仮面ライダーデュアル   作:八咫ノ烏

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「……新しい仮面ライダー、ですって?」

 ある屋敷の一室。そこで耳を疑うような情報を知らされた女性は目を細めながらそう問い返した。そんなことがありえるのかとでも言いたげな表情を浮かべてコップから手を離した彼女に対し、その情報を持ち帰ってきた少女は首肯を返して口を開く。

「うん、なんか見たことないやつがうちの子倒すとこ見ちゃってさ〜。なんか割と強そうな雰囲気してたよ」
「あなたの能力ならさっさと倒してしまえたのではないの? そうでなくとも少しくらいは能力やら強さやらの情報を持ち帰ってくることくらいは……」
「ヤだねそんなの。だって怖いも〜ん」

 そう返して深く被っていたフードを外し、少女は顔を露わにする。綺麗なショートの金髪がフードからの圧迫より解放されてふわりと広がった。
 黒の双眸を鋭く光らせ、挑発的な声音で言葉を続ける。

「万が一負けたら元も子もないじゃんか。それくらい言わなくてもわかるよね?」

 上から目線の物言い。それに女性は一つ舌打ちをして言い返す。

「ったく、使い物にならないわねこの泥棒猫は」
「でもアンタはその猫より弱いんだよ、溺愛サン。プププ、かわいそ〜」
「殺してほしいのかしら?」
「お~怖。相変わらず言葉と態度だけはいっちょ前に強いんだから」

 狂愛者と呼ばれた女性と泥棒猫と呼ばれた少女の言葉の応酬。それは徐々に激しさを増していく。
 今にも殴り合いの大喧嘩が始まってしまいそうなほど、空間に火花が飛び散っているような張り詰めたその雰囲気を壊したのは一人の女性であった。

「組織内での小競り合いは許さんと再三言ったはずだが?」
「……女皇様」

 女皇様、とそう呼ばれた女は二人を交互に人睨みして黙らせた。その後呆れたように溜め息を吐くとどうせお前が吹っ掛けたのだろうと泥棒猫に向け苦言を漏らす。

「や~、それは事実ですけどこんなの単なるお遊びじゃないですか~。女皇サマもわかるだろうけど、もし本気ならとっくに死んでますよ」
「……それは私が勝つという意味合いで受け取っていいのかしら?」
「どうだろうね~。そこはご想像にお任せしま~」

 不敵な笑みを浮かべ、彼女は女皇と狂愛者に背を向けると机の上に置いてあった小袋をひったくるようにして持ち去っていく。

「じゃ、アタシはこれテキトーにばら撒いてきま~す」

 そう言い残して退室した彼女の背を、狂愛者は憎たらしそうに、女皇は呆れたような視線を向け見送るのであった。


Archive.4 不思議な仲間

 カラスの化け物と交戦し、仮面ライダーとして戦うことを決意したあの日から数日が経った。

 あの後如月と連絡を取った結果、詳しく話し合おうということになり彼女の自宅に招かれたのだが……。

 

「デッカイお家だ……」

「まさかこんな高級住宅街に居を構えていただなんて」

(お金持ちなのかな)

 

 彼女の寄越した住所を目指して辿り着いた場所にあったのは、到底一人用の家とは思えない広大な土地に立つ豪邸であった。

 あまり交友のない人間の家に上がるというのに、これほどまでの豪邸に足を踏み入れたのは初めてだ。それも相まって、海梨と鈴奈はかなり緊張しているらしい。

 

「来てって言われたから来たけど、押すのかなり躊躇っちゃうねこれ」

 

 豪勢な門を前に立ち竦み、互いに何度かインターホンを押すのを躊躇した。

 場に漂い始める誰が押すのか、という嫌な空気。二人とも先陣を切りたくはないらしい。インターホンに指が触れる前に引っ込めてしまう。

 

 そんな空気感を追い払うべく、鈴奈は口を開いた。

 

「そういえばなんだけどさ。二重人格だってこと、言うの?」

「……私は言わないつもりでいるけれど」

 

