ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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アンケートが概ね予想通りでやはり、という納得感を覚えています。クラス内投票人気すぎ、ペーパーシャッフル不人気すぎ…でも選抜種目試験の方がペーパーシャッフルより低いのは意外でした。なぜなんでしょうか?
しかしバレンタインが意外な伸びを見せていますが、一体何を期待されているのかさっぱりワカラナイ



無人島試験④

 

無人島試験二日目。昨夜、完全に寝入った幼馴染を放っておくわけにもいかずそのまま共に眠った悪原は早朝六時ほどに目を覚まし、そのまま一之瀬を起こして二人揃ってぼんやりと滝を眺めていた。

夏真っ盛りではあるが朝はそれなりに空気が冷えているため、非常に過ごしやすい。それも間もなく加熱していくだろうが。

 

他クラスメイトの中では一番早くに起きてきた神崎と挨拶を交わし合い、朝食にバナナを齧っていると他の生徒たちもぼちぼち起きてきたようで。

一之瀬と向かい合いながら果実を食べている悪原を見て、柴田の眠気が吹っ飛んだり。女子はヒソヒソと一之瀬と悪原の二人を見ながら楽しげにコソコソ話に明け暮れていた。

 

点呼が終わり、クラスメイト全員が一堂に集ったところで一之瀬帆波が呼びかけた。

 

「みんな聞いてくれる?集めた食べ物を保存するためにクーラーボックスや容器を買おうと思ってるんだけど、大丈夫かな?」

 

反対意見は一つも上がらない。この提案には参謀格の神崎も納得しているようだ。

実際この気温と湿度では、食べ物が腐ってしまっても不思議はない。せっかく集めた食糧を処分しなければならないのは精神的にのしかかるものがあるだろう。

また、試験中に捨てようとしたら環境汚染行為として判定され、ポイントが引かれてしまう恐れもある。

 

「今日も食べ物集めに力を入れようと思うけど、みんな無理しないようにね!今回が初めての試験なんだし、あまり気を張らなくてもいいと思うんだ」

 

無理はするな、と呼びかける一之瀬にクラスメイトたちは崇敬の眼差しを向けるのだった。

 

「……カルトだな」

 

「…否定はできないな」

 

悪原がボソリと呟き、横にいる神崎が微妙な表情で同調する。一之瀬のカリスマ性はクラスをまとめる上でこれ以上ないほどよく機能しており、内部分裂などまずありえないという安心感こそあるが、それ故にクラスメイトたちが一之瀬の能力を過剰評価してしまい、彼女に頼りきりになってしまいかねない恐れがある。

…すでにそうなりつつあるような気もするが。

 

「だが、その教祖が熱心に崇めているのはお前だぞ?」

 

「勘弁してくれよ…」

 

少し意地悪な笑みを浮かべながら神崎が言う。悪原は頭痛を抑えるように額へと手をやった。

クラスメイトが一之瀬を信奉している中、その一之瀬が何よりも絶対的に優先しているのが悪原九郎だ。神崎はカルトに染まっていないので、同じクラスだというのに第三者に近いとすら言える立場となる。

なお、このクラスの『みんな仲良く』な雰囲気をあまり好意的に思っていない姫野ユキという女子生徒が一人ため息を吐いていることを男子二人は知らないし、今後知ることになるのかもわからない。

 

「おそらくお前は他クラスのリーダーから裏の支配者として見られていることだろうな」

 

「やめろ!否定できねえ…!」

 

実際、Dクラスの堀北鈴音などは悪原こそがBクラスの真の支配者だと見ている。一方Cクラスの王である龍園は悪原がクラス闘争に興味のない男だと知っているので、Bクラスを一之瀬のイエスマン集団と見ていた。

Aクラスの過激派である坂柳有栖は悪原を『私から幼馴染(綾小路清隆)を奪った間男*1』として敵視しているものの彼をリーダーとしては見ていない。保守派の葛城康平は悪原九郎をどう思っているのか不明だが、一之瀬が悪原に相当お熱なのは学年でも有名な話であるため、警戒はしていることだろう。悪原がその気になれば、いつでも一之瀬の恋心を利用することで限りなく従順な駒として、好きなように動かせるのだから。おまけに参謀格である神崎隆二とも仲がいい。

