ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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アンケート、他の選択肢もあるけどきっと盗撮計画一強なんだろうなあと思ってたら龍園さんがめちゃめちゃ食らいついててびっくりしてます。



船上特別試験
船上試験①


 

 

「ごめんなさい九郎くん!!」

 

 

「いい加減鬱陶しい!!」

 

 

廊下に響き渡る大声。その発声源を確かめて、生徒たちは『またあの二人か…』とゲンナリする。

 

一之瀬は帰船後、坂柳の救助を優先して動いたために、悪原の見舞いに行けなかったことをすでに十回ほども謝罪していたのだ。

 

何がひどいって、ただ何度も謝罪するのではなく悪原について回ってそこかしこで謝ってくるのだ。

 

まず、試験後の昼食。レストランに飛び込んできた一之瀬が顔をぐちゃぐちゃにしながら謝罪。この時点で悪原は『別にいい』で済ませていたのだが、先述の通りこれだけでは終わらなかった。

廊下で、部屋で、カフェで、トイレに行く時もついてきて、もはや嫌がらせのレベルで付き纏ってきて、松葉杖でちょっとつまづいた時などに必死に謝ってくるのだ。

三回目までは『だからいいって』であしらっていた悪原だが、四回目以降からイラつきだして今ではご覧の通りのマジギレだ。

 

 

「さっきっからいちいち絡んできてウザイんだよ一之瀬ェェェェェッッ!!!!」

 

 

「うわああああ危ない!!ごめんなさい私が悪かったからぁ!!」

 

「うあああああ あ…悪原が松葉杖を練り振り回している」

 

しゃがみ、上体を反らし、時にはジャンプして攻撃を回避する一之瀬。そこにたまたま通りがかった浜口がいやに説明的な悲鳴を上げた。

 

「お、落ち着け悪原!それ以上怒りのボルテージを高めるなぁ!」

 

「楽しそうなことやってんなぁ悪原」

 

「ウワアアアアいま一番来てほしくない奴が来た!!!」

 

そこに龍園が野次馬根性全開のニヤニヤ顔で現れ、さらに不穏な空気が吹き荒れる。

突如喧嘩を始めても不思議はない雰囲気がBクラスの悪魔とCクラスの王にはあったが、しかし結果的に別クラスである龍園が出てきたことで悪原は暴走をやめ、この小さな嵐は収束するのだった。ブチギレているように見えて意外と冷静だったことに浜口は驚くと同時に一安心した。

 

 

なお、一之瀬はその後何事もなかったように笑顔で悪原にベッタリくっついて歩き続けていたが、お互いのためにも少しくらい距離を取る気はないのかと浜口は疑問に思ったという。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

その後男子部屋に逃げた悪原だったが、一之瀬は当然と言わんばかりに押しかける。そしてこれまた当たり前のように、幼馴染がゴロンと寝ているベッドに自分も寝転んだ。悪原の体格の良さ、背の高さもあってベッドの上はすでに狭くなっている。少なくとも寝返りを打てない程度には。

 

「九郎くん、私と上のスパに行かない?」

 

「何が悲しくておまえとスパにいかなきゃならねえんだ」

 

割と勇気を出して誘ったというのに、あまりに辛辣な返事に一之瀬は『ううっ!』と、心臓病にでもかかったかのように胸を苦しげに押さえた。

 

「大体俺がスパに行って何ができんだよ」

 

「でも九郎くん、今日ずっと部屋で寝てばっかりじゃん。健康に悪いよ」

 

「あのなあ、一応俺は飛び降りで足痛めてんの。わかるか?」

 

「大丈夫!私が抱っこしてあげるから!」

 

「厳しいって」

 

やたら自信満々に胸を張って、さも名案のように『抱っこして運ぶ』と発言する一之瀬だがそれは実際あまりに無理があった。

身長159センチの女子が、183センチの男子を抱き上げて移動するなんて無茶にも程がある。

確かに一之瀬は女子生徒の中では身体能力がある方だが、特段鍛えてるわけではないので尚更だ。対して悪原九郎は誰の目から見てもわかるぐらい鍛えられている。本人は本格的に鍛えているわけではないと言うが、正直疑わしいレベルだ。

