仮面ライダーデュアル   作:八咫ノ烏

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Archive.1 始まりの極光

 月明かりすらない、暗い夜。街灯が一つ、僅かに照らすとある住宅街の中にある公園にて。

 

「クソッ……クソッ……!!」

 

 青年が一人、鬱憤をぶつけるかのように東屋にある机に拳を何度も何度も叩きつけていた。

 その様はとても普通と言えるものではない。誰かが彼の姿を見かけたなら、すぐに警察へ通報されることだろう。しかしそんな事を気にする余裕など、今の彼には無かった。

 

「ふざけんなよ……!! なんで俺のものになってくれないんだ……!?」

 

 恐らく恋心が空振りした挙げ句、拗らせてしまったのだろう。その様子を第三者が見ていれば恐らく振られて当然と言われることだろうが、今の彼には自身を顧みる余裕など無い。

 

 そんな彼に近づく影が一つ。

 

「ちょうど良いところにお誂え向きの子がいるじゃない」

 

 楽しそうにくつくつと笑いながら、女性は青年の正面に座った。

 青年は顔を上げ、女性の顔を見る。第一印象は怪しいやつであった。仮面で目元を隠しているし、趣味の悪いドレスを着ているし、まともそうな要素が一つも見当たらない。自分のことを棚に上げて、彼は女性に対して不信感を募らせに募らせていた。

 

「誰だよ。冷やかしならどっか行けや」

「冷やかし? まさか、この私がそんなことをするわけないでしょう?」

「……だったら何の用だよ」

 

 青年のその発言に、女性はニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。余計に不信感を募らせる青年に対し、こんな言葉を投げ掛ける。

 

「愛しの相手、力尽くで手に入れたくはないかしら?」

 

 それはさながら悪魔の囁きであった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 日本のとある場所にある灰里(はいざと)市。その灰里高校に、少女はいた。

 黒と白が入り交じる奇妙な髪色。青と赤の瞳を持つオッドアイ。

 それらを持つ、明るい雰囲気を醸し出す少女の名は二神 海梨(フタガミ カイリ)。この高校に通う、少し変わった女子高生である。

 

「へぇ〜、告白されたんだ!」

 

 話題は友達が告白されたという色恋沙汰。年頃の女の子にとって、この手の話題には食いつかざるを得ないとばかりに少女たちは盛り上がっていた。

 

「それでどう返事したの?」

「断ったよ普通に。初対面だったし」

「え〜もったいない。すずちゃん告ってきた男子の顔結構良かったって言ってたじゃん、なんで振ったの?」

 

 海梨は目を丸くして驚き、そう問い掛けた。海梨の友人である鈴奈が話すことには、告白してきたのは顔は整っていていわゆるイケメンと呼ばれる部類の男なのだそうだ。

 常日頃からイケメンと結婚したいだのなんだの言っているような子なのだ。どうして振ったのか、想像がつかない海梨に対して友人はこう話す。

 

「なんかさあ、あれなんだよね……。なんか凄いナルシストっぽくて嫌な雰囲気があって……それでごめんなさ〜いってコト」

「なるほど、ナルシストかぁ。それは私も嫌だな〜」

 

 そのような雰囲気を嫌うのは両者同じらしい。でしょ、と鈴奈はそう言ってさらに振ることにした一因を付け加える。

 

「あとはねぇ……なんか女を裏で殴ってそうな感じがあったんだよね。ありゃあちょ〜っと怖いわ」

「DV気質か〜……。役満だね」

「まぁどうかはわからんけどね。でもニブイチの賭けに出て負けるのヤじゃん」

「確かに」

 

 鈴奈の言った事に納得し、海梨は首を縦に振った。内に秘めた暴力性を振るう標的にされる可能性があることを察知した上で、それでもそうでない可能性に賭けて付き合おうとする物好きなどあまりいないだろう。

 いるとしたらそいつは恐らく相当の面食いかバカだ。鈴奈は心の中でそう結論づけつつ、抱えている不安を吐き出した。

 

「まぁでもこれでブチギレられてストーカー化でもしようもんなら終わりなんだけどね〜。どうしよっかな、あいつ運動部らしいし私撒ける気しないわ」

 

