魔法少女パイノパイ(100歳♂) 作:クリオネの姿焼き
ここに1人の老爺がいる。
生まれは大正12年。御年100歳となった彼は、この間お国から祝いの銀杯――“無駄遣い”と批判されて“経費削減”の結果、銀メッキの盃になった――を受け取ったばかりである。
名前を
かつてはブイブイ言わせていた彼も、今ではすっかり丸くなった。絵にかいたような好々爺の彼は、誰にも迷惑をかけないように老後を謳歌して――
『お会計方法を選択してください』
「はて……?」
『取り消しました。いらっしゃいませ』
「取り消しじゃなくて……えっと、ここか?」
『How would you like to pay?』
「…………?」
――訂正。迷惑はかけている。後ろに並んだ男性は「ちんたらやってんじゃねぇよ、クソジジイ!」と怒っているし、忙しいなか駆けつけてきた学生店員は「またコイツかよ」と溜息をついてから、慣れた動作で代わりにセルフレジへと商品を打ち込んでいく。
老爺は唯々平身低頭。まずは店員へ、次に後ろの客へ、もう一度店員へと、ペコペコ頭を下げながら「すみません。すみません」と繰り返す。
少なくとも、丸くなったのは本当のようだ。「クソジジイ」と言われても、店員に舌打ちをされようとも、老爺は決して怒らない。何もかも自分が悪いのですと、必死に頭を下げている。
怒れば血圧が上がる。腹を立てぬことは長生きの秘訣。それを老爺は良く良く知っていた。というか、医者から何度も言い聞かせられていた。
だから、老爺は怒らない。
そう例えば。
テレビのコメンテーターがニヤニヤ笑いながら、こんなことを言っていても――
『ですからね、後期高齢者以上の方は
「野郎ぶっ殺してやる」
――老爺は激怒した。
なお、血圧は一時的に140を記録した。老爺はゴマ麦茶を飲んだ。
*****
そして、なんやかんや紆余曲折を経て。
ここに1人の魔法少女が爆誕した。
*****
「くく。もう立ち上がれまい! 魔法少女! 今ここに希望が絶望へと変わるのだ!」
「……そんなこと……」
“ない”と言い返そうとして、言葉に詰まる。
仲間は皆、倒れている。私だって同じ。もう立つのがやっと。これ以上は戦えない。
四方には無数の怪物。人型の影のようなソイツらは、名前を『ネガー』。底の見えない洞のような眼と口を一杯に開いて――“絶望”を絵に描いたような表情を浮かべながら、私たちの逃げ場を塞ぐように包囲している。
一体一体は決して強くない。けれど、ネガーの脅威は、倒しても倒してもキリがないこと。人々の絶望の感情を材料に、際限なく、刻々と数を増やし続ける。
だからこそ。こうして包囲されてしまえば逃走は難しい――まさに“絶望的”だった。
「――未来が是か、是が未来か。この程度で絶望とは、最近の若いモンは軟弱じゃのぅ」
その時。
声が、響いた。
声の主は、一人の少女。
少女は濡羽色の長髪を翻し、緋色の古風な軍服に身を包んで現れた。
彼女は真っ直ぐ、戦場の真ん中をゆっくりと歩く。
「…っ! 危ない! 逃げて!」
状況は分からない。少女の強さも、敵か味方かも分からない。
でも、そんなこと知ったことじゃない。私たちは魔法少女、絶望から人々を守ることが使命。
だからこそ、彼女を逃がさなければならない。守らなければならない。
そう思うのに、膝をついた私の身体は言うことを聞いてはくれなくて。
十を超えるネガーが少女に殺到する光景を前に、私に出来たのは「逃げて」と叫ぶことだけだった。
そして。
私たちの無力を嘲笑うかのように、ネガーの影の爪が少女へと迫り――
「む。この程度では、試し切りにもならんな」
一瞬だった。
いつ抜き放ったのかも分からなかった。
ただ、少女の右手には日本刀があって。
周囲には両断されたネガーが、きっちり十体、転がっている
それが軍服の少女一人によって為されたことだと――そう理解するのを、思考の理性的な部分が拒んでいる。それだけ非現実的な光景だった。
この強さは、いったい……?
「だ、誰なの……!?」
私の問いに、彼女は。
黒の刀身に、月光を輝かせながら。
「儂は魔法少女パイノパイ。義を見て助太刀致すのじゃ」
と、言った。