ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
下江コハルさんが昨日と同じ席に座り、イヴちゃんはその横の机と椅子を持ってきて机をくっつけて座る。こっちの教室の扉は閉まっているけど、隣の教室の扉は開け放たれてるので、エアコンの駆動音と隣からの賑やかな声が聞こえてくる。
「バカみたい」
「……?」
窓の外に目を逸らして吐き捨てるように言う下江コハルさんに目をやってから、イヴちゃんは首を傾げつつ、
(……書いたりするから、印刷しておいた方がよかった……)
(こんなこともあろうかと思って、先生に頼んでおいたのが鞄の中にございます)
(……ありがとう、ジル……)
(むしろ感謝するのは僕の方かな~)
(……??)
人生で「こんなこともあろうかと」って言える機会、あんま無いからね。まあ僕が人かどうかは議論が分かれるところだろうけども。
「……まず、コハルさんには、これをしてほしい……」
「教科書は使わないの?いいけど」
下江コハルさんはイヴちゃんが用意したペーパー「苦手を洗い出すくんver2」を解きはじめた。*1問題が進むにつれて学年が下になっていくので、怪訝そうな顔をしながらも解く速度が上がる下江コハルさん。
イヴちゃんはイヴちゃんで、解き終えてもらった課題を採点して、どこが引っかかっているっぽいのかメモを書いていく。一応、後追いでチェックしつつ、何点かだけ追加の助言をする僕。
当たり前だけど解いていくより採点の方が早いので、3科目採点やったところで追いついたイヴちゃんは席を立った。ぴくりと不安そうな顔でイヴちゃんを見上げる下江コハルさん。
「……お茶、淹れてくるだけ……」
「べ、別に!好きにしたら!」
ツンツンしてペーパーに向き直る下江コハルさん。
お湯を沸かして、全員分の紅茶を淹れるイヴちゃん。水、茶葉、ミルクと砂糖はちゃんとしたものがある*2けど、コップは紙コップだ。表向きの補習という目的を考えると洗う手間と時間が惜しいから、これはこれで楽。ガラスサーバに熱湯を注ぐと、茶葉がふらふらと踊る。じっと眺めているイヴちゃん。
(下江コハルさん、どう?)
(……今日と明日のテストまでだと、ちょっと厳しい……)
(過去の判らんは置いておいて、また僕が教えて徹夜する?)
(……ジルは……それで追いつくと思う……?)
(飯郡ヨシヨさんは範囲狭くて科目数少なかったから何とかなったっていうか、思考能力とトレードだからなあ、徹夜)
(……困った……)
まーボロボロだもんなあ。イヴちゃんもそこそこ大概だったけど、それより全然ヤバい。時間もイヴちゃんは1年あったのが下江コハルさんには1日弱しかない。昨日素直に教えてられても、頭抱える時間が増えただけかもしれない。
っていうか、高等部1年入ってからもふつーにヤバい。正義実現委員会の活動に力入れてたから、っていうのはそれはそれで事実なんだろうけど。記録映像とかちょっと見せてもらったけど、上級生向けの訓練に必死でかじりついてふらふらになってたみたいだし。それ自体は偉いけど、その分疲れて寝たりしちゃうだろうから、勉強大変になるのは目に見えてるっていうか。
ちょっとしょんぼりしちゃったイヴちゃんが気を取り直して全員分の紅茶が入ったポットと紙コップ他紅茶セット、あとは茶菓子色々を持って、まず皆のいる教室に。
皆手伝ってくれようとするが、勉強を優先してとイヴちゃんが押しとどめて、先生、阿慈谷ヒフミさん、浦和ハナコさん、白洲アズサさんの順で紅茶を淹れる。
「"良い香り。ありがとう、イヴ"」
「一息入れさせてください」
「喉が渇いてたので、助かります♥」
「助かる」
「……お菓子も、持ってきたので……」
ざらざらと適当に持って上がってきたお菓子を教卓に置いて、小さな歓声が起きる。
隣の部屋に入ると、下江コハルさんが丁度5科目目を解き終わったところだった。
「お茶ありがと。で、成績どう?」
お茶を二口ほど飲んで、イヴちゃんが止める間も無く採点済のペーパーをめくる下江コハルさん。
点数と補足メモを見てみるみる顔が険しくなる。
「……そ、その……別に、今、点数が悪いのが問題なわけじゃ……」
「私のこと、バカだって言いたいの?!」
「……そ、そん……」
イヴちゃんの少し間があく喋り方、もちろん下江コハルさんは承知してるはずだ。その間をもう待ちたくない、待たないみたいな勢いでまくし立てる。
「知らないことばっかりで!初等部の勉強もろくにわからないバカだって言いたいんでしょ!!」
「……ち、違うよ……」
「じゃあこのメモは何!!」
うう、と唸るイヴちゃん。まあ赤字で躓いてるところを列挙してるから、悪意を持って見たらそう読めなくもないか。
「……き、聞いて……」
「だから聞いてるでしょ!!」
どんどんヒートアップする下江コハルさんとおろおろするイヴちゃん。あんまり僕がしゃしゃり出るのも良くないけど、これは不味そう。
(イヴちゃん、こういう時は説得する材料だよ)
(……ど、どうしよう……)
(まず深呼吸。自分が落ち着かないと)
小さく頷いて、チャドーの呼吸で落ち着こうとするイヴちゃんとその様子を見てかますますボルテージ上がっちゃう下江コハルさん。
「どうせ私のことなんかバカだバカだって内心馬鹿にしてるくせに!!!」
「……してない。私にはできないこと、コハルさんにはできる……」
腰にぶら下げている聖水手榴弾*3をイヴちゃんが指さす。
「……人を癒やすのは、私にはできない……。だ、だから……その、人には得手不得手があるし、それに、私の成績も去年から勉強を積み重ねた結果だから……」
イヴちゃんが中等部1~3年生の成績をスマフォに出して見せると、もうちょっとしたら泣きかねないなってくらいヒートアップしてた下江コハルさんが息を呑んでから、ちょっと落ち着いた。目の端に光るものが見えるけど、どっちもそれには触れない。
ふーっ、ふーっと荒げた息を落ち着かせた下江コハルさんが座り直す。照れを隠すように、冷めた紅茶を一気に飲み干した。こっちもかなりドキドキしてやっぱり小さく涙目になりそうだったイヴちゃんがこれも冷めてるけど、おかわりを注ぐ。
「今日と明日で、合格できると思う?」
「……厳しい……」
「はあ?!今の流れで?!」
恥ずかしさを誤魔化すような下江コハルさんと「嘘をつきたくない」って悲しげにかぶりを振るイヴちゃん。こればっかりは本人の頑張りに掛かってるとはいえ、スタートがかなりマイナスからだからなあ。
「……回りながら、一個ずつ潰す。現実そのくらい……」
頭に疑問符を満載した下江コハルさんに、まずは現代文からと、遡って参考資料をタブレットに表示するイヴちゃん。今日と明日は長くなりそうだ。
よいお年をお迎えください。
評価、感想、ここすき、お気に入り、しおり有難う御座います。皆様の反応が書き続ける力になります。