ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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ようやく特別試験に入りますが、今回は八割茶番回です。坂柳のキャラ崩壊が著しいですので、知性あふれる坂柳が好きだという方はご注意ください。特に後半は読まない方がいいかもしれません。
そもそもそんな人はこの作品を読まない気がしますが…



無人島特別試験
無人島試験①


 

「っっっっしゃ!!!!」

 

一之瀬帆波は渾身のガッツポーズを決めていた。幸いにもここは自室なのでこの様子を誰かに見られたりする心配はなかったが、もし見られでもしたら目撃者は間違いなく自分の目を疑うだろう。それほど今の一之瀬は完全に普段のキャラとかけ離れていた。

 

「九郎くんの連絡先……ゲットしちゃった!!きゃあああああっ!」

 

一之瀬が狂喜していた理由はそれである。悪原に連絡先を聞いては断られ、聞いては怒鳴られ、聞いてはチョップを頭に落とされ……だが、その涙無しには語れない努力によって、ついに一之瀬は幼馴染の連絡先を入手することに成功したのだ。といっても厳密には一之瀬の粘り勝ちというわけでもなく、綾小路が『教えてあげてもいいんじゃないか』と言ったから悪原が渋々了承したわけで、つまりほぼ綾小路のおかげなのだが、一之瀬にとって過程は問題ではなかった。

 

今も爆発を続けている感情を抑えきれず、力いっぱいベッドに飛び込んでめったやたらにバタバタ暴れる。おかげでシーツはすぐにぐちゃぐちゃになり、布団はベッドの上から飛び出していった。

 

「お母さん…私はこの世の春を謳歌してるよ……私を産んでくれてありがとう」

 

しみじみと言う彼女はふざけているようにしか思えないかもしれないが、本気である。本気で、幼馴染の連絡先を手に入れたことに、涙を流している。

かつて自分の不甲斐なさのせいで、不安にさせてしまった母親に一之瀬は感謝を述べて心の中で自分は元気ですと便りを出した。この学校では外部との接触が一切禁じられているため手紙を出せないのだから心の中で出すしかない。

だが、きっと自分の心のメッセージは母に届いているはずだと彼女は信じている。そして、妹にも…。

 

しかし、連絡先を手に入れたからには何かしらメッセージを送って、より今の関係から進展させなくてはならない。好きな人との連絡先交換というのは恋の成就に役立てるものだ。ただゲットしただけでは意味がない。

 

そういうわけでまずは挨拶のメッセージを送るべきと判断した一之瀬は、メールアプリを開いた。

 

Bクラス全員の名前が連なっている中に、悪原九郎の名がついに──

 

「ひゃあ!!!!!」

 

一之瀬はその光景を目の当たりにした途端、体だけで跳ね上がった。体全体がほてっている。息がうまくできない。心臓が破裂しそうなほど激しく動いている。指が震えて画面の操作もままならない。

今ならご飯特盛を96杯はいける、と確信しつつそれでも何とか興奮を抑えつけ、メッセージ入力の画面に移る。

 

「え、えーとまずは……『連絡先を教えてくれてありがとう!いっぱいおしゃべりしようね!』……いやダメ!これじゃうざがられちゃう…いきなりブロックなんて絶対やだ…」

 

「うーん…『明日デートに行かない?』これはダメ!絶対断られるよね……」

 

「『好きです』…違うなあ、『愛してる』……ブロックされそう…『結婚して』…どれもダメ、口利いてくれなくなる未来しか見えないよ!!」

 

一之瀬帆波といえど、好きな人へ送る最初のメッセージには相当頭を悩ませるようである。なお、結局

 

『連絡先教えてくれてありがとう!ブロックしたら君の部屋の前でラブソング歌うからね!』

 

と送ってその日は床に就いたのだが、翌日既読すらついていなかったことに肩を落とすのはまた別の話である。

 

 

 

 

まあ一之瀬個人にそんなこともありつつ、期末試験も誰一人欠けることなく乗り越えることができたBクラス。ついに一学期が終わり、お待ちかねの夏休みに突入した。そして八月一日……

 

「みんな揃ってるね!これからこのバスに乗って、夏休み前に約束した通り豪華客船に向かいます!無人島でのバカンス、しっかり楽しんでね!」

 

「「「おおおおおおおーーーーーっ!!!!」」」

 

Bクラス担任、星之宮知恵がクラスの興奮を煽る。それによって怒号のような歓声が上がった。

これはBクラスに限らず他のクラスでも同じようなことが起きている。DクラスはもちろんCクラスも大盛り上がりで、Aクラスは歓声こそ上げる生徒は少なかったがその顔には期待が溢れている。

 

「俺無人島とか初めてだぜ!」

 

「私は船に乗るのも初めて!」

 

バスに全員乗り込んで出発。その間もBクラスのバス内では会話が尽きなかった。誰もが期待に胸を膨らませており、興奮のあまり口が止まらない。頭の中で膨らみ続ける理想の夏休みを燃料に、話はどんどん盛り上がっていく。

 

「無人島でのバカンス、か」

 

「楽しみか?」

 

「まあな。だが不安はある」

 

そんな中でもずいぶん冷静だったのは、Bクラス最強戦力と目される悪原九郎と、クラスの参謀と言える立場の神崎隆二。彼らとて期待していないわけではないが、これまでのことから本当にタダでバカンスを楽しめるのかと疑っていたのだ。

 

「ま、なんかあるだろうな。でもいいじゃねえか、これまでにない学校生活を楽しもうぜ」

 

「羨ましいな…余裕そうで」

 

余裕を見せつける悪原に神崎はため息混じりにそう言ったが、その顔は綻んでいた。

 

「私も羨ましいよ、君が九郎くんの隣でね」

 

後ろの席から不機嫌そうに声をかけてきたのは、言うまでもなく一之瀬帆波。幼馴染の隣の席を神崎に取られ、というか悪原が無理やりに神崎を隣の席に座らせたため、隣に座って物理的距離も精神的距離も縮めるという計画が御破算となってしまったのだ。*1

せめてほんのわずかでも近くにいたいという理由で悪原・神崎ペアの後ろの席を取ったはいいが、目の前で仲良くおしゃべりしている二人を見て嫉妬の感情を燃やしているのが現状である。ちなみにその一之瀬の隣は白波千尋だが、一之瀬の嫉妬の炎を落ち着かせるのに一役買っているとは言い難い。といっても白波には何一つとして落ち度はないのだ。誰が一之瀬の隣の席だったとしても同じような結果になったろう。たとえコミュ力の鬼である柴田であっても不可能に違いない。

 

そういうことなので神崎としては、俺に文句を言われても困る、が本音だ。

 

「黙ってろ一之瀬。俺は神崎と話してんだよ」

 