そういうこともあり、はっきり言って持ち上げられるかどうかも怪しい。

 

「それに、できることならあるよ。私の水着姿の評価とか…なんて」

 

「0点。例えるなら下水道」

 

「…せめて一目でも見てから言ってほしいな……」

 

少し顔を赤らめながら言った一之瀬に対する──批評家ですらここまでは言わないであろう──酷評をも通り越した単なる暴言。もし今ここに柴田などがいたら、『お前には目がついてるのか!?』と肩を掴まれてぐわんぐわん揺らされていたことだろう。

 

「ったく…アホな夢見てんじゃねえよ」

 

「九郎くん。あきらめたらそこで試合終了なんだよ」

 

「ハナから負け確の悪あがきだろ」

 

やってみなくちゃわからないじゃん。とぶつぶつ言う幼馴染が気持ち悪くて、悪原は起き上がり一之瀬に背中を向ける形でベッドに腰掛けた。床に足をつけた途端左足首にズシリとした鈍痛が突き刺さるように響くが、彼はその痛みに眉ひとつ動かすことはなかった。

 

「とにかく俺は行かねえ。わかったらどこにでも消えやがれ」

 

一之瀬はその言葉に返事をしなかった。気まずい空気が流れ、同室の男子がいたたまれない思いで部屋を出ていく。

しばし無言の時間が続くが、その静寂を破るように悪原の携帯にメールが届く。

 

『もしよかったらオレたちとスパで遊ばないか?』

 

送信者は綾小路清隆だった。

今日はもう外に出ん、と決めていた悪原ではあるが、それも親友からのお誘いであればフラフラと揺れ始める。

でもなあ、とも思う。後ろでゴロゴロしている一之瀬が邪魔だ。自分がどこかに行こうとしたら確実についてくるだろう。アイアンクローを決めたりゲンコツを落として追い払うのは簡単だが、それはあくまで一之瀬のアピールが度を越した時のお仕置きだ。非常に鬱陶しいとはいえ今のところ彼女はただ自分についてきているだけでしかないので、暴力はどうも気が引ける。

 

「………………………」

 

幼馴染からのまとわりつくような強い視線を感じながら、悪原九郎は妥協することにした。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

足のことが無かったとしても遊ぶ気は微塵もない悪原は更衣室で濡れてもいい服に着替えて施設内に足を踏み入れる。すぐに気づいた綾小路が近づいてきた。神崎はいないようだ…どこかで休んでいるのか、それともスパに来てもいないのか。悪原はなんとなく後者な気がした。

 

「来てくれたのか。…でも杖はどうした?」

 

「無くても歩ける」

 

何をそんな不思議そうにと言わんばかりの表情で答える。実際、虚勢を張っているようには見えないが、本当に大丈夫なのかと綾小路は思った。

 

「あれ、悪原?!」

 

驚きの声を上げた柴田がやってきて、悪原の左足首を見、そのまま視線を上へ上へと流し、顔を見る。

 

「悪原もこういうところ来るんだなー。なんか意外だぜ!」

 

「おまえは俺をなんだと思っていやがる…」

 

かんらかんらと笑う柴田。悪原は冷ややかな目で彼を見るが、そう思われても仕方ないと内心納得してはいた。

そもそもこういった施設に来ること自体が久しぶりなのだ。夏は嫌いだし、水辺での遊びや水泳なども別に好きでもない。それは歳をとるごとに強くなっていった。一之瀬も言っていたが、小学五年生あたりではもう夏自体が嫌な季節になっていた。

では夏は外に出ないのか、と訊かれればNOである。しかしそれには家の冷房代を節約するためという理由があった。

一之瀬と遊ぶ時は太陽の下で走り回ったりもしたが、その時以外は大体図書館にこもっていた。

 

ただ、こうして施設に来てみると、意外と悪くないというか。

遊ぶ気はやはり湧かないが、スパに足を運んだことへの後悔はなかった。

 

