ようこそ一之瀬帆波の幼馴染がいる教室へ   作:クリスマン

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本編で書けなかったところを書き連ねています。超短編集といった感じです。



番外編
瑣末な話


 

☆水泳の授業─Bクラス

 

 

Bクラスの生徒たちは今日、校内にあるプールを使用した授業を受ける。まさか四月からプールの授業があるとは誰も予想していなかったが、色々と男子たちは大盛り上がりだった。

 

「四月からプールなんて初めての経験だぜ!俺、泳ぐのは得意だから超楽しみだぜ!」

 

「僕は中学校の時水泳部だったからね、実力の差ってのを見せてあげるよ」

 

「何おうっ!後から恥かいても知らねーぞ!」

 

「バーカお前ら!そんなことよりずっと重要なことがあるだろ!?」

 

「「「何だって?」」」

 

「女子の水着に決まってんだろ!!」

 

「「「おおっ!!!」」」

 

この授業は男女混合であり、男子は女子の水着姿がこんなにも早く拝めるという事実に大変テンションを上げていたのであった。

可愛い子ばっかりだから楽しみ。でも特に誰々が可愛い。そんなことで誰もが話に花を咲かせる中、現在自分たちがいるのは男子更衣室で女子には絶対何も聞こえないということをいいことに、スタイルの話についても話が膨らみ一種のお祭り状態となっていた。

 

もっとも、それにほとんど乗っていない、というよりいい顔をしていない男子もごくわずかながらいるもので。

 

「……くっだらねえ」

 

「同感だな」

 

バカを見る目でクラスメイトたちを見下しているのは、青に染められた毛先と攻撃的な印象の目つき、そして高い背丈とガタイの良さが特徴的な悪原九郎。彼の心底から見下げ果てたような小声に、蔑む感情こそないものの同意したのが、彼の友人、神崎隆二である。

 

「俺、ああいうの嫌いなんだよ」

 

「まあ、大声で話すのは憚られる話題ではあるな」

 

神崎は決して彼らの話題そのものを悪いものだとはみなしていない。むしろこの年頃の男子にはよくありがちなものだろうと理解は示している。ただ、彼自身はそれに乗っかったりはしないというだけで…。

一方悪原は単純にその手の話題を好まないようだ。その理由が多少気にならないこともないが、気安く踏み込んではならない領域が人にはあると神崎は知っている。ましてや友人とはいえまだ出会って一週間程度なのだ。人の過去を聞くには、まだ早すぎる。

 

「さっさと行こうぜ…」

 

不快そうに顔を顰めたままの悪原は迅速に着替えを済ませて更衣室を出て行き、神崎も長居はしたくなかったので彼の後に続いた。

 

 

プールサイド。男子も女子もちらほらと姿を現してきていたが、それでもまだ割と多くの生徒が更衣室に籠ったままである。女子の方はあずかり知らぬ世界の話であるが、男子はまだ例の話題で盛り上がっているのだろうか。

 

「悪原は水泳に自信はあるか?」

 

「いや、あるかないかで言えばねえな。泳げないわけじゃねーけど…神崎は?」

 

「俺もあまり自信はない。一般的な泳法ならできるが」

 

「それはもう自信持っていいんじゃねえか…?」

 

生徒たちが集まっているところとは少し距離のあるところで二人は控えめに話をしていた。やや悪い言い方をすると真面目くんたちの会話であるが、二人にとってはそれが一番心地よいものなのだから誰にも口出しなどできようはずがない。

 

「それと…悪原。その…筋トレでもしているのか?」

 

「ん?まあ、軽めだけどやってるぜ。そんなガチってはねえよ」

 

「そうか……しかし…それは…」

 

「ああ…コレか。昔ちょっと、な。でも心配しなくていいぜ、見た目はアレだけどそんな──」

 

「「「うおおっ!!!」」」

 