悪原九郎もまた一気に不機嫌そうに声色を変える。一之瀬帆波にこんな態度を取るのは高育広しといえども、この男しかいないだろう。挟まれている神崎はたまったもんじゃないが。

 

「別に私が話に入ったっていいじゃん…」

 

「おまえが喋るとしらけんだよ。マジで黙れ」

 

「九郎くん?今のすごい傷ついたんだけど」

 

「じゃあ、傷つかないように黙ってることだな。………それより神崎、船に着いたら清隆と一緒に探検しようぜ」

 

「あ、私も!」

 

「来んな」

 

咄嗟に挙手した一之瀬を三文字で切り捨て悪原は神崎と喋り続けた。口にガムテープでも叩きつけられたかのように黙らされた一之瀬はその間涙目になりながらも嫉妬の炎をますます燃え上がらせ、堪えるようにハンカチをギリギリと噛んでいたが、その無言の非難は何の効果もない。

 

「相変わらずだな〜、悪原も一之瀬も…」

 

そんなやりとりを見ていた柴田が苦笑しながら言った。学年でも一、二を争う人気者である一之瀬をあそこまで雑に扱うのは悪原九郎だけで、最初はそんな二人のやりとりにクラスが微妙な雰囲気になることもあったが、悪原の差別的な態度も、一之瀬の不屈の恋心も、快く思う者がいるわけではないけれども、それでも今では割とクラスの日常風景として馴染んでいた。

 

そんなこともありながらバスは走り、とうとう目的地に到着した。そこに有るは、一年生たちをバカンスへと連れて行ってくれる巨大な切符。

 

「すげー……」

 

誰かの感嘆のため息が聞こえた。誰もがそれに同調する。この巨大豪華客船を貸し切るのにどれほどの金がかかっていることか。悪原や神崎も、今ばかりは例に漏れず驚いたように船を見つめていた。

 

他クラスのバスからも続々と生徒が降りてきて、そして船の大きさに驚き、待ち受けるバカンスに心を躍らせる。

 

「お、清隆!こっちだこっち!」

 

Dクラスのバスから降りてきた綾小路を見つけ、悪原が声を上げた。それを聞きつけた綾小路は退屈を顔に描いたような表情だったのをパッと輝かせ、迷いなく親友のもとへ駆け寄る。悪原九郎と綾小路清隆が大変仲の良い友人であることはBクラスはもちろんDクラスの間でも知れ渡っていたため、その光景に驚く者はいない。

 

「すごいよな、この船。一体いくらかかってんのかねえ」

 

「オレたちもポイントさえ支払えば貸し切れるか?」

 

「2000万じゃ到底足りなさそうだな」

 

綾小路の冗談にそう返した神崎に悪原が軽く笑った。実際この船を貸し切りとするには億単位の金がかかりそうな気もする。まだ船内も確かめていない段階だが、それでもそう思えるほどの迫力と説得力があった。

 

楽しげに会話している男友達三人衆を羨ましげに見つめていた一之瀬だったが、突如耳に届いてきた声に反応して振り向く。

 

「これに乗って件の無人島まで行くのですね。話には聞いていましたが、こうして実際に目の当たりにするとなかなかの迫力です」

 

「坂柳さん!」

 

一之瀬が喜色満面で坂柳のもとへ駆け寄った。Aクラスの生徒たちは一之瀬に視線を向けたが、この二人が個人的に仲の良い関係であるということはすでに学年でも周知の事実である。それ故に一之瀬や坂柳に突っかかったりする生徒はいなかった。良い顔をする者もいなかったが。

 

「もしかしたら来れないかもって言ってたけど、無事に参加できたんだね!」

 

「ええ、どうしても船に乗るという以上足場の問題がありますから……しかし、何とか説得してみせましたよ。色々と制約は課せられましたが、船内の施設でくつろぐぐらいはできます」

 

坂柳は先天性疾患を患っているために、今回の旅行への参加自体が危ぶまれていた。しかし、どうやら自らの父…この学校の理事長に異議を申し立て、何とか参加権を勝ち取ったようだ。

一之瀬はほっと胸を撫で下ろした。

 

「よかったよ。綾小路くんと会えなかったら坂柳さん死んじゃうからね」

 

「その通りです。私たち栄光の勝利を約束されている正ヒロインが、一時的にでもパートナーと離れるなどあってはなりませんからね」

 

西洋人形のような可愛らしい笑顔で坂柳はそう言うが、彼女のパートナー(綾小路清隆)とやらがそのセリフを聞いたらどう思うのだろうか。

 

「船に乗ったらどうする?やっぱり綾小路くんと?」

 

「もちろんですよ。ハネムーンにクルージングというのも検討していますから。下見のつもりで回ろうかと」

 

「なるほど!さすが坂柳さん……もう新婚旅行のことまで考えてるんだ…、私はまず付き合うのにどうしようかってずっと考えてるよ」

 

皮肉でなく、本当にそのように思っているからこそ一之瀬は坂柳の自信あふれる態度に尊敬の念を待つ。幼馴染同盟の絆は堅いのだ。

 

「私から見ても、彼はなかなかの曲者です。それは一之瀬さんが誰よりもわかっていることでしょうが…」

 

「うん、そうだね…。九郎くんは色々な面で強いから、どんな手を使っても簡単には通じないんだよね。他の女にまず引っかからないっていうのは安心できるけど」

 

「そのあたりは羨ましいですね。私の清隆くんは、ピュアで温かい人ですから。邪な目的があってのハニートラップならともかく、純粋なアピールに心動かされないとは限りません。たとえ相手が干からびた紅しょうがのような、存在そのものが宇宙の間違いであるようなものだったとしても…」

 

手のかかる、とでも言いたげに坂柳はフッと笑みを見せ前髪をかき上げた。その時、綾小路が得体の知れない悪寒に襲われたことを彼女は知らない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「九郎くん!一緒に船の中見て回ろうよ!」

 

「清隆くん!私と二人でクルージングハネムーンの下見はいかがでしょうか?」

 

「清隆、船の中探検しようぜ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「悪いが俺はパスだ、道中で疲れた……」

 

「おい神崎が逃げるぞ清隆捕まえろ!」

 

「どこへ行くんだ?」

 

「「……………」」

 

そんなやりとりがありつつ、乗船した悪原たちは好き放題船の中を文字通り駆け回っていた。精神年齢が小学生である。

今は廊下の端でマップを広げて、次どこへ行くかを話し合っているところだ。

 

「次はここのカジノ行かねえか?」

 

「オレはこのレストランに行ってみたい。腹も減ったしな」

 

「綾小路と同じ意見だ」

 

一対二で船内にあるレストランに行こうということになり、そこへ向かうべく彼らは歩を進め始めた。が、そこで行く手を塞ぐものたちが現れる。

 

「そこまでですよ、みなさん」

 

「もう逃がさないからね!」

 