「九郎くんっ、お待たせー!」

 

その場で施設内を見渡していると、一之瀬が女子更衣室から出てきて迷いなくストレートに、幼馴染のもとへ両手を広げながら駆け寄った。

そして勢いをそのままに悪原へ抱きつこうとするも、彼は軽やかなバックステップでそれを回避。からぶった一之瀬はバランスを崩してつまづきかけるが、彼女の頭を悪原の大きな手が鷲掴みにしたことで無様にすっ転ぶという展開は回避できた。

 

「ちったあ気をつけろ、バカ」

 

「あ、ありがとう…」

 

幼馴染の、ぶっきらぼうだが確かな気遣いに一之瀬はニヨニヨと破顔してしまう。

そんな一之瀬の様子はこの世のものとは思えないほど可愛らしくて美しくて、まさに花が綻んだような笑顔で。柴田はまるで寝起きの目に直射日光が飛び込んできた時のように目を押さえており、綾小路も思わず見惚れてしまった。悪原だけがいつも通りの怖い顔だったが、この男が見惚れるような女性はこの世に存在するのだろうか。

 

ニヨニヨ笑いをなんとかこらえて、気を取り直した一之瀬は自信を感じさせる様子で悪原に話しかける。

 

「よしっ、九郎くん!これは何点かな?」

 

「おまえ本気だったのか?」

 

「もちろん!」

 

何の話かわかっていない柴田と綾小路が顔を見合わせる傍ら、数秒一之瀬を見つめた悪原は少しも興味がなさそうに答えた。

 

「100点」

 

「やったっ!!!!──ぎゃん!!」

 

「うるせえ」

 

ガッツポーズをとった途端、頭頂部に見事なチョップが振り下ろされて一之瀬は一転し涙目で頭を抑える。もし漫画かアニメかだったら、それはそれは大きなたんこぶができそうなチョップだった。

 

何がなんやら状況がわからないが、そんな中でもとにかく柴田は悪原に問いかけた。

 

「な、なあ悪原、どういうことだよ?」

 

「こいつが水着を評価しろというから評価した」

 

「そ、そうか…………何点中の100点?」

 

「100点中」

 

「マジで!?」

 

心底意外だと言うように柴田の大声が響き渡る。悪原はまたも顔を顰めた。

 

「何が『マジで!?』…なんだ?言ってみろよ」

 

「え、あ、いやその〜…な?0点とかじゃないんだ〜って…はは、は…」

 

「………二度目だけどよ、おまえは俺をなんだと思ってやがる?」

 

悪原の冷ややかな目に、柴田の心に若干の罪悪感が湧く。同時に、ますますこの男がどういった思考ロジックをしているのかわからなくなったが。

少し微妙な空気の中、今度は綾小路が口を開いた。

 

「なんで満点なんだ?」

 

「シンプルで露出が低い、あと青色だから」

 

非常に簡潔な答えだったが、納得いったのか綾小路は『なるほどな』と頷いた。

一之瀬はゲンコツのダメージが尾を引いているのか頭をさすりながらも、またニヨニヨ笑いを浮かべている。

柴田だけが、何かに気づいたような声を上げた。

 

「悪原って青色が好きなのか?」

 

「柴田くん知らなかったの?九郎くんは青色が大好きなんだよ」

 

「オレも知ってるぞ。九郎の部屋にある小物はほとんどが青色ばかりだからな」

 

若干マウントを取っているようにも受け取れる言い方で一之瀬が幼馴染の腕に抱きつきながら話し、それに綾小路が少し食い気味に乗っかった。直後一之瀬が羽虫のように振り払われる。

それにより、柴田は何とも言えない、疎外感のようなものを若干覚えることとなる。

 

「そうかー、だから恋バナの時に青色が好きな子がいいって言ったんだなー」

 

「恋バナ!?ちょっと柴田くんその話詳しくギガン!!!」

 

(ギガン?)

