ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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更新してない間に書いてたので早く投稿できました。
我ながら後半の展開は無理があるかもしれませんが、二次創作ということでどうかお目溢しを………(



夏休み
夏休み①


 

BクラスがAクラスに昇格した。

 

クラス間競争が始まって半年も経たないうちにクラス変動が起きたこと、それも五月時点でのクラスポイントから歴代最優と称されていたAクラスの陥落は、一年生らだけでなく教師陣にさえとてつもなく大きな衝撃を与えた。

 

そして、その立役者である悪原九郎が、友人が所属する別クラスの担任に嫌がらせをしたかったからこんなことをやらかしたという事実を知る者は、神崎と綾小路当人しかいない。

 

「うるせーなあいつら……」

 

そんな悪原は達成感に浸っているのかと思いきや、相変わらずのしかめ面で騒ぎ立てているクラスメイトたちを嫌そうに見ていた。

 

騒ぎの中心にいるのは一之瀬帆波。クラスメイトたちは彼女の活躍でクラス昇格を成し遂げることができたと思っているのである。だから現人神でも拝むように騒いでいるのだ。無論、一之瀬は困りっぱなしである。だからと言って『ぜんぶ九郎くんのおかげなんだよ』、と情報を訂正するかと訊かれれば否なのだが。

 

ともあれ紆余曲折あった豪華客船の旅も終わり、今は帰りのバスに乗るため集合しているところなのだが、クラスメイトらはいまだに騒いでいる。船内でもずっとお祭りムードでいたのに、よくあのテンションが続くものだと悪原は呆れ顔だ。

 

「バスの中でもあの調子でいるつもりか?あいつらは」

 

「耳栓を買っておけばよかったな……」

 

悪原の隣で疲れたような面持ちでいるのは、彼のごく少ない友人である神崎隆二だ。

悪原ほど露骨に嫌がってはなく、クラスメイトらの盛り上がり様に理解も示しているのだが、それはそれとして友人と同意見らしい。

 

「殴れば黙ると思うか?」

 

「やめてやれ」

 

「大変だな二人とも」

 

呑気な顔を晒しているのは綾小路清隆。悪原のおかげでDクラスから脱出することができたラッキーマンだ。

彼が正式に移籍するのは九月一日であり、その間はまだDクラスの生徒として扱われる。よって彼は、クラス昇格でどんちゃん騒ぎのBクラスのバスに乗らなくて済む。騒音から逃れることができる。

 

「さすが、箱入り息子様はいいご身分だな」

 

完全に他人事感覚の親友に、身内には懐の広い一面を見せる悪原も流石に青筋を立てて皮肉った。一応笑顔なのだがそれが尚更怖い。

ちなみに彼は綾小路が幼い頃から極端なスパルタ教育を受けていると認識しており、『箱入り息子』とはそれの揶揄だ。もっとも、その例えはまるきり的外れでもないが。

 

「なんとでも言ってくれ。オレに被害は及ばない」

 

「九月にはおまえもあの騒音の一部に組み込まれるんだ……腹括っとけやオラ」

 

「…………今を喜べばいいのか、アレに巻き込まれるかもしれない今後に憂いたらいいのかわからなくなる脅しはやめてくれ」

 

困り眉になった綾小路の顔を見て、言い過ぎたか?と思ったのか、ちょっぴり焦った風に手をひらひら振った。

 

「冗談だよ。なぁに、本当に巻き込まれかけたら俺が壁になってやるし、面倒だって俺が片付けてやるさ」

 

「頼り甲斐はないだろうが……俺もいる。あまり一人で抱え込むなよ綾小路。……いや、これは悪原に言うべきか」

 

「どういう意味だ神崎。まるで俺が抱え込んで爆発するタイプと言ってるように聞こえたぜ」

 

「そう聞こえたのなら自覚はあるということにさせてもらうぞ」

 

んだと!?俺が一之瀬と同レベルだって言ってんのか──」

 

友人たちの言葉を聞いて数秒、綾小路はほんのわずかに目を丸くし、ちょっとだけ顔を伏せて、『ありがとう』、と呟いた。

そして胸の奥に広がるじんわりとした温かさを、無意識のうちに、大事にしていきたいと感じるのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

無人島試験と船上試験を無事に突破できたこと、そしてAクラスに昇格したことについての祝賀会は大変盛り上がったが、同時に悪原にとっては散々だった。

 

クラス貯金から出してお店を貸し切り、ちょっとしたパーティ会場を作ったのはいい。そもそも参加自体しないつもりでいたことはこの際置いておいて、その時はまだ楽しめた。普段は食べられない料理、友人(主に神崎と綾小路)との会話、その両方とも楽しかった。

身内しかいないことが保証されているからか、『実は僕/私ぶっちゃけると…』みたいな本音の話題になり、その次になぜか悪原への質問タイムになり、子供の頃のことやら昔のあれこれにとどまらず母親の名前や身長、生月日まで一之瀬に暴露され、最終的に自分の黒歴史まで明るみにされそうになったためその場はアイアンクローでシメたのだが。

問題はその後の二次会的なノリで始まったカラオケだ。

歌うことが好きではないしノリがいいわけでもない自分の存在は邪魔だろうと考えていた悪原は帰る気満々だったのだが、柴田を筆頭とする己に好意的な一部の男子らに捕まり強制連行されてしまったのだ。

カラオケそのものが苦痛ということではなく、やはりというか、案の定というか、まあそうだろうなと思うだろうが、

 

一之瀬だ。

 

神崎がトイレで離席したタイミングを見計らって一之瀬が歌い始めたのだ。曲は『ラ❤︎ブ❤︎リ❤︎』。とあるアイドルの曲で、それはもうものすごくストレートに愛を伝える内容の、頭のてっぺんから足の先までラブソングという感じの歌だ。

