ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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アンケートで『新たなヒロイン!?』が『盗撮の末路』を超えてるんですが……………そんなに気になるんでしょうか…?



船上試験②

 

「仕事がはええな」

 

午前八時、全生徒に例のメールが届いた。もちろん悪原の端末にも送られてきたが、どうやら彼は優待者ではないようだ。

すぐに神崎と綾小路からも『自分は優待者ではなかった』という旨のメッセージが届き、無感情にそれを確かめた瞬間に一之瀬からBクラスの優待者情報がドドドッと届いたことに悪原は苦笑した。

一分も経っていないのに自分が優待者であることを一之瀬に明かすとは…。流石の人望である。もし悪原が直接呼びかけたとしたら、こんなことにはなっていないだろう。おそらくそれは神崎でも。一之瀬帆波だからこそ成せたと言える。

ちなみに綾小路と神崎は同じグループである。ふざけている。

 

とまあそんなことは置いておき、優待者情報を見てみれば、Bクラスで優待者に選ばれた人間の数は3人であることがわかる。そして、自分が配属された辰グループにBクラスの生徒はいない。そのことを確かめて悪原はふうと息をつく。

 

ああ、辰グループの優待者が自分のクラスにいなくて本当に良かった。

 

もしそんなことになっていたら、結果1を目指すためにずっと地獄に拘束され続けることになる。悪原は自分のことを性格ゴミクズだと自認しているが、過去の罪への罰だとどれだけ言い聞かせても、どうしたって苦しいものというのはやはりある。

 

確かに綾小路移籍のためならば耐え抜いてやるという覚悟を決めていたのは事実だが、それはそれ。嫌なものは嫌なのだ。

 

…それはさておき、茶柱は学校側が公平を期して厳正に調整すると言っていた。グループの数は12、そしてクラスの数は4つ。つまり4で割って各クラスから3人ずつ優待者が選出されると彼は睨んだわけだが、おそらくその予想は当たっていると見ていいだろう。

しかしそんなことはハッキリ言ってしまえばどうでもいい。真に重要なのは優待者の法則だ。この予想は単に自分の頭がちゃんと回ってることを確かめるための準備運動にすぎない。

 

(厳正な調整……クラスの関係を無視すること…………)

 

学校から与えられたヒントを頼りに、白紙のメモ帳に辰グループの生徒の名前を書き並べていく。

 

(干支ってのがなんか怪しいよなあ)

 

干支で辰は五番目だ。これが最大のヒントになっているのは間違いないはずだ。

プリントに書いてあった通りの順に生徒の名前を並べれば五番目に一之瀬がくる。しかし一之瀬は優待者ではない。

 

この試験には生徒の思考力を試す目的があると言っていた。クラスのリーダーだのどうのと言っても所詮はただの高校一年生が相手ということは重々承知しているはずだから、解法自体はそれほど複雑ではないと思うが…

 

しばらく生徒の名前をシャーペンの先でトントンと指していた悪原だが、特にひらめきもしないのでこれ以上机に向かっていても時間の無駄でしかないと判断したのか不意にシャーペンを置いて天井を見上げた。

 

優待者の法則は今見抜けなくてもいい。グループディスカッションの時間はまあ地獄だろうが、綾小路のためと言い聞かせればなんとかなるだろう。

それより綾小路を移籍させるために、残り500万をどう稼ぐかに思考をシフトする。

 

前提として、龍園と組むのはもう決まっている。問題はどうやって500万を引き出すかだ。どこかのグループで結果1──できればBクラスの生徒が優待者のグループで──が理想的なのだが、そんな簡単に話は進まないだろう。結果1で得られる莫大なプライベートポイントは極めて魅力的だが、裏切りに成功した時の報酬もまた同じほどに魅力的なのだ。それは下位のクラスほど顕著だろう。

相手にはダメージを与え、こちらはクラスポイントを獲得して差を詰めることができるのだから。

 

Cクラスは龍園と手を組むのでなんとかなるとしても、Aクラスは坂柳が動く場合結果1は絶望的だ。Dクラスもこのチャンスを無駄にはしたくないだろうし…。

 