 そう。いくら自分で防げるだけ悪意をシャットアウトしたとしても、相手がそれを暴走させてしまうことは止められない。現に様々な場所でその手の被害が出てしまっているのだ。

 その被害の対象になるのが怖い。もし攫われてしまったら。もし無理矢理襲われてしまったら。想像するだけでも恐ろしい。

 

 それを隠すように、にへらと柔らかい笑みを浮かべる鈴奈。それを他所に、海梨はほんの一瞬、刹那と表現されるほどの短い時間、意識を遠のかせた。

 途端、海梨が纏う雰囲気が変わった。優しそうだった目は厳しさを湛え、柔和だったはずの表情はにわかに険しい表情へと変わる。

 

「そうなったら証拠を抑えて警察に突き出せば良いだけの話よ。襲われたら、そうね……腕に噛み付いてしまえば良いんじゃないかしら?」

 

 ごっそりと肉を抉り取るくらいの勢いでね、と言って海梨は息をつく。

 雰囲気が百八十度変わったというのに、鈴奈は全く動じることなくこんな事を宣った。

 

「お、ちょっと怖い方の海梨ちゃんだ」

 

 怖い方の海梨。まるで二神海梨という人間が二人いるかのようなこの発言は、全く間違っていなかった。

 

 二神海梨という少女は、二つの人格を持っているのである。

 

 二重人格者を含む多重人格を持つ人間は基本的に解離性同一性障害と呼ばれ、ある時期に体験したつらい出来事がきっかけで引き起こされると言われている。

 そのつらい体験を自分ではないもう一人の自分が引き受けることで、もう一つの人格が形成されるのだそうだ。

 

 しかし、二神海梨はそうではない。この世に生まれ落ちたその瞬間から、彼女の体には二つの人格が宿っていたのだ。

 言うならば先天性の解離性同一性障害である。当然のことながら、もう一つの人格が形成されるに至った辛い経験など過去にあるわけもなく、どうしてこんな事になっているのかは本人ですらもわからない。

 

 さらに言えば、二つある内の片方が主人格というわけでもない。両方とも主人格と言うべきであり、またどちらも副人格。

 

 それが二神海梨という少女──いや、少女()()である。

 

(……私ってそんなに怖いのかしら)

 

 怖い方、と鈴奈に形容された人格は心の中でそう呟いた。それに対し、恐らく優しい方だと思われているであろう人格が言葉を返す。

 

(怖くないよ。ただ誰かを傷付けることにちょっと躊躇ってものが無さすぎるだけで)

(正当防衛の範疇だと思うのだけれど……)

(リイちゃんやり過ぎなんだってば。腕噛み千切るはヤバいよさすがに)

(単にカイが優し過ぎるだけだと思うのは気のせいかしら?)

 

 リイとカイ。彼女たちの()()()()()である。リイが先程鈴奈に怖い方と呼ばれた人格であり、もう一方がカイだ。無論、由来は自分たちの本来の名である海梨である。

 物心がついた頃に、いつまでもあなただのキミだの呼ぶのは他人のようで嫌だとカイが言い出したときに付けたのだ。

 

(いやぁ、でもリイちゃんにその手の躊躇いが全く無いのは事実だし……)

(襲ってくるような野蛮人に優しくする必要なんてないでしょうに)

 

 心中で会話する海梨。彼女からすればそのような気はないのだが、端から見れば急に黙りこくったようにしか見えない。

 そのため鈴奈は、何か気を害するような事を言ってしまっただろうかと勘違いをすることになる。

 

「……怖い方って言ったのもしかして嫌だった? マジでごめん」

 

 怖い方の海梨、と呼ばれてから何も反応を返していない。その事実に気が付いた海梨は急いで首を横に振り、リイなりに精一杯の笑顔を浮かべながら否定する。

 

「ああ、いえ……そういうわけではないの。少し考え事をしていただけだから、気にしないで大丈夫」

「……そっか」

「申し訳ないわね、勘違いさせてしまって」

 

 流れる気不味い雰囲気。海梨は二人で何か話題は無いかとあれこれ言いながら探し始めるが、しかし二人が見つけるより先に鈴奈が口を開いた。

 

「そういやさぁ、また怪物だか怪人だかが出たんだって」

「……また?」

 

 鈴奈の言葉に、海梨は訝しむように目を細めた。そんな視線など構うことなく、鈴奈は頷いて言葉を続ける。

 