突如曲がり角から進行方向を塞ぐように現れた二人の女子に、男子三人はうんざりした顔を浮かべた。

 

「またおまえらかよ…」

 

言うまでもなく立ち塞がったのは一之瀬帆波と坂柳有栖。二人はこれまで何度も何度もお互いの幼馴染と船内デートをしようとアタックしていたが、その度に無視されて逃げられていたのだ。ちなみにこれで十回目の挑戦になる。

疲れきった面持ちの悪原を見て二人は突然ポーズをとった。

 

「またかなんかと言われても!」

 

「挫けず愛する私たち」

 

「愛する人と結婚するため」

 

「愛する人との幸せのため」

 

「愛と真実の恋を貫く!」

 

歌うように言う一之瀬を見て悪原は筋肉に力を入れ始める。

 

「ラブリーチャーミーなあなたの花嫁(ハニー)!」

 

手でハートマークを作り、その手の中に収めるようにハートマークを向けてきた坂柳に綾小路はゾワゾワと嫌なものを感じた。

 

「帆なみ゙ゃっ!!!!!」

 

しかし、その登場演出は中断された。悪原が一之瀬にラリアットをくらわせて打ち倒してしまったからである。

 

「一之瀬さん!?」

 

坂柳が悪原の暴挙に目を見開いて、一之瀬に駆け寄り上体を抱き起こす。ぐったりとしている一之瀬の頭には複数の星が浮かび、それらはくるくると綺麗に円運動していた。

幼馴染をぶっ倒した悪原はふてぶてしく睨み、綾小路と神崎は何とも言えない複雑そうな顔で視線を逸らした。ただただ関わりたくないといった様子だ。

 

「悪原くん、これは問題ですよ!私たちの登場演出を妨害するとは、あなたには人の心がないのですか?」

 

いや、そこかよ。と神崎は心の中で思った。しかし関わりたくないので口にはしない。

 

「もう九回も聞いてやったんだ!いい加減スキップしてもいいだろうが!」

 

「いえ、ダメです。毎回同じように見えても、イントネーションの違いなど細やかなこだわりが……悪原くん、どこへ行くんです?」

 

「おまえらがいないところだ!」

 

憤慨する悪原は男友達二人を引っ張るように連れてバーへ向かう。二人は抵抗しない、というより自ら彼の後についていっていた。

 

「ああ、待ってください清隆くん!私とあなたの愛が……」

 

坂柳の鬼気迫るような、涙ぐんだ声が聞こえてきたが、綾小路は当然として彼らが後ろを振り返ることはもうなかった。

 

 

──その後、船内のカフェで本日十回目のやけ酒ならぬやけジュースに走る絶世の美少女二人が目撃されるのは別の話だ。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

この船そのものと同じように、船内のレストランもまたレベルが違う。並んでいるメニューはどれも、学校で頼めるとしたら数千、ものによっては数万は飛んでもおかしくないぐらい高そうで、美味しそうで、豪華なものばかりだ。それが無料で注文できる…事実上の選び放題食べ放題なのだから、生徒によってはむしろ遠慮、もしくは罪悪感すら感じるだろう。

…少なくとも悪原九郎は、そんなことを気にする男ではないが。

 

「清隆、何食うよ?」

 

「オレはこのステーキを食いたい」

 

「写真を見る限りかなり厚みがあるな」

 

「食欲をそそるじゃねえか。俺も肉系のメニューにすっかな。神崎は?」

 

「俺は魚にする。この刺身の盛り合わせがいい」

 

店の前にあった食品サンプルからメニューを決めて、店内に入るとすでになかなかの数の生徒が賑わっていた。店の雰囲気が雰囲気なので極端に大きな声を出している生徒はほとんどいないが。

足を踏み入れると、何人かの生徒が悪原たちを見る。それは連鎖するように他の生徒たちへ伝搬していった。綾小路と神崎は注がれる視線の数にわずかに驚いたようだったが、悪原はまるで平然とした態度でズカズカと歩を進める。友人二人は、なんとなく、悪原を盾にしながら後をついていった。

実際、生徒たちが見ていたのは綾小路でも神崎でもなく悪原だった。主にその不良っぽさと、一之瀬に対する態度は学校全体でもすでに有名な話であった。そんな、どちらかと言えば悪い意味で有名な彼をこの場で一目見てみたいという生徒は多かったのだろう。

 

「ふん、人気者はつらいぜ」

 

そこそこ人がいるというのに我が物顔でど真ん中を歩き、凶悪に笑みを浮かべた悪原に神崎は静かに息をついた。これだけ注目されてもこの友人は、平常運転なようで何よりだ。

 

適当な席に座り、改めてメニューをざっと見て近くにいた店員に声をかけ注文を済ませる。

料理が来るまでの間、しばし会話をしていたところに『おい』と声をかけられた。声の方を見ると、そこには見知らぬ男子生徒。奥の方にはスキンヘッドの男子生徒が見えるが…

 

(葛城、とか言ったか?あのハゲ。こいつは知らんが)

 

ぼんやりと考える悪原をよそに、男子生徒はベラベラと喋り始めた。

 

「今すぐここから出て行けよ、ここはDクラスなんていう屑が入っていい店じゃない。屑にはジャンクがお似合いだ、ハンバーガーでも食ってろよ」

 

男子生徒の視線は、言葉は、悪原ではなく神崎でもなく、綾小路に向けられていた。そしていきなり現れてこんなことを言ってきたこの男子生徒に、三人は思い思いの反応を見せる。

 

悪原は、何だこいつと少し目を丸くした。

神崎は、不快そうに眉を顰めた。

そして綾小路は、表情そのものに変化は見せなかったが、纏う空気に僅かばかりの苛立ちが滲んだ。

 

「…俺たちが店に入る時は、『Dクラスの生徒はお断り』なんて注意書きは見えなかったがな」

 

いきなり出てけと言われた綾小路よりも早く返事をした神崎の言葉には棘がある。

実際、この店にDクラスの生徒が入ってはいけない、などというルールはない。この男子生徒が勝手にそう言っているだけである。こんなことで追い出されるなど綾小路も、他のDクラスの生徒もたまったものではない。

だが、そんなことでこの男子生徒は引き下がらなかった。

 

「暗黙の了解ってものを知らないのかよ?Bつったって屑は屑か」

 

「ああ、少なくとも一之瀬は屑だな。わかってるじゃねえか」

 

 

空気が凍りついた。

 

 

ヘラヘラと笑いながらいきなり口を挟んできた悪原の言葉に、男子生徒は『え?』とでも言うようにポカンと間抜けな顔を晒した。

綾小路も『え?』と言いたげに悪原を見る。神崎は無言で目を覆い、顔を伏せた。

 

「ナメたこと言ってくれやがると思ってたが、案外いい奴じゃねえかおまえ。俺たち、友達になれるかもなあ?」

 

