ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
寒そうな下江コハルさんに最初にシャワーを浴びてもらって、遠慮する先生、阿慈谷ヒフミさん、白洲アズサさん*1、浦和ハナコさん、イヴちゃんの順でシャワーを浴びた。
勉強再開前に教室でアイス*2を皆でパクついていると、イヴちゃんのスマフォが鳴り、旧校舎入口前でクラクションが鳴った。
「……シミコさんだ……。頼んでた参考書と、過去の試験問題を持ってきてくれたみたい……」
「"ありがたいね。受取りに行こう。人手は……"」
「……私とシミコさんで、大丈夫だと思います……。あ、でも……」
円堂シミコさんが来てるから顔を見に行かない的な視線で下江コハルさんを見るけど、下江コハルさんはそっぽを向いてこれ見よがしに教科書を開いた。
悲しそうだけど、顔を合わせるのも辛いかなとイヴちゃんは無理に誘わないみたいだ。
「あ、私もお礼を言いに行きます!」
「"じゃあ、アズサとハナコ、コハルは勉強してて"」
「わかりました」
「わざわざ手間をかけさせたんだ。よろしく伝えておいて、先生、ヒフミ、イヴ」
ベッドフォードQLDっぽい、幌がかけられたサンドカラーっぽい黄褐色のフロントドアに白文字で『会員委書図』と書いてあるトラックが止まっている。ああ、図書委員会か。
(……『社会式株』いいよね……)
(船舶由来とか、戦前からだとか色々説があるらしいね。右横書。僕も変なの見れたら楽しい)
運転席のドアを閉めた金髪ツインテールの女の子、円堂シミコさんが振り返って笑顔で手を振る。
「先生!イヴさん!と、初めまして。円堂シミコです!」
「……シミコさん、ありがとう……」
「"忙しいのにわざわざありがとうね、シミコ"」
「初めまして、シミコさん。補習授業部部長の阿慈谷ヒフミです。ヒフミって呼んでください。ありがとうございます!」
「いえいえ、とんでもない!他ならぬイヴさんのお願いですから。10箱しかないので、私とイヴさんだけで大丈夫ですよ」
「"大丈夫?"」
「本当に助かります!」
半透明の折畳みコンテナが3箱、普通の段ボールが7箱。
円堂シミコさんが4箱、イヴちゃんが6箱抱えてトラック荷台はあっという間に空になった。
大荷物を抱えたイヴちゃんがふっと左側、旧校舎入口と逆側を見ると、50mくらい離れた植込みの陰に、足下に紙袋を置いた小柄な金髪ツインテール、真っ赤なジャージの女の子が立っている。あれ、伊原木ヨシミさんやん。イヴちゃんが声をかけようとしたら、慌てて両腕で×を作り、スマフォを取り出して画面を右手人差し指で叩いている。後で連絡するから、スマフォを見ろ、ってことっぽい。イヴちゃんは頷いて、素知らぬふりで荷物を抱え直して皆の方を向いた。
「おお、2人とも力持ちですね!」
「重い本で慣れてますから!どこに運んだらいいですか?」
「"お言葉に甘えて、教室までお願いしてもいい?"」
「お任せください!」
「……先生、隣の教室で仕分けしましょう……」
「"うん?ああ、うん、わかった"」
イヴちゃんが機転を利かせて、勉強してる隣の教室に運び込んでもらった。
「コンテナに入っているコードが貼ってある本は図書館の資料です。念のため、長期貸出処理をしておいたので、1か月は大丈夫ですよ」
「……ありがとう、シミコさん……」
「いえ!残りの段ボールに入ってるのは教材として複写使用が認められている本と、過去問や対策など、著作権的に問題ないものと生徒が過去に作ったもののコピーなので、返却は不要です!イヴさんからのお願いということで、委員長も古書館の資料を探したり、張り切って手伝ってくれました」
「……ウイさんが……?後でお礼を送っておこう……」
古関ウイさん、何だかんだいって面倒見良いところあるな。本当に助かる。
「"ありがとう。じゃあ書いたりそのまま使えるね。すごく助かる。コピー代は補習授業部に請求してもらっていいから"」
「本当ですか?じゃあ、後で請求書を回させてもらい……あ。いえ」
さっきまでニコニコしていた円堂シミコさんは暗い顔になった。
「その、当の委員長が言ってました。『これは独り言だし、私はまだ図書委員会の誰にも伝えていませんけれども、ティーパーティーのある筋から「補習授業部に深く関わったり、手伝ったりしないように」というそれとない指示がありました。明日くらいには皆に伝えないといけません』と……」