 二重人格である、というのはかなりデリケートな話題だ。隠したところでいずれはバレるかもしれないが、ほぼ初対面の相手にそれをひけらかして気まずい雰囲気になってしまうことだけは避けたい。

 そもそも今回如月宅に来たのは現状を把握するためであって、何も自分からそうであると公表する必要性はない。

 

「私も同じかな。いい歳だけど、それでも人に怖がられるのは嫌だからさ」

 

 どちらの人格も、その考えは同じらしい。それを理解した鈴奈は真剣な面持ちで頷いた。彼女としても友人が傷付く姿を見たくはない。

 私も絶対に言わないからね、と海梨の手を握って誓うと勇気を振り絞って如月宅のインターホンを押す。

 

 直後。

 

「……お二方が如月の客人でお間違いありませんか?」

 

 先まで誰もいなかったはずの背後から声を掛けられ、二人は思わず跳び上がってしまう。

 一体誰なのか、いつの間に背後に、と様々な疑問を脳裏に巡らせつつ振り返った二人の視界に入ったのは一人の女性。

 

 彼女はどういうわけかメイド服に身を包んでいた。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。私は如月の家事代行をしております、御影(みかげ)識音(しおん)と申します」

 

 そう名乗り、彼女はスカートの裾を摘まんで深々と頭を下げた。わずかに赤みがかった灰色の長い髪が垂れ下がり、その隙間から紫色の瞳が海梨と鈴奈を優しく見つめる。それがやけに様になっていて、二人は見惚れて溜め息を吐いた。

 

 御影識音。メイド服に身を包む、自称如月家の家事代行業者。本当にメイドなのかや家事代行なのか否かはさておき、カードキーを翳して開錠している辺り少なくとも如月と何かしらの関係を持っているのは間違いない。

 とはいえ、まさかメイドに出迎えられるとは思ってもみなかったことである。この漫画の出来事のようなシチュエーションに遭遇するなんて、人生何があるかわからないものだ。

 

 二人がそんなことを考えているとは気付かないだろう御影は、海梨を数瞬ほど何か見極めるかのような視線で見つめたのち如月宅の門に手をかける。

 

「それでは彼女のいる部屋までご案内いたします。私含めて二名、多くても三名しか住んでいないというのに土地だけ無駄に広いので到着するまで少しだけ時間がかかりますがご容赦ください」

 

 そう謝罪の言葉を口にし、彼女は開いた門の中へと進んでいく。海梨と鈴奈は我を取り戻すと急いで彼女の後をついていくのであった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 御影に案内されたのは書斎とでも言うべき部屋であった。壁一面の本棚と、それらを隙間なく埋め尽くしている大量の本。地味だがしっかりした作りの書斎机に、部屋の中心にあるテーブルとそれを挟むように配置されたソファが二つ。

 そんな部屋の奥に、件の人物はいた。

 

「概ね一週間振り、といったところかな。よく来てくれたね、歓迎するよ。そして仲間になってくれることに最大限の感謝を」

 

 腕を広げ、如月史帆は海梨と鈴奈を歓迎する。恐る恐る部屋の中に入ってくる二人の背を押してソファに腰を下ろさせると、彼女はコーヒーを淹れてくるとだけ言い残してそそくさと部屋を去ってしまった。

 歓迎する、と言っておいてすぐに部屋を出ていくというのはどういうことなのだろうか。目を丸くしつつ如月の背を視線で追った彼女たちに、御影は困ったような笑みを浮かべて口を開いた。

 

「……本来は家事代行の私が淹れるべきなのでしょうけれど、ミルクや砂糖を入れたり入れなかったりと毎回違って面倒なので自分でやってもらっているんです。あれでかなり気分屋でもあるんですよ」

「それは……ちょっと意外かも」

「まぁ、第一印象では私もそうでしたからその気持ちもわかりますよ。貴女方と出会った際には、きっと怪しまれないようかなり気を遣っていたことでしょうからなおさらです」

 

 鈴奈の漏らした言葉にそう返し、御影も紅茶を淹れてきますと言って部屋を出て行ってしまった。

 招かれて早々取り残された二人。普段であれば取り留めのない会話を交わすことだろうが、しかしこの緊張と慣れない空間で楽しくお喋りなどできるはずがない。

 