悪原は静かに目を閉じて、どのような結果で終わらせるか、どのようにしてその結果に至らせるかを考えるのであった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

ついに来てしまった。地獄のグループディスカッションが。

悪原九郎はきっちり十分前に部屋で待機していた。この男、普段は粗暴な印象のくせに妙なところで細かく、特に時間には厳しいのだ。

当然、一之瀬もすでに悪原の隣を確保している。基本的に彼女は幼馴染の後をついて回るため遅れることはありえない。

 

一分、二分。時計の針がカチッと動くたびにグループのメンバーが部屋に続々と入ってくる。この地獄を生き抜くために悪原はこれまでの間に綾小路と神崎との三人で過ごすことでひたすら精神を安静にさせていたのだが、その判断は間違っていたかもしれないと今は思う。

死刑宣告を受けてから数年服役していざ死刑執行に向かうよりも、天国から地獄に落とされる方が精神的に辛いだろう。要はそういうことである。

 

そして、龍園翔がやってきてグループ全員が揃った。ちなみに龍園が扉を閉めたその瞬間にディスカッション開始のアナウンスが流れたため、時間的にかなり危なかったと言える。

 

「ずいぶんとギリギリでしたね。何をしていたのですか?」

 

そう言う割には対して興味もなさそうな坂柳が訊くと、龍園はニタリと獰猛に笑った。

 

「Aクラスの女王様には関係のない話だ。テメェはまず自分の心配をしたらどうだ?」

 

「それは私に気を遣ってくれているのでしょうか?ごめんなさい、私には清隆くんがいますので」

 

「何言ってんだこいつ」

 

つーんとそっぽを向く坂柳に怪訝そうな顔をしながら、龍園は乱暴に座る。

 

グループディスカッション開始。一之瀬が悪原に話しかけるよりも早く口を開いたのは、Dクラスの女子生徒である櫛田桔梗だ。

 

「えーっと、まずは自己紹介から始めませんか?学校から指示もあったので…」

 

「…部屋にマイクが仕掛けられている可能性もある。自主性に委ねると言ってはいたが、指示には従うべきだろう」

 

櫛田の提案に葛城が賛成したため、自然と空気は自己紹介の流れに移っていった。

 

「じゃあまず私から。Dクラスの櫛田桔梗です。同じグループなので、みんなと仲良くしたいと思ってます」

 

「同じく、Dクラスの平田洋介です」

 

「同じく、堀北鈴音」

 

Dクラスから始まったということで次はCクラスが自己紹介する番だ、というような雰囲気になる。粛々と自己紹介が進む中、いまだに獰猛な笑みを絶やさぬ龍園が不気味だった。

 

「Cクラスの小田拓海です」

 

「同じくCクラス、鈴木英俊です」

 

「同じく園田正志です」

 

「龍園だ」

 

「下の名前を忘れてるぜ翔くん」

 

悪原が茶々を入れる。その言葉に生徒らは目を丸くし、特にCクラスの生徒は『この野郎!?なんてことを、殺されるぞ!?』とでも言いたげな顔だった。

 

…どうせこの先まともな話し合いなどできるわけがないのだ。終始自分と龍園が非生産的な言い合いを続けるに違いない。

この挑発は、煽り合いが避けられないならば、せめて先手を取って少しでも龍園のフラストレーションを溜めてやろうと企んだが故。

狙い通り、と言っていいのかはわからないが、龍園は口角こそ上げたままだが明らかにイラついたように悪原を睨んだ。

 

「うるせえ、次はテメェらだろうが。さっさとやれよノロマ」

 

「しょうがねえな、俺は優しいから偉そうなお山の大将に従ってやるよ。…Bクラスの悪原九郎だ」

 

「テメェが優しい?何言ってんだ、テメェが優しいってんならこの世はキリストで溢れかえってるぜ」

 

「そっちが何言ってるのかわからねえな。地獄の底の魔物以下のクソ野郎が」

 

 

「あ゙?」

 

 

「あ゙ぁ?」

 

 

「…えーと、同じくBクラスの一之瀬帆波です!好きな人は悪原九郎くんです!」

 

「あっ、同じくBクラス津辺仁美です…はい」

 