彼自身の能力の高さもクラスの有力者たちの間では疑う余地なしの事実。考えるほど、警戒しない方がおかしいように思えてくる。

 

もちろん悪原にクラスを引っ張る気は今のところ皆無だが、どうしてもそういう可能性は想定し得る限り存在してしまうし、それを警戒する者がいるのも仕方のないことだ。

 

と、納得はできる。納得は。

 

悪原は自分をリーダーの器だとは思っていない。確かに人より能力はあるかもしれないが、人を引っ張るのは別の話だ。

自分には一之瀬のような人望がないと彼は思っている。もし自分がリーダーをやるとしたら、まず暴力による恐怖政治を敷いてそこから実績を出して信頼を勝ち取っていくという、龍園と同じやり方しか取れないだろうと確信している。しかも龍園のようなカリスマ性があるわけでもない。少なくとも石崎たちのような存在は、悪原のもとには決して現れないだろう。

そうに違いないと、彼は信じている。

 

「もうこの話はやめだやめ、そんなことよりリーダーとかどうなってんのか聞いてねえぞ俺」

 

これ以上その話題に付き合う気はないと言わんばかりに、悪原は話を無理矢理切り替える。神崎は一之瀬の方へ体を向けて肩をすくめた。

 

「俺も聞いていない。なぜか知らないが訊いても返事がなくてな」

 

「フーン。じゃ俺が訊く」

 

悪原は感情を消した目でズカズカと一之瀬のもとに歩み寄る。突如近づいて来た幼馴染に、一之瀬はその顔をパッと輝かせた。

 

「一之瀬」

 

「?どうしたの?もしかして私と一緒に水浴びでもしたあぁあっ!!!?」

 

突如悪原の剛腕が一之瀬の顔面を掠めた。ギリギリ回避が間に合った彼女の呼吸のリズムはフルマラソンを終えた後のように著しく乱れ、冷や汗をかきながら自分の顔をペタペタ触っている。

いや、本当に冗談のつもりだったのだ。願望が全く含まれていないと言えば、それは嘘になるものの。それでも確かにそれは一之瀬なりの、幼馴染という関係性故の、少し攻めたものとはいえ、ただの冗談だったのだが。

 

「俺はまだ地獄に行く気なんざこれっぽっちもないんだよ。わかるか?」

 

「わ、私との水浴びは九郎くんにとって地獄に相当するの……?」

 

頭を抱える一之瀬。しかしすでに慣れてきているのか、それとも昔から割とこんなものだったのか。すぐに気を取り直して幼馴染へと向き直る。

 

「まあ、いつか天国に思えるようになってくれればいいよね。…それより、どうしたの?」

 

「そんな時は真空崩壊*2が起きても訪れないけどな。…リーダーは誰になってる?」

 

そう問うた瞬間、一之瀬帆波の全身がビシリと硬直する。

 

あからさまに怪しい幼馴染の挙動に、悪原九郎は目を細め、眉間の皺をいっそう深くした。

 

「……………怒らないで聞いてください」

 

突然の敬語。さりげなく姿勢も改めた一之瀬の視線は泳ぎまくっているが、それでもなんだかんだ目の前の幼馴染を捉えてはいた。

 

「言ってみろ」

 

「その……ランダムに決めたんです。リスクが高そうだから、スポットとかも無視して真面目にやろうかなって………」

 

「ふぅん。まあ間違いじゃないかもな。で?」

 

この時点で答えは出ているが、頑なに本人の口から言わせようとする彼の姿はクラスメイトたちにどう映っているのだろうか?

 

「そしたら………はい………ランダムにしてって先生に言ったんですけど…………九郎くんになっちゃって……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

とてつもなく重苦しい静寂。残念なことに、悪原九郎へ直接物申せる数少ない人間である柴田颯は現在仮設トイレにこもっている。悪原の友人である神崎隆二は色々な理由から一之瀬の弁護をする気はゼロ。

悲劇的な事実だが、今この場にいる者の中で悪原の機嫌を損ねるリスクを冒してまで意見できる者はいなかった。

 

ただでさえ一之瀬が関わってくると機嫌が悪くなるのだ。いくらランダムに決めた結果とはいえ、リーダーの権利を使う必要性もないとはいえ、自分が知らない間にリーダーをやらされているという事実が悪原九郎にどんな感情を抱かせるのか。