「うん。今度も仮面ライダーが倒したみたいなんだけどさ」

 

 怪物、もしくは怪人と仮面ライダーの噂。少女たちが住む灰里市にて数年前から囁かれているものだ。

 人を襲う化け物がいて、それを倒すヒーロー染みた行動を取る人がいる。素顔を見られたくないのか、そのヒーローは仮面を被っており、戦いが終わるなりすぐさまバイクに跨って逃げるのだとか。そのことから仮面を被ったバイクライダーで、仮面ライダーと呼ばれるようになったらしい。

 

 真偽の程は定かではない。定かではないが、定期的にこの手の噂が話題になるのだ。

 

「本当にその手の噂話好きね。飽きないの?」

「ん〜、好きっていうか……仮面ライダーとかそういうヒーローが本当にいたら面白くない?」

「仮面ライダーが本当にいたとしたら、自動的に私達を襲うような怪物もいることになるのだけど……?」

「え〜? 噂じゃ仮面ライダーが守ってくれるじゃん、大丈夫でしょ」

「楽観的過ぎないかしら……」

 

 呆れた、とでも言いたげな表情を浮かべてから、リイはカイへ体の操作権を譲渡した。海梨は再び柔和な表情をその顔に浮かべ、先程まで言っていたこととは真逆のことを言い始める。

 

「でもいたら面白いってなるのはわかるかな。ヒーローに助けられるシチュ、ちょっと燃えるかも」

「でしょ〜?」

 

 得意げにそう話し、鈴奈はこんなヒーローなのではないかという予想をペラペラと語り始めた。

 要約すると、とてもクールで優しい性格をしたイケメンだろうとのことらしい。それを心の中で聞いていたリイはもちろん、カイもさすがにそれは無いのではないかと感じたが、両者共にそれを口に出すことはしなかった。

 

「いや〜、仮面被って素顔隠してるとか絶対イケメンだよそうに決まってる。イケメンじゃなかったら詐欺まであるかも」

「それは期待し過ぎじゃないかな?」

(鈴奈の欲望がだだ漏れしてるようにしか思えないわね……)

 

 海梨は苦笑しつつ、彼女の欲が八割ほど混じった妄想を聴き流す。教師が教室に入ってくるまで、鈴奈の妄言が止まることは無かった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 下校時間。海梨は鈴奈と共に談笑しながら帰路を辿っていた。

 

「あ〜、ねぇ海梨ちゃん。明日って頭髪指導なんだっけ?」

「そういえばそうだったね……。先生たちだって面倒だろうしやんなくたっていいのにね」

「いや〜ホントにそれ。いちいち爪の長さだのなんだのゴタゴタ言ってくんなって話だよ、鬱陶しい」

 

 まぁ校則だから仕方ないんだろうけどさぁ、と互いに愚痴り合う。特に海梨は面倒事になった回数が多いらしく、かなり熱が入っていた。

 

「染めてないのに髪染めるな黒に戻せとか言われるし、カラコン付けてないのにカラコン外せとか言われるし……。あれ本当に良い記憶がないんだよね」

 

 彼女は元より髪の毛は黒白入り交じる珍しいタイプの地毛であり、その上瞳も赤と青のオッドアイというこれもまたあまり見ないものを持っている。

 そのため、何も知らない教師からそう指導されることの多いこと。カイもリイも、お互いに仕方のないことであると納得はしているが、しかし面倒臭いと思うのは仕方のない話だ。

 

 どのようにして地毛であると証明すればいいのか。この場で髪を全て刈り上げて生えてくる髪の毛の色を以て証明すればいいのか。あれこれと言いがかりを付けてくる教師を相手にそう言い、鋏で髪をバッサリ切り落とそうとしたことだってあるのだ。

 慌てて止められたため未遂に終わりはしたが。

 

 そんな事を思い出しつつ、海梨は深い溜め息を吐いた。そんな彼女の背を擦りつつ、鈴奈はこう言った。

 

「加工してませ〜ん全部素材の味なんですけど〜って感じだよね。海梨ちゃんの髪、綺麗だし可愛いから黒一色に染めないでほしいな〜」

「え、嬉しい」

 