立ち上がって、下から睨め付けるように体勢を低くする悪原に、男子生徒はなんとなく恐ろしいものを感じて後退り。

ほぼそれと同時に、周囲の生徒たちから決して小さくない負のオーラが悪原に向けて殺到する。店内には他にBクラスの生徒もちらほらといたが、そのほとんどは『またいつものが始まった』『今回はストレートだなあ』なんて思いながら呑気に見ていた。

 

嫉妬や憎悪やらでぐちゃぐちゃになっている負のオーラを浴びながらも、まるでそよ風でも吹いているかのようにむしろ清々しげな悪原はニタリと笑って右手を差し出した。

 

「さあ、お友達同士、友好の握手だ。一之瀬虐殺同好会の一員として、仲良くやろうぜ」

 

「ちょっと流石にそれはひどいよ九郎くん!!!!」

 

店内に突然轟いた大声の発声源に視線が集まる。そして悪原は一気にその顔を歪めた。

 

「いくら九郎くんでも言っていいことと悪いことがあるからね!?」

 

「チッ」

 

「あぁ!!いま舌打ちした!!」

 

不快全開の舌打ちを聞き逃さなかった一之瀬は幼馴染を指差して喚き、わざとらしく肩を怒らせながらズカズカと店内に足を踏み入れる。

直後、ひょっこりと坂柳が顔を覗かせた。

 

「確かにここから清隆くんの香りがします…!一之瀬さんの聴覚、侮れませんね」

 

こいつ何を言ってるんだ、と入り口近くの席をとっていた生徒たちは怪訝な顔を見せる。綾小路は坂柳の出現に顔を強張らせた。

 

「九郎くんが私の名前を呼んだから来てみたら……私をクズとか言ったりするし、それに私の虐殺同好会ってどういうことなのか、説明してよ!」

 

「………………………………おまえさっきまでどこに居た?」

 

「え?坂柳さんと一緒に上のカフェにいたよ」

 

珍しいことに、悪原が理解できないものを見る目で一之瀬を見た。

こいつの耳はどうなっているんだ?そんな感想を、きっと他の生徒も感じたことだろう。

しかし、野次馬生徒たちを無視して一之瀬は腕を組んで頬を膨らませ、プンプンと『私怒ってますよアピール』をしてみせる。それでも彼女の美少女ぶりによって、その怒った様子すらも一之瀬の魅力を引き立てていたが悪原には一切通じない。無駄に彼の怒りをかき立てるだけだ。

 

「それで?私の虐殺同好会って何??答えてくれるまで逃がさないからね!」

 

「言葉通りだ。さあ答えたぜ、帰れ」

 

「いやそんなので納得するわけないじゃん!?」

 

「一之瀬、店で騒ぐなよ。迷惑だろ」

 

「な、なんで私が悪いみたいになってるの………?」

 

「清隆くん、私とお昼を共にしませんか?あなたと話したいことがいっぱいあるんです」

 

頭を抱える一之瀬の横に現れ、全く空気を読まずに綾小路へ声をかける坂柳。その顔は太陽のように輝かしいものだったが、綾小路はなんとなく不気味に感じて、神崎の背後に隠れた。

ここで、置いてけぼりにされていた男子生徒が再び喚き始める。

 

「ま、待てよ!まだ話は終わってねえんだよ!」

 

「うるさいですよ戸塚くん。今は私たち正ヒロインが運命のパートナーと素晴らしい時間を過ごすために清隆くんたちと会話をしているんです。それに比べればあなたの話など、なめくじの食事方法について解説されるよりも絶対的に価値のない、無駄を極めた無駄の極限です。あなたの話を聞くよりも、つまようじを眺めている方がまだ有意義な時間を過ごせます。そもそも人の恋路を邪魔するなど人間としてありえません。地球人の常識、いえこの宇宙の(ことわり)を理解してください。大体、葛城くんを盾にしないと私にものを言うことすらままならないガガンボが出しゃばらないでください」

 

坂柳が早口で、男子生徒…戸塚に一瞥もくれずに一息でそう言い切った。ボコボコに言われてしまった戸塚はパクパクと餌を求める鯉のように間抜けに口を動かしている。

そしてここでようやく葛城が現れた。先程まで何か自分の派閥の生徒と話をしていたようだ。

 

「待て、坂柳。流石に言い過ぎだ」

 

「そうでしょうか?私は一之瀬さんと友達になって温厚になったと自覚しています。これでも気を遣ったのですが、まだ足りないと?それに、この世にはこんな言葉があります。『人の恋路の邪魔をするものは馬に蹴られて死ねばいい』と。私は死ねとは言っていません。良心的とは思いませんか?」

 

葛城相手となると流石にまともに顔を向けるぐらいはするらしい。しかしその顔は不快の色が強く現れていた。いつもの外面だけは友好的な笑みすら浮かべていない。

 

「…そもそも喧嘩売ってきたのはそっちだぜ?葛城クン」

 

「…なんだと?」

 

いきなり悪原が口を挟んだ。葛城は訝しげに視線を向ける。坂柳は『ほう』と興味深そうに耳を傾けた。

 

「戸塚って言ったな、そいつが清隆にDクラスの屑は店から出て行けなんて言いやがったから事が始まったんだぜ」

 

「何!?」

 

葛城の顔色が豹変した。綾小路は神崎を盾にしつつ、無言で悪原に寄り添った。

この戸塚の心無い言葉に、もちろん一之瀬も良い顔はしていない。そして坂柳はそのアメジストのような瞳を急速に冷たくしていっていた。

 

「弥彦、言っただろう!?綾小路を貶めるようなことは言うなと、あれほど!」

 

「か、葛城さん…しかし」

 

 

「葛城くん」

 

 

それは、何も責めるような声色ではなかった。ただ名前を呼んだだけだ。しかし、絶対零度。その言葉がこれ以上ないほどよく似合う声色。人を人と思わぬ声色。悪原九郎ですら呑まれるような支配力を持った一言。

Aクラスの過激派、坂柳有栖は今、完全に、怒りを露わにしていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「そ、そういうわけでは…」

 

「他人が好いている人を貶めるなど、人としてどうかというところですが……」

 

「っすまない、坂柳!謝罪する!」

 

「あなたが謝っても意味はありません。監督責任を果たせていないのは問題ですが、それ以上に問題を起こした当人が謝罪しなくては意味がないのではありませんか?」

 

「弥彦!今ならまだ間に合う!謝るんだ!」

 

「いえ、許しません」

 

必死に謝罪を促す葛城に戸塚が何か返事をするよりも早く、坂柳の非情の宣告が下った。葛城の顔が絶望に染まる。何が起きているのかわからない悪原たちは何故葛城がここまで焦っているのか理解する術こそなかったが、過去に坂柳の怒りを買ったものが何かとんでもない目に遭わされたというのは想像に難くなかった。