それを一之瀬が歌ったのはまだ、まだよかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

しかも一之瀬のアピールはそれだけにとどまらず、さりげなく隣に座ったり、少しずつ距離を詰めていったり、手を重ね合わせたり、そこから指を絡めたり…。

このあまりにも、あまりにもなアピールで悪原は拒絶感が振りきれてしまい一時倒れ、その間も一之瀬の悪夢に苛まれていたが、綾小路と柴田と帰ってきた神崎の必死の声掛けでなんとか復帰。

そして報復として悪原は一之瀬を目の前に立たせて、彼女の目をまっすぐに見つめながら『ドライフラワー』を歌ったのだ。

いわゆる失恋ソングで、女性視点の歌詞ではあるのだが言うまでもなく一之瀬には()()()。そして一之瀬はしばらく彫刻のように動かなくなった。おかげで変な空気になってしまった。

 

そこでお開きではなく、他のクラスメイトが変な空気感の中でも頑張って明るい歌をセレクトし、なんだかんだ調子も戻っていき、最終的には楽しかったね!と良い雰囲気で祝賀会は終わったのが唯一と言ってもいい救いだった。

 

なお解散後、『ふたりだけで遊び直さない?』と誘ってきた一之瀬をふたつの意味で蹴ったのは別の話だ。

 

そして今は、綾小路のクラス移動のお祝い会の真っ最中だ。会場になったのはモール内の高級寿司屋。いわゆる『回らない寿司』である。

店の雰囲気、値段の両方のハードルが高すぎるからか、割と目に入りやすい場所にあるにも関わらず、利用客は非常に少なく、少なくとも綾小路らは大人しか入っているのを見たことがない。

だからこそ少人数且つ、ささやかな祝いの場を設けるのには最適だったのだ。

 

育った環境か生来の気質か、大人数で騒ぐのは得意ではないという綾小路に配慮して、参加者はたったの四人。主役の綾小路清隆、悪原九郎、神崎隆二、そして椎名ひより。

ちなみに椎名がいるのは悪原がねじ込んだからだ。彼曰く、『祝い事には〝華〟が求められるんだよ』とかなんとか。

当初綾小路は『なんでひよりが?』と感じたが、椎名に祝ってもらえることは不快ではない、というかむしろ嬉しかったし、そもそも椎名のことは好意的に思っているしで、そのことは口にせず、神崎が奢ってくれるという言葉に少しの遠慮を持ちつつも素直に甘え、Aクラスの生徒でもそうそう味わえないであろう極上の握りを楽しんだ。

 

「……おいなんだよ、辛気くせえ面して」

 

茶を一口飲んでやけに重たいため息を吐いた神崎に悪原が言外に『空気読め』と伝える。

神崎は『すまない』と一言謝り、あるひとつの懸念を言葉にした。

 

「まあ…大したことじゃないが……綾小路がクラス移動できたということで、すり寄ってくる者がこれから現れそうだと思うと少し面倒でな」

 

その懸念に悪原も『あー…』と天井を見上げた。きっと同じ発想に思い至っていたのだろう。

 

「そうですね。私のクラスからは出ないと思いますが、Dクラスの生徒からは何人か出てきそうです」

 

椎名も同じ意見だった。

そして龍園のクラスからは媚を売るものが出てこない、というのは一同の総意でもある。そんなことをすれば龍園への裏切りになりかねない。

 

「ってか、もう出てるよ」

 

「え?そうなのか?」

 

つまらなさげに言う悪原に全員が思わず注目する。

一体誰が、という綾小路の問いに対してごまかすでもなく悪原はなんてことなく答えた。

 

「櫛田とかいうのがな。『私を悪原くんのクラスに入れてほしいのぉ』ってよ」

 

「ぶっ……!」

 

壊滅的に似ていない声真似に神崎が吹き出した。その時は茶も寿司も口にしてなかったのが不幸中の幸いだった。

椎名と綾小路すら顔を背けつつ俯いて小さく震えている。よほど不意を突かれたらしい。

 

「あいつなかなか小賢しいぜ。一之瀬がいないタイミングで話しかけてきやがったからな」

 

「だがバレてるんだろう?あいつには」

 

「まあな。なんでわかるんだって思わねえか?」

 

「安心しろ。同じ意見だ」

 

櫛田の行動は残念ながら一之瀬にはバレバレだったようだ。

 

「もしバレなくても九郎なら、そのまま一之瀬に話してしまいそうだけどな」

 

綾小路のコメントに今度は悪原が声を押し殺して笑った。だってその通りだから。

悪原は元より櫛田の行動を包み隠さず一之瀬に報告する気だった。話す前にいきなり『私がいない間にどこの女の子と遊んできたのかな?』と圧をかけられたが。

クラス闘争には興味がないが、競争相手となるクラスの生徒の行動を一之瀬に告げ口しない理由にはならないのだ。

なお、洗いざらいに白状したためか一之瀬は不満こそ持てどほとんど怒ることもなくすんなり納得したことだけはここに記しておく。…まあ流石に攻撃はしないだろう。

 

「櫛田さんは最初から詰んでいたんですね」

 

「よりにもよって悪原に声をかけてしまったからな。綾小路か、もしくは一之瀬に掛け合うならまだ可能性はあったかもしれないが…」

 

清々しいほど他人事の感想を椎名が述べ、やや哀れみさえ含む声色で神崎が呟く。

櫛田だって悪原に声をかけたのはダメ元だったのだろうが、にしてもひどい言われようだ。

 

「ああ、そうだ、その時ついでに連絡先交換しないかって言われたんだけどな、」

 

「え?今までしていなかったのか?」

 

「あ?あぁ」

 

「お前という奴は……」

 

呆れたような神崎だが、その口角は少しだけ上がっていた。悪原らしいと思ったのだろう。

 

「櫛田さんは一年生全員の連絡先を知ってると聞いたことがあるんですが、悪原くんだけは例外なんですか?」

 