 

悪原九郎の凶悪な手刀が一之瀬帆波の脇腹に突き刺さる。彼女は悶絶しながら膝から崩れ落ちた。それを見ながら綾小路は聞いたこともない悲鳴に首を傾げたが、まあいいかと思い直す。

 

その後、彼らはスパにある施設を巡って遊んだわけだが、足のことがあるとはいえ終始見守っていただけだった悪原に、柴田はなんとなく父性というか、保護者的な何かを感じるのであった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「悪原くん」

 

特に目的地もなく廊下をふらついているところに、背後から声をかけられる。

 

「……………」

 

「悪原くん!」

 

「………ぁ?椎名か」

 

二度、呼びかけられてやっと悪原は振り向いた。聞こえていなかったわけではない。単に口を利く気分ではなかっただけだ。

しかし相手は椎名ひより。彼女とは友人だと悪原も認識しているし、何より綾小路と友達同士という共通点がある。彼女も悪原と綾小路の仲の良さは知っているので、あまり邪険に扱うと自分だけではなく友人である綾小路の印象が下がってしまう恐れがある。悪党と連んでいるというだけでも人の印象は悪くなるものだ。

 

そういった理由から、悪原は面倒な気持ちを抑えて椎名に顔を向けるのであった。

 

「はい。一週間ほど前にお貸しした小説の感想を聞きたくて…」

 

話しかけてきた理由は予想通り。実は、悪原は読書が趣味と言っても小説はあまり読まないのだ。天文学に関する本や生物学、また特定の種の生態に詳しく迫る小論文などを好んで読むのである。

椎名としては、推理小説にも興味を持ってもらいたいのだろう。時々おすすめの作品だからと言いながら推理小説を貸してくることがある。残念ながら今のところ悪原好みのものはないが。

 

「あー…あれか……」

 

「……あまり、面白くなかったですか?」

 

歯切れの悪い反応に椎名が残念そうに訊く。

 

「面白いか面白くないかで言えば、面白かったが。トリックも動機も意外性はなかったから印象に残らなかったな」

 

はぐらかすように答えるよりはハッキリと言った方がいいだろう、という判断から悪原はあえて率直な感想を述べる。椎名はムムムと唸り始めた。

 

「そうですか……。…うぅーん、悪原くんの好みがまるで見えてきませんね……」

 

「………無理に俺に合うものを探そうとしなくてもいいんだぜ?」

 

「無理なんてしていませんが……」

 

「そういうやつは大抵自覚がないもんだ。ほら、清隆んとこでも行ってきな」

 

ヒラヒラと手を振ると、彼女は少し考え込んで。

 

「なんだか厄介払いされた気がしますが…わかりました。次こそ好みに合うものを持ってきますね」

 

「だからいいって」

 

遠慮する悪原を押し切って椎名は綾小路のもとへ向かっていった。まあ、行ったところで年頃の男女らしい甘酸っぱい時間を過ごすのではなく、いつも通り本を読むのだろう。

しかし何というか、椎名ひよりはなかなかに強かな女子だ。大人しく、争い事を嫌うが、かといって人の言いなりになるような人間ではない。周囲の生徒が思っているより、椎名は芯のある人間だ。

 

 

 

「……ずいぶん楽しそうだったね」

 

──会話中に一之瀬の視線をずっと浴びていながらも、平然とした立ち振る舞いを見せていたのがその証拠である。

 

「あれが楽しそうに見えるなら、おまえは地獄に行っても遊園地気分でいられるだろうな」

 

皮肉ってやると一之瀬はわずかばかり目を細めた。その瞳には普段の明るい光が差していない。

 

「誰、あの子」

 

「清隆の彼女候補」

 

「………綾小路くんにはもう坂柳さんがいるんだけど?」

 

「選択の自由って知ってるか?」

 

「……………」

 

その言葉に彼女は答えず、背後から腕を回して幼馴染に抱きつく。そのまま背筋に顔を埋めた。

 

「……あんまりあの子と話さないで」

 

「安心しろ、あっちから来ない限り口は利かねえよ」

 

今後一切喋るな、ではないのが少し意外に感じて目を少しだけ見開くも、今以上に彼女と馴れ合う気はないということは一応明言しておく。その言葉に安心したのか、一之瀬から放たれていた不気味なオーラが和らいだ。