 

「夫を侮辱されて頭に来ない妻はいません。戸塚くん、あなただけは許しません。たとえ神が許しても、私が許しません。あなたは取り返しのつかないことをしました。失われた命が還らないように、あなたの行為も取り消せません」

 

いや、妻どころか友達ですらないんだが……と、綾小路は心の中で思う。

 

「覚悟していてください。楽に死ねると思わないでくださいね。私の全力で、戸塚弥彦くん、あなたを徹底的に、破壊し尽くしますからね。清隆くんを愚弄した者がどうなるか、肝だけでなく全身に、脳髄にもしっかりと、刻みつけてあげますからね。」

 

そう締めくくり坂柳は口を閉じた。レストラン内が静寂に包まれる。これで終わりかと思いきや、一之瀬が戸塚に冷たい目を向けながら口を開いた。

 

「戸塚くん、君は最低だね。心の底からそう思うよ」

 

その瞬間、沸々と凄まじい敵意が戸塚に押し寄せる。一之瀬の人望の高さは学年でもトップを争えるほどだ。それは他のクラスの生徒にとっても例外ではない。

あの優しい一之瀬帆波が幻滅の言葉を吐くほどの悪人。そう、戸塚弥彦は、この日、この時、悪原九郎や龍園翔、山内春樹の悪評をたった一瞬にして凌駕したのである。

 

「清隆くん…いえ、みなさん。私のクラスの者が申し訳ありませんでした。行きましょう、一之瀬さん」

 

「そうだね、坂柳さん。九郎くん、私ちょっと行ってくるよ」

 

そうして一之瀬と坂柳はその場を去った。戸塚は流石に怯えた様子で、葛城はもはや諦観さえ見えるほどに頭を抱えていた。悪原たちは無事に食事にありつけたが、異様な空気感のまま口にした料理からは味がしなかった。

 

 

 

 

 

「最高の料理に加えて最悪の空気だったぜ…」

 

「全く味がしなかったな……」

 

「俺は食感もほとんどわからなかった……」

 

ゲンナリした顔で廊下を歩くはクラスの垣根を超えた友人三人組。あんな空気をもたらした坂柳に文句の一つでも言いたかったが、元を辿れば戸塚の侮辱のせいである。坂柳は好きな人を大した理由もなく侮辱されたから怒ったというだけであり、その怒りの理由は極めて真っ当なものだ。これを責めるというのは非常に、その、心が締め付けられるというか、良心が咎める。

やり場のない感情を胸に三人はため息を吐いた。

 

ちなみに坂柳は今の自分の機嫌を考慮してか、レストランを出て以降どこかへ姿を消している。一之瀬も坂柳をひとりにはしたくなかったのか、坂柳に付き添って行ったためデートのお誘いという名のランダム襲撃イベントは今のところ発生していない。

 

「なんか、疲れたわ。部屋で寝たい」

 

「オレも疲れた…」

 

「そうだな…今日はもう休もう…」

 

そうして三人はその後を部屋でゆるりと過ごした。

 

 

 

******

 

 

 

翌日。目視でも充分に件の無人島を確認できるほど船は目的地に近づいていた。そんな時、船内アナウンスが流れる。

 

『生徒の皆さんにお知らせします。まもなく目的地に到着しますが、是非デッキにお集まりください。しばらくの間、非常に()()()()()()をお楽しみいただけるでしょう』

 

「意義ある景色ねえ」

 

「行こう。美しい景色、などではなく有意義というからには大きな意味があるはずだ」

 

悪原がだるそうに言うが、神崎が立ち上がったことで彼も重い腰を上げるようだ。悪原の腹筋を枕にしていた綾小路もモゾモゾと起き上がった。

デッキにはすでに多くの生徒がいたが、悪原が拳の骨を意味なくパキパキ鳴らしながらズカズカと歩くだけで大半の生徒が避けていく。おかげで最前列の座を確保できた。

 

船は島の周りをぐるりと一周するように動いている。

 

「…………ふん」

 

何を思ったか、少々不機嫌そうに鼻を鳴らした悪原が用済みと言わんばかりにいち早くその場を後にする。少し遅れて、神崎と綾小路も彼に続いて行った。

 

『これより、本校が所有する孤島に上陸します。生徒の皆様は30分後、ジャージに着替えて荷物を確認した後、携帯を持ってデッキに集合してください』

 

そんなアナウンスが流れる。生徒らが騒ついている中、三人はこれといった会話もせずにさっさと着替えてトイレを済ませた。

 

「楽しい楽しいバカンスの始まりだ。もっとテンション上げろよ」

 

おどけた風に言う悪原だが、顔はちっとも笑っていない。綾小路と神崎も、薄々何が待ち受けているか察しがついていたためその表情はあまり明るくなかった。

 

学生証端末を担任に預けた後、入念な身体検査と、不正は許さんと言わんばかりのボディチェックを突破してとうとう島へ上陸した。

クラスごとに並ぶよう教師たちから指示が飛ぶ。全生徒は素直に従い綺麗に並んだ。

参加者が皆揃ったことを確かめた教師たちがお互いの顔を見て頷くと、拡声器を手に持ったAクラス担任・真嶋が前に出てきた。

 

「今日、この場に無事到着できたことをまず嬉しく思う。しかし、一人の生徒が参加できなかったのは残念でならない」

 

不参加者は同じくAクラス、坂柳有栖。彼女は身体的な問題で無人島上陸が叶わなかった。無人島というだけありろくな整備もされていない、自然そのままの環境が出来上がっていたのだから当然と言えば当然なのだが。そもそもこの旅行に参加すること自体、結構な無理を通していたことをほとんどの生徒は知る由もない。船の上、海のど真ん中という環境の都合もあって何かが起きてからでは遅いのだから、本来はこの旅行そのものを辞退するはずだったのだ。

 

そうした事情はさておき、挨拶を終えた真嶋は一息入れて、意を決したように口を開いた。

 

「それではこれより、本年度最初の特別試験を始める」

 

その言葉にほとんどの生徒が、どういうことだと騒つき始める。動揺していない生徒のほぼ全てが、クラス内でも発言力の高いリーダー格、もしくはそれに準ずる立場の生徒だった。

 

「期間はこれより一週間、八月七日の正午に終了となる。これから試験内容を説明するが、この無人島で集団生活するという活動は実在する企業でも実施されている、現実的かつ実践的なものであることを最初に告げておく」

 

「無人島で生活って……この島で寝泊まりするってことなんですか!?」

 

誰かが悲鳴に近い質問を飛ばした。真嶋はそれにゆっくりと頷く。

 

「その通りだ。試験期間中、君たちは寝泊まりする場所はもちろん食料、飲み水もすべて自分たちで確保しなくてはならない。また、正当な理由がない限り船に戻ることは許されない」

 