「Aクラス坂柳有栖です、私の夫は綾小路清隆くんです!」

 

「なっ!…さすがだね、坂柳さん…」

 

「ふふふ…清隆くんへの愛には頭脳以上に自信がありますので」

 

なぜか好きな人を発表するというまるで意味のわからない自己紹介を決めた一之瀬に対抗するように坂柳も噛み付くように自己紹介をした。なぜか綾小路を勝手に夫にしながら。

おかげで間に挟まれた津辺の印象が極めて薄いものになってしまっている。

しかし、印象が薄れてしまったのは残りふたりも同じこと。

 

「………………………Aクラス、葛城康平だ」

 

「………同じく、的場信二です」

 

その声にはひどく複雑な感情がこもっていたが、無理はないだろう。

 

「おい悪原、テメェのセフレが暴走してるぜ。ご主人様の責務ってやつを果たさねえとだろ?」

 

「黙れ、デリカシーゼロのボス猿野郎。てめえはまず人としての常識ってもんを守れ」

 

「うるせえな。そんなもん守って何になる?俺は同調圧力には屈しない」

 

「ただの逆張りバカだな。人間ひとりじゃ生きていけねえし、暴力一本でなんとかなる程世の中も甘くねぇ」

 

「あ、あのー…」

 

 

「「あぁ?」」

 

 

加熱していく挑発の応酬を繰り広げる不良ふたりに櫛田が声をかける。悪原と龍園は凄まじい形相で睨みつけたが、しかし櫛田は悪魔と王のプレッシャーにやや引きつつも心は折れず、再度口を開いた。

 

「じ、自己紹介も終わったことなので、話し合いを始めたいなーって思うんですけど…」

 

「……チッ、命拾いしたな龍園」

 

「ハッ、勝手に人のセリフを盗るんじゃねえよ」

 

火花を散らしつつも悪原と龍園は口論をやめた。生徒らはホッと一安心したり、それ以上に彼らが大人しく従ったことに驚くなど様々な反応を示した。

しかし櫛田の勇気ある行動によって一応不良同士の激突は収まったが、彼らふたりに櫛田の顔を立てるつもりなどこれっぽっちもないことは明らかである。

 

ともあれ、ようやくまともなディスカッションがスタートするのだった。

 

まず最初に挙手したのは葛城康平。視線が集まったのを認識し、彼は口を開いた。

 

「発言してもいいか?」

 

「ご自由に」

 

「好きにしろよ」

 

このグループにまとめ役のような人物は存在しない。龍園は喋りたい時にだけ喋るし、悪原も自分は人を引っ張る立場に相応しくないと自認しているため進行役にはならない。

坂柳は綾小路不在のせいであからさまにやる気がないし、一之瀬も悪原しか見えていないのでまとめ役を任せるには不安がありすぎる。

期待できそうなのはそれこそ櫛田と平田くらいなものだったが、流石にこのふたりも不良二人組を制御できる自信はないと見える。

 

そういうこともあり、発言許可を求める葛城に反対する者も、促す者もいなかった。

 

「俺たちAクラスは今回の試験、余計な話し合いをせず終えることが最善だと考えている」

 

その言葉に多くの者はポカンとするが、やはりまず一番に反応を──というよりも嘲笑を見せたのは龍園であった。次に堀北が鋭い目で葛城を見据え、彼女の意を汲んだように平田が手を挙げて質問する。

 

「どういうことかな?優待者に勝ち逃げさせる、という理解でいいのかな」

 

「この試験で絶対に避けたいのは裏切り者を生み出すことだ。結果当たっていようと外れていようと、どちらにせよクラスポイントが動いた時点で負けになる。…だが、結果1と2にはこれといったデメリットがないだろう?クラスの差が縮まることも広まることもないし、大量のプライベートポイントも手に入る」

 

「つまりおまえは結果1を目指したいってことかよ?」

 

今度は悪原が、感情の読めない声でそう問うた。葛城はゆっくりと頷く。

 

「可能ならばな」

 

「ククッ、正直に言えよ葛城。無人島試験が最悪の結果だったせいでビビってるんだろ?」

 

「否定はしない」

 