「おそらくそうだろう。オレでも四月のうちに交換したからな」

 

だからといってやりとりがあるわけではないし、これからもなさそうだが。

そんな綾小路の内心はさておき、櫛田桔梗が悪原九郎の連絡先だけ手に入れることができていないというのは事実だった。

四月時点で声をかけられてはいたのだが、悪原は拒否の姿勢を貫いていた。なぜ拒否していたのかというと、櫛田のことが心底どうでもよかったからだ。

どうでもいいのならむしろ拒否はしないんじゃないのか、と思うかもしれないが、悪原は櫛田が猫をかぶっていることに気がついていたのだ。だが問題はそこではない。そのとき櫛田は悪原の手を取った。それが櫛田桔梗の失敗だった。

本当にどうでもいい存在であることに加えて『媚を売られた』………『媚びればなんとかなる相手だと思われている』………、

 

────『ナメやがった』

 

マイナス評価。

だから悪原は頑として拒否したのである。

 

もしこのことを一之瀬が知ったら、悪原が拒否した理由も全て理解して、涙が出るほど笑うことだろう。そして笑い終わったらいきなり修羅を背負ったかと錯覚するほどに豹変するのだ。

 

「……まあ、櫛田が偶然悪原を選んだというだけで、本当は綾小路こそ気をつけなければならないと思うぞ」

 

話を戻したのは神崎だ。綾小路が寿司を見つめて数秒黙り、頷いた。

 

「そうですね。同じクラスだったんだからと、掛け合ってくる生徒は確かにいそうです」

 

椎名も同じ意見らしい。綾小路も椎名の言葉に頷きつつ、さらなる懸念を口にした。

 

「それと須藤だな。絶対に来る」

 

「はははっ!確かにそうだ」

 

直に接したこともある悪原が笑う。逆に神崎はあまりいい顔をしていない。

 

「あまり笑えんぞ。流石に暴力行為はしてこないだろうが、クラスの前で騒がれては面倒だ」

 

「いや、なんとかなるぜ」

 

悪原の自信を持った言葉に全員が注目する。

 

そして彼が語った提案に納得するのだった。

 

「───………確かにそうだな。それが一番いいと思う」

 

「不満点はあるが、まあいいだろ。オレも異論はない」

 

「私も悪原くんの案でいいと思います。でもちょっとびっくりしました。てっきり須藤くんを殴って黙らせると言い出すのかと思っていたら」

 

「おい」

 

悪原が睨みをきかせるが、本気で怒ってなんかないとわかっているのだろう、一応謝りつつも椎名はクスクス笑う。

 

「まあいいわ………次、何頼む?」

 

「そうだな……うにがいい」

 

そんなやりとりがありつつも、慎ましいお祝い会は綺麗に、そして穏やかにその幕を下ろしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

もう二度とあいつとポーカーはやらねえ。

 

悪原は猛烈な不機嫌オーラを撒き散らしながら、炎天下のなか並木道を歩いていた。

事の経緯は単純で、綾小路にポーカーで負けたのである。その罰ゲームとしてコンビニにパシリに行かされているのだ。しかもお代は悪原持ち。前もこんなことがあったような気がするがそれは置いておく。

 

あいつ完全に調子乗ってるな、今度シメるか?

 

と、本人が知れば全力で詫びを入れそうな事を考えながらズカズカ歩いていると、こんなクソ暑いというのにピッシリと制服を着こなす物好きな男女が上級生のいる寮の方向から歩いてきていた。

彼らは悪原を見つけると、何を思ったのか、進路を少し変えて近づいてきたのだった。

 

「久しぶりだな」

 

「…………この酷暑の中、お疲れ様です、会長」

 

男の方は堀北学。この学校の現生徒会会長を務める、『一番実力のある生徒』と言っても差し支えはないだろう人物。

なんでこいつがこんなとこに、てか生徒会はこのクソ暑い中で制服着なきゃいけないのか、それともこいつらが真面目なのか、という内心はカケラも顔に出さず、悪原は礼儀正しく深めに頭を下げる。

彼の態度に堀北学は少し意外に感じたのか、生の生徒にはほとんどわからないレベルだが目を見開いた。

 

「そちらの方は?」

 

「……生徒会書記の橘だ」

 

「橘書記ですか。お初にお目にかかります、一年Aクラスの悪原です」

 

「あっ、こ、こちらこそ初めまして、橘茜です!」

 

刺々しくて青に染まっている毛先、割れたガラスのように鋭い吊り目、真っ黒な三白眼、眉間に寄ったシワ、耳たぶについている青いピアス。見るからに『不良』然とした外見の悪原がこれほど礼節を払って接してくるとは思っていなかったのか、それとも見た目のギャップに惑わされたか、少しどもりつつも橘も挨拶をする。

 

「か、会長、この子本当に()()()()くんなんですか?」

 

「間違いなく()()()()だ」

 

少し声を抑えて話す生徒会ふたりに〝あの〟ってなんだよ、上級生の間じゃどんな噂が流れてんだ、と思うがそこは触れない。悪い噂を流されるのも、人でなしのように言われるのだって慣れている。

 

「悪原。これから予定がなければ少し付き合ってもらいたいんだが」

 

「…急ぎです?」

 

「いや、時間が取れてからで構わん。学校が始まってからでも構わないが……今はどこへ行くつもりだ」

 

「コンビニです。パシリに行かされてまして」

 

俺に何の用が?とか、そもそも俺でなきゃいけないのか?という疑問は一切口にせず、悪原はひたすら簡潔に答える。無駄な会話をしたくないようにも見えて人によっては気分を害しそうだったが、傍にいる橘から見ればあくまで一般の生徒である己と生徒会長である堀北学との上下関係を重視しているように感じられ、むしろ好感度が高かった。

それはそれとして悪原を誘う会長に驚いたりしている橘をよそに男子たちは話を続ける。

 