 結局、この部屋の沈黙が破られたのはそれぞれ目的のものを淹れ終えた如月と御影が談笑しながら入ってきたその時であった。

 

「……えらく静かだね。緊張しているのかい?」

 

 如月はコーヒーを慎重にテーブルへ置きつつ、固まっている二人を見て苦笑する。少しくらい何か話していると思っていたのだろうが、しかしそれに海梨は責めるような鋭い視線を彼女へ向けた。

 

「知らない家の知らない部屋に放り込まれて盛り上がれ、というのはかなり無理のある話だと思うのだけど?」

 

 ぐぅの音も出ないほどの正論である。如月はさもありなんと頷きながらソファに腰を下ろし、海梨を真っすぐと見つめ始めた。

 ふむだの確かにだのと小声で呟いているが、彼女は一体何を確かめているのだろう。その疑問から首を捻り、恐怖の感情を抱いた彼女は思わず体を抱き締めて鈴奈の後ろに隠れてしまう。

 

 海梨からは怯えを、鈴奈からは責めるような視線を向けられた如月は申し訳なさそうに肩を竦めた。

 

「女三人寄れば姦しいとはよく言うが……まぁ、状況が状況だから仕方ないか。とりあえず識音の淹れた紅茶でも飲んでリラックスしたまえ。セイロンティーだそうだよ」

「さらに詳しく言えばディンブラの紅茶です。ストレートでもミルクでもレモンでも、なんにでも合う飲みやすい紅茶ですのでお好みでお楽しみください」

 

 御影はそう説明をしながら二人の前に紅茶が並々と注がれたカップとミルクやレモンを置き、にこりと笑って飲むのを促した。これでリラックスしてほしいのだろう。あるいは単に飲んでほしいだけか。

 善意で出されたそれを無視して長話を始めるわけにもいかない。そう感じた二人は恐る恐るカップを手に取って、それを口にした。

 

「あ、美味しい……。なんというか、優しい味がする」

「沁みるね~。結構好きかも」

 

 胸の奥に広がるポカポカする暖かさ。単に出された紅茶がホットだからというわけではなく、きっとこれを淹れた御影が優しいからだと二人は感じたらしい。もう二口ほど飲み下し、ありがとうと感謝を口にして軽く頭を下げる。

 それに対し御影は嬉しそうに笑みを浮かべながらどういたしまして、と返して背を向ける。

 

「それでは私はこれで……。あぁ、それと再度言いつけておきますが……。史帆、ここへ来る前にも言いましたが言葉は選んでくださいね」

 

 背中越しにそう忠告する御影の目は、何かを憂慮しているような雰囲気を感じさせた。これからの話し合いで、彼女たちが海梨たちと決裂してしまう事態を恐れているのだろうか。

 少なくともよほど酷いことを言われない限りは協力の申し出を蹴るつもりはないわけだが、そんなことを御影や如月が知るわけもない。彼女たちにしてみれば、慎重に事を運んでおいて損はないということなのだろう。

 

 そんな心配の向けられた如月は困ったように眉を潜め、あのねぇと不満げに声を漏らす。

 

「私のことを失言大魔神か何かとでも思っているのかい、識音。丸見えになっている地雷を踏みに行くほど愚かじゃないよ」

「見え透いた嘘を。あなたは興味関心が湧けば嬉々として地雷に突っ込む人でしょう。それを愚かと言わずなんと言いましょうか」

「今日の君は随分と手厳しいな……。ま、まぁよしんばそれが私を客観的に見た際の評価であったとしても、識音の指摘してる事柄に関して触れる気は一切ないよ。何しろ彼女たちは貴重な戦力だからね」

 

 そう軽口を叩き合う二人の顔には笑みが浮かんでいて、二人がただの主人と使用人というだけの関係でなく気心の知れた間柄であるというのはわかりやすいことであった。

 

 その後いくつか言葉を交わし、頼みますからねと言葉を残して御影は部屋を後にした。

 彼女の背を目で追った鈴奈は、ニコニコと笑いつつ如月に話を振る。

 

