仮面ライダーデュアル   作:八咫ノ烏

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なんかすげ~長くなりました


Archive.2 闇に舞う黒き射手

 鈴奈が蜘蛛怪人に襲われ、二神海梨が謎の力を手に入れた日の翌日。二人は学校を休んで海梨の家に集まっていた。

 

「それで……なんかわかったりした?」

「いえ……。何が切っ掛けであんな力が使えるようになったのか全くわからないわ」

 

 海梨もといリイはそう言って目を伏せた。それに対して鈴奈はそっか〜、などと言いながら首を傾げる。

 

「なんでなんだろうね?」

「……どうしてなんでしょうね」

 

 話の中心は、昨日海梨が使ってみせたあの力のこと。

 そして時は昨日、蜘蛛怪人を倒した場からかなり離れた場所にある公園に辿り着いた辺りまで遡る。

 

「海梨ちゃんが仮面ライダーだったの!?」

 

 息を荒げながら、鈴奈は海梨にそう尋ねた。襲ってきた怪人、それを倒した海梨。バイクにこそ乗っていないが、それ以外は仮面ライダーの噂の内容とほぼ一致してしまっている。

 まさか自身の友達がその仮面ライダーの正体だったとは。その衝撃の事実に驚きながら、鈴奈は海梨の肩を掴んで彼女を揺さぶった。

 

「かっこよかったよ海梨ちゃん!! もし仮面ライダーだったんなら言ってくれれば良かったのに!!」

 

 興奮。期待。それらが込められた光り輝いた視線を眩しそうに受け止めながら、海梨はそれを否定した。

 

「いやっ……いやぁ違うんじゃない?」

「えっ。なん……なんで疑問形?」

 

 予想外の返しに鈴奈は思わず困惑の表情を浮かべた。今表に出ている方の人格なら、胸を張ってそうでしょ凄いでしょなどと誇らしげに告げてくるはず。

 それが今はどうだろうか。気不味そうな表情を浮かべて否定しているではないか。一体どうしたのだろうか。

 

「いや、だって私達にあんな力があるだなんて初めて知ったし……。そもそも、あるなら最初から反撃してたというか……」

 

 そう。もしそんな力があるのなら、最初から鈴奈を守るために迷いなく変身していたことだろう。自分が死ぬ羽目になったとしても鈴奈だけは必ず逃がす、などという悲壮な覚悟を決める必要なんて無かったのだ。

 

 それを伝え、その上であの力の出処がわからないと言葉を締め括ると、鈴奈は冷静さを取り戻した。

 

「なら、今日……というかあの瞬間あの力に目覚めたかもしれないってこと?」

 

 そう推測を呟いた。海梨自身が知らないような能力が生まれ落ちたその時から在ったとは思えない。だとすれば、あの怪人に襲われたあの瞬間、何らかの理由によって目覚めたのだとする方がまだ合理的ではあるだろう。

 鈴奈が出した推測は、海梨たちも同じく出していた。しかし確証がない。

 

「多分……。きっと、恐らくは……そう、なん……じゃないかな……?」

「びっくりするくらい自信無さそうだ。めっちゃ保険かけるじゃん」

「だってわかんないし……」

「まぁそうだよね〜」

 

 腕を組み、そう言って唸り始める鈴奈。それにつられて海梨も唸り始め、心の中に引っ込んでいるリイも唸りこそしないものの熟考し始める。しかしいくら唸ろうとわからないことだらけで、結局は時間が無意味に過ぎていくだけ。

 

「ま、取り敢えず今日は帰るね~。明日海梨ちゃん()行くからさ、なんかわかったら教えてよ!」

 

 このまま考えても仕方がない。そう結論付けて鈴奈は公園から去っていた。

 

 そしてその言葉の通りに本当にやって来たのだ。

 

 結局夜考えたとて、あの力は何なのか見当がつかないという結論に鈴奈は何回も頷いた。

 

「いや〜、やっぱそんなすぐにはわかんないよね〜」

「そうだったら昨日話してる最中にもう答え出てるはずだし」

「そうね……。何か知っている人に会えたら話は早いのだけれど」

 

 海梨のボヤキ。確実に自分以外にもこの力を持つ人間はいることだろう。それに昨日戦った男は何かの機械を使って怪人となっていたのだ。つまるところ、その力を機械的に再現出来るレベルでその力に詳しい人間がいるはず。