「その後は何もないな?」

 

「……そうすね、一応今日は友達と友人で遊ぶ予定でしたが、連絡入れればわかってくれると思うんで、付き合いますよ」

 

「わかった。ならここで待っている」

 

「え!?会長!?」

 

「……ここは暑いですよ。待ち合わせには不向きかと」

 

「たまには立ち話も悪くない。だがお前が辛いと言うなら寮に戻って話をしても構わない」

 

「……………いえ。すぐ済ませてきます」

 

そうしてイライラと歩いていた悪原は態度を改め、走って買い物を済ませ、帰って届けると同時に生徒会長から話を持ちかけられたことを伝え、急足で再び戻った。

小さなレジ袋を片手に。

 

「───待たせてすいません、詫びと言ったらなんですが、どうぞ」

 

中からまだ充分に冷えている麦茶入りのペットボトルを取り出して二人に手渡す。コンビニに行き、寮に戻り、そこからまた彼らが待つところにひとっ走りするついでに買っておいたのだ。

この気遣いには先の挨拶以上に驚かされたのだろう、橘は大袈裟に『ありがとうございます!!』と頭を下げ、堀北兄も『感謝する』と礼を言った。

麦茶を飲んで一息入れ、ようやく本題に入る。

 

「生徒会に先の試験の結果報告が上がってきていた。無人島、そして船上での試験は大変だったか?」

 

今回は予定を聞かれているのとは異なる、世間話に近い、他愛のない話だった。だから悪原も当時を振り返りつつ、質問を交えて答える。

 

「まあ…そうですね、普段の環境とは全然違いますんで。そういうストレスもありましたし、無人島は暑すぎたし、()()()()()()()()()()()()()…どうにかなりそうでしたよ。…………それにしても生徒会ってのはどこまで権力があるんですか?下級生の試験結果も調べられるもんなんですか」

 

「生徒会そのものには力はない。その座につく人間の能力次第だし……知れると言っても個々の活躍度合いなど、詳細までわかるわけじゃない」

 

とそこまで言って、堀北兄の目に少し探るような色が滲んだ。

 

「だが今回の試験でBクラスがAクラスに上がったこと……ほとんどの者は一之瀬の手腕によるものと思っているが、俺は全てお前がひとりで成し遂げたことだと考えている」

 

冷静に紡がれる堀北兄の言葉には強い確信があった。少なくとも彼の中で、悪原が誰よりも働いたというのはすでに確定事項になっているようだ。

 

「無人島でもそうだった。試験終了直前になっていきなり、お前は足を挫いてリーダー変更を行なったそうだな。それにDクラスが二位になっていた。そこには確かお前の友人がいたはずだ……なぜ動いた?」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()…答えは会長が考えている通りですよ」

 

自嘲するような薄ら笑いを浮かべながらそう言った悪原だったが、堀北兄の「違う」という言葉に笑みを消して向き直る。

 

「お前は綾小路を自分のクラスに移動させるために動いたな?動いた理由のほとんどはそれで説明がつく。だがわざわざクラスを押し上げる意味が解せない」

 

堀北兄が疑問に感じているのはそこだった。船上試験はやり方次第で莫大なプライベートポイントが手に入る。別クラスにいる友人のクラス移動費を稼ぐために動いたと考えればそれで片付く話だ。

しかしクラスポイントまで得るため動いたのはおかしいと、堀北兄は引っ掛かりを覚えた。彼の見立てでは、悪原九郎はクラス間闘争に全く興味がないタイプだ。プライベートポイントに加えてなぜクラスポイントを取りに行ったのかがわからない。

 

「……こんな俺を頼ってくれた幼馴染に少しは報いたい、と言ったら?」

 

「嘘だな。お前が一之瀬を極端に嫌っているのは誰もが知るところ。一之瀬のためにお前が動くのはありえない」

 

「なら、クラスの友人のためと言えば?」

 

「……それはたしかに考えた。別クラスにいる友のために巨額のポイントを稼ごうとした男だ。可能性としては最もあり得ると思っているし、お前がそう言うならば俺はそれで納得する」

 

会長の言葉に嘘はないだろう。だが本当は建前だとわかっているはずだ。それがどれほど限りなく本心に近いものであったとしても。

悪原は、堀北学には割と敬意を持っていた。橘にも。だから本当のことを言うことにする。

 

「…………嫌がらせですよ」

 

「嫌がらせだと?」

 

「Dクラスの評判は聞いていますよね?俺もほとんどは聞き齧りですが、正直頭が痛くなります。もちろん全員が不良品とは思いませんが、声ばかりデカいバカがのさばってるのは確か…。それに聞いたんです」

 

「……何を?」

 

「綾小路清隆はそのうち裏切る。そんな話がDクラスの中では流行りのようでして。……所構わずいかがわしい話をする下品な連中、バカ騒ぐしか能のない化粧臭え女ども、そいつらが俺の友達(ダチ)を一丁前にてめえらの仲間に勘定してると思うと……ふふ、くくく、何回ぶっ殺そうと思ったかわからんですわ」

 

「…………あいつらは清隆のことをAクラスに成り上がるための道具かなんかだと思ってるとしか考えられない。だから、本当のことにしてやろうと思ったんですよ」

 

「…なるほど……それでお前は綾小路を移籍させつつ、自分のクラスをAクラスにすることで当てつけを図ったと」

 

悪原の言い分に、やっぱり見た目通りなところもあるんだと微かに身震いする橘をよそに堀北兄は合点がいったらしい。納得したように頷き、顔つきを少し難しくして何かを思案し始める。

 

「……悪原。生徒会に入る気はないか」

 

「ええっ!?会長!?」

 

悪原よりも驚きを露わにしたのは橘。慌てる書記とは裏腹に、当人は冷静且つ不思議そうとも、呆れたようにも、怪訝そうにも見える面持ちだった。

 