どこか歯切れの悪い神崎の言葉に、悪原が彼の言いたいことを理解して心配無用だと言った途端、そこそこ集まってきていた男子グループの方から感激するような声が聞こえてきた。

何事だと二人が男子グループの目線を辿っていくと…彼らが思わずため息を漏らしながらガッツポーズまでとっている理由がわかった。

 

一之瀬帆波が、プールサイドに降臨したからである。

 

「……バカじゃねえの…」

 

「……まあ、悪原。ほどほどに、な」

 

また露骨に顔を顰めた悪原に、神崎が諦めたように苦笑しながらやんわりと、宥めるように手を横に振った。

ちょうどその時、一之瀬がさっきやたら大きな声を出した男子たちの様子が気になったのか、彼らに対して少し意地悪な笑みを見せながらいろいろ問い詰めていたのだが…

 

「あ、九郎くーん!」

 

少しよそ見をした時に悪原の存在に気づいた彼女は、パッと花が咲いた時のように顔を明るくして、一目散に幼馴染の下へと駆け寄るのだった。

その様は、わかる者にはわかる、まさに恋する乙女のそれであり、悪原の側へ駆け寄る一之瀬の姿は女の子としての魅力が大変に詰まっていて……具体的なことこそ知らずともわからずとも、男子たちは皆彼女の姿に己の心の何かを粉砕されたのだった。それは恋心であったのか、それとも単純に異性としての魅力に全てが吹き飛ばされてしまったのかもわからないが、少なくとも彼らにとってそれが大きな衝撃となったのは間違いない。

 

「げ……」

 

駆け寄ってくる一之瀬を見てますます悪原が嫌そうにしたのを確認し、神崎は、ふう、と一息つく。

 

「一之瀬、プールサイドでは走らない方がいいぞ」

 

「え?あっ、ごめんごめん!にゃはは…」

 

静かに指摘した神崎。一之瀬はやや顔を赤くして誤魔化すように笑ったが、すぐにその笑顔も未知への恐怖に曇った。

 

「あれ、く、九郎くん…?それ……何…?」

 

おっかなびっくり、といった調子で一之瀬は己の幼馴染へ問う。悪原の背中にある、大きく抉られたような生々しい傷跡に、彼女の視線は釘付けになっていた。

それは、ラッシュガードなどで隠したほうがよいのでは、と思える程度には、生々しくてやや惨く、グロテスク耐性が全くない気弱な女子なら軽く悲鳴を上げても不思議ではない、というぐらいには痛々しい傷跡であった。傷跡自体はやや脇腹に寄っている辺りについており、明らかに事故でできたものではないのが素人目でもわかるレベルだ。

 

「だ、大丈夫なの……?それ……?」

 

心配しながら一之瀬は傷跡へおそるおそる手を伸ばす。撫でようとしたのだろう…

 

ぱちん。

 

一之瀬の手が弾かれた。もちろん、弾いたのは悪原である。

触るな、汚らしい、と言わんばかりの勢いと、明確な拒絶の意がそこにはあった。一之瀬は今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だったが、悪原はどこまでも冷たい目で一之瀬を見据え、

 

「……触られると、痛むんでな。」

 

吐き捨てるようにそう言った。一之瀬の瞳孔が収縮する。居た堪れなくなったか、それともまた別の何かか。神崎は静かによそを向いた。

 

「あれ、一之瀬どうしたん……うわっ!?あ、悪原!?何だその傷!?」

 

そこに一之瀬の様子がおかしいことに気がついた柴田がやってくる。当然悪原の傷跡も目にして、それにどでかい声で反応してしまったものだからギャラリーがなんだなんだと一気に押し寄せてきた。

 

「だ、大丈夫なのかよそれ…?」

 

「痛そ〜…何があったんだ…」

 

「これ絶対刺された跡だよな…」

 

口々に思い思いの感想を述べていく中、悪原は少しわざとらしく笑いながら、

 

「心配するなよ。見た目はアレだけど、もう痛みはねえから」

 