 海梨は思わずそう言葉を零し、恥ずかしさから頬をほんのり赤く染める。

 リイはそれとは違う感想を浮かべたようで、カイにも聴こえるように意外そうに呟いた。

 

(……気持ち悪がらないのね、この子は)

 

 蘇る幼い頃の記憶。髪色や瞳のせいで孤立し、独りとなった過去。気味が悪いだの怖いだのと言われ続けてきたため、可愛いとか綺麗とかそのような褒め言葉を掛けられるのはあまりない経験だった。

 

 それを同じく憶えているカイは、それに対する返事を心の中ではなく、鈴奈にも聞こえるように口を動かして言った。

 

「すずちゃんはそんな酷いこと言う子じゃないもん、ね〜?」

「何なにナニ、どうしたのさ急に」

「いやぁリイちゃんが気持ち悪がらないのね〜とか言うからさ、すずちゃんはそんなこと言う子じゃないもんって」

「そりゃあそうよ。もし仮に思ってても本人の前ではっきりと口にするのはヤバいっしょ」

 

 そんなこと思いもしなかったし、と付け加えて鈴奈は海梨の髪の毛を梳いた。それを眺めながら、カイは心の中でリイに話し掛ける。

 

(ほら、世の中そんなイヤ~な感じの人ばっかじゃないって)

(……単に鈴奈が優しいだけよ)

(相変わらず悲観的だなぁ、リイちゃんは)

(そう言うあなたは楽観的過ぎるところがあるけれど)

 

 互いに口の端を上げながらそう言い合う二人。

 

 それに水を差すように、海梨と鈴奈の行く先に青年が一人現れた。彼を見た途端、露骨に鈴奈の顔が引き攣ったのを見て海梨は理解する。

 

(あれってさ……。多分、そういうことだよね?)

(十中八九、鈴奈に告白したっていう男の子でしょうね)

 

 カイとリイがそう結論づけ、警戒心を引き上げる。昼際に話していた、逆ギレしてストーカー化してしまった可能性がある。

 最悪警察案件になることも覚悟した海梨の横で、鈴奈は青年を鋭く睨み付けながら口を開いた。

 

「何の用ですか?」

「考え直してくれはしないか、鈴奈。俺と付き合ってほしいんだ」

 

 青年の要求は拒否の撤回。どうやらかなり鈴奈に執着心を抱いているらしい。鈴奈はキュッと海梨の制服の裾を掴み、一度深呼吸をして心を落ち着かせた。あるいは恐怖心を押しやった。

 出来るだけ冷たく、優しさを見せることが無いように。そう意識しながら出した声は、海梨が今まで聞いた彼女の声の中で一番冷ややかな声音であった。

 

「あのとき嫌ですって言いましたよね。今更答えを変える気はないですし、何なら今この瞬間あなたのその行動で逆に嫌だっていう意思が硬くなりましたけど」

「なっ……ダメなのか!?」

「絶対に嫌です。わかったらどいてください邪魔です」

 

 はっきりとした拒絶の意思。青年はそれに酷くショックを受けたらしい。はぁ、と大きく溜め息を吐きながら両手で顔を覆い、そして大きく取り乱す。

 

「あぁ、何故だ何故ダメなんだ……!! 何故拒絶される……!? 容姿も財産だって申し分ないはずなのにどうして……!!」

「……気持ち悪っ。そういうとこじゃないですか?」

 

 青年が取り乱す様を睥睨し、そう吐き捨てる鈴奈。早く彼から解放されたい一心で、じわじわと後退していた。

 そんな彼女を見て、青年は一つ、あまりにも醜い結論を出してみせた。

 

「どうしてもとならば……もう、力尽くで手に入れるしかあるまい──ッ!!」

 

 無骨な見た目をした機械を取り出し、青年はそれを腕に当てた。自動で腕に巻き付いたそれは、歪んだ起動音声を高らかに響かせる。

 

《アパタイトエンジン・セットアップ!!》

「お前が……鈴奈が悪いんだからな……っ!!」

 

 責任転嫁するような言葉を吐きながら、青年はその機械の持ち手部分を掴み、勢いよく引っ張った。

 エンジンが掛かったときのような音が鳴り、

 

《レッツ・ドライビング!!》

 