「……もう八月ですよ。まだ席は埋まってないんですか。それに今の話聞いて───」

 

「お前が望むなら俺の権限で生徒会副会長の座につけられる」

 

「ちょ、ちょちょちょ!!」

 

「……………んな無茶な……」

 

「ぜ、前代未聞ですよ会長!!一年の、いくらAクラスとはいえ、噂よりずっといい子とはいえ、いきなり副会長なんて!?それに南雲くんが許可するとは思えません!」

 

身振り手振りで必死に考え直すよう求める橘。彼女の姿を見て、悪原も会長に視線を戻し、『その通りだろ』と言外に伝えるものの会長の意思は堅いらしい。

 

「会長は副会長をふたりまで置くことができる。例年ではひとりでやってきていたが、お前を捩じ込むのはそう無理な話ではないだろう」

 

「ちょっと待ってくださいよ、なんで俺なんですか……一之瀬の方がいいですよ。あいつは小中ともに生徒会に入ってたんです。ノウハウも人望も間違いなくあいつの方が上でしょう」

 

それに比べて俺を見てくださいよ、と悪原は続ける。

 

「この顔と態度で生徒会副会長なんて、何の冗談だといい笑いもんです」

 

そこで彼の主張は終わったのだが、堀北兄はどういう気なのか、悪原の目をじいっと覗き込み、数秒して視線を離した。

 

「…………俺は誤解していたのか」

 

「……は?」

 

呟いた生徒会長の言葉の意味がわからず、素で間抜けな声を漏らしてしまう。

会長は何事もなかったかのように話を続けた。

 

「生徒会長の俺が言うことではないかもしれないが、来年からこの学校は大きく変わるだろう。それも望まない方向に。その時のために今の段階から対抗できる勢力を作っておかなければならない。日増しにその必要性を感じている」

 

すでに遅すぎるぐらいだが、とこぼす会長に一旦冷静さを取り戻した橘がおずおずと話しかけた。

 

「会長、それって南雲くんが生徒会長になった場合のお話ですよね…?私には彼が悪い学校作りをするようには思えませんが……」

 

「…………会長、申し訳ないんですがこの話は辞退します。自分にはやれません」

 

「…………そうか」

 

はっきりと断れば、それで納得したのだろう。悪原を生徒会に入れるのは諦めたようで、これ以上生徒会について触れ込むことはもうなかった。

 

「…時間を取らせて悪かったな。こちらの用件はもう終わりだ。だがいつでも生徒会を訪ねてくれていい、茶くらいは出そう」

 

そう言って堀北兄は橘を連れて立ち去った。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

悪原は制服を着て歩いていた。バカ暑いのに上着まできちっと着ている。

ただでさえ目立つ男なのに、夏休みであるにもかかわらず制服など着ていようものならもはや未確認生物のように人目を引いても不思議ではなかったが、幸いほとんどの生徒が自室かケヤキモール、もしくは図書館など屋内にこもっているため注目を集めることはなかった。

さて、なぜこの男は制服を着ているのか。それは生徒会に赴くためだった。

 

理由はひとつ。本当に茶を出してもらえるのか興味があった。

 

本当にただそれだけということでもなく、生徒会に入ることで得られるメリットもついでに聞いてみたいという気持ちがあった。副会長は流石に荷が重すぎるが、それ以外にも席が空いているならば、メリット次第では入るのもありかもしれないと思ったのだ。

具体的には一之瀬や坂柳に圧をかけられるのかどうかが気になっていた。可能ならそれでよし。そしてもし一之瀬が後から自分も入りたいと騒ぎだすなら、それこそ副会長になるのだって吝かじゃない。

これは橘や堀北兄に対してそこそこ好印象を持っていたのも大きい。あのふたりの下でなら働くのもそんなに悪くなさそうだった。

 

そんなこんなで生徒会室前に来ると、何やら話し声が聞こえてくる。

 

「───では改めてお願いします。店頭で直接発送の申し入れをさせてください、自分は商品には指一本触れず、代金だけお支払いします。そうすれば不正の余地はありません」

 

はっきりとした声には聞き覚えがあった。

 

(葛城か?)

 

なんで夏休みに生徒会になんか来てるんだ、と自分を棚上げしつつ疑問を持つ。

話している内容から察するに、何か品物を校外に届けたいらしい。改めてお願いする、というセリフからおそらく一度は断られたのだろうが、それでも粘っていることから簡単には引き下がれない理由があるとわかる。

 

「だとしても規則違反ですから…」

 

「この学校は必要とあればポイントでいかようにもできると聞いています。テストの点数を買うことや生徒間の売買など、様々な用途に用いることができる。違いますか」

 

困ったような橘書記の言葉にも葛城は屈しなかった。

 

「そういうことなら話は少し変わってくるな」

 

今のは堀北兄の声だ。

誰に送りたいのかを訊ねると、葛城は切実な声で答えた。

 

「双子の妹です。うちには両親がいないため、祝ってやれるのは自分しかおりません」

 

どうやら葛城は妹に誕生日プレゼントを渡したいらしい。しかしそれはこの学校のルールが許さない。だが、生徒会の力を貸してもらえればなんとかなるかもしれないと葛城は考えたのだろう。

 

けれども堀北兄の姿勢は変わらなかった。ポイントは万能な制度ではないと語り、それでも食い下がる葛城の言葉に間髪いれず返事をした。

ポイントを使ってもどうにもならないのか、と諦めきれないのであろう彼の言葉に、堀北兄はあくまで冷淡に返す。

 

「学校が規則に違反する行為をポイントで許すことは絶対にない。諦めろ」

 

三年間もこの学校でAクラスを引っ張り続け、さらには生徒会会長も務めてきた男に葛城が食い込めるような隙はなかった。

退室を促され、葛城はいくらか元気のない声で返事をして言われるがままに外に出る。

 

そして、悪原九郎に出会した。

 