そう言って、ドン、と握り拳で傷跡を叩いたのだった。痛がる様子がないので本当に大丈夫なんだなと柴田をはじめ、周りは安堵のため息を漏らす。

 

しかし痛々しい傷であることに変わりはないのだからあまり目にしていたいものではないな…と、神崎は目を眇めた後になんとなく別の方を向いて……

 

青空のような瞳など見る影もなく、彼女が纏う空気自体もドス黒い暗雲に包まれているような状態の一之瀬と視線がかち合ってしまい、背筋にとてつもなく冷たいものが流れるのを感じ、すぐさま目を逸らした。

 

それからその日が終わるまで、神崎は一之瀬をまともに視界に入れることはついにできなかった。

 

 

 

「ふふふっ……ふふっ…九郎くん……」

 

「相手を…間違えちゃったんだね。私を心配させたくなかったんだよね。君は、優しいから」

 

「でも、君ってば……おっちょこちょいなんだから……ふふ、ふ、」

 

「うふふふ、ふ、あはあ。ははあはアハアハッあはははは」

 

「そんな君が……大好き」

 

「好き、好き、好き、大スキなの……」

 

「……………」

 

「……もうちょっとだけ、待っててね…」

 

 

………

 

……

 

 

 

 

 

 

☆坂柳の宣戦布告後の話

 

 

「今思い出したんだが…俺は坂柳と会ったことがある」

 

「「え??」」

 

放課後。悪原の部屋で、先程までUNOをしていたところに神崎が突然衝撃のカミングアウトをかましてきたことにより、悪原も綾小路も思わず目を丸くする。

 

「え、神崎?おまえあの変態と会ったことあるのか?」

 

「ああ。親に連れられた先の社交パーティーでな」

 

「なんだって??」

 

変態呼ばわりした悪原には誰もツッコまず、またしても驚くべきセリフが飛び出てきたことに二人はますます目を丸くした。

 

「神崎……おまえ、ボンボンだったのかよ?」

 

「悪原。古いしどちらかというと蔑称だぞそれは」

 

「ぼんぼん?」

 

「簡単に言うと、偉い人の子供ってとこだな」

 

首を傾げた綾小路に悪原が説明する。その後に神崎が『悪原にはもう言ったが蔑称的な意味合いもあるから気をつけろ』と付け足した。

 

「坂柳とはそこで会っただけで、学校が同じだったわけでも何でもなかったが。高校になってまた巡り逢うとは、全く世間は狭い」

 

「おいおい、巡り逢いたかったのか?」

 

「冗談言うな」

 

悪原の冗談に神崎が笑った。少し睨みつけるように、だが。

 

「悪い悪い。……でもそういうことなら、坂柳も良いとこの子供ってわけだよな。こりゃ、清隆ももしかしたら金持ち出身かな」

 

「うーん。間違ってはないな。でもオレは物心ついた時からほとんど勉強や習い事ばっかりで、親が具体的にどんな立場とかはあんまり知らないんだ。家にも帰ってこないから話すことなんてなかったしな」

 

嘘は言わず、かと言って真実でもない。ホワイトルームで育った綾小路は生活の全てを管理されてきた。淡々と滞りなく進むカリキュラムを受けて受けて受け続け、ベータカリキュラムを受けた人間の中で唯一の生き残りとなり、しかし外の世界に興味が湧いた。そうして今ここに綾小路は存在しているのである。

彼らに真実を話さないのは、まだ綾小路自身の決心がついていないからでもあり、ホワイトルームのことは自分でなんとかしたいという気持ちもあるからだった。

そんな綾小路の過去など知る由もなく、悪原はつまらなさそうに背中からばったりと倒れた。

 

「はー。マジかー。平民は俺だけかよ」

 

「その平民が金持ちのボンボンより優れた能力を持っているんだぞ。それともそれは嫌味か?」

 