 という電子音声が響く。ドブのような、色々な絵の具を乱雑に混ぜたような汚い色の硝子が青年の体に張り付いていき、やがて彼は人の姿を捨てた。

 

《ランペイジ・ウィズ・アパタイト!!》

「何としてでも手に入れてやる……!!」

 

 蜘蛛のような見た目をした化け物。蜘蛛怪人。背中から伸びる六本の腕を動かしながら、蜘蛛怪人は鈴奈に向けて手を伸ばす。

 

「……かい、じん」

 

 鈴奈はその信じ難い光景に絶句し、体を硬直させた。蜘蛛怪人が一歩一歩鈴奈との距離を詰めるのを眺めながら、彼女は逃げる行動を取れずにその場に留まるばかり。

 しかし海梨はある意味冷静であった。

 

「あの噂ホントだった……ってこと!?」

 

 昼時に話していた怪人の噂。それが目の前で事実であることが判明し、少しだけ興奮していた。怪人が本当にいるなら、仮面ライダーも本当にいるということである。

 

「ってことは仮面ライダーも……!!」

(言ってる場合じゃないでしょう!? 来るわよ!!)

「──ッぶな!?」

 

 リイの絶叫にも近い警告を受け、海梨は反射的に鈴奈を抱き寄せて地面に倒れ込んだ。

 先程まで鈴奈がいた空間を、蜘蛛怪人の口から発射された粘着質な糸が通り過ぎる。べチャリという音を立てて地面にへばり付いたそれを見て、海梨は青筋を立てた。

 

「やってることヤバすぎ……!?」

 

 当たっていればどうなっていたことか。想像に難くない。

 

「あぁ、隣りにいる奴が邪魔だな……」

 

 恐怖に体を震わせる海梨を見つめながら、蜘蛛怪人はそんな事を言って拳を握り締めた。

 逃げなければ、と本能が全力で警鐘を鳴らす。海梨はそれに従いすぐさま立ち上がって走り去ろうとしたが、しかし抵抗がある。見てみれば、彼女の手を握っている鈴奈が地面にへたり込んで動けなくなっていた。

 

「ご、ごめん海梨ちゃん……。腰が抜け、抜けちゃって……」

「あっちゃ〜……」

 

 さて、どうしようか。カイとリイは二人で必死に考える。

 

 鈴奈を背負って逃げるのはどうか。そもそも持ち上げるだけの力が無いかもしれない。持ち上げることが出来たとして、その状態で逃げ切れるとは思えない。追いつかれて殺されてしまう。

 

 鈴奈を見捨てて逃げるのはどうか。鈴奈は酷い目に遭ってしまうだろうが、自分たちは恐らく無事に逃げることが出来る。でも友達としての関係性はここで終わってしまう。そんなことは出来ないし、あり得ない選択肢だ。

 

 ここに残って怪人に抵抗する。恐らくというか十中八九どころか確実に無理。海梨にそんな力は無い。

 

(ねぇ、これもしかして詰みってやつだったりしない?)

(あまり認めたくはないけれど、どうしようもない状況なのかしら……)

 

 八方塞がりという言葉が綺麗に当てはまってしまう状況に、海梨は冷や汗を掻く。

 しかしそれでも思考は止まらない。

 

(それでもなんとかしなきゃ……!!)

(鈴奈だけでも逃がしてあげないと……!!)

 

 最悪、自分たちが死んでも良い。どうにかして鈴奈だけでも救わなければ。

 そのために、彼女たちは願う。 

 

((私たちに力があれば……))

 

 カイは外敵から身を守るための力を欲し、リイは外敵を排除するための力を欲した。系統こそ違う。しかし、それを欲した理由は同じ。

 

 鈴奈を守るため。

 

 その硬い覚悟が、強い願いが、彼女たちに力を与えたことにはまだ誰も、本人ですらも気付いていなかった。

 

「お前たちはいらないし邪魔だ。死んでくれ」

 

 いつの間にか海梨たちの目の前まで迫っていた蜘蛛怪人。彼は拳を振り上げ、海梨に向かってそれを振り下ろした。

 思わず目を瞑り、腕をクロスさせて防御の姿勢を取る海梨。ガキンという金属音と少なくない衝撃、痛みが彼女の腕に走る──。

 

「……え?」

(……は?)