 

果たして、一之瀬帆波の命運は──

 

 

「…………はぁ。そうかい」

 

 

──なんと。無事であった。

 

これには彼女自身が一番驚いている。いや、悪原がリーダーになったという件に関しては、ランダムという人の手を加える余地のない、完全に運によってもたらされた結果なので、多少文句は言われるかもしれないけれど、もし彼が自分に折檻を加えようとするならば多少は抗議するつもりであった一之瀬はこのまさかの冷めた反応に、目を満月よりも丸くしていた。

 

ひとまずクラスのリーダーがクラスの最強戦力に折檻を加えられるという地獄のような展開が発生しなかったことに、クラスメイトたちはひっそりと安堵のため息を漏らした。

 

「カードキーは?」

 

「あ、え、えっとこれ」

 

ジャージのポケットの中からリーダーだけが使用できるカードキーを取り出して差し出せば、彼はパシッとやや雑に、しかし一定の丁重さが窺える態度で受け取った。

 

「…マジで俺みてーだな」

 

「あの……それ、どうするのかな?」

 

カードキーに刻まれた『アクハラ クロウ』の文字列をまじまじと見つめ、何か考える様子を見せた幼馴染へ一之瀬は問う。初日にしてさっそくAクラスのリーダーを探ってきた幼馴染の能力の高さは彼女自身が一番、誰よりもよく知っている。

 

「別にどうもしねえよ。俺になってるんならいろいろ好都合ってだけだ」

 

「………?…どういうこと?」

 

どうでもよさそうに背を向けた悪原に、一之瀬はさらに問いを投げかけた。幼馴染が何かを考えているのは確定的だ。それはクラスに利益になるものではないかもしれないけれど、きっと、悪いことではないはずだから。

 

悪原九郎は幼馴染へ視線だけを向け、冷笑を浮かべた。

 

「リーダーが俺になったなら、俺が何をやろうと文句は言わせねえと言ってんだよ」

 

恨むんなら運のなさを恨め。

吐き捨てるように言ったそれっきり、悪原は振り向くことなく神崎を連れて共に何処かへ消えていった。

妙に意味深な彼の言葉に、クラスメイトたちの間に若干不安感の混じった空気が流れ出す。

そんな中、彼を昔からよく知る人間が、幼馴染が、一之瀬帆波だけが、嫌な予感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

「楽しいクイズとか言ってやがったが……いいぜ。完璧な答えを出してやるよ、龍園」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

綾小路清隆はあくびを噛み殺しながら釣りをしていた。Dクラスは退屈すぎる。進んで話したいと思える相手なんかいないし、見ていて面白いものも何もないし、暑さのせいなのかわからないが未だ微妙に男子と女子とで険悪な空気感が残っているし、居心地が非常に悪い。

綾小路はDクラスの面々をほとんど道端の石ぐらいにしか思っていない。堀北鈴音と高円寺六助、平田洋介と櫛田桔梗のことは生命体ぐらいには認識しているが、それもおよそ人間扱いではない。

堀北は青虫、平田と櫛田は花、高円寺は鳥……そんな感じだ。

中でも堀北は蝶となるか蛾となるか、それとも喰われて死ぬか。彼女の行く末だけが、Dクラスの中で唯一興味関心を持てる事柄だった。

 

やはりここは鳥籠、いや虫籠だと綾小路は思う。別な例え方をするなら、知識を得られないホワイトルームか。

そのような感情がチリチリと降り積もっていくばかりで、それによって生じるストレスはホワイトルーム最高傑作のポーカーフェイスにすら、ごくわずかながら青筋を浮かばせるに至っていた。

 

普段ならここまでのストレスは感じないのだが、今は無人島という閉鎖空間で強制的に集団生活を送らされていることと、BクラスとDクラスを行き来しているというのが大きい。雑草だらけで落書きまみれで錆びまくりの遊具が散らかっているという誰がどう見ても()()()()()()公園と、手入れが行き届いた花壇と新品清潔な遊具がピシッと揃っている公園、どっちに行きたいかを問えば100人中100人が後者と答えるはずだ。

 