 きっとろくでもない人間なのだろうが。

 

 そんな事を考えつつ、どうやってあの力に詳しい人間を探し出すかを考え出す海梨。それに対して鈴奈は若干自身の願望を混ぜつつ、こう言った。

 

「噂の仮面ライダー本人さんに会えたら良いんだけどね。きっと詳しいだろうしさ」

 

 この地にて噂される仮面ライダーの存在。海梨があの力を手にするよりずいぶん前から流れているということは、確実に海梨ではない第三者である。

 少なくともまとも側な人間ではあるという保証もある。人を守るために戦っていると言われている人間が、まさか実は見境無く誰かを襲うだけの狂戦士だとは思えない。最低限の常識は持ち合わせていることだろう。

 

 そんな考えを読み取ったのか、海梨は確かにと言葉を零した。しかしその表情はあまり明るくない。

 

「そういえばそんな人もいたわね。信じ難いけれど」

「海梨ちゃんだって仮面ライダーみたいな力持ってるのにまだ疑うとかマジ?」

 

 苦笑いしながらそうツッコミを入れる鈴奈。

 彼女からしてみれば、噂されている仮面ライダー本人ではないにしても、目の前にいる二神海梨が持つ力は仮面ライダーとほぼ同じ力を持っているようにしか思えない。

 それなのに何故まだその仮面ライダーの存在を疑うのか。それが理解出来ないのだ。そんな鈴奈のツッコミもとい疑問に対し、海梨は当たり前でしょう、と言葉を返す。

 

「だって見たことがないもの。私にとってはシュレディンガーの猫と同じよ」

 

 シュレディンガーの猫。海梨は仮面ライダーの事をそう例え、目の前のテーブルに置いてあったコーヒーを口に含んだ。

 鈴奈にはその例えがピンと来なかったようで、手を合わせて謝罪の意を示しながら

 

「あ~ごめん、難しい言葉使うのやめて。わかんないわそれ」

 

 と言った。シュレディンガーの猫というのはとある物理学者が発表した思考実験の名称である。その方面や雑学などに興味が無い限り、なかなか触れることのない言葉だ。理解出来なくて当然、むしろ何故そんな事を知っているのかと聞かれるようなものである。

 

 海梨は鈴奈のその疑問をさもありなんと言いたげに頷き、その思考実験の内容を思い浮かべつつ鈴奈にわかるよう噛み砕きながら説明し始める。

 

「生きた猫を箱の中に閉じ込めて、その箱の中に毒ガスだったか放射性物質だったか……とにかく、命を奪い得る何かを入れるの。その何かのせいで半分の確率で猫は死ぬけれど、もう半分の確率で生き延びる。さて、箱の中の猫は生きているか死んでいるのかどっちの状態なのでしょうね、という思考実験よ」

 

 実際にはもう少しだけ複雑な話なのだが──量子もつれがどうのとか、生きている状態と死んでいる状態の二つが同時に存在しているとか──海梨はそれらをばっさりと端折った。本人ですらも理解の及ばない領域を説明できるわけがないからだ。

 そんなかなりざっくりとした説明を受け、しかし鈴奈はまだかなり渋い表情を浮かべていた。

 

「ご〜めん、もっとわからんなったわ」

 

 彼女なりに理解しようと頑張ってはいるのだが、しかし後一歩というところで足踏みしているらしい。

 そんな彼女の様子に苦笑いしながら、海梨は結論を話す。

 

「その箱を開けるまで、その中で猫が死んでいるか生きているかはわからないでしょ? 私達観測者がその箱を開けてその中身を観測した瞬間に、猫の生死が確定するの。まぁ簡単にまとめると自分の目で見るまでどっちなのかはわからないわよねってこと」

「なんとな~くだけどわかった……かも?」

 

 首を傾げながらそう言い、それで合ってるのかななどと言いながら鈴奈は仮面ライダーに出会ったときの事を考え始める。

 彼女の中では既にイケメンであることは決定事項であるらしい。どう接するべきか、何を話すべきか。そんな割とどうでもいい事で悩み始め、しかしすぐにその表情を曇らせた。

 

