ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
捕虜は常に人道的に待遇しなければならない(略)捕虜に対しては、身体の切断又はあらゆる種類の医学的若しくは科学的実験で、その者の医療上正当と認められず、且つ、その者の利益のために行われるものでないものを行ってはならない。
第十七条〔捕虜の尋問〕
各捕虜は、尋問を受けた場合には、その氏名、階級及び生年月日並びに軍の番号、連隊の番号、個人番号又は登録番号(それらの番号がないときは、それに相当する事項)については答えなければならない。
捕虜は、故意に前記の規定に違反したときは、その階級又は地位に応じて与えられる特権に制限を受けることがあるものとする。
(略)
捕虜からいかなる種類の情報を得るためにも、これに肉体的又は精神的拷問その他の強制を加えてはならない。回答を拒む捕虜に対しては、脅迫し、侮辱し、又は種類のいかんを問わず不快若しくは不利益な待遇を与えてはならない。
『捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第三条約)』
どっと北側から喚声があがる。似たような服装にテング・オメーンの連中。敵の応援か?
ある意味、空気が針のむしろ状態だった先生への応援にもなってるかも。
「根性無しの路上流の奴らは下がってな!」
「気まぐれ流のアホどもが……でも好機か。おい、下がって立て直ぶぎゃ?!」
元々いた連中の指揮官らしき奴*1に宇沢レイサさんが一撃をくれて仕留めた。だが、指示は通ってしまったらしく、残敵は混乱しつつも倒れた連中をしっかり抱え上げ、新手と交代して下がっていく。*2東側からも10人くらいやってきた。トータル40人ってところか?
「負ける気はしません!」
意気軒昂な宇沢レイサさん。イヴちゃん達の方にぶんぶん手を振っている。
「うえー、キリが無い……はっ!笑顔を忘れちゃだめ!」
「……今から応援が来るわけもない。現状囲まれないように潰す、それくらい……」
テンションの乱高下が激しい河和シズコさん、普段と同じ調子のイヴちゃん。
「"みんな、気をつけて、北側からまた来る"」
「何だ、また応援……いや、あいつら、誰だ?!」
魑魅一座、多分気まぐれ流の連中の後ろから爆音。
屋根の上に3人の人影。宇沢レイサさんは別の建物の上にいるから知らん子だ。
「誰だと聞かれたら、答えてあげるが世の情け!」
えっその名乗りだと敵じゃない?*3
「修行部の素敵なレディを目指す、勇美カエデ!」
「ふぁ~……睡眠担当、部長の春日ツバキだよ。寝ていい……?」
「花嫁修業中、水羽ミモリです」
謎のっていうか、多分何かの榴弾の爆発が3人の背後で起こる。何がとは言わんけど、うおでっか……。特に勇美カエデさん、先生の半分くらいの身長*4なのにあんま先生と変わらんのちゃうか。
「修行部?!あのやべー奴らか?!」
魑魅一座のどよめき。どのやべー奴らだよ、って思ったけど、お外とかでも熟睡を目指したりするのはまあまあヤバイかもしれん。
「"修行部のみんな、私はシャーレの先生。手伝ってくれる?"」
「任せて!行こう、ツバキ先輩、ミモリ先輩!」
「眠……しょうがない……早く片付けよう……」
「行きましょう!」
増援が来たのは良いけど、修行部の3人に背後を取られたのと、好機と見て宇沢レイサさんが飛び降りて突っ込んで分断し始めたので大混乱に陥る魑魅一座。
来たばかりなのに潰走に変わったのはまあ何というか、同情の余地無しだな~。ブザマ。
ん?宇沢レイサさんが張り倒した奴を路地の奥に1人投げ込んだ。
「と、とにかくここは一時撤退です!わ、私は戦略的撤退も判断できる忍者ですから!とう!」
撤退を援護する位置に煙玉を投擲し、あっという間に自身含めて煙幕を展張し、残っていた魑魅一座の数人を軽々抱え上げて撤退した――らしい、煙玉が晴れたら何も残ってなかった――久田イズナさんが消えた。魑魅一座の連中も散発的に撃ちながら逃走していく。