極端な例え方ではあるが、少なくとも綾小路清隆にとっては、割とそれぐらいの差があった。

 

また二日目開始時に高円寺が仮病でリタイアしたというちょっとしたトラブルが起きたのだが、これに関しては高円寺の制御は不可能と堀北が判断したことによって最初から認めていたこと、その代わり報酬と引き換えに島の大まかなマッピングをさせたということからそれほど荒れたりはしなかった。しかし一部の男子からは不満の声が多少上がってきていたが。

兎にも角にも高円寺のリタイアを聞いて綾小路は、自分もリタイアしたい!と心の底から思った。叶わないことだが。

 

そういうことで、半ば現実逃避のような形で、いま綾小路は釣りをしていたのだ。なおキャッチアンドリリースを繰り返しているため、横のバケツの中に魚は一匹もいない。これはただ雰囲気を演出するためのアイテムだ。

 

何匹か釣っては放しを繰り返す中、釣りも悪くないなと綾小路は思う。これが中々いい暇つぶしになるのである。厳しくも雄大さを感じさせる自然、砂浜に押し寄せる波の音、時たま聞こえる海鳥の鳴き声、その環境全てが大変穏やかで、ゆったりとした時間を提供してくれる。

そして、魚がかかった途端に空気が一変し、一対一の戦いが始まるのだ。引っ張り、糸を巻き上げ、時にあえて泳がし、その駆け引きを制してやっと獲物を釣り上げた時の達成感はバカにできない。

 

ちなみに釣竿は購入したものではなく、誰も占有していなかったスポットの近くにあった古い小屋の中から拝借したものである。

 

(…………誰か来たな)

 

再び糸を海に垂らした直後、何者かが接近してくる気配を感じて綾小路は振り向く。すると、一人の気弱そうな女子生徒がおずおずとした態度で木陰から自分の様子を窺っている様子が見えた。

 

本人は隠れているつもりなのだろうが、長いツインテールが木からはみ出してしまっている。

あれでは相手がオレじゃなくても丸わかりだな、と綾小路は無感情に思った。

 

さて、木陰に隠れているのは佐倉愛里。目立つことを嫌がり、可能な限り地味で影の薄い存在であるよう心がけているDクラスの女子生徒。

そんな彼女がなぜ、クラス内で浮きまくっている上に学年でも有名な人間たち──悪原や一之瀬、神崎、おまけに坂柳──と強い繋がりを持っている綾小路のもとに訪れたのか…

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

綾小路は声をかける。彼は佐倉の名前を知らないのだ。覚えていないのではなく、知らないのである。五月のあの日以降、佐倉愛里の存在を認知してもいなかったのだ。

まあ、綾小路と佐倉に接点などないのだし、佐倉自身が己の存在感を薄いものにすべく動いていることもあり、綾小路が彼女を知らなくても無理はない話なのだが。

 

とにかく声をかけた綾小路だが、どうやら佐倉は気づかれると思っていなかったらしい。木陰から飛び出しているツインテールがビクッと跳ねたことからそれがわかる。

 

逃げ出そうとした佐倉だが、それよりも早く綾小路が釣竿を置いて彼女をとっ捕まえてしまった。

 

「ひっ」

 

腕を掴まれ、グイッと引き寄せられて強制的に顔を合わさせられた佐倉の小さな悲鳴が綾小路の鼓膜に届く。

まるで小動物のようだ、と綾小路は思った。

 

「…誰だと聞いているんだが」

 

「あ、あっ、さ、佐倉、っです、……はい…」

 

あっちこっちに行き来する視線。回らない舌で、それでも何とか佐倉愛里は名乗ることができた。今のDクラス内で綾小路は、下手をすればかつての堀北以上に浮いている存在なのだ。高円寺とは別ベクトルで孤高の人間と言える。

そんな人間相手に密かにとはいえ接触を図る。彼女の気弱っぷりを考えれば、これにどれほどの勇気を振り絞ったことか、想像するのは難しくないだろう。

 

「そうか。それで、オレに何の用だ?」

 

「そ、その……」

 

「…………」

 

「……………あ、ぅ…」

 

沈黙。いや、厳密には佐倉は口を動かしてはいるのだが、声になっていない。それは親鳥に餌を求めて口を何度も開閉する雛鳥を彷彿とさせた。

とにかくこれでは話にならない。

 