「あ~、でも海梨ちゃんと会ったらちょ〜っとマズイかもしれんね」

「……大体想像はつくけれど、一応どうしてか聞いても良い?」

 

 言わずもがな、海梨は──リイはそれをきちんと理解している。しかし、心の中でジッとしているカイは理解出来ているのかわからない。そもそもそういう発想に至るのかどうか、という疑問すら湧いてくる。

 そんなカイにもしっかり理解出来るよう、その言葉の意図を引き出したかったのだ。

 

 それを読み取ったのかはわからないか、鈴奈はリイの思い通りに仮面ライダーと会ったらマズイと言った理由を話す。

 

「向こうはこっちがあの化け物なのか自衛のために戦ってるだけなのか、その判別って初見じゃつかないじゃん。ワンチャン戦う羽目になるかもよ」

 

 そう。彼女たちが仮面ライダーが何者なのかを知らないのと同じように、相手もまた彼女たちのことを知らない。そんな状態で出会ってしまえば、鈴奈が言うように仮面ライダーが海梨を化け物と認識して襲い掛かってくる可能性がある。

 それだけではなく、海梨が仮面ライダーであることを知らずに戦いを挑んでしまうという危険もある。

 

 恐らくは戦闘経験と純粋な地力の差によって海梨が負ける事になるだろう。

 そんな相手に挑んでしまうほど馬鹿なことは無い。

 

「なかなか難しいわね……。この市にいる以上はいつか鉢合わせてしまってもおかしくは無いし、だからといって避けようがない……」

 

 考えをポツリポツリと口にしながらあれこれと巡らせる海梨。

 

「……ピコーン!! 私、名案思い付いちゃったかも!!」

 

 目を輝かせながらそんな事を宣う鈴奈。ろくでもない回答だったらどうしようか。海梨がそんな不安を僅かに抱かれているとはつゆ知らず、鈴奈は自身の閃きを口にした。

 

「海梨ちゃんも仮面ライダーを名乗っちゃえば良いんだよ!! 街にいるもう一人の仮面ライダー、って感じでさ!!」

 

 予想の斜め上、それどころか真反対の案に海梨はその目を思わず丸くする。

 丸くしたが、彼女も彼女でなかなかに脳味噌が溶け切っていた。

 

「……仮に名乗ったとして、本人から怒られないかしら」

 

 海梨の返答もそこではないだろう、となかなかにツッコミどころがあるものではあった。が、この場にそれを指摘する人間はいない。

 いわゆるツッコミ不在という状態であった。

 

「その名を騙って悪さをするならともかく、誰か守るために戦ってるんなら怒らないんじゃない? 知らんけど」

「それなら大丈夫ね。あぁ、でも仮面ライダーだけで名乗りだと本人と丸被りするかもしれないし、区別するために何か後ろに引っ付けないと」

 

 根本的な問題の解決には繋がらない、まるで意味の無い話が広げられていく。

 仮面ライダーを名乗ったからといって何になるのか。そもそも相手は仮面ライダーを名乗っているのか。名前被りとか区別出来ないとか、そんな話題よりももっと気にするべき事は多くある。しかし、鈴奈も海梨も、海梨の心の中でジッとしているカイも全員気が付かない。

 

「え〜、じゃあ仮面ライダーカイリで良いんじゃない?」

「嫌よ。自己顕示欲が凄まじい人みたいになるじゃない」

「じゃあフタガミは?」

「嫌に決まってるでしょ」

 

 鈴奈の提案をことごとく却下していく。どうして身バレするような名を名乗らなければいけないのか。というよりは単純に恥ずかしいから、という理由である。

 もし海梨の事を知る人間を助けたとき、目の前で仮面ライダーカイリだとかフタガミだとか名乗るのはさすがに恥ずかしい。それに単純過ぎてダサいと言われそうでもある。やはり却下だ。

 

 鈴奈はそんな海梨に口を尖らせながら、わがままだな等と言葉を零す。

 却下されて当然な提案をしていることに気がつくほど、彼女の頭は回っていない。しかし、どういうわけだか閃きはする。

 

「あ、そうだ。デュアルとかどう?」

「……デュアル?」

 

 鈴奈の口からようやく出たまともな提案に、海梨は若干驚きつつその案を出した理由を問うた。

 すると、鈴奈は先日の戦いが起きる直前のことを思い出しながら、その理由を語る。

 

