ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
砂にもまれて乾燥わかめのようになってしまった天使イヴちゃん付属のひからびたカニことジルだよ。イヴちゃんは乾燥気味でも可愛いけど、おうち帰ったら肌のケアを念入りにしないとな。
家に直帰せずお土産を直接渡すためにもう1回ミレニアムに寄ってから帰る事にした。イヴちゃんはもう疲労困憊で爆睡している。
僕はしЯ新宿駅くらいの規模のアビドス中央駅――2階建でちゃんと屋根もある――のミレニアム方面行きホームのベンチに腰掛けた。かつて最強最大の学校と謳われた頃には大勢の人で賑わったのだろうが、今は馬鹿でかくて立派なホームは古びていてメンテも行き届いてない様子。
ホーム端に砂の山ができていたりしてショッギョ・ムッジョを痛感する。
立派なクッションがついていたのであろう椅子はメンテナンス費用のためかクッションが撤去されていて長時間座っているとお尻が痛そうだが仕方ない。
何度乗換えアプリを見ても1時間強は待つらしい。アプリの間違いであって欲しかったけど、駅構内の時刻表を見ても間違いなさそう。
馬鹿でかい駅構内にハイランダーの子や駅員さん含め人っ子一人いないので僕も一眠りするか少し迷いつつ、イヴちゃんが起きたら代わってもらおうと思い読みさしの『ヴァルキューレ逮捕術 初級』を読み始めた。
コツコツと革靴の足音がする。僕は目線を上げない。このだだっ広い駅、だだっ広いアビドスなのだ。電車に乗る人間くらいいるだろう。
へー、ヤワラー*1ってキヴォトスにもあるのか。まあ単なる棒だし矯正局とかでも使われているのかな。
足音が更に近付いてきたので顔を上げた。右目らしき部位から広がった顔面のひび割れから光が漏れ出る異形に黒ずくめでビシッと決めたスーツ。黒服やんけ。
「ごきげんよう、御蔵イヴさん。少しご一緒しても?」
「こんにちは。少しなら」
(イヴちゃんおきて!起きて!あさ!朝だよ!!カンカンカン!!!)
(……ジル?おはよ……誰??ジルの友達……?)
(こんな変な友達おらんて)
アビドスだからいてもおかしくないのか。いや僕と、多分イヴちゃんの存在自体がイレギュラーだし興味を持たれたか?
「それで……どちらさまですか?」
「クックック。これは失礼。私、ゲマトリアという組織の『黒服』と名乗っております」
ゲマトリア、数秘術か。ヘブライ語自体はこの世界にあるのだが、確か直接関係はないのだよな。
こいつらが何を考えていたのかがわかればいいのだが、どうも僕のブルーアーカイブプレイ記憶が最近しっかり思い出せないんだよな。
他の大半のコンテンツは眺めただけのものでも思い出せるのに、まるで検閲されているかのようだ。あるいは僕のライブラリ機能がおかしくて、こっちのプレイしてないゲームの記憶が失われるっていうこっちが普通のことなのかもしれないけど。
「あなたは本来、大型トラックに跳ねられた程度で死ぬ存在でした。それが今や、預言者ビナーと渡り合えるまで成長している。非常に興味深いことです」
「……ビナーとは?」
「失礼。今日あなた方が戦い……クックック、カイザーグループに引き渡したあの大蛇のことです」
へー、あのでかつよ、そんな名前なんだって顔をしておく。生命の樹3のビナーはエロヒム、知性にして座天使の燃えさかる車輪だったっけ?