「…言い出せないなら、それでもいい。オレは釣りをしているから、話せそうな時に声をかけてくれ」

 

それは気遣い、というよりは付き合うだけ時間の無駄と考えたが故の発言であった。いつまでも無言のまま向き合い続けていられるほど、綾小路は佐倉に興味も関心もない。

 

再び背を向け、置いておいた釣竿を拾い上げようとした時、佐倉は弱々しく、それでも綾小路に呼びかけた。

 

「あっ、あのっ、綾小路くんって、悪原くんと仲がいいよ、ね…」

 

「?ああ」

 

正直言って、綾小路は驚いていた。この、小動物のような少女から悪原九郎の名が出てくるなど、完全に予想外だった。

いったいなぜ、かの親友を話題に持ち出してきたのか。一転して興味が湧いた綾小路は佐倉に訊く。

 

「九郎がどうかしたのか?」

 

「えとっ、じ、実は……」

 

それから佐倉愛里はたどたどしく用件を話し始めた。

 

以前廊下の曲がり角で正面衝突してしまった時に、逃げ出してしまったことを謝りたいと。そして、詳細は言えないが一人で抱えていたある悩みを解決してくれたことに礼を言いたいのだと。

そのために、可能な限り目立たないようにはしつつ、悪原九郎と話せる場をセッティングしてほしいと。綾小路ならそれができると思ったと。

 

内容的にはそんなもので、まあその割にはずいぶん時間がかかってしまったものの、佐倉の要件は、まとめればそういうことだった。

 

綾小路にそれを断る理由は特になかった。変なことを企んではいないようだし、そもそも佐倉が悪原に何か害を加えられるとは到底思えない。

ただ、悪原と佐倉が二人で話をする、というところは少し引っかかる。なるべく目立ちたくないというのは綾小路個人も理解を示せるが、一之瀬には事情を説明しておいた方がいいかもしれない。

 

そんなことを考えつつ、綾小路は彼女の申し出を受け入れることにした。

 

 

 

******

 

 

 

「何やってんだてめえ!?」

 

怒りと困惑が入り混じった須藤の大声がDクラスのベースキャンプに轟く。昼寝をしていた綾小路は叩き起こされたような気分になりながらも何事かとテントから出て、先の発声源へ足を進める。

 

そこには須藤、ドン引きしている様子の軽井沢グループ、数人の名も知らぬ女子たちと男子たち、平田、そして堀北がいた。そして彼らの前には龍園、石崎、小宮、近藤、アルベルトが立っており、特に龍園はニヤニヤと悪辣な笑みを浮かべている。

 

「見てわかんねえのか?草木のために肥料を撒いてるだけだぜ」

 

その言葉に綾小路は全て理解した。アルベルトが持っているアレは例の簡易トイレだ。どうやら彼らはDクラスのベースキャンプ周辺にその中身を撒き散らしているらしい。

 

いや、何やってんだ本当に。

 

綾小路も正直引く思いだった。

 

「ふざけんな!マジで汚いんだけど本当最悪!!」

 

名前もわからない女子が悲鳴に近い罵倒を飛ばす。それに追随し、龍園たちへ凄まじい勢いで非難の声が上がる。

龍園はそよ風にあたっているように涼しい顔で一通り文句を聞き終えると、一転して笑みを消し睨みつけた。

 

「ビービーうるせえんだよカスども。優秀な人間に寄生してAの特権にありつこうとするウジ虫どもが、健常者同士の話し合いに口挟むんじゃねえよ。邪魔なんだよ雑魚」

 

舐めるようにこの場にいるDクラス全員を睨み回した龍園に恐怖し、ボロクソに貶されたにもかかわらず、女子も男子も黙りこんだ。まさに蛇に睨まれた蛙。

そしてそれを、明確な暴力を行使することなく、言葉と視線だけで現実に成したのは間違いなく龍園の実力だった。それは王足るオーラ。

龍園と、彼に黙らされた生徒たちの間にある残酷なまでの格の違いが、今ここに曝された。

 

しかし唯一、龍園に噛みつこうとする須藤を手で制した堀北が口を開く。

 

「あなたたちが島の食糧を燃やして回っているとも聞いたのだけれど」

 