横にいる悪原が顔を顰めたのを、一之瀬だけが見ていた。

 

「そしてこの試験中、君たちはどう過ごしてもいい。何をしようと自由だ。海で泳いだり、バーベキューをしたり、キャンプファイアで友と語り合うのもいいだろう。この試験のテーマは『自由』だ」

 

「え、自由?試験なのに…?」

 

またも誰かがそんなことを呟く。

 

綾小路はキャンプファイアの(くだり)で無意識のうちに悪原の方へ視線を向けた。すると、悪原も同じようにこっちに視線を寄越した。思いっきり目が合って少し照れ臭くなった綾小路はそっと説明を続ける真嶋へ目を向け直した。

 

「この無人島での特別試験では、まずこの試験専用のポイントを全クラスに300ポイント与える。これを計画的に使うことで、君たちは試験を乗り切ることが可能になる。これから各クラスに一冊配布するマニュアルには、このポイントで購入できる物資の全てのリストが載っている。食料や水のみならず、それこそバーベキュー用の機材はもちろん、無数の遊び道具も取り揃えてある」

 

それを聞いた龍園が牙を剥き出しにするような、獰猛な笑みを見せた。

 

「最後に、残ったポイントは試験終了後にクラスポイントにそのまま加算される。なお、欠席者がいるAクラスは30ポイントの欠席ペナルティによって270ポイントからのスタートになる」

 

この説明でこの場にいるほぼ全ての人間の思考が一致する。可能な限りポイントを節約すべきだ、と。結局遊ぶ余裕などないではないかと。そんな思考は特にDクラスに顕著だった。

 

「試験開始と同時に、各クラスに最低限の物資が支給される。テントと懐中電灯を二つずつ、マッチ一箱、歯ブラシは各生徒にワンセットずつ配られる。日焼け止めと、女子生徒のみ生理用品は無制限で支給されるので、希望者はクラスの担任に願い出るように」

 

笑みを浮かべている龍園を除く、各クラスのリーダー格全員が険しい表情を見せる。一クラスにつき四十人、どう考えても一週間凌ぐにはあれもこれも足りなさすぎる。ポイントを全く使わないという選択は事実上不可能のようだ。

 

「それでは、今からマニュアルを配布する。万一紛失しても再発行可能だが、その際にもポイントが必要になる。確実に保管しておくように。そのほか、詳しいルールはクラスごとに担任から説明される」

 

特別試験のざっくりとした概要を説明し終えた真嶋は拡声器を下ろし、自らの担当クラスであるAクラスの生徒たちが集まる場所へ向かっていった。それとほぼ同時に、Bクラス担任・星之宮がやってくる。

 

「それじゃ、まずみんなにこの腕時計を着けてもらうね。これは日にちや時刻を確かめられるだけじゃなくて、体温や脈拍を調べたりGPS機能などなどいろんな機能が搭載されてるの。学校側に非常事態を知らせるボタンもついてるから、もし万が一怪我をしたとか試験続行が難しくなるようなことが起きたら、迷わず押すこと。試験中にこの腕時計を許可なく外したらペナルティが発生するから気をつけてね」

 

「水に漬けても問題はないですね?」

 

「防水加工もバッチリだから心配いらないよ。でももし壊れちゃったりしたらすぐに報告してね。新しいのを配布するよ」

 

一之瀬の質問に答えた星之宮は続けて説明する。

 

「特に重要なルールがマニュアルの裏面に記載されてあるから、よく確認しておいてね」

 

それを見ると、四つのペナルティが記されている。

 

『著しく体調を崩したり、大怪我をしたりして続行不可能と判断された場合はマイナス30ポイントとなり、その生徒はリタイアとなる』

『環境汚染行為が発見された場合、マイナス20ポイント』

『午前・午後八時にある点呼に遅刻するなどで不在だった場合、生徒ひとりにつきマイナス5ポイント』

『他クラスへ暴力、略奪行為や器物破損などを行った場合、その生徒が所属するクラスまるごと失格。対象者のプライベートポイントは全て没収される』

 

「点呼はベースキャンプで行うよ。ベースキャンプの場所が決まったら私に教えてね。それとベースキャンプは一回決めたら基本的に変更できないからよく考えてね」

 

全員にペナルティのことが知れ渡った頃合いで星之宮が再び説明を開始する。

 

「それと追加ルールについても説明するよ。これからみんなには島を自由に移動できる時間が与えられるけど、この島の各所にはスポットっていう場所が設けられてるの。スポットには占有権が存在してて、占有したクラスのみにそのスポットを使用できる権利が与えられるよ。占有権は八時間ごとにリセットされるから、先に取られちゃっても後から奪えるチャンスがあるわ。そして、このスポットを占有するたびに1ポイントのボーナスポイントが与えられるの。このポイントは試験中には使用できなくて、終了時に加算される形になるよ」

 

つまり、ひとつのスポットだけでもまる一日占有すれば3ポイントのボーナスポイントが得られる。それを一週間続ければ、一箇所だけでも最終的に21のボーナスポイントをゲットできるのだ。試験中に使用できないとはいえこれは大きいだろう。

 

「スポットの近くには専用の装置があって、これに専用のキーカードをタッチすることで初めて占有したことになるわ。このキーカードは登録者しか使用できないよ。そして登録者はリーダーと呼ばれて、各クラス必ず一人決めなきゃいけないの。もし最初の点呼までに決まらなかったらこっちでランダムに決めちゃうからね。それとリーダーの変更は正当な理由がないとできないからそこも気をつけてね」

 

それを聞いて一之瀬と神崎がほぼ同時に悪原を見た。クラスのリーダーとサブリーダーが注目しているということで、柴田を初め他のクラスメイトも悪原に視線を向ける。彼がリーダーに相応しいかどうかを考えて見ているものもいれば、ただなんとなく見ているものもいた。

悪原は急に視線が集まってきたことに少し驚いたのか、眉を上げて不思議そうに周りを見渡した。

 

「最後のルールを説明するよ。一番重要と言ってもいいね、試験最終日には他のクラスのリーダーを当てる権利が与えられるわ。リーダーを当てることに成功したら、一クラスにつき50ポイントのボーナスが追加されるの。ただし、指名に失敗したり、他のクラスから当てられたりしたら、同じように一クラスにつき50ポイントマイナスになっちゃうよ。さらにスポットで稼いだ分のボーナスも全部無効になるから、指名は慎重にね」

 

ものすごくざっくりまとめると、うまくポイントをやりくりしつつリーダーがバレないようスポットを確実に確保していくのが重要ということだ。

そして最後に説明されたリーダー指名は魅力的だ。最大で150ポイントものボーナスポイントがプラスされ、さらに他のクラスのポイントを50、スポットボーナスを無しにできるのだから。

しかしそれは逆も然りであり、自分たちが当てられれば大変な損害が出てしまう。単純ながら、よく考えて動く必要のある奥深いルールだ。

 