「メイドさんと仲良いんだね。主従関係にしては緩いというか、想像と少し違ったからびっくりしちゃった」

 

 そう言うと、どういうわけか如月は一瞬固まった。

 鈴奈の言ったことが飲み込めないのか、こめかみに手を当てて少し考え込むと疑問を口にする。

 

「メイドって誰のことだい?」

「え?」

 

 鈴奈は思わず面白くない冗談を、と言いそうになったがそれにしては如月の目は困惑に満ちている。意味が分からないがおそらく本気でわからないのだろう。

 どうしてわからないのかと強い疑問を抱きつつ、鈴奈は閉められた扉に視線をやった。

 

「さっきまで御影さんとすごい仲良さそうに話してたじゃん」

「……あぁ、そういえばそうか。すっかり慣れてしまって忘れていたけれど、あれはメイドの()()()()()()()()んだったな」

 

 鈴奈の言葉でようやく理解したらしい。納得したように頷き、笑い声を漏らす。

 しかし真似事とはどういうことだろうか。御影の見た目や所作、言葉遣いは完全によくあるメイドのそれだが如月にしてみればどこかが本来のそれと違うのだろうか。もしかしたらメイドに関して並々ならぬこだわりがあるのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら次の言葉を待つ鈴奈と、そんな彼女にまたくだらないことでも考えているのだろうと冷ややかな視線を送る海梨。

 そんな二人に、如月は御影との関係を伝えた。

 

「あれはメイドじゃなくて単なる同居人だよ。顎や口でこき使うような関係ではないのさ」

 

 そう言って説明を始める。

 曰く、御影識音と如月史帆は旧知の仲であり、色々と訳があって如月の家で同居しているそうだ。メイド服を着ているのは単なる御影の趣味。ある程度の家事を代行しているのは事実だが、それは御影が自ら進んでやっていることであり如月が何か言ってそうなったわけではないらしい。

 

 それらを言い終えた如月は、そんなことはどうでもいいんだと呟いて言葉を締めて足を組む。

 

「さぁ、アイスブレイクはここまでにしてそろそろ本題に入ろうか」

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

「君たちは連中に関してどころか自分たちの力についてすら何にも知らない状態だと認識しているが、間違いないかい?」

「……えぇ、そうね」

 

 如月の確認に、海梨は苦虫を潰したような表情を浮かべ渋々といった様子で首肯を返す。彼女が何も知らない状態なのも無理はないし、そこを責めているわけではない。単なる確認であり説明を始める上で重要なことだ。

 だがこうも自分が無知であることを証明する事実を並べ立てられると、海梨にとって面白くないのもまた事実。

 

「わかっているのは私たちが初めてデュアルになったあの日より前に仮面ライダーとして戦っていた人がいるということと、全くもって望んでもいないのに組織間の抗争に巻き込まれていることくらいかしら」

 

 などと涼しい顔をして嫌味を言い放つ。精神世界に引っ込んでいるカイが余計なことを言うなと騒ぎ立てるが、リイはこれを黙殺した。

 

 今体を明け渡してしまえば、先に嫌味を垂れてきた輩が突如ニコニコと笑いながら弁明し始めるという奇妙極まりない絵面が生まれてしまう。

 そんな事態になれば、如月にあれこれと詮索され二重人格であることがバレてしまうかもしれない。この抗争に巻き込まれた以上、仲間をこのようなことで失ってしまえばその先に待ち受けているのは死の一文字だろう。

それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 

「それさえわかっていれば上出来さ。巻き込まれた君たちが全てを把握しているわけがないのだから」

 

 海梨が体の制御権を巡って静かに争っていることなどいざ知らず、如月は彼女の嫌味をサラリと受け流す。言い争うことが目的ではない以上、見え透いた嫌味に挑発で返すわけがない。

 

「……どこから話したものか。順当に行くなら連中の話だが」

 

 などと呟いて話の順序を組み立てていく。

 

「連中の話から始めようか」

 

 コーヒーを一口含んで、如月は口を開いた。

 