それを聞いて綾小路はまた引いた。

 

踏み潰して食べられなくする、ならわかる。だが龍園たちは燃やしているのだという。

火を使えば当然煙が発生し、それには一酸化炭素や二酸化炭素が多分に含まれている。もし煙を吸い込んで生徒が倒れてしまえば、環境汚染どころか完全に傷害、すなわち暴力行為として判定されクラスまるごと失格になる可能性が非常に高い。おまけに延焼のリスクもある。

それを龍園は平気な顔をしてやっている。

 

「ああ、そうしたらテメェらはポイントを使わざるを得なくなるだろ?」

 

悪びれもせずCクラスの王はニタニタ笑う。

 

「俺たちは間もなくリタイアする。それまでにテメェらに可能な限り嫌がらせをするのは自然な発想だろ?そして、あとは俺たちみんな豪華客船でのんびりとくつろぐのさ。てめえらが必死こいてサバイバルしながら果物や野菜をチビチビかじっている間、俺たちCクラスはあの肉汁あふれる分厚いステーキにかぶりつき、スパで遊びの限りを尽くし、冷房がガンガン利いた部屋でふかふかのベッドにくるまって眠るんだぜ?」

 

龍園は自分たちの予定を無駄に具体的に説明する。そうすることでDクラスの生徒たちの内心で燻っている、このサバイバルへの不満を煽るのだ。

 

「楽しみだよなあ、お前ら。このカスどもに船で何をする予定か聞かせてやれよ」

 

さらに、配下たちにも煽るよう促す。それを石崎たちが断る理由はどこにもない。

 

「俺は船の全施設を体験し尽くしてやるぜ!」

 

「俺、Dクラスの奴らがヒイヒイ働いてる間にあのレストランの全メニューを制覇してやるんだ!」

 

「思い出話ぐらいならしてやるよ!嬉しいだろ?」

 

Boss is a super dragon boy.(ボスはとんでもなくすごい男だ)

 

彼らの自慢にDクラス全体から凄まじい恨み嫉みのオーラが噴き出し、堀北も苦々しげに顔を歪めた。内部分裂を狙っていると察するのは容易だが、しかしそれを防ぐのは難しいものがある。

 

「……あなたたちの予定なんてどうでもいいのよ。それよりも初日に伊吹さんがここの近くで座り込んでいたわ。頬は赤く腫れ上がっていたし、ジャージは泥と砂だらけで、背中には足跡までついていた。どういうことか説明してもらおうかしら」

 

話を無理やり変えて堀北は龍園を睨む。それを聞いて綾小路は、そういえばそんなこともあったな、とぼんやり思った。

 

「あ?どういうことも何も、ありゃただの制裁だ。奴は俺に逆らった。理由なんてそれだけで充分だろ?」

 

「っ……」

 

それを聞いて平田が苦しげに顔を歪めた。Dクラスの面々もおおよそドン引きである。

 

「なんだ、もしかして伊吹のやつはまだ居座ってんのか?それとも別のクラスだってのに、テメェらはアイツを手厚く保護してやってんのかよ?」

 

大袈裟なぐらい興味深そうな態度で、つま先立ちしてベースキャンプ内を覗き込みながら、龍園はますますヘラヘラとした笑みを深める。

 

「だとしたら解せねえな。なぜ匿う?男どもの公衆便所にでもしてんのか?」

 

「もうそれ以上口を開かないで。耳が腐るどころか全身に異常をきたしそうだから」

 

そんな龍園を軽蔑の眼差しで見る堀北。その目はまさに絶対零度。あまりにデリカシーのない発言に女子軍団はいっそ恐怖すらしている。彼女らが龍園に向けている目は、もはや人間を見る目ではなかった。

 

「つれねえなあ。傷つくじゃねえか鈴音ぇ」

 

「名前で呼ばないで。血が穢れる」

 

「クククッ、フラれちまったぜ。ショックのあまり泣いちまいそうだ」

 

わざとらしく肩をすくめ、腹の底から込み上がってくる笑いを押し殺しながら龍園はもう用はないと言わんばかりに背を向けた。

 

──それから間もなくして、無人島からCクラスの生徒は金田、伊吹を除くその全員が、嫌がらせするだけしておいて姿を消した。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