「これでルール説明は終わり!各自、体調や怪我に気をつけながら無事に一週間乗り切れるよう頑張ってね!」

 

保健医だからだろうか、試験で勝つことではなく体に気をつけろと言った星之宮は説明を終えて仮設テントへ戻って行った。

 

担任が去るや否や、Bクラスの生徒たちはある三人組へ一挙に視線を集中させる。言うまでもなく、一之瀬帆波、神崎隆二、悪原九郎の三人だ。

 

「一之瀬、聞け」

 

「え?あ、うん、どうしたの九郎くん?」

 

かなり珍しいことに、悪原が自分から一之瀬に話しかけた。神崎にではなく、一之瀬にだ。彼女はそれに驚いているように見えるし、話しかけてもらえたことを嬉しく思っているように見えた。船ではほぼ終始無視されるなど散々だった分、まともに口を利けた喜びはひとしおなのかもしれない。

 

「リーダーを誰にするかはどうでもいい、まずベースキャンプを決める。つーわけでこれから候補地に行く。ついてこい」

 

とんでもなく簡潔な説明。さらに突然のリーダー面。これまでクラス闘争に非協力的な姿勢を見せていた人間がいきなりクラスを引っ張っていくようなことを言い出せば普通は『黙れ!モブ野郎が出しゃばるんじゃない!』と反発されるだろうが、意外にも異論はひとつとして湧かなかった。

それは悪原の実力の賜物だ。クラスの誰もが認めるリーダーである一之瀬と、その補佐の神崎をも超える能力の持ち主。性格には少々難があるが、『クラスで最強の実力者は?』と訊かれたらほぼ全員が悪原九郎と答えるほどの圧倒的な実力。そして存在感。

そんな悪原がクラスのためになることをしてくれるというのなら、それに反発する理由は一切ないだろう。

 

「候補地とは?」

 

「あっちの、滝があるとこ。滝壺の周りにはそれなりのスペースがあったし、その周囲には木が密集していて木陰での休憩も取りやすい。それとスポットらしきものがあった」

 

「なるほど。だがあの洞窟をお前は候補にしなかったのか?」

 

「したが、Aクラス様が取りそうだからな」

 

神崎の質問に答えながら彼は顎でくいっとAクラスの方を示す。見ると、すでに移動を開始しているAクラスの生徒たちが見えた。

流石の判断力だと感心するも、方向的に彼らが洞窟を目指していることに神崎が気づく。

 

「龍園のとこと清隆のとこはまだなんか話してるし、今のうちに行こうぜ」

 

それ以上言うことはないと口を閉じた悪原は、ズカズカと島の奥へ入っていく。一之瀬と神崎がそれに続き、クラスメイトたちも一之瀬たちについていった。

 

 

「………クソみたいな試験だぜ」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

…さて、時は無人島上陸直前に遡る。坂柳は船内から無人島を眺めていた。彼女は乗船するにあたって無人島特別試験のことを知らされている。そして前述したように、先天性疾患のために上陸…試験に参加することはできない。坂柳自身そのことを恨んだりはしていなかったし納得もしていたが、愛する綾小路と引き離されるのは正直腹が立つ。

 

(といっても試験が終わるまでの我慢です…冷静になりなさい、坂柳有栖。あなたは清隆くんの正妻。清隆くんにとっての真のヒロイン。また記憶喪失されてしまったならまだしも、この程度のことで取り乱してはなりません)

 

そう自分に言い聞かせて、ふと試験期間はどのくらいなのかと思い立つ。ゴールがわからないのとわかっているのとでは大違いだ。五日以上キヨタカニウムを摂取できないと生命の危機に陥る坂柳にとっては重要な情報である。

 

そのためにも父から命を受け、己の側にいる学校職員に問う。

 

「この試験は本日の何時まで続くのでしょうか?」

 

どうせ長くても夜まででしょうが、と考えていたのだが、

 

「いえ、一週間後の八月七日正午に終了します。」

 

 

 

坂柳有栖は、自分の耳がおかしくなったのかと思った。そしてすぐに、自分が今日の日付を間違えていたんだなと思い直す。我ながららしくないミスにフッと笑う。

 

「ああ、そういえば今日は八月六日でしたね。明日の正午ですか。なるほど、わかりました。ありがとうございます」

 

「いえ、今日は八月一日です。一週間後の八月七日、正午に試験が終了します。」

 

訂正を入れた職員を、坂柳はバッと顔を向け直して見つめた。職員が何とも言えない坂柳の気迫にやや気圧される。

 

「何を言ってるのですか?一週間?」

 

「い、一週間です。七日間です」

 

「はぁ!?」

 

いきなり大声を上げた坂柳に、職員がビクッと肩を小さく跳ねらせた。それを無視して坂柳は携帯を取り出して、殴りつけるように画面をタップし電話をかける。

 

相手は、この学校の理事長。つまり自らの父。坂柳成守(さかやなぎなりもり)である。

 

『もしもし、坂柳です』

 

「お父様!!」

 

『おや、有栖。そんなに声を荒げてどうしたんだい』

 

「試験期間が一週間もあるとはどういうことですか!!聞いていませんよ!!」

 

『そういえば期間は伝えていなかったね』

 

他人事のように言う父に坂柳はますます腹を立てる。自分がどれほど危険な状態にあるのかわかっているのか?*2

 

「このままでは清隆くんに会えません!私に上陸の許可を!!」

 

『それは無理だよ有栖…。言っただろう?有栖自身のためなんだ。もし怪我をしてしまったら大ごとだ』

 

成守の言っていることはド正論、本当は理事長としても父としても、体の弱い有栖をこの旅行に参加させるのには乗り気でなかったのだ。その娘自身が抗議してきたのだとしても。

船に乗ることさえ、常に監視をつけるという条件などで色々譲歩しまくっているのだ。整備もクソもされていない自然そのままの環境が広がる無人島に放り出すなど絶対に無理だ。

 

「私に死ねと言うのですか!?清隆くんがいない船で何をしろと言うのです!?」

 

『有栖?まずは落ち着こう。そういえば清隆くんとは、綾小路清隆くんのことかい?いつの間に仲良くなっていたんだね』

 

綾小路篤臣の息子である綾小路清隆を入学させた成守は、ホワイトルームに反対的だった。人工的に天才を作るという目的をどう思っているという話ではなく、単純に人道的な話だ。

教育の一族として知られる坂柳家の者として、罪なき子供たちが過酷すぎるカリキュラムに心を壊されゴミのようにどんどん潰されていくホワイトルームはあまりに許容し難かった。