神崎が珍しく揶揄うような笑みを見せながらそう言うと、悪原はゆっくりと目を閉じてフッと笑った。

 

「今に見てろよ。生まれの差なんて覆してやるさ」

 

 

 

「あ、UNO」

 

「清隆テメェゴラァ!!!!!」

 

 

………

 

……

 

 

 

 

 

 

☆坂柳有栖のキヨタカニウム補給

 

 

お昼休みになりました。さっそく日課のキヨタカニウム補給に動きましょう。

まずは食堂に足を運びます。今日は……ああ、よかった。ちゃんと私の幼馴染、清隆くんがいます。最近は別のところで食べることが多くて、後を追うのが少し辛かったのですが…一安心ですね。

愛しい幼馴染とは少し距離のあるところに腰を落ち着けます。あまり近いと嫌がられてしまうので…。そしてこれはご存じでしょうが、私は自炊しているので学食は頼みません。自分で作ったお弁当を開きます。

 

おや。一之瀬さんが来ましたね。

 

「あ、坂柳さん!お昼一緒にどう?」

 

「もちろん、構いませんよ」

 

笑顔でランチに誘ってくれる一之瀬さんに、私も笑顔で応えます。Aクラスでリーダー争いをしている私と、Bクラスのリーダーである一之瀬さんが一緒に食事をしている、というだけで周りの有象無象が注意を払っているのがわかります。しかし悲しいかな、あなたたち凡人以下の塵芥如きが、優れた能力を持つ人間である私たちの会話から情報を得られるはずがありません。集中力の無駄です。

せっかくお昼休みなのだから、全く無意味な努力などせず心身を休めればよいのに。やはり取るに足りませんね。愚かにも程があります。

 

いつも通り清隆くんは悪原くん、神崎くんと一緒に食事をしています。悪原くんは言わずもがな、神崎くんもBクラスの参謀ということで油断のならない相手です。私の清隆くんを取り返すにあたって彼らほど厄介な敵もそういませんが、高難度だからこそやり甲斐もあります。天才である私の実力の見せどころなのですから。

 

「坂柳さんは最近どう?体調は大丈夫?」

 

「ええ、ご心配なく。といってもあまり大きくは動けませんが、焦ってもよいことはありません」

 

「にゃるほどねー。でも本当に大丈夫なの?もしよければ、ちょっとでも綾小路くんとお喋りできる場を設けようかなって思ってるけど」

 

「ふふ、ありがたい申し出ですが、今は遠慮させていただきます。話す機会がないなりに、元気をチャージする手段はあるのですよ」

 

言いながら箸を進めます。今日のお弁当は一際自信作。現状これが清隆くんの口内で咀嚼されることなく、彼の胃液で溶けることもなく、彼の血肉となることもなく、私の愛と清隆くんの肉体が一体化することなどないのが残念でなりません。

 

ああ、誤解されては困りますので言っておきますが、一之瀬さんとのお話は純粋に楽しいですよ?クラス間闘争のことも考えずただただ友達とお喋りするのはなかなか楽しいです。お恥ずかしながらあまりこういう経験はなかったのですが、この学校に入学してよかったと思えることのひとつに一之瀬さんの存在が加わりました。

 

これは言うまでもありませんが清隆くんとお話している時は常に幸福の絶頂です。彼の私を愛しむ眼差しと、思いやりにあふれた言葉ひとつひとつが掛け合わさりそれらが超融合反応を起こし、何倍にも幸福感を膨れ上がらせるのですよ。あの幸福感を一度でも体験すれば、凡人はそれだけで壊れてしまうでしょうね。

 

そうこうしているうちに清隆くんたちは昼食を食べ終えたようです。私と一之瀬さんもほとんど同時に食べ終わります。

彼らはどこか別のところへ行くつもりみたいですね。

 

「あ、九郎くんたちどこ行くんだろ……坂柳さんも追いかけない?」

 