実際、悪原九郎の、椎名ひよりに対する個人的な興味関心は非常に薄い。嫌いになる要素は皆無だが、好きになる要素もこれといってない。綾小路が仲良くしていなかったら、一度も言葉を交わすことなく学校生活を終えただろうと確信できる程度にはどうでもいい存在だった。

おすすめだという本を貸してくれるのは嬉しい。読み終わって面白くない、時間の無駄だったと思ったことはない。読書家なだけあり彼女のチョイスにハズレはないと言える。しかしそれまでなのだ。一之瀬の嫉妬がどうこうではなく、純粋に興味がなかった。

 

ともかく、この微妙な空気は好ましくない。カフェにでも行って甘味をドカ食いしようかと思った途端、船内のスピーカーからアナウンスが流れた。

 

『生徒の皆さんに連絡いたします。全ての生徒に学校からの連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、指示に従ってください。メールが届いていない場合には、近くの教員に速やかに申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れがないようお願いいたします』

 

繰り返します、とスピーカーは再度先ほどと一字一句違わぬ内容の連絡を流し始める。悪原は無表情にスピーカーを見つめ、一之瀬はハッとしたように顔を上げた。

 

「……えっと、今のって」

 

「そうだな、予想した通りだろうぜ」

 

すぐに携帯を取り出して確認すると、確かに学校から一通のメールが届いていた。内容を要約するとこうなる。

 

『間もなく特別試験を開始するので、各自指定された部屋に指定された時間に集合すること』

『今日の午後八時四十分までに二○二号室に集合すること。遅れたらペナルティが発生する可能性がある』

 

「特別試験…!」

 

三日前に無人島での試験を終えたばかりだというのに、またしても特別試験が始まるという。

メールを確かめた一之瀬の声色には驚きが混じっているが、しかしそれは不意打ちのような形で特別試験の通知が来たことにではない。無人島生活中、幼馴染が言っていたことが的中していたからだ。

外れてなんかいないんだろうな、とは思っていたが、こうして実際に確かめるとやはり驚いてしまう。

 

「おまえのは何時何分どこに集合するとあった?」

 

「えっと、八時四十分、二○二号室って…………あ、その顔。九郎くんも同じなのかな?」

 

そうだよ、このクソッタレ!何笑ってんだてめー!

そのように怒鳴ってやりたかったが、一之瀬に当たっても仕方がない。今回は学校側に文句を言うべきか。

 

 

そしてこの後、綾小路と神崎と椎名とのいつメンで食事をとった悪原だが、三人の誰とも集合時間が違うということを知りますます学校側の采配に苛立ちを募らせるのであった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

集合時間が迫ってきているため、悪原は相変わらずくっついて離れない一之瀬と共にエレベーターを待つ。

程なくして到着したエレベーターのドアが開いた瞬間、悪原はただでさえヤのつく人とか言われている顔を激しく歪めた。

 

「よう悪原。相変わらずセフレとの仲が良好みたいで何よりだぜ」

 

「速やかに死ね」

 

「おいおい、ただの冗談だろ。何をムキになってんだよ?」

 

馴れ馴れしく手を上げながら肩をすくめた龍園を睨みつけつつ、しぶしぶエレベーターに乗る。顔を少し赤くしている一之瀬が腹立たしい。

 

「テメェも俺と同じ時間に集まるよう言われたみたいだな」

 

「最悪だぜほんと。問題行動をした覚えはねえってのに」

 

「懲罰みたいに言ってんじゃねえよ」

 

エレベーターに乗っている時も、降りてからも煽り合いは続く。一之瀬は完全に蚊帳の外だ。不良ふたりの皮肉の応酬に、彼女ですら口を挟む隙がない。

 

「どんな試験か楽しみだなぁ悪原」

 

「呑気な野郎だ。さすが王様は余裕ってか?」

 

「そういうテメェはAクラスを落とすために悪魔みてえな策略を練ってんだろ?恐ろしいぜ」

 