 

 ──が、それだけ。骨が折れた感覚も、肉が抉られた感覚もない。ただ、ほんのちょっと痛いだけ。

 あの見た目で、パンチが痛くない事があるのだろうか。そもそもなんで金属音がしたのか。考えれば考えるだけわからないことが増えていく。

 それらの疑問を解消するには、目を開けるのが一番早い。そう結論付けた海梨は恐る恐る目を見開き、自身の腕を見る。

 

「……ナニコレェ!?」

 

 彼女の視界に入ったのは、海梨の腕を覆う白銀の篭手のようなもの。何故こんなものが腕に、と驚愕したのも束の間、蜘蛛怪人が再びパンチを打ち込んできた。海梨はそれを反射的に左手でパシッと受け止め、空いている右手を強く握り締めて鋭いカウンターを放つ。

 

 海梨のカウンターは偶然か蜘蛛怪人の顔面に命中し、彼女の手には確かにダメージを与えた感触が伝わった。蜘蛛怪人は悲鳴を上げながら数歩よろめき、尻餅をつく。

 それと同時に白銀の篭手はガシャンと音を立てながら砕け散ってしまった。

 

「……あれ、割れちゃった」

(いや、破片が集まって……)

 

 篭手を構成していたはずの結晶は宙で独りでに集まり出し、やがて二つの装置へと姿を変えた。一つは海梨の腰へと巻き付き、ベルトと化した。もう一つは宙にふわふわと浮いたまま。

 海梨は導かれるようにそれを手に取り、それをマジマジと見つめた。硝子細工のバラの枝のような意匠が随所にあしらわれた白いそれは、不思議と海梨の手に馴染むような感覚があった。

 

「なんでだろ……?」

 

 使い方がわかる。海梨はそう呟き、徐ろに腰に巻き付いたベルトのバックルの右側へ差し込んだ。

 

《Dual Driver!! Ready!!》

 

 そんな電子音が高らかに響く。ここから何をすれば良いのか、何も知らないはずなのに何故か手に取るようにわかってしまう。それに彼女は疑問符を浮かべながら、先程バックルに差し込んだ白い装置についているスイッチを押し込んだ。

 

《Luminous side・Blooming!!》

 

 白い装置が展開し、バックル全体を覆ってみせた。中心に、赤と白が入り混じった花弁を持つバラを咲かせた。

 それと同時に、赤と白のガラスの破片のようなものが大量に生成された。それらは海梨を中心として宙を浮遊しながら周り、やがて彼女の体へと張り付いていき、眩い光を放ちながら白の鎧へと変化していく。

 

White knight who shines brightly(輝きを放つ白き騎士)!!  Dual luminous!!》

 

 一連の流れが終わった後、そこには何の変哲もないただの少女の姿はなく。

 代わりに赤を差し色にした白の鎧を纏う、一人の騎士の姿があった。

 

「……変、身?」

 

 海梨は戸惑いつつ、そう言った。自身の体にどういった変化が起きたのは、彼女たちは──カイもリイもよく理解していた。しかしどちらもどうしてこんな変化が起きたのか、という部分まで理解は出来ていなかった。

 

 しかし、そんな困惑の渦に呑まれていた二人にも、はっきりと言えることが一つあった。

 

「これでこの状況をなんとか出来る……んだよね!?」

(あの醜い化け物も倒せるでしょうね)

 

 グッと強く手を握り締め、この瞬間まで意識の外にあった蜘蛛怪人の方へと顔を向けた。赤色の目が僅かに光る。

 蜘蛛怪人は海梨が変身したことに衝撃を受けたらしい。

 

「ま、まさか……お前が仮面ライダー……なのか!?」

 

 などと言いながらジワジワと後退る。彼も仮面ライダーの存在は知っていた。この怪人になるための機械を渡された際に、気をつけるように言われたからだ。

 

「ヤツは紫色の目障りな見た目をしていて、やたら硬い本を持っているわ……。私ならまだしも、あなた如きが出会ったらまず無事では済まないでしょうねぇ……」

 

 その文言を思い出しつつ、冷静に目の前にいる仮面ライダーと思しき白騎士の姿を観察する。

 紫色など無い。本も持っていない。何なら初めて変身したのではないかと言うような素振りを見せている。

 

 明らかに女性が指していた仮面ライダーとは違う。全くの別人である。そう確信した彼は、吼える。

 