念のため先生をカバー出来るように先生の前に駆け込んだイヴちゃんが一息、ふうと吐き出した。いや、数も多いし分断されるし倉庫ぶっ壊したら危ないしでアブナイだったね。 あ、戦闘中の混乱でか、宇沢レイサさんが路地に放り込んだ奴は回収できなかったようだ。気絶させて親指用手錠をかけて物陰に転がしてたらしい。えらいなあ。
一番力があるイヴちゃんが簀巻きにして猿ぐつわを噛ませた捕虜ちゃんを担いで、一同と一緒にえっちらおっちら百夜堂まで引き返す。
戻ってくる途中で百花繚乱の屯所にも寄ったけど、今度はもう誰もいなかった。本当に人手が無いんだな。一応、書かれているアドレスに先生がメッセージを送ったけど、望み薄そうだ。
戻ってきた百夜堂は、夜の営業まではまだ時間があるとはいえ、店員さん達が清掃や次の開店までに向けて準備をしている。ギョッとした目線が一同、というかイヴちゃんが担いでる捕虜ちゃんに注がれた。照れるやん。僕が照れてもしょーがねーが。
2階奥、事務室に入る一同。洋装というか普通の洋式オフィスっぽい部屋だ。折り畳み式の机が片付けられ、代わりにパイプ椅子が捕虜ちゃん含め人数分準備される。捕虜ちゃんは縄はそのままで、椅子にイヴちゃんの鎖*5でぐるぐる巻にされた。
がたがた机や椅子を動かしてる間に、従業員さんが修行部の3人には桜サイダーを、みんなにはお茶を持ってきてくれた。
(あ、そうだ、イヴちゃん。アレやってみない?)
(……できるかな……?)
(失敗しても別になんかあるわけじゃないし、見せたらお話ししたくなるんじゃない?)
(……喜んでもらえるかな……?)
(うんうん、間違いないよ!捕虜ちゃんはビビると思うけど)
人間の首もぎもぎなんかするつもりもイヴちゃんにやってもらうつもりも全然ないけどね。
事務室に朝比奈フィーナさんが入ってきて陽気な笑顔を見せる。
「お帰りなサイ、お頭!皆サン!あっ、委員長!遂にガラ攫って来たんデスね?!」
「遂にって何?!まあ、折角だから情報を引き出せないかなとは思ってるけど」
「あっ、やっぱり小指ザクーッ!デスか?!いや、委員長、流石に引きマス……」
「やっぱり、百夜堂のオーナーと言えば『数字のためなら従業員をピラニアのいる川に流す』とか……」
「ふぁ……『24時間戦え!』が従業員へのキャッチフレーズだとか……寝ちゃう……」
「ま、まさか、いえ、修行部としてはそんな悪を許していいのでしょうか……?」
「ちょ、どういうこと?!私が発案者じゃないし!そんなことしないし!っと、いけないいけない……。百夜堂はホワイトでクリーンな企業です!にゃんにゃん!ね?フィーナ!」
「"そこで従業員に聞くのは悪手じゃないかなあ?"」
「あ、そうそう。お祭り実行委員会の任侠、朝比奈フィーナ、デス!お見知りおきを!」
まあ実際ブラックって感じは無さそうだけど、フォロー一切しないのは空気が読めてるのか何なのか。
「フィーナデスね!私、勇美カエデ!カエデでいいよ!」
「きっと『フィーナ』って名前だよ。睡眠の質向上を目指す、修行部部長、春日ツバキだよ……ツバキ、ね……zzz」
「水羽ミモリです。花嫁修業をしています。ミモリとお呼びください」
「と、トリニティ自警団の期待の超新星、宇沢レイサです!レイサと呼んでください!」
「……同じく、トリニティ自警団、御蔵イヴ……イヴ、でお願いします……」
超新星はアカンでしょ。爆発四散しちゃう。イヴちゃんもちらっとだけ目線を送ったけど、今言う気はなさそう。
ところで
「あの、ところで、どうしてお2人はさっきから手を」
尋ねかけた水羽ミモリさんを無言で制止する河和シズコさん。「迂闊に刺激して無限にいちゃつかれたらどうするんだ」って信楽焼の渋いタヌキみたいな表情をしている。
「トリニティって大都市だから、迷子にならないようにじゃない?」
ま、眩しい……勇美カエデさんのその純真さがヨゴレの僕には眩しい……。
「……レイサちゃんの手、握ってると気持ちいいから……」