龍園が煽るも葛城は動じずに、ただ静かにそう答えた。その反応が面白くなかったのか、今度は坂柳に話しかける。

 

「テメェはそれでいいのかよ?」

 

「どうでもいいです。今回の試験、私は何もする気はありません。派閥の皆さんにもそう言ってあります」

 

つまり、この試験中でも葛城がAクラスの方針を定めているようだ。考えうる限り最悪のゼロポイントという結果を収めてしまったにもかかわらずまだまだ葛城の影響力が残っていることは驚きだが、その辺りは単純にもう一人のリーダー候補である坂柳が『何もしなくていい』と派閥の生徒に命じたのもあるのだろう。

そして葛城はそんな坂柳の言葉を疑っているようには見えなかった。彼は慎重な男なので、坂柳が『何もしない』と言うならそれを貫かせるための契約書でも用意してサインさせた可能性もある。

 

坂柳に動く気がないのは間違いないと見ていい。

 

龍園は退屈そうに、わざとらしくため息を吐いた。

 

「悪原、テメェはどう思ってる?」

 

「別にいいと思うぜ。ま、俺は裏切る気満々だがな」

 

その言葉に全員が注目する。こんなに堂々と裏切ると言う人間がいるなんて、という驚愕と『何を言ってるんだこいつは?』という困惑の、二通りの感情が悪原に殺到する。

しかし例外もやはり存在した。

 

龍園はそうこなくちゃ面白くない、と言わんばかりに笑う。坂柳は単純にこのグループの結果がどうなろうと興味がないようで、感情がこもっていない視線を寄越すだけだった。そして一之瀬はもはや言うまでもないが普段通りの熱烈な視線を向けているばかりで、試験のことなんて何も考えていなさそうですらあった。

 

「ククク、これでテメェが優待者だったら笑えるぜ」

 

「違えよ。だがそう思うんなら裏切ってもいいぜ?損をするのはおまえらの方だ」

 

「なら携帯を見せてみろよ。本当に違うなら見られて困るものなんかないだろ?」

 

「ふざけんな。嘘つきを見抜くのがこのクソゲーの面白いところだろうが」

 

「ククッ、まあな。クソゲーってとこだけは同意してやる」

 

「おまえが同意?こりゃびっくりだ、明日にでも氷山にぶつかって沈むんじゃねえのかこの船」

 

「いちいち俺をディスる方にいこうとすんじゃねえよ。人を馬鹿にする以外にやることがねえのか?」

 

「はぁ?さすが王様、ブーメランの心得もあるというわけですな」

 

「テメェそろそろ殺すぞ」

 

「やってみろよ、連敗記録更新のお時間だ」

 

ガタッと席を立ち、再び悪原と龍園が睨み合う。両者の間に電流の如きオーラが迸り、本来生徒同士で表面上だけでも平和にディスカッションを行うためのはずであるこの部屋は瞬く間にヤクザの抗争でも始まりそうな、一触即発の空気へと早変わりしてしまった。

 

しかし、そこに恐れもせず口を挟む人物が一人。

 

坂柳有栖だ。

 

「ナワバリ争いは他でやってください。今の私は清隆くん欠乏症でイライラしているんです。火傷しても知りませんよ」

 

カツン、と床を杖でつつきながら嫌そうに、というよりも鬱陶しそうに、心の底からイライラしている様子で坂柳は言う。同じAクラスである的場は気まずいのか、可能な限り身を小さくした。

 

「だったらこれを使ってみて、坂柳さん!」

 

一之瀬が横に置いてあった袋からやや湿ったタオルを取り出した。この袋は彼女が持ち込んだもので、あの中身はなんなんだ?と生徒たちは地味に気になっていたのだが…

取り出されたタオルを見た瞬間、坂柳がその小さく尖っている、整った鼻先をピクッと動かした。

 

「一之瀬さん……それはまさか」

 

「そう……昨日スパで遊んでた綾小路くんが使ったタオルだよ」

 

龍園や悪原の観察眼をもってしても親切心しか感じられない笑顔で、一之瀬はタオルを坂柳に差し出した。それに目を剥いたAクラスの女王は『運動ができない』とは到底思えないような、バトル漫画も顔負けの超絶スピードでタオルを奪うように受け取り、顔をボフッと埋めて深呼吸し始めた。