「ほら、あの姿になるときに腰に着いてたベルトあるじゃん。あれデュアルドライバーレディとか言ってたからデュアルドライバーって名前だと思うんだよね。それにあの白い姿のことデュアルルミナスとか言ってたし。なら多分、あの姿……か、あの力はデュアルって名前なんだよ」

 

 割とわかりやすく、真っ当な理由。確かに、デュアルドライバーだとかデュアルルミナスだとか、そんな音声がベルトの装置から流れていたような気がする。

 そう言われると確かにあれはデュアルという名前になるのかもしれない。それならばデュアルと名乗るのが妥当な判断だろうか。そんなことを考えつつ、海梨は鈴奈の言葉の続きを待つ。

 

「それにデュアルって二重の、とか二つの、とかそんな感じの意味あるしさ。海梨ちゃんたちにピッタリじゃない?」

「ならデュアルで良いか……」

 

 これ以外に良い案が出るとは思えない。

 

 斯くして、彼女たちは二神海梨という名の他に仮面ライダーデュアルという名を得ることになったのだ。

 

(私もさんせ~)

 

 唐突に海梨──リイの脳内に話しかけるカイ。今の今に至るまで心の中に引きこもってだんまりを決めていたというのに、終わった途端に口を挟んでくる彼女に対してリイが呆れと少なくない怒りを込めながら言葉を吐き出した。

 

「……今更口を挟むのね、カイ。もう少しあなたにも協力してほしかったのだけど」

(考えるの得意じゃないんだも~ん。私が表に出てたって意味無いよぅ)

「そう言っていつも難しいことを私に押し付けるから、脳が錆び付いて動かなくなるんじゃないかしら?」

(でもテストとかは押し付けたことないじゃん。それに昨日戦ったの私だし少しくらい休憩していいじゃんか)

 

 リイの脳内に口を尖らせながら喋るイメージが明確に沸いてくる。実際にカイは口を尖らせて、ついでとばかりに頬を膨らませながらぶうたれているのだが、リイはそれを知る由もない。

 

 彼女は目元をピクつかせながら、

 

「私達がお互いに干渉も観測も出来なくて助かったわね、カイ。もし出来てたら今頃あなたの頬を摘んで左右に引っ張ってるところよ」

 

 等と言ってカイを脅した。

 

(うわ、地味に痛いやつだ)

 

 リイが話した通り、二人は互いに干渉することも、観察することも出来はしない。お互いの精神世界は独立したものだからだ。

 

 カイの世界は光に満ち溢れ、花々が咲き誇る華やかなもの。ふかふかなソファと、可愛らしい装飾が施された机が一つずつ置いてある。

 リイの世界はそれとは反対に宵闇である。暗く、物寂しい雰囲気を纏うその世界は、シンプルな椅子と机が一つ。時たま雨が降るのか、黒い傘が一つ、立て掛けてある。

 

 そんな二つの世界が交わることは無い。会話をすることはできるが、行き来することは叶わない。

 だからこそ、こういったときにちょっかいを出すことも出来ないし、言い合いがエスカレートして肉体言語に訴えることも無い。ある意味、それが二人の仲を平和に保てている理由の一つでもあった。

 

 閑話休題。

 

 そんなリイとカイの言い合いは、鈴奈からすれば少し不安を抱くようなやり取りにしか見えなかった。

 

「え、急に喧嘩? やめな?」

 

 聞こえるのはリイの言葉だけ。その彼女の声に呆れと明確な怒りが見える以上、ただのじゃれ合いなのかそれとも本気の言い合いなのかの判別が付け難いのだ。

 仲の良い友達の喧嘩など見たくないし、出来ることなら仲裁したい。鈴奈の善性の現れでもあった。

 

 それに居た堪れなくなったのか、海梨は目を閉じ、そしてリイはカイへと肉体の操作権を押し付けて心の中へ逃げていった。

 

(ちょっとリイちゃん!?)