「へー!レイサ、触っていい?!」
とてとてと近づいてキラキラとした目で見上げる勇美カエデさんに、宇沢レイサさんはちょっとためらいながらも右手を差し出す。
「おお~。確かに……。柔らかくてしっとり、でもコクがあってまろやか……」
「"なんて?"」
お互いの手を触って撫であう品評会みたいになった。キマシ。イヴちゃんには臭いって怒られました。
春日ツバキさんはみんながわいわいして触られてる中でもうとうとしてて、凄いなって思いました。色んな意味で。
そんな百合時空*6の中、ほったらかしにされていた捕虜の目が覚めたらしい。むぐぐ、とうめき声が漏れる。
目隠しと猿ぐつわをほどく河和シズコさん。
「こ、ここは……えっ、百夜堂……?!」
「知ってくれてるなんて光栄ですけど?あなた、雇い主は誰?」
「はっ、誰が言うもんか!アタシも気まぐれ流の一員なんだ!」
「……路上流じゃ、ない……?」
「えっ、違うんですか?!」
「違いマスよ?ほら、こっちの袖の柄が違いマス」
うんうんと頷く百鬼夜行の一同。スマフォを取り出して着物の柄の違いについてまとめてあるWebページ*7を見せてくれるへーってなる先生と宇沢レイサさん、イヴちゃん。全部一緒じゃないですか?!
気安く触るな、とわめいて縛り付けられた椅子ごとがたがたする捕虜ちゃん。
「"どうしてお祭りを邪魔するの?"」
ぷいと目を背け口をつぐむ捕虜ちゃん。
「やっぱり、小指グサー、デスか?委員長、できればやめてあげてほしいデス……」
蒼白になる捕虜ちゃんと、言ってねえ、って顔をする河和シズコさん。
ちょうど入ってきた店員さんが嫌そうな顔をした。イヴちゃんが頼んでいた水の入った瓶を2本持って来てくれている。1本は未開封、もう1本は水道水が入っている。1本は先生が持ってくれた。未開封の王冠を親指だけで開け、水を捕虜ちゃんに飲ませてあげるイヴちゃん。
馬鹿力の白髪頭が云々わめく捕虜。あだ名を耳に入れたことがあるんだろう、宇沢レイサさんと先生が顔をしかめる。雇い主から情報提供があったのか、単に不良の罵声なんてバリエーションがしれてるのか。色々とわめいてるのを無視して、机を出し、一同に壁に寄ってもらって水が瓶の首元まで残っている瓶を据えた。
「えっ、なになに?イヴ、何するの?」
「あっ、あの、よかったら少しだけ静かに、お、お願いします……」
宇沢レイサさんが声を少し震わせて言ってくれる。
膝を小さく落とし、丹田*8を意識し、お腹を膨らませるように息を吐いて、そのまま鼻で息を吸う。何度か繰り返して、みんなが静かになった瞬間、左手を引いて右手の手刀を瓶の首目がけて振り抜く。瓶の首が飛んだ。瓶切り成功!ブルズアイ!まあこれ、厳密には切れてるんじゃなくて割れてるらしいけど。
(……おお、できた……)
(やったね!練習の甲斐があったね!)
まあ大体もっとえぐい割れ方するかかっ飛んでいくかで、上手いこと行かなかったんだよな。
おおー、と拍手する一同。少し照れるイヴちゃん。
捕虜ちゃんは蒼白を通り越して真っ白になった。ウォーターボーディング*9とかちらつかせたらいいんかなあ、って思ってたけど、イヴちゃんの口から絶対に出して欲しくないから
「雇い主の顔は見た、見たけど、言ったらアタシ……」
「"捜査の過程は秘密にするし、もし必要なら他校への……"」
先生の言葉を遮るようにがちゃりと事務室のドアが開いた。だしぬけにニャン天丸さんが入ってくる。
「おいおい、本当に拷問してるのか?連邦生徒会法的にも、百鬼夜行法的にもまずいだろ」
実際に拷問してないのを見て取ったのか、後半は陽気にも聞こえる冗談めかした声。だが、捕虜ちゃんが更にあわてふためく。
「あっ、あんた?!どういうことだ?!あたしら魑魅一座をハメたのか?!」
捕虜ちゃんはニャン天丸さんを見て叫んだ。
は??何て??
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