口ではああ言っていたが、龍園の狙いは間違いなくリーダー当てであると綾小路は確信している。Cクラスは金田と伊吹以外全員リタイアしたと誰もが思っているが、後少なくとも一人か二人は島に残っていると睨んでいた。

 

そしてそのための手はもう用意してある。今回の試験においてもリーダーを務める堀北は、現在体調が優れていない。本人はうまく隠せているつもりなのだろうし実際周りにもバレてはいないようだが、綾小路の目はごまかせない。

そして最終日直前、堀北をリタイアさせてリーダーを変更させればCクラスはリーダー当てに失敗。カウンターとしてマイナス50ポイントの損害を与えることができる。仮にリーダー変更を気づかれても、当てられるよりは確実にマシな結果を残せる。

 

可能ならばそのCのリーダーも当てたいが…

 

「ああ、いたいた。探したぜ」

 

釣りをしていた場所でひとり考え込んでいると、この数ヶ月でとっくに慣れ親しんだ親友の声が耳に入ってきた。

 

「九郎か。どうしたんだ?」

 

流石に常にBクラスのベースキャンプに居座るわけにはいかないということで、今日は大人しく釣りでもして時間を潰す予定だった綾小路。しかし親友の方から接触してきたという事実に、檻の中から解き放たれたような感覚さえした。

 

座るよう促し、友人ふたりは海の方を向いて腰を下ろす。少し海を眺めて一息ついた悪原九郎は口を開いた。

 

「なあ清隆、そっちのリーダーは変更させられそうか?」

 

「できるぞ。それがどうかしたのか?」

 

「実はな、今回の試験でAクラスの獲得ポイントをゼロにしてやろうって考えてるんだよ」

 

「……どうやってだ?」

 

綾小路は思考しつつ問う。Cクラスを負けさせるため、ではなくAクラスを負けさせるためにリーダー変更を行う意味がわからないから。

自分が釣りをしている間、偵察に行っていたらしい堀北によるとAクラスは洞窟を確保してほとんど籠城状態らしく、出かけていく生徒の姿は非常に稀だと言う。そんなAクラスにこちらのリーダー情報が割れるなど普通はないはず…

そう考えていたときに、

 

「まず、龍園はAクラスと何らかの契約を交わしてると俺は予想してる」

 

悪原の言葉が耳に届き、そして理解する。

 

「!…なるほど。お前は、CがAに他クラスのリーダー情報を売ることでプライベートポイントを得るような契約をしたと睨んでるんだな?」

 

「話が早くて助かるぜ。大体そんな感じだ」

 

悪原がなぜそのような予想に至ったか、そこまでは綾小路にはわからないものの、きっと当たっているんだろうなという予感がした。

 

「で、今回俺はCクラスを勝たせることに決めた。その代わりに龍園から報酬をいただくわけだ」

 

その言葉で、綾小路は友の真意を感じ取った。この試験は一見クラスポイントが大なり小なり増えるだけのイベントだが、悪原は裏で動きプライベートポイントを獲得することで綾小路(オレの)移籍のためのポイントを稼ごうとしているのだ。

『今回はダメそうだからまた次の機会に』といった形で先延ばしにせず、思考をめぐらせ彼は個人で得をする手段を確立した。その行動から、もちろん疑っていたわけではないが、自分を移籍させるために本当に全力を尽くしているんだという強い思いが伝わってきて、自然と顔が緩んでしまう。

 

「もしこの話に乗ってくれるなら、」

 

「もちろんだ」

 

「お、おぉ……そうかい」

 

思わずズイと身を乗り出してしまい、すぐに我に帰って体勢を戻す。少し気恥ずかしいのを誤魔化すように綾小路は口を開いた。

 

「…ま、まあとにかく、その作戦がうまくいったら、結果はもう明らかだな。Cクラスが一位、Bクラスが二位……」

 

「待て待て。そっちが二位だ、こっちは三位。そっちの先公がいらんことしてくるかもしれねえからな」

 

そういえば、今回自分は茶柱を黙らせるために結果を出そうとしていたんだった。だからまだリタイアせず島に残って、リーダー変更作戦なんて考えていたんじゃないか。

我ながら情けないが、完全に浮かれていた。失念していた。けれど、親友のそういう気遣いがまた嬉しい。

リーダー変更したのに当てられたことに関しては、まあスポット占有時に見られたのかもしれないと言い訳もできる。あまりぐちぐち言うようなら別な手段で黙らせることも視野に入れるが。