(あなたのせいでこうなってるんだから、あなたがなんとかして)

(あ~……もう、しょうがないなぁ)

 

 そんなやり取りを交わした後、海梨はその目を開いて鈴奈の瞳を真っ直ぐ見つめた。不安に揺れるそれを安心させるように海梨は満面の笑みを浮かべてみせた。

 

「ごめんごめん。ちょっと戯れてただけだから」

「あ、ホント? なら良いけど……」

 

 海梨の言葉に安心しつつ、しかし尚も不安げな表情を浮かべる鈴奈。

 そんな彼女の背中をペチペチと叩きながら海梨は呑気にこんな事を宣い始める。

 

「ホントホント。鈴奈ちゃんにそんなしょうもない嘘吐くわけ無いじゃん」

「しょうもなくない嘘は吐いたことある……ってことぉ!?」

「ほら、最初はさ。私は二人いるんだって言ってなかったじゃん?」

「確かに……。言われてみればそうだった」

 

 少女たちは取り留めのない会話を繰り広げ始める。

 

 そして、夜は更けていく。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 時を忘れて話し込み、すっかり灰里市に夜の帳が下り切った頃。海梨は鈴奈を家まで送るために、暗い夜道を二人で歩いていた。

 

「……でさ、この間初めてガンナーズ・レジェンドやってみたんだけど、な~んもわかんなくて面白いくらいフルボッコにされたんだよね」

 

 そんな事を言いながらアハハと楽しそうに笑った。続けて彼女は初戦最下位、次で下から三番目。キル数は全部合わせてゼロだったんだよと言って口の端を上げる。

 

「いくら初プレイとはいえ酷い戦績だよね!! もうちょい出来るかと思ってたわ」

「鈴ちゃんアホなの? そりゃチュートリアル全スキップした挙げ句、操作方法も立ち回りもまともに教わらずにFPSやったらそうなるよ」

 

 呆れが多分に含まれた海梨の眼差し。他のFPSゲームの経験者であるなら多少はその経験である程度無知をカバー出来たりはするのだろうが、鈴奈はFPSに関しては完全に門外漢である。ゲームセンターに置いてある、銃の模型を使って敵を撃ち抜いていくあれすらやったことがないのだ。

 そんな人間が、何の説明も無しに出来る訳もない。水を火にかけたらそのうち熱くなるのと同じくらい当たり前な話である。

 

 しかし、鈴奈はそんな事を気にしない。

 

「でもさでもさ。手探りでやって慣れてくあの感覚、味わいたくない?」

 

 などとにこやかに言い放ってみせた。喉から出ていきそうになった、それはわかるんだけども、から始まる否定の言葉を飲み込んで海梨は精一杯の笑顔を浮かべて肯定してあげた。

 どう頑張っても棒読みにしかならなかったが。

 

「慣れるまでソロでやるのが賢明な判断だと思うよ、ウン」

「海梨ちゃんも一緒にやろうよぅ」

「私もリイもあんまそういう激しいゲーム得意じゃないし……」

 

 そんな会話をすること数分後。住宅街の何処かから絹を裂くような甲高い叫び声が上がった。

 ような気がした。

 

「……叫び声?」

「……鈴奈ちゃんも聞こえた?」

「うん、一応聞こえはした……けど」

 

 二人とも、その叫び声が幻聴か、はたまた心霊現象によるものなのかガチモンの叫び声なのかで判断しかねていた。

 

(これ幻聴かな。それとも幽霊かな)

(心霊現象はともかくとして幻聴なわけないでしょ)

(まぁそうだよね二人とも聞こえてて幻聴は無いよね)

 

 それなりに冷静ではあるらしい。即座に幻聴である可能性は捨て去った。

 残るは事件性を帯びた叫び声なのか、それとも幽霊による心霊現象的なものかの二択。ここにいる二人──カイと鈴奈は心霊というものをそれなりに信じているため、導き出された結論は……。

 

「さすがに幽霊ではないか」

「結構不安だね。誰か襲われてたりしないかな……」

 

 しかし今回ばかりは現実的なものであった。前日に自分たちが襲われている以上、茶化して終わりには出来なかった。

 

「見に行ってみる?」

「う~ん……」

 

 決断を渋る海梨。危惧するのはミイラ取りがミイラになる結末である。

 時刻は既に夜の10時をとうに越してしまっていた。変質者が現れないとも限らない。もし昨日のような化け物が現れて襲ってくるかも、というだけだったらそれなりに対処は出来る。力があるからだ。