一瞬で空気が重くなる。図書委員会にもちゃんと連絡が行ってたんだな。
「で、でも、イヴさんは監督官だから大丈夫だろうと、委員長と話をしてます。コハルさんは……ええっと……」
「……内緒で、こっそり、お昼とかに一緒に外に出て、みんなとご飯食べたりできないか……相談してみる……」
寂しげに頷く円堂シミコさん。
「"シミコ。請求、シャーレの方に回してもらっても大丈夫だから"」
「わ、わかりました。では私はこれで」
戻り際、教室内に下江コハルさんがいるのに気付いて大きく手を振った円堂シミコさんが、普通に気付かれなかったっぽいのに落胆したのを慰めつつ、先生、イヴちゃん、阿慈谷ヒフミさんが礼を言って旧校舎入口までお見送り。
トラックが轟音を立てて走り去った直後にイヴちゃんのスマフォがまた鳴った。伊原木ヨシミさんからだ。
『放課後スイーツ部++』というモモトークグループ、名前の通り放課後スイーツ部の面々に宇沢レイサさんとイヴちゃん、先生が入っている。雑談ももちろんあるけど、主なやりとりは、宇沢レイサさんグループからの美味しいご飯の情報、放課後スイーツ部からはもちろんスイーツの情報だ。
『先生とイヴだけで第18旧校舎入口で待ってて』
オデュッセイア海洋高等学校の権力が及ぶ領土と水域が簡易的に描かれたスタンプを返すイヴちゃん。領海だけに了解の意味らしい。なるほどわからん。
阿慈谷ヒフミさんには先生から「先に戻って持ってきてもらった資料の仕分けをお願い。戻り次第手伝うから」と頼んで先に帰ってもらった。
さっきの植込みの方から、つま先立ちで精一杯背伸びして、先生とイヴちゃん以外いないのを確かめてるっぽい可愛い仕草の伊原木ヨシミさんがやってきた。
とことことやってきた伊原木ヨシミさんは何だか慌てた様子で、いやに周りを気にしながら、喋る時間も惜しいという感じで旧校舎内に入れてほしいというジェスチャー。
ちょっと不思議そうな顔をしつつ、先生が頷いて、イヴちゃんがすっと鳴子を避けて招き入れた。
先生用の教室で、打合せや接客用のスペースに腰掛ける伊原木ヨシミさん、先生、イヴちゃん。
伊原木ヨシミさんの求めで、カーテンを閉めて鍵を掛けるイヴちゃん。その様子を見てやっと一息ついて紙袋を差し出す伊原木ヨシミさん。
トリニティ屈指の有名菓子店の紙袋だ。ほんのり良い匂いがする。
「先生、イヴ、ほら、差し入れ。ちゃんと全員分あるから」
「……あっ、これは……!ありがとう、ヨシミさん……!」
「"すごい!滅茶苦茶並んだんじゃない?!"」
「ナツが『どうしても焼きたてが食べたい』って言うから部の皆で並んだの。喋ってたらあっという間だったけど、2時間くらい並んでちょっとだけうんざり。これは残念ながら焼きたてじゃ無いけど、味は保証するから」
さっきまでの様子から一転、くつろいだ様子で土産の菓子から自分の分を取り出す伊原木ヨシミさん。イヴちゃんは茶菓子を配ってお茶を淹れた。
「一応聞いておくけど、この部屋ってちゃんと掃除してある?」
「"掃除は、初日にしたけど……"」
先生からペンとメモ紙を借りて手元で小さな字をさらさら書く。文字も可愛らしいな。
『掃除は盗聴器とカメラのこと』
「"それは大丈夫。ジャミングできるから、信用してもらっていいよ"」
シッテムの箱のことだろうな。
先生ほどの実力者がそういうなら……という感じで、伊原木ヨシミさんは溜息をついた。
「わかった。ちょっと今日は話があるんだけど、あくまで今日は『先生と約束してた私が差し入れを持ってきて、他愛ない話をして帰った』って事にしてほしいの。先生もイヴもいい?」
真剣極まりない顔で言う伊原木ヨシミさんに、怪訝そうな顔をして頷く先生とイヴちゃん。
「
トリニティ、まじで政治ややこしすぎて独り言が流行ってんな。って茶化す雰囲気でも無い。
普段のわちゃわちゃ楽しそうな雰囲気とは無縁の、政治の毒沼を上手く泳いでいる1人の生徒の姿があった。
「他の部とかから聞いてるかもしれないけど、『補習授業部とは関わるな』っていう話がフィリウス分派から、放課後スイーツ部と分派にも私経由で今日来た。正直、この規模の部と分派にまでわざわざ話が来るのは相当根に持たれてるっていうか」
話の出所、フィリウス分派で決まりか。まあ状況証拠的にそうなんやろな、って感じだったし、裏付けとして良さそう。