 

「…星之宮先生におまえを移籍させる予定だから見守って、とか言ったらリスクも減るか?」

 

「あ、それは思いつかなかったな」

 

「まあ、何にせよ今回の試験結果はもう決まったようなもんだ。リーダー変更は六日目の深夜にやってくれ。こっちの次のリーダーは神崎にするから当てろ」

 

「わかった。…なあ九郎」

 

「ん?」

 

用事を終え、立ち去ろうとした友を呼び止める。まだ何か話があるのか、と振り向いた悪原に、綾小路はほんの僅か、躊躇うような気持ちで問う。

 

 

「どうして、こんなにオレに良くしてくれるんだ?」

 

 

その問いに、悪原九郎はきょとんと目を丸くした。

 

「なんで、って言われても……なぁ…」

 

地面に視線を落とし、頬をかりかりと軽く掻きながら困ったように言う。それは例えるなら、『常識がなぜ常識であるのか』を問われた時のようで。

明確な答えのない問題を突然突きつけられたようで。

 

「…友達を助けたいからっていうのは、理由にしちゃ不充分か?」

 

 

その返事を聞いて、綾小路は小さく首を振った。

 

ホワイトルームは退屈な場所だ。それは今、ごく普通の人間らしい生活を送ることができているからこそ、強く感じること。

でも、この高校と比べてどんなにあの部屋が退屈でも、この高校でどんなに仲間に恵まれたとしても、それでも自分はホワイトルームで()()された存在なのだ。そこだけは、己の出生だけは、否定のしようがない。

 

ホワイトルームの理想を詰め込まれて開発され、そしてその完成品である自分が敗北するということは、ホワイトルームの敗北を意味する。

 

だからこそ、思っている。

 

本気を出したオレより強いヤツはいない──

 

綾小路は自分が負けることを考えないし、考えようとしてもわからない。自分が『負ける』ビジョンが見えないのだ。

ホワイトルームでは勝利こそが全てで、当然だった。負ければそこで全て終わりだ。それまでにどんなにいいスコアを出していても関係ない。敗北した瞬間、その生徒の全ては終了する。その場で未来は閉ざされ、挽回の機会もなく、闇に葬られる。少なくとも彼らの末路を綾小路は知らない。

 

そしてそう思っているからこそ、同時にひとつの望みがある。

 

本気を出した自分を打ち破れる存在と出会うこと。

 

 

確かに悪原たちとは友人だ。打算など何もない、純粋な友情から成り立つものだ。

綾小路自身も、変わった。自分の他に大切なものができたのは事実だ。

 

それでも、根っこまで変わったわけではない。今でも綾小路は自分本位だ。もし悪原や神崎、椎名に一之瀬などが傷つけられれば綾小路は報復に動くだろう。

だがその行動理由は『自分の大切なものを傷つけたから』であり、『傷つけられた人のため』ではない。

 

それは悪いことではないのかもしれない。大切なものが誰かによって脅かされれば誰だって嫌な気持ちになるだろう。それによって怒りを感じるのもごく自然なこと、なのかもしれないけれど。

 

悪原九郎は優しい。本人は妙に偽悪的に振る舞うが、その本質は間違いなく利他的な人間だろう。一之瀬帆波のような博愛ではないけど、守る人間を選ぶけれど、そのぶん一之瀬以上に人を大切にしているように感じる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()。そういう人間に見えるのだ。

 

 

だからなのか、どうもこの、あまりに利他的な親友を前にすると……自分の歪みが浮き彫りになるようで──、

 

 

 

(九郎……お前なら、オレを葬れるのか?)

 

 

 

そんな想いが身を捩ったけれど。

それを口にする勇気は、今の綾小路にはなかった。

 

 

 

*1
風評被害

*2
この宇宙に起き得る現象のひとつ。ものすごく簡単に言うと、全てが崩壊する現象である。そしてその後生まれる新たな世界では、物理法則すら我々の知る宇宙と異なっているかもしれないらしい。




次回で無人島試験編はおしまいです。
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