 しかし、ただの変質者で人間だった場合。これが厄介である。いくら変質者相手とはいえ、ただの人間相手にあの力は明らかに過剰過ぎる。もし全力で殴ろうものなら、スプラッターでグロテスクで凄惨な現場が広がることだろう。要は相手を殺してしまうかもしれないのだ。

 

 しかし、二神海梨の肉体そのものは一般女子高生程度の力しか持ち合わせていない。抵抗などしたところで焼け石に水でしかないのはそれとなく予想はつく。

 

 それらを踏まえて、どうするか。

 

「……行こう!!」

 

 彼女は勇気を振り絞る事を選び、鈴奈を置き去りにする勢いで駆け出した。慣れ親しんだこの周辺の大雑把な地図は頭に入っている。

 叫び声が上がった場所は大まかに把握できていた。後を追いかけてくる鈴奈も同じらしい。指を指してあの角曲がった先くらいじゃない、などと言って海梨を追い越して走っていく。

 

「……おっとっと」

 

 角を曲がる寸前で鈴奈は急に立ち止まった。嫌な予感でもしたのだろうか。そんな事を考えつつ海梨が彼女を追い越そうとすると、その首根っこを掴まれて引き戻されてしまった。

 抗議の視線を鈴奈に送る海梨。しかし鈴奈は慎重に壁から顔を覗かせながらこう呟いた。

 

「生身じゃ危ないよ海梨ちゃん。あれ、化け物いる」

 

 鈴奈の言う通り、角を曲がった先には熊のような見た目をした化け物がいた。人を一人担いでどこかへ行こうとしているようだ。

 確かに、あの状態で生身で飛び出そうものならマズい状況に陥ってしまうかもしれない。

 

「なら変身してからの方が──ッ!?」

 

 そう言い終える直前、海梨は驚愕したかのような声を上げてほんの刹那気を失った。

 リイが無理矢理体の操作権を奪ったのだ。

 

(ちょっとリイちゃん!? 何やってんの!?)

 

 彼女の突然の奇行に怒り、精神世界で叫ぶカイ。こんな事をするのは今まで共に生きてきた中でも初めてのことだ。

 それに対するリイの返答は、かなり冷静なものであった。

 

「一旦私にやらせてもらえるかしら。もし無理だったらあなたに頼むけれど」

 

 それはあの化け物の相手をさせてほしい、という申し出である。カイがあの力を扱えるのはもう分かり切ったこと。しかし、自身が使えるか否かはまだわからない。

 そこをはっきりさせたいという意図があったのだ。

 

「強引に体を奪った事なら後でいくらでも謝るわ」

(いや別にそういうことなら全然良いんだけどさぁ。先に一言なんか言ってよね!!)

「後で謝ってあげるから少しの間黙っててちょうだい」

(えぇ〜態度デカすぎ!!)

 

 カイの非難を聞き流し、リイは目を閉じて念じる。前回は篭手が砕け、その破片が集まっていきベルトと変身装置に変化していったが、今回はそうではなかった。

 宙にどこからともなく硝子の破片のようなものが現れ、それらは二手に分かれてそれぞれの機械へとその姿を変えていく。

 

 一つはベルトだ。恐らくはデュアルドライバーというのだろうそれは、海梨の腰にしっかり巻き付いている。

 そしてもう一つは、カイのときとは違って黒い見た目をした装置だった。色以外にも左右が反転しているため少し違う。

 

「私とカイでそれぞれ別種の力を使える、ということで良いのかしらね」

 

 黒い装置を手に取りながら、彼女は角からその姿を現した。それに気がついたのか、熊の見た目をした化け物はその足を止め、ゆっくりと海梨の方を振り向いた。

 

「……誰?」

「あなたに名乗る必要は無いわ」

 

 熊怪人の質問に対してキッパリとそう言い、海梨は黒い装置をバックルの左側に差し込んだ。

 

《Dual Driver!! Ready!!》

 

 高らかに響く音声。鈴奈が不安そうに見守り、熊怪人から訝しむような視線を向けられる中。

 少女は凛とした声で宣言する。

 

「変身」

《Gloom side・Blooming!!》

 

 黒い装置が展開し、中央に黒と青の花弁が入り交じる薔薇の花を咲かせる。

 それと同時に、空中に黒と青のガラスの破片のようなものが生成された。海梨の体を中心にしてくるくると周り、徐々に張り付いていく。

 