「!?あ、悪原……!?なぜここに!」

 

まるで幽霊に鉢合わせたかのように狼狽する葛城。もっとも、この場にいるはずがない人間という意味では決してその反応もおかしいものではないのだが。

一方興味深そうに視線をよこすのは堀北兄だ。

 

「悪原か。何の用だ?」

 

「………いえ、大したことじゃありません。失礼します」

 

さりげなく葛城を引っ張って悪原は生徒会室前から立ち去った。

 

道中、当たり前のことではあるが葛城が問い詰めてきた。

 

「…それで悪原、なぜお前がいる」

 

「言っただろ、大したことじゃねー。生徒会のメリットを訊きたかっただけだ」

 

そんなことよりも…、と、悪原は一気に会話の主導権を握る。

 

「おまえ、妹に誕生日プレゼントを渡したいらしいじゃねえか」

 

「……聞いていたのか」

 

「途中からだけどな。でもそうだろ?」

 

ヘラヘラ笑う悪原に、葛城は苦々しげに顔を歪めた。

 

「だからなんだと言うんだ。お前には何の関係もない」

 

「いや、ある」

 

「何────っ!?」

 

立ち去ろうとした葛城の肩がぐいぃっと引き寄せられる。強制的に目を合わせられる形になる。悪原の黒い瞳はまるで葛城の目を射抜くようで、彼でさえ思わず圧される迫力があった。

 

「何のつもりだ」

 

「単刀直入に言うぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それはまさに、葛城にとって寝耳に水であった。

怒涛の展開に理解が追いつかないのか、混乱している様子を隠す余裕すらなく、ただ悪原を睨みつける。

 

「ふざけるな!生徒会長にすら蹴られた話だ。お前にどう解決できると?」

 

「そりゃおまえが校則を無視する覚悟がないからだろ?ルールを度外視すりゃあ打てる手は無限にある」

 

「俺はリスクのある行動はしない」

 

どんどん視線を鋭くしていく葛城を、悪原はせせら笑った。

 

「馬鹿野郎。人の話聞いてたか?届けるのは俺だぜ」

 

その言葉に葛城はますますわからなくなる。

 

「何を…言っている」

 

「おい、これで三回目になるぞ。俺がおまえの代わりにプレゼントを届けてやると、俺は言ってるんだ」

 

いい加減理解しろと悪原は呆れたように笑うが、葛城にしてみれば理解不能すぎるのだ。

混乱する頭を整理する。

 

悪原九郎は自分の代わりに、妹に誕生日プレゼントを届けてくれるらしい。その言葉は、意味はなんとか咀嚼できた。

わからないのはここからだ。

なぜ自分にそんなことをしてくれるのか。

どうやって学校の目を掻い潜るのか。

 

「……………場所を変えないか。こんなところで話すことじゃないだろう」

 

葛城の視線は監視カメラに向いていた。悪原もそれを認識して、またヘラヘラ笑った。

 

幸い誰とも出会さずに悪原の部屋まで辿り着く。

 

「人を招くのはおまえで四人目だ。一之瀬に自慢できるぜ?しないほうがいいけど」

 

軽口を続ける悪原に葛城は何も返事をしなかった。

適当なところに座らされ、カップにブラックコーヒーが注がれた。

 

「コーヒーしかなくて悪ぃな。ブラックがダメなら使ってくれ」

 

ガムシロップとミルクが置かれる。悪原自身は使わないが、客が来たときのために用意してあるのだ。

もっとも神崎はブラックでいけてしまうし、綾小路は勝手にジュースを買ってきたりするしで、使ってくれるのは椎名ぐらいしかいないのだが。そしてその椎名も、悪原手作りのお菓子を食べにくる時ぐらいしかコーヒーを飲まなかったりする。

 

それはさておき、さっそく葛城は話を切り出した。

 

「何が目的だ?」

 

「そう警戒すんな。………で…目的か。ただの自己満足だ」

 

「なんだと…?」

 

自己満足ということは、葛城の代わりにプレゼントを届けることで悪原の何かが満たされるということになるが、どうしてそうなるのか葛城にはまるで見当がつかない。

深読みするならば………悪原にも妹がいて、その妹に対して悪原は一度も誕生日プレゼントのひとつも贈ることがなく、そんなことをしていたうちに妹は病死か事故死、そのことを悔やんでいるから……

と、そこまで深読みして、それはやはりありえんと葛城はかぶりを振る。

船上試験中、一之瀬が『九郎くんはひとりっ子』と言っていたことを思い出したからだ。会話の流れまでは覚えてないが、とにかく幼馴染である一之瀬がそう言っていたからには間違いあるまい。嘘をつく理由がない。

もう死んでいるからひとりっ子と表現したと考えられなくもないが、あの一之瀬がそんな発想をするとも思えなかった。

 

「葛城。おまえ、妹にプレゼントを渡したいんだよな?」

 

あれこれ考えていると、悪原が不意にそんなことを問うてきた。

 

「そうだ」

 

「別に三年ぐらい渡せなくたっていいんじゃあねえのか。一之瀬でもそこまではしねえぞ」

 

「……妹は昔から病弱だった。加えて両親と祖父母も他界していて今は親戚に預けられている。俺が親代わりなのだ。その俺が誕生日を祝ってやらないで、誰があの子を祝ってやれるんだ…」

 

このことをこの学校で、他人に、それもまさか悪原に話す時が来るとは思ってもいなかった。だが一度話しだしてしまったからか、葛城の言葉は堰を切ったように止まらない。

 

「この学校の規則は入学前からわかっていたつもりだ。しかし荷物ひとつ送れないとまでは、考えが及んでいなかった。その点は俺のミスだ……、だが、それを認めた上で、どうしても俺は妹に兄からの贈り物をしてやりたい」

 

「本気だな?」

 

「ああ」

 

「なら、断言するぜ。俺以外にどうにかできる奴はいない───本当におまえが妹を想うなら、これ以上何も聞かず俺にそいつを預けてくれ」

 

はっきりと述べて、悪原は右手を差し伸べてきた。

葛城はやはり躊躇するが、同時にある思いもあった。

 

別にいいじゃないか。

どうせ今のままじゃ何も変わらないし、打つ手もないんだ。

いいじゃないか、こいつに任せてしまっても。

 

「………………………本当、なんだな」

 

「確約はできねえな。おまえが言ったようにリスクがある。……………だが」

 

このまま諦めたくなんかないだろう?