「奴らの構成人数は現状四人だけ。取り巻きが三人と、それらを統率しているやつが一人だ」

「ずいぶん規模の小さい組織なのね。てっきり数十人はいるものと思っていたのだけど……」

「そりゃそうだ。だって君たちのように変身する力を持ってる人しか勧誘していないのだからね」

 

 意外にも規模感の小さい組織に海梨は目を丸くするが、如月の返答にさもありなんと首を縦に振る。自分のようにたまたま力に目覚めた人間が何十人もいるわけがない。他に四、五人程度いれば御の字で、それを引き込んでいるという時点で十分に偉いことだろう。

 集めたうえで人に危害を加えていなければ、純粋に感心できたのに。そんなことを考えつつ、如月の言葉の続きを待つ。

 

「それでなんだが、その四人が自ら表に出て暴れたことは滅多になくてね。君たちが相手にしてきたのは、その力を模倣しただけの紛い物で単なる一般人なのさ。連中に唆されて暴動を起こしているだけの、ね」

「……それは一般人と言っていいのかしら?」

「さぁね。そんなことは私たちの知ったことじゃない。重要なのは、自分の力で変身できるか借り物の力で変身しているかという違いにある」

 

 そう言って彼女は手首をペチペチと指で叩く。曰く、敵組織が一般人向けに無償で配っているらしい。海梨の力とは本質的に違う、如月が言うには紛い物の力なのだそうだ。

 そしてそれを作り出しているのは女皇と繋がりを持っているどこかの誰かであり、敵組織さえ潰してしまえばこの街にそれがばら撒かれることはなくなるだろうというのが彼女の見立てらしい。少なくとも、全く利益が出ていない点を鑑みるに積極的に配ろうなどという後発組織が現れるとは考えにくい。

 

「要は、この四人を叩き潰せば話は終わりというわけだ。あの腕輪を巻いて変身してくる一般人のことは、敵戦力に数える必要がない。どうせ正面衝突する際に出てくるわけがないのだから」

「そうなんだ……。で、あの腕輪は結局何なの? あれをばら撒いて何をしようとしてるの?」

 

 鈴奈がここで口を挟む。海梨の力や敵組織の人間の力と、腕輪の力の間に何ら関係がないことと質が劣っていることは理解できた。

 なら、その腕輪は一体なんなのだろうか。自分たちの力に比べ遥かに劣っている性能しか出せないそれをわざわざ無料でばら撒くメリットはどこにあるのだろうか。

 

 鈴奈の疑問を受け、如月は古い記憶を辿るように目を細めながら口を動かしていく。

 

「あの腕輪か。アパタイト・エンジンとかいう名前の変身システムを内蔵しているもので、君たちで言うところのドライバーのようなものと思ってもらえばいい。使用者の欲望を読み取り、それを達成するために必要な能力を備えた生物に、もしくはそれに関連するものに変身させる」

 

 だからあの紛い物共をアパタイトと呼んでいるんだ、と言葉を締める。

 思い返してみれば最初に戦った蜘蛛男は鈴奈を束縛しようとしていたし、つい最近のカラス怪人は貴金属を盗んで逃げようとしていた。どれも欲望を叶えるために適当な能力を持った生物である。となれば如月の言っていることに嘘偽りはないのだろう。

 

 だが、それはどうやって動いているのだろうか。

 

「……私は自然発生したわけのわからない力のおかげで変身できているわけだけれど、あれは一体どういう原理なの? プログラムで動かしているのならそれ相応の原理はあるのでしょう?」

「曰く、とある場所で開発していたシステムをこっそり盗み出してきて改変した結果だとかそんな話だった記憶があるが……詳しいことはさっぱりだ」

 

 海梨の疑問にそう答え、如月は肩を竦めて首を横に振る。そもそも敵を打倒するのにあまり関係ない話であるため、気にしたことも調べようとしたこともないのだろう。知らずとも仕方のない話である。

 ふぅ、と一息吐いた如月はコーヒーを口にし、少し前のどうして腕輪をばら撒くのかという鈴奈の疑問に答えを返した。

 