「いえいえ、お構いなく。私がいたら追いつけなくなってしまいますよ」

 

「うーん、そんなことないと思うけど……うん、わかったよ。また一緒にお昼食べようね、坂柳さん!」

 

「ええこちらこそ。喜んで」

 

一之瀬さんが清隆くんたちを……正確には悪原くんを追いかけていきました。それを見届けた後、私も席を立ちます。そして、先程まで清隆くんが座っていた席に座り直すのです。

 

ああ……清隆くんの温もりを感じます……

 

座と背もたれに清隆くんの残り香と温度が残っています。そこに座れば、ほら。まるで清隆くんの膝の上に座らせてもらっているような気持ちになれるのです。もちろん心のアルバムに残されている『実際にやってもらった時』と比べるとあまりにも物足りないのは言うまでもないでしょうが、現状、これ以上に元気をチャージできる手段は他にありません。

他にも盗撮などしていますが、どうしても真正面の構図は撮りにくいですし、陰からこそこそ撮らざるを得なくなるのですが、結果的にこちらを見ていないアングルばかりになってしまいます。

そんな中、清隆くんに背後から抱きしめてもらっているような気持ちになれるこの方法は、今の私にとってまさに生命線に等しいのですよ。

 

「すぅう………!はぁあ……!」

 

思い切り息を鼻から吸って、吐きます。体内に存在する空気が、二酸化炭素が、清隆くんから排出されたものに置き換わる感覚。これは言葉で言い表すことはできません。実際に体験しないとわからないでしょう。

 

「ふんふんふーん♪ふふーんふーん♪」

 

「さ、坂柳?」

 

おや、葛城くんではありませんか。一体何の御用でしょう。

 

「いや…坂柳はいつも昼休みになると上機嫌になるからな…だが今日はいつにも増して機嫌が良さそうだったもので、つい、な」

 

そのことですか。ふふ、お昼休みの間に元気をチャージしているだけですよ。お気になさらず。

 

「そ、そうか。失礼した」

 

そうして葛城くんはその場を立ち去りました。……さて。今日摂取できたキヨタカニウムを換算すると……およそ二日分ですか。いつもより一日分多い結果に。ふふっ、ラッキーです♪

 

でもいつかは、また本物の清隆くんとああしたりこうしたりしたいものですね……。

 

 

 

 

「おまえら、一之瀬が尾けてきてるから巻くぞ」

 

「え?またいるのか一之瀬」

 

(またか一之瀬!!これで三日連続だぞ!!)

 

 

「あっ!待って九郎くん!」

 

 

 

………

 

……

 

 

 

 

 

 

☆教師たちのお喋り(四月中盤頃)

 

 

「今年の一年はかなりレベルが高いな…」

 

Aクラス担任である真嶋の言葉に、他クラスの担任らも同意する。

 

「中でもやはり、悪原九郎ですね。いくら三人で協力し合いながら調査したとは言っても、入学二日目でSシステムとAクラスの特権を見抜いたのは衝撃の一言でした」

 

そう言いながら少し目を伏せたのは、Dクラス担任の茶柱である。その三人の中に自分のクラスの生徒もいたことを彼女がどう思っているのかは、真嶋たちには推し量れない。

ちなみに、真嶋がクラス分けの法則も匂わせたことに関しては誰も何も言わない。あれほどの実力者じゃどのみち五月に入るまでには気づかれていただろう、と誰もがそう認識していたからである。

 

「し、か、も!うちのクラスからはさらに一之瀬ちゃんがこないだSシステムの答え合わせに来たからね!これは三学期になる前に私たちのクラスがAに上がっちゃうかもよ、真嶋くん?」

 

大威張りで手を叩きながらだらしなく笑い倒しているのは、Bクラス担任・星乃宮。彼女の言葉に教師たちは苦々しく顔を歪めた。

毎年Sシステムに気付く生徒は存在しているが、一つのクラスから三人も出てくるなんていうことは開校以来初めてのことである。自分のクラスにそんなに優秀な生徒が集まっている星乃宮が、テンションを爆上げしてしまうのも無理はないだろう。