「人を悪魔みてえに言いやがって失礼な野郎だ」

 

「それをテメェが言うのか?」

 

お互い中指を立て合いながら歩いていくと、人が集まっているのが見えてきた。中には坂柳有栖の姿もある。

 

「ククク、何やら雑魚が群れているぜ。見学でもしに来たのかなぁ?」

 

わざとふざけた口調で龍園は悪どい笑みを浮かべながら悪原にそう言うが、彼はそれをうるせえ黙れと一蹴。

そして葛城がこちらを認識してその表情を険しいものへと変えた。

 

「龍園に悪原……やはり無人島試験で組んでいたのか?」

 

「葛城つったよな、次それ言ったら名誉毀損で訴えるぜ」

 

「おい、遠回しに俺を貶してんじゃねえぞ」

 

不快そうに睨んでくる龍園を鼻で笑い、悪原はわずかばかり溜飲を下げる。

そしてさりげなく仲間外れにされている一之瀬だが、彼女の人格は葛城も信用しているということなのだろうか。

葛城そっちのけでガンを飛ばし合い始めた龍園と悪原。幼馴染が完全に不良モードに入ってしまったせいで手持ち無沙汰となった一之瀬は坂柳に話しかける。

 

「綾小路くんはいないのかな?」

 

「そのようです………………」

 

坂柳は肩を落としていた。無人島試験中、一週間も綾小路と離れていたせいで一時は命が危うかった坂柳にしてみれば、この船に乗っている間は可能な限り近くにいたいのだろう。事実、船内で綾小路にストーカー行為をしている坂柳の姿を何人もの生徒が目撃している。

 

そして、その間にも龍園と悪原の煽り合いはヒートアップしていた。

 

「悪原に貶された俺のガラスのハートはもう粉々だぜ。これは慰謝料と土下座をしてもらわないとなあ!」

 

「ふざけんじゃねえぞカス!何がガラスのハートだ気色悪ィ!」

 

「いいや大真面目だぜ俺は。初日の出を拝むようにおまえの土下座姿を見てみたいのさ!」

 

「誰がするか!むしろてめえがやれ!」

 

「おいおい、善良な一般国民である俺のどこに土下座をする理由があるって言うんだ?」

 

「ハァ?M-1グランプリでも目指してんのかおまえ。予選落ちが目に見えるぜ」

 

すでにさりげなく臨戦態勢に入っているふたりだが、結果的にここで暴力が振り翳されることはなかった。

 

「何を言い争っている」

 

一番近くの部屋から茶柱が姿を現したためだ。途端に不良組は白々しく背中を預け合う。

 

「幻聴じゃねえのか?センセーよ」

 

「いち生徒として心配っすねー。大丈夫スか?」

 

その、凄まじい変わり身の速さに周囲の生徒はいっそ感心さえしたくなった。結果言い争いの件が蒸し返されることはなく、茶柱は怪訝そうに目を細めながらも生徒らに指定された部屋に入るよう促す。

大人しく従って入室する。Bクラスの生徒は三人だけで、悪原九郎と、一之瀬帆波と、津辺仁美という女子生徒だ。ちなみに悪原は津辺の名前も知らければ顔も見覚えがない。何なら部屋に入って初めて『こいつ同じクラスの生徒だったのか』と気づいた。もっと言えばそんな感想すら抱かないほど彼女に対して関心がなかった。

当の津辺は若干気まずそうである。おそらく自分の存在を場違いなものだと思ってしまっているのだろう。

 

それはさておき、試験のルールの説明役であろう茶柱はプリントを持って口を開いた。

 

「Bクラスの悪原九郎、一之瀬帆波、津辺仁美だな。今回の試験は一年生全員を干支になぞらえたグループに分けて行う。この試験の目的は生徒たちのシンキング能力を問うものとなっている」

 

悪原が若干興味深そうな表情になったことを、一之瀬だけが気づく。

 

「ここにいる三人は同じグループとなる。そして今、別の部屋でお前たちと同じグループになる生徒がこのように説明を受けている。お前たちが配属されたグループは『辰』だ」

 