何度も、何度も。

 

「……………私たちは何を見せられているのかしら」

 

堀北がボソリと誰に言うでもなく呟いたが、彼女の言葉に答えられるものなどこの場には誰一人いない。というより、それは坂柳と一之瀬を除く辰グループの生徒全員の総意と言っても過言ではなかった。

あの龍園ですら薄気味悪そうな顔をしていることからも、それがわかる。

 

「なんだよこの変態野郎。エロゲーの中から出てきやがったのか?」

 

「一之瀬…なんでそんなもん持ってる」

 

「昨日綾小路くんにタオルを貸して用意しておいたんだよ。ほら、坂柳さんって綾小路くんを摂取しないと生きていけないから」

 

「知らねえよ気持ち悪ィんだよ。そんな人間がいてたまるかよ」

 

悪原の質問に誰もを魅了するような、太陽のように明るい笑顔で答えた一之瀬。龍園がドン引きしたように毒づいたが、タオルで顔面を覆っている坂柳がそれを嘲笑った。

 

「ふっ、龍園くんには清隆くんの良さがわからないようですね」

 

「わかりたくねぇよ」

 

「この、自分が酸素を取り込んでいる感覚。生命の源が、口から喉を通り肺から全身に沁み渡っていく幸福感。これがわからないとは、なんと哀れなことでしょう。世の中は不平等ですね」

 

「…俺には、テメェの方が哀れに見えるぜ」

 

もはやディスカッションになっていないが、いまさら軌道修正できる人間などいるわけがなく。

話し合いに応じる気がなかった葛城など、今はただただ純粋に関わりたくないようだし。

あのDクラスの潤滑油として機能しているという実績を上げている平田や櫛田でさえ口の挟み時が見出せず。

 

結局、この初回のグループディスカッションはクラスのリーダー格らによる頭脳戦や心理戦が繰り広げられることなく、ほとんど終始悪原と龍園が煽り合い、たまに坂柳が綾小路中毒の禁断症状を発症し、それを一之瀬がどこで手に入れてきたのかわからないアイテムで治療して、事あるごとにスキンシップをとろうとする一之瀬の顔面を悪原がアイアンクローで締め上げたり、坂柳が綾小路の魅力を龍園に熱弁してドン引きされたりなど、とても凡人ではついていけない流れのまま終わった。

 

そうしてグループディスカッション終了のアナウンスが流れた瞬間、一之瀬と坂柳を除く辰グループ全ての生徒が逃げるように部屋から出ていったのだが、そのとき葛城や堀北がどんなに安堵した表情を浮かべたかは想像に難くないだろう。あの龍園すら、うんざりしたような面持ちで退室していくのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

絶対に次のディスカッションまでに法則を見抜いてやる!

 

悪原九郎は松葉杖を振り回して一之瀬の接近を拒否しながら、そう固く決意していた。法則さえわかればこの試験の全てが思い通りになる。勝ちが決まればあの地獄のディスカッションもいくらか気持ちが楽になる…そう信じたい。

 

龍園に関しては自分から喧嘩を売ったのでいいとして、一之瀬と坂柳がもう、本当に、ダメだ。あれは手の施しようがない。一之瀬のウザさは言わずもがな、坂柳の『綾小路清隆の魅力発表会』があまりにも、アレだった。正直言って延々と聞かされている龍園に同情しかけたほどだ。

そしてひどいのは先天性疾患を患っているという理由から坂柳をシバくことができないという点である。つまり強制的に黙らせることができない。その辺りは一之瀬の方がまだマシだ。

手を出されないというところまで計算してやっているのだろうか。自分の弱点をも利用するとは、やはり天才……いや、ただ綾小路のことしか考えずに喋ってただけのような気も…。

 

まあ坂柳の異常性は置いておいて、今最優先すべきは優待者の法則の看破だ。

 

一之瀬をベッドの羽毛布団で簀巻きにし、枕でボコボコにして封印した後*1、悪原は船内にあるカフェでいちごパフェとガトーショコラとプリン・ア・ラ・モードの三つをまとめて注文して貪りながらグループの生徒の名前を書いたメモと睨めっこしていた。

カフェにいるのはほとんどが女子生徒だが、明らかに不良にしか見えない男子が一人だけで可愛らしい甘々のスイーツを怖い顔でガツガツ食べながらメモを睨みつけているという様は、なかなかに異様なものであった。

 

それはさておき、今はいろいろな感情の高ぶりからか妙に頭の回転が良くなっている。見抜くのなら今しかない気がした。

 

 

──クラスの関係を無視する………もしかして?