「それをばら撒くことによって、君たちのように力を目覚めさせる人間を引き抜こうと考えているらしい。事実、今所属している奴らはそういう方法でスカウトされたようだ」

「……全く意味が分からないや」

 

 表出している人格を入れ替えた海梨が思わずそう言葉を漏らす。隣の鈴奈もどうやら同じ感想を抱いたようで、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべて絶句していた。

 

「自分が襲われる原因になった組織に入るだなんて、正気の沙汰とはとても思えない。何考えてるんだろ」

「逆に聞くが、怪物を生み出している人間に協力するような人間がまともだとでも思えるかい?」

「……確かにそうだね」

 

 如月の言葉に海梨は渋い表情を浮かべながら首を縦に振る。彼女たちの行動は全く合理的ではないが、そもそも組織の方針からして到底合理的とは言えない。そんなところに集まる人間が果たしてまともな思考回路で動くだろうか。

 答えは恐らく否である。これ以上それについて考えたところで無駄だ。

 

 なら、次に考えるべきはこれだろう。

 

「それで、私みたいなのを集めて何をしでかそうとしてるの?」

 

 こんな力を持っている人間を集めて何をするのか。あれこれと一般人に害を振り撒いてまで集める必要があるほど重要なことなど、一体何があるのだろうか。それも、腕輪の力で暴れる奴らではなく自分の力で戦える人間を集めなければならないようなことなど、海梨や鈴奈の頭では想像することすらできない。

 明確な答えが、少なくとも漠然とこうらしいというものが返されるだろうという期待の視線。それを向けられた如月は困ったように笑って答えを口にする。

 

「聖戦、だそうだ」

「聖戦……?」

 

 思わずオウム返しして固まってしまう。パッと思いつくのは世界史の授業で習ったジハードだ。イメージ的にはそれに近しいものなのだろう。だが、一体何と敵対するつもりなのだろうか。まさか如月や自分たちを相手取ることを聖戦と言っているのだろうか。

 胸中で二人で思考を重ねる海梨。しかし答えが出るわけもない。

 

「曰く、今後降りかかる何かに備えて戦力を蓄えておきたいのだそうだ。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ、と」

「……世界を救うために備えると言っている割には行動が伴っていないし、それどころか矛盾していると思うのだけど。そいつらは一体何を考えているわけ?」

「それが申し訳ないことに私にはさ~っぱりわからなくてね」

 

 そう言って如月は目を伏せた。彼女もまた、海梨と同じようにその言葉の真意を理解しているわけではないのだろう。それどころか困惑しているように見える。

 

「一度女皇と……あぁ、リーダー格の女が女皇と呼ばれているんだが、彼女と相見えたときに聞いたんだ。けど、全く理解出来なかった。わけのわからないことを延々と話されたよ。それも真剣な眼差しでね」

 

 遠い目でそう話す如月。きっと何回も彼女に言われたことの意味を考えてきたのだろうが、それでもわからない辺り要領を得ない言葉だったのだろうことが伺える。

 今後降りかかる何か。そしてそれから世界を救う手段。仮に女皇とやらが語ったそれらが真だとして、どうして一般人に被害が出ることを良しとしているのだろうか。

 

「もしかしたら彼女たちも何かしら使命があって動いているのかもしれないし、実際いつかそれが役に立つことが来るのかもしれない。けれど、現状彼女たちは一般人を無作為に傷つけて回っているだけの悪者だ。それを黙って許すわけにはいかない。だから私たちと彼女たちは対立しているということさ」

「事情は大体わかったわ」

 

 仕方のない犠牲だと割り切っているにせよ他に何か意図があって無視しているにせよ、それは海梨たちの思想と相反する思考だ。全てを救おうなどと考えているわけではないが、彼女たちの行いによって生まれる被害者を一人でも減らすことが出来るのならこれ以上はない。

 少しでも救いたい。手の届く範囲なら、なおさら。

 

 だが、そのためにも知っておきたいことがある。

 

「それで、私のこの力に関しては何かわかっていることはあるの?」

 