そうしてグループに所属する生徒の名前が記載されたプリントが渡される。

 

Aクラスからは葛城康平、坂柳有栖、的場信二。

Cクラスからは小田拓海、鈴木英俊、園田正志、龍園翔。

Dクラスからは櫛田桔梗、平田洋介、堀北鈴音。

 

各クラスのリーダー格か有力な人間が一人は存在している、という印象だ。

 

「最初に言っておく。この試験では各クラスの関係を一度無視しろ。それが試験クリアへの近道となる」

 

意外なことに、学校側からヒントが与えられたことに一之瀬は驚く。その意味はちんぷんかんぷんだが、己の幼馴染なら何かわかるのだろうかと視線を寄越すも『前を見ろ』と睨まれてしまい、少し萎縮しながら姿勢を改めた。

 

「今からお前たちはBクラスではなく、辰グループの生徒として行動することになる。そして、試験結果の合否はグループごとに定められている。この試験での結果は四通り存在し、四つのうちのどれかに必ず至るよう作られている。わかりやすく理解してもらうため、結果を記したプリントがここにあるが持ち出しや撮影は禁じられている。この場で覚えるように」

 

そうして渡されたプリントに書かれていたのは『夏季グループ別特別試験』という題と、四通りの試験結果だった。

 

今回の試験では『優待者』なる存在がキーになっているようで、定められた方法で解答を行うことで四つあるうち一つの結果を必ず得られるようだ。

流れとルールを簡単にまとめると、以下のものとなる。

 

『試験開始当日の午前八時に生徒全員にメールが送信され、そこで優待者が誰になったか明らかになる。その事実をどう扱うかは優待者の判断に委ねられる』

『試験の日程は明日から四日後の午後九時まで。一日の自由時間が挟まれる』

『一日に二度、決まった時間と部屋にグループの生徒で集まって話し合いをすること。話し合いの内容はグループの自主性に委ねられている』

『試験終了後に午後九時半から午後十時までの間のみ、解答を受け付ける。解答は一人につき一回までで、取り消しはできない』

『解答は自分の携帯電話を使って定められたアドレスに送信することでのみ有効となる』

『優待者にはメールでの解答権利がない。また自分以外のグループへの回答は全て無効になる』

『結果の詳細は最終日午後十一時、全生徒にメールで知らされる』

 

次に試験結果について。

 

結果1

『グループ内で優待者および優待者が所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合』

グループ全員に50万プライベートポイントが支給され、優待者と同じクラスの生徒もそれぞれ同様のポイントを得、さらに優待者には100万プライベートポイントが支給される。

 

結果2

『優待者および所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合』

優待者に50万プライベートポイントが支給される。

 

 

試験最終日に全員が当てるか、一人だけでも外すかで結果が変わる。裏面には残りふたつの結果が記載されている。どうやらこのふたつは上記のものと条件が異なるようで、いつでも解答を受け付けているようだ。

 

 

結果3

『優待者以外の者が、試験終了を待たず解答し正解していた場合』

正解者に50万プライベートポイントが支給される。また正解者の所属クラスは50クラスポイント得る。

優待者の所属クラスは50クラスポイント失うことになる。

 

結果4

『優待者以外の者が、試験終了を待たず解答するも不正解だった場合』

答えを間違えた生徒が所属するクラスは50クラスポイント失う。

優待者に50万プライベートポイントが支給される。また優待者の所属クラスは50クラスポイント得ることとなる。

 

優待者がわかったら、試験終了を待ったりグループで協力せずに裏切っていいということだ。結果3はクラスポイントが得られるというのも大きい。結果1で得られる大量のポイントは極めて魅力的だが、クラスポイントもそれと同じかもしくはさらに魅力的な報酬と言える。それだけではなく相手クラスにダメージも与えられるため、結果次第ではここでクラスが変わる可能性もあり得る。

 