「この場で殺してやる──ッ!!」

 

 一気に威勢を良くして、蜘蛛怪人は海梨の方へと駆け出した。

 海梨は蜘蛛怪人の初撃をふわりと避け、追撃を受け止めてから先ほどと同じようにお返しにパンチをお見舞いする。蜘蛛怪人は背中から伸びている腕で顔をガードしたが、海梨が狙ったのは鳩尾である。

 全くのノーガードである鳩尾を、海梨は見事に捉えてみせた。

 

「ガァッ……!?」

 

 先ほどとは段違いの威力を持つそれに、蜘蛛怪人は数メートル吹き飛んだ。

 その様を眺めつつ、海梨は自身のこの姿に関して軽く考察しそれを呟いた。

 

「あれかな、さっきの篭手と同じなのに威力が違うってことは……これが完全体だからとかそういう話なのかな?」

(明らかに力の前借りとでも言うべきものだったから、恐らくは……)

「やっぱそうっぽいよね。なんか、さっきと違って力が漲って何でも出来そうな気分になってきたしさ!!」

 

 楽しそうにそう言いながら、何度か飛び跳ねる。全能感を味わっている今の海梨にとって、眼の前の怪人など蚊程度にしか思えなくなっていた。

 

「まぁホントにそうなのかはわかんないけど……。それでも、これならいける!!」

 

 彼女たちの考察が九割程度当たっていることを知るのは、もう少しだけ先のお話。

 

 海梨は手を宙に翳した。どこからともなくガラスの破片が集まり、一本の色無き剣へと変化する。

 何かに強くぶつければ一瞬でヒビだらけになってしまいそうな無色透明の剣を手にし、それを構えて仮面の奥でニヤリと微笑んだ。

 

 蜘蛛怪人はそれをハッタリだと鼻で笑い、口から糸を放出した。体をグルグル巻きにして動きを封じてしまおうという魂胆らしい。

 ベトベトとした粘着質な糸は海梨目掛けて素早く飛んでいき──。

 

「──セイッ!!」

 

 彼女の体に触れる前に斬り捨てられた。海梨の遥か後方の地面に着弾し、べチャリと汚い音を立てながらへばり付く。

 それに目をやることなく、海梨は一歩足を踏み出した。

 

「次は私の番だよ」

 

 そう宣言し、強く地面を踏み締め、そして蹴り飛ばした。蜘蛛怪人との距離を一瞬で詰める。

 まさかそんなに素早く動くことが出来ると思わなかったのか、蜘蛛怪人は二拍ほど反応するのが遅れてしまった。

 

 戦いにおいて、それはあまりにも致命的であった。

 

 海梨は裂帛の気合を口から放ちながら、硝子の剣を一閃。蜘蛛怪人の胸から火花が散り、彼は数歩たたらを踏む。

 それに畳み掛けるように、海梨は手首を返して再び剣を振るわんとした。今度は蜘蛛怪人も反応出来たようだ。咄嗟に八本の腕をガッチリと交差させて、防御の姿勢を取った。

 

 それが意味を成さないことも知らずに。

 

「そんなの──っ!!」

 

 海梨の一言と共に、剣は薙ぎ払われた。次の瞬間、蜘蛛怪人の腕が六本、断ち切られる。地面に落ちたそれはガシャンと音を立てて砕け散ってしまった。

 

「クソが……っ!! なんでなんだ!! なんでこんな女に……!!」

 

 蜘蛛怪人は思わず悪態を吐きながら、海梨に膝蹴りを食らわせた。海梨はそれをもろに食らってしまい、数回地面を転がっていった。

 その様子を眺めつつ、蜘蛛怪人は呟く。

 

「どうしろってんだよこの野郎……」

 

 彼は既にもう自身に勝ち筋が無いことを悟っていた。彼女と自身の間に明確な差がある以上、それをひっくり返すことは叶わないだろう。

 

「ここまで来て今更引き下がれるかッてんだよォーッ!!」

 

 しかし引き下がれない。せめて目的の鈴奈を手に入れてからでないと、納得などできはしない。

 そんな彼の醜い意地を海梨は鼻で笑い、変身したときに押したスイッチを押した。

 

「お前なんかにすずちゃんはあげないよ……!!」

 