そして魔の四期生と呼ばれる、ホワイトルーム最高難易度であり理想論と称されたベータカリキュラムを生き残った綾小路清隆を入学させたのも、彼に人間らしい生活をさせてあげたい、せめて高校三年間の間だけでも人間らしい感情を持って年相応の子供らしく生きてほしいと思ったからだ。常に退学のリスクがつきまとうこの学校が普通でないのは成守自身が誰よりもわかっていたが、それでもそこらの一般的な高校に入れるよりは絶対にいいし、心を破壊し尽くされたロボットしか生み出さないホワイトルームに比べればまだマシだろう。

 

そんな綾小路と、自分の娘が仲良くしているらしい。成守はそのことが純粋に嬉しかった。有栖はホワイトルームの見学以降、事あるごとに綾小路のことを口にしていたことだし。綾小路に友達ができたということもだ。

きっと綾小路清隆は年相応、子どもらしく過ごすことができている。それに娘が下の名前で人を呼んでいる。もしかしたら恋愛までに発展するかもしれない…彼はそう思っていた。

 

 

だが、成守は致命的な勘違いをしていた。

 

 

「私と清隆くんは運命の仲なのですから当然です!それよりもお父様、私に上陸の許可を!!」

 

『いや、だからできないよ。無人島じゃやっていけないって、有栖自身が一番わかっているだろう?』

 

運命の仲というのはツッコまずにおいて、成守はやたら必死な我が娘に少しばかり動揺していた。

 

「なぜわかってくれないのですか!?清隆くんと会えないということは、生命活動ができないということです!!」

 

『有栖??』

 

我が娘は何を言ってるんだろう、と成守は思った。

 

「お父様なら知っているはずです。清隆くんと私が、どれほど深い関係であるか!私たちの繋がりは人と人との絆の究極形であり、神自らが設定したと言っても過言ではないと」

 

『えっと……ごめん有栖。何を言ってるのかわからない』

 

……いや、確かに娘には少しばかり変なところがあった。小さい時から『キヨタカ』という名前のイマジナリーフレンドを作っていたのだから。一人でチェスをしていたところに声をかけると、『キヨタカくんとチェスをしていました』と答えたり。学校から帰ってきたら、『キヨタカくんと手を繋いでしまいました!これはもう結婚です』と言っていたり。

 

親贔屓でなく、有栖は天才だろうと成守は思っていた。体は弱いけれど、それを補えるほどの頭脳があった。しかしその極端なステータスのために、娘には友達ができなかった。娘はそのことを大して気にしてはいないようだったが親としては気になる。たとえイマジナリーフレンドでも、空想でも、楽しく過ごせているのならそれでいいのかもしれないと思っていた。

 

…いや、まさか。そんなことが?

 

有栖が言っていた『キヨタカ』とは、『綾小路清隆』のことだったのでは…

 

成守は今まで()()()()()()()()()()()可能性を突きつけられる。

 

「とにかく、上陸の許可をください。このままでは私は死んでしまいます!!清隆くんがいない生活なんて耐えられません!!鞭で打たれる方がマシです!!」

 

『何度言われてもダメなものはダメだ。それと有栖なら鞭で打たれる方が死んでしまうよ…』

 

「…………………………………お父様、なぜ私と清隆くんを引き離そうとするのですか?」

 

『え?違うよ有栖、そういうわけでは…』

 

「何が違うと言うのですか!私と清隆くんを一週間も離れ離れにさせて!」

 

『有栖、落ち着こう。ちょっと熱くなりすぎている』

 

「夫の隣から引き離されて冷静でいられる妻がどこにいますか!?」

 

『???』

 

成守は自分がぼんやりと宇宙空間に浮かんでいるような錯覚に陥った。

 

「……………いえ、わかりました。わかりましたお父様」

 

『あ、有栖…?そうか…うん…わかってくれたようで何よりだよ。まあ、船を一人で貸切にできたと思って。ぜひ旅行を楽しん』

 

 

「お父様も清隆くんを狙っているのですね?」

 

 

『有栖??』

 

坂柳有栖は打って変わって冷静に、落ち着いた声でそう口にした。そして父は娘の言葉に混乱する。脳が回転をやめていくのがわかる。

 

「それしか考えられません。島には学校の監視の目があるはずです。あくまでも試験ですから、ルールに違反する行為を見逃さないためにも、何か事故が起きてもすぐ対応できるよう生徒の行動に目を光らせているのでしょう?」

 

『それは確かにそうだけど……』

 

「そして季節は夏真っ盛りです。この大暑の中、清隆くんは一週間にもわたる無人島生活で汗だくになる。さらに、お父様はこの学校の理事長です。監視記録の閲覧など、しようと思えばいくらでも可能でしょう。つまり、お父様は汗だくの清隆くんを見てよからぬことに及ぼうとしている。違いますか?」

 

『前半はともかく後半に関しては謂われのない言いがかりというか、違いすぎてむしろどう答えていいかわからないよ有栖』

 

というか、脳が理解を拒んでいると言った方がいいのかもしれない。

一体自分の娘はどうなってしまったのだ。どうしてこうなってしまったんだと成守はろくに回らない頭で思う。

 

「許せません…!正妻たる私を差し置いて、無人島生活を送る清隆くんという貴重な場面を独占しようなど……!」

 

『えっと、有栖。そんなことはなくて…』

 

怒りに震えた声で言う娘。父は何が何だかわからない中でもなんとか宥めようと声をかけるが、娘には届かない。

 

「言ってくれたではありませんか!私と清隆くんの仲を応援すると!円満な夫婦生活のために知恵を貸すと!」

 

『驚くほど記憶にないよ』

 

本当に何を言っているのかわからない。もしかして自分の方がおかしいのでは、という気さえしてくる。

 

「表ではあんなことを言っておきながら、裏では清隆くんを狙っていたなんて。自分がどれほど間違ったことをしているのか、お言葉ですがお父様!!自覚しているのですか!?」

 

『自分がどれほど間違ったことを話しているのか、有栖は自覚しているのかい?』

 

「お父様のホモッ!!!!」

 

『有栖???』

 

突然の罵倒にどう返事をしていいかわからなくなる。

 

「もういいです!たとえお父様が相手でも、私は清隆くんを手に入れて見せます。この学校をコントロールできても、私たち夫婦はコントロールできないということを見せてあげます」

 

『あー…………うん………有栖が幸せになるのは僕も大賛成だよ』

 

「それでは、失礼します。私と清隆くんの間に間男が入る隙間などないことを思い知らせてあげますから、覚悟していてくださいお父様」

 

『そうか…まあ…頑張ってね有栖』

 

通話が終了した。

そして坂柳成守は、今日は仕事を早めに切り上げて風呂でゆっくりとくつろぎ、ホットミルクを飲んだ後にベッドでぐっすり眠ろうと心に決めるのだった。

今のやりとりは、娘の錯乱は、全て悪い夢だったのだと信じて。

 

 

*1
実際心の距離を縮めることが可能かどうかはさておき

*2
わかるわけがないのだが

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