The Black Archer Lurking in the Dark(闇に潜む黒き射手)!!  Dual Gloom!!》

 

 若干ゴスロリ衣装の面影がある黒と青の鎧を身に纏うデュアル。両手の指先で黒い銃をクルクルと回しながら、熊怪人に向かってこう言い放った。

 

「人を襲うような害獣は駆除しないと、ね」

「……せっかく殺せるかと思ったのに」

 

 熊怪人は面倒臭そうにそう呟き、肩に担いでいた女性を地面に降ろした。何かしら恨みがあったのだろう。

 しかしそんな事情はデュアルにとっては知ったことではない。

 

「撃ち抜いてあげる」

 

 銃口を熊怪人に向けるや否や、何の躊躇いもなくその引き金を引いた。黒の弾丸が発射され、正確に熊の胸板に命中。火花を二つ散らして数歩後退る。

 

 それに合わせてデュアルは音も無く駆け出した。熊怪人は対抗するようにその鋭い爪を振り翳し、勢いよくそれを振るう。

 が、デュアルに命中することは無い。咄嗟にスライディングする事でその斬撃を躱し、立ち上がりと同時に熊の顎に銃口を押し当てた。

 

「甘い」

「グァッ!?」

 

 間髪入れずに数発分をその顎に撃ち込んだ。思わず悲鳴を上げながら仰け反る熊。そこに追い打ちをかけるようにガラ空きの鳩尾に蹴りを入れ、自分より一回りは大きいであろうその巨躯を数メートルほど吹き飛ばした。

 

 ゴロゴロと地面を転がり、しかしすぐに立ち上がって唸り声を上げ威嚇する熊怪人。デュアルの事を単なる邪魔者ではなく、排除すべき怨敵であると認識したようだ。

 酷く怒りを湛えた眼でデュアルを睨み付け、ドスドスと大きな音を立てながらデュアルへと迫る。

 

 デュアルは冷静にそれを見つめていた。

 

 数歩後退り、そして強く、地面を蹴る。

 

「──ッ!?」

 

 少女は飛んでいた。黒のリボン状に結ばれた布を翻しながら、夜空を背にして熊怪人の頭上を飛んでいた。

 そのまま熊怪人を飛び越し、ふわりと地面に着地するのと同時に彼女は銃を撃つ。突進後の崩れた体制を立て直せていなかった熊怪人を射抜くのは簡単なこと。

 火花を散らし、地面にそのまま崩れ落ちる熊怪人。その様を見てデュアルは鼻で嘲笑った。

 

「さぁ、トドメを刺してあげる」

 

 両手に持つ銃を後方に投げ捨て、黒い装置のスイッチを押した。

 デュアルの足に、黒の粒子が集まっていく。

 

《Full Blooming!! Gloom Strike!!》

 

 その電子音がベルトから鳴るのと同時に、デュアルは再び地面を蹴って宙を舞う。

 熊怪人はあれに当たってしまえば一巻の終わりであることを悟り、急いで立ち上がって逃走し始めた。

 

「逃がすわけないでしょ──ッ!!」

 

 しかしそれを赦すほど彼女は優しくない。デュアルは謎の力によって熊怪人の方へと急加速。その無防備な背に蹴りをお見舞いしてやった。

 当然ながら、その威力に耐えられるほど熊怪人は強くない。数メートルほど吹き飛んだのち、爆発を起こして倒れてしまった。

 

「……ふぅ」

 

 その光景を見届けたのち、彼女はベルトから黒の装置を引き抜いた。纏っていた鎧やベルト、引き抜いた黒の装置が無数の結晶となって風に吹かれて散っていく。

 それを感慨深そうに見つめる海梨。

 

「ちょっ……!?」

 

 直後、背後から何かに抱き着かれ、思わず目を丸くして驚いた。反射的に振り解こうとしたが、続いて聞こえてきた声で動きを止めた。

 

「お疲れ様〜!! かっこよかったよ!!」

 

 抱き着いてきたのは鈴奈であった。いきなり何をするのか、と言いたげな目で見つめる海梨のことなど知らんぷり。良い子良い子とでも言い出しそうに彼女は海梨の頭をワシャワシャと撫で始めた。

 それに思わず苦笑を浮かべ、

 