 

適当に名前を並べ替えているうちに、ピンと直感が働いた。

絶対的に正しい道を進んでいるような、迷いなき気持ちでグループの生徒の苗字をあいうえお順に並べ替える。

 

悪原、一之瀬、小田、葛城、…………櫛田。

 

 

半ば確信に近いものを抱きながら一之瀬から届いていたBクラスの優待者情報およびその生徒が所属するグループにこの法則を当てはめると、見事にBクラスの生徒が当てはまった。

 

(…………アタリだな。うちの優待者は櫛田って野郎か)

 

これはもう正解と見て間違いないだろう。悪原はあくびを噛み殺しながら、残り500万をどう稼ぐかに思考をシフトする。Aクラスを狙い撃ちにすればBクラスは150万獲得でき、さらにクラス昇格も成し遂げられる。だが綾小路移籍のためのプライベートポイントが足りない。やはり結果1を目指したいが、問題はDクラスだ。簡単に納得してくれるとは思えない。

 

「…………しょうがねえ」

 

悪原は席を立ち、あの頭にくる男のもとに向かって歩き始めた。

退屈な謎解きゲームはもう終わりだ。あともう少しの我慢だと言い聞かせながら、彼はCクラスの王がいる部屋のドアの前に行く。そこには見張りなのか石崎大地が立っていたが、喚く彼を無視して悪原はドアをガンと蹴った。

 

すぐに乱暴にドアが開かれ、口角は上がっているけれども眉間に皺を寄せている龍園が姿を現した。彼が邪魔になって部屋の中はよく見えないが、椎名ひよりの姿も見えた。きっと龍園も優待者の法則を見抜くために動いていたのだろう。

友の姿を見て小さく手を振ってきた椎名に特に反応もせず、悪原は龍園を睨む。

 

「ノックの仕方も知らねえのかテメェは?」

 

「うるせえ。ツラ貸せ」

 

「おいっ!てめえ龍園さんになんて口利いてんだっ!」

 

「殺されたくなきゃ、やめとけ石崎」

 

軽口を叩く龍園にも、己の王をナメくさっている態度をよく思わない石崎のどちらにも付き合う気は全くない。話をさっさと終わらせるべく悪原は彼を連れ出した。

 

「俺に用ってことは、勝ちが確定したわけだな?」

 

「ああ、法則はもう見抜いたぜ。あとはどうするか決めるだけだ」

 

「相変わらず人を陥れる時だけIQ爆上がりするなぁテメェは」

 

「うるせえ、結果的にそうなるってだけだ。ほらブーメランはもういいから、さっさと片すぞ」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

悪原が龍園と軽口を叩き合いながら話し合いをしている一方、綾小路は悪原が配属された部屋に向かっていた。ちなみに神崎はいない。ついさっきまではいたのだが、突如絡んできたストーカー坂柳と口論中のため不在なのだ。厳密には口論というか、一方的に喚く坂柳を押さえつけているような感じなのだが。

そして察しの通り綾小路は逃げてきたところだ。

神崎が生きて帰ってきたら労ってやらないと、と思いつつ部屋のドアをノックする。

 

「九郎、オレだ。入っていいか?」

 

「あっ綾小路くん!?お願い助けて!!」

 

「っ、一之瀬?!」

 

返ってきたのは、親友の声ではなく一之瀬帆波の、焦燥に満ち満ちた、助けを求める声。何か非常事態が起こっている、と感じた綾小路は急いでドアをバンと開けた。

 

 

 

「お願い、動けないの!助けて!」

 

 

「…………………………………えぇ……?」

 