 そう。誰かを守るために振るうこの力が、何か副作用の有無や制限の有無などが全くわからない。何もわからないまま振るうというのはあまりにもリスクが高すぎる。

 そんな意図の質問に、如月は指を二本だけ立てて答える。

 

「その力に関しても、わかっているのは女に発現しやすい傾向があることと、力の性質が使用者の性格や思想などといった内面に強く影響を受けることくらいなことだ。なぜ発現するのか、その根源は何なのか。その力を振るうことの代償の有無に関してさえ、ほとんどわからない」

 

 そう言っておもむろに立ち上がり、本棚を埋め尽くす本の背を指でなぞっていく。

 力の根源。それを解明するために買い集めたのであろうそれは、無情にも何の役にも立たなかったらしい。それを眺める彼女は悔しさを滲ませていて。

 

「膨大な数の文献を読み漁ろうがどれだけ調べようが、何もそれらしい仮説を立てられないんだ。非常に癪だが人知を超えた何か、神秘と結論づけるしかないのかもしれないね。なんせ科学で説明のしようがないのだから」

 

 どうあれいずれは解き明かすが。そう吐き捨てて彼女は窓の外に目をやった。語気はかなり強めで決意が伝わってくるが、反してその背はどこか力ないように見える。

 どう言葉をかけたらよいものか。カイとリイが悩んでいる隙に、鈴奈が口を開いた。

 

「……そういえば、敵さんたちの名前ってないの?」

 

 言われてみれば、今まで敵組織のことを彼女たちだのあれだのとしか言っておらず、固有名称がわからないまま。もしあるのであれば知りたいし、ないのであればこの場で決めてしまおうというのが鈴奈の考えであった。

 如月は書斎用のチェアに深く腰かけ、懐かしい出来事を語るかのような声音で語り出した。

 

「女皇に聞いたのだけど、そんなもの考えていないと言われてね。いつまでもお前たちだのそれだのこれだのと呼ぶのも締まらないだろう? だからこの私がこう名付けてやったんだ」

 

 そこで言葉を切り、海梨たちの方を向く。その目からは自信満々であるというのがかなり強く伝わってくる。

 

Moonlit Kingdom(月夜の皇国)とね。影に隠れてこそこそやってる女皇とその囲いにはぴったりだろう?」

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

「それなりに信用できそうな人だったね」

 

 如月家からの帰り道。鈴奈はそう言葉を漏らす。

 

 如月史帆と御影識音。二人とも誰かに危害を加えるようなタイプには見えなかった。きっと誰かを守りたいというのは口先だけではないのだろう。全幅の信頼を寄せるには時期尚早だが、全てを疑うほど怪しさがあるわけでもない。

 一緒にMK──如月たちはMoonlit Kingdomをこう略しているらしい──に立ち向かうには十分だろう。

 

 だが、どうやら不服そうにしている者がいるらしい。海梨は困ったような表情を浮かべながら胸に手を当てる。

 

「私は同感なんだけどリイはちょっと疑ってるみたい。隠し事がまだあるはずだって」

 

 それはリイであった。カイは特に疑っている部分はないようで彼女たちと協力するのに納得しているようだが、リイはその疑り深い性格も相まってまだ警戒するべきだと主張しているらしい。

 

「まぁその辺は私たちもだし、お互い様じゃない?」

「……それはそうなのだけど、どこかはぐらかされているようで癪なのよ」

 

 自分たちが二重人格であるということと、戦うことを決めた最後の一押しが完全に私怨であることは隠し通した。鈴奈はそれを指してお互い様と言うが、それでもリイは納得できないそうだ。

 顎に手を当て、思案を重ねながら疑問点を口にする。

 

「あの時は大体わかった、だなんて言ったけど……。敵が世界を救う鍵がどうこうなんて言ってるというのが、今になってかなり引っかかるのよね。この言葉の真意を知らないまま無暗矢鱈に敵対するのは少し気が引けるわ」

「まぁこういうのって大抵敵さんが世界征服とか滅ぼすとか言ってるのが定石だもんねぇ。それが救うってなると確かに変だよね」

 