 

葛城には、目の前にある男が悪魔にしか見えなかった。

人の弱いところにつけ込んで、自分にいいように、望ましいようにコントロールする。

理性ではそう思っている。しかし、その理性も拒否はしきれていなかった。

 

どんなに祈っても神は手を差し伸べてはくれない。ならば……、悪魔に縋るしかないじゃないか。

 

 

そして葛城康平は、プレゼントを悪原に預けることに決めた。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

数日後のこと。

悪原から『来い』とメールが届いた葛城は人目を忍びながら彼の部屋に再び足を踏み入れた。鍵は閉まっていなかった。

 

「よぉ」

 

部屋の中にいた悪原は、振り向きもせずに声をかけてきた。

 

「昨夜は気持ちのいい天気だったな」

 

「……」

 

葛城はそのセリフにどう反応していいかわからない。

というのも、昨晩は突発的な嵐が直撃して一晩中雷がゴロゴロと鳴り響いていたからだ。とてもじゃないが『いい天気』とは言い難い。

皮肉なのかそうでないのか判断がつかないし、どっちにしても返事が思いつかなかった。

 

黙ったままの葛城に、悪原はくつくつ笑って小型のビデオカメラを見せつけるように掲げた。

 

「!………それは」

 

「おまえのことだから証拠が欲しかったんだろ?」

 

「…………あぁ、そうだな」

 

「見てみな」

 

悪原の声は笑いを押し殺しているようで、なんだか馬鹿にされているようで葛城は少し不愉快だったが今はそれを無視し、撮影されたビデオを確認する。

 

「………っ!!?」

 

そこに映っていた一部始終は間違いなく現実のものであろうに、葛城はまるで信じられなかった。

カメラを持つ手が震える。

 

「悪原……これは……っ」

 

「ああ。ヘヘヘ……────開校22年以来……さすがに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

学校の大きさが大きさなので下水道も広く、侵入できるところもいくつかあったし、そのほとんどが監視カメラで見張られていないのもラッキーだったと悪原は振り返る。

この学校はどこもかしこも監視カメラだらけだが、さすがに全ての領域に死角がないわけではなかったのだ。…まあ、特別棟のように意図的にカメラが置かれてないと思われるところもあるが、それこそ学校側もまさか下水道を通ってまで外に出ようとする生徒がいるとは予想外だったのだろう。

まあ監視カメラがあったところで結局スプレーか何かで汚損させて突破しただろうが。

 

ともかく、映像はレインコートに身を包んだ悪原がポストに荷物を投函するところで終了していた。

 

「それ、どうするよ?」

 

あまりの展開に呆然としていた葛城だったが、悪原の言葉によって現実に引き戻される。

 

「…どうする、だと」

 

「学校に届けるか?」

 

ハッとする。

確かにこれを届ければ悪原は100パーセント退学になるだろう。言い逃れなど不可能だ。映像には敷地外の景色はもちろん、顔まではっきりと映っているのだから。

 

だが葛城にはわからない。

 

なぜわざわざこの致命的な証拠を、何のケアもなしに、リスクを無視して、自分に明け渡すのか、処遇を自分に委ねるのか。

 

何かを要求したい?それはおかしい。何を求めたところで葛城が映像を提出すれば全てお終いだ。要求どころじゃない。

恩を売りたい?それもおかしい。恩を売るにしてもやり方が他にあるはず。これほどの危険を冒す意味がない。

 

わからない。理解できない。

 

「……な、ぜ」

 

動くことさえできなくなり、それでも言葉を懸命に絞り出した葛城を見て、悪原が立ち上がり向き直った。

 

「自己満足なんて言っといてなんだけどな、それは俺なりのケジメだ」

 

「ケジメだと…?」

 

「ああ。無人島、船の上……俺が言えた義理じゃねえが、おまえ相当立場が悪くなっただろ」

 

それは、その通りだった。無人島での大失態もそうだし、船上試験でもAクラスの座を一之瀬クラスに明け渡してしまう結果になったことで、葛城は痛烈に糾弾された。40人もいるクラスの中で、今なお彼を慕ってくれるものはもう戸塚弥彦ただひとりしかいない。

夏休みになってからも依然としてクラスメイトらの視線は厳しかった。二学期が始まっても、坂柳がリーダーを張ることになるクラス内に自分の居場所はもはやあるまい。

 

仕方のないことだと思う。全て自分の責任だと思う。けれど、辛いという気持ちもあった。

それもすべて自分のミスが原因だと、受け止められる強さが葛城にはあったが、やはりどうしても苦しい思いもあるもので。

 

「あの時、俺にはやりたいことがあったんだ。そのためには何がなんでもポイントを稼がなきゃならなかった。あの龍園と組んででもな。………その行動がおまえを蹴落とすって結果を生んだ」

 

悪原の黒い瞳が真っ直ぐに葛城を見る。

 

「後悔してるわけじゃねえ。たとえ過去に戻ってやり直せるとしても、俺はまったく同じことをする………。でも、それでおまえの立場を悪くして、『仕方ないことだった』…『避けられない犠牲だった』とか言って勝手に自己完結して、詫びのひとつも入れないのは────違うと思ったんだ」

 

「……………」

 