「……びっくりするからいきなり抱き着くのはやめて。あと多分汗臭いわよ、今の私」

 

 と少し苦言を呈する。しかしそんなことは鈴奈にとってはどうでもいいことらしい。

 

「騎士と射手、かぁ~。どっちもかっこいいし可愛いし、もう最強じゃない?」

「さすがに言い過ぎじゃないかしら……?」

「いやそんなことないよ多分。遠距離でも近距離でも対応出来るだろうし、実際めっちゃ強かったじゃん」

 

 べた褒めである。海梨としては早く離れてほしいところだが、しかしなかなか離れてはくれないようだ。

 しばらくの間、ベッタリとくっ付いたり気絶していた女性を介包したりしていた。

 

 そんな折。鈴奈の耳がこの場所に近付いてくる音を捉えた。訝しむような目線をその音が鳴る方向へ向け、海梨にそれを囁くように伝える。

 

「……何か来てない?」

「エンジンの音……かしら」

 

 即座に二人の頭の中に浮かんだ、二つの可能性。

 この熊怪人の仲間が来るのか、それとも噂の仮面ライダー本人の登場か。どちらにせよ海梨にとっては面倒なことになるのは変わりないため、警戒心を引き上げてその音の発生源の登場を待つ。

 

 音の発生源は、海梨の予想通りエンジンであった。バイクに跨った闖入者は、緩やかにスピードを落として止まるとしばらくバイクに跨ったまま固まっていた。

 やがて状況をある程度察したのか、ふぅと一つだけ溜め息を吐きながらフルフェイスのヘルメットを脱いだ。

 

 露わになった顔は、思わず海梨と鈴奈が息を飲んでしまうほどの美貌であった。

 その闖入者はヘルメットを雑にバイクのハンドルに引っ掛けつつ、海梨たちに話し掛ける。

 

「君たち、アパタイト……いや、怪物を見なかったかい? 恐らくこの辺りにいたはずなのだが」

 

 その一言で、海梨はその闖入者──声から判断するにどうやら女らしい──に対して敵対心を抱いた。どうやら彼女は少なくとも怪物のことを知っているらしい。

 それを剥き出しにしつつ、

 

「……貴女、何者なの?」

 

 と問い掛ける。

 すると女性は腕を大袈裟に広げながらこう言い返した。

 

「そういう時は自分から言うのがマナーというものだろう?」

 

 確かにそれはその通りかもしれない。海梨は納得して思わず押し黙ってしまった。

 しかし、この女に名を教えても良いのかという疑問はある。

 

(名乗っていいのかしら)

(ん~〜、まぁ、あっちのは名乗って良いんじゃない?)

(あっちって……あぁ、そういうことね)

 

 もう一人の自分との話し合いを簡潔に済ませ、海梨は口を開いた。

 

「仮面ライダーデュアル。長ったらしいからデュアルで良いわ」

 

 その名を聞き、女性は意外そうに目を丸くした。まさか仮面ライダーを名乗られるとは思ってもいなかったのだろう。

 困ったような笑みを浮かべながら、

 

「……本名ではなく仮面ライダーを名乗るのか、キミは」

 

 と返した。海梨はそれに対し、

 

「本名はまだ教えられない。あなたを信用していいのかわからないから」

 

 と名前を名乗らなかった理由を説明した。目の前にいる女が何者なのかわからない以上、そう簡単に情報を与えるわけにはいかない。

 それを察した女性はさもありなんと言いたげに頷いた。

 

「なるほどね。それは賢明な判断だ」

 

 そう言い、彼女は深く深くお辞儀をし、自身の名を明かす。

 

「初めまして、二人目の仮面ライダー。私は如月史帆。少しだけあの怪物に詳しいただの一般人さ」

 

 自称単なる一般人。ただし、あの怪物には少しだけ詳しいらしい。

 

「あ、怪し〜!!」

「怪しすぎでしょ」

(いや〜、びっくりするくらい怪しいなぁ)

 

 いくらなんでも怪しすぎる。海梨たちや鈴奈がそう感じるのも無理はなかった。




[tips]月代鈴奈
二神海梨の同級生であり友人。
二神海梨という少し変わった少女たちの数少ない良き理解者であり、仮面ライダーデュアルの名付け親。
ゲーマー気質なところはあるが、大して上手くはない。
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