また、茶柱は今回の試験で発表されるのは各グループの結果とクラスポイントの変動だけだとも説明した。つまり優待者が誰だったのかは明らかにならない形になる。

さらに、生徒が望めば結果で得られたポイントが振り込まれた仮IDを発行したり分割での受け取りも可能らしい。報酬は欲しいが目立ちたくない、そんな生徒にもしっかりと配慮されていると言えよう。

 

他に禁止事項も説明される。人の携帯を盗むとか、人の携帯で勝手に解答するとか色々あるものの、どれも破ればその場で退学となるらしい。

 

「…これにて試験の説明は終了となる。質問はあるか?」

 

「優待者はどうやって決めているんですか?」

 

真っ先に挙手したのは、やはり悪原九郎。

 

「優待者は学校が公平を期し、厳正な調整のもとに選ばれる」

 

相変わらず答えになっているようでなっていないように聞こえる返事だが、悪原は納得したのかそれ以上は何も訊くことなく口を閉じた。一之瀬も津辺も質問したいことはなかったので、そのまま質疑応答の時間は終了した。

 

「お前たちは明日から午後一時、午後八時に指示された部屋に向かうように。部屋の前にはグループ名が記されたプレートがある。それと初回は必ず自己紹介を行うように」

 

あとは試験中どうしてもトイレに行きたくなったり、体調が崩れてしまった場合は担任に連絡するように、と言って話を締め括った。

 

もうグループにいる生徒の名前も、試験のルールも結果も覚えた。すぐに悪原が立ち上がる。一之瀬と津辺も彼につられるように席を立ち、退室していった。

 

部屋を出るや否や一之瀬が話しかける。

 

「九郎くん、今回の試験はどうするの?」

 

「んなもん、法則を見抜くに決まってるだろ。それ以外に何しろってんだ」

 

そう言うと、なんとなくついてきていた津辺が驚いた表情を見せる。一之瀬も少し目を丸くはしたが、どうやら返事は予想できていたようだ。ほとんど動じることもなく話を続ける。

 

「じゃあ、みんなに優待者が誰になったかわかったら教えるようクラスのグループチャットに送っておくね」

 

「それでいい」

 

悪原九郎の目的はただひとつ。綾小路清隆を移籍させるための2000万ポイントを稼ぐこと。

七月時点で残り700万程度。それが例のストーカーの件で口止め料として50万程度もらい、無人島試験では手を貸してやった報酬で龍園から150万ぶんどった。そのことからか龍園がいつも以上にダル絡みしてきたが、椎名経由で渡した分の半分で済ませたんだから感謝してほしいもんだと思う。

 

とにかく、残り約500万。

 

───いけるな、これは。

 

どうやら進級前どころか、二学期の頭に移籍させることができそうだという事実に心が躍る。

 

親友のためにもこの試験、絶対に負けられない。

 

 

 

 

 

──けれども。

 

どうしても、どうしても思ってしまう。

 

 

この試験期間中、同じグループであることをいいことにベッタベッタとくっついてくる幼馴染と、それをネタに煽り倒してくる龍園の二重苦に自分は耐えなければならない。

 

そして、グループ内に友人と呼べる存在などたったの一人もいない。

 

 

 

(…………なるほどな、これが地獄か)

 

 

 

親友を移籍させるのも、楽じゃないということだ。

 




悪原くんの他生徒への印象(辰グループ)


・葛城康平
いいやつなんだろうなと思う。クラス同じだったらたぶん友達になってた。

・坂柳有栖
変なやつ。あんまり関わりたくない。

・的場信二、小田拓海、鈴木英俊、園田正志
たぶん試験終わったら顔も名前も忘れてる。

・一之瀬帆波
うっとおしいけど、元を正せば自分が悪いしな…

・津辺仁美
はじめまして。…もう話すことはない。

・龍園翔
うざいけど、そこまで嫌いでもない。許されるならぶん殴ってるけど。

・堀北鈴音
可もなく不可もなし。興味があるかないかで言えばあるがほぼ誤差。

・平田洋介
概ね葛城とおんなじ感じ。非の打ち所がない爽やかイケメン。

・櫛田桔梗
どうでもいい。名前だけよく聞くやつ。
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