもこいつとの殴り合いを制してえ。
だがそれは到底できないことだ。今の所は。
コンビニ店員の件にツッコミを入れた一之瀬の頭に悪原がゲンコツを落としたのを見届けて、俺はたぎる戦闘欲求を抑えつけてその場を後にした。
それから時が経ち、期末試験が終了した。雑魚どもの中から赤点は出なかった。はしゃぐ雑魚どもを机に拳を振り下ろすことで黙らせ、俺は学校がご褒美に用意しているという無人島でのバカンスに期待していた。
もちろん、ただバカンスを楽しませてくれるなんて思っちゃいねえ。確実に、何かがある。この学校は実力主義であり秘密主義だ。
バスの中でバカンスを楽しみにキャンキャン盛り上がっているクラスメイトの話し声という不快なBGMをお供に、俺はこの先待ち受ける未知の試練に期待を膨らませる。
そしていつか、必ず悪原を俺のもとに屈服させることを改めて誓う。何度負けようと、泥水を啜っても、生ゴミを食うことになっても、必ずだ。目標は遥か遠いが、それでも最後に勝つのは俺だ。
……実力者とは、比類なき暴力を持つ者のことだと俺は信じている。そして悪原がそれだ。奴はどんな時でも必ず勝利した。どれほど血に濡れた勝利でも、臆せずに躊躇なく掴み取りに行った。
認めたくないことだが、宝泉勢力が壊滅したあの日、俺は死にかけの悪原の姿に何か、感じたことのない感情を抱いた。見るに堪えない死に体なのに、それでも力強く立ち続けるその姿。もし俺が悪原と同じ条件で宝泉と戦っていたなら──全く腹立たしいことではあるものの──勝利できていたとは思えない。悪原だから勝てた、そう思えてならなかった。そう思ってしまう自分に対して、喉の奥を肉がえぐれるほど掻きむしりたくなるような苛立ちが湧き上がる。それでも認めざるを得なかった。
このままでは、いつまで経っても悪原に勝てない…
俺は恐怖を感じたことがない。どんな暴力にも屈さず、隙を窺い、油断した瞬間を突いて勝利してきた。常に無敵である人間などいないのだから。
だが、百を超える戦闘を繰り返しても俺は悪原を倒せていない。それを思うたび、積み重ねてきた戦いの記憶と、宝泉の前に立つ血みどろの悪原の姿が入り混じり、何と言えばいいのかもわからない、奇妙な感情が湧いてくる。この感情を確かめるためには、悪原を自らの手で打ち倒す以外にないと思ったのだ。
そしてそのためなら、俺は手段を選ばない。嫌いな努力だってやってやろう。どんなに無能な駒をあてがわれても完璧に使いこなしてやろう。悪魔を打ち倒し、王の実力を証明する。
首を洗って待ってろよ……
かつて感じた理解不能の感情をも燃料にし、挑戦者としての炎がギラギラと燃え盛るのを感じながら俺はゆっくりと目を閉じた。
〜語れてない設定
悪原がBクラスに配属された理由
・素行は良くないが授業態度は模範的だった上、成績も非常に優秀だったこと
・売られた喧嘩は百倍返しにするが基本的に自分から喧嘩を売りに行くことはなかったこと
・他人への関心は薄くても拒絶しているとか見下しているような態度は見られなかったこと
これらの理由から、協調性を重んじる生徒が集められているBクラスへ配属することで人間関係の極端な少なさを改善させようと学校が判断したのです。
悪原と一之瀬の家
近所でもなんでもありません。会おうとしなければ絶対会わないぐらいは離れています。
そういうことなので中学時代、悪原はそれなりの長距離通学をこなしていました。転校後もそれは続き、少なくとも電車を利用していたのは確かなようです。
悪原の傷
宝泉がナイフでぶっ刺してきたことでできた傷のほかに、髪の毛で隠れて見えませんが実は頭にも傷跡が残っています。15針ぐらい縫ったのかなあと筆者はイメージしています。
ナイフで刺された後もバリバリ動きまくったので傷口が広がりまくり、結果的に治りはしましたがグロい痕が残ることに。
いやそんなん死ぬだろ、と思ったかもしれません。私もそう思っています。
悪原母
中学生に誘拐されて混乱しまくっていたら、息子が誘拐犯と殴り合いを始めて頭を鉄バットでかち割られたりナイフをブッ刺されるところをしっかりと目撃しました。悪原が一之瀬に傷のことを話したがらないのも、母親が誘拐されたという事実のせいです。悪原母と一之瀬は名前で呼び合うくらいは仲が良かったのです。
息子の死闘を目の当たりにした母親の心境や如何に。