 MKは世界を救うために行動しているという。その過程で被害者が出ていることを理由に海梨たちは彼女たちと敵対することを決めたが、しかしその真意をまだ誰も知らない。来たるべき何かに備えるために海梨や仮面ライダーのような力を持つ者を集めようとしていることの意味を。

 

 せめて、MKの真の目的を知るまでは。それまではMKと本格的に敵対する事態だけは避けておきたい。それがリイの考えらしい。

 

「これが杞憂であったなら。女皇とやらの言ったことがただの詭弁であったなら、容赦なく叩き潰せばいいと思ってるわ。けれど、何の考えもなしに完全に敵視するには少し早い気がするの」

「……ならMKの四人のうちの誰かと接触する、とかになってくるんじゃない? それはちょっと危険すぎる気がするけど」

 

 一番手っ取り早いのは鈴奈の出した案だ。誰かと接触して真意を聞き出し、そのうえで今後どうするか改めて判断する。それが最速ではあるだろう。

 だが、敵対している以上かなり危険な行為であることに違いはない。接触できたとて詳細を話してくれるとも限らないし、もしかするとその場で殺されてしまう可能性もある。

 

「だよね~。それにどうあれアパタイトは倒さなきゃだし、敵対は免れないよ」

 

 リイから体の制御権を受け取ったカイはそう返して口を噤む。前から小柄な少女が歩いてきている。MKがどうこうなどと、一般人の前で話すべきことでないからだ。

 鈴奈もそれをわかっているようで、自然に学校での話題に切り替えそのまま少女とすれ違った。

 

 恐らく何を話していたかなんて聞かれていないことだろう。胸を撫で下ろし、改めて話し合おうとしたその時。

 

「ちょっと待って!!」

 

 先の少女から声を掛けられた。何事かと振り返ると、誰かのスマホを掲げながらこちらへと近づいてくる。

 

「お姉さん、スマホ落としてたよ。仕舞う場所は気をつけなくっちゃ」

「……あ、ありがとう」

 

 鈴奈へスマホを手渡し、パチリとウィンクをする少女。一応感謝を述べる鈴奈だが、頭の中には疑問符が浮かんでいた。

 

 私はスマホを落としただろうか。落ちたのなら何かしら音がするだろうが、しかし二人の話し声と足音以外何も聞こえなかった。ズボンのポケットに仕舞っていたがかなり深いのもあってそこから自然に落ちるとは思えない。

 

 う~ん、と内心唸りながら違和感の正体を探る鈴奈を他所に、少女は海梨の顔をじっと覗き込んだ。何かを確かめるような視線に不快感を露わにしかけたその時、少女は口を開く。

 

「……ねぇ、お姉さん。あなた仮面ライダーなんでしょ?」

 

 にやりと笑いながら放たれた衝撃の一言。

 図星を突かれ動揺した海梨だが、それを全く顔に出すことなくそれを否定する。

 

「なんのことかしら。私みたいな小娘があの噂のヒーローの正体なわけないじゃない」

「否定しても無駄無駄。この前変身するとこ見ちゃったもんね~。顔と体格が完全に同じだし間違えるわけないもん」

 

 そう言葉を返し、少女は青の双眸で海梨の顔を真っすぐ見つめる。

 白と黒の毛が入り混じる髪。赤と青のオッドアイ。それであの日見た彼女と同一人物であると確信したらしい。彼女の言う通り、こんな珍しい見た目の人間を見間違えるはずもない。

 

「アタシは夢咲ノアって言うんだ。よろしくね、仮面ライダーのお姉さん」

 

 得意げに笑ったノアというらしい少女。

 彼女の金色の髪が夕日の光を反射していて、海梨は思わず目を細めるのであった。




[tips]御影識音

自称如月史帆のメイドで、彼女の旧友で同居人。
料理や掃除といった家事全般を趣味としており、如月がそれを冗談めかしてメイドのようだと言ったのをきっかけにメイド服を初めて着たらしい。
存外しっくりきたようで、それ以来如月宅で過ごしている時間のほとんどをメイド服で過ごしているのだという。
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