「俺は知っての通り、幼馴染に暴言吐くわ殴る蹴るわのクソ野郎だ。そんな奴から『ごめんなさい』なんて頭下げられても、おまえは嬉しかねえだろうし……何より、その一言で片付けるのは不公平だ。釣り合いが取れてねえ」

 

「おまえはクラスでの立場がもう無いに等しい。なら、俺も今の立場を失うぐらいのことしてケジメつけねえといけないだろう。………こんな言い方したらアレだが、プレゼントを送りたいのに送れねえっていうおまえの状況はこれ以上ないほどのラッキーだったよ」

 

また悪原はへらりと笑う。だがいつもの悪い笑みではない。

許してほしいという懇願もなければ、もう退学確実と何もかもを諦めているわけでもなく、自暴自棄になってもいない。

 

おまえがどんな選択をしても、俺は受け入れる。

 

今葛城の前にいるのは、覚悟を決めたひとりの男だった。

 

「おまえが俺に妹さんへのプレゼントを預けてくれたように、俺もおまえにそいつを預ける。もしおまえが俺を潰してやりたいと思うことがあったら……いつでもそいつを使って、俺を消してくれ。

 

─────本当に、すまなかった」

 

そう言って悪原は頭を下げた。

 

 

…………

 

 

途切れた会話は静寂をもたらす。

 

数分、いや、十数秒かもしれない。

 

沈黙を破ったのは、すべてを委ねられた葛城だった。

 

「…………悪原。顔を上げてくれ」

 

「……………」

 

「確かに俺は、クラスでの立場などもうない。そしてそれを失うことになったのはお前も原因の内なんだろう。……だが、お前が悪いとは思わないし、お前を恨む気持ちは微塵もない」

 

悪原の目が僅かに見開かれた。

 

「龍園のように悪意をもって嵌めたのならともかく、お前はきっと綾小路(友人)のために動いていたんだろう?なら話は単純だ。結局俺が甘かった、それだけだ」

 

笑いながら葛城はビデオカメラを操作し、とある機能の決定ボタンを押してから悪原に画面を見せつけた。

そこにあったのは『動画は削除されました』の文字。

 

「っ!おまえ……消したのかよ…!」

 

「悪原。何度も言うように俺はクラスの立場を失った。ポイント(慰謝料)や謝罪の一言ぐらいでは釣り合いが取れないというお前の気持ちはわかる。だが、お前自身が退学のリスクを背負わねばならないほどのことではないだろう」

 

それでも何か言い返そうとする悪原の言葉を封じるように葛城は続けた。

 

「俺はカーストなどを気にしてリーダーに立候補したのではない。クラスの力になりたかったんだ。そのために自分なりに足掻いてみたが、結局俺には力がなかった。………人の力に、助けになりたいという思いを持っていたのはお前も同じなはずだ。そこに人数など関係ない」

 

「俺は失敗した。お前は成功した。それだけの話だ。───尊敬や憧れこそあれど、恨みなどあるはずがない。謝ることなどない、むしろ謝らなければならないのは俺の方だ…………具体的な手段を聞いていなかったとはいえ、お前に一方的に多大なリスクを背負わせてしまった。

 

───俺の方こそ、」

 

「やめろ。」

 

すまなかった、と言おうとした瞬間に悪原がストップをかけた。

 

「………言っただろ。これは俺のケジメだ。おまえが謝るのは違う」

 

悪原は葛城に恩を売りたいのでもなく、許してもらいたいのでもなく、馴れ合いたいわけでもなく、ただただ自分のやったことにケジメをつけたかっただけなのだ。

それで葛城が悪原の行動に礼を言ったり謝ったりしてしまうと、むしろ葛城が悪原に対して借りができた状態になってしまう。

 

葛城の頭脳はすぐにそのことを理解し、それを仕方ないと受け入れると同時に、どうにもならないもどかしさを覚えた。

 

「まさか消されるとは思わなかったな……。まあ仕方ねえか。これで話は終わりだ。俺とおまえも、これっきりだ。俺たちの間にあったことは……」

 

「───すべてなかったこと。そうだな?」

 

「………わかってるようで何よりだぜ。それじゃあ、な」

 

「ああ。さよならだ」

 

少しだけ名残惜しい感情をかき消し、葛城は背を向けて歩き出す。

 

(………俺は今まで大きな思い違いをしていた。悪原は……龍園と同じような人間だと。…暴力に躊躇がないという点では同じかもしれない。しかし………

 

───あいつがあの一之瀬の幼馴染だという事実が、ようやく真に理解できたような気分だ)

 

悪原九郎。彼は確かに一之瀬のような『善人』とは呼べない。だが、決して『悪人』と呼ぶべき男じゃない───。

 

思いはあれど、葛城は振り向かなかった。悪原も視線をよこすことはなかった。

 

悪原九郎と葛城康平が深く関わることはもうないかもしれない。高校三年間というのは短いようで長く、長いようで短いものだ。

だが、もしこれからの人生で二度と関わることがないとしても、このふたりの間には確かな絆が生まれていた。

 

それが活かされることがこの先なくても、その絆は決して無意味なものではないだろう。




悪原くんの他生徒への印象(主要なクラスメイト&生徒会)

・神崎隆二
精神的な面でかなり助けられてる。これからも世話になると思うからよろしく頼むわ。

・柴田颯
物好き。何で俺に構ってくるんだ?なんだか昔の帆波みたいで……いじりがいがあるぜ。

・白波千尋
俺は知っているぞ。

・浜口哲也
クラス対抗で俺に期待するのはやめろ。それ以外なら力になってやるから。

・橘茜
かわいい。いい先輩だと思うけど、なんかマルチ商法とかに引っかかりそうな気がする。

・堀北学
妹を投げようとしたり割と無茶苦茶な人だが結構尊敬はしてる。今までの人生で俺に好くしてくれる先輩なんていなかったからなのかもしれないが。

・南雲雅
誰だか知らんが話聞く限り嫌そうな野郎だな。

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