セフィロトと預言者がどう関わってるのか、描写されたのだったかされてないのだったか。
「あなたは神を信じますか?」
「宗教の勧誘でしたらお断りですよ。私はご存知の通りトリニティの生徒ですから」
実際には別に信じてない。言葉尻を取られたらミッション系のトリニティでは火あぶりにされかねない*2から言わないが。
イヴちゃんはどういう信仰を持ってるかわからないけど、ヌンジャ*3ならともかく、神はあんまり信じてないのだよな。超絶美少女天使イヴちゃんをこの世に生んでくれたサイコーな何かがそれなのかもしれんし、僕みたいなヘンテコ存在があるんだから、いるのかもしれないけど。
僕の答えに黒服は愉快げに頷く。
「なるほど。ククッ。これは神が存在するという前提で聞いて下さい。神を研究し、その存在を証明できれば、その構造を分析し、再現できるだろう。そう考えた人々がいました」
「よげんしゃは予め告げる方じゃなくて、言葉を預かる方の者ですか。神の存在証明のためにアレはいると?」
(……ジルもこのおじさんも難しいこと言ってる……)
(おるかおらんか判らんものを「おる」って確証するための実験装置を作ってるっていうか……)
まーあいつゼロベース生産じゃないどっかからの借りパク品だったはずだし、やってる事は単なる環境破壊やろがいという気持ちしかないが。
いや、それも含めて元々いた者が啓示を受けたってコト……?!
僕の慄然とした表情に嬉しげに頷く黒服。
「ええ、そうです。恐らくはこのキヴォトスで10体はいます」
「あんなでかいのが……?」
「大きい者とは限りませんがね」
そうりきせん他で出てくるので5割くらいは知ってるが、知らんフリをしておく。今の僕からすると情報源がないしな。
生命の樹が先にあるとは限らんし、生産?された預言者を便宜上当てはめてるだけかもだしな。
「その預言者が、どうしたんです?」
「キヴォトスの生徒達は、あなたをはじめ、『神秘』というものを持っています。頭上に輝く光輪が神秘の顕現、あるいは傍証です。ビナーにも光輪があるのはお気づきでしたね?」
(……でっかい輪っか、あったね……)
(あったねえ)
しかし急に話変えてきたな。本題はそれか。
ちなみに、僕もイヴちゃんも、他の生徒もだけど、他の人のヘイローを認識できるし、例えば目の前にあって描き写したりすると正確に写せるけど、なぜか形状を記憶したりはできないし、個人の識別にも使えないらしい。理屈は良く判らない。見えるし、オンオフくらいはわかるけども。
そうそう、地味に「寝たふり」の識別にもちょっと使いづらい。うたた寝くらいだとついたままだったりする事もあるみたいなのだ。戦闘中なら消えるまで殴ればいいんだけどね。
ヘイローの話はさておき。
プレイヤーとしての僕は割とベアおばと地下生活者以外のこいつらが嫌いでは無かったのでついつい付き合ってしまったが、あまり情報を提供するのも不味いかもしれないのだよな。
「神秘とは外の世界からやってきた私のような者が持たない力です。頑丈さ、強靱さを保障するものですね。そして個々人が持つ神秘の大きさは概ね決まっています」
決まってるのか。それと、黒服も神秘による防御力と打撃力を持っていない?
しかし、そうなると続く言葉は。
「神秘が大幅に増えたあなたは我々にとってとても興味深い存在です」
「なるほど。ちなみに、キヴォトスで一番神秘が強い生徒は誰です?」
「最も強い神秘を宿す生徒は、あなたもご存知のホシノさんです」
意外とさらっと答えてくれたな。何か対価を求められるなら悩んだところだが。
「あの人、強いですからね」
「実感がこもっておられる」
まあ隣で一緒に戦ったばっかりだしな。
「その神秘というのにご興味があるのですか?」
「大いにあります。我々はまさに神秘を研究しておりますので」
「その研究対象に私が入ってるということですか?」
(……な、何だか不穏になってきた……?)
「そうです。御蔵イヴさん。我々ゲマトリアの研究に協力してくれませんか?」
僕はふうーっと大きく息を吐いて吸い込み直した。主導人格交代の時にもやるこれ、癖になっている気がするな。落ち着くしマインドセットに良いからヨシ。
「協力の内容によります」
「白紙小切手は切って下さらないと」
相手がゲマトリアじゃなくても当たり前じゃろがい。キヴォトスは契約がめっちゃ重いから、後でやっぱやーめた!って言いづらいのだ。
「クックック。では、今と今後、私の質問に答えてくださるということでいかがですか?」
「質問の内容によります。スリーサイズとステディの有無はお断りですからね」
(……ジル……?)