 硝子の剣に、白い光が集っていく。それを見つめながら海梨はゆっくりと立ち上がり、柄をギュッと握り締めた。

 

《Full Blooming!! Luminous Strike!!》

 

 電子音が周囲に響いたのと同時に、海梨は強く地面を蹴った。穿たれたアスファルトがいくつか宙を舞う。

 蜘蛛怪人と海梨の間にあった距離は一瞬で詰まった。海梨は蜘蛛怪人の懐に飛び込み──。

 

「ヤァアアアアアア──ッ!!」

 

 逆袈裟に斬り捨てた。それをもろに食らった蜘蛛怪人は、火花を散らしながら地面に膝をつく。

 

 途端、彼は怨嗟の声を吐きながら爆散した。

 

「倒せちゃった……」

(そう、ね……)

 

 その様を見つめながら、海梨は呟いた。全く現実感が無い。本当に自分たちがあの怪人を倒したのか。夢でも見ているのではないか。

 そんなことを考えつつ、バックルから白い装置を引き抜いた。すると彼女が纏っていた鎧が剥がれ落ちていく。手から重みが消え、知らぬ間に装置も、ベルトすらも無数の結晶となって宙に消えていった。

 

「……なんなんだろ、これ」

(いつの間にこんな力が……?)

 

 その結晶が霧散する様子を眺めながら、海梨は思案を巡らせる。

 今までの人生で、こんな馬鹿げた力を得られるようなイベントなど体験したことがない。もしたった今この力が発現したのだとすれば、そのきっかけは一体何なのか。

 

(もしかして私が力があったらって願ったから……?)

(私が、というか私達がになるのだけど……。そんな馬鹿な話があるわけないじゃない)

(確かに……。それで力がもらえるんならいっぱい同じような人いるだろうしね……)

 

 カイの言う通り、願っただけで力が貰えるというのならこの世には怪人や仮面ライダーで溢れ返っていることだろう。

 何かしらの条件があるはず。それを明らかにしたい。

 

「海梨ちゃん!!」

 

 思考の海に沈みかけていた海梨を、鈴奈が引き戻した。驚きと興奮が綯い交ぜになったような表情を浮かべながら、彼女は海梨の手を取る。

 

「色々言いたいことあるけど……今のうちに逃げようよ!!」

 

 彼女の主張もさもありなん。自分たちを襲ってきた男が伸びているこの状況。撃退したんです、などと言おうものなら過剰防衛でこちらも悪くなってしまう。

 その鈴奈の意図を読み取った海梨は倒れている男を一瞥することなく、急いでその場を後にするのだった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 海梨たちが場を離れた数分後。エンジン音を控えめに鳴らしながら、一台のバイクが現れた。乗っていた人物はヘルメットを外し、その顔を露わにした。男とも女とも取れる、中性的な顔立ちの彼──便宜上彼と呼ぶことにしよう──は、未だに意識を取り戻すことなく倒れている男の方へと近寄っていく。

 

「ここで暴れてたのは君かい?」

 

 そう問い掛けても男は何も返さない。しかし、男がそこで暴れていたことを示す証拠が一つ、男の直ぐ側に転がっていた。

 

 男が怪人へと変身するときに使った機械である。確かに破壊されてはいるが、それを知る人物が見れば一発でそうとわかるレベルでギリギリ原型は留めていた。

 彼はそれを拾い上げてマジマジと見つめ、意外そうに呟いた。

 

「やっぱり君だったか。それにしても……まさか既に倒されていたなんてね」

 

 彼は怪人が倒されたことに衝撃を受けているらしい。どうやら予想外であったようだ。

 ふむ、と口にして顎に手をやった。

 

「誰が倒した……? 相手が私ならいざ知らず、こんなやつに手を出すメリットはあの連中にない……となれば、野良の発現者がこれを倒したのか?」

 

 考えを口に出して纏めつつ、彼は推察していく。そのまま数分考え込んだ後、一つ仮説を立てるだけ立てて彼はその場を後にした。

 

「新しい仮面ライダーのお出まし、かな?」

 

 そう言い残して。




[tips]灰里(はいざと)

日本のどこかにある田舎都市。
数百年前に火山の噴火によって街が一度消し炭になったという凄惨な過去がある。
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