「ティーパーティーで『様』付けで呼ばれる、フィリウス分派現ホストのファーストレディに、去年の成績最優秀者がいる上に、当のフィリウス分派から接触禁止が言い渡される部活に来たいやつなんて探す方が大変なんだから。感謝してよ」
冗談めかして笑う伊原木ヨシミさん。
「……それで、こっそり来てくれたの……?」
頷いた伊原木ヨシミさんはブルーベリーとヨーグルトソースのケーキにフォークを突き刺して一口。
不思議そうに尋ねる先生。
「"様付けって、誰のこと?"」
「補習授業部の部長」
「"えっ、ヒフミが?"」
「情報局のえらいさんだなんて噂もあるけどね。情報局は、ティーパーティーの中でも誰がメンバーかわからないようになってるから」
うーん。真のアウトローには似合ってるような、宮仕えなんてしなさそうな。まあ実際のところはわからんけど。
紅茶を一口飲んだ先生が続きを促す。
「"成績最優秀者は、ハナコのことだよね"」
「……ああ……」
「そ。どこの派閥も血眼で引き入れたがってたし、ティーパーティーのどっかの大手派閥か、シスターフッドにでも入るもんだと思ってたし、噂を聞かなくなったのもてっきりどっかに腰据えたからだと思ってた。まさかこんなとこにいるんだもんね」
「"そんなに噂になってたんだ"」
「トリニティ初とまでは言わないけど、ここ十年だと一番の俊英だとか、私のいる分派のリーダーまであわよくばって言ってたからね。ふふ、血筋くらいしか売りがないのに」
しっかりと先生を見据えて真面目な話をする姿が、まじで放課後スイーツ部とかで見る姿とは別人みたいに見えるな。
「ま、もし本当にどうしようもなくなったら言って。どこまで役に立てるか、確約はできないけど。派閥に入るかわりに、『他の子全員なんとか停学とかくらいで済ませるように努力する』って頼りない言質も取ってきたから」
「……ヨシミさん、ありがとう……。でも、サンクトゥス分派からも声をかけてもらっていて……」
「は???え、イヴ、パテル分派の後援会入ってたし、個別に勧誘されたって噂で聞いたけど?サンクトゥス分派?」
驚きを隠さない伊原木ヨシミさんが考え込む。
当のパテル分派から噂が漏れてるんだろうか。それとも加入をためらってるイヴちゃんへの何らかの工作なのか?確かに聖園ミカさんの派閥統制はまだ完成してないのか判断つかんな。
1/3は残ってたケーキの残りを一口で食べて、紅茶を飲み干す伊原木ヨシミさん。
「パテル分派に大きな動きがあるってことね。貸しを作るつもりが、借りができちゃったわね。先生、イヴ、お茶もありがとう。あ、先生、このお菓子、もうちょっともらってっていい?」
「"いいよ。開けてない袋もあるから、みんなに持っていって"」
「やった!」
狡猾さすら感じる雰囲気が霧散して、素直に喜ぶ伊原木ヨシミさん。政治の時間は終わりってことだろう。
「じゃ、先生、部活にもまた顔出してね。イヴも、美味しいご飯の情報のために頑張って」
「"わざわざありがとう、ヨシミ。でも、無理はしないでね"」
「……ヨシミさん、ありがとう。お礼はそのうち……」
帰りは見送らなくていい、というのを押し切ってついていくイヴちゃんと先生。というか、鳴子あるしね。
TIPS
旧第18校舎
今年度の補習授業部に割り当てられた校舎。中古ではあるが、清掃が行き届いており、家電類も搬入されており快適、勉強に集中できる。3階以上は清掃したが使用していない。
2階の階段上がってすぐの隣り合った2部屋を勉強用の教室として使用。
1階の入口と封鎖してある逆側入口の中間の教室を生徒用の寝室に、向かいの教室を先生用の寝室として使用。シャワー室もあるが、1つしか稼働していない。冷蔵庫と電子レンジ1台ずつ、洗濯機設置。
地下1階は食堂として使われており、調理機材、食器類、冷蔵庫と電子レンジも搬入されています。
伊原木ヨシミはトリニティを纏める公会議において、各派閥の説得と妥協に多大な功績があったティーパーティーの1派閥の末裔、その傍流です。
1年生であることと、本家の出でない事から便利使いされがちですが、今回補習授業部と接触したのは、イヴとの友誼によって自分から手を挙げたものです。
シンケーは原ニケア信条を一部の宗派が指す
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