「クック、それらも魅力的ではありますがね。違う質問です。あなたの神秘が増えた理由に思い当たる節はありますか?」
「その質問なら答えてもいいですよ。でも、代わりに条件が2つあります」
「はて?」
「私の持っている答え以外で神秘を大きくする方法があるのか教えてください。もう1つは、アビドス高校に所属している生徒に対して拘束を含む危害を加えないことを約束してください」
1つめは僕の精神的安定に必要だ。衣服を着替えるとEXスキルが変わるからまず無いだろうと思うが、神秘の能力開発訓練が念能力のメモリ式みたいな不可逆なものだったりしたらイヴちゃんの才能も系統も見抜けない僕にはまじでどうしようもなくなる。
よかれと思って鍛えたのが逆効果だと辛すぎる。
2つめは全キヴォトスの生徒と言わなかったのは、こちらから提示する条件が多分重い方に釣り合ってないことと、アビドス高校から先の未来には先生が介入するのがわかっているからだ。介入するよね?
この世界、先生が着任しないまま進んだりしないだろうな。
ともあれ、この辺りは聞いておきたいところだ。もっとも、駄目なら駄目で構わない。子供を搾取する大人とつるんで良いように使われたりしたら目も当てられないからな。
僕の強気な交渉に黒服は考え込むそぶりをみせた。
「あなたの回答の価値次第、と言いたいところですが、それではあなたは納得しないでしょう。その条件を飲みますよ」
案外あっさりだったな。特に小鳥遊ホシノさんの柄は諦められないと思ったのだが。あるいは小鳥遊ホシノさんが黒服との交渉に乗らない読みだったのか。
まあいい。恐らくだが黒服は契約それ自体の重みにより、僕という子供相手でも約束を守るだろう。
僕は慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「トラックに轢かれて、祈りを捧げてから病院のベッドで眠っている間に啓示を受けたのです。『ここで死ぬ運命ではない』と。それ以来、私の力は少しずつ増していきました」
「ほう。つまり、何らかの超越的存在との接続により神秘が増したということでしょうか?興味深い……」
実際には跳ねられた瞬間だと思うが、これを言うとじゃあ戦車に生徒轢かせまくるか!!!とかやりかねんので適当こいた。
跳ねられた事実はもう誤魔化しようがないし、仮に跳ねまくるのが正しくても、僕みたいな外れ魂がひっつくのでは効率悪そうな気もするが、不要な悲劇が増える要素は避けたい。
僕がニンジャソウルなら瀕死になるのが憑依のほぼ確定条件なのだが。
とりあえず一番いい嘘を頼む。ファ○チキもください。
僕の割と適当ぶっこいた面白回答に興味深げに考え込む黒服に笑いを堪える。まだだ……まだ堪えるんだ。しかし……。
「質問の答えですが、私はその問いに対する答えを持ちません。年齢によってある程度成長するという程度でしょうか」
「他のあなたの仲間なら別の答えがあるかもしれないと?」
「ええ。ですが我々は残念ながら情報共有が苦手でしてね。クックック、失礼」
これ以上は駄目か。まあしょうがない。しかし……。
(適当な嘘と知らんわという答えの交換になったから、ある意味よかったかもね!)
(そ、そう……?)
誰も損はしてないからヨシ。得もしてないけど。なぜかモモトークの連絡先を交換することになった。「今後」ってそういうコト……?!
ヘブライ語由来の地名(ゲヘナももろにそうだし)もあるし、ヘブライ語の文献も古書館にあるのでしょうか。
誤字ご報告有難う御座います。ヌンジャの語は実在(?)する(カツ・ワンソーのこて)ので正しいです。
評価、感想、ここすき、お気に入り、しおり有難う御座います。皆様の反応が書き続ける力になります。
紙での小説の書き方に基づいて書き続けていたロートルとしての改行等を改めつつ、同時に加筆修正を行いました。話の本筋には変更ありません。2025.01.19