 

そこには、羽毛布団で縛り上げられた一之瀬の姿があった。さらにそれは上から細く巻かれたベッドのシーツと思しきもので縛られており、ご丁寧にリボン結びまでされている。

そしてその、恵方巻きを彷彿とさせるそれは横に倒れており、一之瀬が仰向けで綾小路に助けを求めてもがくせいでグネグネと芋虫のように動いていた。

 

状況が全くわからなかったが、ひとまず綾小路は細く巻かれてロープ状になっているシーツをほどいて一之瀬を解放することにした。

 

「ああ、ありがとう…もう船から下りる時までこのままなのかなって思ってたよ」

 

「いや…それはいいんだが…何があったんだ…?」

 

起き上がって埃や糸くずを払い落としながら礼を言った一之瀬に気にするなと言いつつ、何がどうしてこうなったのか──正直想像はついているのだが一応──訊いてみる。

 

「ちょっとね、九郎くんの機嫌が悪かったみたいで…」

 

いやいや、ここまでの仕打ちに至るとは、ちょっと機嫌が悪かったどころじゃないと思うんだが。というか、むしろ一之瀬の行動が九郎の気分を害したんじゃないのか…?と思う綾小路だったが、移籍先のリーダーである一之瀬に対してあまり失礼なことも言えないので『そ、そうか…』と曖昧な返事をするしかなかった。

 

「ところで九郎くんに何か用があるのかな?」

 

「あ、ああ、オレが一之瀬のクラスに行くっていう話で…」

 

「………………えっ?」

 

一之瀬は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔を見せた。綾小路も『え?』と無意識のうちにこぼしてしまう。

 

「え……えっ?綾小路くんがBクラスに来るの?」

 

「来るというか、九郎に引き入れてもらうというか………もしかして、聞いてないのか?」

 

「………………………………聞いてない」

 

その声には珍しくどんよりとしたものがあった。何と声をかければいいのかわからない様子の綾小路に背を向けた一之瀬は窓辺へ歩いて数秒海を眺めたあと、天井を見上げ、ゆっくりと顔を床に向けて、深いため息を吐いた。

それはそれは、深いため息だった。

 

「………そっか。何で急に協力的になったんだろうって思ってたけど、そういうことだったんだ…」

 

独り言のように、いや実際独り言なのだろう。幼馴染のことを話す時はいつも楽しげで、自慢げだというのに。普段と異なりどこか悲しそうに、己の無力さを嘆くように一之瀬帆波は言葉を紡ぐ。

 

「…本当、昔からそう。いつも大事なことを喋ってくれない。知らない間に、全部ひとりで背負っちゃう。……ねえ綾小路くん。どう思う?」

 

「え?ああ…まあ…よくないんじゃないか」

 

綾小路はまた、曖昧な返事をすることしかできなかった。もう少しくらいはっきりした受け答えができないものかと自らのコミュニケーション能力の不足ぶりに嫌気がさしつつ、何とも言えない気分でその場に立ち尽くす他なかったのだが突如一之瀬の携帯から音が鳴った。

悪原から電話がかかってきたようだ。一之瀬の顔が真夏の晴天を彷彿とさせるそれに一瞬で変わったことからわかる。

一之瀬は手を軽く上げて綾小路に無言で断りを入れ、電話に出た。

 

「もしもし、九郎くん?どうしたの?………うん、うん。…それ聞いてどうするの?…あ、うん。えっと…あ、そうそう!たしか平田くんは軽井沢さんっていう子と付き合ってるらしいんだけど……え?いいよ全然!気にしないで───あっ」

 

そこまで言ったところで電話をブチ切られてしまったらしい。仕方なさげに息を吐いた一之瀬は携帯を少し見つめてポケットにしまった。

 

「何の話をしてたんだ?」

 

会話の内容が気になり、訊いてみる。

 

「辰グループになってるDクラスの生徒について何か知ってることはないかって。それで、平田くんが軽井沢さんと付き合ってるってことを喋ったら切られちゃった」

 

何故そんなことを訊かれたのかわからない一之瀬は空を見つめて考え込むような素振りを見せたが、それは綾小路も同じだった。なぜ悪原がDクラスの生徒の情報を知ろうとするのか。グループの情報ならわかるが、個人のことを探るのは些か奇妙に思える。