 

「それを言うなら、Aクラスからも坂柳有栖が出ている。口止め料はかなりぶんどられたが、彼女は強いぞ」

 

「協力者、ではありますが私のクラスにも綾小路がいますので。あまり調子に乗ると痛い目に遭うぞ、知恵」

 

「どうかな?……でも坂上くんのとこはちょっと可哀想だね」

 

星乃宮がいつものからかうような笑みではなく、割と真面目に同情する。そう、Aクラスからは坂柳有栖が。Dクラスからは綾小路清隆がSシステムの真相を暴きにきたが、坂上が担任するCクラスからは誰一人答え合わせに来た生徒はいなかったのである。

それは何もおかしいことではなく、例年通りであればむしろ普通のことなのだが……今年に限っては、運が悪いとしか言いようがなかった。

……少なくとも、星乃宮たちはそう思っていた。

 

「そうでもありませんよ」

 

「…どういうことかな?」

 

一抹の焦燥感さえ感じさせず、坂上がニヤリと挑発的に笑ったことを星乃宮が訝しむ。

 

「私のクラスにも大変優秀な子がいるんです。龍園翔、という名前の子でしてね」

 

「その子がどうかしたの?」

 

「私の予想が正しければ、あの子もSシステムを看破していますよ。しかし、彼は敢えて答え合わせに来なかった」

 

妄言と取られても何ら不自然ではない、しかし坂上の自信を感じさせるコメントに彼以外の担任たちは警戒心を高める。

 

「Sシステムについて説明した時、クラスで唯一質問してきたのが彼だったんです。しかもある日を境に、急にCクラスの子たちの授業態度が良くなりまして。それと彼に付き従う生徒も何人か突然現れましてね。おそらく龍園くんは口止め料でポイントを得るよりも、クラスでの支配力を選んだのでしょう」

 

「待って待って待って。それじゃその龍園くんて子は、私たちが口止め料を渡してくることをわかってたってこと?」

 

「…なるほど。しかしそれをするには、自分の予測が間違っていないと心の底から信じられる、絶対的な自信が必要だ」

 

まさかのCクラスにもとんでもない優秀生が潜んでいたことに、驚きを隠せない星乃宮。それは真嶋や茶柱も同じであり、この四クラスの戦いは決して油断できない…いや、これまでにないほど激しいものになるかもしれない、と気を引き締めた。

 

「彼の言うことを聞かず、まだ授業中に私語をしている生徒もわずかにいますが…その子たちに関しては、可哀想ですが五月からはクラス内での立場は危ういものになるでしょうね」

 

可哀想、とは言いつつも坂上自身はその生徒らに対して特に何も思ってはいない。これはこの学校に限らずどこもそうだが、授業の時間は真面目に静かに、まっすぐ黒板の方を向いて、無駄なお喋りなど徹底的に無くすべきなのである。それが当たり前であり、小中通して聞き飽きるほど教えられてきた、誰にも通じる常識のはずなのだ。

それを守らなかった結果クラスでの立ち位置が厳しいものになったとしても、それこそこの学校から言わせれば自己責任、自業自得なのである。

 

Aクラス、坂柳有栖。

Bクラス、悪原九郎、一之瀬帆波、神崎隆二。

Cクラス、龍園翔。

Dクラス、綾小路清隆。

 

人数で言えばBクラスの一強状態だが、実のところ悪原九郎と一之瀬帆波の反りが合いそうにないというかなり痛い弱点があることを星乃宮は口にしない。教師が直接クラス間闘争に協力することはないが、なるべく有利な状況というのは保っておきたいものである。

 

これから先待ち受ける『特別試験』。彼らがそれにどう対峙し、どう立ち向かうのか、教師たちは思いを馳せながらその日を終えるのだった。

 

 

 

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