あの親友の性格から考えれば、個人的な興味があるから、という線が最も自然に感じるが…それを何故今訊くのかという謎は解決しない。

 

一体何を考えているのか──、と思った瞬間、何の前触れもなく甲高い電子音が轟いた。

 

『卯グループの試験が終了しました。卯グループの生徒は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔にならないよう気をつけて行動してください』

 

「え?試験が終わったって…それに卯グループって」

 

「オレと神崎が割り当てられたグループだな………」

 

悪原は意図の読めない質問をしてくるわ、いきなり自分のグループの試験が終わるわで、もう何が何だかわからない。思考をまとめようとする綾小路は無意識のうちに頭を掻いていたが、一之瀬は何やら納得したような顔だった。

そのことが気になり、綾小路は声をかける。

 

「どうかしたのか?」

 

「……もしかしたら、だけど。九郎くんが、綾小路くんのために卯グループの試験を終わらせたんじゃないかなって」

 

「九郎が?」

 

「全部私の勝手な予想だけどね。優待者の法則がわかったんだと思うの」

 

「法則って、………いや、確かに。九郎ならわかっても不思議じゃない」

 

法則なんてものがあるのか、と反射的に口にしそうになるも、すぐに喉まで上がってきていた言葉を入れ替える。

誰が嘘をついているのかを見抜こうと思考するのではなく、法則の有無を見極めようとすることだって立派なシンキングだろう。そして、あの親友がその謎を解けないとは思えない。

 

でも、綾小路(オレ)のためにとはどういうことか。

 

「たぶん、九郎くんは綾小路くんに何もしないでいてほしいんじゃないかな」

 

「何もしないでほしい?…」

 

「あっ、もちろん悪い意味じゃなくて…試験中は時間になる度に部屋に行って、話し合いをしなくちゃいけないよね」

 

その通りだ。欠席などしようものならペナルティが課せられるのは間違いない。何度も言ってきたように綾小路はDクラスがどうなろうと興味はないが、別に叩き落としたいわけでもないため面倒くさいとは思いつつもちゃんと参加して──、

 

「こういう言い方はよくないかもしれないけど、…試験に拘束されないで、残りの船旅を楽しんでほしい。面倒くさいことは自分がやる。そういうつもりで卯グループを終わらせたんだと思う」

 

…そういう、ことだったのか。

 

「…さっきも言ったけど、九郎くんは昔っから何でも自分ひとりで何とかしようとするの。それでも解決できる能力(チカラ)があるんだから、……私は何も言えないんだけどね」

 

語る一之瀬の声色はある種の諦めがあった。力になりたいのに、必要とされていない。そもそも力になれるかもわからない。昔はどうだったのかを綾小路に知る術はないが、今はそのことを受容しているように見える。

彼女はいつだって悪原九郎の難解な思考を理解していた。それは一之瀬が幼馴染として、悪原の隣に居続けて、彼の行動を見続けてきたから成せている。

 

だからこそ、どうしようもないのだろうということを誰よりも強く、深く実感し、理解しているのだろう。

 

綾小路もまた思う。親友の心遣いは嬉しい。面倒事を知らない間に、勝手に片付けてくれるのは本当にありがたい。

 

けれども、何か、何か引っかかる。嬉しいはずなのに、何かが気になる。

 

それは『申し訳ない』という言葉ひとつで表すことができるほどシンプルな感情ではなく、そして現時点で綾小路は、その感情を言語化できるほどの自己理解がまだできていない。

 

…ひとつ、思う。

 

──自分ひとりの力ではどうしようもないような困難に直面した時、悪原九郎はどうするのだろうか、と。

 

*1
その時居合わせた同室の男子は、なんとなく修学旅行の一夜を想起したという。ちなみに悪原から「解放したらわかってるよな?」と脅されたため彼は逃げた。




要約
悪原「辰グループ終わらせたいけどそれは俺の個人的な都合なので、まず親友を優先します」

語れてませんが卯グループは悪原に頼まれた神崎が終わらせました。
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